作者のページに戻る




Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第七話 「 模擬戦 - 後編 - 」



加速のタイミングは両者ともにほぼ同時。
だがやはり、訓練の練度や体内エーテル保有量の違いゆえにフェリス側の加速度の方が低く、遅れをとっていた。
それでも亜音速域に達しそうなほどの相対速度となり、先頭をきっている相手のブルースピリットがフィリスへと襲い掛かる。
フィリスはハイロゥを上へと羽ばたかせる事で屈んで相手の初撃を避けるも、そのまま膝蹴りがフィリスの顔面目掛けて迫り来る。

その蹴りを『雪影』から離した片手で抑え、フィリスはそのまま『雪影』を振り上げる。
が、あえなく相手の神剣によって防がれ、再び相手ブルースピリットの斬撃が襲ってくる。

「にゃっ!」

ハイロゥを大きく羽ばたかせてフィリスは後退し、距離をとって避ける。
相手ブルースピリットもハイロゥを羽ばたかせて再度攻撃しようとするも、フィリスの脇からリアナが迫ってくる。
リアナは既に『彼方』で突きを繰り出しており、ブルースピリットはそれを正面から神剣で受け止める。

―― ギンッ!
「――っ」

突きの衝撃を正面から受けた事で少しうめきながら後方へと吹き飛ばされ、その隙を補うかの様に相手レッドスピリットが前へと踊り出る。
レッドスピリットはフィリスの前に出たリアナに自身の神剣を前の刃で振り、戻す際に後ろの刃で追撃を繰り出す。
そして戻った前刃で再び斬りかかる連撃。リアナも『彼方』を回し、薙刀部分と長い柄を使い分けて相手の連撃を防ぐ。

スピリットの中で相手レッドスピリットはそれほど速くは無い連撃ではあるが、それでも両刃を併用した連撃にリアナは防御を強いられる。
そして再び舞い戻ってきたフィリスがリアナに加勢しようとするも、さらにその後方から出て来た槍の突きを受け止めることとなり、加速の勢いを相殺された。
最後尾に居た相手グリーンスピリットが、吹き飛ばされた相手ブルースピリットと入れ替わるように飛び出してフィリスの加勢を防ぐ。

「――はっ!」

軽い声であるも、それでいて無駄を極力抑えたその吐き声とともに、相手グリーンスピリットの突きがフィリスを襲う。
初撃を防ぐものの、直ぐに新たな突きが繰り出さる。それを再び防ぐとまた新たな突き。
フィリスは右手左手両手と『雪影』を上手く持ち替えながら、流れるような動作で相手の連続突きを弾いていく。
直撃に近い突きをフィリスは足とハイロゥで使って後ろに下がる事で衝撃を受け流す。
その間に援護すべきリアナから距離が遠ざかっていき、援護に向かう隙を与えてもらえないでいる。

「――フィリスはそのままその娘を抑えといて…」

「うみっ!」

斜め後ろからかけられた声に返事をしたフィリスは、繰り出された突きを斬り結んで左へと刃を誘導させる。
そしてそのままハイロゥを真後ろへと真っ直ぐ伸ばし、助走なしに瞬間的な加速を得て相手グリーンスピリットに体当たり。

―― ドカッ!
「っ…」

「今っ!」

右肩を突き出し、空けた右腕を抱える様に胸の位置で固めて相手の胸部へと激突。
強力なオーラフォトンを展開している相手グリーンスピリットは、衝突の寸前に激突ポイント周辺のオーラフォトンを一時的に増幅して衝撃を緩和した。
それでも殺しきれなかった衝撃に舌打ちとも言える呻き声を発し、動きを封じられる。

その間に、折り重なっているフィリスたちの右脇をレイナが通過ついでに、その流れに逆らわずに『悲壮』を回転させての横薙ぎが、相手グリーンスピリットの背中へと迫る。
相手グリーンスピリットはそれを察して右足を後ろへと突き出し、神剣の柄でフィリスを殴り飛ばすついでに右手に展開しているシールドハイロゥで『悲壮』を弾く。
フィリスはそのままレイナの方へと投げ飛ばされるも、突き出された『悲壮』と『雪影』を切り結ばせて両者共に勢いを相殺。

―― ギィイイイイン!!

そして両者同時に弾き合い、フィリスはその勢いと再び羽ばたいたハイロゥの加速で相手グリーンスピリットへと斬りかかり、レイナはその勢いでリアナへの援護に向かう。
それを防ごうとグリーンスピリットが腰を落として攻撃距離の長い突きをレイナへと繰り出そうとしたが、迫ってくるフィリスによって阻止された。


リアナは最初の相手レッドスピリットの連撃に加え、再び戻ってきていた相手ブルースピリットの重い斬撃の攻撃の洗練を受けている。
幸いにも、レッドスピリットの連撃は片手に持った『彼方』で捌く事が出来る程の威力であったので、両者の配置を上手く調整するように動く事で2人分の猛威を激減させていた。
レッドスピリットの連撃を受け流してブルースピリットの一撃に切り結ばせ、ブルースピリットの攻撃を相手レッドスピリットをリアナとの間に来るように立ち回る事で中断させる。

相手もすぐにそれを把握し、そろそろその手段の効果が切れる。
相手ブルースピリットが流れる様に『悲壮』と斬り結ぶとその流れのままに後退し、その上でハイロゥの降下速度を加えた一撃を振り下ろしてくる。
今のリアナは弾かれた勢いで体勢の立て直しの段階で、その一撃を防ぐ事も避ける事も出来る猶予はなかった――が、その時。リアナは両肩に重さを感じた。

「――リアナっ」

「んっ!」
―― ガキィン!

相手ブルースピリットの今までで一番重い縦斬りを防ぐレイナ。
彼女はリアナの両肩に両足を乗せて『悲壮』の中央の柄で受け止め、斬撃の衝撃を両肩に受けたリアナは踏ん張り、足を地面に小さく陥没させつつ堪えた。
レイナは舞い上がらせた腰の衣を柔らかく舞い下ろさせつつ、相手の神剣を交わらせつつリアナの肩を跳んで押し返す。
リアナもレイナが跳んだ反動で後退しつつ『彼方』を突き出し、相手レッドスピリットへと矛先を向ける。

「はぁ!」

リアナはそのまま相手レッドスピリットへと突撃し、突きを繰り出して相手の神剣を斬り結ばせる事で足を止めさせる。
そのまま接近し、柄の打撃を防がせて『彼方』のアックス部で薙ぎ払いにかかる。

「ウィンドウィスパー」

―― バチィイ!

「っ!?」

後少しで神剣諸共吹き飛ばし、その隙にレイナとフィリスの状況把握をしようとした手前、聞えてきた一声と共に相手レッドスピリットの周囲で風の壁が発生しだした。
それはリアナが薙ぎ払おうとしていた『彼方』を弾くほどであった。

そのまま相手レッドスピリットは風を纏ったまま攻撃をしてくるも、リアナは一旦距離を離して避ける。
丁度レイナも同じ場所へと後退していたので、お互いに背中を合わせて状況確認をする。

相手レッドスピリットと同じく、相手ブルースピリットも見えない風を纏っていた。
正確にはオーラフォトンのさらにその周りに、さらなるエーテルの壁という名の循環フィールドが形成されている。

オーラフォトンによって発生している圧力と衝撃波の壁。
衝撃波の壁のさらにその周囲に展開させたエーテルの衝撃波をに留まらせ、二重の壁を成している。
先ほど『彼方』が弾かれたのは、突如発生したフィールドによる衝撃波とその流動の勢いのよる遮断という壁によって威力を減衰させられ、元から展開していたオーラフォトンによって完全に威力を殺されると、そのまま発生している循環フィ―ルドの流れの勢いで弾かれたのである。

そして先ほどの声。あれは神剣魔法時の声であり、防御の神剣魔法を使えるのはグリーンスピリットである。
先ほどからそのグリーンスピリットと戦っているはずのフィリスの方を見る。
そこには神剣魔法を唱えた余韻の構えをしている相手グリーンスピリット、そこから少し離れた場所で左肩を抑えているフィリス。
フィリスのその肩を見やると、グレン製の服に仕込まれている肩の金属プレートが露出し、その破片が砕け落ちていっている。


フィリスは少しの間、斬り合っていたがそれでも相手グリーンスピリットの速い連続突きを防ぎきれず、『雪影』で切り結べなかった突きを横に避けようとするも避け切れなかった。
そしてそのまま肩へと吸い込まれる様に刺さるかと思いきや、服の肩部分に仕込まれていた金属プレートを大きく削りながらも弾かれ、肩を突き抜かれずに吹き飛ばされる。
その肩からきりもみしながら弾き飛ばされたフィリスは、ハイロゥの翼で軌道修正するもそのまま地面へと転がりこんだ。

「っ!――くっ!?」

腕にも仕込まれていた金属プレートで激突の衝撃を防ぐも、フィリスはうつ伏せに倒れて直ぐに立ち上がれなかった。
相手グリーンスピリットは自身の神剣を突き出した体勢を戻し、少し離れて戦っている味方のスピリットを見るや否や、そのまま詠唱を始めた。
それに気づいたフィリスは直ぐにでも立ち上がろうとするも、肩に貰った衝撃の余波で身体の自由がまだ戻らなかった。

「ウィンドウィスパー」

相手グリーンスピリットはその足元に魔法陣を展開し、そのまま詠唱を終えて神剣魔法を発動させた。
魔法陣が周囲へと溶け込み、一定範囲内のスピリットへと反応を見せる。

が、その効果が発揮されるのは、詠唱者が任意に指定したエーテル循環の波長を持つ者のみ。
基本的に範囲内全てのスピリットに効果を出させるのだが、それでは発動時の必要エーテル量が多くなり、そして周囲のマナが無駄に多く使われてしまう。
それでは展開したエーテルのフィールドがマナに戻ろうとする向きに傾きやすくなり、折角の神剣魔法も本末転倒な結果になってしまう。

スピリットにも個々のエーテル循環の波長を持っているので、詠唱の際にそれを読み取り、反応させる対象を限定化。
発動させるとその波長を持ったスピリットのみが神剣魔法の加護を受けられるのである――。


「禁止されれていたのは攻撃魔法のみだったっけ…」

「――少し勘違いしていた様ね」

リアナの確認の呟きにレイナが補足の反省の声をかける。
2人は背中合わせにしつつ、こちらもリアナの神剣魔法の詠唱の機会を覗うも、体勢を再度整えつつ何時でも攻撃を再開できる構えでいる相手スピリットたちの前では直ぐには不可能である。
フィリスもやっと起き上がり、ハイロゥの翼を動かして身体の調子を整える。
その間に相手グリーンスピリットも詠唱の余韻を既に残していなかった。

模擬戦を始めて以降、双方ともに優劣のつけ難い戦いを繰り広げていたが、ここに来て初めてフィリスたちが劣勢になった。
攻撃しようにも、今のフィリスたちではあのフィールド前では生半可な攻撃では突破できない。
そして、フィリスたちに向けて再びフェリクスのスピリットたちが襲い掛かってきた…。

……………

「なかなかですね〜。あれだけ立ち回れるとは……私の想像の遥か上をいっています」

戦いを繰り広げているフィリスたちの傍らで見ていたフェリクスは感嘆の声を上げた。
何故ならば、模擬戦を開始していから早数分。双方共に致命傷を誰一人とて負っていないからである。

フェリクスはこの一ヶ月で最高傑作と言えるようなスピリットを集中的に育成してきた。
その中でも選りすぐりの精鋭をぶつけさせていたのだが、生まれて間もない『雪影』を筆頭に、まだ教養すら中途な『彼方』と『悲壮』がそれを抑えている。
初めは在り得ないと思った。ただのマグレか、と。

スピリットの戦いにおいてスピリット自身のエーテル保有量の差はそのまま戦闘に直接反映される。
エーテル保有量が多いという事は、肉体強化に体内エネルギー循環の高好循環を促進させる事が出来る。
つまり、エーテル保有量の差があると、その差だけ立ち回りに開きが出来てしまう。

実際にエーテル保有量が違うスピリット同士では、多い方が相手への攻撃出来る回数・回避する回数も如実に開きが出来ていた。
保有量が同じスピリット同士ではお互いになかなか攻めきれず、何時までも斬り結び合っていた。
なので、スピリット戦闘では、即座に倒される者。時間ばかりかかる相手と大きく違う戦闘になる。

スピリットの色ごとの相性の関係もあるが、一般的なスピリットの訓練はどれ程うまく体内エーテルを駆使できるか、という事に重点が置かれている。
幾らエーテル保有量が多くとも、それを余らせる・余剰に消費する戦いをされてはエーテルが勿体無い。
ゆえにスピリットの訓練は、体内エーテルの循環関係・神剣との同調率を上げることによる、純粋な戦闘に対するエーテル使用が主眼なのである。

フェリクスはそれを心がけて念入りに、神剣との同調率も毎日行わせていた。
そんな手塩を掛けたスピリット3体を相手に訓練士初心者――いや、スピリットの訓練を初めて行ったスピリットが互角に渡り合っている。
エーテル保有量にも当然の事ながら、フェリクスのスピリットの方が多くのエーテルを保有している。
この一ヶ月で2回や3回は個々にマナを与え、グレンのスピリットには今朝の一回のみ。これだけでも大きな差はあった。
しかし、それでも、渡り合っていた。

―― 今、自身の隣で佇んでいるこの男は、一体どんな訓練をさせたのだろうか?

―― 『雪影』が吹き飛ばされても顔色一つ変えないでいるこの男は、エーテル量の差をどう埋めたのだろうか?

疑問と畏怖を感じると同時の、焦りも感じる。
自分を超えると思っているこの男に、ただ一回。たった一ヶ月で超えられてしまった。
これでは既に道を閉ざされたも同然である。

戦いを続けているスピリットを見て、戦闘能力だけでは既に精鋭と同等だとフェリクスは判断せざる得ない。
違いといえば、一撃の威力に差があるのみで、動きそのものは上をいかれていた。

「――今までは、な。だが、今はもう劣勢ではあるが…」

グレンの返した言葉に、安堵にも似た喜びの頷きをするフェリクス。

確かに同等の戦いを繰り広げていたのだが、グリーンスピリットの防御魔法によって形勢は大きく傾いた。
一撃の威力が低い今のフィリスたちでは、あの風の壁を貫通させる事は難しい。
仮に貫通させたとしても、その先にあるオーラフォトンも破らなければならないので、二重障壁の突破し切るのは不可能に近い。

そして今、威力を殺されたフィリスたちにフェリクスのスピリットたちが襲い掛かかっている。
フィリスたちは相手の神剣を受け止めて防御し、流して攻撃するも、纏っている風に刃が阻まれて届かない。
その間に再び振るわれた神剣を避け、威力の無い攻撃を繰り出しても相手に付け入る隙を与えるだけなので距離を離す。

エーテルの風はオーラフォトンの安定化にも作用し、スピリットの身体能力の向上にも影響を及ぼす。
それにより、さらに上がった加速によって即座の詰め寄られ、体勢を整え直す前に攻撃を仕掛けられている。

神剣魔法の有無によって、戦闘自体を完全に左右するという話は事実である事が今のこの状況で如実に物語っていた。
これにレッドスピリットの攻撃魔法が加わるという事は、実際の戦闘ではもっと速く殲滅出来る。
スピリットの戦いが主体となるこの世界の仕組みの一旦はこれに由来する事も伺えた。

「そうですね〜。いや〜、惜しかったですね〜」

肩を愉快に揺らしながら、その頭頂部も盛大に煌いていた。
周囲で観戦しているスピリットらも、その閃光に目を殺られる者が続出している。

同等の戦いを継続させられていた時は大いに肝を冷やしていたフェリクスだったが、神剣魔法を使える時間を稼ぎ出した事は嬉しい誤算であった。
もし、神剣魔法全部の使用を禁止させていたら、どちらが負けるか見当もつかなかった。

しかし、今となってはそれは過去の事。この機を逃させないためにも、確実に殺して貰わばければならなくなった。
フェリクスはグレンに見えない位置の手で合図を送り、殲滅をスピリットに指示させる。
それによってフェリクスのスピリットたちの攻撃はさらに苛烈となり、自身より幼いスピリットに対して容赦の無い攻撃を繰り出す。

「これで勝敗は決しましたかね〜?」

焦りの要素が消え去り、余裕を取り戻したフェリクスは何時もの含みのある笑みをグレンへと向ける。
グレン自身、それを見やる事もなくそのままジッと戦いとは言えなくなってきた“狩り”を眺め続けていた。

「―――― 一つ、疑問がある…」

少しした後に、おもむろに語り出すグレン。フェリクスは笑顔のまま首を傾げた。

「何がでしょうか…?」

「今朝、奴らにマナを与えた」

フェリクスは先を促させ、グレンは答える。
確かにグレンはフィリスたち3人にマナ結晶を与え、神剣に吸収させていた。

「そうですね…それが何でしょうか?」

フェリクスはグレンにマナ結晶を与え、『雪影』らに与えたと認識している。
マナを与えれば体内エーテル量は増加し今まで以上の能力とオーラフォトンを展開出来る。
模擬戦の前に与えたのだから、その力は今発揮されているはずであり、もう既にそれは意味を成さないでいるのだが…。

しかし何故今、グレンがその事を語っている理由をフェリクスは理解出来なかったが、次に言葉によってそれは氷解した。

「与えた、が―――何故か“与える以前と同じ質のオーラフォトン”しか奴らは展開していないでいるのは何故だろう、かと」

「――っ!!?」

その言葉を聞き、フェリクスは後は殲滅のみと考えていた戦場へと目を急いで振り向かせた。


―― キィイイイイン!!!


澄み渡るような涼やで高い金属音が鳴り響いた。フェリクスはその光景に目を見開き、そして愕然とさせる。

フェリクスの目に映った光景は、彼が手掛けたスピリットたちが圧倒されている光景であった。


「はっ!」
「っ!!?」

フィリスが相手ブルースピリットに連撃を繰り出している。
その一つ一つの威力自体は神剣魔法の壁によって緩和されているが、衝突後から来る重みによって腕に衝撃がほとばしる。

フィリスは防がれるも『雪影』を振り切ろうとしているので、威力は振り切るまで継続されている。
なので、フィリスは相手ブルースピリットの神剣と『雪影』が交差し、防がれてもそのまま腕の力を『雪影』へと還元し続けていた。
グリーンスピリットの神剣魔法によって衝撃そのものは相殺出来ているものの、その後から来る重みは殺せないのある。

相手ブルースピリットはフィリスの連撃を受け止めつつ後退していると、真横からレイナが足元目掛けて『悲壮』を振ってきていた。
ブルースピリットはハイロゥを羽ばたかせ、浮く事で『悲壮』の刃をやり過ごしたが、正面から『彼方』で突きを繰り出すリアナが目に映る。
フィリスの両肩を足場にリアナは、フィリスの前進する脚力とハイロゥの羽ばたき、そして自身の跳躍の相乗効果で一気に相手ブルースピリット肉薄して『彼方』を突き出していた。

―― ギィイイイイインン!!

『彼方』の薙刀部が相手ブルースピリットが纏っている風に衝突して空間を震撼させ、それでも殺せなかった勢いで突破。
そしてその先にある防御の為に、胸の前に出されていた刀身のオーラフォトンに衝突。お互いのオーラフォトンの衝突で火花が飛び散る。
勢いが一気に殺され、直ぐにでも弾かれそうな所で『彼方』の位置をそのままに、リアナは自身の身体のみを瞬間的に前進させる。
前進した身体の分だけ『彼方』を更に突き出す事で勢いを伸ばし、オーラフォトンを突破。直接相手ブルースピリットの神剣を突くと、閃光を発した。

「っうあ!!?」

相手ブルースピリットは自身の神剣が胸へと押し戻され、リアナの突きの余力で一気に吹き飛ばされる。
刀身に突きを食らった神剣は、突かれた部分から金色の光が僅かに漏れ出していた。
無防備な神剣の刀身にオーラフォトンの加護のある神剣の直撃を貰えば、損傷はどうあっても免れないのだ。

突き出した姿勢で滞空しているリアナに、真下から相手グリーンスピリットが胴体を切断しようと真上へと神剣で薙ぎ払いにかかる。
しかし、その真横から迫る2つの刃。相手グリーンスピリットは攻撃を中断して神剣の柄をそちらへと突き出す。即座に衝撃が腕を伝い、踏ん張っていた足元の地面が大きく陥没する。
リアナの隙をフィリスとレイナが同時に仕掛ける事で完全に無くし、リアナの攻撃の時間を稼がせた。

「はぁああ!!」
「!?」

突き出した姿勢のまま空中で回転するリアナ。
半回転で相手の位置確認と体勢を整え、もう一回転で振りの勢いをつけた『彼方』で真下にいる相手グリーンスピリットの背中へと回転斬りをお見舞いする。
フィリスとレイナの神剣の勢いを殺し切れないまま片手を離し、展開しているハイロゥで『彼方』を受け止める。

―― パァアアアアン!!

両サイドからの重い攻撃を受け止めて堪えていたが、3つの刃による一方向へ薙ぎ払いで勢いを殺す暇もなく高速で相手グリーンスピリットは吹き飛ばされる。
その先には援護に来る途中のレッドスピリットが存在しており、そのレッドスピリットは味方グリーンスピリットと衝突して一緒に吹き飛ばされる。

大地へと寝転ばされた相手スピリットたち。そんな相手スピリットを見据え、お互いに背中合わせにして各々の神剣を構えるフィリスたち。
彼女たちのオーラフォトンは開始当初に比べるまでもなく強力になっている。
フィリスのハイロゥからは白い光が発しており、こちらも開始当初に比べると柔らかく力強さを感じさせる翼になっていた――。


「―――何故、なのです…!」

その光景にフェリクスは人知れずその言葉を苦々しく呟いた。
そんなフェリクスを尻目に、グレンは両腕を組んで空を見上げて少し考えている。

「何処にあんな力を持って…!?」

フェリクスのスピリットは確かにグレンのスピリットを先ほどまで圧倒し、後一息で仕留められる所まで追い詰めていた。
なのに今では逆転されているではないか。フェリクスは現状に歯噛みをし、不可解な事実に全身から脂汗を垂れ流している。

「――おそらく、今朝与えたマナが今になってやっと身体に馴染んだのだろう」

今のフェリクスはそれを聞いているか怪しい所でもあったが、グレンは推測を述べる。

「供給されたエーテルが完全に身体に定着するにはそれなりの時間がかかる。
ましてや、まだ幼いスピリットであるフィリスらにはそれの変化は大きく、また時間もかかる」

人間の幼子の成長が著しいのと同じく、身体が人のそれと酷似し、またマナ供給で急激な成長が可能なスピリットでは尚更であった。
今朝に与えたマナが半日もしない内に完全に定着する事自体可笑しいと考えるべきである。

「模擬戦開始時点ではまだ完全に定着し切れていなかったのだろう。
戦いの最中でも、森での訓練に比べて攻める回数が極端に少ない理由もこれなら説明はつく」

グレン自身、戦闘訓練幾度も斬り結んでいた経験も多々あるので、あれしきの攻撃で劣勢の回されていた事が不思議だった。
だが、新たに供給されたエーテルを戦闘そのものに消費されるのを防ぐために、フィリスたちは攻撃を控えていたのである。

人間の身長が急激に伸びる際、関節に大きな痛みが発する事がある。
それは骨自体が急激に成長したために、関節機能が大幅な制限を受けたために起こる現象。
相手グリーンスピリットに吹き飛ばされたフィリスが、即座にダメージ回復しなかったのはエーテル供給による急激な身体の成長が原因と見て間違いはないのであった。

それらが完全に定着しきったフィリスたちに向かって、相手スピリットたちは再び襲い掛かる。
フィリスたちもそれぞれ同色同士で対峙するも、威力では引けを取っているのは今でも変わらない。
ゆえに森での神剣の力の使わない時の訓練技術を駆使し、体捌きで相手の神剣の攻撃を避ける。

相手の体内エーテルの動きを感じ取って先読みし、身体全体を使った攻撃と乱れのない振りで重い攻撃を幾度も繰り出す。
今は体内エーテルの活性化の向上によって動きに流れとキレが出ており、動きでは相手スピリットを一枚も二枚も上回っていた――。


「―――!(ぎりっ)」

フェリクスは歯をギリギリと鳴し、焦っていた。完全な誤算である。
グレンに訓練士として上をいかれただけでなく、そのスピリットの実力すら上を行かれ、既にフェリクスのスピリットの勝機は皆無であった。

「………(すっ)」

それでも念のために用意していた最終手段を。再びグレンに見えない位置で合図を送る。
フェリクスのスピリットたちはそれを見逃さず、最終手段の指示のままに動き出した。

レッドスピリットが大きく後退したかと思うと、他のブルースピリットとグリーンスピリットがフィリスたち3人に猛攻と言うには余りに激しすぎる攻撃をしてくる。
その一撃自体を受ける事は叶わないフィリスたちは、後退せざる得ない。
それでも攻撃を貰っていないのであまり意味を成さないが、それでも後退したレッドスピリットとの距離は離された。

「……大気を振動させ、起こる炎の塊よ。己が加速し、触れるモノを破壊せしめん――」

後退し、自身の神剣を構えたレッドスピリットから紡がれる言葉。
身体の周りに浮遊していたスフィアハイロゥが消滅し、かざされている手の前の魔法陣へと昇華する。

フィリスたちとの直線状から相手ブルースピリットとグリーンスピリットが左右に避けていく。
開けた全面に視界に映る相手レッドスピリット。その掲げられた己が手の平に展開する魔法陣とその先に集中するエーテルと振動熱。

「――フィリス、レイナ。わたしの後ろに…」

リアナの言葉に2人は小さく頷くと、彼女の背後へと即座に移動した。
相手レッドスピリットのかざされた手の目に集束していく振動熱が赤く発光し、集束していたエーテルがリアナ目掛けて振動熱を微量に照射し出す。
紡いだ詠唱を完成させた相手レッドスピリットは、後は最後の言葉を発するために一息入れた次瞬――

「ファイアボール!!」

集束した膨大な熱量が炎弾となり、リアナへと照射されている微量の熱線に沿って加速する。
迫り来る炎の塊を前に、リアナは『彼方』を持っていない片手をそれを掴むようにかざした。


―― 高速で迫る炎の塊は既にリアナの目の前まで迫っていた。


「はあっ!!!」

―― バチィイイイ!!


「っ?! 何ですか!?」

「………」

訓練所の広場に強烈な熱を含んだ突風が吹き荒れる。
フェリクスや観戦していた他のスピリットたちはその熱さに背を向け、グレンのみがその熱さに髪の毛をチリチリと焦がしつつ眺め続けていた。
熱風が止むも、辺りは一瞬にして熱気に満ちる。フェリクスもやっとの事で着弾地点であるリアナを見やると、目を開ききって驚愕した。

「――何とか、成功出来た…」

「…リアナ、平気?」

「ええ、大丈夫よ。フィリスは…?」

「周りが熱い〜」

“無傷”なグレンのスピリットたちが確かにそこに居た。
各々の服装や髪の毛の端に焦げ目がついている程度で、攻撃による身体的損傷が全く見当たらない。

相手レッドスピリットの攻撃魔法の炎弾が手の平に触れるか触れないかの瞬間、リアナは頭上で準展開していたハイロゥを瞬間的にその手の平の先に集束させてシールドハイロゥを展開。そして、そのまま集束させたエーテルを拡散させた。
圧縮して展開するシールドハイロゥのエーテルの急激な拡散。それによる大きな衝撃波を受けた炎弾は圧力で爆発するも、巨大な衝撃波の前に熱量をも押し出されてしまい、リアナたちにダメージを与えられなかった。
押し出された熱量はハイロゥのエーテル拡散による衝撃波とともに散り、熱風となってフェリクスたちに襲い掛かったのである。

熱風を前にしてそれを確認できたのはグレンのみであり、フェリクスらがそれを窺い知るはなかった。
レッドスピリットの神剣魔法を防ぐ手段は詠唱自体を妨害するか、ブルースピリットの『アイスバニッシャー』で魔法そのものを消滅しか方法は存在しない。
そのはずが、グレンのスピリットたちはそのどれも用いずに防ぎきっていた。ゆえにフェリクスは驚き、恐怖する。

その在り得ない事を可能にしたのは、間違いなく隣にいるこのグレン・リーヴァという男。
フェリクスはその男の顔を見やると、その男もフェリクスを見てきていた。

「フェリクス。攻撃魔法は使用禁止なはずだが?」

「――――」

「フェリクス。“スピリット自身が危機感を抱いて勝手に”行ったにせよ、既に模擬戦の目的は達成しているはずだ。止めさせるか?」

「――――」

「フェリクス」

グレンの呼びかけにフェリクスは全くの反応を見せない。
試しに手の平をフェリクスの目の前で振ってみたが、これでも全くの反応がなかった。
そこでグレンは気がついた。

「………」

フェリクスは立ったまま、気絶していた。これではグレンの呼びかけに反応しないはずである。
グレンはそのまま視線をフィリスたちに向けると、既にフィリスたちに向かってフェリクスのスピリットたちが攻撃を仕掛けており、神剣魔法を放ったレッドスピリットも再び詠唱の準備に入っていた。

もはやフェリクスのスピリットに戦闘制限が無くなっていた――いや、“フェリクス自身がそうさせた”のだから当たり前である。
余計な事をしたフェリクスを一弁したグレンは、模擬戦の終了を告げることにする。

「戦闘を中断! これにて模擬戦は終了だ。各々の神剣を引き、神剣魔法の詠唱も止め!!」

大声で宣言すると、現状で押していたフィリスたちは即座に後退して神剣を下ろした。が――

―― ガキィイイン!!

「――っ」

「はぁああ!」

後退したフィリスたちに襲い掛かる相手ブルースピリットとグリーンスピリット。
そして魔法陣を再び展開し、詠唱を開始する相手レッドスピリット。
フィリスたちは少し驚くも、後退しながらしっかり攻撃を防ぐ。

「―――ふぅ、面倒な事を……」

グレンは現状に片手で頭に抱え、少し深めのため息を一息つく。
頭に持っていっていた手を下ろし、再度立ったまま気絶しているフェリクスを一弁する。そして次瞬――

―― グレンの姿は消えた。

青い煌きの光がその場で舞っていたが、それに気がついた者は誰も居ない。


―― キィイイイイイイン!!


『『?!!』』

広場中央で斬り交じ合っていた5つの刃が停止した。いや、させられた。
青白い刀身に抑えられたフェリクスのブルースピリットの剣にレイナの『悲壮』、そしてリアナの『彼方』。
丸い金属光沢の棒に抑えられるフィリスの『雪影』にフェリクスのグリーンスピリットの槍。

それを両手に持って抑えた人物は全身を黒い服で覆われており、大きく舞い上がっていた白い衣が柔らかく降りていく。
その衣に隠れえて見えなかったそこからは漆黒の髪の男の顔が現れたその人物は、グレンその人であった。

グレンは腰の鞘から引き抜いた『月奏』と背中から出した『凶悪』、2つの獲物でフィリスたち5つの神剣を止めたのである。
突然現れ、同時に5つの刃を抑えられた事に本人達5人は当然の事だが、観戦していたスピリットたちも驚愕した。

戦闘に集中していたとはいえ、エーテルの活性化によるフィリスたちの動体視力は非常に高い。
観戦し、四方から広範囲を視野に捉え、エーテルを活性化していないとはいえ、スピリットの動体視力は並ではない。
そんな彼女たちはグレンの出現を誰も察知出来なかった。

さらにオーラフォトン全開の両者の神剣。それ受けた時の衝撃は、建物数件を薙ぎ飛ばせる程の威力が確実に備わっている。
それを両側から受け止めて身じろぎ一つせず、またその2つの獲物自体の損傷は見られない。

2重の意味で驚愕しているスピリットたちを尻目に、グレンは5つの刃を抑えたまま静かにフェリクスのスピリットたちに告げる。

「模擬戦は終了だと言っている。聞いているか? 模擬戦はもう終わりだ」

グレンの言葉が聞こえているはずであるが、フェリクスのブルースピリットとグリーンスピリットは己の神剣に込める力を強め、グレンの剣を圧力で粉砕しようとする。
それでもグレンは全く微動だにせず、また『月奏』と『凶悪』の綺麗な表面に傷一つすらつかない。離れているフェリクスのレッドスピリットは中断していた詠唱を再開させる。

「フィリス」

「はいっ!」

グレンは背後にいるフィリスの名を告げると、フィリスはハイロゥの翼を羽ばたかせて大きく後退。
それを追おうとしたフェリクスのスピリットだが、まったく動かせられないグレンに阻まれる。

「紡がれる言葉。震える世界。全てを静寂の前に無へと還らんとせ
よ――」

大きく後退し、滞空したフィリスは言葉を紡ぐとフィリスの周りのマナの動きが静止する。

「アイス、バニッシャー!!」

静止していたマナがエーテルとなって拡散する。空気中の熱量を拡散していき、熱量を拡散されたその大気の温度は急激に下がる。
それはこれから起こる現象の副作用であり、拡散していくエーテルは空気を冷却しながらフィリスの意志に従って詠唱中の相手レッドスピリットへと向かっていく。
レッドスピリットの攻撃魔法は、熱量による火炎攻撃である。ゆえにブルースピリットの『アイスバニッシャー』で急冷却する事で防げる。

周囲の温度を下げながら拡散していたエーテルがその集束していた膨大な熱量に反応し、一気にその熱の拡散させる。
集束した熱量はその冷却に抗えずに拡散する。あまりの冷却速度にその空間中のエーテルを元より、詠唱者自身のエーテルも例外ではなかった。
エーテルが急冷却したことで、詠唱したレッドスピリットの動きは止まり、60%以上を水分で構成されている身体は凍結。
凍結した物体に反応する形で空間中の水分もレッドスピリットを中心に凍り、詠唱している格好で凍結させられたフェリクスのレッドスピリットの氷の人柱が出来上がっていた。

―― パキィイン
「――っ」

それでも衝撃波の壁のオーラフォトンを展開し、体内エーテルの活性化している肉体は瞬間的に凍った程度で完全に相手の動きを抑えられるはずもなかった。
現に、活動し残っていたオーラフォトンの衝撃波で氷を砕き、冷却された体内熱も活発になっているエーテル運動による発熱の前には直ぐに体温は回復させてられてしまっている。
それでも身体能力の一部凍結の解凍までは出来ず、その身体からは霜が漂っていた。あの状態ならば相手レッドスピリットのある程度の時間の行動を制限する事は出来る。

「もう一度言う――戦闘を中断しろ。模擬戦は終了だ」

相手の攻撃魔法を一時封じたその間に、グレンは再度宣言。
フェリクスのブルースピリットとグリーンスピリットはその言葉に耳を貸さず、グレンの獲物から自身の剣を引かせ、グレンの脇をすり抜けてフィリスたちを攻撃しようとする。
また、身体の機能を回復させたフェリクスのレッドスピリットは再度詠唱にかかっていた。

「全く……ホントに面倒な事をしてくれたものだな」

なんとなくだが、わかっていた。今の彼女たちはグレンの言葉・命令を聞かない。
聞くのはフェリクスの言葉のみ。そのフェリクスは気絶中であるのでつまるところ、言葉での停戦はグレンには不可能である。
フェリクスは自身の言葉のみで動くスピリットとして訓練した――その事が今、仇になっている事を面倒に感じた。

―― なので速効的な手段を取る事にした。

初めに『月奏』をそのまま振り上げる要領でフェリクスのグリーンスピリットを斬り払おうと振るう。
フェリクスのグリーンスピリットは直ぐに反応して槍の柄で防ぐも、そのまま後方へと吹き飛ばされる。その様は飛翔、と言っても過言ではない程の速さであった。
次に『凶悪』をフェリクスのブルースピリットの首筋を軽く殴打。一瞬意識を飛ばさせている間に、グレンは回し蹴りを胸へと叩き込む。
胸へと触れた足裏に捻りを加え、オーラフォトン上からでも押し出す力の減衰を補って吹き飛ばす。それはまさに疾風の如き勢いで飛んでいく。

―― ドゴォオオオオオオオオオン!!!

『月奏』で吹き飛ばされたグリーンスピリットは詠唱を再開したレッドスピリットを巻き込み、広場を囲うように立てられている外壁に激突。
同じ方向に蹴り飛ばされたブルースピリットは、ウイングハイロゥの羽ばたきで勢いの減衰をする事も出来ずに激突。
衝撃を受け流すはずのスピリット訓練所の壁も、流しきれないその衝撃に大きな亀裂を走らせていた。

『『『―――――』』』

沈黙がこの空間を支配する。
あまりにも一瞬の出来事に、周りのスピリットたちの反応が追いつかずにいた。

壁に激突し、崩れ落ちるグリーンスピリット。
その上に覆い被さるように倒れこむレッドスピリット。
その壁に大きな窪みが出来ている。

ブルースピリットはまるで貼り付ける様に壁に全身をめり込ませ、そんなフェリクスのスピリットは3人とも意識を失っている。
それをさせたグレンは、回転させて放った蹴りの勢いで回る様に舞った一張羅を逆に羽ばたかせ、垂らす定位置に戻していた。

「フィリスとレイナは彼女たちの介護を。リアナは回復魔法を」

グレンに声をかけられるも、呆けているフィリスたちだった。
それを『凶悪』で頭を軽く小突かれ、ハッと正気を取り戻してグレンの言われた事を実行するため、フィリスたちは気絶している彼女たちの所へ駆けて行く。

それを見届けたグレンは、周囲でもフィリスたちと同じく呆けているスピリットたちを見やる。
フェリクスはあの轟音を響かせても、立ったまま気絶中であった。

「俺はこのケムセラウトの訓練士だ、覚えておけ」

『『『―――(こくこくこくこく)』』』

呆けている彼女たちはカクカク頷いている。
グレンは『月奏』を鞘の収め、『凶悪』をどう見積もっても入りきりそうに無い背中の中へと収納した。

「もう一人訓練士は今は気絶中だ……なので、俺がお前たちの全員の午後の訓練を行う――異存はある者はいるか?」

『『『―――(ふるふるふるふる)』』』

勢いよく顔を横に振る彼女たち。
あれを見せられて拒否の言葉を言える者は、ここには誰一人居なかった。

グレンは一同を見回し、誰も異存がない事を確かめると、介護しているフィリスたちに声をかける。
それは丁度、木陰で寝かせた3人のスピリットにリアナが回復魔法をかけていた所であり、フィリスとレイナはグレンの声を聞いて顔をグレンへと向ける。

「彼女たちは今はそこで一旦休ませておけ。他の全員はこれから訓練を行う」

「「「はいっ」」」

リアナだけは神剣魔法の制御で顔を向けてはいないものの、3人のしっかりとした返事が還ってくる。
そして手を休めたリアナはグレンへと向き直し、軽く頷いた。
それに頷き返したグレンは観戦位置で立っているスピリットたちを見やって声を上げる。

「ではまず―――集合!」

『『『『はいっ!!!』』』』

こうして模擬戦は終結し、スピリットたちの当たり前である訓練が開始される。
そして夕方になるとグレンの特訓を受けたフィリスたち3人以外のスピリット全員が、その鬼の様な訓練内容によって広場に寝転がる事となった……。



――ちなみに。

グレンがスピリットたちを詰め所に戻させるまで、フェリクスは後頭部を弱々しく輝かせながらその場で放置されていた――。


≪≪ ≫≫


作者のページに戻る