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「――休暇、ですか?」
「ああ。ほら、もうすぐこっちの世界も年が変わるだろ? 俺達の世界だとそれを『お正月』って言って、皆で祝うんだよ。だから皆にもこう、パーッと騒ぐことを許して欲しいんだけど」
「それは、こちらの世界も同じですけど……それより、大事な話というのはそんなことなのですか?」

 場所は、ラキオス王城中庭。
 既に人払いをしてあるので、悠人もいつものようにくだけた口調でレスティーナに話し掛ける。
 片やレスティーナと言えば、大事な話があると呼び出され、その上人払いまでさせられて何事かしら、と不安や期待が入り混じる中用件を告げられ、ガックリと肩を落とした。
 落ちているのは肩だけではない。
 うっすらと色の昇った頬からは途端にやる気が抜け、どこか遠くを眺めると「あーもうやっぱり……」などとブツクサこぼしている。
 そんなレスティーナの様子などお構いなく、悠人は話を続ける。

「そんなことってなあ……正月だぞ? 正月。大事なことだぜ?」
「確かに大切かもしれませんが、それでもそんなことです。このような用件を伝えるためだけにわざわざ人払いをさせたのですか?」
「いや、だって他のやつらがいるところじゃ、こんな話し方できないだろ?」
「それにしたって、紛らわしすぎます! ……まったく、期待した私がバカみたいじゃない……」

 もちろん、後半は悠人には聞こえない小声である。

「レスティーナ、何怒ってるんだ?」
「私は怒ってなんかいません!」
「いや、怒ってるだろ、それ。確実に」
「怒ってないと言ったら怒ってないんです! それで! そのお正月というのはどういう話なんですか!?」
「ああ……いや、うん。あのさ、去年の今ごろって、まだ結構小競り合いしてただろ? サルドバルトと一悶着あったりとか」

 レスティーナが怒っているのは悠人の目にも明らかだったが、しかし迫力に押されて悠人はそのまま本題に入ることにした。
 もちろん自分がその原因であるなどとは想像もしない。
 仮にこれが碧光陰であったならば、「なんだ、あの日か?」などと余計なことを口走って平手を食らい、交渉決裂に至ったかもしれない。
 ともかく、悠人が持ち前のヘタレ、もしくは朴念仁ぶりを発揮することによって、この場は割りとこともなく進むことになる。

「ええ、そうですね」
「それでさ、まあ俺もファンタズマゴリアにも同じ様な風習があるって言うのは知ってるんだけどさ。ほら、戦争中だった、ってことは、その……」
「……なるほど」

 言いよどむ悠人の言葉を汲み取って、レスティーナが頷く。
 戦争中である、というのは、常にスピリット隊は臨戦態勢に置かれる、ということである。
 現在大陸中に散らばっている国は、すべて聖ヨト王国から分裂して発生したものである。
 だから、暦もすべての国で共通している。
 そのため、年末等、共通した暦の折り目に至れば、例え戦争中であっても、緊張感は緩和する。
 それは、スピリットにも仮に休息の時間が与えられるということである。
 しかしながら、そこにスピリットを休ませてやる、などという思いやりはない。
 すべては、人間のため。
 ただ防衛や前線指揮に当たる人間の軍人を、「スピリットの管理」というわずらわしさから介抱するというだけのものでしかない。
 また、仮に与えられるとは言え、それは戦時下であるという状況そのものが変化することではなく。
 双方ともに警戒が緩むと言うのであれば、多少自軍に無理をさせてでもそこを突くと言うのは、当然の戦術である。
 つまり事実上、スピリットには、完全に安息の時間が与えられることはない。
 人間が安穏と新年を祝う中、スピリット達はいつ来るか分からない攻撃命令や敵の襲撃に神経をすり減らさなければならないのである。
 そしてそれはこの世界においては、なんら疑うことのない常識でもあった。

「こんな場所に呼び出したってのもさ。ほら、レスティーナが頑張ってくれてるのはよく知ってるけど、それでもまだこの国でも、スピリットって言うのは……」
「確かに、そうですね」

 言うなれば、悠人の持ち出した提案もまた、規格外に過ぎるものなのである。
 確かに脅威の一つ、マロリガンを制圧したとは言え、それは大陸南部に陣取るサーギオス帝国の勢力が小さくなったと言うことではない。
 それどころか、彼の国はラキオスがマロリガンとの戦争で疲弊する中、着々と国力を高め続けてきている。
 対してラキオスは、併合した各国の再整備や、新たにラキオススピリット隊に配属となったそれまでの敵スピリット達の訓練などにも力を割かなければならない。
 この世界の戦争体系とレスティーナの新領への比較的な善政から、人間の軍隊によるレジスタンス(抵抗)活動がほとんど起こっていないことは幸いだが、それでも今だ国中が混乱する中、サーギオスからすれば、今こそがラキオスに攻め入る絶好の好機なのだ。
 その中で、スピリット達への年末年始の休暇。
 それも人間と同じ様に騒ぐことを許せ、というのだ。
 確かに今だスピリット達への偏見が強い中、どこに耳があるかわからない王城の中では、しにくい話である。
 レスティーナは、しばし顎に手を当てて俯く。先程の、男にとってエイリアンたる思春期の女性とはまた違った気難しさが、その表情に浮かんでいた。
 その顔に提案した側の悠人も、どこかソワソワとなって女王の言葉を待った。
 と……

「解かりました。許可しましょう」
「へ?」
「スピリット達にも、年始を祝うことを許そう、と言ったのです」

 しばらく厳しい顔で黙考すると、しかしレスティーナはあっけらかんと、そう言い放った。
 自然、「やはりダメか……?」等と半分諦めモードに入っていた悠人は、肩透かしを食らったようになる。

「いや、いいのか?」
「何か不満が?」
「そんな、不満なんてある訳がない! 許可をもらえたのは嬉しいよ。でも、本当にいいのか? 俺はてっきり、戦時下で何言ってるんだって却下されると思ってたんだけど」
「だからこそ、です。いいですか、ユート。確かにこの国は、一つ大きな戦争を終えて疲弊しています。敵から見ればまさに今こそが好機でしょう。しかしながらここで守りを固めてばかりでは、ますます敵を増徴させるだけです。ここは一つ、多少虚勢ではあっても私達の士気が高いことを見せ付けるのは、確実に防衛戦略の一つとなりえます」
「はぁ……」

 悠人は思わず嘆息する。
 単なる思い付きの、それもスピリット達にも年始を祝って欲しいとだけ思ってした提案。
 それを瞬時の内に国策、防衛戦略にまで高めてしまうレスティーナの思考の鋭敏さ。
 生まれついての王族ということを差し引いても、レスティーナの才覚には感心するしかない。

「まあ、というのも半分は建前ですけど。こういう名分があれば、反対する者もいないでしょう。本心を言えば、私も掛け値なしにその提案には賛成です。スピリット達もこの国の民なのですから、新年を祝うのに彼女達がそれをしてははいけないなどと言うことはあってはなりません」

 ところがそんな悠人の感心をよそに一転、しごくあっさりと手の内を明かすレスティーナ。
 ふと見れば、すでにそれまでの、軍事最高司令官としての表情も緩んでいる。

(敵わないな……)

 こう何度も立て続けに度量の広さを見せ付けられれば、悠人もそう思わざるを得ない。
 しかし、悪い気分ではない。
 それより今は許可をもらえたことで、その気分は早、既に燃料ブースター切り離しと言った感である。

「人間もスピリットも同じだと言う思いは、私も同じなのですから」
「うん、そうだな。ありがとう、レスティーナ」
「ただし」

 一転、再び為政者の顔に戻るレスティーナ。

「最低限の警戒は続けてください。少なくとも、前線が空になることはないように。羽目を外しすぎることも許しません」
「ああ、解かった」
「それから」

 皆にこのことを報告しようともはや浮き足立っている悠人を、再度レスティーナは呼び止める。

「まだ何か?」
「当然です。王城でも年賀の儀があります。ユート、あなたはそれに参加するように。可能ならばアセリア達、スピリット隊の主な面々にも参加してもらいます」
「……それって結局、やっぱり正月も仕事しろってことか?」
「忘れたのですか? 人もスピリットも同じ。人間の兵士にも詰め所や巡回で年を明かす者もいるのですよ。それに……私も」
「……あ」

 言われて、悠人もハタと気付く。
 確かに年賀の儀……平たく言えば国民に対しての挨拶と王城内でのパーティーだが、それもレスティーナにとっては仕事である。
 当然加減はあるだろうが、年始ということも含めれば、そのパーティーは自然、無礼講となろう。
 とすれば、酒と場を利用して怠惰に慣れきった臣下たちが、ここぞとばかりにレスティーナに対してチクチクと嫌味や不平をぶつけてくるだろうということは、容易に想像できる。
 それでは日頃から大小の雑事に忙殺されているレスティーナにおいては、年始といえども心休まる暇もあるはずがない。
 そこへ今だ嫌悪と畏怖の象徴である自分やスピリット達が彼女の傍にいるならば、彼女にとって多少の楯になりうるだろうこともまた、想像に難くないのである。
 無論そのような臣下は悠人達が列席することに気分を害するかもしれないが、それでもレスティーナにとって彼らよりも遥かに気心のある自分達とともにいることは、やはり確実に気も楽になるのであろう。
 と、ここまでは、悠人の介錯。
 大方にしてそれは外れてはいないが、こと義妹によせる思い以外は木の又から生まれたと言っても通じそうなほどの朴念仁。
その言葉の裏にある女王ではない一人の少女の淡い想いなどに気が向くはずがないのは、もはや自明の理とまで言っていい。

「わかった。それじゃ、俺このこと皆に伝えてくるわ。サンキュな、レスティーナ!」
「あ……」

 結果として悠人は、少女に対して何気なく、女王に対してはあまりに軽軽しくその肩を叩くと、颯爽と自分達の家へと向けて中庭から駆け出していく。
 後に残されるレスティーナはただ、その甘いとさえ言える衝撃に初め顔を赤らめ、そして眉を上げたり下げたりと表情を変化させ、かと思えば次に足下の石ころを小さく蹴飛ばしたかと思うと、最後に「む〜……」などと誰にも聞こえないような唸り声を漏らすだけなのであった。


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