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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第五話 「 訓練=修行 - 後編 - 」



「やってみた成果は感じられたか?」

グレンはお互いに背中を預けながら座り込んでいる3人に立ったまま声を掛ける。
3人は持っている神剣を地面に置いて疲れている様子であった。

「はい――とても、疲れました、けど…」
「(ボー)――疲れた…」
「ふみぃ〜〜…」

ゆっくりとした動作での打ち込みは勢いは皆無に等しい。普段の様に剣を振るえば、遠心力や振りの勢いで行われていた動作がある。
その遠心力や勢いを出さない動きではそれを補うために普段使わない動きをしなければならない。
ましてや、神剣の力の加護を使わないとなるとさらに力が必要となる。

そういった点においても基本能力が高いが故に細かい動きにムラが生じてくる。
それを意識させ、矯正させるのが先程まで行っていた訓練であった。
なので無駄な動きをすればそのまま疲労となって自身に降りかかってくる。
逆に無駄がなければそんなには疲労は蓄積しない。
現にグレンはフィリスの相手をしておきながら全くの疲労を見せずにへこたれている3人を立って見下ろしている。

「そろそろ次の訓練を始める。3人とも立って身体を直ぐ動かせるようにしておけ」

「まだ、やるんですか…?」

リアナはグレンの鬼の様な言葉に聞き返してしまう。慣れない動きをして全身が気だるく、指一本動かせる気がしない。
こんなになってまでしてまだ他にもやるのか? そうは思えずにはいられない3人である。

「次で今日最後の訓練だ。それに今の状態なら無駄な動きがし難い。それをしっかり定着させる意味もある。だがら早く立つように」

「「「――はーーい…」」」

力の入らない気だるさを押しながらの返事で3人はハモらせる。そして神剣を杖代わりに立ち上がった。
3人は言わば、満身創痍な状態だった。

「今日最後の訓練は実戦形式での模擬戦闘。こちらが指定する相手と戦ってもらう」

「――実戦?」

レイナが疑問の声を出す。

「あの…神剣の力は使っていい、という事ですか?」

それに続く形でリアナもグレンに聞く。

「そうだ。神剣の制限は神剣魔法の禁止、それだけだ」

グレンは頷き、肯定をしたのだ。
今まで散々神剣を使うなと言って来たはずが、ここにきて今更のように使用の許可が出て来た。
リアナとレイナは首を傾げる。フィリスは神剣をまだ杖代わりにして気だるそうに立っている。

「今日やった事を踏まえて神剣の力を使用。かなり身体は軽くなってなおかつ、動きも良くなるはずだ。
試しに神剣の力を使ってみればいい」

リアナとレイナはその言葉に従って神剣の力を解放してみる。
神剣から供給されるマナ。そして体内エーテル循環が活性化して身体中に力がみなぎっていく。

フィリスの体内エーテルを感じ取るように、自身の体内エーテルを読み取る。
そして流れを感じ、自身の感覚でその流れを増減させて安定させる。指の先から足の先まで隅々に。
感じられる神剣からのマナの量が多く感じられる。神剣からの供給量を抑え、適量と思われる量に調整する。

「…んっ」

「あっ…」

二人は気だるさの中に流れる、圧倒的な気持ち良さから来る快楽に声を漏らす。
飢えていた肉体に流れてくる力は心地良い。二人はそのまま自身に流れるエーテルをいつまでも感じ――

――スパパーーン!

「「みっ?!」」


「マナの供給量が今のお前たちには多すぎるぞ。もっと減らさないと酒で酔った様な状態になる」

グレンは身悶え始めた二人の頭を同時に叩いて強制的に正気の戻させる。
マナはエネルギーとも言えるので、それを疲れた体内に多く摂取する様に供給すれば当然陶酔してしまう。
彼が言った『酒に酔う』というのは言いえて妙、なのである。

「自身のエーテル循環を感じ取れただけマシだが、今の自身の状態も考慮しておけ」

「――はい、すみません…」

「――ごめんなさい…」

叩かれて正気に戻った二人は、叩かれた箇所を手で抑えながらグレンに謝る。

「瞬間的に供給しすぎればああなるからな。本当に」

グレンはそう言って傍らを示すと、そこには大きなタンコブを作って倒れているフィリスが居た。
その表情はほんのり赤みが差しており、幸せそうである。
神剣からのマナ供給量が多すぎてハイな状態になりかけた所で、グレンが頭に一撃を入れて強制的にマナ供給を停止させたのだ。

それを見たリアナはあのままいけばフィリスの様な状態になっていた事を想像して冷や汗を。
レイナは叩かれただけマシだった事に安堵していた。

そして二人は改めて神剣からのマナ供給を調整。今の自分に最適かと思える状態に持っていく。
その間にグレンはフィリスを叩き起こし、彼の監視の元に再度神剣からのマナ供給を実行させる。

そして、3人とも神剣との同調を完了させたところでグレンは個別に距離と取らせた。
グレン自身も3人から距離を取り、レイナを真正面に捉える位置に立つ。

「レイナは俺が相手をする」

「レイヴンが、ですか…?」

「不満か?」

「――いえ、そういう訳では…」

レイナの疑問ももっともである。人間であるはずの彼が神剣の加護を受けた状態のスピリットであるレイナと戦闘。
スピリット単体で人間の要塞を幾つも壊滅させる事が出来るほどの力を有しているのは常識である。
人間が相手になるはずがないのである。

また、スピリットは人間を襲わない。
それは人間の間でも、スピリットであってもその考えが定着しており、人間である彼を攻撃する事には当然抵抗はある。
それらの要素からもレイナはもちろん、リアナもグレンの行動に理解が出来ないでいた。

「…では、残りのわたしはフィリスと――」

「フィリスとリアナにも相手は居る」

「…? それは――」

勘定計算で、リアナは空いているフィリスと打ち合う事になるはずなのだが、グレンはそれを否定。
フィリスとリアナの両方に、相手を他に用意している様な口回しをしている様にリアナは聞えていた。
彼女は辺りを見回すも、誰も居ない事を確認する。故に、更に質問しようとした。
だがグレンの動きにその先が続かなかった――いや、続けられなかった。

グレンは腰の鞘から『月奏』を抜き出し、もう片方の手で背中の中から『凶悪』を取り出した。

―― ヒュンッ

そして両方をその真横に向けて投擲。『月奏』と『凶悪』は緩やかな回転と弧を描いて飛んでいく。

(『月奏』、『凶悪』。頼む)

【ウィルコ】

『月奏』から了解の声が、

【………】

『凶悪』からは肯定の意志をグレンに伝わっていく。

―― ふわ…

「「「!!?」」」

後少しで『月奏』と『凶悪』が地面に接地するかと思いきや、地面から少し浮かんで静止する。
それを見た3人はその光景に驚愕し、目を見開いて確認する。だが、それはしっかりと浮いていた。

―― スゥ……

『月奏』と『凶悪』の周囲の空間が歪む。そしてその周りには発光する粒子が幾つも発生し出す。
『月奏』の周りには蒼白い。『凶悪』の周りには紅い粒子が発生している。
やがてそれは各々小柄な人の形へと集束していき、そして発光していたのが薄れる。
そして中からは『月奏』、『凶悪』を手に持った形の少女が現れた。

『月奏』を持っている少女は腰まで届く長い蒼銀の髪。そしてその瞳は緋(あか)かった。
見た目はリアナたちよりも3〜4歳上であり、その容姿は可憐。
足を黒いストッキングで覆い、膝上辺りまでの蒼くスッキリとしたスカートを履いている。
上は袖の無いタイトな白い服がフィットしており、その服装で少女の可憐さをさらに引き立たせている。

『凶悪』を持っている少女はグレンと同じ漆黒の長いストレートの髪に瞳をしている。
その容姿からはフィリスより幾分か年上であり、幼い見た目ながら優雅さを持っていた。
青紫色のダボッたい下を履き、上は白く裾に大きな袖があり、そこに青紫色の紐を真っ直ぐ適当に縫い通し、肩部分で袖が裂けたような服を着ている。
その上下の服は、俗に言う“巫女服”である。その服装からは優雅さと相まって可愛さも覗えた。

スピリットは皆人間離れした容姿を持っているが、3人も目の前にいる2人の少女はそれに引けを取らない。
いや、むしろ人間的でありながら、その存在は別格のモノを少女たちからは感じられる。

「「「………」」」

「どうした。この二人がフィリスとリアナの相手をしてくれる」

突然現れた二人の少女に驚きつつも、その姿と存在に見惚れている3人。
グレンはそんな声を掛け、それを聞いてリアナはグレンに目を向ける。

「この人が、ですか…?」

リアナは正面に居る『凶悪』を持っている少女を示す。

「そうだ」

グレンはそれを肯定する。リアナは改めて『凶悪』を持っている少女を見、その少女もリアナを眺めており、二人の視線は交差する。
少女の瞳はレイヴンと同じ漆黒。少女は無表情で、リアナの向けられた視線に首を傾げる。
その動作だけで漆黒の長い髪がサラサラ動き、リアナは見惚れてしまう。

『月奏』を持っている少女はフィリスと対峙しており、フィリスは自身の蒼い髪と似通っている蒼銀の髪の相手に少々はしゃぎ気味であった。
そんなフィリスに少女はクスッと微笑み、フィリスはその表情に見惚れてはしゃぐのを忘れてしまう。

「………」

レイナは自身を挟んで盛り上がってる同じスピリットたちを見て何か置いてけぼりを喰らった気分になる。
自分の目の前にいる人物、レイヴンは各々はしゃいでいる二人を見て少し苦笑いをしていた。

「んっ?――(にっ)」

「――!(ぷいっ)」

レイナの視線に気がついた彼は苦笑いを返してくる。それを見たレイナは顔を背ける。背けたその頬はほんのりと少し赤かった。
各々突然の珍入者が出て来たことで盛り上がっているのをそのままにしていたが、グレンは訓練を始める事にする。

「相手が出来た事だし、そろそろ今日最後の訓練を始めるぞ。各々相手を甘く見ない事だ。それでは――」

グレンはそう言いつつ自身の腰に刺さっている漆黒のナイフを手にとって引き出す。
そのナイフは流線的でありながら、鋭角的な鋭さを有した大型のナイフ。
それは見る者が見れば“ダガー”と言われる代物である。

グレンの声に反応して『月奏』、『凶悪』を持っている少女たちも獲物を構える。
そして彼女たちの周りの空気を察した二人は相手と同じく神剣を構えた。

(『月奏』)
【イエス、マスター】

対峙しているフィリスの構えを真似る形で“剣”を構える『月奏』。蒼銀の髪がサラサラと煌く。

(『凶悪』)
【………】

こちらも水平に切っ先を向けてくるリアナを真似る様に“パイプ”を構え直す『凶悪』。
風になびかせられて漆黒の髪が軟らかく舞い上がる。

構えを真似られた2人は訝しげに思うも、相手の計り知れないモノを感じて構えは解かない。
実力のわからない相手に対して無闇の慣れない姿勢を取れば殺られかねない。
フィリスに関しては、戦闘などこれが初めてであるはずだが、戦闘種族ゆえか反応している。

グレンはそんな二人を見やり、そして自身の相手であるレイナを見れば『悲壮』の構えを調整して開始の時を待つ。
そして途切れさせていた言葉を発するために一旦空気を肺へと送り、そして酸素と二酸化炭素を交換した空気を吐き出し、喉仏で振動させて空気をが声となる。

「始め!」

躍動の鐘が発せられる。



「はあ!!」

開始の合図と同時にリアナは一直線に漆黒の髪の少女、『凶悪』の胸の中心を突こうと一気に加速する。
肉体に蓄積した疲労によって無駄を無くし、神剣の力を受けた今のリアナは今まで以上のトップスピードを発揮していた。

彼女自身その事実には気がついておらず、今対峙している『凶悪』の存在の大きさで手一杯であった。
『凶悪』はリアナの構えを真似しただけであるが、それでも。それだけで“存在そのものの違い”を感じ取り、全力で突撃している。
相手も同時加速するも、リアナの方が断然速かった。そして今、リアナは『彼方』を持っている腕を伸ばし、胸を貫こうとしていた。

―― キィィイイイン!!

「な!?」

【………】

相手も鉄の棒を突き出して正面から『彼方』の刃を先の一点で受け止めていた。
『凶悪』のパイプは先端が曲がっているため、刃の一点で受け止めるには難しい形状であるが、彼女はそれをやってのけた。
加速では遅れを取っていたが、その分相手の攻撃の軌道を読む時間があったのである。

―― クンッ

そして『彼方』を止めた瞬間、『彼方』との接点を軸にパイプを半回転させて下段からリアナの顎を目掛けて振り上げる。

「――っ!」

―― シュン…ギュィイイン!

咄嗟に片手を『彼方』から離し、迫り来る攻撃の軌道上に庇うように出す。
すると腕にマナが集束して金色の円盤を形成。そのまま迫ってきた攻撃が円盤に激突するも、リアナは衝撃に堪えて軌道を逸らした。

―― シールドハイロゥ。
ブルースピリットやブラックスピリットの直線的なエーテル循環によって形成できるウイングハイロゥ。
グリーンスピリットは集束が可能ゆえの防御膜である盾の形成。それがシールドハイロゥである。

「はっ!」
【………】

―― タッ……ストッ

リアナはそのまま『彼方』の柄を振ったものの、『凶悪』に距離を取らせただけであり、漆黒の髪を軽やかになびかせるその動きは優雅であった。
意表を突く方法からの攻撃だったため、リアナは不完全に展開していたシールドハイロゥの形成を完全にし直す。

「………」
【………】

―― ドンッ!

両者は再び加速を始める。今度は『凶悪』が先に仕掛け、上段からパイプを振り下ろす。
リアナは『彼方』かかげて受け止める構えをする。

―― ギィイイン!

受け止めた事でオーラフォトンを展開している『彼方』との接点から火花が散る。

「はぁ!」

攻撃を受け止めたリアナは押し返し、そのまま『凶悪』の懐に入りそうな微妙な間合いで『彼方』を振るう。
『彼方』の神剣の形状上、完全な懐の中では振り回せない。故に相手に攻撃の機会を与えないギリギリの位置で攻撃を仕掛けている。
今朝方に行った木の実割りで学んだ、神剣の命中ポイントを身体で理解した賜物であった。
リアナの攻撃に『凶悪』は防戦を強いられているが、それでも繰り出される『彼方』をパイプで捌いていた。

【………】

繰り出された突きを一歩下がる事で『凶悪』の目の前で伸びきった状態になる。
そして再び攻撃を繰り出しためにリアナは前進し、『彼方』を引っ込め――

―― ガキッ!

「あっ?!」

【凶悪】は鉄パイプの先端、曲がっている部分で『彼方』の接続部分を引っ掛けて攻撃の手を止めさせた。
『彼方』のアックス部は柄と直接繋がっていない、横に出っ張っている形状である。
その形状を利用し、曲がり部分で止まった一瞬に引っ掛け、『凶悪』は反撃の間を作った。

引っ掛けられたままパイプを引き、リアナの懐に入った『凶悪』はパイプの中央を基点に回転させながらリアナの胸の中心を殴打する。
『彼方』を突き出した状態にされたリアナはシールドハイロゥを展開している方の腕を離して攻撃を受け止める。
しかしそのタイミングがギリギリあり、胸に腕を付けた状態なのでその衝撃が直接リアナの胸に響く。

「――くっ!」

『凶悪』の初撃でもそうだったが、オーラフォトンを展開している神剣を普通の武器で受け止める事など不可能である。
受け止めようとすれば神剣以外の剣は砕け散り、威力を軽減させる事も出来ない程。
だがこの相手の武器はリアナの攻撃、一直線の純粋な殺しを受け止めた。それも一点で。

一点で止めるという事は、その箇所に攻撃の威力全てが集束して受ける事に他ならない。
その一点に集まる力にはどれ程の、それ以前にそれを受け止めた漆黒の少女『凶悪』もである。
オーラフォトンの付加した攻撃を受け止めながらも微動だにしなかったその力。
彼女からマナを感じられないのでその存在自体の不思議さ、恐ろしさを同時にリアナは震撼させられる。

リアナは数瞬考えたものの、『凶悪』の連撃をハイロゥで捌く事で手一杯なので考えを放棄せざる得なかった。
幼いながらも表情の覗えない相手の顔にリアナは逆に責めあぐねられている。

「っ!!」

【………】

それでも『凶悪』の動きは軽やかに白の上と青紫の下の長い裾を流れる様に動かし、その漆黒の髪がなびく度に見惚れてしまいそうであった。
リアナはそんな欲求に駆られるも、その優雅さの中にある猛攻に必死に抗っていた――。


……………


「やぁああ!!」
「………」

―― すっ…すかっ

フィリスは『月奏』に斬りかかるものの、読み易いその軌道にあっさり避けられる。

―― どかっ!
「みゅ?!」

避けた勢いをそのままに『月奏』は身体を捻って上段蹴りをフィリスの背中にお見舞いした。
フィリスはそのまま吹き飛ばされ、後少しで地面に激突する所でウイングハイロゥを大きく羽ばたかせたことで上空に回避。
そしてそのまま『月奏』の方に振り返るも、そこに人影がなかった。
が、突如フィリスに影が差したので見上げると、そこには己が剣を振り下ろしている途中の『月奏』の暗い影が映っていた。

「みゃぁあああ!!?」

―― ギィイイン
―― バサァアアア

前回転の要領でハイロゥ羽ばたかせ、『雪影』で直撃を防いで下へと攻撃を受け流す。
攻撃した『月奏』はスカートをヒラリと軽くひらめかせ、緩やかに着地をする。
フィリスは無理なハイロゥの動作をした事で制御が一時不能になっていたのをどうにか立て直し、低空で羽ばたいて着地。
二人は少し開いている距離から再び初めの時の様に対峙する。

「みゅぅううう」

フィリスはギリギリの攻防に極度の酸素消費をしたために、肩を大きく上下させている。

「――余計な声での酸素消費は無駄……極力回避するように」

「はいっ!」

『月奏』を構える少女からのアドバイス。
先ほどからこうして仕切り直しをする度に、彼女はフィリスに言葉少ないながらも的確な指摘をし、『月奏』は改善させ様としている。
フィリスもそれをなるべく実行しようとしているものの、あまり上手くいっていない。

「――では、再開…」

―― トンッ

宣言と共に軽い足音と共に『月奏』は加速する。その軽さとは相反してかなりの加速度を誇っている。
フィリスが反応し様とするその時にはもう既に、『月奏』は目の前で剣を下段から繰り出そうとしている。
フィリスはハイロゥを羽ばたかせる事で後退。

―― ヒュン

目の前で通り過ぎ、その勢いで軽く浮き上がる。神々しく煌く蒼銀の髪も流れる様に浮き上がっている。

「はぁあ!」

後退した勢いを地面についてる足で殺し、再び羽ばたかせたハイロゥと勢いを殺しきった足で跳躍して『月奏』に斬りかかる。
相手は勢いの流れそのままで、背中を見せているために絶好の攻撃の瞬間である。フィリスはそう思っていた。

「――迂闊」

その呟きと共に振り切っていた剣を逆回転させ、『月奏』は再びフィリスに襲い掛かる。
フィリスはそれに気づくも、ハイロゥの羽ばたきと足の跳躍の勢いは既に修正不能なまでなっていた。

「あああ!」

なのでこのまま斬りかかる。フィリスはハイロゥの翼を真後ろに大きく、真っ直ぐに羽ばたき伸ばし、更なる加速を閃きで行った。

―― キィイン!

そのお陰で『月奏』の攻撃を迎撃に変える事に成功する。
攻撃の振りを繰り出していた『月奏』は攻撃の流れ変え、柄を突き出して攻撃の威力を殺す代わりに受け止める時間を作り出した。
だが、彼女の攻撃はこのまま終わりは迎えなかった。

「!!」

『雪影』の刀身を抱える様に剣を突き出した『月奏』は、その引っ掛かりを利用して上空へと跳んで綺麗な弧を描いてフィリスの背後へと移動していく。
驚くフィリスを余所に、彼女はそのままフィリスの背中を両足で蹴り付けて地面へと落とす。

―― ドカッ!
「くはぁ!」

先の一撃で伸びきっていたハイロゥの翼での急制動が出来なかったので、勢いを殺す事なく地面に激突してしまった。
受け止める事も出来なかったので、フィリスはそのままうつ伏せに倒れている。

「かはっ!こほっ!―くはっ?!」

内臓への衝撃も大きかったために大きくむせるフィリス。しかし、そんな彼女の背中を勢い良く地面押し潰される。
『月奏』が背中を思いっきり踏みつけたのである。肋骨の丁度中心となる場所であったため、身動きを取ろうにもフィリスは身体を動かせない。

「4回目」

その言葉と共に『月奏』は、剣をフィリスの首筋に添えて止める。フィリスは突き付けられている剣のヒンヤリとした冷たさを再び感じていた。
フィリスは今ので4回目の無力化をされており、その度にこうして押さえつけられている。

―― すっ

「けほっ…けほっ――はふぅ〜」

剣と足を退かせられ、再び解放させられたフィリスは仰向けに寝そべって酸素供給を行う。
必要な量を確保して、身体も落ち着かせると立ち上がろうとする。
だが、幾度もの攻撃の負傷が重なってその足取りは少しふらついていた。
対する『月奏』はフィリスから一度も攻撃を貰った事も無く、疲れを見せる様子も全く無い。可憐さを最初のままでいる。

「最後の加速は高評価――が、油断は禁物」

「は、はいっ」

『月奏』の再びのアドバイス。フィリスは返事をしつつ呼吸を整え、『雪影』を構える。
それに合わせて『月奏』も剣を構え、5回目の準備を整えた。

「では、再開」


……………


「――!」

―― ギン!ガキッ!キュイン!

「両刃である利点を生かせ。それでは単剣の方がマシだぞ」

「っ!はいっ!」

レイナはレイヴンが流れる様に放ってくるダガーの連撃を『悲壮』で捌く。
彼女は先ほどから防戦の一方を強いられ、彼の放つ攻撃を防ぐので手一杯であった。

「はぁあ!」

突き出してきたダガーを片刃で受け止めたレイナは、そのまま半回転させて受け流す。
そして新たに突き出した剣先でレイヴンの首筋目掛けて薙ぎ払う。
だが、その攻撃を身体ごとしゃがませる事で頭上でやり過ごしたレイヴンは、そのまま前に加速して空いている手でレイナの胸に突き出して殴打する。

―― ドンッ!

「かっ!?」

身体を突き抜けるその衝撃に肺の中の空気を強制的に吐き出させられ、そして後ろへと吹き飛ばされた。
レイナは辛うじて踏みとどまり、倒れる事無く『悲壮』を構えて相手を睨む。
彼は何時もの羽織っている白い一張羅を脱ぎ捨ており、その内にあった漆黒の上下の服のままでいる。

「くはぁ…けほっ…はぁーー」

むせつつも構えを維持し、呼吸を安定させようと深呼吸する。彼は攻撃した態勢を戻してダガーを向けてくる。
先ほどからの防戦の要因の一つがそのダガーの長さ。刃の短さから接近戦に向いており、相手の懐からの斬撃を連続で放つ特性である。
レイナの『悲壮』は双剣ゆえの槍ほどの長さであるので、一度懐に入られれば攻撃に転じる事がは難しい。
それでも両端に刃がついてるので、先ほどの様に受け流せればそのまま一気に攻撃に移行する事が出来る。

しかし彼は、レイヴンはそれをいとも簡単に避けている。
相手の獲物の長さと形状を把握し、それによる彼女の攻撃予測と間合いを読んでいる。
それに対して、レイナは彼が放つダガーの攻撃の流れを掴めないでいる。

彼の放つ攻撃は放つ毎に変化し、こちらの予測の何段も上をいっていた。先ほどの様に流れる連撃をすれば、鋭い一閃を主とする一撃離脱や逆手ののダガーを構えた拳を交えた格闘戦による斬撃をしてくるのである。

「神剣魔法を撃てない程の連撃の時、それでは何時まで経っても放てる時間は作れないぞ?」

―― キィイン…カン!キィン!カン!

再び襲い掛かる攻撃。レイヴンは片手で持ったダガーで突きを繰り出し、レイナは『悲壮』で打ち払う。
こちらが後退しても、彼は動かしていない足で間合いを詰めてくる。

「くっ!」

「お前のその神剣は何の為にある? どんな形をしている? それをお前はどう扱う?」

「――っ!」

―― キャィイイン!
―― ザザザザザッ!

言葉と共に突き出されたダガー。レイナはそれを『悲壮』で受け止めて後ずさる。
彼は特別な事は一切していない。それなのにスピリットであるレイナを圧倒する攻撃に彼女は畏怖する。
スピリットの色においてレッドスピリットの多くが神剣魔法に特化した存在であり、神剣による直接攻撃はあまり得意ではない。
それでも人間を相手にすれば圧倒的な力を持ち合わせているのだが、この人物にそれが当てはまらないのである。

「何のための両刃だ? なぜ両端に刃が2つもついている? それはどんな動きがし易い?」

―― ガッ!カッ!
ドカッ!!

「こっ?!」

叩きつけるような斬撃。
刃で受け止めるには短く速い攻撃にレイナは中央の柄でも受け止めつづけていたが、彼は空いている手でレイナの胸に打撃を打ち込んだ。
レイナはそのまま細かく速い連打を放たれ、肩関節や顎の脇を連続で殴られる。
それを転がるように後退して攻撃を避け、レイナはレイヴンの踊りかかる。

――
ビキッ…!
「っ!? はぁああ!!」

殴られた肩が軋み、痛覚が脳を強く刺激する。顎を打たれ、意識が少し朦朧とする。
それでも『悲壮』を下段に構え、そのまますくい上げる。

―― ヒュン

「はぁあああ!!」

斜めに避けられるも、そのまま足の軸を移動させて斜めに二撃目を放つ。

―― ヒュンッ
それでも避けられ、腰を捻って逆に回転させて逆の刃で再び斬りかかる。

―― ヒュンッ!
その攻撃も避けられる。だが、彼女は踏ん張ってさらに逆の刃で突きを繰り出した。

―― ギュキィイイイン!

その攻撃はレイヴンの胸をしっかりと捉えるも、彼の持るダガーでその軌道は逸らされる。
ダガーと『悲壮』が擦りあった事で大きな火花を発し、最後には『悲壮』が本来の軌道から弾かれる。
レイヴンはダガーを一回手の平で一回転させる事で次撃の体勢を整えてレイナへと斬りかかる。

レイナはその攻撃を眺め、逡巡させる。

『悲壮』は既に腕を伸ばしきって迫り来るダガーを受け止める事は出来ない。
かと言って、横に避けるにももはやそんな猶予は残っていない。
相手の懐に入ろうものならば打撃の巣窟に身を躍らせるだけ。


―― ならばどうすればいいのか?


「―――!」

―― キャイィイイン!!

―― …ザザァアア

「ほぅ…」

レイナは迫り来る斬撃を『悲壮』で弾き、そのまま後退。攻撃を防がれた彼は、レイナのその防御に感嘆の声を上げた。
受け止めるにはあまりにも無い時間を『悲壮』を弾かれた軌道のまま引き戻し、もう片方の刃で彼のダガーを弾いたのである。

受け止められないなら弾けばいい。そして伸ばした先の刃で出来ないのならば反対側の、もっとも近い刃でダガーの軌道の先に突き戻せば当然その刃に阻まれて弾かれる。
さらにそのまま戻す過程で、先の攻撃で突き出していた刃でレイヴンを斬り下ろす動作も加わっていればまさに攻防一体であった。
しかし、今のレイナには防ぐのが精一杯だった。彼女は攻撃を加えられなかった動作時間を距離に費やしていた。

作り出したその時間と距離。
神剣魔法を放つには十分なその間合いでレイナはエメラルドグリーンの瞳を閉じ、そして『悲壮』を水平に構えて詠唱を開始した。

「永遠神剣『悲壮』の主が命じる」

彼女自身の体内エーテルがさらに活性化し、周囲の大気中のマナやエーテルも渦巻いていく。
それは彼女の周りに球を描くようにして展開し出すハイロゥにも現れていた。

スフィアハイロゥ。それはレッドスピリットの詠唱をサポートするハイロゥである。

「炎の雷よ。幾重の光の刃となりて彼の者を焼き尽くしたま
へ――

ハイロゥの顕現が解け、そのハイロゥで円循環していたエーテルが魔法陣の円となって詠唱の補助する。
そしてレイヴンの周囲のマナが空気中の物質を振動し始め、大気中の幾点の場所で局所的な熱量上昇し出していた。
彼自身その振動の余波を感じるも、身体が発火する振動には全く至ってはいない。

レイナは閉じた瞳を開き、目の前にいる神剣魔法を放つべき対象を定める。

「フレイムレーザー!!」

レイナの詠唱の完成とも言える発動の声に、局所的に集束した熱量がレイヴンを照射。
僅かな時間差があるも、その照射される熱量が対象に凹凸眼鏡レンズの様に炙る。
瞬間的に一定以上の熱量がその場に当たり続ければ、対象はその熱量によって膨張し発火・爆発してしまう。

オーラフォトンなどで空間的にも物理的にも防ぐ手段を見せない彼では、このままでは人体爆発をして塵散りになってしまう。
しかし彼は全く動じず、一張羅を脱いでいる漆黒の服の上からその照射される熱を感じている。

「――今のお前には十分すぎる成果だな」

―― バッ!

その呟きとともに、彼はその場で高速に回り出す。照射されて発火して爆発するはずの結果はその動きによって封じられる。
照射した熱は、対象を発火させるまでその点で照射しなければ熱は集中せずに霧散してしまう。
彼は自身を回転させるという行動を取った事により、四方から照射された熱量を拡散し続け、レイナの神剣魔法『フレイムレーザー』を不発にさせた。
彼女自身が初めての神剣魔法でもあり、照射精度が曖昧かつ熱量の集束がまだうまく出来ない事もあったので、それが不発になった要因でもある。
熟練した技ともなれば、照射熱量の増加・高集束によって照射時間の短縮が可能になるだろう。

―― とんっ
「あ」

―― どさっ

レイヴンは詠唱によって空いた間にレイナの背後へと移動し、手刀を首に軽く叩いて彼女の身体の自由を一時的に奪う。
過度の神剣戦闘と最後の神剣魔法による疲労でレイナの限界が近かったので、訓練終了として相手の行動を刈り取った。
レイナは急に動かなくなった体に小さな声を発するも、そのままグレンの腕の中に崩れ落ちた。

「最後の間合いを取る術は良かったが、神剣魔法の使用の許可は出していないぞ。
周辺への被害がなかったから不問とするが、な。今日はこれで訓練終了だ、レイナ」

「は、い……すみま、せんで、した」

グレンに抱き上げられ、訓練終了と注意を受けたレイナは瞼を重くし、途切れながらも謝った。

「……すぅ――」

言い切ると共に、レイナは彼の腕の中で眠りについた。訓練終了で最後の緊張の糸が切れたのであろう。
レイヴンはそんな少女のまだあどけない寝顔を眺め、『悲壮』を回収しつつレイナを抱え上げて他の2人の方を見やる。

フィリスと『月奏』は既に打ち合いは終了しており、フィリスは『月奏』に膝枕されて眠りに付いている。
リアナと『凶悪』は、リアナは『彼方』を構え上げられずに膝をついていた。『凶悪』はそんなリアナの傍らでその様子を眺めている。

(『凶悪』)

【………】

『凶悪』は空いている手の方でリアナに肩を貸し、そして『月奏』が居る方へと歩いていく。グレンもレイナを抱えて同じ場所に歩いていく。
近づいて見てもリアナの疲労も相当であり、未だに意識を保っているのが不思議に思えてもかもしれない。
レイヴンはレイナを空いている側の『月奏』の膝に寝かせ、そしてリアナへと視線を向ける。

「リアナ。回復魔法はまだ使えるな」

それは確認であっても肯定の確認。彼女に神剣魔法の使用を言い渡しているのである。

「―――ハァハァ……出来、ます」

彼女は『凶悪』の肩から離れると自力に立ち上がる。そして『彼方』を杖代わりかつ詠唱の体勢として地面に突き立てた。

「大地に宿る生命のマナよ」

彼女の足元で魔法陣が展開する。それに呼応して周辺のマナが反応しだす。
それは以前訓練所で見た神剣魔法に比べて小さく、展開のスピードも遅かった。疲れがそのまま神剣魔法の詠唱にも影響が出ている。

「永遠神剣『彼方』の主として願う。その命の育みをもって皆に力を分け与えためへ――」

それでも詠唱の言葉はしっかりとさせて、集束させているマナを逃がすまいとする。
周辺のマナが集まり出し、リアナの周りに集束していく。

「ハーベスト」

彼女の足元の魔法陣が広がり出して消滅していく。それに伴って集束していたマナも周囲に広がっていく。
フィリスたちはその範囲に入っており、広がっていったマナが彼女のエーテルに反応し、周囲のマナを連れて集まり出す。
そしてマナはエーテルとなり、彼女たちの体内の不足しているエーテルを満たしていく。

肉体的な負傷はそのエーテルの一部を運用する事で治療されていく。二人が眠っている状態でもあるので、その効果は大きい。
意識を休ませた状態では、無意識によって身体に必要な処置を施されていく。ゆえに身体の損傷があればそこを重点的に処置が成されていくのである。
失われた体力はそれで回復するも、精神の疲労は休まなければとれない。ゆえにこのまま寝かせておくのが一番である。

「リアナ、ご苦労さん。休んでいいぞ」

「は、い――」

―― とさっ

【………】

リアナは返事とともの崩れ落ち、『凶悪』に受け止められる。そしてそのまま彼女の腕の中で眠りに付いていた。
『凶悪』はリアナを胸に抱えたまま座り込んで寝かしつける。リアナ自身も治癒されるも、彼女も精神的な疲れで限界に達したのであった。
グレンはそんなリアナの髪を撫で、3人の寝顔を見回す。そして赤み出した空を見上げ、そろそろ夜になる事を確認した。

「俺は夕食の準備をする。『凶悪』・『月奏』、3人を頼む」

「了解です、マスター」

「………(こくり)」

彼は2人の返事を確認するとともに、夕食の食材を取りに森の中へと入っていく。
今の彼女たちは身体の治癒でエーテルやその他のエネルギー、日常で必要なものを使い果たしているので、起きればお腹を空かせているだろう。
グレンはそのために、栄養があって量も多めにした夕食にするための献立を考えながら森の中を歩いていく――


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