Before Act -Aselia The Eternal-
|
||||||||||||
――朝の空が白み出す頃。日の光を浴び出した森は朝霧に包まれ出す。 昨夜から湿度が高く、雲り気味だった事も相まってかなりの濃霧となっていた。 森の中に雲海が広がり、見るものを圧倒させかねない程に視界が制限させている。 特にそれは水気が多い小川の周りに視界がゼロに等しい程濃い霧が発生させる現象を引き起こした。 グレンが昨夜から焚いていた火もこの濃霧の中では、焚き木がかなり湿るために使用不可能になっている。 「……まぁ、朝方まで保ったのだからいい方か」 湿ってもなお、余熱から煙を上げている焚き火をグレンは踏み潰して消火する。 そしてその脇で今も眠っているスピリットたちを見やる。 「…Zzz」 「…すぅ」 「…くぅ」 この濃霧と朝寒さから守っているグレンの衣を3人ともしっかり羽織り固まり、ヌクヌクと温まって寝ている。 昨夜乾かしていた服は、乾いてまだ温かい内にグレンが3人に着せている。 服はスピリットの色ごとに違うラインが刺繍されているので、間違えずに着せられた。 「………」 グレンはそんなスピリットたちのまだまだあどけない可愛い寝顔を見つつ、背中の中をゴソゴソと弄る。 そしてその背中の中から片手に御玉、そして何処にでもあるただのお鍋を取り出した。 ―― スッ… そしてお鍋の裏を上にして、御玉を振り下ろす姿勢をすると―― ―― カンカンカンカンカンカンッ!!!! グレンは御玉で鍋の底を何度も叩いた。そのけたたましく上げる音は森中に響き渡らせた。 木々のの中で未だに眠りについていた鳥達がその音にびっくり起きて空へと飛び出していく。 「ふみゃあ?!!」 「はひぃいい?!!」 「はう!?」 案の定、彼女たちはそれぞれの独自の奇声を上げながら飛び起きる。が―― 「みゃあ!」 「はひ?!」 「うあ…!」 お互いに抱き合い。なおかつ一枚の衣に包まっている状態のまま飛び起きたので、衣から出られずに転がりまくった。 お互い急な覚醒なために頭の回転がうまく働いておらず、衣の中でもみくちゃになっている。 そんな彼女たちにグレンは衣の端を掴むと一気に引っぺ反し、そのまま一張羅として羽織った。 「おはよう、良い朝だな」 引っぺ反した事で転がった彼女たちに何事もなかったかの様に朝の挨拶をするグレン。 「はにゃ?ふみ?」 「――ん。おはよう、ございま、す……」 「――おはようございます」 フィリスは何事かと辺りを世話しなく見回し、リアナはフラフラした頭を抑えており、レイナはまだボーとしている。 それでも3人がとりあえず起きた事をグレンは確認する。 「それではこれから全員で朝食の材料を取りに行くぞ」 『………』 「俺が手本を見せるからそれに倣って今後の参考にするように。では行くぞ」 閉口する3人に構わずに話を進め、そしてこれも構わずにスタスタと濃霧の中へと消えていく。 取り残されそうになった3人は、グレンの姿を見失わないように慌てて追いかけていく…。 突然の朝飯のための材料取りを始まった。 3人はグレンから山菜の見分け方、小動物の捕まえ方のコツや罠の作り方を教えられる。 そしてグレンはその中から木の実を大量に、それはもう彼女たちにも両手一杯に抱えさせる程に大量に持たせた。 「朝飯はその実から作るパンだが、3人には訓練を兼ねてその準備をしてもらう」 「…はぁ」 「………?」 グレンは前を向いたまま話しているのをリアナは気の無い返事を、レイナは首を傾げた。 「――ふみ……むにっ」 フィリスは自分の腕の中にある木の実を落とさない様にするのに一生懸命であり、グレンの話を聞いていない。 時折、木の実が零れ落ちそうになってフラフラしているのだが、それでも一回も落とさないのはスピリットの身体能力の高さ故であろう。 来た道を辿って戻っていると、森を抜けたグレンたちは元居た小川の岸までたどり着く。 山の中腹に位置する森の小川特有のまだまだ大きい石に、フィリスは何度も転びかける。 グレンはそんなフィリスに振り返る。彼自身もかなりの量を抱えているが、姿勢維持はされているので木の実が全く零れ落ちる気配は無い。 フィリスの後ろから付いて来ているリアナとレイナは、少しばかり危なっかしいながらもちゃんと抱えて歩いている。 「………」 ―― すっ… フィリスはグレンが止まっている事に全く気がつかず、腕の中の木の実を落とさない様に集中している。 後ろの二人もフィリス程ではないにしろ、石の足場に気を配って転ばない様にするのに集中していてグレンを見ていない。 故にグレンが立ち止まり、尚且つフィリスの進路上に片足を出している事に気がついていない。 よって―― 「ふみゃ?!」 ―― べちゃ 「はひ?!」 ―― どちゃ 「あ」 ―― ぐしゃ 始めにフィリスがグレンの出した足に引っ掛かって転ぶ。後続として続いたリアナ、そしてレイナの順番で転び、将棋倒しとなった。 そして抱えていた木の実3人分が辺り一面に盛大に散らばってしまう。 起伏がなだらかで、石で埋め尽くされている岸だった事もあってそんなには大きく散らばらなかったのは幸運であろう。 「きゅ〜」 「はひぃ〜」 「………ごめん」 2人が上に乗っかられて根を上げるフィリス。その上でリアナが転んだ事を恥ずかしがり、レイナは謝罪している。 そんな3人ピラミッドを見ながらグレンはやれやれとため息をつく。 「こぼさない様に気をつけるのはいいが、それで周りが見えなくなっていては本末転倒だ。 落としても良いから周囲の観察もする様に、いいか?」 「ふみゅ〜〜」 「…はいぃ〜」 「――はい…」 「…その前に、レイナ。お前はその上から直ぐに退くという発想は無いのか?」 未だにフィリスとリアナの上に乗ったままのレイナ。 グレンの話を聞いているのは彼女のみで、フィリスとリアナは根を上げているのだった。 その後、直ぐに起きたフィリスとリアナと共にレイナたちは辺りに散らばった木の実をせっせと集める。 グレンはそんな3人が集め終わったのを確認すると各々に指示を出す。 「まずはレイナ」 「…はい」 レイナの名を呼んだグレンは昨夜に起こし、朝方消した焚き火跡を指差す。 「レイナは焼くための火起こしを担当。焚き木はまだ残りが傍にあるのでそれを使う様に」 「はい」 「ただし、神剣魔法で火を起こす事」 「……はい?」 「頑張れよ」 グレンは言うや否や、レイナを焚き火跡の方に向けて押した。 レイナはそんなグレンに言われた事が理解出来ずに上向きでチラチラと見が、視線を向けられているグレンは平然とぐいぐいとレイナの背中を押している。 「今朝はかなり濃い霧が発生してかなり火が起き難いから火加減には気をつける様に」 「――はい…」 レイナは釈然としないながらも、グレンの言葉に従う事にして焚き火跡に歩いていく。 それを確かめてから、グレンはフィリスとリアナの方に向き直す。 「フィリス。リアナ」 「ふみっ」 「はい」 グレンの呼びかけにほど同時に返事をする二人。 「フィリス。返事をする時は『はい』だ」 「はいっ」 片手を上げて元気に返事し直すフィリス。 そんなフィリスにグレンはとりあえず納得して話を続ける。 「2人は木の実の殻取り。条件は神剣を使う事。神剣の力の制限はしない」 「神剣で、ですか…?」 「?」 グレンの言葉に不思議そうな反応をするリアナ。そんなリアナを不思議そうに首を傾げるフィリス。 神剣は戦闘で使うのがスピリットであり、木の実の殻取りに使うなどとは誰も考えない事だった。 他で使うにしてもそれは戦闘訓練の時であり、いくら訓練を名目にしたとしてもこんな神剣の使い方はしない。 「そうだ。リアナ、背中の『彼方』を手にとって俺の方に向けて構えろ」 グレンはそう言いつつ、集めて地面でコンモリと山を作っている木の実を最頂部から一個手にとる。 リアナはなおも納得いかないながらも、言われた通りに背中に背負っている『彼方』を両手で持ってグレンの方に切っ先を向ける。 グレンはそんなリアナから少し距離を取り、そしておもむろに手に持った木の実をリアナの方に向けて投げた。 「そのまま『彼方』を振って殻“だけ”を取ってみろ」 「――へ?!」 突然投げられた木の実に対して、リアナは『彼方』を軽く振って薙ぎ払払おうとする。 ―― スカッ ―― コロコロ… 「………」 しかし『彼方』の切っ先は、その木の実には当たらずに空振りに終わった。 リアナはへっぴり腰の奇妙な姿勢で、当たらずに地面に転がった木の実をジッと眺める。 「もう一回するか?」 「―――はい、お願いします…」 グレンは再び手に取った木の実を上に何度も投げながらリアナに提案すると、リアナは低い声で返事をした。 どうやら掠りもしなかったが気に触ったようである。その証拠にリアナの周囲にはオーラフォトンが展開し出していた。 ――オーラフォトン それは神剣の力を借りて体のエーテルの循環効率を上げ、身体強化する事が出来るのである。 その副作用として、使用者の周囲のマナとエーテルがオーラフォトンに反応して周囲に膜を形成する。 その副作用は体内から外に発散されるエーテルの防止とともに、圧力膜の形成で攻撃の衝撃波や緩和をしてくれる。 圧縮しすぎたオーラフォトンは、空間に過密収束しすぎたために小規模の空間爆発を断続で行う。 これによって起きる一定空間内の衝撃波が更なる防御や攻撃の補助を可能とする。 リアナが今展開しているオーラフォトンは自らの筋肉をより精密に操り、投げられる木の実に確実に『彼方』を当てようとしている。 しかし、オーラフォトンはスピリット自身だけに展開しておらず、神剣にも展開している。なので―― ―― ぽいっ 「………」 リアナは後方に構えた『彼方』をいつでも振れる姿勢で、グレンが投げた木の実をジッと眺める。 ―― ひゅるるるる… 「はぁ!」 投げられた木の実が『彼方』のアックス部分が丁度真ん中に来る地点に来ると綺麗な弧を描いて水平に薙ぎ払う。 『彼方』のアックス部は、吸い込まれる様に木の実の中心へと向かい、そして… ―― パァアアアン 「あ」 『彼方』のアックス部が木の実に当たる直前に、木の実は粉々に砕け散った。 リアナは殻が剥けるはずだった木の実が砕けたという結果に「やってしまった」と言わんばかりの声を上げる。 ―― パラパラパラパラッ… 「………」 「………おおー(ぱちぱち)」 四方に飛び散った木の実の残骸が降り落ちる。リアナは気まずそうにそれを眺め、フィリスはリアナの芸当に歓声と拍手を送った。 だが、フィリスのその行為はリアナの周りの気まずい空気を更にを増大させる事になっている。 先にも説明したが、オーラフォトンは神剣にも展開している。 故にそんな状態で木の実を斬ろうと、振って当てようとすれば刃が当たる寸前に神剣が纏っているオーラフォトンの圧力を木の実が受ける。 その結果、圧力を受けた木の実は殻だけでなく中身共々四散するのは明々白々である。 「とまぁ、ただ神剣の力を使って殻を取ろうとすれば当然こうなるわけだ。 それをうまく調節して殻だけを斬る、それがこの訓練だ」 そう言ってグレンは腰に下げている『月奏』を鞘から抜き出す。 朝日の白い光がその刀身に受け、青白くなって反射させる。 「フィリス。俺に向かって木の実を幾つか投げてくれ」 「はいっ」 ―― ぽぽいっ フィリスは言われた通りに木の実を投げる。だが、その量は4つ。 フィリスが片手に2つずつ掴んで無造作にグレンに向けて投げたのだ。 「リアナ、フィリス。よく見ておけ」 気まずそうに明後日の方向を向いているリアナにも声をかけ、こちらに注目させる様にした。 グレンは『月奏』を後ろに下げ、飛来する木の実を注視している。そして木の実が『月奏』の刃の範囲の入ったと同時に振り上げる。 ―― ひゅっ 音は一つ。グレンは一閃して振り上げた格好をする。 だが、スピリットである彼女たちにはグレンはその音一つの間に木の実2個を通過して振り下ろし、そしてまた振り上げて残り2個を貫通したのを視認している。 木の実は『月奏』の刃が通ったはずなのに割れずに落下していく。 ―― ひゅんっ グレンは『月奏』を一回転ながら、刀身を鞘に挿す位置まで戻す。 その間も木の実は原形のまま落下をし続けて地面に落ちる寸前である。 ―― チンッ ―― ぱかぱかっ 『月奏』が鞘に収まると同時に地面に接した瞬間、その殻が半分に綺麗に割れた。 殻が割れた木の実は、その中身である実は綺麗に真ん丸で転がって出てきている。 それをグレンは拾い上げ、リアナたちに見せる。その実には傷一つなく、綺麗なままである。 「神剣の力がなくともこういった芸当は可能だ。用はどうやったら殻だけが割れるか、だ」 「………(ポカーン)」 「おおー」 リアナはグレンの手の中にある実を見ながら呆け、フィリスはその中の一つと割れて綺麗な断面を比べて目を輝かせている。 リアナには『月奏』の刃が木の実を真っ二つにした様に見えていた。だが実際には殻だけが割れ、実が綺麗な原形のまま出てきていた。 エーテルを操ってオーラフォトンで何かした感じも全くなく、ただ剣を振っただけ。 その原理が全くわからなく、それでいてそれをやってのけたこの“レイヴン”と名乗った人物にリアナ驚嘆していた。 「俺が投げるから二人は少し離れて神剣を構えろ。始めは一個ずつ間を空けて投げるから当てる事に気を配れ」 「はいっ」 「――はい…」 フィリスは楽しげに、リアナはグレンの芸当に不信気に返事をする。 木の実の傍にグレン、そこから少し離れた所にフィリスとリアナは各々の神剣を構えた。 「言い忘れていたが、二人の朝飯のパンは割れた木の実から作るから頑張るように。割れなければ朝飯抜きだ」 「み!?」 「そんな!?」 投げられる木の実の結果から朝飯が決定する。 当たらなければ何時までも朝飯は無く、粉砕すればその分朝飯が減る。 グレンの宣告にフィリスとリアナは顔色を変える。 彼女たちは、朝の材料探しだけで既にお腹が空き空きの状態なのだ。 その点からも、グレンの言葉はある種の死刑宣告であった。 「それでは、いくぞ」 ―― ぽぽいっ グレンは二人の反応に構わずにそれぞれに向かって木の実を一個ずつ投げる。 そんな二人も慌てて神剣を構え直し、木の実の飛来に集中する。 「ふみゃ!」 ―― すかっ フィリスのフルスイングは見事に外れる。 「はっ!」 ―― ぱきゃ リアナは、今度はオーラフォトンを展開せずに神剣を当てるが、それでも木の実は中身ごと砕けてしまう。 「みゃ!」 ―― ぱっかーーーん… 次に投げられた木の実をフィリスは当てるも、刀身の腹だったために木の実は空高く打ち上げられて遥か彼方の森の中へと飛んでいった。 フィリスは150cmにも満たない身長と見た目だが、スピリットという存在故に見た目にそぐわない力をしっかり見せ付けてくれる。 「ふっ!」 ―― ぐさっ――ボロ… リアナの方は、神剣の薙刀部で木の実を刺して割こうとするも突き刺さり、急激で大きな圧力を受けた木の実はポロポロと崩れ落ちる。 勢い良すぎて刺したためにその衝撃が流しきれなかったである。 「フィリスはまず刃が当たる様に小振りにしっかり振れ。 リアナは朝飯がかかっているいるとはいえ焦り過ぎだ。中身も真っ二つにしてもいいからまずは粉々にならない様にしろ」 「「はいっ!」」 グレンからアドバイスを受けながら、二人は木の実目掛けて神剣を振るう。 朝飯がかかっている事に気合を入れるリアナ。木の実割りに楽しむフィリス。 二人はグレンのアドバイスの度に大きな声でしっかり返事をする。 徐々にだが、木の実を真っ二つに裂くリアナ。フィリスは時折、木の実をかっ飛ばすもどうにか割っていっている。 …………… 一方、神剣魔法で焚き火起こしを担当しているレイナもかなり苦戦していた。 彼女は岸の焚き火跡の前で屈んでその跡に枝を何本か置いて眺めており、その枝の下には大量の灰が積もっている。 「――大気に宿るマナよ、彼の物を振動させ、それをもって燃えさせたまへ」 レイナは『悲壮』を目の前に構え、詠唱している。 詠唱をすると枝の周りのマナが反応しだし、大気中の物質が振動し出す。 そして物質同士がぶつかり合い発熱、その空間の温度が上昇していく。 「ファイアボルト」 瞬間。 ―― ボンッ 枝自体も振動・発熱・発火。熱で膨張して枝自身が膨張の圧力に耐えられずに爆発。 ―― もくもく… 今朝の濃霧で枝が吸収していた水分が蒸発して水蒸気を発生させている。 そしてなおかつ、爆発しても枝から余熱で黒鉛を上げて完全に灰へと還っていく。 「―――次…」 レイナは先程から何度もこれを繰り返している。 火力・方法も微妙に変えていくも、それでも全く同じ結果であった。 そしてまた、灰となった枝の上に新たな枝を置いて詠唱を開始し出す。 「大気に――」 ―― べしっ 「枝を膨張させれば末路は同じだろうが」 詠唱を再び始めたレイナの頭を引っぱたいて中断させられる。 頭を叩かれ、前につんのめったレイナは頭を抑えて後ろを振り向く。 するとそこには腰に手を当てて立っているグレンが目に入った。 「ですが、神剣魔法で火を起こすには――」 ―― べしっ 反論しようとしたレイナの頭を再びグレンは叩く。 レイナは再び叩かれた頭を摩りながらグレンを軽く睨む。 「レイナ。お前の神剣魔法は空気中のマナ、つまりエーテルを介して空気中の物質を振動させて発火させるものだ。 枝をそのまま振動させて発火すれば、たちまち枝全体が燃え尽きる。それでは焚き木にはならないぞ」 レイナの睨みを無視して欠点を指摘するグレン。 指摘を受けてレイナは俯いてしょげる。まだまだ無垢な故か、自分の失敗を非難されて落ち込んだようだ。 「いいか、レイナ」 「…?」 グレンは腰を落とし、レイナの下を向いている顔を上げさせる。 レイナはそんなグレンの行動に不思議に思う。 「枝は朝の霧で水分を多く含んでいる。焚き木は乾いている方が燃えやすい。 今ある枝を焚き木にしたければ、まず枝の水分を抜き取る。そのためには枝の周囲の温度を上げれば水分は蒸発してい乾いていく。 そしてそのまま周囲の温度が上がれば枝の温度も上がる。上がればそのうち枝は発火する」 グレンはレイナの赤い髪を撫でる。 レイナは目を瞑り、撫でられてくすぐったそうにする。 「レッドスピリットの神剣魔法には『フレイムレーザー』というのがある。 それは対象の物体に四方から熱線を集中的に浴びせる事で急激な熱膨張を起こさせ、そしてそのまま対象の熱膨張限界で発火・爆発させる技だ」 撫でながら話すグレンをレイナは見上げる。 「フレイムレーザー…?」 「この技は対象部分に熱量自体を直接当てる。振動熱の譲渡だ。 物体を直接振動させる技より高度だが、枝を燃やすぐらいならお前でも出来るかもな」 グレンは撫でていた手で最後にレイナの頭を軽くポンッと叩いて立ち上がる。 撫でられた頭の感触を手で何度も確かめながらレイナは立ち上がったグレンを見上げる。 「今の話からも参考にしてどうすれば枝が焚き木になるか考える事だ。 …それと、レイナが焚き火を起こせないとせっかく苦労して殻を割った二人のパンが焼けないと後が恐いかもな」 グレンはそう言って後ろを示すと、そこではフィリスが投げた木の実をリアナが『彼方』を振って割っていた。 その木の実の大半は砕けたり空ぶったりしており、かなり難航している模様であった。 もしもこのまま火が起こせなかったら、リアナは―― 「………なるべく善処します」 少しそれを眺めていたレイナはそう言って振り返って再び『悲壮』を構えて詠唱の態勢を整える。 「そうしてくれ。それと、神剣に頼ってばかりではなくて神剣無しで詠唱してみる事だ」 レイナは少し驚いた様にグレンを見る。 「神剣無しで、ですか…?」 「そうだ」 神剣魔法は、神剣と同調する事で神剣魔法の知識を引き出して詠唱する事が初めて可能となる。 グレンはその神剣を使わずに、スピリットであるレイナ自身だけで神剣魔法を詠唱しろと言った。 本来、神剣無しではスピリットが神剣魔法を使えないのは当たり前であるのだ。 「神剣無しでは詠唱は――」 「出来ない、と?」 「はい」 レイナも神剣無しで詠唱した事はなく、神剣が無ければ詠唱は出来ないと思っている。 なのでグレンの言葉にレイナはしっかり頷いた。 「レイナは今までに神剣魔法を何回詠唱した?」 レイナは少し考え、今までどれくらい詠唱してきたか思い出そうとするが、わからなくて頭を振る。 「…覚えてません」 「少なくとも、何十回もやってはいるのだろう?」 「…おそらくは」 思い出せないほどであるので、レイナはその言葉には頷いた。 「ならば神剣から幾度も神剣魔法の同じ手順を思い描いてはいるはずだ。覚えているか?」 「…はい」 幾度となく神剣と同調し、『悲壮』から神剣魔法のプロセスを頭に直接思い描いて詠唱してきた。 『悲壮』と同調していない今は、おぼろげながらも幾度も思い描いているので覚えてはいる。 「いきなりでなくていい。簡単で自身に出来る事ことから神剣を使わずに詠唱してみろ」 「はい。…あの――レイヴン?」 レイナは恐る恐るグレンに声を掛ける。 「なんだ?」 レイナのそう様子に全く気にせずにグレンは返事をする。 「何故、神剣を使わないの…?」 当然の疑問ではある。スピリットは神剣を介して神剣魔法を詠唱するのが当たり前である。 それを神剣なしで詠唱させようというグレンの考えがまるでわからない。 人に質問するなどスピリットが許されないと教えられえていたレイナだったが、グレンの突飛な言葉に質問せずにはいられなかった。 「神剣から知識を貰い、それから詠唱していては時間が掛かる。 神剣から常に知識を貰うのではなく、自ら覚えている詠唱なら例え僅かな差であっても戦闘では大いに違ってくる。 神剣からのプロセスを省く事で詠唱速度を上げ、なおかつ神剣は詠唱のさらなる補助に回す事が出来る様にする。 そうすれば神剣魔法の全体的な詠唱の向上を可能になろう」 「???」 グレンの説明に追いつけないレイナ。 先の『フレイムレーザー』の話は今のよりも短かったのでどうにか理解出来ていたが、レイナはスピリットとはいえまだまだ子供である。 なのでレイナは頭に「?」マークを一杯表示させるほど理解出来ないでいる。 「用は、いちいち神剣を使って詠唱するな。何回もやってきたんなら自分だけで詠唱してみろ。 空いた神剣は新たな詠唱の向上実験に使え、と言う事だ。…わかったか?」 「はい。今のなら」 「なら良し。俺は向こうの方を見ている。何か質問があれば呼ぶ事。んじゃ」 「んっ…はい」 グレンはそう言うと、レイナの頭をまた軽く撫でてフィリスたちの方へと歩いていった。 レイナは頭を押さえてグレンを見送り、そして置いた枝に向き直った。 そして、自分の神剣である『悲壮』を眺めてレイナは考える。 「………」 ―― かちゃ レイナは『悲壮』を脇に置き、置いている枝に両手を出して目を瞑った。 そして思い描く。今まで何度も描いてきた詠唱のプロセスを。その度に感じたマナの動きを。 「神剣を介さず、枝を燃やす…」 そう呟き、今まで自然と神剣から与えられた詠唱のプロセスを思い出す。 今まで考えず、感じてきた詠唱を自ら詠唱。『悲壮』無し故にそのプロセスは稚拙。 しかし、レイナは自身が身体で、感覚で詠唱を描き出す。 「………」 そして、レイナの周囲のマナが不自然に動き出して――。 …………… ………………… 「――で。その結果がその頭か」 「……はい」 「まぁ、神剣無しの詠唱で発火させられただけでも成果はあった訳だし。成功ではあるな」 「………はい」 レイナの詠唱は見事に自爆した。 『悲壮』を用いずに詠唱したレイナは、周囲の大気のエーテルを振動させる事には成功した。 したのだがその後の制御に失敗し、そのまま大気中でポンッと爆発。 枝は着火したのだがレイナも爆発の煽りを喰らった。具体的には、レイナの髪が… ―― もさもさ 「おお〜」 「………(ぷるぷるぷるぷる)」 「しかし見事に出来上がったな。その“アフロ”は」 爆発を顔面に受け、顔中を真っ黒にしている。髪の毛はグルグルで丸々ジャンボな赤髪のアフロが出来上がっていた。 フィリスはレイナのその出来たモフモフ髪を触って驚きつつもしっかり楽しみ、リアナはそっぽを向いて笑いを堪えている。 当の本人は顔は洗ったものの、アフロ髪はどうすればいいのかわからずに放置している。 元々髪の毛は切らずに伸ばしっ放しだったので、ロングのポニーテールにしていたためにアフロ加減が更に凄くなる結果を生んだのだ。 レイナは一度は戻そうとはしたものの、水に漬けると垂れ下ってむしろ邪魔になってしまうのが放置している理由だった。 「フィリス、リアナ。お前たちはパンの焼き具合をちゃんと見ていろ。俺はレイナの髪を何とかする」 「は〜いっ」 「(ぷるぷる)――はい…」 リアナは返事もままならない程、レイナの今の髪の状態が可笑しいらしい。 レイナはそんなリアナが何故そうしているのかわからずにいるので、声をかけようとしているのをグレンが止める。 「レイナ。お前はこっちだ。今のリアナにお前が声をかけるのは逆効果だ」 「?――はぁ…」 理解出来ずに曖昧に返事をするレイナを連れて、グレンは小川の浅瀬に向かう。 そこで浅瀬の中で比較的深い所でレイナを抱えて爆発頭を漬け、ストレートに戻る様に浸して濯いだ。 後は濡れた髪を何処からとも無く出したタオルで水気を取り、櫛でといでやった。 「まぁ、一応これである程度は元に戻ったが完全には無理だな。いっそのこと切るか?」 「どちらでも構いませんが…」 レイナはまだくねくね曲がって垂れ下る自分の髪を弄りながら答える。 さすがに先っぽの方は煤けており、僅かながら金色の粒子が立ち昇っている。 スピリットはその身体をエーテルで構成されている。 機能が停止した細胞へのエーテル循環が途切れれば、スピリットの生態構成を離れるので空気中にその部分のエーテルが拡散していく。 拡散したエーテルはマナへと還り、金色の粒子となって空間上に溶け込む様に可視領域から消えるのだ。 なのでレイナの煤けた髪の先から立ち昇る金色の粒子は、レイナ自身の生態構成のエーテルだったマナなのである。 「んじゃあ、今夜にでもやるからそのつもりで」 「はい」 髪を戻し終わった二人はレイナが起こした焚き火へと戻っていく。 そこでは焼いていたパンが焦げかけて慌てている二人と遭遇。どうにか消し炭にはならずに食べられる物の救助に成功した。 元々フィリスとリアナの木の実割りでは人数分はどうにか確保出来たものの、木の実の8割は失敗に終わっている。 遥か彼方にかっ飛ばし、粉砕し、崩れ落とし、etc…等々の結果である。 焦げ付きが酷い物はグレンが頂き、比較的無事な物はスピリットの少女たちが頂く事に。 一人一個(グレンは炭パン2個)をさっさと食べ終わるとグレンは毎朝この訓練をすると言い、それを聞いたフィリスとリアナはゲンナリした。 「レイナにも火起こしが終わったら参加してもらうからそのつもりで」 「――はぁ…」 日が昇り、ようやく完全な朝を迎えた空と世界。 森の中での訓練はまだまだ始まったばかりである――。 |
||||||||||||
|