作者のページに戻る




Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第五話 「 訓練=修行 - 中編 - 」



朝食における訓練はひとまず終わり、無事に食べる事が出来たスピリット3人。
たった1個ずつではあったが、それでもやり遂げた充実感に腹を満たしていた。

朝霧は日が昇って上昇した気温によって完全に消え去り、これから昼へと向かう。

「朝飯も食った事だし、次の訓練に入る」

その日の元でグレンはスピリットたちの次に訓練を言い渡すも、それはある意味奇妙な訓練内容であった。

「あの、レイヴン?」

「何だ」

「これは何なんでしょうか…?」

リアナはグレンの背中から質問をする。
リアナだけでなく、レイナもグレンの腕の中で抱えられている状態であった。

「これからフィリスのウイングハイロゥの飛行訓練だ。
二人にはハイロゥ展開時のフィリスのエーテル循環を感じ取って今後の参考にして貰う」

その当人であるフィリスは傍らでクルクルとその場で周りながら、背中に張り付くように展開している翼をしきりに動かして楽しんでいる。
先程までは、フィリスの背中にはそんな翼は存在していなかった。それはスピリットの色ごとにおける特性でもある。


――ハイロゥ。
それはスピリットの色ごとの特性に合わせたかの様に、戦闘時などに発生する顕現化現象である。
スピリットは、色ごとに自身の体内エーテルの循環方法が異なっている。

ブルーとブラックスピリットは流れが放射状であるため、自身の後ろに翼という形で顕現してスピードのある機動を可能としているウイングハイロゥ。
赤スピリットは流れが螺旋で円形の動きである。それ故に自身の周りを回る球体という形で発生し、神剣魔法を詠唱時の円の魔法陣の展開をサポートするスフィアハイロゥ。
グリーンスピリットはエーテル循環でエーテルの集束運動が可能で、空間上で集中させて一枚の円型の盾を展開させる事が出来るシールドハイロゥ。

色ごとの特性ではあるが、色が異なっていたとしてもレッドスピリットが翼を展開できる事は可能である。
しかし特性の違いもあってその運用は難しく、そしてあまり効果的ではないので運用されないないのであまり知られていない。
ましてやイースペリアと緊張状態のダーツィでそんな事に費やしている余裕もなく、実際どれほどの効果があるかは実証されてはいない。



「いえ、そうではなくてですね。…何故レイヴンがわたしたちを背負うのですか?」

色が異なっているとはいえ、スピリットの体内エーテルの循環を観測する事自体にリアナは疑問は持っていない。
むしろそれを行う上で、彼が自分とレイナを抱えている事に何の意味があるのか全く理解出来無いのであった。

「見ていれば直ぐにわかる。フィリス」

グレンはその一言で締めくくり、今から訓練するフィリスを呼んだ。

「昨日の続きをするぞ」

「はいっ」

グレンはレイナを抱えつつ、その手に持っている棒の様なものを両手で掴む。
その棒は、灰色とも銀色とも表現し難い光沢をもっており、まるで鉄の金属の様である。
棒は丸く、中が空洞で軽そうに見える。それでいて片方の先端は、直角に屈折している。
その曲がり方は、見る者が見れば“凶悪”にひん曲がっている、と感じて恐怖する代物。

言ってしまえば、それは『鉄パイプ』である。
リアナとレイナを抱える前に背中から取り出した新たな一品であり、その長さはグレンの背中からはみ出していても可笑しくない長さである。

フィリスはその鉄パイプを両手で掴み、そして背中のウイングハイロゥは大きく広げる。
そのハイロゥの翼はまだまだ小さく、何度もパタパタと動いてフィリスの身体をなんとか浮かせる。

「もっと落ち着け。体内のエーテルを感じて流れを乱すな」

「うみ…!」

グレンの言葉に翼の動きは鳥の様に大きく羽ばたくように動き出す。それでもまだまだ動きはぎこちなく、ぱたぱたしている。
リアナとレイナは、間近でフィリスの展開してるウイングハイロゥとフィリス自身のエーテルの流れを観察する。

フィリスの今のエーテル循環は凄い事になっている。体内エーテルが世話しなく動きいており、特に背中と両腕に集中している。これは背中のハイロゥと掴んでいる鉄パイプを意識しているためである。
そして肝心のハイロゥへのエーテル供給とも言える循環があまりされておらず、羽ばたかなくても浮く事が出来るハイロゥの能力は発揮出来ない。
それに加えて、全身のエーテルの流れもかなり乱れており、戦闘において局部の能力が低下してしまって戦えなくなる。
フィリスは浮く事を意識しすぎてしまっているために、逆効果となってしまっている。俗に言う『力んでいる』である。

「このまま“飛ぶ”ぞ」

「うみっ」

「「……?」」

リアナとレイナはグレンの言った意味が理解出来なかった。ただ一人、フィリスはその言葉に気を引き締める。

(『凶悪』、いくぞ)

【………】

グレンの脳に直接、肯定の意志が感じられる。それは純粋であり、澄んでいた。

―― バサッ

「「――!」」

その直後、グレンの腰から真紅の翼が左右に大きく広がる。
リアナとレイナは、その翼を見て驚愕の表情を見せる。

一対のその翼は、まるで古代の空を飛ぶ恐竜の様にシンプルであり、それでいて優雅であった。
局部のラインは深紅で黒に近く、真紅に広がる腹は半透明で翼の向こう側が僅かに見えている。

―― ファサァ…

グレンはその翼を羽ばたくように下ろすと、風を軽く巻き上げてリアナとレイナを抱えたまま浮かび上がる。
抱えられているリアナたちはその際に浮かぶ時の身構えを必要としない程、緩やかで優しい羽ばたきであった。
グレンは地面から完全に足を離し、ほんの少しだけ浮いて鉄パイプである『凶悪』を掴んで自ら浮こうと頑張っているフィリスを見る。

「このままゆっくり移動する」

「〜〜〜みっ!」

フィリスはあまり聞いておらず、浮く事に集中している。

「リアナ。しっかり捕まっていろ」

「―――は、はぁ…」

ウイングハイロゥとは違う。そして全くのマナを、エーテルを感じないグレンが広げている翼に呆気にとられているリアナ。
グレンの問いかけに気の抜けた返事をしているが、彼の腕の中にいるレイナもリアナと同じような状態であった。

―― フワッ…

その真紅の翼を前方へと傾けると、グレンの身体は仰向けなるかの様に軽く傾けてゆっくりと後退していく。
背中に背負われているリアナは少し落ちそうになった事で正気を戻し、慌ててグレンに掴み直した。

「…はぁ〜」

リアナはグレンの腰から伸びている真紅の翼を見る。
その真紅の色は見れば見るほどに鮮やかである事が感じられる。

そしてその翼は羽ばたくことなくグレンの前方に軽く傾いており、どういった原理なのかわからない。
少なくとも、マナやエーテルの類の反応がまったく感じられないので、ハイロゥではない。
スピリットであるリアナがグレンに密着しているのに全く感じられないのだから間違いは無い。

「………」

「リアナ。これも訓練だ。しっかりフィリスのエーテルを感じとけ」

「! は、はい」

グレンはフィリスを見たままリアナを注意する。
リアナはそれに慌てて返事をし、フィリスのエーテルを感じ取る事に集中する。

フィリスのエーテル循環は、先程に比べれば全体のエーテルの流れは安定してきていた。
だが、それでもまだまだ循環は安定しておらず、目まぐるしく流れている。

「リアナ。どうだ? フィリスのエーテルの流れは」

「はい。――先程に比べれば、良くなっていますが…それでもまだ安定してません」

「レイナはどう感じた?」

「――力み過ぎ…?」

「そうか」

グレンは二人の意見を聞き、そして自身でも感じているフィリスの体内循環エネルギーを感じ取る。
今のフィリスはいわゆる軽度の興奮状態であり、冷静な判断が細かい所には気を配れない状態である。

「……ふむ」

グレンは少し考える。

「――うみ〜〜」

懸命にハイロゥを広げて浮き続けようと頑張っている。
ウイングハイロゥは落ち着いて展開し、神剣と同調すれば簡単に浮く事は出来る。
フィリスは背中に背負っている『雪影』とのリンクはしているはずである。
しかし、昨日初めてハイロゥを広げ、浮く事に意識し過ぎているためにその効果は薄めさせているのだ。

「フィリス。羽ばたくのは一旦中断しろ」

「〜〜〜…ふみ?」

「ハイロゥは大きく広げたままに」

「? はい」

フィリスはグレンに言われた通りの羽ばたくのを止め、そしてウイングハイロゥを広げたままにした。
その結果、フィリスは『凶悪』に掴まったまま宙ぶらりんとなるも、ハイロゥの効果で少し浮いてぶら下がりの状態が緩やかであった。

―― ファサァアア

「3人とも。しっかり掴まっていろ」

「みゃ〜〜〜!」
「んっ!」
「――!」

グレンは真紅の翼を大きく羽ばたかせると、一気に急上昇を始めた。
『凶悪』に掴まっていたフィリスはその煽りをモロに受け、大きな空気抵抗を体中に受けるも掴まっている。
グレンに背中にいるリアナはグレンにしがみつく事で堪え、レイナは抱えられている腕の中で丸くなっていた。

幼いとはいえ、スピリットである彼女たちでさえ堪える勢いは相当なものである。
グレンの翼は羽ばたき一回でそれを実行し、ぐんぐんと青空へとその身を昇らせて行った…。

……………

十数秒後。グレンは再びその翼をは羽ばたかせて宙で静止し、そして3人を見やる。

「フィリス。平気か?」

「うみゅ〜〜〜」

フィリスは軽く目を回してはいるものの、『凶悪』から手は離さずにしっかりとそこにいる。

「リアナ」

「大丈夫、だと思います」

しがみつきやすい背中だったため、比較的無事なリアナ。それでも慣れない浮遊感覚の直ぐ後の急上昇は堪えるものがあったようだ。

「レイナは?」

「―――少し、駄目です…」

腕の中のレイナは少しぐったりとしており、抱えられている体勢ゆえに全身で空気抵抗を受けたようである。

「…すまんな」

「――いえ…」

グレンの謝罪にも、あまりはっきりと返事を出来ないレイナだった。

「フィリス、リアナ、レイナ。周りを見てみろ」

『?』

「兎に角、見てみる事だ」

意味深かげな事を言うグレンの言葉に従って3人は周囲を見る。そして絶句。

「ふぁ〜…」
「はぁ〜…」
「――ん…」

周囲は見渡すばかりの白い雲海。雲の隙間から覗ける眼下には大きく広がる大地。
下からしか見た事の無い青い空に漂う雲。それを同じ高さから見ている事に驚く3人。
そして眼下に広がる世界に3人のスピリットは見惚れていた。

木々の一本一本が集まって形成されている森。大地に広がる草原。山が纏まって連なっている山脈。そして山脈の向こう広がる龍の爪痕。
それらが見下ろすだけで一望できる。草木の葉一枚一枚を見てきた世界が今や木々の一本一本すら判別出来ないほど広大で遥かな高さまで来ている。
優しく撫でてくれる風が髪を大きく揺らしてくる。雲はそれに導かれて雄大な空を流れていく。

空に昇る日は、こんなにも高い場所に居る彼女たちでさえも見下ろし、遥か彼方の高さから世界に光を届けてくれている。
大きく厚い雲は彼女たちの直ぐ下を通るとそこに精巧に模した影が写る。そしてその雲は日の光を遮り、大地に影を映す。

少し視界を広げると見えるちんまりとした建物の集まりが見える。ケムセラウト。彼女たちが住まい、訓練してきた街があんなにも小さい。
手をかざせば手の平にあっさりと包み込まれ、握っても視界には映らない。拳を目の前に戻し、閉じた拳を開いてもその中には何も無く、街は大地にポツンとあるまま。
大地の彼方、地平線に見えるこじんまりとした建物らしきものが見える。あれは街なのだろうか。それとも山だろうか。
あまりにも遠く、そして霞んでしか見えないそれはスピリットの彼女たちですら視認できない。

―― ファサァアア

グレンは見た事の無い光景に見惚れている3人をそのままに真紅の翼を羽ばたかせる。
超上空を流れる風に逆らわず、流れに乗って飛んでいく。

   
「 Everyday I wake-up unsure...Of the task the day will bring... 」

旋律が聞えてくる。それはとても近く、身体にも染み渡っていく。

   
「 And yesterday's disappointments...They keep reminding me 」

風は彼らを後押しするかの様に穏やかになり、そして身体を撫でる様に通り過ぎてゆく。

   
「 Tomorrow's surely coming...Just as sure as the air I breath
     But I know that I'll get through it...I have what I nead 」


「み」

フィリスはグレンを見る。聞えてくる旋律はグレンが奏でていた。
グレンは空を見上げ、降り注ぐ光の源を眺めている。

―― ファサァアア

   
( I have so far to go...And only heaven knows )

「――ふぁ〜…」

リアナは見つけた。高空を漂い飛んでいるグレンたちと一緒に飛んでいる蒼銀の鳥を。
その大きな翼を一杯に広げ、優雅に浮いている。

   
「 The sun keeps shining ( Everything is bound to change )

―― フワッ…
―― バサッ…

「――はぁ…」

真紅の翼を動かし、ゆっくりと降下を始めたグレンに並んで蒼銀の鳥もゆっくり羽ばたいて降下する。
グレンたちの周りをクルリと一周するその飛び方にレイナは思わず感嘆の声を漏らした。

   
「 And the wind keeps to blowing...But the wind blue sky

     Forever stays the same

     I've been findin'...
     that the joys in knowin'
     that the wide blue sky
     that it's never gonna change... 」


視線を戻したグレンはフィリスを見る。フィリスはグレンたちの周りを飛んでいる蒼銀の鳥に見惚れていた。
空を飛んでいる鳥が真近で、なおかつ一緒に飛んでいるのがとても新鮮に感じられるのだろう。

その鳥を見ていながらもフィリスのハイロゥはしっかり大きく羽ばたくように広がっている。そしてフィリス自身の体内エーテルも穏やかに循環している。
壮大な空からの風景と一緒に飛んでいる鳥を見るのに夢中で、かなり良好な状態になっているのに気がついていない。リアナやレイナも鳥を見るのに夢中であった。

   
( But I have so far to go...And only heaven knows )

フィリスの手を『凶悪』からゆっくりと離させる。
そしてそのままフィリスから少し距離を取る。蒼銀の鳥はフィリスのすぐ前を飛び、グレンと違う方向へ旋回していく。
フィリスは自身の背中にある翼を羽ばたかせ、蒼銀の鳥の後を追っていく。

「――あ…」

リアナが見惚れていた対象が離れた事で、フィリスは自身の翼だけで飛んでいる事に気がついた。
グレンを声をかけようとしたが、グレンがこちらをみて無言で頷いた事に納得がいった。腕の中にいるレイナも、それを見て合点がいった様である。

   
( Yes I have so far to go...And heaven knows )

――ファサァアア
―― バサァア

蒼銀の鳥が翼を広げて下げていた高度を上げる。フィリスもハイロゥを広げて羽ばたき、後を追って上昇する。
高く昇っていく一人と一羽。下に残された3人はそれを見上げ、日の光へと昇っていく眩しさにリアナとレイナは目を細める。

   
「 Not one day goes by 」
   
( the wide blue sky,the wide blue sky )

―― フワッ…

グレンは自身の真紅の翼を少し動かして高度上げる。
遠くなっていたフィリスの姿を捉えると、そこでは蒼銀の鳥の動きを真似て飛びまわっている。

   
「 Without my blue sky 」
   
( Haa... )

蒼銀の鳥が右に旋回するとフィリスも右へ。左に旋回しながらクルリと回ればハイロゥをゆっくり傾けて左に移動しながら一回転。

   
「 On which I rely 」
   
( the wide blue sky,the wide blue sky )

―― スッ…

グレンはそんなフィリスの横に並ぶ。はじめに比べるとフィリスはハイロゥで格段にうまく飛んでいる。

「――すごい…」
「………ん(こくり)」

リアナは自身でも今のフィリスの様に体内エーテル循環を感じた事が無い。
離れているため実際の循環を正確に読み取れないが、それでも今のフィリスの安定性の凄さが感じられていた。
レイナもそれに同意であったので、リアナのその漏らした言葉に肯定した。

   
「 There's hope in the wide blue sky. 」

―― フワッ…

「――ふえ」
「――お」

グレンは背中のリアナと腕の中のレイナを移動させ、両手に2人をぶら下げた。『凶悪』は既に腰に固定させている。
真紅の翼を上方に羽ばたかせてゆっくり降下させているため、二人は自分が浮いているような錯覚を覚える。

「ふわ〜」
「…ん」

グレンは水面に浮かぶ二人の手を掴んで移動している様な体勢で翼を動かして空中を泳ぐ。
その周りを蒼銀の鳥が飛び回り、フィリスも共にグレンたちの周りを飛んで踊る。
リアナとレイナは神秘的なその光景に、今日何度目かの感嘆の声をあげて心躍らせていた。

   
( Blue skies giving me so much hope )

近寄っていた大き目な雲が彼らを包む。
少しの間、視界が真っ白になるも、雲を突き抜けたときの冷たい肌触りが急に無くなって暖かな日の光が眩しい。

横から強い突風が吹く。彼らはそれに乗って急上昇する。
全身が包まれるようにして浮き上がり、そして自身に翼のハイロゥがついたかの様に空を昇る。

   
( Blue skies giving me so much hope )

何者をも彼らを邪魔するものが存在しない世界。そこで彼らは羽ばたき、引かれて踊っている。

――空を自身の世界としている蒼銀の鳥。

――真紅の翼を持ち、優雅に飛び回る者。

――翼を持ちながらも、大地に足を着け続ける妖精。

――翼を持たず、翼を持つ者に連れられて空の世界を訪れた妖精たち。

今ここに、それらが隔たり無く“そこにあった”――。


……………
…………………


――
バシャァアアアアアアアアドッッパ――――――――――ン!!!

『…………』

―― ファサッ…

小川に大きな水柱が立ち昇り、周囲に水を撒き散らす。
真紅の翼を広げて地面に着地したグレンと降ろされた他二名は、それのあまりの見事さに呆れていた。

その後もしばらく飛びつづけた彼らだったが、日がかなり高くなったところでグレンがフィリスに声を掛けた。
そしてフィリスが自分のハイロゥで飛んでいる事に今更気づいた途端、ハイロゥの制御が乱れまくる。

かなり高空ですぐに落ちて激突の心配はないのでグレンは静かに、ゆっくりとフィリスに語り掛けて落ち着かせる。
蒼銀の鳥もフィリスの目の前に飛んでいたお陰で安定した飛び方で降下していく事が出来た。

しかし、降り方が急だった為に速度はグングン速くなっていってしまい、フィリスが垂直降下が出来なくなってしまった。
なので急遽グレンが実行させたのが滑空着陸。空を周回する様に飛びながら降下していき、最後は地面との摩擦や空気抵抗で減速して着陸させるものである。

安全を考慮して地理的に直線の小川を選んだ。足を水面に着地させ、空気抵抗をハイロゥで受け止めさせて最後はハイロゥの力で急制動をかけて停止させる手はずだった。
フィリスは途中までそれを実行して足で水面に着水、ハイロゥを広げて減速していくまでは良かったものの、すぐバランスを崩して水面に激突。
勢いで一度バウンドした後に、そのまま小川にダイブして大きな水柱を上げたのであった。

――ぷかー

「きゅ〜〜……」

浮かび上がってきたフィリスは伸びており、気を失った事で展開していたハイロゥは消えていた。
ハイロゥは使用者の思考に直結しているので、意識を失えば自然と顕現を解除されてしまう。故に気を失ったフィリスのハイロゥは無くなっている。

流されていくフィリスを回収したグレンたちは、焚き火をしていた岸まで戻った。彼の真紅の翼は2人を降ろしたと同時に消滅している。
その彼は、フィリスの髪と服を乾かすために再びレイナに火起こしを頼む。
レイナは再びアフロ髪になりながらも火を起こし、リアナは蹲って震えながら笑いを堪えていた。


「今度は神剣での打ち合いをする」

グレンが捕まえた小動物の肉の丸焼きの昼飯で腹を満たした彼女たちは、焚き火を囲んでグレンの話に耳を傾ける。
彼の方には先程の空で見た蒼銀の鳥が止まっており、自身の翼を広げてついばんでいる。

リアナとレイナは小川を離れた森の中に広がっている草原に各々に神剣を構えて対峙していた。
フィリスは少し離れた所にいるグレンの傍で、彼の肩に止まっている蒼銀の鳥をジーッと観察している。

「………」
「………」

リアナとレイナは神剣と同調してオーラフォトンを展開。
これから討ち合う相手を感情の無い瞳で見据え、訓練開始の合図を静かに待っている。
『彼方』も『悲壮』もマナを得られると感じて彼女らに協力的であり、オーラフォトンが溢れるぐらいの展開をさせている。
神剣はマナを求め、スピリットは神剣から力の恩恵を受けてそれを遂行する。
それを遂行するためにそこにいるスピリットを倒してマナを得る。今からそれが起こ―――

「――言っておくが“打”ち合いであって“討”ち合いではないぞ。両者、ともにオーラフォトンを展開するな」

「「?」」

勝手に緊迫した空気を作っていた二人はオーラフォトンを解除する。
そして「何故?」と言いたげな視線を向けるも、グレン本人は呆れて肩を竦めていた。

「お前ら、一文字な間違いをするな。これは戦闘訓練であっても剣術の訓練だ。勝手に神剣の力を引き出すな」

グレンのその言葉に同意するかの様に肩に止まっている蒼銀の鳥も頷く。

「では、わたしたちは何を…?」

「とにかくお互いに構えてみろ」

質問にも取り付く間の無いグレンの言葉に、釈然としないながらもリアナは『彼方』を構える。
それに続く形でレイナも『悲壮』を構える。リアナは切っ先を水平に真っ直ぐに。レイナは振りかぶる様に。

「「………」」

―― チャキ…

構えた二人は神剣の力を得ていないために何時もより神剣が重く感じる。
それでもグレンの指示を待って構え続ける。

「「………」」

―― チャッ…

神剣の重さで下がっていた腕を上げて構え直す。未だに指示が入らずにその体勢のままでグレンの声を待つ。

「「………」」

―― ぷるぷるぷるぷる

待っても来ない指示に神剣を構えたままでいる二人だが、その体勢が辛くなってきたために手が震えてくる。
それでも下がっては上げ、また下がっては神剣を持ち上げてグレンからの指示を待っている。

「「(ぷるぷる)―――はふぅ〜〜…」」

―― ぽてっ

何時になっても入らない指示。神剣を構えるのにも限界が来た二人は神剣を下げて腰を下ろした。
グレンの居る方を見れば、彼は肩にいる蒼銀の鳥と戯れており、フィリスもそれに加わって遊んでいた。

「「……………
(怒)」」

どれだけ待っても来ない指示に従って待っていたのに、肝心の相手はお遊び中。何か心の中から湧き上がって来る激情を迸らせる二人。
二人から滲み出るオーラを感じたのか、グレンは戯れている鳥から視線をリアナたちに向ける。

「もう終わりか、構え続けてどうだ?」

グレンは近づいて平然と尋ねる。二人の据わっている目を完全に無視をされる。

「……とても疲れました」

「―――疲れた」

二人は低い声で答える。

「そうか。では、何故疲れた?」

「力を使わずに神剣を構えていたからです」

グレンの質問に答えるレイナ。その声は不満が含まれていた。

「何故神剣の力を使わなかったから疲れた?」

「――重いからです」

レイナも放置が気に入らなかった様で、声は低くなっている。

「ではもう一度さっきの体勢で構えてみろ」

グレンは非難とも言える声をスルーしながらも二人に先程の神剣の構えをさせる。
一度下ろして時間が経ち、腕も休憩していたのでそんなに重くは感じない二人だが、それでも時間が経てば再び下がっていく。

グレンは『彼方』を構えているリアナの横に移動し、少しそれを眺める。

「肘が張っている。足の軸もハッキリしていない上に腰もしっかり落としていない。ましてや構える位置が胸元では腕の力は剣に昇華しないぞ」

グレンはそう言いつつレイナの後ろ手の肘を脇にしめ、足を動かさせて腰を押して低い体勢にする。
最後に『彼方』の矛を水平のままに横腹の少し上辺りに構えさせた。

「――あ。軽く、なった…?」

自分の構える体勢が少し変化しただけで、『彼方』がとても軽く感じた事に驚いて自身の身体を眺めるリアナ。
グレンはリアナから身体を離すと今度は『悲壮』を構えているレイナの近づく。そして少し震え出したレイナの身体を観察する。

「振る勢いを意識しすぎて身体を曲げすぎている。それでは身体全体の回転の力が無駄になる。
体勢も起き上がりすぎで加速する時に空気抵抗で失速する。そして足も、剣を握る手も振り難い状態だな」

レイナの捻っている身体と腕を掴んで柔らかくなる様に少し戻し、身体の曲げている角度も深くさせる。
そして足の間の幅をずらして『悲壮』を持っている手の持ち方に余裕を持たせた。

「――軽くなった」

レイナも体勢を少し弄られただけでこんなにも軽くなった事に驚嘆の声を上げる。先程まで重く感じていた神剣が今では先程までのが嘘の様に二人は思えた。
今のこの姿勢なら先程の構えと比べほどにならないほどに長い時間構えられると感じる。

「姿勢が悪く、身体の局部だけで構えようとするから重くなる。身体全体で構えればそういった事は起こらないものだ。
神剣の力に頼りすぎてがむしゃらに打ち合えば、変な癖がついて無駄な体勢のお陰で技のキレが鈍ってしまう。
今の訓練はそういった事がない様にするための動きを調整する訓練だ。その体勢のまま神剣を振ってみろ」

グレンの言われたまま神剣を振る二人。

―― シュッ!

リアナは突き出した『彼方』が今まで一番速く、真っ直ぐで鋭い軌跡を描いたのを感じる。

―― ひゅんっ

レイナは『悲壮』を薙ぎ払う。足から腰へ、腰から腹、腹から胸、そして腕へと力を譲渡しながら集束した力がこの一振りに還元された。
鋭くて真っ直ぐな振りと流れを伴った動きにレイナは爽快感を抱いた。

「力をちゃんとした動作に織り込めば力となり、無駄を作れば逆に力の阻害にもなる。
神剣の力を使って瞬間的な攻防の連続ばかりしていれば気がつくはずも無い。今からそれを心がけて打ち合いをしてみろ」

「「はい」」

リアナとレイナはグレンにされた姿勢で構え、お互いに向き合う。
神剣が始めに比べるととても軽く感じ、これから動くことを考えると自然とその動きが出来る気がするのも二人は感じた。

「腰を落として歩幅も自分の最適な配置にすればあらゆる動きにも対応出来る。
それを身体に覚えさせるために打ち合いはスローで。動きを何時もの1割程度にしてお互いに神剣を打ち合ってみろ。では始め」

グレンが合図をするとリアナとレイナは間合いを詰めようと動き出す。その動きは一歩一歩を確かめるような動きであり、歩いた方が速いと思える程に遅い。
グレンの指示した1割の動き。神剣の力の加護がないスピリットでは1割はこれくらいなのである。

神剣の構えを変えたお陰で二人は今の速さでも剣の姿勢をそのままで維持できている。そしてリアナの槍が先に攻撃範囲に入り、レイナの胸に『彼方』を突き出す。
ゆっくりとした動作での『彼方』の切っ先をレイナは『悲壮』を小振りに振る事で刃を受け止めた。

「お互いに刃を合わせたらそのままの動きの速さで切り結び合う。自身の動きを確かめて最適な動きを意識し続けろ。
戦闘においてそれらひとつひとつの動作がしっかりしていれば不意打ちでも即座に対応が出来るようになる」

「「はい」」

先にリアナが『彼方』の刃を下げて半回転させる。前に出ていた片足も下げて身体も半回転。そして長い柄でレイナの腹部目掛けて振るう。
レイナは『悲壮』の取っ手で持ち手の位置を変え、『悲壮』を右回転させて迫り来る『彼方』の柄を双剣である『悲壮』の中央の取っ手の真ん中で受け止める。
そのまま『彼方』の柄に沿って『悲壮』を移動させる。『悲壮』を回転させて『彼方』を上に押し上げ、剣の接点を軸に自身も回転してリアナに向き直った所で回転の勢いをそのままに『悲壮』を打ち下ろす。
『彼方』を押し上げられたために、戻して『悲壮』を受け止める時間は無いので自分からレイナの懐に入る。レイナは『彼方』の構える方に移動してリアナを避け、腰を落として『悲壮』を再び振るう。
リアナは『彼方』を構える方に移動されたので、『彼方』を振るう勢いが確保できないので後ろに下がっている軸足で地面に膝をつく。そのまま『彼方』を縦に回転させて上から迫ってくる『悲壮』の刃を柄で受け止める。

「動作の訓練だから刃は肌に当たる寸前で止める。そしたまた初めから。それの繰り返しだ」

「「はい」」

「フィリス、お前は俺が相手をする。お前の場合は構えからだがな」

「はい」

グレンはフィリスに『雪影』を構えさせ、自身は『月奏』を鞘から抜いて剣を先端で交じ合わさせる。蒼銀の鳥は羽ばたいてグレンの肩から離れ、何処かに消えていっていた。
フィリスはまだ訓練を始めたばかりなので神剣に加護が無い状態では『雪影』は重そうである。

「フィリス。持っている柄の両手を間隔を空けて持て。腰を落として背筋を伸ばせ」

「はい」

グレンの言葉に従ってフィリスは構えを調整する。そのお陰でフィリスの姿勢は良くなり、幾分か重さが取れた様である。

「では打ち込んで来い、フィリス」

「はぁ!」

―― ひゅん!
―― こけっ…ズベシャ

「みゃ?!」

フィリスは勢い良く『雪影』をグレンに向けて振るも、それをグレンがアッサリ避けるとフィリスは体勢を崩してコケた。
構えは動き易かったもののその後の動きが悪く、剣を振った後の姿勢制御が出来なかったのである。

「……フィリス、リアナたちの様に打ち込むんだぞ。慣れない動作は直ぐに姿勢を崩す。そのためのゆっくりとした打ち込みだ、覚えておけ」

―― ポカッ

「みっ!? ――はい…」

『月奏』の刀身の腹で頭を軽く叩かれたフィリス。
叩かれた部分を手で摩りながら起き上がって、再び『雪影』をグレンに向けて構えた。グレンも構え、再び剣の先で交える。

「ではもう一度」

「はぁ!――ふみっ?!」

――
べしゃーー

顔から突っ込んだために痛そうにしているフィリスを見ながら、前途多難の予感を感じるグレンであった――。


≪≪ ≫≫


挿入歌:PS2用ゲームソフト『ACE COMBAT04 - shattered skies -』
『 Blue skies 』 ( Ending song )
 作曲:NAMCO(担当:大久保博)
 作詞/歌:Stephanie Cooke


作者のページに戻る