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「ねえ、初詣は? 初詣! なんか忘れてると思ったけど、それを抜かしちゃあ新年って感じがしないわよね」
「んー?」
「あー、そう言えば、そうだな」

 独楽遊びも一段落して、スピリット達が解散した居間。
 悠人達はそこに残り、エスペリアのお茶を飲みながらマターリとした時間をすごしている。
 そんな中、ふと思い出したような――というよりそのものずばり思い出したのだが――今日子の提案に、なんともやる気なさそうに答える男二人。
 それもそのはず。なぜなら彼らには初詣の意識が薄いのである。
 家計の収入を担う悠人にとって、正月とは一般人のようなのんべんだらりと過ごす時間ではない。
 年の初めを華々しい収入を持って飾る、正に稼ぎ時なのだ。
 それは悠人も、毎日バイトで忙しい中、せめて正月くらいは佳織とゆっくり過ごしてやりたいと思わないではない。
 しかし、背に腹は変えられぬ。
 人間、食わねば生きていけないのである。
 この理論で言えば食っていけさえすればよいのだから、それこそ食費を削り、つつましいながらも佳織と一緒に過ごすのが本当であるように思われる。
 しかし高峰悠人という人間にとって、周りの人間が華やかに正月を迎える中、やはり自分の妹にも同様にそれをしてほしいと思うのは、やや立派過ぎるかもしれないが、兄としてどうしても譲れない一線であった。
 かくしてここ数年は、自分は初詣に行かず、佳織には今日子や小鳥と一緒に行ってもらっている。
 光陰は光陰で、そもそも自分の家が寺である。どこぞの他の神仏のところに詣でる必要があるはずもない。
 それどころか、その自分の寺における初詣こそが、この男の新年を飾る最初の大イベントである。
 参拝客の中の可愛い女の子を物色しては、それこそ余計なお世話も省みずに自らボディーガードを買って出たり、あわよくばこの機会にお友達から始めるべく、電話番号やメールアドレスを聞き出したりと忙しくなり始める頃、いつもタイミングを見計らったかの様に出現する今日子に見つかって折檻を受けるのが恒例なのであった。

「ね、ね。行こうよ、初詣」
「て言ってもなあ……おい悠人、この辺にそういうところってあるのか? できれば可愛い女の子が集まりそうなところがいいんだ……ガッ!?」
「いや……俺も知らないな。なにしろそんなこと気にかけて街を歩いたことなんてなかったし……なあ、エスペリア、この辺でお寺とか神社ってあるか?」

 余計な一言を発してハリセンを食らう光陰。
 悠人はもはや突っ込むのも馬鹿らしいとばかりにその様子をサラリと流して、お茶のお代わりを持ってきたエスペリアに問う。

「ジンジャ……ですか?」

 聞き慣れぬ言葉に、キョトンとオウム返しをするエスペリア。
 可哀想に、このお正月企画が始まって以来、それまで触れようはずも無かったハイペリアの文化に触れてずっとこの調子である。

「ああ、悪い。なんていうかさ。神様を奉った……建物? そんな感じ」
「あ、はい。それならあるはずですけど、何か御用がおありなのですか? それでしたら、私が代わりに行って参りますが」
「ああ、違うんだ。ハイペリアじゃ初詣って言って、新年を迎えると皆そこに行ってその年一年間の健康なんかを願う習慣があるんだよ。今丁度今日子たちとそういう話しててさ」
「へ〜、面白そう」

 別の方向からの声に振り返ると、いつの間に来ていたのか、オルファが話しに聞き入っていた。
 そのまま悠人の膝に乗ると、エスペリアに自分のお茶を注文する。
 エスペリアはそんなオルファに初め注意しようとしたが、苦笑しながら手を振る悠人の仕草に言葉を引っ込める。
 悠人やレスティーナの意識改革は、徐々にだが、頑なとさえ言えるエスペリアにも浸透しつつある、ということだ。
 だから今エスペリアの困ったような視線に乗っていたのは、「甘やかすのはよくないのですけれど……」と言った意味合い程度のものである。
 ついでに言うと、反対側から突き刺さる、あまり意味を知りたくない光陰の生暖かい視線と今日子の冷たい視線は無視していい。

「だからさ。この近くにあるんなら、皆で行こうと思うんだ。なんならエスペリアも行こうぜ。まあ大して面白くもないかもしれないけど」

「はぁ……」

 悠人の説明に、困ったような表情を浮かべるエスペリア。

「どうした?」
「いえ、私達が普段祈りを捧げるのはマナと神剣にですから、そう言った場所については詳しくは知らないんです」
「あぁ……そうか」
「お力になれずに、申し訳ありません」
「いや、いいよ。しかしそうするといよいよ手詰まりだな、こりゃ」
「ねえねえパパ」

 困り果てたところに、胸をツンツンと突付かれる。

「ん? どうした、オルファ?」
「ん〜とね。オルファ、思うんだけど」
「何が?」
「あのね。だったら、竜さんがいたとこなんてどうかな」
「あ……」

 意外な提案に、なるほど、と口のなかでこぼす悠人。
 魔竜サードガラハム。
 ファンタズマゴリアに召喚されてすぐの頃、まだスピリット隊のメンバーも充分に整っていなかった時に、悠人とアセリア達は先王の命に従ってその討伐に向かった。
 恐るべき強さを秘め、そして片鱗しか窺えなかったものの、人間など遥かに超えるだろう知性を感じさせた偉大なる竜。
 確かにあの竜がいた洞窟ならば、初詣先としても申し分はない。

「ん、なんだなんだ悠人。なんか面白そうだな」
「ああ。知ってるかも知れないけど、前に俺達は竜を倒したことがあるんだ。オルファがそこの洞窟ならどうかってさ」
「あー。確かにそう言えばマロリガンで聞いたことあったわ。ラキオスのエトランジェが竜を退治したって。あれ、ホントだったんだ」
「それにしたって、俺一人でやったわけじゃないぞ。一人で行ってたら確実に死んでたよ」
「そりゃそうでしょうけど……でも悠、アンタそんな顔して竜殺しなんて、とんでもないことやってんのね」
「別に、俺だってやりたくてやったわけじゃないさ」

 今日子の言葉に、少し腐る悠人。
 無論今日子からすれば、竜を退けたと言う悠人の強さに対する純粋な賞賛なのだが、自らサードガラハムに止めを刺しその最期を見届けた悠人からすれば、あまり持ち出して欲しくない話題である。
 その気を知ってか知らずか、光陰も興味深そうに話に乗ってくる。

「なるほど、竜の寝床か……確かに、霊験がたんまりとありそうだな」
「でもなあ……今から行くのか? 結構距離があるから、神剣の力を使って走っても、日暮れまでに戻ってこれるかわからないぞ?」
「う……そりゃちょっとしんどいかも」
「じゃあじゃあ、オルファが行ってくる!」

 ウダウダと言い合う中、やおら悠人の膝の上でそれを聞いていたオルファが片手を挙げて言う。

「……行ってくるって、これからか?」
「うん!」
「てオルファ、今の話ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよ。でもオルファ飛べるもん。急いでいってくれば、多分一時間もかからないよ」
「飛ぶってまさかオルファ、一人で行く気か?」
「大丈夫だよパパ。オルファ、ちゃんとパパやエスペリアお姉ちゃんたちも元気で過ごせますようにってお願いしてくるから」
「そうじゃなくて! 一人じゃ危ないだろ!?」
「ぷ〜。オルファ子供じゃないもん!」
「そういう問題でもなくて! 途中に敵がいたらどうするんだ!」
「あ、うん、わかった。じゃあ途中に敵さんがいたらちゃんとやっつけてくるから、期待して待っててね、パパ。じゃあ行って来ま〜す!」
「お、おいこらオルファ、待てって! ああもう! エスペリア、ちょっと行ってくる!」
「はい、お供します!」
「いや、いい! たかが洞窟に初詣だ!」
「え、ですが、ユートさま!?」
「留守番頼む!」

 文字通り飛び出していくオルファ。
 事態に付いていけず、呆然とカップを手に椅子に取り残される今日子。
 自分もオルファを追おうとしたエスペリア。
 そこを半ば強引に押さえ、あたふたと『求め』を握って走り出す悠人。
 悠人は走りながら思う。
 こうしてスクランブル(緊急発進)を余儀なくされるのも昨日から数えればもう二回目である。
 おかしい。ここは戦地ではなくラキオス本国で、今は戦闘中ではなく休暇中の身であるはずなのに。
 一体何故なのだろう?
 そして隣を見れば疑問がもう一つ。
 颯爽と『因果』を肩に、ピタリと悠人に足並みをそろえて走る碧光陰。

「……なあ、光陰」
「なんだ?」
「なんでお前まで走ってるんだ?」
「馬鹿言え。可愛い可愛いオルファちゃんが危険にさらされるかもしれないと知って、黙っていることなんてできるか」

 何がおかしい、と当然の面持ちで答える光陰。その表情には、疑うことのない自分と、自分の思想に対する自信がありありと見て取れる。

「……言っとくけど、これから先もオルファに手を出すなよ」
「おいおい悠人、みっともないぞ。お前は佳織ちゃんと言うものがありながら、さらにこの俺からオルファちゃんまで奪おうと言うのか? なんて独占欲の強い奴だ」
「誰も独占したいなんて言ってないだろ!? それにいつ、誰が、どこで、お前から、何を奪った?」
「……うこ」
「え……?」

 売り言葉に買い言葉、のつもりで発せられた問い。
 しかし光陰は悠人の方を見向きもせずに、突然、それまでとは違った冷ややかとさえ言える一言を告げる。
 悠人は、ギクリとする。
 はっきりとは聞こえなかったが、光陰はなんと言った?
 自分の聞き間違えでなければ、今確かに……

「今日……子……」
「ん? どうした悠人。今日子がどうかしたか?」
「あ……いや、多分帰ったら仲間外れにしたって、またしばかれるだろうなってさ」
「フン……そうだろうな」

 つとめて普通を装いながら答える悠人。
 対して光陰は……これは光陰だからなんとも読めないが、あの冷ややかな声もどこか、いつもの口調で、苦笑しながら言う。
 そして走る、無言の二人。
 ……いや、よくよく聞いたら無言ではなかった。
 光陰は走りながらも真剣な目で何かをブツブツと呟き続けている。
 悠人は内心その内容に恐れながら、焼けた鉄にも触れる思いで耳を澄ましてそれに聴き入る。と……

「光陰……?」
「むぅ……しかし悠人がパパなら、俺は……? 確かにオルファちゃんのような可愛い子に『光陰お兄ちゃん』と呼ばれるのは俺の夢だ。だが良く考えてみると『光陰パパ』というのも……」
「…………」
「『光陰お兄ちゃん』、『光陰パパ』。あぁ、なんとも甲乙つけがたい……」
「…………」

 しかし聞けば、悠人の杞憂。光陰はまたなんとも馬鹿らしく、そして物騒な妄想を口走っているのである。
 ……果たして碧光陰という男、どこまで計り知れないのか。そしてこの疑問もこれまでで何度目になるだろうか。
 そんな馬鹿なやりとり(多分に一方的だが)をしながらも、懸命にオルファの後を追う二人。
 とは言えオルファの足は速く、館を出たほぼ直後に二人はそれを見失っている。
 正確には竜の寝床に向けて、正月の静かな道を爆走している状態でしかない。
 それでもとにかく走り、ようやく道も半分まで来たところだろうか。ついに息も足も限界を向かえ、二人はヘナヘナと座り込み小休止を取る。
 ゼェやらハァやら、むさ苦しい息を吐き続ける野郎ども二匹。
 ↑ なんとも不快感ただよう一文を記したことを深くお詫び申し上げておく。
 とそこへタイミングよく、視界の隅を、上空を駆ける赤いものがよぎった。
 首を廻して見やれば、こちらへと戻ってくるオルファリルである。
 さすがはオルファ、速いな……などと感慨に更けかけたが、よくよく見れば何やら様子がおかしい。
 表情までは見えないからどこがどう、とは言えないが、何かに慌てているような様子である。
 そしてそのような目で見れば、駆ける速度も、「ちょっと初詣の帰り」というには、やはり尋常を越している。
 ――もしや、敵か!?
 その認識に至るや、いまだ息も整わないながらも、二人はガバリと立ち上がる。
 そして大声と真剣の気配でこちらの居場所を告げると、それに気付いたオルファが勢い良くトップアタックをかました。
 風圧で、もうもうと湧き上がる砂埃。
 しかしそれに構わず駆け寄ると、悠人は自分と光陰の背の間にオルファを挟み込む。
 オルファを守る態勢をとりながら、しかし悠人は隊長として厳しくオルファを叱責した。

「オルファ、だから一人じゃ危ないって……! 光陰、敵はどこだ!?」
「わからん。なんの気配もない。よほどの手練(てだれ)か……チッ、こりゃちょっとやばいかもな」

 方や光陰も、すでに神剣を構えてあたりを探っている。
 その顔に不敵な笑みを浮かべながらも、それはその背にオルファの乱れた息遣いを感じてではない。やはりは彼も歴戦のエトランジェの一人なのである。
 しかしその表情とは裏腹に、額に運動によってではない、冷たい汗を浮かばせるほどの事態。
 なにしろ幼いと言ってもラキオスのスピリット。オルファが霧に還した敵は、既に百人を下らない。
 それがこのように息を切らせて遁走するような相手。それがもし近くに潜んでいるならば――
 緊張感だけが静かに高まっていく。

「ハァ……ハァ……ねえ、パパ」
「オルファ、怪我は!?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そりゃ良かった。それよりオルファちゃん、どの辺でどんな敵に襲われたか、教えてくれるかな」
「敵さん? いないよ、そんなの」
『へ?』

 ようやく一息ついて話が出来るようになったオルファ。
 そのオルファを見もせず、あたりに気を放ちながら尋ねる二人は、しかし返って来たオルファの言葉に間抜けな返事を返す。
 ……敵など、いない?
 無論この時点でオルファが嘘をつく必要などないのだが、しかしそれでは先程のオルファの様子は、どうにも説明がつかない。
 困惑しながらも警戒を続けるエトランジェ達。しかし、どれだけ探ってもやはり敵の神剣の気配は認められない。
 しばらくそうしていただろうか、どうやら本当に敵がいないらしいことを確認すると、悠人は『求め』を鞘に収めてオルファに向き直った。

「敵がいないって……そうみたいだけど、だったらオルファ、どうしてそんなに慌てて戻って来たんだ?」
「んとね、あのね! それが凄いんだよ、パパ!」

 息を整えたものの、思い出すと再び興奮したように告げるオルファ。

「オルファね、竜さんの洞窟に行ったんだけどね、そしたらこれが落ちてたの」

 言いながら、手に握った青い光輝を放つ石を差し出すオルファ。
 ――マナ結晶だった。
 それを見て、ようやく二人も合点がいった。
 聞き真似に面白そうと初詣に出かけて、見つけたものがマナ結晶体。オルファが慌てふためくのも無理は無い。
 なにしろ滅多に見れるものではないのだ。実際に何度か見たことがある悠人も、まさかこの場で、と驚きの表情を隠そうともしない。
 そしてそうすれば一言お灸を据えてやろうと思っていても、これでは怒るわけにもいかなくなってしまうのである。

「ハ……ハハ……そうか、マナ結晶か。そりゃいくらオルファでも驚くよな」

 目の前の物体に心身の緊張を解かれ、先程のフルパワー・ランの影響もあって再びヘナヘナと座り込む悠人。
 その悠人に、オルファは少し悲しそうな顔で続ける。

「でもね、オルファ、これ見つけたらビックリしちゃって、パパやお姉ちゃんたちが元気でいられますようにってお願いしてくるの忘れちゃった……」
「いいさ、そんなこと。それにほら、これがあれば俺たちは十分に元気でいられるって」

 悠人はそんなオルファの頭に手を伸ばすと、優しくなでながら言う。
 それもそうである。これは例えば初詣に行って、諭吉さんで分厚くなった財布を拾った、などという即物的な話ではない。
 命の力が詰まったマナ結晶である。言わば健康とか元気とか、そう言うものを凝縮して形にしたものなのだ。
 息災を願いに行って見つけたのがそれならば、充分すぎるほどの成果である。
 悠人に頭をなでられながら、オルファはパッと表情を一転させる。

「本当!?」
「ああ、もちろんさ」
「しかし、初詣に出かけてマナ結晶か。こりゃ、やっぱりオルファちゃんが普段から可愛いから、神様がプレゼントしてくれたのかもしれないな」

 光陰も滅多に見ない結晶に感心しながら、同様にオルファの頭に手を伸ばす。
 純真なオルファは、恐らくその手に込められただろう下心なんぞには気付くはずもなく、ただ気持ちよさそうにその感触を楽しんでいた。
 しかし常識的な意見をいうなら「普段から可愛い」ではなく、「普段からいい子」とするのが正しい言葉の使い方のはずなのだが……?
 とまれ、かくて悠人はなし崩し的にオルファの単独行動を許す結果となり(光陰に至ってはただベタ褒めするだけだったが)、三人仲良く帰途に付くこととなった。
 そして館に到着すれば、やはり心配と苛立ちで眉を上げ下げさせて待っていたエスペリアも、同様に叱責の矛先を失うこととなったのである。

 報告。急ではあるが領内の探索をしたところ、リクディウス山頂の洞窟でマナ結晶体を発見した。探索に赴いたスピリットにも、格別の慰労をされたし。なお詳細は口頭で報告するため、書面では割愛する。


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