第八話 プロローグ
明人が意識を取り戻し、もう一度眠りについてから一晩経った。
「う……く……」
ゆっくりと、瞼が開かれる。
窓から差しこむ光は無く、淡い室内光が特に視界を刺激する訳でもなく明人の視界を
照らした。
そばに、一人の女性がいる事に気付く。
エスペリアかと思うが、その考えは外れた。
「おっ、ようやく目を覚ましたな〜。幸せ隊長さんよ」
明人を看ていたのは、アセリアでもエスペリアでもオルファでもウルカでもなく、
ハーミットであった。
ベッドの側に備え付けられているイスに腰掛け、本を片手に明人に話しかけてくる。
「あなたは……？」
素直な疑問を投げかける明人。
目が覚めた時に、ハーミットの姿は確認できていなかったらしい。
「あたし？ あたしは……簡単に言えば、あんたの命の恩人だ。感謝しろよ？」
「命の――あっ、そう……か。俺は、あの時秋一に負けて……」
明人の脳裏に、鮮明によみがえってくる光景。
確かに、あの時はこちらが押していた。
後一息で、『誓い』ごと秋一を切り裂いていたはずなのに……
「僕を消すのか？ 貴様をかばって死んだスピリットのように……」
この一言に、惑わされた。
セイグリッドの事を思うと、明人の剣先が鈍った。
その隙を付かれ、自分の体に秋一の放つ刃が切り裂いて行った。
肩から腹部にかけて、燃えるような熱さが走っていた事を憶えている。
切り裂かれた部分は、今は包帯が巻かれている。
よく、あの傷で助かったなと明人は思った。
「シュウ……イチ？ ああ、サーギオスのエトランジェが確かそんな名前だったな」
「知っている……のか？」
「まぁね。あたしには優秀な助手がいるから。今はアジトの留守を任してるけど」
「っと、名前、なんて言うんだ？ 俺は明人。高瀬 明人だ」
そう言えば名前を知らないと明人は考えた。
「あたしはハーミット・ヨーティア・リカオン。気軽に、ハーミットと呼んでくれ」
視線を手元にある本から明人に向け、ハーミットの簡単な自己紹介。
「……それじゃ、ハーミット……なんで、あんたは俺を助けてくれたんだ？」
「そう殺気だった目で見るなっつうの。別に、下心は……完全にないといったら嘘になる。
あたしはあんたを助けて、ラキオスに協力するという姿勢を見せたかったんだよ」
疑惑に満ちた視線を投げかける明人に、説明をするハーミット。
「ラキオスに協力？」
「まね。とは言っても、今の王に協力する気は無い。あたしが付いていきたいのは、
王女の方……レスティーナ王女だな。どこをどう間違えば、あんな親父からこんな
聡明な王女が生まれるのかねぇ」
やれやれとでもいいたげに両手を広げるハーミット。
これは、他国でも有名な事だった。
「……深くは、訊かないでおくよ。あんたなら、自分が思ったこと隠さず
話してくれそうだからな」
なんとなく、そんな雰囲気が伝わってきていた。
いつのまにか、自分も結構ラフな口調で話しかけているのに文句一つ言ってこない。
人見知りしないタイプなのだろう。と、明人判断していた。
「話がわかる人間で嬉しいね。……でも、体はまだ悪い」
急に真顔になって話しかけるハーミット。
治療した本人が言うのだから、その通りであろう。
「大分よくなってきたんだから、あんたを特に心配してくれた四人のスピリットに
余計な心配をかけさすんじゃないよ？ あの心配の仕方は異常だけどね」
「俺の心配……ああ、そうか。みんな――ッ！？」
と、明人がアセリア、エスペリア、オルファ、ウルカのことを想像すると……
明人は自分でも顔が真っ赤になるのがわかるくらい、急激に赤くなる。
「……あれ？ なんだ、この感じは……」
今の状況が理解できない明人が、そう漏らす。
今まで、こんな事態は無かったのに――
あの四人の事を思うと、胸が締めつけられるように苦しくなる。
アセリアが時たま見せる、可愛らしい仕草。
エスペリアが自分に向けてくれる、暖かい笑顔。
オルファが見せる、輝かんばかりの表情。
ウルカの優しさをかもし出した、瞳。
その一つ一つが、明人の中で大きくなっていく。
「ん？ ……あんたって、妖精趣味だったのか？ 珍しいね〜」
妖精趣味。
とりあえず、簡潔に説明するとスピリットに対して恋愛感情を持つ者の事を現す。
確かに、スピリットは美しい少女で『明人達の世界』ならスピリットを放って
おくわけが無いくらいの美しさである。
……が、この世界ではあくまでスピリットはスピリット。
戦うための、『道具』としか見られないのである。
そのため、この妖精趣味というものはこの世界であまりいい印象はない。
むしろ、忌み嫌われるものでもあったのだ。
それにスピリットは国の所有物なので、一般人が手を出せば極刑が待っている。
もちろん、明人もその言葉のくらい理解していた。
「……そうかも、しれないな。いや、多分そうだろうかな」
だが、今の明人は否定をしなかった。
否定できなかったのだ。
自分の気持ちは、確実に彼女達スピリットに惹かれている。
その事実は、いくら鈍感な明人君でも気付いていた。
「……まぁ、別にアタシは悪い事だとは思ってないよ。その趣味の事はね」
と、ハーミット。
実際、ハーミットは『今は』妖精趣味に嫌悪感は抱いていなかった。
なぜなら……彼女もスピリットに対して明人と同じような感情を持っているためだった。
あっ、誤解はしないでください。
明人と同じとは、『スピリットを一人の人としてみる』という事。
ある事件をきっかけに、ハーミットはそう言った考えになっていたのだ。
百合っぽい想像をしてしまったおませさんは、考えを改めてみましょう。
「でだ。結局の所、誰なんだ？ 隊長さんのお目にかなったお相手は」
ハーミットの顔は、にやけている。それはもう、実にすばらしい笑みであった。
当然だが、悪意がこめられている。
「俺は……」
それに気づかない明人は……真顔で、答えた。
「アセリアだ……」 第八話 『存在』の確立……へ。
「エスペリアだよ」 第八話 『献身』の心を感じて……へ。
「オルファ……かな」 第八話 『理念』を胸に……へ。
「ウルカ……だな」 第八話 『拘束』から解き放たれ……へ。
「いや……俺には……」 第八話 『求め』るべき事……へ。