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第八話 『求め』るべきこと

「いや……俺には……誰が一番だなんて決めれない……と思う」
「……は?」
 明人の返答に思わず開いた口が塞がらないハーミット。
「アセリアも、エスペリアも……オルファにウルカ……それに、他のみんなだって、
 こんな俺についてきてくれた。だから、俺には誰が一番だなんて……決めれない」
 確かに、みんな気になるのは事実だった。
 だが、この感情に優劣をつけることが出来るだろうか?
 いや、明人にそんな事はできなかったのだ。
「……一つ、訊いていいか? まぁ、蛇足かもしれないけど」
「なにを?」
 少し考え込んだ後、ハーミットは明人に質問を開始する。
「あんたってさぁ……隊員の名前、全員憶えてんの?」
「もちろんだ」
 その質問に自身満々の様子で答える。
「んじゃ、言ってみなよ」
「……まずはブルースピリットからアセリア、ネリー、シアー、セリアの四人。
 次にグリーンスピリットからエスペリア、ハリオン、ニムントールの三人。
 レッドスピリットの内訳はオルファ、ヒミカ、ナナルゥの三人。
 ブラックスピリットは確か……ウルカ、ヘリオン、ファーレーンの三人だ」
「……了解。疑って悪かったな」
 まぁ、隊長なら当然かなという表情でハーミットが頷く。
「気にすん――ッ!? あ、あれ?」
 身を起こしていた明人が、急に頭を抱えて仰向けに倒れこむ。
 その瞳はどこか虚ろだった。
「――ッ! これは……まっ、もうちょっと休んどきなって事だ」
 その様子を見て一瞬、ハーミットが険しい表情を作ったが、すぐに先ほどからの
 にやけた表情に戻し明人に休む事を促す。
「だが……」
「ったく、こんな時に我侭言わない! そんな状態で敵に攻めてこられたどうすんんだ!」
 明人が寝ていてもダメじゃないかと反論しかけたが、今の体の状態で口げんかしても
 勝てる気がしなかったので大人しくハーミットに従う事にした。
「……わかった。みんなには、もう大丈夫だって伝えとい……て……」
 明人が眠りについたのを確認すると、ハーミットが口を開く。
「了〜解。……さて、一体全体どうなってるものかねぇ……普通だったら、
 もう完治してバカみたいに剣振りまわしても大丈夫なはずなのに……」
 自分の治療には絶対の自信を持っていた。
 だけど、すでに明人は回復している予定であの四人のスピリットを呼んでやろうと
 思っていたのだが……結果はこれである。
 そのハーミットの疑問に答えるものはいなかった。

 翌朝……ハーミットも自分に与えられた部屋に戻ったらしく、明人が一人で寝ている。
 しかし――
「――ッ!? ぐあぁあああッ!?」
 突如、明人の頭に物凄い圧力をかけたような激痛が走り、それによって明人は
 強制的に目を覚ました。
「な――ぐぅうううッ!?」
 頭を両手で押さえながらベッドの中で苦悶の声を上げる明人。
(契約者よ……マナが足りぬ……ッ! 『誓い』を滅するための、力が……ッ!)
「な――ッ! 『求め』――ッ!? がぁあああッ!!」
 明人の頭に直接、低く渋い声が響く。
 明人はその声を聞き、部屋の隅に立てかけてある『求め』が淡い光を放っている事に
 気がついた。
 ――こいつが、俺にこんな事をしていやがるのか……ッ!
(マナを……マナをよこせ! スピリットを犯し、壊し、マナを奪え! 契約者!)
「う……ぐ――ッ! おあぁぁああぁあッ!」
 『求め』の声が大きくなるにつれて、明人の頭痛も激しさを増す。
 意識が朦朧として、何も考える事が出来ない。
 そこに、扉をノックする音が聞こえてくる。
「アキト、様? アキト様!? 何かあったんですか!?」
 扉の向こう側から、エスペリアの声が聞こえてきた。
 明人のうめき声を聞いたのか、その声には焦りが見える。
「エ……エスペリア……ぐぅうううッ!!」
(来たぞ……スピリットが四体……さぁ、契約者よ……スピリットからマナを奪え!)
「う……四人――ッ!? ぐあッ!? く……そ……ッ! バカ剣がぁッ!!」
 明人は薄目を開けて『求め』を睨みつける。
 『求め』の言うとおり、扉の向こう側から……
「アキト……ッ! どうした……ッ!?」
「パパッ! どうしたの!? ねぇ、どうしたの!?」 
 珍しく感情のこもったアセリアの声と、扉を叩く音と共にオルファの声――
「アキト殿! 鍵を開け――仕方ありませぬ……みなさん、さがって……はぁッ!」
 そして、ウルカの気合の入った声と共に木製の扉がいとも簡単に切り裂かれる。
 それを確認すると、四人のスピリットが明人の部屋に入っていった。
「みんな……ッ! くっそぉおおおッ!!!」
「これは…! 神剣の干渉!? アキト様!!」
 エスペリアがいち早く部屋の隅に立てかけてある『求め』が淡い光を放っている事に
 気がついた。
(契約者よ……どうした? 『誓い』とその主を破壊したいのだろう? 
 ならば、ここにいるスピリットからマナを全て奪い取れ……ッ!)
 明人は体から、何かが込みあがってくるのに気付く。
 それが、なんであるかもわかってた。
 ――ここにいる全員から、マナを奪いたい!
 そんな衝動だった。
 しかし――
「う……るせぇッ! 確かに……あいつは許せない……がなぁッ! そのために大切な
 仲間を犠牲に出きるかよッ! バカ剣……ッ! お前は、引っ込んでろッ!」
(――ッ!? こ、これは……!)
 こんな事で、屈する事は無かった。
 明人が怒声を上げると、何かに気圧される様に『求め』の声が退いていく。
 それと同時に、明人を襲っていた頭痛がピタリと止まった。
「……んだよ……久しぶりに、話したと思ったらこれか……」
 そうぼやきながら、ベッドから身を起こす明人。
 にじみ出た汗を吸ってぐっしょりとなったシャツは、酷く嫌な感じを伝えてくる。
「パパ〜ッ!」
 と、そこにオルファが飛びついてきた。
「っと……」
「よかったよぉ……ホントに……ッ!」
「……アキト、大丈夫か……?」
 アセリアも心配そうに明人を見つめる。
「……目覚めは最悪だけど、体は大丈夫そうだ。……改めて、心配かけたな、みんな」
 全員の心配した表情を見て、明人は改めて無事を表明した。
 胸に顔を埋めるオルファの頭を、優しくなでてやる。
「いえ、アキト様がご無事でなによりです。それと……これからは気をつけたほうが
 よろしいですね……あの神剣……」
 エスペリアが光の消えた『求め』を見ながら、明人に話しかける。
「そうだな……それより、みんなそろって来たって事は……何か、あったんだな?」
「……申し訳ございません。アキト殿、作戦会議室に来て下さい。
 事情は、移動中にお話します故に……」
「ウルカが謝る必要はないよ。それじゃ、行くとしますか」
 そう言って明人は胸に顔を埋めるオルファをはがして、ベッドから立ちあがる。
 そして、自分の神剣『求め』を持ち――
「バカ剣……俺には、いくらでも迷惑かけていいが……みんなには手を出すな。いいな」
(ふん……約束など出来るものか……)
 睨みつける明人に、『求め』は短く曖昧な返事を返すだけであった。

 明人達に下った伝令はこうだ。
 ラキオス、マロリガン、サーギオスの三つの国境が重なる付近に大きな平野がある。
 近くに砂漠もあるが、そことはまた別の場所である。
 そこに、正体不明の部隊が集結しつつあるという情報が入った。
 そのため、脅威となる芽は早い目に紡いでおこうという王の決定が出た。
 ラキオススピリット部隊は全戦力を持ってその部隊を襲撃、殲滅する事が今回の目的。
 今、明人達はその地点に向かう最中であった。
「今日は、ここら辺で野営にしよう。あと少しだから、各自、しっかり休養をとるように」
 明人を先頭にその傍らにエスペリア、明人達の真後ろにアセリアとオルファ。
 そして最後尾を務めるウルカ。その間に他のスピリット達という部隊の足並みが止まる。
 それと同時に、それぞれが準備を始めた。
「それじゃあまずは……」
「えっと、まずは川探そっか。水は早い目に確保しとかないとね。シアー、いくよ!」
 明人が言いきる前にネリーが行動に移し、妹であるシアーを誘って行動を開始する。
 ネリーとシアーは珍しい姉妹のスピリット。
 姉妹とは言っても、神剣の波動が似ているだけで本当のと言うものでは無い。
「う……うん。それじゃ行ってきます、アキト様――ッ! あう」
「ほらほら、チャッチャと済ましちゃうよ〜」
 明人の前までやってきて、わざわざ挨拶をしているシアーをネリーが手を取って
 連れて行く。
 姉に振りまわされる大人しい妹の図の出来あがりだ。
「行ってきま〜すッ! アキトさ〜ん!」
 ネリーの手には、いつの間にか水汲み用のバケツが二つ、握られていた。
「お、お姉ちゃん……あんまり引っ張らないでよぉ……こけちゃうよぉ……」
「大丈夫だって! あたしの妹なんだから、これくらいじゃこけないよ!」
「どこから自信が湧いてくるのぉ……? あっ、わわわッ!」
 ネリーがそう言うものの、やはり危なっかしい。
 何度も躓きそうになりながらも、二人は森へと入っていった。
「ネリーとシアーか……仲がよくて、いいもんだなぁ。……そういや全然、
 来夢と顔会わせてないな……いらん心配、してないといいけど」
 ふと、そんな事を考えてしまう明人であった。

「へ、ヘクチュッ!」
 来夢は、可愛らしいくしゃみをする。
「大丈夫ですか? ライム」
 それを心配そうに見守るのは……レスティーナであった。
 ここは、来夢に貸し与えられている客室である。
 そう言えば聞こえはいいが、実際のところここは他のへ部屋とは隔離されていた。
 言うなれば、監禁されているといった表現があうだろう。
「は、はい。どこかで、あたしの事噂してる人がいるのかなぁ……」
 思わずそう言ってみるが、思い当たる人物が一人しかいないので苦笑を浮かべてしまう。
「? それは、なんですか? ライム」
「あっ、これはあたし達の世界で言われている事なんです。多分、お兄ちゃんが」
 ――自分の事を思ってくれてるんだ……。
 来夢はそう思うと、嬉しいような……寂しいような感情に襲われる。
「……ごめんなさい……寂しい思いをさせてしまい……。私も、色々あってなかなか
 会いにこれないのに……唯一の肉親と、離すようなマネをしてしまって」
 来夢の表情に見えた寂しさを敏感に感じ取ったレスティーナは、
 深刻そうな面持ちでそう言放つ。
 最近の明人の活躍はめぐるましいもので、そろそろ来夢の開放を宣言し様とした矢先に、
 今回の指令が下ったのだ。
「……大丈夫です。ここには本も沢山ありますし、オルファやレスティーナさんが
 来てくれますから……お兄ちゃん、あたしのために戦ってくれてるんだから、
 あたしが寂しいなんて我侭は……言っていられません」
 少し考えこんだ表情をした来夢だが、すぐに笑顔を取り戻し――そう言放った。
 その目線は、この部屋唯一の窓の外に向けられていた。
 見えない明人の姿を捉えるように――。

 手早くネリーとシアーが水の確保をしてくれたおかげで、すでに料理の準備に
 とりかかれていた。
 明人はエスペリアの手伝いをしている。
「アキトさん」
 透き通るような優しい声が、エスペリアの手伝いをしている明人の名前を呼ぶ。
「ん? なんだ、ファーレーン」
 振り返ると、そこにはファーレーンがたたずんでいた。
 普段かぶっている仮面を外し、黒色の髪がゆれている。
 明人も、ファーレーンの素顔を見るのはあの風呂の一件以来であった。
 素顔を見ると、エスペリアに負けず劣らず美人で、優しそうな雰囲気を出している。
「わたし、ちょっと周りの哨戒に当たってきますね。事が起きてからでは、
 遅い場合もありますから」
 微笑んでみせるファーレーン。
 明人はなんとなく、ニムントールがなついてるわけがわかる気がした。
「ああ。わざわざすまないな、ファーレーン。お願いするよ」
 そして、彼女はラキオススピリット隊の主力メンバーの一人である。
 単独行動も、ある程度頼んでもよい人物であった。
「あっ……それなら、ニムも一緒に行きます。あの……いい、ですか?」
 その会話を聞きつけたニムントールが、自分も一緒に行くことを志願する。
 さすがに、もうニムントールも明人の実力は認めていた。
 と言うより、セリアに言われたよういつまでも意地を張るのを止めたのだ。
「……うん。さすがに、一人じゃ危険だからな。じゃあ二人とも、頼んだぞ」
「はい、アキトさん。それじゃ、行きましょうかニムントール」
 早速ファーレーンは行動に移し、このキャンプ地を後にする。
「は、はい。行ってきます……えと……アキト、さん」
 ファーレーンの後ろを行くニムントールが明人の方を向き、初めて明人の名前を言う。
 頬を赤く染め、真緑色の髪を左右に振りつつ……言い終えると、
 気恥ずかしそうに振り向いて行った。
「ふふっ……ニム、どうですか? 素直な気持ちを言えた気分は?」
「な――ッ! か、からかわないでください! ファーレーンさん!」
 そんな声を残して、二人は森へと消えて行った。
「……俺も、隊長として認められて来たって事かな」

 明人とエスペリアが料理の準備をしている場所にはもう二人、スピリットの姿があった。
 煮えるスープを睨みつけるように見つめる黒髪のツインテールの少女――
「ハリオンさ〜ん、スープ煮えてきましたよ」
 ヘリオンが、グリーンスピリットの少女――ハリオンを呼ぶ。
「あっ、はい〜。わざわざ、ありがとうございますね〜、ヘリオンちゃ〜ん」
 ハリオンの料理の腕は、なかなかのもの。
 多分、隊ではエスペリアに続く腕だと思われるほどである。
 ただ――その料理には唯一の欠点があることを、ヘリオンは知らない。
 そのハリオンが、自らのスープの匂いをかぎ、柔らかい笑みをさらにほころばせる。
 出来は上々らしい。
「ん〜……ヘリオンちゃんも、スープの味見してみますか〜? 見てくれてた御礼に〜♪」
 ハリオンが木でできた、明人達の世界でいう『おたま』のようなもので野菜などが
 入っている鍋からスープを一口すする。
 そして、ものほしそうな表情でそれを見ていたヘリオンに気付き、勧めてみせた。
「えっ――い、いいんですかぁ? それじゃあ……」
「はい〜、熱いですから、気をつけてくださいね〜♪」
 ヘリオンが嬉しそうな笑顔で、おわんに移してくれたスープに口をつけると――
「――ッ!? 熱ッ!? あっつ〜いッ!? う、うそッ!? やぁあああッ!?」
 口一杯に、燃えるような熱さが広がった。
 おわんを落とした事にも気付かず、ネリー達が汲んで来た水を凄まじい勢いで飲む。
 この時、ヘリオンは全てを理解した。
 なぜ、自分達の館ではネリーとシアー慌ただしく料理をしていたり、
 エスペリアがその二人の穴を埋めるかのごとく料理を持ってきてくれていた事を。
 ハリオンに料理をやらしたら、やばい。
 そうだったと言う事を。
「あらあら〜?」 
 ハリオンはその様子を不思議そうに見つめていた。
 これが、料理上手なハリオンの欠点――温度の感覚が、他の者とは訳が違う。
 スープを作れば、極端に熱い物となってしまうという……。
「あれ? おいしそうな匂いがしたと思ったら……スープ、完成したのか?」
 先程の絶叫がなぜ聞こえてないのか? というツッコミはあえて無しにしておき、
 明人が鍋の中を除きこむ。
「はい〜。アキトさんも味見しますか〜?」
 ヘリオンが「ダメです、アキトさん! それを飲んじゃいけません!」と、
 言い放とうとするが口が言う事をきかない。口がパクパクと動くだけである。
 凄まじい威力である。この、ハリオンスープは。
「おっ、いいのか? それじゃ一口――ッ!?」
 この後、明人が第二の犠牲者になったと言う事は言うまでも無い。

 ほんの少し前の事……
 料理をしている場所から少し離れた場所。
 ここはこのキャンプで、全員が食事をとったり寝たりする場であった。
「よし……これで、いいかな。ナナルゥ、火をつけるのお願いしてもいい?」
 暗くなってきたので、暖を取るためにセリアは集めてきた枯れ枝を一箇所にまとめる。
 そして、側で静かにたたずむナナルゥに声をかけた。
「…………」
 そのセリアの呼びかけに無言で頷くナナルゥ。
 頷くと、『消沈』をを枯れ枝にかざして見せる。
「……『消沈』……お願い……」
 か細い声でそう言放つと、『消沈』から小さな火種が出現し枯れ枝に火を灯す。
「ありがとね、ナナルゥ。助かったわ」
「……うん……」
 お礼を言われてまんざらでもない様子のナナルゥ。
 その表情は、少し照れているような表情に見えた。
「あら? ……そんな顔、出来るんならもう少し早く見せてほしかったわね」
 最近、アセリアに触発されるようにナナルゥも自己表現が増えてきていた。
 その事に、セリアは気付いていたのだ。
「……そう、かな……」
 赤くなった顔に恥ずかしさを感じたのか、ナナルゥは俯いてしまう。
 セリアはそれを見て、小さな笑みを浮かべた。
 ――あっ、あたしも……いつのまにか笑ってる……これも、隊長さんの影響かな……?
 そんな事を考えてしまう。
 実際の所、どうかはわからない。
 だが、明人が来てからみんな変わっていったのは事実。
 アセリアが一番いい例である事を理解してるのは、実はセリアなのかもしれない。
 同期で、見た感じ誰にもなつきそうに無い自分とどこか似た雰囲気を持っていた
 アセリアが、今では明人の事になると必死になっている事を見てきたからだ。
「おや? 暖の準備ができましたか」
「あっ、はい。ヒミカさん」
 そこに、ヒミカが追加の枯れ枝を大量に抱えてセリア達の元にやってくる。
「……何か、良い事でもありましたか? セリア」
「え……な、なんでですか?」
「ふふっ……表情が、ほころんでいますよ」
 微笑を浮かべつつ、ヒミカはセリアの顔を見てそう言った。
「あっ、やだ……恥ずかしい……」
「別に恥ずかしがる事でもないでしょう。とても、いい表情ですな」
「は……はい……」
「ところで……今日は、ハリオン殿が作ったスープがメインみたいらしく……」
 ヒミカの表情が、一瞬こわばる。
「――ッ! そう……ですか…」
 恥ずかしがっていたセリアも、少し顔をこわばらせた。
 この二人は、知っていた。
 ハリオンが作る、スープの凄さを。
 ヒミカは、ハリオンと入隊した時からの仲で、私的な付き合いも多い。
 セリアは、入隊して間もなく、あの感情の乏しいアセリアがハリオンのスープを飲むと
 本気で慌てた所を目撃し、後からヒミカに訳を聞かされたからである。
「……ハリオンさんのスープ……どうして、あんなに熱いんだろ……」
 普段、あまり物を言わないナナルゥが二人の心のセリフを代弁した。
「レッドスピリットの……わたし達だってあれは――」
「――ッ!? 熱ッ!? あっつ〜いッ!? う、うそッ!? やぁあああッ!?」
 熱すぎ……と、ナナルゥが言おうとした瞬間にヘリオンの悲鳴が聞こえてきた。
「これは……ヘリオンの悲鳴!?」
 ヒミカがその悲鳴に反応する。
 まるで敵襲のごとく。
「まさか、あの子――」
「あづあぁああッ!?」
 もう飲んだのね……そうセリアが言いかけたら、今度は明人の悲鳴。
「……アキトさんも……大変……」
 固まる二人の心を、またもナナルゥが代弁した。

 時は深夜……他のメンバー達が寝静まっている中で、たき火の番をしているのは、
 明人とエスペリアの二人だった。
「……なぁ、エスペリア……今回の、作戦の事なんだが」
 たき火を神剣でつつきながら(途中で熱いと文句は言われたが今朝の報復としては上々)、
 明人がエスペリアに質問をする。
「……明人様が仰りたい事は、大体わかります。……確かに、おかしいと思います」
 明人が考えている事――それは、今回の作戦についての疑問だった。
 今回の作戦は、ラキオス国が保有する全てのスピリットを持って展開されている。
 だが、この作戦の中、スピリットのいないラキオスが襲撃にあったらどうなる?
 ……答えは言うまでも無く、確実にラキオスは――落ちる。
 今までは小国であったラキオスは危険視されていなかったが、明人の実力は予想以上で、
 そろそろ他の国も手を打ってくるころであろう時期にこの命令。
 明人はその事が気になって止まなかった。
 城に残した、ライムの事が……。
「確かに、危険な芽は早いうちに刈り取ってしまった方がいいと思う。だが――」
 明人はそれ以上は言わなかった。言うまでも無い事だったから……。
 二人の間に沈黙が入る。
「う……ん……ふにゃぁ……パパぁ……すきぃ……むにゃ」
 その中で、オルファの気の抜けた寝言が聞こえる。
 それを聞いた明人とエスペリアは小さく、他のみんなを起こさない程度に笑う。
 緊迫した空気が、一瞬にして解けてしまった。
「ふふっ……アキト様も、そろそろお休みになられた方がよろしいですよ。
 明日は多分、戦闘が行われると思いますから……」
「……それもそうだな。エスペリアも、早い目に誰かと交代してもらいなよ」
 そう言い残して、明人はそばにあった木の根元に背中を預け、座り込む。
 結構無理をしていたのか、ものの五分もしない内に明人は深い眠りについていた。
「戦術に関してはずいぶん学びましたからね……心中、お察しします……」
 そう言いながら、エスペリアは明人に毛布をかける。
 明人は、剣術だけを学んでいたわけでは無い。
 作戦、訓練、休憩の合間を縫って、戦術の勉強もしていたのだ。
 最近はエスペリアやヒミカの手助けを借りなくとも、指示をしっかりと出せている。
「……アキト殿の言うとおり、そろそろ休まれた方がよいですよ……エスペリア殿」
「ん……エスペリア、あとは任せろ……」
「ウルカさん……それに、アセリア」
 エスペリアの後ろからウルカとアセリアが話しかけてきた。
「エスペリア殿も、アキト殿と同じくらい頑張っています。後は手前たちが引きうけます」
「……ん。だから、任せろ……」
「……はい。それでは、お言葉に甘えまして……」
 そしてエスペリアは二人に促され、他のスピリット達が眠っている場所まで歩いていく。
 明人と同様に無理をしていたのか、ものの三分もしない内にエスペリアは眠りへとつく。

「……月が、綺麗ですね。アセリア殿」
 たき火を囲む様、隣りあわせに座るウルカとアセリア。
 この間まで敵同士だった事を微塵にも感じさせない雰囲気の二人。
 とても、和やかな雰囲気だ。
 ウルカの言うとおり、空には明人達の世界とは違った青白い光を放つ月が浮かんでいる。
 その月光はたき火で上がる炎と共に、アセリアとウルカを照らし出していた。
「……ウルカは……月が好きか?」
「え? 月が……好きかどうかですか?」
 アセリアの突拍子無い質問にウルカは思わず聞き返してしまう。
 が、すぐに答えができたのかウルカは微笑みながら答える。
「……手前は、好きです。ブラックスピリットであるが故かもしれませんが……
 やはりこの光を浴びますと、気分がよくなっていきます」
 ブラックスピリットは、夜と月を司る妖精と呼ばれている。
 なので、この月光はウルカに活力を与えるのは当然である。
 他にも、アセリア達ブルースピリットは、水を司る妖精。
 オルファ達レッドスピリットは、炎を司る妖精。
 エスペリア達グリーンスピリットは、大地と森を司る妖精と呼ばれている。
「では、アセリア殿は月はお好きですか?」
 今度はウルカがアセリアに質問を投げかける。
「アタシ? ……ん……あたしは……」
 アセリアは森の中に目をやる。
「アタシは……川のほうが好き……かな」
 その答えにウルカは小さくふきだす。
 大体、アセリアの答えは予想できていたらしい。
「ふふっ……だと、思いましたよ」
 ウルカは耳を済ましてみると、たき火の中で炎のダンスを踊る枝の音と、
 静かに風の中を吹きぬけるような小川のせせらぎが聞こえてきた。
 アセリアはその音を、目を閉じて気持ちよさそうな表情で聞き始める。
 ウルカも、その自然が奏でる美しい音色を聞くと気分が良くなって行くような気がした。
 しばらく二人はこの状態でいた。
 この音の邪魔をするなど、無粋な者だと思ったからだ。
 そして――しばらくすると、ウルカが寂しそうな目で言葉を発し始める。
「……明日、また多くのスピリットがマナへと還るでしょうね……」
 誰に話しかけるわけでもなく……呟くようにウルカは言葉を続けた。
「手前は、剣の声は聞こえませぬ……ですから、未だに戦う意味が良くわかりません……
 現に、スピリットを殺す事すら未だに躊躇してしまいます……」
 ウルカの神剣『拘束』はアセリアや他のスピリットとは違い、まったく話さない。
 大抵のスピリットは、剣の声に導かれ戦い、殺し合いをしている。
 だが、ウルカにその導きは無い。
 今までは人間に言われるまま、戦ってきた。
 実力も『神速の居合』とうたわれるほどの腕前まで上り詰めた。
 しかし、どれだけ戦っても――相手が本気で殺そうと斬りかかってこようと――
 ウルカは相手に止めを刺す事を戸惑っていた。
 剣の声が聞こえない事で、ウルカは苦しんでいたのだ。
「ですが、前にアセリア殿と手合わせした時……手前は、初めて戦いたいと思いました。
 初めて、戦う事の意味が見出せる気がしました」
 アセリアと初めて手合わせした時。
 彼女の事を『ラキオスの青い牙』と言う事に気付き、退いた。
 この場で決着をつけるべき相手ではないと、踏んだためである。
 バーンライトでの手合わせの時。
 一対一でここまで戦えたのは……アセリアが初めてであった。
 確かに、心踊る戦いだったが――
「……ん……それで……?」
 小川のせせらぎに耳を傾けていたアセリアが反応する。
 ウルカは、口で答える変わりに無言で首を横に振った。
 『意味』は、見出せなかったのだ。
「……つまらない話しをしてしまいましたね。申し訳無い……」
「……別に、大丈夫だ……」
 この話しを最後に、二人の間に会話は朝まで無かった。
 しかし、二人共どこか心が落ち着いているのに気付いた。
 お互い実力を認め合っているからこそ、出てくる安心感なのだろう。

 次の日……朝早くに出発した明人達は日が高くなる頃に目的地へと到着した。
 とはいっても、今はその平野を見下ろせる丘の上に明人達スピリット隊は待機している。
「予想以上に、スピリットが集まっているな」
 目の前の平野には、明人が予想していた以上に多くのスピリットが集結していた。
 どこの部隊かはまだわかっていないが、このスピリットの人数を見れば――
 サーギオスの部隊という方が有力であろう。
「……アキト様、ここはどう出ますか?」
 エスペリアが真剣な面持ちで明人に話しかけてくる。
「ここは、一気に奇襲をかけてはいかがでしょうか。アキト殿」
 悩み顔をしている明人に、ウルカが提案をしてみる。
 それを聞いた明人は運と頷き――
「……そうだな。まだ、敵は俺達を見つけていないならそれが一番いい作戦だろう。
 よし、みんな!」
 平野を見ていた明人が後ろを振り返り、作戦内容を話し始めた。
「今回はただの奇襲だ。だけど、相手の意表をつけば確実に動揺を誘える。
 そこで一気に敵スピリットの殲滅、もしくは無力化をするぞ!」
 明人の力強い言葉を聞き、隊員は全員頷く。
「っと、最後に言っておく…全員、生きて帰る事。これは命令だ。……絶対に、守れよ」
 振り向き、平野に突っ込もうとした明人は足を止め、部隊員全員にそう言った。
 心から、願う事であった。
 もう二度と……セイグリッドのように、仲間を失いたく無かったから……。
 この言葉に、全員は少し戸惑った後――
「……『存在』が、力を貸してくれるから……大丈夫だ、アキト……」
「わたしと『献身』が、皆さんをお守りしますから……ご心配なく、アキト様」
「心配しないでパパ! オルファが敵さん、『理念』と一緒にたくさん殺っちゃうから!」
「アキト殿のお心遣い、感謝いたします。『拘束』と共に、全てを断ち切りましょう!」
 まず、四人が反応した。
 アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカが明人を見つめ、言放つ。
「大丈夫ですよ! あたしも『静寂』も、体調は万全です!」
「……わ、わたしも……『孤独』とお姉ちゃん達と一緒に頑張ります……ッ!」
「絶対に、ぜ〜ったいに負けませんから! 『失望』も、大丈夫って言ってくれてます!」
 続けてネリー、シアー、ヘリオンが声を上げた。
 全員、いつもどおりである。
 その事が、この大規模な戦闘を前に緊張していないと言う事を物語っていた。
「……隊長さんの命令ですもの……守らないといけないわね、『熱病』……」
「了解……しました。……『消沈』と共に、頑張ります……」
 顔こそ明人に向けていないが、セリアが『熱病』をギュッと握り締め呟く。
 ――別に、命令でなくても隊長さんの元には帰るよ……
 そう、心で言いながら。
 ナナルゥも反応は薄いが、生きたいという意思が伝わってくるような強い瞳をしていた。
「大分、隊長というものが板についてきましたね……そう思いませんか? ハリオン殿」
「はいはい〜。と〜ってもカッコイイですね〜♪ わたし、惚れ惚れしちゃいますよ〜♪」
 この二人には、緊張と言うものが欠片も見られない。
 ヒミカは戦いたくてうずうずしているといった様子で――
 ハリオンは頬に手を当て、本当に明人にみとれているような感じで――
 反応を返した。
「ふ、ふん……言われなくても、ニムは生き載りますよ。絶対に」
「ふふっ……アキトさんのために、ですか? ニム」
「――ッ! ち、違いますよ! ふぁ、ファーレーンさんと一緒にいたいですから……」
 少し皮肉っぽい事を言うニムントールをからかうファーレーン。
 焦る所が、ニムントールは本来素直な娘である事を示している。

(……みんな、ありがとな)
 そんな全員を見て、改めて……この仲間を失いたくないと実感する明人であった。
「……よし。みんな、いくぞッ!」

『はいッ!』

 明人達の奇襲は、見事に成功した。
 その勢いは完全に敵部隊を飲み込み、次々と敵を打ち倒して行く明人達。
「いくぞぉおおおッ!!」
 明人が振りかぶって放つ鋭い斬撃は、敵グリーンスピリットを防御ごと切り裂いた。
 斜めに切られた傷口から真っ赤な血液が噴出し、すぐに体ごとマナの粒子へと変わる。
「まだだッ!」
 続けて二体、三体と打ち払って行く明人。
 迷いは、死へと繋がるだけではなく、仲間を失う危険があると言う事を……
 前の戦闘で知ったため、その切っ先に迷いは見られなかった。
「『存在』……力を開放して……敵を薙ぎ払う力を……ッ! ヘヴンズ・スウォードッ!」
 明人の後方から迫る敵スピリットに向かって、担ぐ様に神剣を構えたアセリアが
 ウィングハイロゥを羽ばたかせ、ブルースピリットが持てる最高の剣技で迎え撃つ。
「てぇいやぁあああ……ッ!」
「――ッ!?」
 その一撃は敵に防御という思考を与える前に切り裂いていた。
「隙を見せたな……死ねぇッ! 『ラキオスの青い牙』ッ!」
 アセリアに標的を定めたブラックスピリットが高速で迫る。
 が、アセリアとそのブラックスピリットとの間に一人のスピリットが割り込む。
「アセリアは、やらせません! 大気中のマナよ……全てを断つ障壁を……ッ!」
 エスペリアがブラックスピリットの居合をマナの障壁を発生させ、受けきった。
「くっ!?」
「力不足……ですね」
 エスペリアは、この隊の中で一番強力なグリーンスピリットといってもいいだろう。
 特に、防御に関してはハリオンやニムントールよりも確実に頭一つ分抜けている。
 そのエスペリアの脇から黒き影が一つ――ウルカである。
 ウルカは超高速で怯んだ相手を自らの間合いへといれた。
「……その程度の腕前で……手前の前に出てくるなッ! ……居合の太刀ッ!!」
 そのブラックスピリットはウルカの放つ居合抜きにより、神剣ごと吹っ飛ばされ
 気を失った。
「……くそ、きりがねぇな……」
「えぇ……予想以上の――そのまた上を超えていますね……」
 背中合わせに立つ明人とエスペリア。
 丘の上から見えていた数はほんの一部だったらしく、奥から大量のスピリットが
 あふれ出てきたのだ。
 だが――

「いくよ! シアー、ヘリオンッ!」
「は、はい……ッ! 姉さん……ッ!」
「了解です!」
 三人は一人の敵スピリットを取り囲む様に展開し、波状攻撃を仕掛けはじめる。
「だぁあああッ!」
「く――ッ!?」
 ヘリオンの素早さを活かしたすれ違いざまの一線。
 それは隙を生ませるのに十分な攻撃であった。
「うりゃあああッ!」
「や……やぁあああ……ッ!」
 隙が生じた所に、ネリーとシアーのコンビネーション攻撃。
 両側から対象に斜めに切り裂かれ、敵スピリットは一瞬にして消えた。
「ナナルゥ、援護お願いッ!」
「……了解です……ッ!」
 セリアはナナルゥに背後を任せ、敵陣に突っ込む。
「マナよ……爆炎となりて舞え……全てを、焼き尽くします……ッ!」
 スゥッとナナルゥの手の平に赤色の球体が見え始める。
「セリアの姿を隠すように……降り注げ……ッ! アポカリプスッ!」
 その球体は空へと舞いあがり、一瞬にして膨張し敵陣営に降り注いだ。
 ちょうど、セリアの目の前を覆い尽くす様に火柱が立ちあがる。
 巻き込まない、ギリギリの位置であった。
「ありがと……ナナルゥ……ッ!」
 残った敵の掃討に当たろうとするセリア。
 そこに、二つの影が現れる。
「セリア、いいコンビネーションですな。ナナルゥと……」
「仲がよろしい事は〜、良い事ですね〜♪」
 神剣魔法を確認して、ヒミカとハリオンが援護に来たのだ。
「では、我々もいかしてもらいます……ッ! はぁあああッ!」
 ヒミカの『赤光』から繰り出される紅き一撃。
 爆炎により混乱した敵スピリットを次々と打ち倒して行く。
「マナよ、この手に集え! 熱線となり、撃ち貫けッ! フレイム・レーザーッ!」
 間髪いれずにヒミカは遠方めがけて神剣魔法を放つ。
 もちろん、それは敵を貫き、燃えあがらせて金色の粒子へと変える。
(す、すごい……これが、ヒミカさんの本気の戦闘……)
 セリアは、思わずその姿にみとれていた。
 ヒミカの異名『戦場の赤い戦乙女≪ヴァルキリー≫』の訳が、よくわかる。
「こらっ、セリアちゃん。戦場で足を止めてはいけませんよ〜」
「あ――ッ!」
 ガチィッ! と言う音で、セリアは現実へと戻される。
 それはハリオンが敵の攻撃を防御壁で受け止めた音であった。
「……不意打ちなんて、卑怯なマネしか出来ないんですかぁ? そんな娘は……」
 フッとハリオンの障壁が消える。
 ハリオンは半身をずらして、振り下ろされる攻撃をかわした。
 そして、受け止められていた敵スピリットは体制を崩し――
「お仕置き、ですよぉ……♪」
 わき腹を、にっこりと微笑むハリオンの『大樹』によって貫かれた。
「…………」
 再び呆然としてしまうセリア。
 笑顔で敵を倒すハリオンに、少なからず恐怖してしまったからだ。
「さっ、セリアちゃん……残りをやりましょうか〜♪」
 この時、セリアはハリオンのセリフが「殺りましょうか〜♪」と聞こえて仕方なかった。
「マナ光よ、大地の祝福をここに! ガイア・ブレスッ! ……ファーレーンさん、
 頑張ってください!」
 『曙光』が淡い光を放ち、肩で息をするファーレーンを緑色の霧が取り囲む。
 霧が晴れると、ファーレーンの呼吸は整っていた。
 ニムントールが手を出す暇もなく、敵の大半はファーレーンが倒していた。
 そのため、ニムントールはサポート専門に立ちまわっている。
「……ありがとう、ニム。これでまだ……いける! はぁあああ……ッ!」
 再び『月光』を振るい、敵スピリットを切り裂いていく。
(……ニムに、もう少し力があれば……ファーレーンさんの手伝いが出来るのに……)
 戦うファーレーンの姿を見て、ニムントールはそんな事を考えてしまう。
 今の自分の実力では、手の出せないレベルの人……
 そんなファーレーンに憧れを抱くのは、当然であった。
 が、間近でその格の差を見せられると――
「! ファーレーンさん! 危ないッ!」
「チィッ!」
 行動の方が、先に出ていた。
 『曙光』は宙を走り、ファーレーンに振り下ろされる間一髪の所で敵スピリットを
 貫いた。
「大丈夫ですか!?」
「……ありがとう、ニム。さっ、残り敵を一気に殲滅しましょう。……後ろ、頼みます!」
「え――!」
 駆け寄るニムントールに短くそう言って、ファーレーンは宙を走る。
「あっ、はい!」
 その後ろを守るように、ニムントールはついていった。

 それでも、明人達の士気は高く今のところ酷い傷を負った仲間もいなく、次々と
 敵を撃破していってる。
「パパッ! オルファが、敵さん一気に倒すよ! だから、援護お願い!!」
 後方から、神剣魔法で援護をしているオルファが明人に向かってそう叫ぶ。
「わかった! みんな、オルファの神剣魔法が完成するまで、敵を引きつけるぞ!!」

「みんなが頑張ってくれてるんだ……だから、オルファはもっと頑張らないと……ッ!」
 前線で戦う仲間を見ながら、オルファがそう呟くように言い放つ。
 普段は愛くるしい笑顔を見せるオルファだが、今回ばかりは訳が違う。
 目を閉じて精神を集中し、呪文を唱え始める。
「全ての力の源であるマナ……その姿を閃光へと変え、我に仇なす者を消滅させよ……」
「これは……ッ! させるか! 火球よ、敵を燃やし尽くせ! ファイア・ボールッ!!」
「――ッ! しま……ッ!」
 オルファの周りに、マナが渦巻くほど集まっている。
 これは、強力な神剣魔法を放つ予兆でもある。
 それに気がついた敵レッドスピリットは、オルファが唱え終わる前に素早く神剣魔法を
 唱えた。小さい火球だが、目を開いたオルファの気を引くのに十分な攻撃。
 これが直撃すれば詠唱は完全に中断されて、また一からやりなおしになってしまう。
 もうダメ……目の前に迫る火球に目をきつく閉じて衝撃に備えるオルファ――
 だが、その火球はオルファに当たる事は無かった
「やらせるかよ! ぐうッ!?」
「え……ぱ……パパ!!」
 明人がオルファの目の前に立ちはだかり、火球の直撃を受ける。
 オルファが狙われている事に一瞬で気付き、明人はここまでかけこんだのだ。
「パパ、大丈夫なのッ!?」
 心配そうに明人を呼ぶオルファ。
 だが、明人は事前に魔法防御力を上げる神剣魔法『レジスト』をかけていたので
 大したダメージは受けてはい。
「俺は、大丈夫だ。それより、でっかいのぶちかましてやれよ」
 『レジスト』をかけたとはいえ、服の所々は焼け焦げている。
 外傷はほとんど無いが、それを見たオルファは――キレた。
「……よくも……ッ! よくもパパを……ッ! いくよ!! バースト・レイッ!!」
 怒りに震えるオルファの目の前に、小さな光球が出現する。
 オルファの手の平サイズの小さな光球だ。
 それを握りしめ、敵の集中する場所へ振りかぶって思いっきり投げつける。
 光球は、敵が一番密集していると思われる場所に落ちた。
「バイバイッ! ……ブレイクッ!!」
 付近に味方がいない事を確認し、オルファは後ろを振り向きながらパチンと指を鳴らす。
 そんな小気味よい音がすると、小さな光球は一気に膨張して、凄まじい爆発が起きた。
「――ッ!?」
「な――ッ!?」
 敵スピリットの集団は何が起きたか解からない内に、一瞬にして蒸発した。
「うわ……すっげぇ威力……」
 そのオルファの放った神剣魔法を見て、明人は目を丸くする。
 この神剣魔法は明人が今まで見た中でも一番個性的で、一番威力が高いものであった。
「アキト様! 今ので、敵の陣営は崩れました! 一気に攻め落としましょう!!」
 エスペリアが明人に現状を知らせる。
「ああッ! 最期の詰めだ! 行くぞッ!」
 先程の爆発で舞いあがった砂煙の中にいる生き残った敵スピリットを殲滅するために、
 明人達はその煙の中へと突っ込んで行った。

「う――ッ! ぐあ……ッ!」
 明人の放つ斬撃が、敵スピリットを切り裂いた。
「……今ので、最後か? バカ剣」
 明人は先日、この『求め』の干渉があって以来『求め』の事をバカ剣と呼ぶように
 なっていた。
 相当腹が立ったのだろう。
(……スピリットは、今ので最後であろうな)
「スピリットは……って事は、他にまだ何かいるのか?」
(慌てるな、見苦しい……『誓い』ではない。ただの人間の気配だ)
 『求め』の言葉が終わると同時に、この拠点の奥から声がする。
「いやはや……これほどの大群を持ってしても、止められませんか……」
 手を叩く音と共に、人影が明人の視界に入ってくる。
 ヒョロっとした体型に見えるが、それは余分な肉がついていないためらしい。
 上半身は素肌にジャケットのような物を羽織っている。
 そして、顔は相手を見下したような目をしていて小さな眼鏡をかけている。
「まずは、自己紹介からですかね。私はサーギオス帝国でスピリット隊の隊長を務めて
 いますソーマ・ル・ソーマです。隊長とはいっても、あなたみたいにバケモノじみた
 力は持ち合わせていませんけどね」
「……で、その隊長様が俺達になんのようだ。このまま隠れていたら、逃げれただろうに」
 明人は、このソーマの口調に嫌悪感を覚える。
 理由は解からなかったが、生理的に癪に障るのであろう。
「それとも、俺に殺されに来たのか?」
 そのため、明人は会って間もないのに殺気を出しながら威嚇する。
 だが、ソーマは気圧されるわけでもなく、言葉を続けた。
「いえいえ……私はただ、忠告しに来ただけですよ」
 ソーマの表情が、嫌な笑顔を作る。
「忠告、だと……ッ?」
「ええ。早く帰らなければ、あなたの大切な国が陥落するとでも言っておきましょうか」
「な――ッ!」
 明人の予想は当たって欲しくない所で当たっていた。
 ソーマの言葉を聞く限りでは、この集結していた部隊は囮。
 別働隊が、ラキオスに迫っている事を示していた。
 大国、サーギオス帝国だからこそできる無茶な作戦である。
「くそ! みんな、ラキオスに戻るぞ!! ウィングハイロゥを持つ者は、
 持たない者を担いでくれ!!」
 明人が指示を出すと、
「ハリオンさん、こっちです!」
「はい〜。お願いしますね〜、ネリーちゃん」
 まずはネリーがハリオンを抱え、宙へと飛び立つ。
「あ、あの……ヒミカさん……」
「うむ。シアー、頼む」
「ナナルゥ、行くわよ」
「……お願い……セリア……」
「ニム、掴まって」
「は、はい! お願いします、ファーレーンさん」
 それをからきしに、ほとんどのメンバーが宙へと飛び立つ。
 が、一人あぶれた者がいた。
 ヘリオンだ。
「あ、あれ? じゃ、じゃあ、あたしは……」
 取り残されたヘリオンは、チラッと明人の事を見る。
 頬を赤く染め、気恥ずかしそうだ。
 だが、そんな期待を裏切るかのごとく――
「俺はみんなについて走ってくから、合図したら出発してくれ!」
 明人は飛び立ったメンバーにそう声をかける。
 さすがに、スピリットに抱えられて城に戻るのは恥ずかしいと思ったからだ。
「……ん? ヘリオン、どうした?」
「……なんでも、ありません……」
 残念そうにヘリオンはハイロゥを展開し、飛び立って行った。

「……相変わらず卑怯な……」
 そんな中で、ウルカはあからさまに殺気を込めた目つきでソーマを睨みつける。
 ウルカがこれほどまでに敵意をかもし出した所を見たのは、明人は初めてだった。
「自分の部下の身も案じずに、敵に寝返るようなスピリットが言えたセリフですかな?」
「――ッ! 貴様ッ! 手前の……手前の部下達に何をした……ッ!?」
 ソーマの一言が、ウルカの逆鱗に触れた。
 この一言で、ウルカの声にこめられる殺気が最高潮になった。
 ウルカはサーギオスにいた時は、部隊を一つ任せられていた。
 その部下達は、実力もさる事ながら全員、自我が強い事で有名であった。
 そして、ウルカはそんな部下達を置いてラキオスに来た事を、心配していたのだ……。
「さぁてね。私は優しいですから、殺しはしませんよ。たとえ、隊長に裏切られた
 情けない部隊であってもね」
「――ッ!!」
 ついに怒りが押さえられなくなったウルカは、腰に携えた『拘束』に手をやる。
「まて、ウルカ」
 ソーマに切りかかって行きそうになるウルカを、明人が呼びとめた。
 目の前に手をやり、抑止する。
「今は、城に戻る事が先決だ」
「しかし……ッ! こやつは……ッ!」
「ウルカはオルファを頼む。……これは、命令だ」
「く……ッ! 了解……しました」
 やりきれない表情で、ウルカが明人の命令に従う。
「ウルカぁ……大丈夫?」
「……大丈夫です……行きましょう、オルファ殿……」
 オルファを抱え、ウィングハイロゥを出して空中へと飛びあがる。
 明人も、こういう時だけ隊長風を吹かすのに抵抗があった。
 が、今は一刻を争う事態だ。自国が――来夢が危険にさらされる状況だから。
「ソーマ……とか言ったな。俺は、サーギオスの事に興味は無い。だが、ウルカの部下に
 手を出してみろ……次会った時、貴様は消える……ッ!」
「おお、怖い怖い……」
 明人がウルカまでとはいかないが、殺気をこめた瞳をソーマに向ける。
 睨まれたソーマがおどけて見せるが、どこか余裕が見える仕草だった。
 ――どこまでも腹の立つ奴だ……ッ!
 そんな事を思い、明人はソーマの方向とは逆方向に振り向いく。
 が、そこには意外な人物が立っていた。
「どうした、エスペリア」
 エスペリアが険しい表情を作りながら、ソーマを睨んでいた。
 当のソーマは、その睨みを受け流している。
「……何でも、ありません。すぐにわたしも……」
「……ん。エスペリア……いく」
 アセリアが純白のウィングハイロゥを出し、エスペリアを抱えて上空へと飛びたつ。
「みんな! 一刻も早く、ラキオスに戻るぞ! 出発してくれ!」
 その声と共に、上空に待機していた全員が一斉にラキオス方面へと飛んで行く。
 明人は神剣の力を開放し、その後を追って走り出した。

                         第九話に続く……

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