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第八話 オルファリルストーリー『理念』を胸に……

「……はぁ〜」
 深いため息をつくオルファ。
 今、オルファは暗くなったこの拠点の見回りをしている。
「うにゃあ……なんで、だろ……なんでパパの事考えると……胸にもやもやが出来て……」
 と言うよりも。体を動かしていないと落ち着かないといった感じだ。
「でも……パパにはあの時のエトランジェ……あの人達の方が大切なのかもしれないし」
 そう言うオルファの声に、いつもの元気の良さは感じられない。
 今、明人の事を考えると、いつもと違った反応になる。
 いつもの楽しくなる気分とは違い、胸を締めつけられるような感覚だ。
「……はぁ……はぁ……」
「――ッ! 誰ッ!?」
 オルファの進行方向から、呼吸するのがいっぱいいっぱいのような音が聞こえてくる。
 男性の声だ。
 それを聞いたオルファは神剣を構え、いつでも呪文を唱えれる体制になる。
「……グッ……明……人」
 掠れるような声で、男性は確かにそう言放った。
 そしてその言葉の後には何も続かなかった。
 どうやら気を失ってしまったらしい。
「え……? パ、パ?」
 明人の名を訊くと、オルファは戦闘体制を解いた。
 手の平から光球を出現させ、辺りを照らす。
 どうやら、二人いたらしい。
 男性が、女性を背負う形になっていた。
 そして、二人の反応はすでに弱々しいものであった。
「――ッ!」
 その二人を見たオルファは、急いで宿舎へと走り始める。
「みんな! 大変大変! マロリガン共和国のエトランジェが来ちゃったよ〜!」

「オルファ……かな」
「へ?」
 ハーミットのにやけた顔が、一瞬にして驚き色に染まる。
 そして、少しだけ軽蔑を含めたまなざしで明人を見始めた。
「……別に俺はふざけて答えてるわけじゃないぞ。本気で、そう思っているんだ」
「……ああ、すまない」
 あくまで真顔で答える明人に動揺したハーミットは、深呼吸を一度して呼吸を整える。
 そして、どこからとも無く煙草のようなものを取り出し、咥えた。
 明人は言葉を続ける。
「俺は……知らず知らずの内に、オルファのあの明るさに励まされていたんだ。
 俺は、あの屈託の無い笑顔を……いつのまにか、必要としていたんだ」
 その目には、強い意思が込められていた。

 ここに来た最初の日。
 まずオルファは、自分に笑顔を向けてくれた。
 それだけで、いつのまにか緊張が解かれていた。
 来夢が連れて行かれた時。
 オルファの笑顔が、いつの間にか自分の心を埋めていてくれた。
 初めは「パパ」と呼ばれる事で、家族愛のようなものが芽生え始めていた。
 しかし今は……ハーミットの一押しで、全部わかった。
 この気持ちは、家族愛ではなかった。

 ――俺は、オルファの事が本当に好きだったんだ。

「だから俺は、オルファの事を――」
「パパ、パパッ! 起きてる!? 入ってもいい!?」
 と、いきなりオルファが木製の物を叩いた時に発生する鈍い音をたてながら、
 明人を呼ぶ。そのオルファの声はなぜか焦っていた。
「は――ッ? お、オルファか? 起きているから、入ってきてもいいぞ」
 そう明人が言った瞬間、扉が勢いよく開き、オルファが飛びこんできた。
「なにがあったんだ? そんなに慌てて」
 肩で息をするオルファに向かって、明人が理由を聞く。
 そして、オルファの口から出たのは――
「あ、あのね! この前のね! ホラ、パパと知り合いみたいだった、えと……
 マロリガン共和国のね! そこのエトランジェが傷だらけで来たの!!」
「なに――ッ!」
 それを聞いた明人は自分の傷の事も忘れてベッドから立ちあがった。

「それで、美紗と空也は無事なのか? オルファ」
 強ばった明人は今、オルファを連れて廊下を歩いている。
 空也と美紗が、ここ――ラキオスにやってきた。
 しかも、傷だらけといわれてのだから焦るのも無理は無い。
 敵に回ったとはいえ、大切な親友の一大事なのだから……。
「う、うん。オルファが見回りしてる時にね……広場に入ってきたの。それで、
 すぐにエスペリアとニムントールとハリオンを呼んで治療終わって、
 オルファ達の部屋で眠ってるの……」
 その行き先は、オルファとウルカの部屋だ。
 オルファはウルカになぜかなついてしまい、そのまま一緒の部屋に寝泊まりするように
 なったのだ。なので、実質ベッドが二つある部屋はオルファの部屋だけ。
「そうか……ありがとな、オルファ。二人を、助けてくれて……」
 歩きながら明人は、出来るだけ優しい笑顔をしながらオルファの頭をなでてやる。
 なでられたオルファは頬を赤く染め、小さな笑みを浮かべた。
 こんな状況でも、それを見た明人は思わず頬を赤らめ照れてしまう。
 やはり、少しは意識をしてしまうらしい。
「でも、なんでわざわざ俺を呼びに来たんだ?」
「そ、それは……なんか、その……あの人達、気絶してもパパのこと呼んでたから」
 オルファのさっきまで照れていた表情が少し、暗くなる。
 寂しいような、表情だった。
 だが、明人はそれに気づく事は無かった。
 明人の頭の中は、今は空也と美紗の事でいっぱいだったから。
 気に止める事など、出来なかったから……。
「そう、か……ん? ついた、みたいだな」
 明人がオルファ達の部屋の扉を確認し、中に入る。
 表情を落としたオルファの事を、少し気にしながら。

「あ、アキト様……」
 中に入ると、エスペリアが出迎えてくれた。
 だが、その目には明らかに疲れの色が見える。
 いつものような柔らかい笑みが表情に出ていない。
「たった今、治療が終わった所です……これでもう、大丈夫なはず……」
 ベッドの上には、静かな寝息を立てる空也と美紗の姿があった。
 二人とも、服の所々は破れているが、ラキオス精鋭のグリーンスピリットの力の
 おかげで外傷はほとんど見られない。
「すまない、エスペリア……あとは俺とオルファが看ておくから、
 自分の部屋に戻って休んでいてくれ。このままじゃ、エスペリアの方がまいっちまう」
 その様子を見て、明人はエスペリアに対して休む事を促す。
「そうだよぉ。エスペリア、今にも倒れちゃいそうだよ」
 オルファも、明人と同じような事を言ってエスペリアを休ませようとする。
 二人に促され、エスペリアは無理やりとまではいかないが辛そうに笑みを作り――
「……アキト様、オルファ……どうも、ありがとうございます……では、
 私は部屋に戻りますので何かありましたら、すぐにお呼びしてくださっても
 かまいません。それでは……」
 そう言い残してエスペリアは部屋を後にした。
 エスペリアにしては珍しく、足元がおぼつかない様子で。
 そして、部屋には明人とオルファ、それに眠っている二人だけになった。

「…………」
「…………」
 静かな部屋に空也と美紗の寝息だけが聞こえる。
 明人とオルファは、なぜか黙り込んでしまっている。
 むしろ、話しづらいといった感じだ。
 先ほどハーミットには面と向かって言ったものの、本人を前にすると気恥ずかしい。
 いつもは騒がしくも明るい、とてもいい娘だとしか意識していなかったが、今は違う。
 一人の女性として――意識してしまっていた。
「ねぇ、パパ……」
 その沈黙を破ったのは、オルファだった。
 今にも消えそうな小さい声で、明人を呼ぶ。
「……オルファ?」
 オルファにいつもの元気が見られないので、明人が心配そうに訊き返した。
 膝をついて、自分の目線をオルファと同じ高さまでもっていく。
 そして――
「……この人達って……パパの大切な人達……なの? オルファより……」
 オルファが、なぜか目に涙をためてそう言い放つ。
 目線を下げた、明人の瞳を真っ赤な緋色の瞳で見つめながら。
「えっ?」
 思いがけない質問に、明人はそれ以上言葉が出なかった。
「だって……だってパパ……ッ! この人達の事になると……オルファの事、
 全然見てくれなくて――あ……」
 オルファが慌てて口をつぐむ。
 その拍子に目にためた涙が頬をつたい、床に落ちる。
 言ってはいっていけない事を言ってしまったかのように。
 そこで言っていたのは――この小さな体で精一杯の、明人への告白。
 空也と美紗が初めて明人と接触した時の表情を一番間近で見ていたのは――
 オルファだったから。
 自分よりも、この二人の方が大切な存在であるのが怖かったから……。
「あ……オル、ファ?」
 突然の事に焦る明人。
 いまだに、人の気持ちに鈍感な思考がついていってい無い。
 だが、オルファの嗚咽混じりの言葉はまだ続いた。
「パパは……オルファの事、好き……? それとも、この人達の方が……大切――」
 その質問に明人は少しの間、顔を下に向け……こう答えた。
「……オルファに……先に言われちまったな」
「え……」
 今度はオルファが驚く番だった。
 明人も、オルファ同様に言葉を続けた。
 目をそらさず――しっかりと自分の気持ちを伝えるために。
「俺も……オルファの事、好きだ。大好きだよ。もちろん、一人の女の子――
 いや、一人の女性として、愛している」
 そう言い終わると、明人は顔をこれでもかといわんばかりに真っ赤に染め、
 オルファから目をそらす。
「え……パパ……ホント、に?」
「信じられないか? じゃ、証拠……見せよっか」
 そう言うと純情少年明人は真っ赤に染まる顔をオルファの驚きに染まる顔に近づけ――
「……ん――ッ!」
 オルファの小さな唇を塞いだ。
 短い間だが、お互いの気持ちを確かめるのには十分だった。
「俺は……本気だ。俺には、オルファが必要なんだ。ずっと俺の側にいて……
 ずっと、俺にその笑顔を見せつづけてくれ」
 明人がオルファを抱き上げ、それと同時に立ちあがり、小さな体をギュッと抱きしめる。
 愛しい人の温もりを、しっかりと感じるために――
「う……うん! オルファも、ずっとパパのそばにいる! 絶対に、離れない……!」
 オルファもそんな明人を受け入れるかのように、明人の背中に手を回して、抱き返した。
「オルファも、パパの事、大好き……オルファも、本気だよ……」
「ありがとう、オルファ……」
「えへへ……パパ……」
 そして、再びこの部屋の淡い明かり照らされ、気持ちを確かめ合おうとすると――
「お〜お〜……お盛んな事だねぇ。パパさんよぉ」
 空也がにやけ顔で、楽しそうにその様子を閲覧していた。
 意識は、どうやら完全に回復していたらしい。
「――ッ! く、空也!? ……いったい、どこから見てた?」
 思わず、近づけた顔を離し、耳までとは言わず首筋まで真っ赤に染まりあがった
 ある意味情けない表情と裏返った声で空也に問い掛ける明人。
 急な展開に、驚きが隠せていない。
「ベっつに〜。お前が、そのミニサイズのお方に告白開始した所からずっとだけっど」
 ――いつのも空也だ。さっきまでの怪我はどうしやがった……ッ!
 そう考えてしまうが、実際の所、安心できる事だった。
 この分なら美紗の方も心配無いだろう。
「……なら、仕方ないなぁオルファ。証人まで出来ちまったから……なっと」
 オルファの膝裏に手を回し、お姫様抱っこをする明人。
 そんな事を空也の目の前でする明人に、先ほどまでの焦りは見られない。
 自分の気持ちをちゃんと打ち解けられたのだから、もう、恥ずかしがる必要は無いと
 悟ったためであるからだ。
「うん♪ これで……オルファとパパの仲は、誰にも邪魔されないね♪
 もう……絶対にオルファ、パパから離れない……絶対に」
 明人に抱かれ、そう言うオルファの表情はいつもどおり、元気一杯な表情に戻っていた。
 これは、明人が本当に自分の事を思ってくれた事を悟ったためであるからだ。
 二人の間に、もうすでに言葉の壁は無意味なものとなりかけていた。
 ……はやっ!
「ああ。俺もだよ、オルファ……」
「はいはいお熱い事で……ったく、まっさか明人がこうくるとは思わなかったぜ……」
 空也はやや悔しそうに言ってみせるが、長年の付き合いからわかる明人の気持ちが、
 本気だという事はわかっていた。
 ――さ〜て。この後どうやって美紗に面白おかしく説明してやろうかなぁ。
 そんな楽しみも、空也の中で少し芽生えつつあったが。

 明人は、これから起きる苦難をオルファと共に超えていくという『理念』を胸に――
 自分が、一番大切だと言えるものを手にいれることができた。
 これからずっと、自分を照らしつづけてくれる、太陽のような存在を……。

 とりあえず、空也がお熱すぎる二人をなだめ制し、なんとか落ちついた雰囲気になった。
「んでだ。明人、まずはオレがここに来た訳を話さなきゃいけないなぁ」
 先ほどとはうってかわって、真剣な表情を作る空也。
 明人とオルファはそんな空也の言葉を真剣に聞いている。
 空也がこんな表情をするのは、稀だ。
 それほど大切な話しなのだろうと理解したからだ。
「そうだな。確かに、お前達はマロリガン共和国のエトランジェだもんな。
 それが、どうして俺達ラキオスの所に来たのかは隊長として知っておきたい」
「しかも、なんで傷だらけで来たの?」
 明人とオルファの息の合った問いかけに、少し考えた後、空也が答えた。
「……オレ達、マロリガン共和国はサーギオス帝国――いや、秋一の野郎に……
 潰されちまったんだ」
「な――なんだって!?」
「う……そぉ!?」
 明人達が驚くのも、無理は無い。
 確かに、サーギオス帝国の力は大まかに分けて三つの国――
 ラキオス王国、マロリガン共和国の中でも軍事力は強大だが、こんな短期間に
 マロリガン共和国を潰せるほどの戦力は持ち合わせていない。
 むしろ、こうもあっけなくマロリガンのスピリット達がやられるはずが無いのだ。
「秋一の野郎が、オレ達の大将をな……その時、オレと美紗は帝国のスピリットに
 足止めされて……大将の救援に行った所、もう大将は秋一にやられてい。
 オレと美紗はその時、秋一に不覚を取っちまってな。お前を頼ってここまで来たんだ。
 こんな事を言うのもなんだが、正直、助けてもらえる確信は無かったんだけど」
 空也はその時の事を思いだしたのか、苦汁に満ちた表情を作る。
 空也にも、部下であるスピリットがいた。
 それが、全滅してしまったのだ。
 ――悔しい――
 そんな気持ちが、明人は神剣を通じなくてもわかる。
「そう……だったのか。でも……でも、二人が無事でいてくれて、本当によかった」
 明人はまだ眠っている美紗の顔を見て、そう言った。
 が、空也の気持ちはそうでもなかった。
「いや……よくないかもしれない」
 疑問を顔で現す明人とオルファに、空也は続けた。
「……あの秋一の様子は今までと違った」
「? なにが、違ったんだよ」
「……あいつ、お前に向かって殺気を放っていたり、いつも何かを見下したような目を
 していただろ?」
「ああ。あいつは……いつも、そうだったな」
 明人が忘れかけていたその雰囲気を思いだし、嫌悪を感じる。
 秋一と明人は、元の世界でも来夢をめぐり、犬猿の仲だ。
 そればかりか秋一の方は、明人に対して明らかに殺意をもっていたのだ。
 つい先日、それが実行されかけた。
「あいつ、自分の自我をほとんど犠牲にして……神剣を支配していたみたいだったんだよ。
 あいつ、最後までこう言っていた……『来夢は僕が幸せにするんだ』ってな……」
「――ッ!」
 その空也の言葉に、明人は完全に言葉を失ってしまった。

 ラキオス城にある客間に眼鏡の少女が一人、何やら落ち着きの無い様子で座っている。
 ラキオス城に設けられているこの部屋は、この少女が部屋として使っている場所だ。
 ベッドに机、本棚に本と簡素な部屋だが、生活していくには十分なものである。
 この部屋の扉が静かに開き、少年と赤い髪の小さな少女が部屋へと入ってきた。
 その少年と少女は――
「久しぶり、来夢」
 明人と、オルファだ。明人が入ってくるとその少女――来夢の表情が一気に明るくなる。
 明人は拠点の防衛をエスペリア達に任せ、一時的にラキオスに帰還していた。
 もちろん、帰還する名目に定期報告というものをつけて。
 それに付け加え、もう一つ名目あった。
 あの時――謁見の間から別れて以来、本当に久しぶりに顔をあわせられる瞬間だった。
「お兄ちゃん! 会いたかった……会いたかったよぉ」
 すぐさま来夢は明人に飛びつき、胸板に顔を埋める。
「こんにちは、ライムちゃん♪ 前に言った通り、パパ、連れてきたよぉ♪」
 ちなみに、オルファと来夢は初対面では無い。
 明人は隊長と言う立場から常に忙しいが、オルファは時々ラキオスへと帰還し、
 来夢の話し相手になっていたのだ。
 これは、ラキオスの王女であるレスティーナの頼みでも合った。
 年齢の近い二人はすぐに打ち解け、今ではすっかり親友という表現がよく似合う
 関係になっている。
 年齢が近いせいもあるが、オルファの屈託のない明るさが来夢の心を簡単に
 開錠したのであろう。
「オルファも、久しぶりだねッ♪ それと、お兄ちゃん連れてきてくれてありがとう♪」
「っと、それじゃオルファが保護者みたいじゃないか」
 とはいえ、今回の帰還目的は、来夢に会って話がしたいのがほとんどであったが。
「……この前、お兄ちゃんが……死んじゃいそうになったって聞いて……
 心配、したんだから」
 ちなみに、来夢に明人の近況を報告しているのは――レスティーナだった。
 この事は、まだ明人は知らない。
 レスティーナが、本当に来夢や明人の事を心配している事を。
「ごめんな、余計な心配かけて……。ってそうだ来夢、朗報だ。空也と美紗が、
 俺達の仲間になる事に決定したんだ」
 ラキオスに帰還したもう一つの名目――それは、空也と美紗の件を王に報告し、
 自分達の仲間に正式に参入してもらう手配を頼みに来たのだ。
 もちろん返事は一発OK。王も、エトランジェが増える事は自軍の戦力が確実に
 増強される事をさすがに理解している。
 断る理由は、無い。
「え――空也さんと美紗お姉ちゃんが……それ、本当!? お兄ちゃん、オルファッ!」
 それを聞いた来夢の表情が、さらに明るくなる。
 ――やっと……やっと、全員がそろった……ッ!
 来夢は目に熱いものがたまっている事に気付く。
 自分達がこの世界に飛ばされる前の生活が、返ってきたのだ。
 いつかこの戦乱の世の中が終われば、また全員で笑いあえる日が来る。
 美紗が頭をなでて、可愛がってくれる。
 空也が自分の頭をなでようとして、美紗のハリセンの餌食になり、明人が止める……
 そんな日常が、返ってくるのだ。
 喜ばずにはいられない。
「うん♪ 今のお仕事が終わったら、みんな連れて、帰ってくるよ♪」
 それに便乗され、オルファは来夢の手を握りその場で小さなジャンプを繰り返している。
「…………」
 そんな楽しそうな来夢達の様子を見て――明人は、複雑な心境に立たされていた。
 今、明人が考えている事は……秋一の事だった。
 先ほども述べたとおり、明人と秋一は犬猿の仲だ。忌み嫌い合う、相反する存在。
 だけど……だけど今の明人は、秋一に対して殺意も……嫌悪感もなかった。
 昨晩、空也が最後に言っていた秋一が自我を犠牲にしてまで手に入れた力を――
 来夢を取り戻すためだけに使っている事。
 今までの明人なら、この時点で秋一と衝突していただろう。
 そう、確実に……。
 だが、明人は空也から秋一の事を聞いて、そんな事は微塵にも思っていなかった。
 ――俺には……もう、大切な人……オルファという、護るべき人ができた。
 ――あいつにとって、俺のオルファのような存在が、来夢なんだ。
 ――今ならわかる。どんな手を使っても、自分のものにしたい……独占欲。
 ――そして……幸せにしてやりたい、守ってやりたいという……感情が。
 ――もし、オルファが来夢のように他の男の元に連れて行かれたら、俺はどんな行動を
 取るだろうか? 
 ――答えは、簡単だった。
 ――自分は、秋一と同じ行動を取っていただろう。
 ――あいつがあそこまで来夢に執着していた理由……
 ――今まで解かろうとすらしなかったことが、今の俺にはわかる……。
「? お兄ちゃん……どう、したの?」
 そんな事を考え、難しい顔をしている明人に来夢が話しかけてくる。
「あっ……いや、別になんでもな――」
 慌てて弁解しようとする明人だが、間に合わなかった。
「うそ。そんな顔してるお兄ちゃんは、いっつも考え事してるんだから……わかるよ」
 なんでもない――明人がそう言い終える前に、来夢の言葉がさえぎる。
 この時ばかりは、明人は自分のクセを疎ましく思う。
 考えてる事がすぐ顔に出てしまう事。
 そして――
「……ごまかしきれないか。……なぁ来夢……一つ、聞いていいか?」
 真剣な表情で言葉を放つ明人。
 それを見たオルファは、明人の意図を察して先ほどまで来夢と久しぶりに会えた事に
 酔いしれていた表情を強ばらせる。
「う……うん。な、なに、お兄ちゃん……?」
 部屋の空気が一気に下がった気がする。
 実際、緊迫した空気がそれを感じさせているのだろうが。
「来夢……正直な話し、秋一の事をどう思っている?」
 明人が口を開いた。
「え? 秋一お兄ちゃんの……事?」
 来夢が――少々古典的な表現だが、ハトが豆鉄砲をくらったような表情を作る。
 意外過ぎる質問に、驚きの表情を隠せないようだ。
「唐突で悪いんだが、答えてくれないか? 今、俺は答えを聞かなくちゃいけないんだ」
 明人がさらに問い詰める。
「……秋一お兄ちゃんの事……わたしは、嫌いじゃないよ……」
 来夢がそう答え、おずおずと明人を上目づかいで見る。
「で、でもお兄ちゃんは……」
 その理由は、明人と秋一の仲の事を来夢が一番よく知っているからこのような行動を
 取らせているのだろう。
 どれだけ、明人が秋一の事を嫌っているのかを知っているから。
 この世界に来る直前も、いつもは声を荒上げる事など無い明人が秋一の件になると、
 本気で怒りと憎しみを露わにしていた事を。
 今回も、そんな反応が出てくると思った。
 が、来夢の予想とは正に真逆の言葉が返ってきた。
「……そうか。なぁ来夢、秋一の事……そのまま、嫌わないでいてくれよ」
「え――ッ!」
 明人の言葉にはそのような感情は見られなかった。
 むしろ、何かに安心している様にも聞こえた。
 明人はさらに言葉を続ける。
 今の秋一の見に起きている事を説明するために……

「――ッ! 嘘……そんな……秋一お兄ちゃんが……」
 来夢が驚愕の表情を作る。
 だが、明人は来夢の頭に手を置いて、優しくなでてやりながらこう言った。
 心配するな。安心しろと無言で言いながら。
「……安心してくれ。……俺が、元の秋一を取り戻してやる。そしたら――」
「エトランジェ・アキト様!」
 明人の最後の言葉は、酷く焦った様子の兵の声によってかき消された。
「どうした? 何か、あったのか?」
「は、はい。ただいま入りました情報によりますと――」
 兵士が、明人に耳打ちした。
 どうやら、来夢の存在に気付き落ち着きを取り戻そうとしているらしい。
「……わかった。オルファ、バーンライトに速急に戻るぞ。攻撃を受けたらしい。
 しかも、数が尋常じゃないみたいだ。オルファの力が必要らしいからな」
「……うん。オルファの魔法があれば、そんなの一発だよ! まっかせといて!」
 オルファが『理念』を頭の上にかざしてそう言う。
「ごめんな、来夢。すぐに、帰ってくるからよ」
「う、うん……。またね、お兄ちゃん――でも、さっきの質問っていったい――」
 来夢が言い終える前に、明人達は早足で部屋を出た。

「パパ……さっき言ってた事……嘘だよね。だって、数だけだったら
 ヒミカやナナルゥもいるし…」
 来夢の部屋を出てすぐに、オルファが明人にそう話しかける。
 ――まいったな。
 そんな事を明人は思う。
 そんなに自分は感情を読まれやすいものかと考えてしまう。
「ああ。対処しきれない数って言っても、空也や美紗もいる。……だけど、
 敵はただのスピリットじゃないらしいんだ」
「ほえ? なんで?」
 オルファの疑問は適切だった。
 明人達が拠点として利用しているバーンライトには十分過ぎる戦力がいるのに、
 明人が心配する理由がどうしてもオルファには解からなかった。
「今はなんとか敵を押し返せているらしいが……エスペリアがこんな事を聞いたらしい。
 『シュウイチ様に仇なすものを排除する――我らは≪アヴェンジャー≫』ってな……」
「――ッ! それって……パパのさっき言ってた人……」
 ここまで聞いて、やっと理解する。
 明人は、オルファの内心を語った。
「オルファの考えてるとおりだ。……秋一が、近くまで来てるらしい」
 
 馬車での移動だったため、バーンライトまで大した時間はかからなかった。
 ラキオスを出発して大体一日くらいで拠点バーンライトに到着する。
「お〜い、明人にその彼女〜ッ!!」
 到着そうそう明るい声が聞こえてきた。
 空也が、じゃじゃ姫様を連れて明人達のもとへとやってくる。
「明人に……オルファちゃん、でいいかな? あたし、美紗って言うの。よっろしく♪」
 元気ハツラツ。美紗は早速オルファへの自己紹介。
「うん♪ じゃあオルファも……美紗お姉ちゃん、でいい?」
「もちろんよッ♪ ……あ〜ん♪ 妹がもう一人増えたみたいだよぉ♪ かわいい〜♪」
 比較的落ち着いた時に到着したため、空也と美紗が出迎えてくれたらしい。
 嬉しい事に辺りに敵の気配は無かった。
 美紗は笑顔でオルファの頭をなでまくる。
「空也、美紗、もう起きても大丈夫――って、言うのもおかしいか」
 明人が苦笑しながらそう言った。
 空也と美紗の今の姿は――服が少し焦げ、所々が破れている姿。
 どこからどう見ても戦闘直後の格好である。
「まぁな。今さっき、敵を撃退したばかりだから、エスペリア達は怪我したやつの
 治療にあくせくしてる。だから、オレ達がお前達の出迎えだ」
 残念だったなとでもいいたげな表情を空也は明人へ向けた。
 だが、秋とはそれをサラッと流した。
「さっきまで戦闘していたのか……悪いな、隊長の俺が不在で」
「そんなこと気にしないの! でも、次からはし〜っかりと働いてもらいますからね!
 ……もしも、少しでも手ぇ抜いたりしたら……ッ!」
 そう言いながら、美紗が背中に手を回すと――
「な――ッ! お前、どこにそんなもの仕込んでいたんだ!?」
 その手を見て、明人と空也は絶句した。
「? なに、その白い……紙、で出来たもの?」
 オルファが疑問を述べるもの……それは、普通の人が使えばお笑いの道具となるが、
 ひとたび美紗の手にかかれば白い悪魔の名にふさわしい威力となる――
 俗世間にいう、白き悪魔――もとい、『ハリセン』が彼女の背後から『出現』したのだ。
「これで、ぶっ飛ばすからね♪ ……それと、明人はオルファちゃんを泣かせてもだよ」
 この時の美紗の目は一瞬だが獲物を前にした捕食者の目になった。
 ――ような気がした。
 とりあえず、事情は大体わかってるらしい。
 空也がどう言った説明をしたのかは、明人は友情に任せることにした。
「アキト様、お帰りなさいませ」
 そんなやり取りをしていると、エスペリアが小走りで明人達のいる場所までやってくる。
「すいません、クウヤ様、ミサ様……アキト様とオルファのお出迎えを頼んでしまい……」
「そんなこと無いって。んまぁ、今度オレと一緒にお茶してくれれば――」
 そう。
 空也がその言葉を口にした瞬間――

 美紗の目が、明らかに光った

「何またナンパし取るんじゃこの節操無し野郎ぉおおおッ!」
 左足を基点に、美紗の体がしなる。
「ふ――ッ!? ぐあッ!?」
 この速度は、おそらくあの神速のウルカすらも凌駕していただろうと思われる。
 そんな速度で美紗はこの『白き悪魔』ことハリセンを空也の顔面に向かって放った。
 ズバンッ! と、乾いた音がしたと思った瞬間に、空也はその場に仰向けに崩れる。
 目にもとまらぬ速度を見せつけられ、明人、オルファ、エスペリアは固まってしまう。
 特に明人はパワーアップした美紗の攻撃にただただ絶句するだけとなってしまう。
 その空也の顔には赤い、長方形の後がくっきりと残っていた。
 が、

 これで終わりでは無かった

「まだまだッ! 雷よ、舞い踊れ!」
「へ――ッ!? ふならぁあああッ!?」
 崩れた空也への追い討ちせんとばかりに、雷撃が空也を襲う。
「どうよ? あたしの新・必殺技! ライトニング・ハリセン・スラストの威力は!?
 こいつでも〜うこりただろッ!?」
 はっはっはーッ! と、高らかに笑い声を上げる美紗。
 この二人は完全に回復できたらしい。
 ……空也は、たった今新たな傷を受けた様だが。
 これは激しい美紗の愛情表現として許してやってください。

 とりあえず、明人達はエスペリアに促され休息を取ることになった。
 しかし、明人はいざ部屋でボーッとしてみるものの、暇で仕方がなかった。
 途中、珍しく勉強でもと思い『ラキオス基本知識〜応用編〜』を手に取り、投げ出す。
 『求め』のおかげで言葉は理解できているが、字のほうはサッパリ。
 そんな明人の元に、一人の誘いがあった。

 深夜の訓練場で……素早く地面を蹴る足音が二つ。
 それと、鈍い金属音が鳴り響いていた。
 ひときわ大きい金属音がしたと思うと、二つの足音がそろって消える。
 代わりに、息の上がった声が聞こえてきた。
「へへっ……お前を敵に回しちゃいけないという事が、よ〜くわかったぜ……明人よぉ」
「……少し前まで、そういう立場だった奴が言うセリフか? 空也」
 神剣を構える二人――明人と、空也の声だった。
 空也はどうせ暇してるだろうといって、明人を誘いに来たのだ。
「そういう事は言いっこ無しだろ? ……んじゃ明人……もういっちょいくぜ!」
 空也が地面を蹴る。
 その刹那――再び、鈍い金属音が静かな森の中にある訓練場に響いた。
「甘いッ!」
 空也の『因果』による横薙ぎの一線を、明人は自分の神剣で受け止め、逆に弾き飛ばす。
「っとと、さすがに攻撃が単調になっちまったか?」
 二人の力は、互角。
 かなり高い所で拮抗しているものだった。
「今度は、こっちの番! たぁあああッ!!」
 弾き飛ばした後、明人はすぐに『求め』を構えなおし、空也に向かって突っ込んで行く。
 そこから繰り出されるのは、訓練とは思えない渾身の一撃。
「それこそ、甘いなッ! そんな攻撃で、オレの防御を抜けるとでも思ったのかよ!」
 空也はその攻撃を強力なオーラフォトンを展開し、後方に飛ばされながらも防いだ。
 空也の防御は完璧の一言で、あれだけの打撃を受けたのに自身には傷一つ無い。
 あえて言おうか。
 攻撃に関しては明人の方が上で、防御に関しては空也の方が上なのだ。
「はぁ……はぁ……」
「……へへっ……」
 距離の離れた二人は、肩で息をしながら額に汗を浮かべ――
「はぁ……はぁ……ははっ、さすがだな、空也」
「お前こそ……へへっ、この世界に来てお互い、修羅場を潜り抜けて来ただけあったな」
 構えを解き、神剣の力も解いて、自然と笑い始めた。
 明人にとっては久しぶりに、心の底から笑える時だった。
 オルファが愛しい…それとはまた、違った感情が明人を笑わしているのだろう。
 信頼できる仲間がそばにいてくれる安心感…そこから出てくる感情だ…
「……改めて、言わせてくれ空也。……これから、よろしく頼む。一緒に、生きぬこうぜ」
 そう言って、手を差し出す明人。
「ああ、こちらこそ。生き残んのは、当然の事だぜ? いちいち訊く必要なんて無いだろ」
 二人は近づいて、がっちりと握手をする。
 離れていても、友情は変わらないと言う事を証明するかのように……
 そんな展開になっている訓練場に、一つの影が現れる。
 その影の正体は――
「お〜い! ボンクラ二人で何してんのよ〜?」
『な――ッ! 誰がボンクラだ! 美紗!』
 もちろん我らがじゃじゃ馬姫、美紗である。
 ボンクラと言う言葉に明人、空也の両名はそろって反論をした。
「……あんた達以外に、ここに誰がいるって言うのよ? んでですねぇ……」
 ため息一つつきながら、美紗は二人に近づくと……なぜか二人を睨みつける。
「な、なんでそんなにご立腹なご様子なんでしょうか……? 美紗……」
 たまらず、空也がその理由を訊いてみる。
 思わず敬語を放ちながら。
「そうねぇ。まずは――空也ぁッ! あんた、なに明人とオルファちゃんの
 チャンスタイム妨害に一役買ってるのよ! よって、『ライトニング・ブラスト』の刑」
 美紗がマシンガンのような速さでそう空也に向かって言い放った。
 間髪入れる暇すら与えられない。
 美紗の言うライトニング・ブラストとは――美紗が神剣『空虚』の力を借りて空気中に
 あるマナを高圧の電撃へと変え、敵に向かって放つ強力な神剣魔法。
 並大抵のスピリットならほぼ確実に、一撃でマナの塵となってしまうだろう。
 ……一応断っておきますが、空也に向かって放たれるのはその極一部の力で、
 決して美紗は空也を消し炭に変えようと考えてるわけではない。
 単に、空也を『黒焦げ』にしてナンパを止める時に使われるものである。
 まぁ……『黒焦げ』も十分問題ありか。
「げ――ッ!? ま、マジか? ちょ、美紗、考え直し……」
 この男は、その電撃の味を何回味わった事か……
 まず、人の指の合計本数では数え切れないであろう数字だ。
「却下」
 許しを請う空也の言葉は、今の美紗の威圧感にあっさり押さえられてしまった。
「次に……あ〜き〜と〜は〜……こんな腐れナンパ節操無し野郎より、なんで
 オルファちゃんの事を優先してやら無いのよ! 寂しがってたじゃない!
 よってあんたは『白き悪魔』の刑な」
 美紗の手には、いつの間にか『空虚』の変わりにハリセンが握られている。
 明人は、自分の血の気が引くのが嫌なくらいわかった。
「も……もしかしてその手に持ってるやつを使うもんなのか……?」
「そだよ」
 ポンポンと手の平にハリセンの平らな部分を当て、次に素振りを開始する。
 これは獲物を狩る――違った。罪深き罪人に制裁を加えるための下準備である。
「そ、『そだよ』じゃない!」
 ちなみに、美紗はオルファに二人がここにいると聞いてやってきたのだ。

 ――二人に制裁を加えるために――

「まずは……んと、あそこまで言いきってオルファちゃんを泣かした明人から……♪」
 冷え切った笑みを浮かべ、美紗が徐々に明人との距離を詰める。
「あ……いや…そ、それは…」
 後ずさりする今の状態は捕食者と獲物――ライオン(メス)に目をつけられた、
 ジャッカル(オス)の関係と言っても過言では無い。
「明人……骨は、オレが拾っといてやるぞ……それと、オルファちゃん面倒はオレに――」
 南無……と、両手を合わせる空也。
 問題発言をサラッと言い残しながら。
「いや空也……俺が終わったら次、お前の番――」
「とったぁあああッ!」
 一瞬、明人が空也を見た瞬間を美紗は見逃さなかった。
 両手で神剣ではなくハリセンを握り締め、明人に飛びかかる美紗。
 だが、明人が諦めた瞬間に……
「アキト様! クウヤ様! ミサ様!」
 明人にとっては正に救世主……エスペリアが、大声で明人達を呼んだ。
 美紗の『空虚』――もとい、ハリセンは明人の顔面すれすれでぴたりと止まる。
 その際に発生した風が、明人の冷や汗を流すのを手助けする。
 とりあえず、一命をとりとめた事に明人は喜びを感じると同時に、
 命の大切さを悟りそうになった。
「ただちに、ラキオスへ移動を開始します! 訳は、後からお話いたします!
 他のみんさんはもうすでに準備は完了していますから!」

「ねぇ〜明人ぉ……なんで、あたし達だけ『全力疾走』なのよ?」
 ふてくされた面持ちで美紗が『全力疾走』で明人、空也と共にラキオスに向かうための
 獣道を走っている。
「仕方ないだろ? 馬車は出ないし、ウィング・ハイロゥを持っているスピリットの数は
 足りないし……それとも、そこのスピリットに抱きかかえられることを考えるだけで
 にやけてるやつがホントに抱えられていいのか?」
 視線で美紗に呼びかける明人。
 その先には……
「ふぇ? なんか言ったか〜? 明人〜」
 明人の言うとおり、返事も表情も気の抜けた様子で空也が言葉を発する。
 なんなんだこの緊張感の欠片も見られない展開は。
 明人達は、秋一の部隊がバーンライトを素通りしてラキオスへと向かっているという
 情報が入ったため、急ぎ帰還している最中なのに。
 はい、殴りたい人、ここはグッと我慢して美紗に温かな声援を。
『がんばれ! ライトニング・ブラストの輝きをお願いします!』と。
「……文句言ったあたしが悪かったわ……じゃなきゃ、無駄な体力消費してたもの」
 さすがに届きませんでしたね。
 美紗は深いため息一つ。それ以上何も言わなくなった。
「……まぁ、神剣の力開放しつづければ上を飛んでるアセリア達と同じ速度なんだし……
 ちょっと疲れるだけだ。すぐにつく」
 そう明人が言うと、目の前に巨大な建造物――ラキオス城が見えてきた。

 今回、作戦会議室にいるのは明人、エスペリア、空也に美紗……そして、ラキオス王国
 第一王位継承者であるレスティーナ・ダィ・ラキオスだ。
「な……んだって!? ふざけるな!」
 その作戦会議室でまず、明人の怒声が響く。
「残念ですが……それが王の意向です……」
 そう言うエスペリアの声に覇気は無かった。
 今回下った作戦という名の命令は――目に入る全ての敵の、排除。
 スピリット、エトランジェ関係無く、確実に殲滅する事。
 この部隊を消せば、サーギオス帝国は戦力の大半を失い、
 ラキオスがこの大陸を統一する事ができるであろう。
 そんな私利私欲まみれの裏がたやすく見える命令に、明人は憤りを押さえれない。
「落ち着けよ、明人!」
「そうよ! 隊長のあんたが冷静にならなくてどうするのよ! しっかりしなさい!」
「だけど!」
 納得ができずに怒声を上げつづける明人。
 それをなだめる空也と美紗……だが、明人の怒りは収まらない。
 やっと――秋一を助けようとした矢先にこんな命令が下れば、
 冷静でいられるはずが無かった。
「エトランジェ・アキト……」
 すると、今まで黙ったいたレスティーナが口を開く。
 そして、その口から出た言葉は――意外な、ものだった。
「すいません……本当に……」
「なんだよ! 俺は、ただあいつを――って、へ? 今、なんて……」
 レスティーナの澄んだ声を聞き、明人は一気に平静を取り戻した。
 意外過ぎる言葉に、思考回路がついていっていないのだ。
「いままで……あなたを利用してきてこのような事を申し上げますのも変ですが……」
「あ……あぁ」
 明人は、さっきまでの怒りが嘘のようにレスティーナの言葉に耳を傾け始めた。
 今まで、王族の人間が明人に対してこのような態度を取った事は――無かったから。
「この戦い……終われば、私は王位の座を父から奪い……そして……」
「まった。なんで、あなたは…なんでそんな事を俺に話してるんだ?」
 一呼吸おいて、明人がレスティーナの言葉をさえぎり質問をする。
 自分の思考回路では、整理しきれなかったためである。
「それは、わたしがお話いたします。アキト様」
「?」
 ――なぜに、エスペリアが?
 そんな疑問が明人の脳裏によぎったが、無駄な質問で時間を取らせたくなかったので、
 黙ってエスペリアの説明を聴くことにした。
「……レスティーナ王女様は、実権こそは王にありますが、国民の信頼は
 レスティーナ王女様の方が上です。そして……この方はわたし達スピリットの処遇に
 ついて、アキト様と同じような考えを持っていると言えば、お解かりいただけると
 思います」
 明人と同じ考え――簡単に言えば、スピリットをただの道具としては見無い事。
 スピリットを一人の人間として、見ているという事だ。
 だからレスティーナは、エスペリアを中継して明人達の状況を把握していたのだ。
 エスペリアは、レスティーナにとっても最も信頼できる人物の一人だったから。
「正直、父のやり方には……私も、嫌気がさしています。ですから今回の作戦――
 アキト殿……で、よろしいでしょうか?」
「いや、アキトでかまわないが」
「ではアキト……今回の作戦、何があっても、自分の信念を貫いてください。
 後の事は、私が何とかして見せま――ッ!」
 レスティーナがそう言いかけたまさにその時――
 大きな揺れがラキオス城を襲った。
「くっ……な、なんだ? 今のは……」
 明人の疑問に答えるべく現れたようなタイミングで、兵士がこの部屋に飛び込んでくる。
「襲撃です! サーギオス帝国のスピリット多数、エトランジェ一人が奇襲を!!」
 その場にいた全員が、驚愕の表情を作ったのは言うまでも無い。
 的の侵攻速度は、こちらの予想を遥かに越えているものだったから。

「エスペリアは、レスティーナ王女の護衛を頼む。敵は、いつ狙ってくるか解からない。
 ……頼むぞ」
「了解しました、アキト様」
「アセリアは、来夢の部屋に行って護衛を頼む」
「わかった……任せろ、アキト」
 明人に呼ばれたアセリアとエスペリアが明人を見つめ、頷く。
 明人は部隊員をこの場に集め、役割を分担中だ。
「オルファと空也、それに美紗は俺と一緒に王の元に向かう。
 マロリガンが落とされた時は、真っ先に最高権力者が狙われたから……
 多分、秋一はそこにいると思う」
「まぁな。……ったく、何考えてんだよ……秋一の奴は」
「そうね……ラキオス王を殺しても、もうどうにもならないのにね……」
「でもでも! 早く行かないと、王様……本当に殺されちゃうよ! パパァ……」
「あぁ、わかってる……ッ! わかってるけど……ッ!」
 焦る心を押さえつつ、平静を保とうとする明人。
 先ほど、空也と美紗に指摘されたとおり、ここで自分が平静を失えば部隊が機能を
 失う事になりかねないと思ったから。
 自分を押さえ、明人は部隊の事を優先している。
「……ウルカは他のみんなを連れて、城内に侵入した敵スピリットを鎮圧。
 指揮は、全て任せる。いや、任せれる。……ウルカ、頼むぞ」
「そこまで言われては……お任せください。必ずや、ここにいる全ての同士を無事に
 連れて帰ってきます。アキト殿も、どうかお気をつけて……」
 ウルカは力強く頷き、明人はそれを確認すると明人も頷き返し、
 ウルカにスピリット部隊の指揮権をゆだねた。
「以上だ! 全員、行動開始! この奇襲を凌げば……ラキオスの勝利は決まる」
 そうは言うものの、明人は勝利の事よりも確実に秋一の事を優先させるつもりであった。
 レスティーナに言われたとおり、自分の信念は――決して曲げないつもりであった。

 ラキオス城内の廊下で、数体の黒い服装をしたスピリットが一つの小隊を囲み、
 攻撃をしている。
 明人達の部隊だ。
 謁見の間に向かう途中、秋一の部隊『アヴェンジャー』と遭遇したのだ。
「邪魔を……するなぁッ!」
 明人の放つ一撃は、敵スピリットを悲鳴無く切り裂き、マナの塵へと還す。
「なんなんだこいつ等……人にまで、手にかけるなんて……」
 呟く明人。
 そのまわりには、抵抗もできず、最後の役目すらまっとうできなかった兵士の屍が、
 もう変わらない――悔しそうな表情で横たわっている。
「ちぃッ! こいつ等……やっぱ普通じゃねぇ! アキュレイト・ブロック!!」
 空也の神剣からオーラフォトンが発生し、前方から迫る敵グリーンスピリットの
 一撃を弾き飛ばす。
「そうね――って、空也危ない! イクシード!!」
 美紗が空也の後ろから切りかかるブルースピリットに向かって青いオーラフォトンを
 まといながら、鋭い突きを繰り出す。
 空也の影から突然現れた美紗に対処しきれず、的スピリットは無抵抗のまま貫かれた。
「……空也! 油断しない! 次油断したらライトニング以下省略三発じゃ、
 済まさないかんね!」
 美紗は神剣を横に振って、切り払う。
 そこに、後方で待機していた――
「みんな! オルファが道を開けるよ! 神剣の主、オルファリルが命ずる……
 彼の者を貫くは、炎の一線。それすなわち、灼熱の一撃!! みんな、よけてね!!
 フレイム・レーザーッ!!!」
 オルファが明人達の後方でそう唱えると、明人達は狭い通路で左右に散開する。
 そして、明人達の進行方向にいる全てのスピリットが、オルファの神剣から放たれる
 目で確認できるほどはっきりとした赤い熱線に貫かれ、金色のマナとなり四散した。
「……今ので、付近にいたスピリットは全滅したらしいな……先を急ごう!」
 その証拠に、明人の神剣である『求め』が騒ぐのを止めた。
 戦闘中は、いつものこ状態であった。
 スピリットを切った時に流れでるマナを、吸収し……。
 しかし、他に害が無いため、基本的には放っておいた。
 言葉も、初めて話したときからほとんど話していなかったので。

「はぁ……はぁ……」
 明人達は予定どおり、謁見の間にたどり着いた。
 が、
「くっ……遅すぎたのかよ……秋一、お前は……いったい何がしたいんだ?」
「ぱ、パパ……王様が……」
「やってくれるよな……別に、お前には何の期待もしちゃいないのによぉ」
「……酷い……」
 すでにそこにあったのは、自らの血の海に横たわるラキオス王の亡骸と――
「……来たか……『求め』の主……明人」
 真っ赤な瞳が、神剣の力によってさらに赤く鈍い光を放っている秋一がいた。
 空也の言うとおり、秋一の力は神剣を通じて明人達に全員に戦慄を与えるほどだ。
「貴様は……邪魔……来夢の幸せのために、貴様は……」
「秋一! 目を、覚ませ!」 
 うわ言の様に呟いている秋一に、明人が話しかける。
「確かに……お前にとって俺は邪魔だろう……だが、今の俺達だったらわかりあえる!
 俺にも……本気で護りたい人が出来た! 絶対に、幸せにしたい人が出来た!
 だから……だから神剣の力に飲まれるな! 秋一! 昔のお前に戻って、
 来夢を喜ばしてやってくれ!」
 心からの叫びだった。
 今、明人は秋一と刃を交える気にはなれなかった。
 ――わかる……わからなかった、秋一の気持ちが……ッ!
 そう考えると、どうしても『求め』の切っ先を向ける事が出来なかったのだ。
「ウル……サイ! 貴様ヲ消セバ、来夢モ『誓い』モ、幸セニナルンダ! ダカラ……ッ!」
 そう、人とは思えない声を上げながら、秋一が明人達に突っ込んでくる。
 この時、全員が理解した。
 秋一は、神剣『誓い』を支配しているわけでは、無かったのだ。
 逆に、来夢を自分のもとに連れて行きたいと言う願望につけこまれ、『誓い』に――
 操られていたのだ。
「消エロォオオオッ!」
 静動脈血の色のように赤黒い秋一の『誓い』から繰り出されるのは、鋭い突き。
 それは明人に向かって放たれたものだが――
 ガギィッ! と、神剣同士がぶつかり合う音。
 それは、明人の神剣ではなく――
「くっ……テメェ……何やっていやがるんだ! 神剣なんかに支配されやがって……!」
 空也が、明人と秋一の間に割り込んでその一撃を受け止めたのだ。
 明人が手を出せない事は、先ほどの叫びを聞いてわかったことだった。
 いや、むしろ親友だからこそ、わかったものだった。
 
 あの言葉に、嘘偽りが無いという事が。

「貴様モ……僕ノ邪魔ヲスルカァアアアッ!」
「――ッ!? うおわぁ!?」
 秋一が気合を込めると、衝撃波が発生し、巨大な『因果』ごと空也は吹っ飛ばされる。
「空也! 大丈夫!?」
「いつつ……くっ、すまん……美紗……」
 空也は謁見の間にある玉座に直撃し、玉座は粉々に砕けたが、空也は無事の様だ。
 駆け寄った美紗に抱き起こされ、空也は視線だけを明人に向ける。
 ――こいつの力は、半端じゃねぇ……
 そう、目で訴えかけていた。 
「くそ……一体、どうしたら――」
 まがまがしいオーラを発しつづける秋一がじわじわと迫る。
 その時だ。
(契約者よ……『誓い』を砕けばよい)
 明人がその光景を見ていると、『求め』が久しぶりに声を発した。
(『誓い』を砕けば、あの者も開放され、正気に戻るであろう)
 ――ホントに……それでいいのか?
(我は嘘をつかぬ。さぁ、『誓い』を破壊し、その主を助けたいのだろう?)
 確かに。
 秋一を殺さずに開放するには、その方法しかない。
 神剣を破壊すれば、意識のリンクは解かれ、正常に戻るであろう。
「……わかった。なら力を貸してくれ……『求め』よ!」
(……今持てるわが力、受け入れるがいい!)
 『求め』から力が流れこむ。
 ――今なら、一撃で神剣を粉砕できる……ッ!
 そう思えるほどの力であった。
「オルファ、神剣魔法で秋一の隙を作ってくれ!」
「うん! 任せといて、パパ!」
 明人の呼びかけに答えたオルファは早速、神剣を床に突き刺し神剣魔法を唱え始める。
「再生、破壊……全ての根源たる炎の力よ。光り輝き、全てを滅せ! 
 ……な〜んちゃってね。縮小版! スター・ダストッ! いっけぇえええ!」
 オルファの目の前に、顔程度の大きさ位の光球が出現し、
 秋一に向かって勢いよく飛んでいく。
「えへへ……さっぷら〜いずッ!」
「――ッ! グアッ!?」
 それはオルファの呼びかけにより、秋一の目の前で四散し激しい閃光が秋一を襲った。
 この縮小版スター・ダストを説明すると、相手の目の前で閃光を発し目を潰す殺傷力が
 ゼロの神剣魔法。一言で言い表すと、目潰し。
 これにより秋一の視界は完全にホワイトアウトし、秋一は瞳を押さえ、動きを止める。
「……今、『誓い』の呪縛から解き放っていやるよ……秋一!」 
 明人の構える『求め』が、白色のオーラに包まれる。
 それは高密度に圧縮された、オーラフォトンの輝きだった
「いくぞ! 心に宿る全ての力……今、その全てを解き放ち! 邪悪な力を砕け!
 ……魂を、開放する一撃! オーラフォトン・ブレードッ!」
 その強大な力は空気を振るわせ、秋一に戦慄を覚えさせるほど。
 秋一だけでは無い。空也も、美紗も、オルファもその力を感じ取り、その場から
 動けないでいた。
「だぁあああッ!!!」
 明人が地面を蹴り、低空を駈け抜ける。
 そして振り下ろす一撃は――動けない秋一の『誓い』を、切り裂いた。
「――ッ! ガ……ガァアアアッ!? ソンナ……バカナ……アァアアア!?」
 真っ二つに割れる『誓い』。
 それと同時に、秋一が獣じみた声を上げた。

 膝を折り、その場に崩れる秋一。
「秋一……」
 『求め』を鞘に収め、明人はその秋一に話しかけた。
「……僕の……僕の負けだ。僕は……来夢の事を守ってやりたいだけだったんだ……」
 うつむいたまま、正気に戻った声で秋一が語り始める。
 返ってきたのは、今まで秋一とは別人のような穏やかな声。
 少なくとも、明人に向けられるものではなかった。
「それ以上、言わなくてもいい……もう、大丈夫だから……」
「な――僕は、ラキオス王を殺したんだぞ……? それで、助かるわけが――」
 どうやら、神剣が暴走したいた時の記憶は残っているらしい。
「……そりゃ、王を殺したのは重罪だけど……レスティーナ王女が、
 何とかしてくれるはずだ。だから、大丈夫」
「何を根拠にそんな事を……」
「俺が大丈夫といったら大丈夫だ」
 言いきる明人。
 思わず、秋一は目を丸くしてしまう。
「…………」
「…………」
 顔を上げる秋一。その目を見返す明人。
 お互いの目には――以前のような、殺意は無かった。
 そして、明人が先に口元を緩める。
「……秋一、さっきも言ったけどな、俺には護るべき人ができたんだよ。だから、
 お前の来夢に対する気持ちが、今ならよくわかるんだ」
 そう言って、明人はオルファを抱き寄せながら、言葉を続けた。
「だけど、俺には二人も同時に守るなんて器用な真似はできそうに無い。
 だから……な。秋一には、来夢を守って欲しい。これからずっと……」
 明人が秋一に手を差し伸べる。
「……明人……」
 その手を握り、立ちあがる秋一。
「来夢も、昔のお前に戻ってくれれば、必ず喜んでくれるだろうからな」
「……今まで、本当に悪かった……明人……」
「それは、こっちも同じだ……言いっこなしだ、秋一」
 硬い握手をかわす二人。
 明人と秋一は、お互いの事をやっと認めあえたのだ。

「……おい、まだ完全に終わったわけじゃないぞ? 明人、秋一」
「まだ、城内に侵入した敵の掃討が残ってるじゃない! ほらいくよ、明人、秋一」
 握手を交わしている明人と秋一に、空也と美紗が呼びかける。
 いつのまにか置きあがった空也の側に居る美紗。
 二人の口調にも、以前、秋一に向けられていたものとは違い、
 これから共に戦う仲間に向けられるものであった。
「パ〜パ♪ 速く敵さんたおしちゃおう!」
 明人のすぐ隣りにいるオルファも、やる気まんまんだ。
「でも……僕に剣は――ッ!」
 そう言う秋一に、いち早く文句をつけるのは我らがじゃじゃ馬姫――美紗だ。
「な〜にいってんのよ! じゃ、その手に持ってるの、なにさ」
「え――ッ」
 秋一の手に、いつのまにか『誓い』と形こそは同じだが先ほどまでの毒々しい赤色では
 無く、真っ白な乳白色をした剣が握られていた。
「……そう……僕と、一緒に戦ってくれるか……『白帝』、よろしく、頼む」
「よし、問題は無いな。じゃあ、ウルカ隊と合流し、一気に敵を撃滅するぞ!」

(……おかしい……『誓い』を吸収した我に変化が……無い?)

 それから約二時間後――ラキオス城に、勝利という美酒に浸る兵士達の姿が目撃された。
 もちろん、明人達の活躍によって、ラキオスが帝国軍を……破ったからだ。

 〜エピローグ in オルファリル〜

 ラキオス城襲撃から数ヶ月後、ラキオスは帝国をも打ち倒し、
 大陸を統一する事に成功していた。ラキオス旧王は、襲撃された時に崩れた壁などに
 『巻き込まれ』、最後を遂げた事になっていた。レスティーナには酷だが、
 この願いを聞き入れてくれた事だけでも、俺は嬉しさを隠せなかった。
 だが、そんな混乱の中でレスティーナは即位し、ラキオスの若き女王となった。
 以前から民衆の信頼を得ていたレスティーナは快く受け入れられ、今は各地に
 散らばったスピリット達の保護、そしてスピリット達を今後民衆に受け入れて
 もらえるように日々、努力を惜しんでいない。
 今ではその努力が実ってきており、人々のスピリットに対しての考え方は、
 徐々にだが変わってきている。
 いい例をあげるなら、アセリアに好意を寄せる少年が現れたりしている。
 もちろん、アセリアはまだそんな事に気づいた様子は無い。
 その少年に訊ねてみた所、「そんなそっけない所がいい」といっていたな。
 ……確かに。
 エスペリアがひとたび街に買い物に出かければ、結構声をかけられていらしい。
 一度付き合った時は、大変だった。
 もう迫るむさい男どもを追っ払うのに。
 ウルカは、その風貌から男性女性、問わずに人気があるな。
 むろん、同じ部隊のスピリット達にもだ。
 一回、ブルースピリットの少女に言い寄られて困っているウルカを目撃した事がある。
 ……なかなか珍しいものが見れた気分で、嬉しかったような恥ずかしかったような……
 だけど、中には保護しようとしても抵抗するスピリットもいる。
 やはり、すぐには人間を信頼できないスピリットもいるのだ。
 その事については、また後で話す事にしよう。
 
 そして戦乱の世が終わり、数年が経った今――俺達は、一時の休息を過ごしている。
 共に戦った仲間達のいる、この――

 ラキオスで……

「……ん……アキトか……」
 厨房に顔を出すと、長く青い綺麗な髪を後ろにまとめ、アセリアが野菜と格闘していた。
 アセリアは、初めて会ったときとは考えれないくらい表情が豊かになっていた。
 まだ、オルファやネリーシアーに比べれば薄いものだが、それでも十分。
 アセリアが、感情を表してくれること事態、嬉しい限りだ。
 最近、エスペリアに教えてもらったのか、料理が趣味になっている様で――
「……できた。アキト、試食……頼まれてくれるか?」
 ……今はまだ、修行中のようだが。
 まだ、少々食べるのに勇気がいる……これは……
 なんだ? この紫色のサラダは……食べると、絶対に体が悪そうなものばかり
 作り上げているアセリアは、ある意味才能もちだろう。
 だがアセリアはそんな事を微塵も気にせず――
「……戦う以外の事も……結構、おもしろい……次は、花壇の手入れもしてみたいな……
 今度、エスペリアに頼んでみようか……どう思う? アキト」
 そう言うアセリアの表情は小さな笑みを浮かべていた。
 これだけでも、俺は嬉しい気分になれる。
 こんな微かな変化も、アセリアにとっては大きな一歩なんだから――
「ていうか……食べてみて……残さず。……自信作、だから」
「え゛……」

「レスティーナ様、以前お話ししました、抵抗を続けるスピリットの件ですが…」
 エスペリアは、レスティーナのよき補佐役として……
「みなさ〜ん! 食事の用意ができましたから、手を洗って、食堂まで来てくださ〜い」
 そして、ここに保護されてくるスピリット達のお姉さん役として、裏でラキオスを
 支えていてくれている。
 今日もまた、新しく保護されてきたスピリット達がエスペリアに連れられて
 館にやってきた。
「あっ、アキト様! ちょっと、お付き合い願えますか?」
 ふらふらっと庭に足を運ぶと、エスペリアが俺に気付いて新しく入ってきた
 スピリットに色々と紹介している所だった。
 今回は比較的幼い部類に入る面々だったので、なんだか気恥ずかしくなってしまった。
「はい。今日からここが、あなた達の家です。隊長のアキト様も、わたし達
 スピリット達も、あなた方を歓迎します。これから、よろしくお願いしますね」
 エスペリアはそう言って、保護されてきたスピリット達に笑顔を向けた。
 柔らかく、暖かい……いつも、俺に向けてくれた笑みと同じものだった。
「うわ〜! 隊長さん、カッコイイ!」
「ホントだぁ……ここに来て、よかったかもぉ♪」
 ……エスペリアさん、視線、痛いんですけど……

「セイッ! ヤァアアア……ッ!」
 ラキオスの訓練場にて……一人のスピリットが指導をしながら、密度の濃い
 訓練が行われていた。その指導しているスピリットは――ウルカであった。
「キャア!?」
 ウルカの斬撃を受け、少女は腰を地につけてしまう。
 防御が、間に合わなかったらしい。
「……まだまだ、ですね。さっ、もう一度……手前と手合わせをしましょう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
 ウルカは、いまだに保護されることを拒み、抵抗を続けるスピリット達を鎮圧する
 部隊の別働隊の小隊長を任されている。
 この部隊は少数精鋭で、以前あったサーギオス帝国の遊撃隊といった感じである。
 そしてウルカは、その部隊の部隊員を鍛えつつも自分自身の鍛錬も怠らない、
 正に武人の鏡のような存在になっていた。
「日々精進……とは言いませんが、それでも手前達は重要な役割を任されています。
 その事を、忘れない様に」
 腕のほうは、最近、『神速』ではなく『神技』と呼ばれる程の腕前に上がっている。
「あっ、アキト殿……来て、くれていたのですか」
 物陰で見ていくだけのつもりだったけど、どうやら気付かれたらしい。
 ウルカに声をかけれられ、部隊員が全員俺の目の前まで集まってきた。
「手前達の部隊長であるアキト殿は腕前だけではなく、心もお強い方……
 皆さんも、力だけの強さを求めるだけではなく、心も……強く鍛えましょう」
 ウルカの瞳には初めてまともに話した時に見せていた弱さは無く、
 生き生きと輝いた瞳をしていた。
 まぁ、今のセリフは……ウルカが、俺を過剰評価した者だと思ってくれれば幸いですな。
「アキト殿、久しぶり手前と手合わせお願いできますでしょうか?」
「……わかったよ……」
 ちょっと、筋肉痛なんて比じゃないものを覚悟しとかなきゃいかん……

 んでもって、空也と美紗は――
「何また鼻の下のばしてんのよ! この節操無しボンクラ浮気野郎がッ!」
「わわわわッ! ご、ごめんなふぐあ!?」
 この世界に来ても、空也は相変わらずで、お目にかなったスピリットを見つけると、
 所かまわずにナンパを開始。
 それを美紗に見つかり、美紗がハリセンの一撃に加え神剣魔法を炸裂させている。
 今、ちょうどその現場を確認してしまった所だ。
 相変わらず回りくどいのと激しいスキンシップの嵐だな。こいつら。
「まったく……あんたには、ちゃんとあたしがいるじゃない……
 スピリットに負けないくらいの」
 美紗、それちょっと言いすぎ……と言ったら、自分が丸焦げになるので心の戸棚へ移動。
「へへっ……安心しろって。オレは、どんな時でも美紗一筋だからなぁ」
 にやけて見せるけど……
「……さっきまでナンパしてた奴が言っても説得力全然ないっつーの!」
 
 スパーンッ!

「うは……痛そうだなぁ」
「いってぇえええ! あっ、明人! た、助けてくれ! 『白い悪魔』に狩り取られる!」
 俺を視認した空也は、慌てて俺の影へと隠れる。
「まてやこのウスラトンカチがぁッ! ……なによ明人、かくまう気?」
「いえ、どうぞお好きなように」
 思考にそんな時間をかけるわけ無い。こうなった美紗は止められない。
 誰だって、自分お命は惜しいだろ? 空也。
 そんな目で見てもダメ――って、美紗! 俺もここにいるんですけどぶあッ!?

「お兄ちゃ――」
「ただいま、明――」
 来夢と秋一が街のパトロール兼散歩から帰ってきた。
 と同時に絶句してくれた。
 先ほど美紗にやられたばかりだから、服が焦げ臭いです。
「……また、美紗にやられたのか……そんなんじゃ、街歩けないだろ」
 と言って、秋一が『白帝』を俺にかざす。
 すると、みるみるうちに全てが戻って行くではないか。
 あの時以来、来夢が言うには前の秋一は昔の秋一に戻ってくれたと言って喜んでいる。
 俺から見ても、今の秋一は本当にいい兄貴だと思う。
 ちなみに、あの時秋一の手に現れた神剣『白帝』は、癒しの力が使える特別な神剣だ。
 戦闘も十分にこなせ、正に万能と言ってもいいだろう。
「すまん。助かった」
「ありがとう、秋一お兄ちゃん♪」
 来夢も良くなついてくれているし、本当に、良かった。
「……明人、僕は、今までと違う方法で……きっと、来夢を幸せにして見せる。
 それが……今の僕ができる唯一の償い……」
 そう言いながら、来夢の頭を優しくなでる秋一。
 きっと、その手には本当の兄のような温もりがあるであろう。
「何言ってるんだよ。来夢の事は……任せたぜ」

 そして――
 俺は、そんなみんなを見ながら、当初の目的のある人物に呼ばれた場所へ――
 真っ赤な夕暮れに染まる、訓練場へと向かった。
「……あれ? おっかしいなぁ。まだ、少し速かったかな?」
 訓練場には人影は無かった。
 ただ、夕焼けに照らされ、俺を呼びつけた人物の髪の色みたいな赤さだ。
 確かに呼ばれたはずなのに……
「パパ〜♪」
 俺がそんな事を考えていると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 この夕焼けのような真っ赤な髪をなびかせ、俺の元に駆け寄ってくる。
 俺を呼びつけた張本人――オルファだ。
「ごめんねパパ……なんか、しつこい人に声かれられちゃって……」
 またかよ――っと、ここで説明をしなくちゃいけないな。
 じゃないと、よく状況が理解できないだろう。
 オルファは、あの戦いの後なぜか急成長をしていた。
 そう。ハーミットでも頭を抱えるぐらいの急成長だ。
 身長が一気に伸び、今ではアセリアより少し小さいくらいかな? という感じ。
 髪型も、左右にまとめていた髪の毛をおろし、それは元々長かった髪を強調して
 大人びた感じを引き立てている。
 それで――なんだ、その……体つきの方もずっと、大人っぽくなって……
 うん。正直、こんな女性が目の前にいたら、男は放っておかないだろうな。
「……ったく、彼氏持ちなのに、声かける奴がまだいんのかよ」
「そうなんだよぉ。……でもね、どんなにオルファに声かけても……」
 そう言いながら、オルファは俺に抱きついてきた。
 軽かった体は、今も健在。
 十二分に受け止めれて、おつりが返って来るぐらいだ。
「オルファには、パパしかいないんだもん♪」
 俺に、満面の笑みを見せてくれるオルファ。
 オルファの俺に対する呼び方は、ずっと変わってない。
 だけど、その事に関しては最近は気にならない。
 ここだけでも、昔のオルファが残っているのが嬉からかな?
「……ああ」
 そして、この笑顔――これも、昔と変わってない所の一つ。
 どんな時でも、俺を元気づけてくれた……太陽の微笑だ。
「俺にも、オルファしかいないよ。ずっと、ずっと一緒にいような……」
「……パパ……」
 そして、俺達はこれで何度目になるか解からないキスをした。

「こういう終わり方もあり……かなぁ。一応、ハッピーエンドみたいだし。
 オルファちゃんの見た目、なるべく近づけてあげたのは、この三倉 真美さんの
 はなむけ。さ〜ってと……テムオリンの相手、してあげなくっちゃねぇ」

 ……なんか、他に人がいたような気がしたが……まっ、いいか。

 俺達は……多分、もとの世界にはもう戻らないだろう。
 少なくとも、俺はそう考えている。
 この世界には一緒に戦ってきた戦友――
 何ものにも変えがたい、大切な人達――
 そして――
 そしてなによりオルファが――俺の、愛する女性がいるから――
 俺はこの世界に残る。残りたいんだ。

 それに、ここの生活に慣れれば、実際あっちの世界よりも居心地はいい。
 空気も綺麗だし、ここの世界の人達も、実際はいい人達ばかりだ。

「……ねぇ、パパ……」
「なに? オルファ……」
 唇が離れると、なんか心なしかオルファの顔が赤いような……どうしたんだろ?
「その……今度は、キスだけじゃなくて……あの……それ以上の事、しよっか?」
「――ッ! はぁッ!?」
 ……どこでそんな事憶え――……空也、か。
 あいつめ……今度美紗が見てないときにスピリット口説いてたことばらしてやる……

                  オルファストーリー『理念』を胸に…… Fin

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