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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第七話 「 模擬戦 - 前編 - 」



「はぁっ!」

フィリスはハイロゥは広げ、空気抵抗を利用して足の踏ん張りを増やして加速させる。
そしてそのまま勢いよく『雪影』を振り下ろすも『月奏』はそれを正面から受け止め、空いている片手で打撃を繰り出す。
フィリスは交わった剣同士を基点にハイロゥを羽ばたかせ、そのまま弧を描いて『月奏』の後ろへ回って避ける。

「はっ!」

先ほどまでいたフィリスの姿に隠れ、接近していたリアナが『月奏』に向けて『彼方』の突きを繰り出す。
『月奏』はそれを刀身で受け止める。『月奏』の蒼銀の綺麗な髪がなびいている背中に回ったフィリスは『雪影』で斬り払おうと振るう。
だが上から突如、目の前にパイプが突き出され、振りの途中で弾かれる。

「――っ!」
【………】

上空から舞い降りてきた『凶悪』は着ている巫女服をなびかせてフィリスの両肩に両足を乗っけると、フィリスの顔を挟み込む。
そしてそのまま身体全体で回転して挟み飛ばす。フィリスと『凶悪』は立ち位置が変わり、フィリスはその勢いで後方へと飛ばされていく。

「相手の位置関係の把握を忘れるな」
「!?」

発せられた声に反応したフィリスは、ハイロゥは左右に羽ばたかせて声がした方へと即座に身体の向きを修正した。

―― ガキィイイン!!

飛ばされた方向に『雪影』を構えると直ぐに衝撃がフィリスの腕に響く。
『雪影』と交わっている漆黒のダガー。そしてそれを振るったダガーと同じ漆黒の髪と瞳の男、レイヴンが居た。

「――こちらも忘れないで下さいっ!」

彼の背後からレイナが『悲壮』を斜めに振り下ろす。
レイヴンは斬り結んでいた『雪影』を誘導し、振り下ろした勢いをそのままに半回転して『彼方』を受け止めた。
そして彼は、軸ではない片足をフィリスの胸へと繰り出していたが、フィリスは『雪影』を振り下ろした体勢のまま後ろへ跳んだ。

―― パァァアアン!

「――っ」

フェリスのその一連の流れが今一だったため、うまくハイロゥの力と脚力の併用が出来ずに威力の軽減が中途半端になってしまっていた。
それでも体勢を崩すほどではなかったので、すぐにハイロゥの翼を羽ばたかせ、屈み込んで再びレイヴンへと襲い掛かる。

「はっ!」

レイナは斬り結び度に両手の持ち手を止めどなく変えて『彼方』を回転させて振るう。
振るう際には腰と腕の力を併用し、最小限ながらも身体全体で振っているのため速い攻撃を繰り出せている。
それでもレイヴンはダガー一本で捌き、時折空いた隙を残っている片手でレイナの服を掴んで投げ飛ばしたり打撃を繰り出していた。

「レイナお姉ちゃんっ!」

止めどなく変わっていくレイナとレイヴンの位置関係の横からフィリスがハイロゥで飛んでくる。
そしてそのままレイヴンに斬りかかるもあっさり避けられ、フィリスは目の前を通りすぎる。

「はっ!」

が、ハイロゥを真上に羽ばたかせて急降下し、両足で地面に踏ん張って急停止。そして来た道をそのまま戻って再び斬りかかる。
彼の持ち手方向からの攻撃だったため、レイヴンはダガーを真横に突き出す事で『雪影』を止める。
レイナはこの間にリアナの援護へと向かうと、リアナは『月奏』と『凶悪』の2人の連撃に防戦の一方であった。

「っ!!」

―― ガッ…
キャィイン!

上から剣が振り下ろされれば、下からパイプが振り上げられる。
リアナは『彼方』のアックス部との連結部で剣を受け止め、振り上げられるパイプをシールドハイロゥで弾く。
剣を止められた『月奏』は手首を引いてその状態から太刀の様に滑らせえて斬りかかろうとし、パイプを弾かれた『凶悪』は弾かれた勢いで地面に突き立ててパイプを軸に蹴りにかかる。
リアナは屈み込んで『凶悪』の蹴りをハイロゥで防ぎつつ、『月奏』の剣は交えたまま斬られるのを防ぐ。

「リアナっ!」

そしてやっとの事でレイナの援護が得られ、2対2となって攻めに転じる機会を得る――。


……………


「朝はこれで終わりだ」

「「「はいっ」」」

早朝。フィリスたち三人は3対3のチーム戦闘を行っていた。
多人数戦闘は一対一の個人の能力が発揮されるに比べ、一人に夢中になっていると空いている隙から一撃を貰う危険のある状況認識能力が必要である。
スピリットの戦闘は当然複数が同時に戦うので、必ず必要となる技術である。
フィリスたちは初め、こちら一人だけでもあっさり打ちのめされていたものの、今では2人を相手にしても直ぐにはやられないでいる。
流石に長期戦になれば絶対的に分が悪い――それは仕方の無い事ではある。

「それでだが。今の訓練で森でも訓練は終了。街の詰め所に戻る」

「「終わり?」」

「わ〜〜い!」

リアナとレイナは疑問の声を上げるも、フィリスは歓喜の声を上げていた。
フィリスの場合はこの後にある勉学が無くなるのが嬉しいのであるが。

「フィリス、あくまでも詰め所に戻るだけだ。リアナとレイナには頼んでおくぞ」

「――っ(がくっ)」

がっくりとうな垂れるフィリスは無しなると喜んでいたのに消沈する。

今日はスリハの月緑よっつの日。つまりグレンがフェリクスと約束した最終訓練日。
実際は明日に戻ればいいのだが、彼にはちょっとした事を彼女たちにして貰う必要があった。

「帰る前に、3人にはその服を捨てて新しい服を着てもらう」

そう言って足元に置いている袋から服を取り出した。彼女たちの服は今までの訓練でもう真っ黒に変色し、臭いもきつくなって来ていた。
レイナも自分が今着ている変色しきった服と彼の手にある新品真っ白な服を見比べて目を輝かしている。
フィリスに関しては勉学のことでうな垂れており、こちらをまだ見ていない。

「着衣の仕方を教える。それに従って着る事」

「「はいっ!!」」

新しい服に元気のいい声を上げるリアナとレイナ。
大人びた性格をし出してはいたが、それでもまだ子供である事が如実に表れている。

「えっ? 何〜?」

一人フィリスは話に乗り遅れていた。


「着た感想はどうだ?」

3人に今まで着ていた服を全部脱がせ、新調の服を着せた。

「前より綺麗で動きやすいです」

リアナは新しい服が気に入った様子で何度もその場でクルクル回っている。

「すっきりして…いいですね」

レイナは自身のボディラインを確かめるように服を触っている。

「新しい服、かわいい〜♪」

フィリスに関しては、ハイロゥと同じ純白の白さにご満悦中。

「詰め所に戻ったらその服で動けるように慣らす事。では行くぞ」

「「「はいっ!」」」

……………
…………………

私はずっと考えていた。どうすればもっと多くのスピリットをこの手で扱えるようになるのかを。
ただただ貴族の一員としての暮らしでは絶対に手で触れることさえ出来ない。例え高い身分へと上り詰めえても、スピリットを遠巻きにしか見る事が出来ない。
それでもし、私がスピリットに興味があると知れれば即座に身分を剥奪され、そのまま社会のならず者になるのは目に見えていた。
だから私は身分などというものから離れた。私がスピリットについて調べ、訓練士になると言ったら簡単に親や兄弟から絶縁してくれた。
以前からだったが、こうも簡単に人との繋がりを、それも血縁の者を排他出来るほどスピリットという存在を嫌悪している事に関心した。

―― 何故そんなにスピリットの事を恐れる?

―― 何故スピリットが嫌悪出来る?

こんな事を問おうものなら簡単に侮蔑の視線を相手は向けてくるだろう。だが、それでも。あなたはこの質問にちゃんと答えられるのか?
付き合ってられないと言って答えをはぐらかし、あまつさえ二度と近寄らないという理解出来ない行動を直ぐにとりだす。
私は求めた。だから訓練士となり、今此処にいる。そして遂に数日後。さらに答えを求めるための一歩として機会を得られた。

私が見つけた優秀な人材を。あの男はこの私をあっさり超えかねない実力を持っている。
だが、それでも私は彼を踏み台にしてでも進む。彼ならば私が居なくとも一人で訓練士としてやっていけるだろう。
今はまだで私には及ばない今が絶好の機会。この機会を逃せば私が進む道を彼に奪われてしまう。
だから今度の模擬戦では、私がこの一ヶ月で鍛え上げたスピリットを全力でぶつける。



「―――おや〜?」

フェリクスは訓練所で討ち合っているスピリットたちの眺めていると、こちらに向かってくる複数の人影に気がついた。
先導をきっている人物の後ろに小さな子供が3人。そして先導している人物は黒の服に身を包み、それみ白の一張羅を纏っている――

「フェリクス」

「おや? まだ後一日あったはずですが〜」

その人物はグレン。そして後ろに控えているのはフェリクスが彼に押し付けた幼いスピリットたちである。
フェリクスはグレンとスピリットを見比べ、残りの日数が残っているのに戻ってきた事を不思議に思った。

「ああ、わかってる。模擬戦までの残り時間を地形の把握と一緒にここの訓練所で行おうと思ってな」

「ほう、そうですか。念の入り用ですね〜」

―― キラッ!

にやにやと笑いながら後頭部を輝かせる。グレンたちは久々のこの対応に戻ってきた事をもっとも実感させられた瞬間である。
フィリスたちは訓練の賜物で直接目に入る前に顔をバッと背ける事で回避した。

「おやま〜。服を新調してあげたのですか?」

「まぁな。以前のは見せられない程に真っ黒になっていたからな」

彼女たちの新しい服は、まずインナースーツの様に密着に近い袖の無い上。
ミニでありながらほど良い長さの折曲がりのあるスカートが一緒な服が一枚。
基本的にはその下に下着をつけるのだが着せた当初、上は汚れていたので後で買う事にし、下はスパッツでとりあえず補っていた。
昨日、グレンは街でフィリスたち用の下着を一人で購入。その時の周りと店員からの視線が以前と違う意味で突き刺さされていたが…。

その上に羽織る形での長袖の上着を着る。
その長袖の外側の腕の部分と肩には以前購入して加工・精製した金属のプレートを仕込んでいる。
スピリットの神剣の直撃を防ぐまでは無理だが、受け流すだけならば1〜2回は可能である。それ以上は金属が砕けて使い物にはならない。

上着は腰までしか覆わないが、その代わりに腰に巻きつけるように腰に羽織る衣を装着している。
衣は脛の中間下辺りまであり、その全面が開いている様はまるでドレスの様であった。

それらは基本的に3人の服は白で統一され、金属プレートや背中のラインの部分などは黒である。
インナースーツの服のチャック部分や服の局所や衣の端は彼女たちの色事に青・緑・赤と違う。

最後に彼女たちの神剣にはちゃんとした鞘が無いので、彼はそれも用意していた。
フィリスには腰の刺す鞘を。リアナには背中で即座に薙ぎ払いや上段切りの可変が出来る鞘を。
レイナにはある手順を踏めば即座に神剣の着脱が出来る背中の鞘を用意した。

「ほぅ…それはさぞかし厳しい訓練をさせたのでしょうね〜。でも、私もこの一ヶ月でしっかり鍛えて来ましたから、負けませんよ?」

「それは当日はっきりする事だ。それで…空いている場所はあるか?」

フェリクスはニヤリと笑ってグレンに宣戦布告。対するグレンは特に顔を変化させない。
正面からそれを受け止めたグレンは、初めて此処にきたのと同じスピリットの訓練風景を見回しながら言う。

「今ここは使用中ですからね〜…奥の訓練棟ではどうですか?」

「そこで構わない」

「では、あまり備品を壊さなければ自由に使ってください」

室内である訓練棟は主に、スピリットの技量訓練などの神剣を用いずに行う時の施設である。
神剣を使わずとも直ぐに備品が粉砕されるので備品の質は低く、数を多く揃えている。
だが、さすがに握る剣の類は固めな物が多く、交じ合わせるが途中で折れてしまっては訓練にならない。

「了解した」

グレンは頷き、そして後ろに控えている3人に振り返る。

「今聞いた通りだ。場所はわかるな?」

「「はい」」

「わかりませ〜ん」

リアナとレイナは少なからずとも長い時間この訓練所に在籍していたので知っていたが、フィリスはここに居たのがたったの2日程度。
もしかしたら一回も訓練をせずにグレンと森での訓練になったかもしれない。

「2人について行け。そこで着ている服を慣らして常時上手く立ち回れる様に、以上」

「「「はいっ」」」

3人は直立に立って片手の握りこぶしを胸元、心臓の位置に添えた。
そして揃って中へと歩き出すも、フィリスはリアナとレイナのやや後方を歩きながらついて行っている。

「何でしょうか、今のは〜?」

彼女たちの返事の行動にフェリクスは疑問に思う。
グレンに預ける前まではただ聞いて、こちらの話が終われば言われた事を遂行するためにすぐ散っていった。
それが今、彼女たちは返事をしただけではなく、何やら見た事もない行動をとったのであるからフェリクスの疑問を当然である。

「ちょっとした規律の様なものだ。訓練を教えるのと一緒に教えた」

彼がこれからの指示を出した時などの返事の際にする行動。胸に手を当てるという行動は心臓に、心得たという意味で彼は使わせえている。
心臓は人体の急所であり、心臓は精神の状態によって激しく動いたり静かに動くために心は胸にあると言われたりする。
胸に握りこぶしを添えるという事は心にしっかり受け止めたという意思表示である、と教えた。

実際はただ単にそれを行わせればいいだけだが、本来の意味で自身で受け止めるという事を教えるために説明をした。
今はまだその意味を理解してはいないだろうが、いずれ理解してそれをし続けるかやめるかを個々に任せるつもりでいる。

「そうですか…私も取り入れてみましょうかね〜?」

「好きにすればいい」

「ふむ……考えておきましょうか」

フェリクスは、それをスピリットにさせる意味も特に見出せないので、曖昧に答えていた。
グレン自身も勧めるつもりもないので必要な事項へと会話を変える。

「フェリクス。この一ヶ月の訓練で3人に一度もマナの与えていないのだが…」


神剣はマナを求める。それは人が食事を取るのと同じ様に。スピリット自身がどうなのかは、神剣自体が欲しているので知られてはいない。
訓練でオーラフォトンや神剣の加護を受ければ当然その分マナ(エーテル)は消費され、マナ量は減っていく。
グレンの訓練自体はマナを使う訓練はそんなにはしていないためにそれほど多くのマナは消費させてはいないが、それでも使い続けているので量は確実に減っている。

神剣は空間中のマナを吸収しているようだが、それでも皮膚呼吸の様に微々たる物なので消費した量は賄える程ではない。
スピリッと自体は自身で体内エーテルを活性化させなければ皮膚呼吸の様に空間中からマナを吸収して賄えており、人と変わらない。
腹が減って食事を取り、一日で身体や精神を磨耗させれば眠りにつく。
スピリットはエーテルを行使しなければ、基礎能力の差はあれども人間との違いは肉体構成以外の違いは無いのである。

スピリットは疲れ易い身体をしていると訓練士の基礎では教えられるが、そのままの意味は誤りがある。
訓練で体内のエーテルを活性化させて肉体組織も活性化させるため、筋力消や精神を大幅に消耗させる。
人で言うならば、意図的に血圧を上げ、全身への酸素供給を増加させて肉体運動を向上させるのと似ているかもしれない。
普段以上の肉体消費は極度の疲労を起こし、それに伴って精神疲労を著しくなる。
ゆえに、スピリットの訓練ではそれが日常茶飯事なので疲れ易い体だと言われているのである。



「おお、そうでしたね〜。では明日にでも――」

フェリクスの提案にグレンは軽く首を横に振る。

「いや、模擬戦当日で構わない。それに今日明日で直ぐに手続きは出来ないだろう?」

「それで構わないのでしたら…では明後日の朝にはちゃんと用意しておきますね〜」

「頼む」

グレンは軽く会釈をすると訓練棟の方へと歩き出す。
フェリクスも自身のスピリットたちの方へと向きなおし、各々明後日の模擬戦への戦闘準備を整わせていく。
それは彼の者には己が望みへの道しるべ。彼の者にはこれからの必然の分岐とならんとしていた――。



2日後の朝。フィリスたちに朝食を取らせた少し後にフィリスたちを訓練棟に呼び出す。
そこでグレンはちょっとした作業を彼女たちに行わせていた。

「体内エーテル循環は安定したか?」

「ちゃんと安定していますよ」

「問題は全くありませんでした」

「元気一杯ですっ」

リアナ・レイナ・フィリスの各々の返事がグレンに返って来る。
グレンは先ほど3人に、マナ結晶のカケラで神剣にマナ供給させた。

スピリットはある程度訓練で上達するとそれ以上訓練効果が現れない限界地点が発生する。
それはそのスピリット内のエーテル量ではそれ以上の肉体活性化が出来ないための症状であり、訓練ではマナを供給させて体内エーテル量を増加させて訓練させている。

フィリスたちはグレンの訓練期間中に一度もマナ供給していなかったので、今朝方フェリクスが持ってきてくれたマナ結晶のカケラで供給させた。
このマナ結晶は、エーテル変換施設でエーテルに指向性を持たせることで結晶化したマナである。
エーテルは空間中に放置しておくとマナへと還ってしまうが、スピリットの神剣魔法の様に指向性を持たせることでマナとしての凝縮を可能にしている。
ほんのひとカケラであってもその中身は膨大なマナが保有しているため、保管して建築やスピリットの訓練などの用途に合わせた自由な使用を可能にした。

スピリットにマナ結晶のカケラを供給させる方法は、自身の神剣でマナ結晶を砕かせ、結晶がマナの粒子へと戻っていくのを神剣に直接吸収させる。
マナを供給した神剣はさらなるマナを求めて、契約者であるスピリットに供給したマナを一部エーテルに変換して体内に保有させる。
スピリットはそうして体内エーテル量を増やしている。エーテル供給している合間は体内エーテルが活性化しており、興奮状態に陥いる。
そのため、マナを与えてるのを模擬戦の少し間の空いた時間のうちに与え、いざ模擬戦の時には落ち着いた状態での戦闘をさせようとしたのである。

実際にマナを神剣に吸収させているその様は、マナ結晶がまるで溶け込んでいくかの様に神剣と融合していく。
そして神剣そのものが淡く金色に輝くと、契約者であるスピリットのフィリスたちの全身に包むようなオーラフォトンが淡く薄く展開。
これの状態が神剣からスピリットへのエーテル供給の合間であり、流れ込んでくるエーテルを安定化させるために一度体内エーテル循環を活性化させている。

この状態はグリーンスピリットの支援魔法をかけられた状態に酷似しており、身体能力も高ぶっているので、この状態での戦闘力は今まで以上。
が、そのまま神剣からのエーテルを大量消費するのと変わらないので、その状態の時は安静にし、しっかり定着させるのを待つ事で能力向上が可能なのである。

「昼過ぎからスピリット同士の模擬戦をする。フィリス・リアナ・レイナの3人で一組。相手も同じ色の組み合わせだ。
戦う上での制限は神剣魔法の使用の禁止だけだ。相手のスピリット全員を倒すか、無力化出来ればそこで戦闘は終了だ」

そうしてほぼ安定した頃合に今日行われる模擬戦の事をフィリスたちに切り出す。

「オーラフォトンの展開はいいんですか?」

「神剣魔法以外での制限は全く無い。ハイロゥの展開もして構わない」

リアナの質問を二言で答える。神剣魔法以外の制限が無い以上、それ以上の言葉は不要である。

「わかりました」

リアナも特に疑問はないので、そのまま納得する。
その隣に居るレイナがおずおずとした様子で質問してくる。

「…相手のスピリットを倒すという意味は…つまり――」

「殺しても構わないということだ」

言い辛そうにしているレイナの言葉を先取って質問に答えると、レイナは小さく身体を強張らせる。
それはリアナも同じで、フィリスは少し思案顔をしていた。

スピリットを殺してマナを得、そして再びマナを求めてスピリットを狩る。神剣のために。
スピリットはスピリットと戦い、そして殺す。それは当たり前の事なのだ。
だが、グレンと過ごした森での一ヶ月間でそれ自体に少しばかり感傷が入り込んでいた。


森では全てが自給自足だったため、森や川で動植物の生け捕りは日常茶飯事。
その中で、常時川の魚、森の小動物。時には中型や稀に大型の動物も狩っていた。

動物を狩ると、今までの活発だった生き物がピクリとも動かなくなり、手足を垂らしていた。
そしてそれを調理する際には切り分けるので血が流れ、そしてその血から臭いを発する。
彼女たちはその全て初めてであり、こうした殺した生き物の行く末を見たことが無かった。

リアナとレイナは仲間のスピリットがマナに還る場面は見たことはあるだろうが、それでも臭いなどはしていなかっただろう。
スピリットは己が肉体の構成を崩したり破壊されれば、その時点からエーテルはマナに還りだし、臭いを発する時間はない。
グレンがエヒグゥを生け捕りにし、彼女たちの目の前でダガーを喉元に突き立てて生を終わらせた事も何度もある。

そして生を終えても、マナに還らずにそのまま原形を留めて残っているその姿にフィリスたちは常に終始眺めていた。
その際にグレンは言った。

『生き物は何かの生を奪って自身の生を紡ぐ。それは不変あり、絶対だ。それが嫌ならば自身の生を他の生に紡がせて死ぬ事だ』

言っている意味が理解出来ない、というよりも言葉自体が難しかったために彼女たちは?マークを頭上に出していた。
その言葉を言ったきり彼は内臓を汲んできた小川の水で濯ぎ、火で炙って食す。
お腹を空かしていた彼女たちも、たどたどしくもそれを食し、グレンの言った言葉の意味を考える。
しかし、彼女たちはまだまだ幼くそしてスピリットという事もあり、街へと戻れば否応なく難解な意味となる。

『考える、という事に意味はある。が、それは時に即座に決断しなければならない時もある。今はその時間はあると思うか?』

再なる彼の言葉に、時間はあると彼女たちは思った。だから考えていた。
しかし今、答えが見つからないまま“殺す”という事に直面している。

彼女たちはスピリット。スピリットがスピリットを殺す事に疑問は抱いてはいない。
見つからない答え。生を紡ぐという意味では、特に意味のないこの“殺し”に抵抗を感じている。


グレンは顔を下に向けているそんな3人の様子を見て、ため息をついた。

「お前たちが何を考えているのかわからないでもない。が、相手を倒す手段は殺す以外にも存在している」

3人は顔を上げて彼の顔を見る。

「話はちゃんと聞いておけ。相手のスピリットを全員を倒すか“無力化すれば”そこで戦闘は終了だ、と」

「「「――あ…!」」」

今になってやっと気がついた3人に再びグレンは嘆息した。
自身の気になる一言だけに気を取られ、必ず殺す事した勝利手段が無いと思い込む。
生死に気を向け過ぎている故の、いや。何かに夢中になる時の最たる例である。

「訓練で常に全体の状況判断はする様に言っていたはずだが……まぁいい。
というよりも、たかだか一ヶ月の訓練で訓練士初心者の俺が熟練のフェリクスの訓練したスピリットにお前たちが殺れはしないだろう。
殺すつもりで戦って、せいぜい殺されない様にする事だ」

「「「はいっ!!」」」

皮肉を混じらせた言葉に全てが解決した様な晴々しい元気な声で返事をする3人娘。
その言葉を背中に受けつつ、フェリクスの元へと戻っていく彼の背後ではどう戦うかの戦闘会議が展開していた。

「何やら随分と気合が入っているスピリットたちですね〜」

フェリクスの元へと寄ったグレンにかけられる最初の一言は愉快そうなものであった。

「…育て方を少し誤ったかもしれん」

グレンは固まって話し合っているフィリスたちを見ながらそう呟き返す。

実際、戦闘において戦う事に少しでも抵抗を感じさせる要素を取り入れるのは問題がある。
戦いの最中にその迷いや躊躇いが致命的な結果を生みかねない。
先ほどのレイナの質問は遠からずとも、的を掠りかねないものであった。

「育て方も人それぞれです。それも含めてこれから行う模擬戦ではっきりわかるでしょう」

「そうだな」

フェリクスの言葉通りに模擬戦でその結果を判断することにし、フェリクスが用意したスピリットを見やる。

少し離れた場所で自身の神剣を持ってジッと待機している3人のスピリット。青・緑・赤のフィリスたちに合わせた色。
彼女たちの神剣はそれぞれの色の基本形となっているソード・槍・双剣であった。
そしてその瞳には以前よりもさらに瞳の色を曇らせている。神剣との同調を主眼に置いた訓練をフェリクスはさせていたようであった。

神剣との同調率を高めさせれば、神剣自身の能力を発揮しやすいので、戦闘能力は高い。
その反面、意志を持つ者としての能力の緩急や多彩で突飛な動きが出来なくなる。
これは神剣が肉体運動に関する知識が肉食動物と同等である事が覗える。

神剣はマナを求めるためにスピリットを襲う。が、その行動は直接的であるために戦いでは馬鹿正直な戦い方をとる。
それを抑え、戦い方をうまく教えられれば高い能力を有した戦力となる。フェリクスはその方法を取り入れていた。

「………」

グレンはさらにその後方を見ると、そこでは他のスピリットたちが各々にくつろいでいる。
いや、くつろいでいると言うよりも休憩していると言った方が適当である。
彼女たちはこれから行われる模擬戦を観戦するようにフェリクスに言われているため、これも訓練の一環として刺すような視線で見守っている。

「そろそろ始めましょうかね〜?」

フェリクスは高く上がっている太陽を眺め、そろそろ始めたく思っていた。
グレンはフェリクスに向き直してそれに同意する。そして未だに一か所に固まっているフィリスたちに声をかける。

「話は終わったか」

特に大きくもないが、それでも遠くまで聞えそうな声で呼びかける。

「はい。丁度終わりましたっ!」

その声に反応して3人はグレンの方を向き、リアナが返事をした。

「そうか。では、始めよう――フェリクス」

「わかっています」

リアナの言葉に頷き、そして片手に銅コインを一枚持って広場の中央に歩き出す。
フェリクスには待機している3人のスピリットに指示を出して広場の中央へと移動させる。

グレンは訓練所広場の中央に着いた所で周りを確認する。
フェリクスが用意してくれた3人のスピリットは既に臨戦体勢。
各々のハイロゥを展開し、オーラフォトンも展開済みであった。

ブルースピリットを戦闘にその後方にレッドスピリット。そして最後尾にグリーンスピリットという配置。
この模擬戦でレッドスピットが得意とする攻撃魔法の使用を禁止しているので、その分攻撃に参加させている。

一方。フィリスたちはフィリスを戦闘にその後ろにリアナ。そして最後尾にレイナという配置である。
青・緑・赤という基本的な配置であるが、神剣魔法の使えないこの模擬戦でレイナを最後尾にした事で、凶とでるか吉とでるかは彼女たち次第である。
そしてフィリスはハイロゥの翼を展開しているものの、リアナとレイナは準展開で、頭上に円形の輪を展開しているの留まっていた。

ハイロゥは戦闘時、スピリットの活性化された体内エーテルのインターフェイスとして各々の形で展開する。
その行程として、行動概念の原点である脳を介して展開させるので、一旦頭に近い頭上でマナのループを展開。
そしてそのまま各色ごとのインターフェイスに応じてハイロゥは完全に展開していく。

森での訓練の際にリアナが緊急展開したシールドハイロゥは、頭上での展開順序を跳ばして展開していたので、それほど強度は持ってはいなかった。
訓練相手の『凶悪』が一旦距離を取らずに再度攻撃をしてそのシールドハイロゥに直撃したならば、ハイロゥは砕けてマナへと還っていたであろう。

どういった意図があるかはわからないが、オーラフォトンはしっかり今までと同じ強度のフィールドを展開していた。
ハイロゥも展開してはいるため、直ぐに顕現できるので問題はない。

「開始はこのコインが地面に接地した瞬間」

グレンは片手に持っている銅コインを上に目の前に出し、両側にいるスピリットたちを見やる。
フィリスたちとフェリクスのスピリットたちは、グレンを挟んだ離れた対極の位置で各々の神剣をその手に持って構えている。
そしてそれを取り巻くように他のスピリットたちが見守っている。

「それまでは前進は禁止。では――」

―― キンッ

最後の言葉と共に手に持っているコインを弾き上げる。
コインは日の光を浴びて回転しながらキラキラ輝く。
グレンはその間に小走りにフェリクスのいる広場の隅へと移動した。

「ふむ…『雪影』のハイロゥの展開は悪くないですね〜…ですが何故他のスピリットは展開していないのでしょう?」

「さぁ、な。奴らの考えた事だ。何かあるのだろう」

広場の中央へと向き直したグレンはコインの行方を見ると、コインは丁度高々と上がった空から落ち始めていた。
フェリクスの声にグレン自身もわからないので、簡単に答えた。

リアナとレイナは神剣をしっかりと握り直し、コインが接地するのを待っている。未だにハイロゥは頭上で準展開。

「そうですね〜。では、お手並みを拝見させて頂きましょう。貴方の訓練させたスピリットの実力、如何程のものかを」

フェリクスのスピリットたちも、神剣をしっかりと構え、腰を落として加速の体勢を整える。
戦闘のブルースピリットはウイングハイロゥを大きく左右に広げている。
対するフィリスも、フェリクスが言うにはなかなかのハイロゥの翼をクイクイと動かして調整している。

―― コインは落ちていく。

後少しで接地する段階で両者共に腰をさらに屈め、下への体重移動をして足の踏ん張りを利かせる。

―― チィドンッ!

コインが接地して、コイン特有に乾いた高い音を響かせる前に、両者のスピリットが加速する足音に掻き消された――。


≪≪ ≫≫


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