聖ヨト暦330年 スリハの月 青三つの日 昼
神聖サーギオス帝国 サーギオス城




神聖サーギオス帝国──この大陸最大の国家である。
この国は、あの時から徐々に重苦しい雰囲気に包まれている。
良くも悪くも多大な影響をもたらしていたエトランジェは行方不明となり、偉大なる皇帝の存在は世界から消え去った。
それにより、ここ1年に渡り封じられてきた『誓い』の<支配力>が回復し、再び帝国の全てを覆ってしまっているのだ。
勿論ながら理由はそれだけでなく、『誓い』が契約者を得て最大限の力を発揮し始めたということもある。
それ故か、はたまた失われた者達の嘆きか……帝都周辺は常にどんよりと曇った天気が続いている。
そんな気が滅入るような天気の中、一人の女性が変換施設に立つ黄金の柱を見上げながら溜息をついた。


「ふぅ……もうすぐ1年ですか……陛下……アキラ様……」


漆黒のメイド服を身に纏った女性──すなわちラハーチィは気だるげな表情のままに視線を落とす。
あれ以来、余りにも気が滅入る事が多すぎた。
何者かが城に侵入し、施設とエトランジェが失われた日。
無論、彼女は彼が簡単に死ぬとは思っていない。
今回も、エトランジェらしく何処かへと“飛ばされた”のだろうと本能的に察していた。
だから、エトランジェの生死については余り心配はしていない。
だが、それよりも重大な事実がある。


「どうして、誰も貴方の事を憶えていらっしゃらないのでしょうね……陛下」


そう、陛下ことウィルハルトの事である。
あの日……あの事件が起こった日……それ以降、若き皇帝の事を記憶している者は彼女一人となってしまっていた。
理由は分からない。
分からないが……彼と身を重ねてから、この身に宿る不可思議な<力>が関係している気がする。


「最近では、あの事が自分の妄想だったのかと疑わしくなってしまいます……」


視線を更に下げ、力なく呟く。
彼女としては、こんな孤独感を味わう事になる<力>など欲しくは無かった。
いっそ、他の者達と同じく全て忘れてしまえれば……と思ったことも一度や二度のことではない。
だが、そうして非現実に逃げる事ができるほど、彼女は弱くは無かった。
それが、彼女の悲劇というのなら悲劇なのだろう。
気落ちしていたのも暫時……すぐに彼女は平常の精神を取り戻し、城の方角へと踵を返す。


「いえ、弱音でしたね……彼らが帰ってくるまで居場所を護る事……それが私が自らに課す使命。だから……」


彼女の強い意志を体現するかのような瞳が城を射抜く。
そして、吹き付ける寒風に「早く帰ってきて下さいね」という言葉が溶けて散ったのであった。








永遠のアセリア
The Spirit of Eternity Sword

〜人と剣の幻想詩〜

第三章
“Eternity Wars”
ACT-2

【動乱のイースペリア@】
- The Erthperia “Disordered” -





聖ヨト暦330年 スリハの月 青三つの日 昼下がり
神聖サーギオス帝国 サーギオス城
 謁見室




「ふん……そうか。ラキオスは……悠人は、バーンライトを陥としたか」


サーギオス城の謁見室で、線の細い整った相貌の少年が呟く。
手に持った異形の剣……永遠神剣『誓い』の煌きと共に、瞳が不気味な赤光を浮かべる。
彼は新たなる帝国のエトランジェ。
サーギオスに伝えられる、『誓い』の担い手である。


「はっ! 現在、ラキオス軍は首都サモドアを拠点とし、ダーツィへの侵攻準備を整えているようです」


黒い鎧を身に纏った帝国騎士が、直立不動で少年に報告する。
表には出していないが、彼は内心で冷や汗を流しながら対応していた。
このエトランジェは、“漆黒の悪夢”とはまた違った意味で危険な事は、すでに城中に知れ渡っていた。
彼の行動に苦言を呈した文官の一人が無残に殺される事で……


「くくっ……ん? ああ……分かっているさ。僕の佳織を取り戻すためにも、今は好きにさせておくさ……
 それにサルドバルドへの仕込みも済んでいる……そうさ! 悠人! お前は、まだまだ苦しみ続けるんだよ!
 僕が佳織を迎えに行くまで、せいぜい足掻くんだね……くくくっ……ははははははっ!!」


エトランジェが、狂熱を帯びた目付きで独り言を呟き……時に叫ぶその様を、誰もが不気味な眼で見つめる。
無人の玉座と相まって、なおさら不気味に感じる光景だ。
だが、誰もそれを口にはしない。
否、彼らには“皇帝”の姿が“見せられて”いるのだろう。
誰も、その光景に違和感を抱かない。


(……全く……本当にエレガントさに欠けるエトランジェ殿ですな……)


その場に集っている者達の中で、ソーマ・ル・ソーマだけが冷静な眼でそれを眺めていた。
直接的にも間接的にも“漆黒の悪夢”と関わってきた彼にとっては、今更エトランジェの力ぐらいで驚きはしない。
ましてや、この新しい──シュンとかいったか──エトランジェは、“子供”である。
現に、彼の言動といい行動原理といい、神剣に取り込まれ踊らされている事は、彼の目から見ても明らかだった。
そんな光景に改めて永遠神剣の恐ろしさを感じると共に、彼は一つの渇望を感じるのである。
すなわち……“我が手にも神剣を”……である。


(クォーターとは言え、私もエトランジェ……彼の残した資料によれば……適性はあるはずです)


あの『偽典』とかいう人造神剣に関する資料を見て、ソーマの求める力の方向性は変わっていた。
スピリットを隷属させ支配することで得られる安堵から、自らがスピリットを超える力を得るという形に。
故に彼は、この1年という時間を研究と再現に費やしていた。
元々、学者的な気質のあるソーマは、すぐにその環境に対応した。
もうすぐ研究の一通りの成果が出るという時期に、この新しいエトランジェに長く関わりたくなかったのである。
ブツブツと一人で何事かを呟き続けるエトランジェを一瞥すると、ソーマは黒衣を翻して退出する。


「……本当に、これから帝国はどうなることですかね……まあ、私には関係の無い話ですが……」


ソーマは足早に謁見室から立ち去った。
後に残るのは、エトランジェ・シュンの哄笑のみ。
重苦しい気配に包まれた城に響き渡っていた……




聖ヨト暦330年 スリハの月 黒二つの日 朝
イースペリア王国 首都イースペリア エーテル変換施設




カッ……と音の無い閃光が黄金の柱となって屹立する。
首都イースペリアの変換施設の光に重なるように出現した<門>は、そのまま人知れず消え去っていく。
<門>が消え去った後には数名の人影だけが、そこに存在していた。
言わずと知れた、“漆黒の悪夢”御一行である。


「どうやら到着したようだな……ここは……変換施設か?」
「そのようですね」


アキラの呟きにサラが答える。
そのまま彼は、間断なく辺りの様子を観察し、その他のメンバーも周囲に気を配っている。
見事に訓練された如才ない動きであった。


「…………帝都の変換施設じゃないな。とりあえず面倒な事になる前に出ようか」
「待って、何か……変じゃない? 気配がおかしい……これって……軍気!?」


不穏な気配をいち早く察知し、アルティールが警告の声を上げる。
アキラにとっては、余りにも馴染み過ぎて気付くのが遅れたが、確かに軍気が発生していた。


「向こう側か……確かに。北のほうだな……調べるか」


意識の一部を切り離して、大空高く打ち上げる。
程なく、辺りの俯瞰図が脳裏に浮かび上がってきた。


「ここはイースペリアだ。どうやらサルドバルトから攻められているらしい」
「何らかの情勢の変化があったと見るべきかしら……少なくとも、ここでは7年は経っている訳だし……」


セラが美しい柳眉を、器用に片方だけ歪めながら呟く。
だが、アキラは首を横に振って否定した。


「いや、時深の話だと時間を遡ったのはむしろ俺達のほうだったらしい。何しろ、あの時の彼女は俺を知らなかったしな……
 時流超越の揺り戻しなど、可能性は幾らでもあるが……現状でそれを言っても始まらん。まずは情報を集めよう」


言い切ると、数歩進み……


「……その前に、面倒事のほうから近づいてきたようだな」
「そうみたいだね。考えてみれば変換施設周辺って警備が厳しくて当然なんだよね」


疲れたように呟くアキラに腕を絡めながらルーテシアが言った。
そして、すぐに面倒事達は近づいてきた。
要するに、防衛に割り当てられたスピリット達である。




………

……






「警告します。すぐに武器を捨てて投降しなさい。従うのなら命までは取りません」


警備部隊のリーダーらしき、ブルースピリットがアキラ達に神剣を突きつけながら言う。
透き通った青い瞳が、訝しそうに侵入者達をねめつける。
既に周囲は展開したスピリット達が取り囲んでいるが、どうにも彼女達は腰が引けていた。
見れば、いずれも年若く……恐らくは練成中の新米スピリットなのだろう。
そういう事もあって、囲まれているとは言え、アキラ達は割と余裕だった。


(……さて、どうしたものかな。状況を知らぬ間に済し崩しに戦闘になるのは避けたいが……)


魔眼殺しとして身に付けている薄い眼鏡を指で弄る。
陽光が反射し、一瞬だけ視線が隠される。
ほんの一瞬だけ考え、結局彼は話をすることから始める事に決めた。
剣に呑まれていないスピリットなら話も通じるだろう……
その手でサラ達を下がらせると、自分だけが一歩前に進み出る。


「っ! 止まりなさい!」


少し怯んだような声で、少女が叫ぶ。
その瞳が訝しげに揺れる。
だが、それが瞬間的な殺意への爆発へと転化する前に、目の前の男が口を開いた。


「まあまあ、まずは落ち着こう。この通り、俺は丸腰だよ? まずは、こちらの説明もさせてくれないかな?」


両手を軽く上げて、不戦の意を示すと同時に、少々ばかり馴れ馴れしい態度で話しかける。
スピリットに神剣を向けられても、少しも慌てないその様子に一瞬毒気を抜かれてしまう少女。
困惑したかのように瞳と共に剣先も揺れる。




(うわっ……“猫撫で声”ってこんな感じを言うのかな? みてみて! ボク鳥肌が……)
(マスター……相変わらず笑顔で嘘を吐きますね〜。丸腰だなんて)
(改めてこうしてみると性質悪いわね……もう)
(本当に、相変わらずなんだから……あの馬鹿。話をややこしくしないと良いけど)





応対するアキラをよそに、後ろでボソボソと話し合う4人。
こちらも負けず劣らず余裕の態度である。


「──とまあ、そういう訳で俺達にも何が何だか……で、どうなっているのかだけでも教えてくれないかな?」
「……動かないで。貴方達が工作員でないという保証はどこにもありません。もし、違うというのなら武装解除に応じなさい」


色々と喋ってみたが、どうにも取り付く島の無い少女に嘆息し、アキラは肩を竦める。
いっそ突破して、改めて情報でも集めるか……と考え出したとき、場は新たな展開を見せた。
衝撃波……否、衝撃波の如き声が上がったのである。


「お、おい! まさかアキラか!?
この野郎! やはり生きてやがったか!!」


突然の大声に、取り囲んでいたスピリット達が一斉に耳を塞いだ。
声と共に現れる巨漢。
何がデカイかと言えば何もかもデカ過ぎる漢がそこにいた。
しかも、イースペリアの軍装を身にまとって。


「な? まさか……ドーンの旦那か!? って、軍服!? おいおい……似合わんぞ」
「がはははは! うるさいわい! この馬鹿がッ! 生きてるなら生きてると連絡を入れんかい!!
 ってか何だ、その偉そうな銀髪は! 目ん玉も、金ぴかにしおってからに……それに、お前こそ眼鏡なぞ似合わんわい!」


近づいてきて行き成り熱き抱擁──抱擁?──をしてくるドーン・アルマイト。
虚を突くかのような勢いでベアハッグされたアキラは堪らない。
何だか人体から鳴ってはいけない様な異音が彼の肉体から上がった。


「ぐげっ! て、てめっ! オッサン、死ぬ死ぬ! ギブギブ! ぐわぁぁ! 暑苦しいから止めいっ!?」
「む、まあ挨拶はこのぐらいでいいか。がっははははは!」


ようやく解放され、息も絶え絶えなアキラが解放される。
この場合、彼であったからこそ五体無事な訳であり、常人ならば今頃は全治3ヶ月で、スピリットなら蘇生魔法行きだ。
何にしても、この人間凶器というか肉弾の悪魔とでも言うようなドーンのベアハッグから生還した彼を、誰もが畏怖の目で見ていたりする。


「あ、あの……教官。お知り合いの方……ですか?」


ブルースピリットの少女が、恐る恐る……といった感じで、ドーンに声をかける。
何だか、聞きたくも無い事実を知らされそうな予感に震えながら。
ドーンは、少女の問い掛けに、豪快な笑い声を上げると真面目な顔に戻って口を開く。


「ん? ああ、そうだ。こいつがあの“漆黒の悪夢”だ。良かったなお前ら。命拾いしたぞ?」
「え……え?…………ええええええぇぇぇぇぇぇ!?」


そして、混乱に拍車をかけられた少女の叫びが上がった。
大混乱に包まれたまま、話は加速していく……




聖ヨト暦330年 スリハの月 黒二つの日 午前
イースペリア王国 イースペリア王城 女王の塔




イースペリア王城……女王の塔。
イースペリアの王たるものを決める選定の神剣が安置されている場所にして、歴代の王が住まう塔。
その上層にある、女王の部屋にドーンとアキラの二人は訪れていた。


「ふーん……帝国と違って、また趣のある造りだな……」


辺りの様子を見ながらアキラが呟く。
西洋の雰囲気と王権の誇示のために作られた麗しき尖塔を内側から見る。
所々に配置されるクリスタル仕上げのエーテル灯。
階段の石も一つ一つ……その全てがエーテルによって加工・保護されている。
内装も、豊かな国の持つ美意識によって整えられている。
配置されている彫像などの美術品も、それなりに来歴ある物であろう……造り手の息吹を感じられる逸品揃いだ。


「まあ、部屋のほうは陛下の趣味が入っているのだがな。俺にゃ、あまり理解できんが」


辺りの美術品を軽く一瞥するとドーンはその巨躯を落ちつかな気に揺らした。


「……人里に迷い込んできた熊みたいだな」
「余計なお世話じゃい!」


と、漫才をしていると、奥の扉が開き……数名のスピリットに警護された女王が部屋に入ってきた。
瞬間的に部屋の雰囲気が華やかに彩られる。
腰まで届く、長く艶やかな黒髪。
憂いと理知を秘めたアメジストの瞳。
決して妖精にも見劣りしないその姿は、まるで古い神話に伝えられる女神のようであり、純潔と妖艶さを併せ持つ。


「おーおー、随分とめかし込んじまってからに……陛下も女だってことかねぇ」
「……お黙りなさい、ドーン・アルマイト。全く、貴方だけは昔から変わりませんね」


ニヤニヤとして笑みを浮かべてからかい始めるドーンに、女王──アズマリアは少女のように頬を膨らませて怒る。
成熟した女性にも拘らず、少女の輝きも秘めた者。
それこそが、アズマリア・セイラス・イースペリア女王であり、北方随一の為政者とも呼ばれる者の魅力でもあった。
だが、アキラは違うところに気が付き、少しばかり真剣な表情に変わって口を開く。


「白粉が強いな……血圧が低く、脈拍も安定しない。女王、失礼だが……寝ていないのか?」
「……このような時に一人だけ眠れるほど私は強くありませんから」


アキラの問いに、軽く唇を噛み、その小さな拳を震わせるアズマリア。
瞑目し、次に目を開いたときにはすっかり王の目になっていた。


「帝国のエトランジェ──“漆黒の悪夢”──間違いなく本人ですね?」
「その通りだ」
「では、単刀直入にお聞きします。このサルドバルトの一件……帝国が介入していますね?」
「分からん。何しろ俺は“ハイペリア”から戻ってきたばかりなんでな」


視殺せんとばかりのアズマリアの視線を受け止めながら、アキラは首を横に振った。


「戻ってこれたら行き成りこれだ。何があったかなど俺のほうが聞きたい。ついでに今の暦もな」


参ったよ……とばかりに肩を竦める。
真剣に困ったような表情となるアキラの様子にアズマリアは深く嘆息し、執務机の上に腰を下ろした。


「…………どうやら虚言を弄してはいないようですね。今は、聖ヨト暦330年スリハの月、黒二つの日です」
「330年のスリハ……つまり、あれから1年も不在にしてしまった訳か……しかし、誰が帝国を動かしている?」


1年という不在の時間に何があったのかを考え出すアキラ。
そんな彼に、答えを示したのはドーンだった。
無骨な手で、後頭部をガリガリと掻き毟りながら語り出す。


「ちょうど、お前が死んだって話になってから少し経ってのことだ。何でも新しいエトランジェが来て皇帝はそれを受け入れたらしい」
「皇帝? ウィルがか?」
「ウィル? いや、帝国の皇帝はセヅナス・サーギオスだろ? 仮面の幼帝。夭逝した前帝の親族らしいが……」


どうやら、ウィルハルト以外の存在が皇帝となっているらしい。
しかも、ウィルハルトの記憶は存在していない……この時点で、アキラはエターナルの特性を思い出して納得する。
それと共に、この状況を利用してテムオリン達が、都合のいいように改竄したのだろうとも。


「いや、いい。それで? そのエトランジェが問題なのか?」
「問題も何も、あの伝説の四神剣『誓い』の担い手だっつー話だ。シュンと言ったか……奴が来て以来、帝国は酷いもんよ。
 天気は一日中曇ってるわ、お前がやってきた改革はオジャンになるわ、住民からは日に日に気力が失せていくわでな」
「まいったな……思った以上に深刻な事態のようだ」


流石のアキラも、この出遅れた自体に困ったような表情を見せる。
帝国の異変の原因が『誓い』の支配力にあるのだろうとは推測できたが、迂闊にそれを打ち消すわけにも行かない。
派手に異端神剣たる『七鍵』や『神薙』を発動させてしまえば、早くもエターナル達に戻ってきた事がバレてしまうだろう。
現状において、アキラ自身は神剣の力に頼らずに動かねばいけないのだ。
迂闊に神剣の力を最大解放してしまえば、その時点でアウトとなる可能性がある。
もし、『七鍵』と『神薙』の共鳴励起などをしようものなら、世界の何処に居ても存在を察知される。
そうなれば、正しくゲームオーバーである。


(今の俺には制約がある……連中に“剣音”を知られている以上、迂闊に神剣を使った戦闘はできない。
 となると、神剣の変換能力無しにマナを扱うには必然的に体力の限界を見なければならないか……直接乗り込むのは愚策だな。
 それに、連中とやりあうには出来る限りに破滅的な戦争を回避させつつ大陸を統一させねばならない。
 ああ、それと出来ればウルカ達の様子も知りたいが……いや、それ以前に現状では早急に拠点の確保が必要だな)


むう……と、考え込むアキラにドーンが声をかける。


「なぁに、お前が帰ってきたのなら一安心だ、帝国に戻って例のエトランジェを斃しちまえばいい。そうだろ?」
「そうしたいのは山々なんだが、そうする訳にも行かない理由があるんだよ、旦那」
「あぁ? 何でだよ」


不可思議そうに眉根を顰めるドーンに、アキラは高級なソファに勝手に腰を下ろすと腕組みをしつつ答える。


「旦那……俺が消えたとき、帝城で何があったか知ってるはずだな?」
「ん? まあ、大雑把な部分はな。詳しくは不明だが侵入者とやりあって、城の一角が消し飛んじまったんだろ?」


ドーンの言葉に首肯する。


「その時に、侵入してきた存在がエターナルと呼ばれる神のような奴らだ。少なくとも3位以上の神剣を持つバケモノ揃いのな。
 連中は、この大陸の戦乱を起爆剤にして大量にマナを一箇所に集め、全世界規模でマナ消失を発生させるつもりらしい。
 それで、連中の目的達成のためには俺のような“イレギュラー”は存在させておきたくないそうだ」
「おいおいおい、めちゃくちゃスケールのでけぇ話だな。まあ、お前のこった、嘘や法螺じゃねえと思うが……」
「国家の為政者としても一個人としても鵜呑みにするにはいかない情報ですね」


案の定、ドーンとアズマリアは冗談として受け取ったようだった。
だが、アキラは真剣な表情を崩さない。
口だけでは、「ま、やはり冗談だと思われるわな」と呟いていたが……
そのアキラの様子に彼らも重大な何かを感じ始める。


「って、まさか……冗談じゃねぇってのか?」
「我が名とマナに誓って、本当の話だ。俺としても冗談なら良かったんだが、残念ながら……な」


疲れたようにソファに身体を深く埋もれさせると、アキラは懐から煙草を取り出そうとして……すぐに戻す。
彼の大切な四人が結託して煙草を止めさせようと努力した結果であった。
不機嫌そうに、煙草の代わりにハーブスティックを取り出すと、火をつけずに咥える。


「で、マナ消失と言ったがマナ消失とはどんなものか知っているか?」
「……神剣の暴走によって起こるとされる爆発ですね。昔、帝国の実験で帝都の半分をマナごと消失させたと聞いています」
「そう、一定以上の範囲のマナが瞬時に失われたときに、空間同士の歪が干渉しあって起きるのがマナ消失だ。
 さて、それでは次の質問だ。“このとき失われたマナは一体どこへ消えたのでしょうか?”」


ハーブスティックのフィルターを齧りながら問い掛ける。
少しの間、黙考を続けていたアズマリアだが「間違っているかもしれませんが」と前置きした上で、こう答えた。


「……それは、世界の狭間……もしくは、ハイペリアへと流れるのでしょうか?」


アズマリアの回答に、アキラは拍手をしながら「ブラーヴォ」などと笑う。


「驚いた。前者の回答が正解だ。さて、まず“世界”とは、この大陸だけではないって事は分かるだろう?
 エトランジェなどはハイペリアからやってくるという伝承もあるし、何しろ俺自体が異世界の人間だ。
 その“世界”と“世界”の間には、非存在の海が広がっている。
 マナ消失で失われたマナは、こうして狭間の海を漂うことになってしまう……という訳だな。
 そして、連中──エターナルに取っては、狭間を漂うマナこそが最も回収しやすいマナなのさ。
 だから、連中は大陸自体を起爆剤にして、この世界の全てをマナにしようとしている」


ドカンってな……と、手で示しながら語る。
ドーンとアズマリアは、そのまま沈黙してしまった。
今まで、女王の警護に集中していたスピリット達の間にも動揺のさざめきが広がっている。
次に、アキラはソファから立ち上がり、窓際のほうへ向かって歩き出した。
窓から差し込む陽光が、彼の銀髪を煌かせ荘厳な雰囲気を醸し出す。
全員の視線が彼に集中するが、アキラはその全てを背中で受け止め、話を続けた。


「さて、次は根源的な質問に移ろうか……では汝らに問う。マナとは何だ?」


ドーンとアズマリアは顔を見合わせる。
スピリット達も、それぞれに顔を見合わせて何かを囁きあっている。
最初に答えたのは、例によってアズマリアだった。


「マナは空間に存在するというエネルギー。私達は、それをエーテルに変換する事で文明を維持しています。
 変換されたエーテルは、使用することでマナへと戻り、事実上無制限に再利用可能な資源……とされていますね」
「まあ、その通りだな。ラクロック限界により、微量ではあるが総量が減る事を除けば永久的なエネルギーと言ってもいい。
 だが、そう事は単純ではない。聖ヨト暦306年……この年のイベントは壮観だな」
「306年……シージスの呪い大飢饉に、ダスカトロン砂漠の拡大って辺りか。で、それとこれにどんな関係があるってんだ?」
「旦那。それはあくまで“結果”だ。それが起こったのには“原因”があるんだよ」
「……まさか、先代の御世のダーツィとの軍事的緊張?」
「正解。冴えてるな女王様」


おどけた様に言って振り返る。


「そう、306年……軍事的緊張状態に陥った両国は、自国の保有マナの殆どを軍事用として注ぎ込んでしまった。
 ここで、マナとは何か……が関わってくる。大飢饉に、ダスカトロン砂漠の拡大。ダーツィでの出生率低下。
 それらの“結果”が示すものは歴然だ。つまり……」


天使の笑顔と悪魔の微笑みが重なる。
優しげな……皮肉気な……形容しがたき表情。
そして決定的な言葉が放たれる。


「──マナというのは、万物の生命の源だ。エーテル技術というのは命を使って利便を求めていた訳だ。
 然るに、このエーテル技術というのも謎が──」


と、この時点でアズマリアは蒼白な表情のままに気を失った。
今まで溜まっていた疲労が、この会話のストレスにより一気に限界を超えたのであろう。
机の上から落ちそうになる彼女を、慌ててスピリットの一人が抱きとめる。


「お、おいっ! 陛下っ!?」
「……済まん、彼女の疲労状態を考えるべきだった。今はともかく彼女を休ませよう」




聖ヨト暦330年 スリハの月 黒二つの日 夕刻
イースペリア王国 イースペリア王城 女王の塔




「それならば……この状況は貴方にとっても望ましくない事と見て良いのですね?」


気付いて早々、アズマリアが眼光鋭く問い掛ける。
まるで、獲物を狙う鷹のようだ。
その勢いに、アキラは少しばかり怯んだ……もとい、引いた。


「あ、ああ。その通りだ。だが、流石に帝国で『誓い』のエトランジェとやりあったらエターナルに察知される可能性が高くなる。
 状況は望ましく無いが、直接的に帝国に乗り込むのは悪いが諦めてくれ」


肯定の頷きを返しながらも、直接的な実力行使は無理だと訴える。
だが、それを見てアズマリアはニヤリと邪笑を浮かべた。
清楚な白いドレスが、何故か悪魔の法衣に見える。


「分かっています……ですが、今回のサルドバルト侵攻に関して我が国にお力添えを願えますわね?」
「抜け目無いな……成る程、確かに女王の名は伊達ではないか。しかし、いいのか? 俺を信じても」


口元を歪めて、試すかのようにアキラがアズマリアを見詰める。
しかし、アズマリアは楽しそうに表情を綻ばせ……


「信じるも何も……女の勘は当たるのですよ♪ それに……昨年のダーツィの一件。私は、忘れていませんから」


と言い切った。
アズマリアの親愛を浮かべるかのような表情に少し考え込む。
彼女が何を言っているのか、一瞬分からなかったからだ。
そして、過去の記憶を掘り返すと、一つのイベントがあったことに気が付いた。


(……ああ、そう言えば7年前、そんな手紙を書いたな)


そう、ダーツィのイースペリア侵攻のときの手紙である。
あの時、迂闊な戦線を開くわけには行かなかったアキラは、ドーンに手紙を託したのだった。
それが、今の彼女の信頼となって帰ってきているのであろう。


「しかし、手紙一つで信用するのはどうかと思うぞ?」
「いえ……この際、藁でも縋りたい気分ですから」
「俺は、藁かよ……心外だな」


苦笑しながら頬を掻くと、早速アキラはサルドバルトを押し返すべく行動を始めるのであった。




聖ヨト暦330年 スリハの月 黒二つの日 夜半
イースペリア王国 ロンド側街道門




王都イースペリアの北方門。
即ち、サルドバルトへと向かう街道の入口には、イースペリアの幼いスピリット達が必死で防衛線を維持していた。
イースペリアの主力は、敵国へと備えるために殆どがランサに配備されている。
補給や支援のためにダラムには中堅層が、そして最も安全とされていた王都には育成中のスピリットぐらいしか居なかった。
それゆえに、サルドバルトの最初の侵攻で一気に押し切られ、現在の前線は王都のすぐ外側となっている。
今、ランサやダラムから引き上げてきたスピリット達が新たに王都の防衛に廻っているが状況は芳しくない。
帝国から黒翼の精兵を供与されたサルドバルト側は、イースペリア側と比べると圧倒的な戦力を持っていた。
本来ならば、日が明けぬ前に王都へと突入され、王城すらも戦場となったであろう。
だが……


「こうして、イレギュラーの参上……と相成るわけですな」
「誰に説明してんのよ、この馬鹿!」
「……痛いぞアティ。心も身体も」
「はいはい、二人とも馬鹿なことはこのぐらいにしておきなさい。他にやる事があるのよ?」


そんな戦場前でも、落ち着き払って馬鹿なやり取りをしているのはアキラ達である。
5年間のハイペリア生活は、良くも悪くも彼女達に多大な影響を与えていた。
この戦場における生死観もその一つである。
人間だけが血を流さず、妖精だけがマナを散らしていく、この世界の戦場。
以前ならば、存在に悩み、同族を屠る悲しみを殺し、人の指し示すままに戦い続けただろう。
だが、今は違う。
誰に命令されるからでもない、自らの生きた目的と大切な存在のために戦う。
ハイペリアでも多くの戦いがあった。
来たときは既に戦場であったし、一時期の間など傍若無人な連合軍に対するレジスタンス達に協力した事もあった。
こうした中で養われた信念と、精神の在り方が彼女達の少女時代を流し去ってしまったのだろう。
人間だろうと同族だろうと……自らの道程に立ち塞がる敵なのであれば情け容赦無く排除する。
それこそが本来の戦いの本質。
闘争の原義。
だからこそ、彼女達はもう迷わない。
この場に居るのは、単なる女でもなく妖精でもなく……冷厳な意志を貫ける戦女神達なのだから。


「……敵はおよそ40だね。そのうちの1/3ぐらいは帝国の黒翼隊の娘達じゃないかな。もう、完全に呑まれちゃってるみたい」
「『誓い』のマナを感じる……四神剣に喰われ、犯され、眷属に堕ちたか……済まんな、俺には救ってやれない」
「そう言いながら、もし相手が旅団の娘達だったら絶対助けちゃいそうですけどね。マスターの場合」
「当たり前だ。俺にも優先順位というのがある。お前らや旅団の面子に何かされたら、相手が『誓い』だろうが砕くさ」


月に向かって、何故か中指をおったてるアキラ。
一通り気を吐くと、城門の上から飛び降りる。
生身の人間であれば大怪我では済まない高度からの落下にも関わらず、足音も無く着地する。
神剣があろうが無かろうが、均等に人外の技を行使する彼に呆れながら四人の戦女神達も続いた。


「俺はエターナルに気付かれないようにするためにも、戦闘域の出力での神剣能力は使えん。その分のフォローは頼むぞ」
「OK。ボクに任せといてよ」
「了解したわ」
「ま、心配はしてないけど……後ろはあたしが護るから安心しなさい」
「イエス・マスター」




………

……






「楽勝だ……我々に敵うはずが無い」


余裕の掛け声と共に、帝国の黒き翼達が押し寄せる。
青・黒・赤の攻撃重視の小隊だ。
対するは、神薙の戦女神達。
セラ、サラ、ルーテシアが同じように三人一組の陣形を取る。
邪魔なレッドスピリットたる、ルーテシアを排除しようと迫る青い妖精をサラの障壁が阻んだ。
位相空間へと直結する、その白光の障壁は易々と剣撃を弾くと同時に、衝撃によるダメージすらもたらした。


「……位相結界“ホワイトミュート”……この程度の攻撃では、抜けませんよ?」


月光に神秘的に舞う黄金の髪。
それに触発されるかのように、今度は銀を従える女神が翔ける!
その疾駆は正しく原野を喰らい尽くす猛火の如し。
狙われた青い妖精を護るべく、黒の妖精が走るがそれすらも間に合わせず刃が抜き放たれる。


「星火燎原の太刀! …………ごめんなさいね。せめて苦しまないように逝きなさい」


正に瞬殺。
瞬きの間に、黒のマナを乗せた7の刺突が的確に全ての急所を抉り、青の妖精は苦痛を感じる間もなくマナへと還る。
間に合わなかった黒の妖精は、そのままセラを切り捨てるべく斬撃を放つが、それは彼女にとっては余りにも遅く感じられた。
余裕を持って回避。そしてカウンターの一撃を見舞ったところでセラはマナの集束を感じる。
敵の赤の妖精が、火炎の魔弾を放とうとしているのだ。


「……的確な判断だけど、正直過ぎるわね」


呟くと、セラは先程の黒の妖精を掴まえ、あろう事か魔弾へと投げつける。
神剣の力を自在に引き出すスピリットの剛力で投げ飛ばされ、ダメージに朦朧としていた黒の妖精が弾丸のように空を飛ぶ。


「そんなッ!?」


赤の妖精の悲鳴が上がる。
投げつけられた黒の妖精は、狙い過たず魔弾へと命中し木っ端微塵に砕け、燃え尽き、そのまま消滅した。
そして、隙を見せた赤の妖精にも死の運命は容赦無く押し寄せる。


「戦場での余所見は死を招くよ? そしてボクがキミの死神だったみたいだね……」


投げつけられたルーテシアの神剣『緋翼』が焔を纏い、深紅の尾を引きながら彼女に突き立った。
次の瞬間、込められた焔は瞬間的にプラズマと化して、赤の妖精を跡形も無く消失させる。
自らの意志を持って、ルーテシアの元に返ってきた『緋翼』を掴み取りながら、軽く振って感触を確かめる。


「残念だけど、ボク達とキミ達では経験が違うんだ。でも……それでも、キミ達は引けないんだよね……」


少しだけ悲しそうに。少しだけ寂しそうに呟く。
それでも、決して油断だけはしない。
戦女神達は、その名の如く縦横無尽に戦場を駆け抜け、城門へと近づく敵達を片端から片付けていった。




………

……






一方、所変わってオールラウンダーとして奮闘するアキラとアルティール。
こちらの戦場は、戦いとも呼べない蹂躙となっていた。
強いて言うのなら、HARDでクリアしたデータでNORMALを遊ぶかのような勢いである。
曰く、勝負にすらならない。
敵にとっては正に悪夢の顕現となって、彼らは立ちはだかっていた。
アルティールは何時もの格好のままだったが、アキラはちょっとばかり違っていた。
何時ぞやの死神のような格好と隠蔽魔術で、その姿を変えている。
どこで用意したのか、髑髏に山羊の角が生えた悪魔のようなマスクまで被っている。
こうなれば、恐ろしいというより滑稽としか言いようが無いが、敵にとってはそうでもない。
言うなれば、顕現した悪魔か死神そのものである。


「……アキラ、その仮面……趣味が悪い」
「仕方ないだろう……今は俺の生存を帝国に知られたく無いし、この姿で退いてくれれば一石二鳥だろ?」
「馬鹿! 絶対に違う意味で引いてるに決まってんでしょ!」
「フッ……それならいっそ徹底的に驚かしてやるかな」


『うぉぉ〜〜喰っちまうぞ〜〜』とアキラ(死神)がサルドバルト軍に迫る。
何も武器を持っていないが、何気に凶悪な戦闘能力である。
神剣の障壁が全く通用せずに、次々と殴り倒され、時には打ち所が悪くマナへと散らされるに至って彼女達はパニックに陥った。
完全に神剣に呑まれている帝国の妖精達はともかく、サルドバルトの妖精達は恐怖の余り逃げ惑い始める。
都合よく、帝国とサルドバルトの区分けができたアルティールは、『鳴神』を片手に突貫した。


「纏めて一気に……いっくわよぉぉぉぉッ!!」


刀身に溜め込まれた竜氣を一挙に解放。
闇よりもなお暗い漆黒のマナと輝く竜氣の衝撃波が、辺りの様々なものを巻き込みながら粉砕した。
まるで、巨大な竜巻である。
神剣の位にして5位程の最大出力が出ていたのは間違いない。
そして、その中には当然、敵の妖精達が含まれているのも語るまでも無い。


「……アティ、流石にやり過ぎだぞ。破壊魔か、お前は?」
「いいじゃない、一気に片付いたんだか……ら?」


突然、がくりと膝をつくアルティールをアキラが抱きかかえる。
構図的には、死神に連れ去られそうなお姫様……といったところか。


「馬鹿者。竜氣の制御と行使には活力を使うと何度も何度も何度も言っただろうが……ったく、わざとやってるんじゃないだろうな?」
「(ギクっ)……し、知らないわね。そんな訳ないでしょ? それより、さっさと戻る! もう片付いたんだから!」


何かに焦ったかのように言い訳する弟子にして妻を呆れたように抱き上げると、アキラは闇に溶けるように忽然と姿を消した。
後に残ったのは、円形に削られた大地と混乱のまま逃げ帰っていく敵だけであった……




聖ヨト暦330年 スリハの月 黒三つの日 朝
イースペリア王国 イースペリア王城




「──以上で、報告は終了だ。ロンド側は完全に押し返しておいた。後は、そちらでダラムを奪還したら良いだろう。
 先程軍部の者から聞いた話なのだが、ラキオスも龍の魂同盟に基いて援軍を出しているのだろう? ダーツィも陥ちたようだしな。
 やれやれ、アティになんて言えばいいのやら……」


報告だか愚痴だか分からない話を朝から聞かされ、アズマリアは目を見開いて驚愕していた。
ドーンは、流石に帝国時代のアキラを知っているだけはあり、全く動じてはいなかったが。
報告内容と現実を見比べて、首を傾げ……唐突に、ドーンを叩いた。


「あいてっ! なにすんですかい陛下!」
「……痛いですか……という事は、やはり現実と見ていい訳ですね?」
「んなこたぁ、俺じゃなくてネス辺りにでもやっといてくださいよ……」


ひりひりと痛む頬を涙ながらに擦りながらドーンが脱力する。
そんな愉快なイースペリアの人々を見ながら、アキラは背伸びをしつつ節々を鳴らす。


「それは良いんだが……暫くの間は俺を“漆黒の悪夢”と呼ぶなよ。その二つ名は大き過ぎるし、二つ名から情報が漏れかねん。
 今回の戦の結果も、イースペリア妖精騎士団の迅速な対応と奮闘の結果……とでも言っておけ」
「良いのですか? 私としては、イースペリア聖十字銀翼勲章に匹敵する活躍だと思っているのですが……」
「気持ちだけ受け取っておくさ。あ、いや……そう言えば、今はこっちの金が無かったか。現金で貰えると助かるのだが?」
「分かりました。そのように手配しましょう。それから……あの」


何故か、頬を赤らめてモジモジとしだすアズマリア。
成熟した大人の魅力を持つ彼女が、少女のように口篭っている姿は、どこかアンバランスで可愛らしい。
ドーンなどは、ほーれ、またかいな……という表情でニヤニヤと顛末を生暖かい目で見守っている。


「……何か?」


もう、どこか諦めきったかのような悟りきったかのような表情でアキラが問い返す。
充満しだす桃色っぽい空気……と思いきや、アズマリアは予想以上にしっかりと女王をやっていた。


「その……アキラ様? 今後の貴方の戦いのためにも、私どもの……イースペリアの力は必要だと思いませんか?」


個人の事情を国家の事情に見事に摩り替えた。
しかし、この提案は彼にとっても意外な魅力である。
興味深そうな表情でアズマリアを見詰める。
アキラは、アズマリアにウィルハルトと同じような“王”としての素養を見出していた。


「興味深い提案だな。むろん対価……或いは代償があるのだろう? 貴女は俺に何を求める?」
「できれば私の騎士となって頂きたいのです。この戦乱の中……国を護るにはエトランジェの力は不可欠ですから。
 現にラキオスは、エトランジェの力で常勝を続けています。
 マロリガンや帝国にも同じようにエトランジェがいる以上、貴方という存在はとても貴重なのです。
 これは、女王としてだけでもなく私個人としての願いでもあります」


アズマリアの理由付けを聞いて、ドーンがぴゅう……と口笛を吹く。
その笑顔が、どこまでもニンマリとして生温い。
そんなドーンを冷え切った氷の視線で射抜くと、再びアキラへと向き直る。


「もし、それでも足りないと仰られるのでしたら、私自身をも代価とする覚悟はできています……」
「ってか、ネスに言われた事……まだ気にしてたんか。それに覚悟ってか望むところだろうがよ……」


アズマリアの覚悟に、ドーンがボソリと突っ込みを入れる。
それに対し返ってきたのは……あの、目が笑っていない笑顔であった。
美女の……否、女性の決戦兵器の一つである。


「何か言いまして? ドーン・アルマイト。今度はソーン・リーム辺りに出張してみますか?」
「さて、俺にゃ何にも聞こえませんでしたが? 空耳じゃないですかね」


ふっふっふ……と睨みあうドーンとアズマリアに、とうとうアキラは笑いを堪えられなくなってしまった。


「くくっ……ははははっ! 本当に面白いな。だが理解しているのか? 俺を近づけるということはエターナルに近づくことでもある。
 もしかすると回避しえない残酷な未来が待つかもしれない。それでも俺を選ぶのか? アズマリア・セイラス・イースペリア」


傲然とアキラは立ち、真正面から威圧するかのように問う。
それは王に対する伺いではなく、アズマリアという一人の個人に対して投げかけられた選択。
そしてアズマリアは、それに負ける事無く、そのたおやかな白い手を差し伸べた。


「ええ、私……アズマリア・セイラス・イースペリアは貴方という存在と力を容認し、選択します。
 その結果、どのような未来が待とうと私は後悔しません。私は未来と戦うことを貴方とマナに誓います」


アキラがアズマリアの前に片膝をつき、手の甲に接吻する。
まるで一枚の絵画のような光景。
もしこの場に、才覚溢れる芸術家がいれば、感涙しながらこの光景を記憶に留めたであろう。


「上等だ。アズマリア。これから俺は貴女の騎士となろう。そして共に運命と戦うことをマナに誓おう」


手を取って、そのまま立ち上がる。
アズマリアは、花開くような満面の笑顔で応える。
ここ数日無かった、明るい笑みが零れた。


「……これで、貴方は正式に私の夫ですね……末永く宜しくお願いしますね?」
「なぬっ! 今のって結婚の宣誓!? うっそ、マジ!? 騎士の誓いじゃなかったの!?」
「嘘です」
「がははははははははははははっ!!」


こうして、漆黒の悪夢はイースペリアにその身を寄せる事になる。
果たして、この選択はこの世界に何をもたらすのか……それはまだ分からない。
少なくとも、この一件を知った4人にオシオキされたのだけは確実である。










To be Continued...




後書(妄想チケット売り場)


読者の皆様始めまして。前の話からの方は、また会いましたね。
まいど御馴染み、Wilpha-Rangでございます。


着いた先はイースペリアでした(笑)
そして、何気に1年も出遅れています(ぁ
ぶっちゃけ、“揺り戻し”を失念していた時深のうっかりです(ぉぃ


……いや、まあ作者の意図あっての事と言われればその通りなんですけどね。
悠人君にも成長して欲しい訳ですよ、Wilpha-Rangは。
そういう事で、初期の苦悩の原因となる北方統一編の中盤までを接触させない事にしたと言う訳で……
え? 以前のプロット?
既に方向性が変わり始めていますのでアテには─
(バキューン!


げふんげふん。
まあ、いいです。
さて、帝国に残された面々。
現在、色々と特務に動かされているはずのウルカ隊。
そして、イースペリア……
この差異が生み出す物語とは?


そういう訳で、次回以降も物語に付き合ってもらえれば幸いです。





独自設定資料

World_DATA
時流超越の揺り戻し

時間流や次元断層を超えたときに、その世界に対して発生するパラドックスを補正しようとする働き。
未来方面への制限は低いが、歴史や世界分岐に関わりかねない過去方面では、揺り戻しが発生する可能性が高い。
有名な“揺り戻し”現象としては、「未来人の過去干渉の排除」などがある。
例えば、因果質量の高い運命を持った存在がいたとして、その人が死ぬという「歴史」が宿命付けられていたとする。
死亡の原因が、事故か病死かは知らないが、未来の存在が彼を何らかの手段で救ったとしても、彼は別の原因で死んでしまうのである。
これらの類に代表される重い因果や運命を覆すには、その因果を持つ本人がそれを回避するか、世界外に逃げるしかない。
かく言う時深も、エターナルになることで自らの「死の因果」を超越したことは原作でも語られている。


抱擁
抱き締める事。
再会を喜ぶ抱擁など。
でも、ドーンが行えば即座に致命的なベアハッグとして成立する。


選定の神剣
「小説版 永遠のアセリア (Harvest Novels)」より。
イースペリアの王を決定するという永遠神剣。
ロウ・エターナルによってもたらされた神剣では無く、元々この世界に存在していた神剣。
イースペリアではこの剣に祝福され、最も高いマナの加護を得た存在が王となる。
決して、カリバーンでは無い(笑)



溺れるものは、それであっても掴むのだそうだ。
まあ、物の例えではあろうが。
アキラの場合は、藁というか流木?


女の勘
割と当たるらしい。
アキラの常識とは大違いである。
アズマリアの場合は選定の神剣の加護を受けていることもあって霊感が高いためとも言える。


異様な仮面
髑髏に山羊の角を模した飾りが付けられた趣味の悪いマスク。
ぶっちゃけて言えば、悪魔の仮面である。
某、外国のペイガン系の祭りで手に入れたらしい。
何でも宗教的に意味のあるものらしいのだが、彼にとっては遊び道具に過ぎないようだ。


破壊魔アティ
確信犯(笑)
アティの構ってサインらしい。
なんて物騒な……


聖十字銀翼勲章
イースペリアの勲章の一つ。
戦場で著しい活躍をみせ、国家を守護したものに与えられる。
この勲章を保有するものは、自動的に爵位も与えられ貴族として扱われるようになる。
成り上がりを目指す若き騎士達にとっては目指すべき希望であり、貴族にとっては名誉の証。




Skill_DATA
ホワイト・ミュート

サラの防御スキル。白属性。
多層構造の位相空間を展開し、物理・魔法を問わず、加えられたダメージを逆流させてしまう。
効果は非常に高いが、その特性上、連続使用には向かない。
ブラックスピリットなどの超連続攻撃が弱点。



Personaly_DATA
※Nothing




SubChara_DATA
アズマリア・セイラス・イースペリア/Azmaria Saylas Erthperia
身長:159cm 体重:46kg 人間。黒髪紫瞳。 82/57/83
知的能力:高い 精神性:理性的外向型 性格:友愛。丁寧 容貌:美しい
性別:女性
神剣:無し(選定の神剣)
年齢:27(外見:22)
職業:イースペリア女王
解説:
艶やかな黒髪と、紫水晶のように人を惹きつける瞳をもつ美しく、聡明な女王。
10年前に、選定の儀によって女王の座につく。
人間と妖精の融和政策を取っており、領土を広げるための戦争には懐疑的。
理想家でありながら現実的な目も持っている。
女王ではあるが、聖ヨト王家の直系では無い為、龍の魂同盟の中では内心軽く見られているようだ。
ラキオス王国の王女レスティーナとは友人同士である。
レスティーナが女王となり、理想のために邁進できる日が来る事を心待ちにしている。
龍の大地へと帰還したアキラを騎士として取り込むが、果たして……?


「失礼ね。女の勘は当たるのですよ?」
「いいじゃない。たまには女王じゃない時があったって……私にだって悩みぐらいあるんですからね」




Eternity Sword_DATA
※Nothing