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第八話 ウルカストーリー『拘束』から解き放たれ……
ヒュ――チン……。
闇夜の訓練場に、刀が空を切る音と鞘にしまう音が静かに鳴り響く。
その音の主は月光に照らされ、美しく輝く銀色の髪を躍らせ、褐色の肌にうっすらと
汗をにじませているブラックスピリットの少女――ウルカだった。
しばらく、ウルカは『拘束』振りつづけた。
何度も何度も何度も、同じ型を繰り返す。
――何故だ?
不意に、ウルカの足が止まる。
肩で息をし、何も無い空間を睨みつける。
――何故、アキト殿事が頭から離れないのだ……ッ!
声には出さないが、今はそう叫びたい気分だった。
「……スピリットである手前が……はしたない……ッ!」
再び剣を振るってみせるウルカ。
(確かに、手前はアキト殿に剣を捧げると思いました……ですが……ですが……ッ!)
答えが出ないまま、時だけが過ぎて行く。
今の自分の気持ちは、どこか別の所にあるような気がしてたまらなかった。
「ウルカ……だな」
「……見る目は、あるんだねぇ」
ハーミットが頷きながら、明人の答えに対して返答する。
その表情は、どこか納得しているような雰囲気だ。
「……これ以上訊くのは、野暮ってもんか。でも、ウルカの事……大切にしてやりなよ。
ああみえても、結構繊細な所もあるから……」
ハーミットは、それ以上の質問を明人に投げかけなかった。
ちなみに、ハーミットとウルカは帝国にいたときから関係があった。
最初に話しかけたのは、ハーミットのほうであった。
ハーミットは純粋にウルカの実力について調べてみたいという考えで話しかけたが、
ウルカは人よりも話しがわかる相手で、ハーミットは研究以外にも私的な話しを
持ちかけたりしていた。
ウルカも、自分を信用してくれるハーミットを信頼していた。
二人はスピリットと人間という関係よりも、友人といった表現の方が似合っていた。
だが、ハーミットは帝国を去った。
その他の人間と、衝突があったからだ。
「ああ。今は無理かもしれないが……俺は、必ずウルカを支えれる男になる」
その事を知ってか知らずか、明人はハーミットを見ながらそう言う。
いつのまにか……明人の心はウルカへと向けられていた。
はじめてあった時は、敵同士。
だが、その時は不思議な感覚にみまわれていた。
アセリアの攻撃を受け、傷ついたままウルカが退いた時、放っておけなかった。
戦闘中も、ウルカの瞳に殺気は見られなかったから。
それ以上に、助けた時の雰囲気に見られた寂しさが、明人の心に残っていたから。
――彼女の……ウルカの支えになってやりたい。
いつのまにか、そう考えるようになっていた。
それが、ハーミットの言葉によって何かわかった。
――俺は、ウルカの事が好きなんだ。
瞳にうつるものを見てハーミットは――
「……その気持ちさえあれば、十分だと思うよ。アキト……ウルカの事、よろしくな」
少しだけ、嬉しそうな表情を見せた。
深夜の訓練場……そこには無言で一人、剣を振るう者がいた。
「…………」
月夜に照らされ、淡く光る銀色の髪をなびかせて自らの神剣『拘束』を振るいつづける
ウルカ。だが、その剣筋にいつものきれは見られない。
――なぜだ? いつもならば……剣を振れば雑念は振り払われるはずなのに……
そう考える通りであった。
今、ウルカの頭の中は、明人の事で一杯であった。
言い方が悪いかもしれないが、本当なのである。
「……やっぱり、ここだったか。ウルカ」
「――ッ!? アキト……殿?」
不意に、その問題の当人が声をかけてきた。
「何故、手前がここにいると……?」
月明かりのおかげで、お互いの表情は確認しにくい。
それは、二人にとっては好都合な事であった。
もちろん、お互い顔が真っ赤になっているため、真正面から向き合う事が
出来ないためである。
「いや、やっぱりウルカだったらここに来てると思って」
確信は無かったが、明人はなんとなくといった感じでここへと足を運んだのだ。
ウルカの行動範囲は、かなり限定されていたためである。
「そう……ですか」
「ま、まぁな」
そして、早くも話題が尽きてしまった二人の間に沈黙。
明人はこう言ったシュチュエーションに慣れていない。
と言うよりも、こういった経験は皆無に等しかった。
ウルカは言わずともわかるだろう。
「……なあ、ウルカ」
「はっ、はい。なんでしょうか……?」
「少し、話をしないか?」
薄暗い訓練場のほぼ中心。
そこに、明人とウルカは陣取っていた。
「たまには戦いを忘れて、こうして話がしたい」
これが、明人の希望だった。
腰を下ろして、二人は話し始める。
しばし、二人は会話に集中していた。
明人はハイ・ペリア――つまり、自分たちの世界の事。
それをウルカは物珍しそうに聞き入っていた。
言う度言う度普段のウルカからは考えられない面白い反応が帰ってきて、
途中から明人は話すことに夢中になっていた。
それ以上に、ウルカと二人きりで居ると言う事が楽しかったのだが。
ひとしきり、明人の話が終わると、ウルカが自分のことを話し始めた。
それは、帝国に残してきた部下の事だった。
ラキオスの部隊ほどでは無いが、皆、神剣にとりこまれる事も無く、
強い精神力で自我を保っていたという。
遊撃隊という部隊は、実はその自我の強いスピリットの集まりだった。
周りからは「扱いにくいスピリット」といわれ疎まれていたが、実力は本物。
それだけではなく、部隊の仲は、非常に良好だったという事。
ここまで話して、ウルカは言葉を止めた。
「……ウルカ?」
急に話しをやめてしまったウルカを、心配そうに覗きこむ明人。
「……すいません……やはり、手前は未練を断ち切れていないようです……ッ!」
そして急に立ち上がり、この場を去ろうとする。
まるで、何かから逃げる様に……
「お、おい待てよウルカ!」
明人も追い様に立ち上がり、逃げるウルカの手を掴む。
「……離して、ください……」
「どうしたんだよ、急に「離してくださいッ!」」
怒声染みた声を上げるウルカに、明人は多少気圧される。
敵であった時以来、こんなウルカの声を聞いたのは初めてだった。
「手前は……手前は、アキト殿の側いる資格なんてありません……ッ!
いつまでも、未練たらしく帝国の事を思いつづけている手前などに……ッ!
まして、アキト殿にこのような感情を抱くなんて……ッ!」
アキトの顔を見ないように、ウルカは搾り出す様にそう言放った。
地には、幾つもの水滴の跡が見え隠れする。
ウルカの褐色の肌には、その水滴が通った痕跡が見える。
ウルカは、涙を流していた。
そして――
「手前は……アキト殿の事が、好きです……」
そして、静かな告白。
呆気にとられる明人をよそに、ウルカは言葉を続けた。
「あの時……傷つき、倒れた手前を助けていただいた時から……ずっと……。
今なら、言い切る事が出来ます……。手前は、アキト殿の事が好きです。
心から、お慕いしています……」
長い……長い沈黙が、二人の間に流れた。
ウルカは逃げる事を止め、その場にへたり込んでしまう。
「……ウルカ……なんだ、その……」
言いよどむ明人。
思考が、まだこの状況についてきていない。
「答えは……いりませぬ……スピリットである手前が、アキト殿にこの様な事を申すのは
御法度……もう、手前の事はかまわないでください……」
この時点で、ウルカは満足していた。
いや、自らを納得させ、満足しようとしていたのだ。
だが……
「かまうなっていわれて……放っておくわけないだろ!」
明人は、そんなウルカの肩を掴み自らの方向へと向ける。
明人の瞳は、ウルカの真っ赤な瞳を捕らえていた。
「え……」
「一人で納得しようとするなよ! もう、一人じゃないんだから……ッ!」
今度は、明人がたたみ掛ける番だ。
自らまっすぐな気持ちを、伝えるために。
「……俺も、言いたいことがある。今からいう事は、嘘偽り無い事実だ」
無言で頷くウルカ。
今度は、ウルカが目を丸くする番だった。
「俺は……俺はウルカの事が好きだ! だからもう、一人で全部背負おうと
しないでくれ……ッ! 俺が、一緒に背負ってやるから……ッ!」
目をそらさず、明人は言放った。
もはや、ここまで来れば気恥ずかしさなど無い。
自らの気持ちを……伝えるだけだった。
「あ……う……」
それ以上、ウルカからは声は出なかった。
驚きの感と、嬉しさの感が入り混じっているため、上手く反応が出来ない。
「さっき、ウルカが自分の事を話してくれたとき、俺は凄く嬉しかった。
やっと自分の事を話してくれた……やっと、俺の事を信頼してくれたんだなって
思ったから」
「そんな事……手前は、アキト殿に剣を捧げました……ずっと、信頼していました……」
ここでウルカは目を細め、恥ずかしそうに視線をそらす。
驚きよりも、嬉しさが勝ったのだ。
嬉しすぎて、明人の顔が直視できない。
が、それだけではなく……もう一つ、理由があった。
「信頼していたからこそ、嫌われたくなかった……逃げて、いたのです……」
その理由は、未だに帝国に残してきた部下達の――帝国への未練を引きずっていると、
明人に誤解されたくなかったから。
思いを寄せる相手だけには、誤解されたくなかったのだ。
「……だから、なんだって言うんだ」
「え――」
一呼吸置いて、明人は言葉を続けた。
「俺が、ウルカの事を嫌う理由がどこにあるんだよ。ここにウルカを連れてくる時も、
言ったはずだ。俺は、絶対にウルカの事を信用する。
部下の事を心配するのは、隊長として当然の事だ。未練なんて言うのとは、関係ない。
そして今は……さっき言った通り、俺はウルカの事が好きになった。
何回でも言う。俺は、ウルカの事が……好きなんだ。心から、本当に……」
明人は、逆に話して欲しかったのだ。
好きな相手の事は、全て知りたいと思う独占欲からだ。
そして、ウルカは――再び、涙を流していた。
そして、消えそうなか細い、小さな声で言葉を放つ。
「ありがとう……ございます。アキト殿……手前は、あなたを好きなってよかった……」
「……俺もだ」
ごく自然な成り行きで、明人とウルカは唇を重ねた。
月明かりに照らされるシルエットが、静かに一つとなった。
数日後、明人は訓練を中止していた。
はずだったが――
「はぁあああ……ッ!」
流れるような剣筋が、ウルカの懐から放たれる。
訓練場で二人、明人とウルカが訓練をしていた。
もうすでに、ウルカの剣筋には迷いも、未練も無かった。
数日前の深夜……二人はそのままここで、永遠の契りを交わした。
その事で、ウルカは帝国への未練という『拘束』から解き放たれ……
明人は、愛すべき人と支えられるようになるための一歩を踏み出そうとしたいた。
数十分、明人とウルカはお互い手合わせを続けた。
「……ふぅ。やっぱ、ウルカには敵わないか」
どっかりと腰を下ろし、服の裾で汗を拭う明人。
二人の戦績は、言わずとわかるであろう。
模擬戦闘の結果……明人は二十三戦中、二勝二十一敗。
その二勝も、ほとんどまぐれ当たりに近い。
ウルカが小石に躓いてこけそうになった時と、汗が目に入って油断した時だけなのだ。
それ以外は、ウルカの勝利。
だが、以前の様に決定的な差は無くなっている。
明人の実力も、大分上がってきていたのだ。
「そんなことありませぬ。アキト殿の力は、着実に上がっていると思います。
今の言葉に、嘘偽りはございません」
微笑を浮かべながら、ウルカは明人の隣りに腰を下ろす。
ふわりと、青みがかった銀髪が宙を踊り、汗とともに光を反射し美しく輝いた。
「……あ……」
「? どうか、いたしましたか?」
ボーッと自分を見つめる明人を不思議に思ったウルカが何事かと訊いてみる。
「あ……いや、幸せだなぁって思って」
明人は思っている事をすこし濁し、そう言った。
さすがに、見とれていたなどとまだ恥ずかしくて言えない。
だが、この言葉にも偽りはない。
こういった戦乱の中で、愛する者と同じ時を過ごすというのがこれほど幸せな事だと
思っていなかったからだ。
来夢と一緒いた時とは、また違った感じである。
「ふふっ……手前も幸せ過ぎて……いつ、消えてしまっても悔いはありません」
「……そんな不吉な事」
「ん……」
明人は顔をウルカへと近づけ、唇をふさぐ。
突然の行為に、ウルカは多少驚いたがすぐに目を閉じ、受け入れた。
「言うなよな」
顔を離すと、しっかりとウルカの瞳を見つめ、明人は言放つ。
「……すいません。ですが、手前は今、幸せの中にいます……本当に、幸せです……」
そっと、ウルカは明人の肩に持たれかかった。
こうしているだけでも、本当に心が休まる。
「そうだ。今度、一緒に来夢に会いに行こうか」
「手前も……ご同行してもよろしいんですか?」
「もちろん――」
『おい、隊長さん! ウルカ! 聞こえるか!? 聞こえたら返事しろ!!』
明人達の頭の中に、何者かの声が響く。
依然聞いた『求め』の声ではない。が、聞き憶えがある。
これは確か――ハーミットの声だ。
「ハーミットか? どうしたんだ、急に? ていうか、どうやってこれを」
『あんた等がのんびりしている内に、何のまえぶれも無く始まっちまったんだよ!
サーギオス、マロリガンが一斉に戦争を始めやがった! ラキオスに向かって!』
すぐさま、明人達スピリット隊はラキオスへと帰還した。
ハーミットの情報が早かったおかげで、帝国、共和国の部隊はまだ領内に
入ったばかりの頃、明人達は迎撃態勢を取れていた。
二国はすでに何度か戦闘をしているらしい。
「エトランジェが、暴走したって?」
「そうだ。この戦争は、二国のエトランジェが急におっぱじめたものらしい。
じゃなきゃ、わざわざラキオス潰すのに両方が動く必要はないからね。
お互い、衝突しているみたいだからここまで来る頃には……いい勝負になってると思う」
話を聞く限りでは、戦争が起きた原因はマロリガンとサーギオスのエトランジェが、
急に戦闘を開始したらしい。
ここ、ラキオスの領土に向けて電撃的に進軍してきたのだ。
「……わかった。じゃ、俺は戻るよ」
ハーミットに呼ばれたのは、明人だけであった。
他にこの場にいるのは、ハーミットの助手である一人のスピリットだけであった。
「あ〜、あと隊長さんよ」
「なんだ?」
扉を出ようとする明人を、ハーミットが呼びとめる。
「……何があっても、あんただけは生きて帰ってこいよ。あんたは、
もとの世界に帰らなきゃ行けないんだからな」
「……了解」
もとの世界に戻る。
それは、ウルカとの別れでもあった。
もちろん、もとの世界に帰りたくないと言えば、嘘になるだろう。
美紗と空也……そして、来夢と一緒に帰りたい。
だけど、ウルカと共に過ごしたい。
俺は、どうすればいいんだ。
どう判断するのが、一番――
扉をノックする音が、明人の部屋に響いた。
(……ん……あ、いつのまにか寝ちまっていたか……)
明人は身を起こして、扉を開ける。
「アキト様、出陣です。もう、他のみんなは準備できています」
そこにはエスペリアがいた。
その表情は真剣そのもので、戦闘体制に似ているものだった。
無理もない。
この戦いで、どの国が生き残るかが決まるのだから。
「ああ、わかった。わざわざ、すまないな」
そう言って部屋の戻り、『求め』の入った鞘を腰につける。
「アキト様……この戦い、必ず勝ちましょう。お二人の、未来のためにも……」
明人の背後を見つめ、エスペリアがポツリと漏らす。
「ん? 呼んだか?」
「いえ……さっ、いきましょう!」
戦場は、ラキオスから南西へと下ったマロリガンにほどよく近い場所であった。
大砂漠が近くにあり、マナが枯渇している場所だが、この場では激しい戦闘が
行われていた。
この戦いの元凶であるエトランジェは、付近にある巨大な洞窟へと入っていったという。
それを殲滅させるため、明人は部隊を二つに分ける事にした。
まずは帝国、共和国と三つ巴戦に巻き込み、混乱させる部隊。
もう一つは……少数精鋭で洞窟へと向かい、エトランジェを殲滅させる部隊に。
少数精鋭の部隊には明人、ウルカ、オルファ、エスペリア、アセリアとなった。
実力で見れば、ヒミカを連れて行くのが妥当だと思われるが、三つ巴戦の方が
戦闘がきつくなると踏んで、あえてオルファをこの部隊に抜擢した。
三つ巴戦はヒミカとファーレーンに指揮を預けた。
二人の実力は、すでに実証済みだったから、安心して任せる事が出来た。
そして……
「ここに、いるのか……」
洞窟を見の前にして、五人はたたずんでいた。
感覚でわかる。
ここだけ、異常にマナが溢れている事が。
戦闘を行うに申し分ない。
「……みんな、行くぞ!」
明人の呼びかけに、四人は無言で答え、突入して行った。
洞窟に入ってすぐ、足を止めたのは……エスペリアであった。
「エスペリア?」
「……アキト様、みんなを連れて、奥へと進んでください。すぐに、追いつきますから」
心配そうに話しかける明人に向かって、にっこりと微笑みかけるエスペリア。
「早く、行って下さい……ッ! アキト様」
だが、今度は少し威圧感の混じった声であった。
エスペリアが、明人に向かってこんな言葉を向けた事は……今まで一度も無かった。
「……わかった。奥で、待ってるからな。約束だぞ!」
「……はい」
明人を見送るのと入れ替わりで、来た方向から幾つものスピリットの反応が感じられた。
気配をほとんど感じさせないほど、熟練したスピリット達の集団である。
「……アキト様、あなたは……生き延びなければ行けません」
『献身』を構えるエスペリア。
ハイロゥが出現し、戦闘体制に入る。
「ウルカさんと、お幸せに……さようなら、アキト様……」
集まった敵スピリットは、およそ十数体。
全員、一列に並ぶ様にエスペリアの前に立つ。
もちろん、この数相手に勝てるとは――思っていなかった。
ただ、足止めになればと……
「さぁ、来なさい! ここから先へは、一歩も通しません!」
その言葉を合図にしたかのごとく、敵スピリットは一斉にエスペリアへと襲いかかった。
「――ッ!」
後方に、かなり多くのスピリットの反応が見られた。
思わず足を止め、後ろを振り返る明人。
「……アキト、先……行く」
明人の服をアセリアが引っ張り、それが先に行くと促す。
「だけどエスペリアが「いいから……早く……ッ!」」
服を握る手に、力がこもった。
アセリアは、わかっていた。
エスペリアが、自分たちを先へと進ませてくれて事を。
自分の危険もかえりみず、自分たちを送り出してくれた事を……。
「……わかった。急ごう」
きびすを返して、さらに奥へと進もうとする明人達だが――
「……パパ、ごめん……オルファ、エスペリアの事見てくる! 先に行ってて!」
オルファが、反対側――つまり、エスペリアの方へと走り出していた。
「オルファ!」
「パパ〜、ウルカお姉ちゃん……ちゃんと、幸せにしなきゃだめだよ〜」
最期に、そうオルファは叫んでいた。
明人には、これが遺言に聞こえて仕方なかった。
「うぐ……ッ!」
シールドを突き破られ、二の腕を切り裂かれたエスペリアが膝を折りかける。
が、踏みとどまった。
「まだ……です! 一人でも多く……アキト様のためにマナへと還ってもらいます……」
しかし、すでに体中傷だらけである。
敵スピリットは何体かマナの塵へと還した。
しかし、圧倒的に物量に差があった。
今は立っているだけでも一杯一杯である。
膝が震え、息が上がる。
『献身』を握る感覚が、段々と薄れてきた。
自分の周りで金色の粒子が出てきているのは、錯覚ではない。
すでに回復魔法を唱える余裕すらなかった。
「はぁ……はぁ……まだ、です……ッ!」
エスペリアは地面をけり、走り始める。
「いやぁあああッ!」
そして、スピリットを一人、『献身』で貫いた。
「――ッ!」
と同時に、口一杯に鉄の味がした。
背後から、自分の胸に突き抜けている物が見える。
体が軽くなっていき、意識という感覚が失せていく。
後ろから、敵スピリットの神剣が自らの体を貫いていた。
――これが、マナに還るという感覚なのでしょうか……
そんな事を考える。
『献身』が手元から離れ、湿った洞窟の地面へと倒れた。
続けて、自らの体も地に伏せる。
「アキ……ト……様ぁ……すい、ません……約束……守れません……でし……」
頬を伝うのは、なんだろうか。
自分は、涙を流しているのだろうか。
もはや、確認する事も出来ない。
腕の部分は、すでにマナとなり消えていた。
そして――
「エスペリ……ア――ッ! エスペリアぁッ!」
消えゆく意識の中……エスペリアが最期に聞いたのは、愛する妹の叫び声だった。
目の前で、一人のスピリットがマナへと還った。
それは、いつも自分を――自分たちを温かく見守っていてくれた、優しい人だった。
その人の金色の粒子が、辺りへと散らばった。
彼女の神剣、『献身』も後を追うようにマナの粒子となった。
「エスペリアぁ……うぐ……」
オルファはその光景を見て、流れる涙を拭った。
――悲しんでいる場合ではない!
――自分が、エスペリアの仇を取るんだ!
「『理念』よ! 全部の力を開放して! 全員フッ飛ばす……!
フッ飛ばしてやるんだからぁッ!」
『理念』を地面へと突き立て、神剣魔法の準備をする。
この密閉された空間では、自分も危険だが、そんな事を考えてる余裕はない。
大切な、姉のような存在を消された事に対しての怒りが、オルファの行動させている。
が……
「――ッ! あ……な、何これ……! や――そんな……! 『理念』、答えてよ!」
マナの流動が感じられない。
少し、冷えたような感覚に襲われる。
ブルースピリット最大のインタラプトスキル、全てを黙らす領域を形成する……
『サイレント・フィールド』。
これにより、敵味方両方の魔法が使用不可となる。
だが、この魔法は今のオルファにとって脅威でしかない。
オルファの直接攻撃力は、皆無に等しいから。
オルファ目掛けて、敵スピリットが突っ込んでくる。
その一突きは、オルファの小さな体を貫いた。
口から、血が逆流してきた。
オルファの小さな口から血液が噴出し、敵スピリットの顔を汚す。
「ゲホッ……ッ! う……ぐ……オルファ……負けない……ッ! 負けない……よぉ!」
敵スピリットは、異様な間隔に襲われる。
先ほどの冷えた感覚とは違い、今度は何故か熱くなるような感覚だ。
よく見ると、オルファの『理念』に炎が纏われている。
――ありえない。
敵スピリットが乏しい感情で思った事だ。
ここ、サイレント・フィールドの効果範囲で、神剣魔法が発動するなど
ありえないからだ。
急いでオルファから離れようと、自分の神剣を抜こうとするが、
オルファに腕を捕まえられる。
「逃がさない……ッ! みんな……みんなみんな……! 消えちゃえぇえええッ!」
次の瞬間――
ろうそくが消える瞬間のごとく、オルファの『理念』から凄まじい炎が巻き上がった。
周りにいた五体ほどのスピリットは、その炎に巻き込まれる。
(ごめんね……パパ……オルファ……も……エスペリアみたいに……ハイ・ペリア……)
その炎の中で、小さな体がマナへと還っていった。
炎が消えた後、唯一炎を免れたと思われる黄色のリボンが、力無く地へと落ちていった。
(二人共……すまない……ッ! 本当に……すまない……ッ!)
出来るならば、今ここで膝を付き、泣きながらそう叫んでいただろう。
『求め』を通じて、二つの反応が無くなった事がわかった。
最初に消えたのはエスペリア。
それを追うように、オルファの反応も消え失せた。
オルファの反応と共に、追っ手のほとんどが消えていた。
「……ん。アキトとウルカ……先に行って……エトランジェ、頼む」
アセリアが立ち止まる。
残りの追っ手を、防ぐために。
「アセリア……」
「心配するな。……アタシは、生きる。そして、二人を祝う……だから……行って……ッ!」
「……ありがとうございます、アセリア殿……」
アセリアに、スッと手を差し出すウルカ。
再会を信じた、握手を求めたものだった。
アセリアは無言で手を握り、振り返った。
その背中は、もう振り向くなと言う事を物語っていた。
(必ず……一緒に帰ろう! アセリア……君だけでも……!)
「いやぁあああ……ッ!」
残った追っ手の、半分は片付けた。
今ので、残りの敵は一人。
アセリアは、ほとんど無傷に近かった。
「最期……二人の仇……絶対に……ッ!」
最期の一体目掛け、アセリアが空中を走る。
振り下ろされる鋭き刃は、いとも簡単に敵スピリットを切り裂いた。
『存在』についた血を、振り払う。
これで、追っ手はもういない。
エスペリアとオルファの仇も取れた。
「……ありがとう……『存在』……」
胸元に『存在』を持ってきて、きゅっと抱きしめる。
……この油断が、命取りとなってしまった。
「――ッ!」
初めは、何が起きたかわからなかった。
胸の辺りから、赤い線が自分を貫いたと思うと、立っていられなくなった。
倒れた瞬間に視界に入ってきたのは……弱々しく指を上げるレッドスピリット。
敵も強かったので、止めを刺したかどうか確認するのを怠った結果だった。
圧縮された神剣魔法は、見た目こそか細かったが、致命傷に値するほどであった。
アセリアの胸元は、先の熱線により穴をあけられている。
次の瞬間――
(そんな……ごめ……ん……アキ……トぉ……)
この空間は、金色の粒子が立ち上るだけとなった。
「……アキト殿……」
「……大丈夫だ……」
アセリアの反応が、消えた。
やられるはず無いと思っていた、アセリアの反応が。
これで、ウルカを残して、突入隊のほとんどがマナへと還ってしまった。
悔しそうに俯く明人に、ウルカが心配そうに話しかける。
「俺達は、生き残るんだ。あの三人が、生かしてくれたんだ……ッ!」
「……終わらせましょう。必ず……手前達の手で……ッ!」
「ああ……ッ! いくぞ、ウルカ!」
「はい!」
「結局、ここまで来れたのはお前等二人だけか。寂しいなぁ。も一度オルファちゃんの顔、
拝んでおきたかったのによ」
最奥まで足を進めると、空也がいつもどおりのにやけた表情で出迎えてくれた。
そのにやけ顔には、返り血が点々とついている。
「……『求め』の主……か。『誓い』のマナも甘美であったが、それ以上にいい味を
持っていそうだな」
目の前に広がる光景を、明人は錯覚だと思いたかった。
美紗の瞳に光は無く、『空虚』に付いた鮮血をすすっていた。
地には、ピクリとも動かな血まみれの秋一。すでに『誓い』は砕かれていた。
そして、止めを刺すかのごとく、美紗は秋一の体に『空虚』を突き立てた。
「……えげつない事を……ッ!」
思わずそう漏らすウルカ。
その美紗目は、以前明人達とあった美紗ではない。
冷酷な、殺人を楽しむ人のように酷く冷たいものだった。
「あはははッ! さぁ、『誓い』は我が砕いたぞ! ……次は、おぬし等の番だ!
我に、甘美なマナを与えよ! 我は『空虚』……マナを欲するものなり!」
「まぁ、そう言うわけだ。……悪いが、今度こそ死んでもらうぜ?
美紗を助けるために……なッ!」
秋一の姿が、完全に消える。
それと同時に、美紗と空也は突っ込んできた。
「またこの展開か……ッ! ウルカ、行くぞ! ホーリーッ!」
「……了承、しました! アキト殿!」
迎撃態勢を取る明人とウルカ。
前に美紗と空也が襲撃して来た時と、ほとんど同じ展開。
違うのは、美紗が狂気に満ちていると言う事と、オルファがいないだけ。
「そなた、この前の者ではないな……!」
「わかるか? スピリットごときが!」
美紗から放たれるは、紫電をおびた一撃。
鋭さは、以前の比ではない。
強さも速さも、桁が違った。
「甘いッ!」
だがウルカはその軌道を見切り、しっかりと受け止める。
すぐさま弾いて、距離をとりなおさせた。
「ほぅ……ただのスピリットでは……なさそうだな。お前……純潔を捨てているな?」
「――ッ!?」
「図星か。珍しい……相手は、あの『求め』の主か?」
「……黙れッ! 下賎な輩め……ッ!」
卑猥な表現に憤激したウルカの攻勢が始まる。
「消えるがいい……奥義、星火燎原の太刀ッ!」
音速に迫る速さで、美紗の懐に飛びこむウルカ。
「ヒュ――ッ!」
放たれる一撃は、正確に美紗の喉元を狙う。
一撃必殺に出たのだ。
だが、美紗の様子に焦りは見られない。
むしろ、余裕すら感じられる様子で言葉を放った。
「……殺しても、よいのか? この体は、『求め』の主にとって大切な者であろう?」
「――ッ!」
この言葉を聞き、寸前の所で『拘束』が動きを止める。
そうだ。
先ほどからの言葉で、大体わかっていたが、彼女の体は今『空虚』によって
支配されている。
が、体はあくまで美紗のもの。
明人が大切に思う、親友の体だった。
「き、貴様――ッ!」
手を出すに出せないウルカ。動きが鈍る。
「あはははッ! スピリットがエトランジェに惚れるか! 珍しい事だな!
……その甘さが、命取りになるんだよ! 紫電よ、全てを焼き尽くせ!」
そして、詠唱無しに美紗から一本の電撃がウルカへと放たれた。
「悪いなぁ、アキト……オレは、美紗以上に大切なものなんて、持ち合わせていないんだ。
だから、オレは美紗のためなら……お前すら、喜んで殺すぜッ!」
迫る空也の目は、いつもと違った。
いつもの空也は、本気を出しているようで、どこか力を抜いている感があった。
しかし、今回は違う。
明人もはじめて見る、本気の目であった。
お互いの神剣がぶつかり合い、地を揺るがす。
二人の実力のほどは、互角。
お互い、一歩も譲らない。
「……美紗は、どうしたんだよ……?」
至近距離にある空也の真顔に、問い掛ける明人。
この変貌っぷりは、異常だった。
「……あいつは……神剣にとりこまれちまってな……今、共和国で研究してる最中だ。
神剣と精神のリンクを、外させる方法を……ッ!」
磁石が反発するかのごとく、二人の距離は開いた。
「っとと……へっ、どうやら、オレの『因果』は『求め』の事を相当嫌ってるみたいだな」
「……悪いが、俺にも退けない理由がある……俺は、この戦いを
終わらせなくちゃ行けないんだ……ッ!」
――死んでいった、みんなのためにも!
言葉には出さないが、強く、強く明人はそう願った。
「まったく、お前とマジで殺しあうなんてなぁ。あんま、考えたこと無かったぜ!」
金色のオーラを纏った空也が、旋風のごとく激しい一撃を明人へと見舞う。
「やらせない……ッ! はぁあああ……ッ!」
明人の『求め』が空也の『因果』と再び重なる。
が、今度は訳が違った。
「今だ! 『求め』よ、力を開放しろ!」
急激に、『求め』からオーラフォトンが膨れ上がる。
これは、明人が仕込んだものである。
オーラフォトンをコントロール、圧縮し、触れたと同時に爆発させる技である。
「! ぐあぁあああッ!?」
これにより、空也は勢いよく後方へと飛ばされた。
爆発によって自身へのダメージも相当なものであった。
上半身の服は全て吹き飛ばされ、そこは酷い火傷をを負っていた。
(主……我が主よ……)
不意に、『求め』が明人に話しかける。
最初に話してから、随分と静かであったから、明人は半ば驚いている。
「なんだよ、こんな時に……ッ!」
(……スピリットが、消えるぞ)
「なに――ッ!」
振り向いた時には、すでに遅かった。
「グッ……ガハッ!」
「これくらいで動揺するとはな……罪人だな、『求め』の主よ」
美紗は、『空虚』を高らかと上げている。
そこには、串刺しにされたウルカの痛々しい姿があった。
明人は、絶句していた。
声が出せなかった。
「……最期の別れぐらい、するがいい。それくらいなら、待ってやるぞ」
美紗がウルカを明人目掛け投げ付ける。
軽くなったウルカを、明人はしっかりと抱きとめた。
「アキト……殿……」
「ウル……カ……」
それ以上、声が出てこなかった。
涙だけが、今の感情を表す唯一の手段だった。
明人はウルカの体をしっかりと抱きしめる。
「……すみ……ません……悲しい思い……させ……て……」
力無く、ウルカの口から言葉が放たれる。
それは、明人の悲しみを一層深いものにした。
目の前で、愛すべき人が消え様としている。
――なのに……なのに自分は何も出来ないなんて……ッ!
「泣かないで……生きて……手前なぞ……無くとも……」
――考えられないッ! ウルカがいない世界なんて……!
――死ぬな! 死なないでくれ!
そう叫びたい。
ウルカを助けたい。
「最期……口、付け……」
ゆっくりと、明人は顔を近づけた。
「……ありがとう……ございました……」
すでに、感触は無かった。
それでも微笑を浮かべたウルカの体が、四散する。
それらはすべて、宙へと舞っていた。
手元に残ったのは、ウルカの付けていた髪留めだけ。
それと、巨大な虚無感。
すでに、涙は止まっていた。
これ以上、出てこなかったのだ。
「えらく濃密な別れだったな。惚れた弱み……そなたが、そのスピリットを殺したような
ものだというの――ッ!」
『空虚』の元に、戦慄というものがやってきた。
ウルカを抱いていたまま、固まっている明人の体から放たれる感覚が、そうさせていた。
「壊す……壊してやる……ッ!」
呟くように言放つ明人。
「全てを、壊してやるッ! うおぉああああッ!!」
そして……『求め』が、まばゆいばかりの光を放った。
〜〜エピローグ in ウルカ〜〜
目の前を歩くお姫様に、俺達は従っていた。
むしろ、従う事を余儀なくされていた。
「くぉら! 明人、空也! しっかりついてきなさいよ! ったく、情けないなぁ!」
罵声を浴びるが、これ以上スピードが出せない。
俺と空也は美紗の手荷物を全て任されていた。
これほどの物資を買い込むあいつの軍資金はどこから出てくるんだ。
俺は、空也と美紗、それに来夢と共に元の世界へと帰ってきた。
あの世界での戦乱は全て収まり、ラキオスが全ての国を統治する事になった。
俺と空也と美紗は、最期の戦いの時に神剣が砕けたらしい。
気が付いたら、手には何も持っていなかった。
その後すぐ、ハーミットが身振り手振りで帰れると言う事を教えてくれた。
俺達は、帰ってきたのだ。
でも――
「な〜んか、記憶が抜けてるような気がすんだよなぁ」
記憶の一部に穴が開いているというかなんと言うか……
大事な何かを忘れているような……
「明人、急ごうぜ? こんな荷物持ち手伝わされた挙句、白き悪魔によって
魂を摘み取られるのは正直ごめんからな」
空也がそう話しかけて、すぐに美紗の元へと駆け寄って行った。
空也と美紗も、何故かこっちに帰ってくるとき妙に気遣ってくれていた。
来夢もだ。
理由は、よくわからない。
「パッパ〜♪」
「っと!」
いきなり、誰かが後ろから明るい声を上げて抱きついてきた。
……しかも「パパ」と間違えてんのかよ。
後ろを振り向くと、こいつは……えっと、空也への挑戦状?
あいつ好みの可愛らしいと言い張れる小さめの身長。
緋色の大きな瞳をしていて、染めているのか真っ赤な髪をツインテールに結っている。
たったいま、バーゲンという戦場に駆り出された空也は本当に惜しい事をしたと思う。
「……あの、人違いだと思うぜ? さすがに、この年齢で子持ちはまずいと思うから」
「え……? あ……う……?」
俺の顔を確認すると、その少女はバツが悪そうに顔を背けてしまう。
……ていうか髪の色からして、この娘、日本人か? 日本語、わかってるのかな?
「こら、勝手に走って行ってはダメとあれほど――ッ!」
続けて、この少女の保護者らしき人物がやってきたらしい。
これも珍しい。
翡翠色の瞳に少しウェーブがかった茶色混じりの髪をなびかせた美少女だ。
なんか、メイド服かなんかが似合いそうな雰囲気だぜ?
俺にはそんな趣味無いのに思わずそう考えてしまう。
怒ったような口調だったが、柔らかい笑みを浮かべてこの俺にしがみついてる娘を
追いかけていたようだ。
……で、なんでそんな驚いた様か表情を、俺に向けるんですかい?
「あの……俺の顔になんかついてますか?」
「い、いえ。失礼、いたしました。あの……以前、どこかでお会いした事など
ありませんか?」
「うん……あの、ホントにどっかで会ってない?」
「は?」
いきなり、二人からそんな質問を投げかけられ、俺は困惑してしまう。
ハッキリ言おう。
以前こんな二人に会っていたら、忘れるわけ無いと思う。
二人共、かなり印象的な雰囲気だ。
「……いや、たぶん……」
心当たりの無い俺は、とりあえず首を横に振った。
「そう……ですか。すいません、変な事を訊いてしまい……」
「ごめんなさい……」
「いや、気にしないでおいてくれ。俺も、気にしないから」
そう言って、この場を後にしようとすると――
「あの、せめてお名前を教えてくれますか?」
呼びとめられた。
「俺の?」
「はい。わたしは、エスペリアと申します」
「オルファは、オルファリルだよぉ」
……やっぱ、外人……かな? この名前は。
「俺は、明人。高瀬 明人だ。じゃ、また縁があった会おうか」
そう言い残し、俺は本当にこの場を後にしようとした。
「はい。わかりました……アキト様、お元気で」
「じゃあねぇ〜♪ パパ、今度……ライムと一緒に、遊ぼうね」
「ああ、また今度――ッ!」
この時点で、記憶から何かがよみがえって来た。
空いていた穴に砂が流れこむかのごとく、すっぽり空いた記憶が埋まっていく。
間違い無い……さっきの二人は、絶対にエスペリアとオルファだ!
この二人を、俺が見間違えるはずが無いんだ!
「あの――ッ!」
振り向いて見るが……すでに人ごみに紛れ、二人の姿は無かった。
俺は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
「明人! 明人ってば! 聞こえないの!?」
「あ、明人! 聞こえてるフリでもいいからしておけ! 命に関わるぞ!」
二人が俺に近づいてくる。
今の俺は、この場から動く気に慣れなかった。
「……なあ空也……どうしよう……」
「な、なにがだ? 明人……」
「今俺……エスペリアと、オルファに会った」
「な――に言ってるんだよ。ていうか、誰だ? それ――」
「俺が見間違えるわけ無いだろ! お前もしらばっくれるな! スピリットの二人だ!」
思わず、声を荒上げてしまった。
美紗は、目を丸くして俺を見ている。
酷く、困惑している様子だ。
「……あのあと、二人はどうなったんだよ! それに、アセリアは……ッ!」
「落ちつけよ、明人! ……わかった。美紗、悪いが買い物は中止。いいな?」
空也は、先に美紗を帰して俺を神社へと連れていった。
「正直、どこまで思い出した?」
空也が訊いてくる。
途中、自販機でコーヒーを買って、石段に俺達は腰掛けていた。
「……みんなの名前。アセリア、エスペリア……それに、オルファの事。
それに、このメンバーで洞窟に入っていった事だ」
「……そっか。まだ、全部は思い出してないか」
空也はそう言うと、眉間に手をやる。
「エスペリアって言う奴とオルファちゃんは、死んだぜ。確実に」
「そう……なのか」
「アセリアって言う奴も、多分……見送りの時、いなかっただろ?」
「……ああ……」
段々と、記憶がハッキリしていく。
そうだ。『求め』を通じて、わかっていたんだ。
俺に同行して洞窟に入ったメンバーは、俺を残して全滅したんだ。
だからみんな、気を使ってくれていたんだ……。
それでも、俺の心にはまだ、わだかまりがあった。
それはとても大切で、
とても嬉しかった事で……
そして、とても悲しかった事。
一番、忘れちゃいけない、何かなのに……。
まったく、思い出せない。
「……オレが知っている事は「空也が知っているのは、ここまでだね」」
不意に、声をかけられた。
声の方に顔を向けると……美紗がこちらに向かって歩いてきていた。
「? 美紗……」
「空也が知っているのは、ここまで。後は、あたしが知ってる……」
美紗の表情が優れない。
いつもの元気は、微塵も見られなかった。
そして美紗は俺の隣りに腰掛け、話し始めた。
「あたしね、『空虚』に操られてる時のこと、全て憶えてるのよ。
スピリットを惨殺して、そこからマナをすすったり……秋一を、殺したのとかも……
ぜ〜んぶ、憶えてるの」
ここでいったん、美紗は言葉を切った。
「……あたしが、明人の一番大切な人を……殺した事もね」
「――ッ!」
体中に、電撃が走ったような感覚に襲われた。
記憶のかさぶたが、気持ち悪いぐらい鮮明にはがれていく。
そうだ。
なんで、今まで忘れていたんだ!
俺が思う、一番大切な女性……
――ウルカ――
全て、思い出した。
「あ……あ……ッ!」
彼女と過ごした一時の幸せを……
「謝って、すむ問題じゃないよね……ッ! でも、謝まらして……ッ! 明人……ごめん」
そして、彼女と別れたときの虚無感を……
「ごめん……ごめんなさい……明人……」
美紗が涙を流してるのが見え、体の感覚が、薄れていく。
「ちょ――ッ! 明人……おい、明人ッ!」
俺は、全てを失ったんだ。
彼女は、俺にとって全てだったんだ――。
気が付くと、俺は自分のベッドの上に寝かされていた。
記憶は曖昧だが、空也に背負われて帰ってきた記憶がある。
辺りは暗い。深夜だ。
妙に暑く、寝苦しい夜だ。
「……ト……アキト……」
そんな暑苦しさとは対照的な、澄んだ声が聞こえる。
聞き覚えのある声……これは――
「アセリア……?」
瞼を開けると、薄い下着のような姿のアセリアがいた。
「アキト……来て……全てが始まった場所……今すぐ……」
そう言って、アセリアは手を差し伸べてきた。
俺は、その手を握り返していた。
連れて行かれて場所は、神社であった。
境内に入り、大きな御神木らしきものを素通りして、奥へと行くと……
「……みんな……なんで」
「アキト様……お久しぶりです」
見なれたメイド姿をした、エスペリアが――
「パパ、本当に久しぶりだねぇ」
いつもどおりの明るい笑顔を浮かべたオルファが――
「……言い忘れてた。久しぶり……アキト」
無機質な声をしたアセリアが――
みんなが、俺を向かえてくれた。
涙がこぼれそうななる。
もちろん、嬉し涙だ。
「……早速ですが、本題に入ります……アキト様」
深刻な面持ちで、エスペリアが話しかけてくる。
「これで、わたし達とは本当のお別れです」
「……え?」
聞き間違いじゃないかと、耳を疑うが……エスペリアの顔は、嘘だと語っていなかった。
「もう時間がありませんので、簡潔にいきます。アキト様……今まで、
本当にありがとうございました……」
「……パパは、オルファ達を道具じゃなくて、一人の人としてみてくれた……」
「その事が……ん。あたし達は、嬉しかった……と思う」
「消える瞬間、ある方に頼みまして……この事を伝えるために、お礼を言うために、
わたし達を現世へと呼び戻していただきました……」
エスペリアの体が、消えた。
最初から、何も無かった様に。
「うん……オルファも、そろそろ……」
「……ん」
続けてオルファとアセリアも、姿を消してしまった。
『そして……』
エスペリアの『声』だけが、頭の中に響く。
『これがオルファ達からの……』
『最期の……お礼……』
アセリアの言葉が聞こえると同時に、宙に光の塊が出現した。
この光は……ありえなかったが、マナの光にそっくりであった。
『今一度……アキト様……』
『パパ……』
『アキト……』
『『『ありがとう……』』』
この声を最期に、三人の感覚は……完全に消えた。
俺は、残されたマナ球体の行方を追った。
それは粒子を辺りに放出しながら、ゆっくりと御神木の根元まで移動した。
そこで光は膨張し、人の形を作っていく。
「――ッ!」
思わず、目を見開いてしまった。
それは、スピリットだった。
褐色の肌をし、長い青みがかった銀髪をした……
見覚えのある瞳。
唇。
輪郭。
これこそ、見間違えるはずが無かった。
静かに横たわっているのは……
「ウル……カ」
気が付けば、駆け寄っていた。
「ウルカ……おい、ウルカ!」
必死に呼びかけると、ウルカの瞼が微かに動く。
開かれた真っ赤な瞳に、俺の姿が映っていた。
「アキト……殿――ッ!」
俺は、ウルカを抱きしめていた。
心から、愛した人の温もりを確かめるために……
「妬けちゃう……なぁ。やっぱり……でも、アキトさんが喜んでくれるんなら……
この三倉 真美さんは一肌でも二肌でも脱いじゃいますよ〜だ」
「アキト殿……アキト殿……ッ!」
ウルカは、抱き返してくれた。
嬉しくて嬉しくて……涙が出てきた。
「ウルカ……俺、嬉しい……もう一度、会えて……もう一度、抱き合えて……」
「手前も……嬉しい限りです……愛する者の、腕の中に今一度抱かれて……」
俺達は、何も考えずにキスをしていた。
再会できた喜びを確かめ合う様……
何度でも……
飽きることなく……
この時間が永久に、永遠に続くよう願いながら……
ウルカストーリー『拘束』から解き放たれ…… Fin
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