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「お正月、ですか……?」
「そう。レスティーナの許可も取った。だから、皆でパーッと騒ごう」

 スピリットの館に戻った悠人は、早速隊の全員を集めると、このことを報告した。
 突然の企画を聞いて、スピリットの反応は多様である。
 面白そう、と今からはしゃいでいるのは、オルファを初めとする幼いスピリット達。
 セリアやウルカと言った比較的年長のスピリット達は、何を言い出すのかと怪訝そうな顔をしている。
 アセリアは……特にこれと言って反応を示さないのはいつものことであると、悠人は勝手に結論づけた。
 対してエスペリアは、なんとも渋面を作って答えにつまる。
 悠人にとっても、彼女の考えていることは少しは想像がつく。
 スピリット隊副隊長を務めるエスペリアからすれば、戦時下におけるそのようなイベントに対して、やはり戦略的な不安感があるのだろう。

「よろしいのですか、ユートさま?」
「大丈夫だって。なんたって女王陛下の御墨付だ。誰にも文句は言わせないさ」
「ですが……」
「いいんじゃないか、お正月。俺が言うのもなんだが、マロリガン戦も決着がついたんだ。少しくらいゆっくりしてもバチは当たらないさ」

 なおも言い返そうとして言葉に詰まったエスペリアを、横から宥めたのは碧光陰である。
 ハイペリアにおける悠人の古い馴染みで、悠人に巻き込まれるようにしてファンタズマゴリアへと召喚され、つい先日まではマロリガン共和国――敵のエトランジェとして神剣を握っていた。
 しかしそれももはや昨日のこと。再び仲間となった今、持ち前の軽い口調とその裏にある深い配慮や洞察力は、昔と変わらずこう言うときにこそ重宝する。

「そうね。毎日戦いと訓練ばっかじゃ、息も詰まるってもんよ。アタシは賛成。パーッと、皆で騒ぎましょう!」

 言葉尻に乗っかるように、今日子が賛同する。彼女も同じくマロリガンのエトランジェとして剣を振るっていたが、こうして神剣から解放された今となっては、元のお祭好きな女子高生のノリ全開である。
 この二人の言葉を受けるように、周囲のスピリット達の反応も高まっていく。
 そのなかでただ一人エスペリアだけが、いまだに困惑の表情を浮かべていた。

「な? やろうぜ、エスペリア」
「はい。ユートさまとレスティーナさまがそう仰るのでしたら、私に反対する理由はありませんが……」
「大丈夫だって。前線にも交代で当直を置くし」
「いえ、そうではなくて……その、実は私達は、お正月を祝ったことがないんです」

 軽くない曇りを含んで、エスペリアの声は言う。
 それは悠人にとっても予想された答えではあったが、やはり面と向かって告げられると、多少の憤りのようなものを覚えた。
 もちろんそれはエスペリアに対してではない。
 エスペリア達にそのような生活を強いてきた、これまでの人間達に対してである。
 戦時下、警戒態勢を大幅に緩めること。
 たとえそれがレスティーナ女王の後押しによって許されたとしても、その間にみんなで祝う、などということをした経験がない。
 几帳面なエスペリアにからすれば、そのような事態に対して戸惑いを覚えるのは当然のことだろう。
 ――楽しみ方さえ、知らない。
 エスペリアの言葉に、次第に心が沈んでいく悠人。
 その雰囲気を打ち破り、悠人にも言い聞かせるように、再び光陰が言う。

「だからさ、エスペリア。どうせこの戦いが終われば、ずっと平和な毎日が続くんだ。今からその練習しておいても、損はないと思うぜ」
「コウインさま、それは……はい。その通りです」
「なに、知らないっていうんなら、俺達が教えるさ。まずお正月と言うのは、可愛い女の子達が皆水着になって大水泳たいか……イッ!?」

 光陰に最後まで言わせず、神剣の力を利用した、正に神速とも言える技で、今日子が光陰にハリセンを振り降ろす。
 足首、膝、腰、肩、肘、手首のスナップをすべて連携させ、最大の力学効果を持って振り下ろされたハリセンは、さらに『空虚』の雷撃の力も合わせて、光陰の身体を真っ直ぐ脳天から捉えた。

「……アンタみたいなのが、外国に行って間違った日本文化を植え付けるのよね」

 もしもそれが刀であったならば、さながら血を払うかのようにハリセンを振り払う今日子。
 結果、光陰は物言わぬ人形と化し、ヘナヘナと床に崩れ落ちる。
 ……つくづく無駄な力の使い方である。
 ともあれ、良いか悪いかは別としてこれは日常茶飯事だ。
 恐らく光陰も5分もすれば生き返るだろう。
 それに、この漫才のおかげで場の雰囲気も回復したのである。彼の犠牲を無にするわけにはいかない。
 と思ったかどうかは知らないが、崩折れた光陰に一瞥をくれると、悠人は自らの気分を高めるように、大きな声で宣言した。

「とにかく、俺達は正月休暇を取る。まあ、わからないんなら今光陰が言ったみたいに俺たちが教えるしさ。ちょっとは俺たちの世界の流儀になるかもしれないけど、皆でパーッと楽しもう!」
『オォーッ!!』

 一斉に、目の前のスピリット達から賛同の声が上がる。
 たかだか休暇をとるのにこの士気の高さは、軍隊としていかがなものか、という懸念もあるが、しかし悠人はその部下達を見て、やはり楽しいお正月にしようと心に決めた。
 ただ一人エスペリアだけは、いまだ白目で瞼をひくつかせる光陰を、オロオロと心配そうに見下ろしていた。


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