聖ヨト暦329年スリハの月 赤三つの日 深夜
神聖サーギオス帝国 サーギオス城 皇帝の居室




「…チェック。あと11手で詰みですな」


深々と粉雪が舞い降りる中、暖かな暖気が満たされた居室に男の声が響く。
時折、風でカタカタと鳴る窓の音と、指が机を叩く音を除けばあたりは静寂。
明る過ぎない灯りの下、二人の男が遊戯盤を前に戯れあっている。


「……ふむ。ならば余は、こちらのレッドスピリットを頂こうか」


─タンッ


軽快な音を立てて、若者が移動させたブルースピリットの駒が盤面のレッドスピリットの駒を転がした。
この遊戯では、レッドスピリットは支援無しにブルースピリットに勝つことは出来ない。
打たれた一手に、感心したような渋いような表情を見せ、男は黙考に入る。


(…いい手を打たれますな…これでは、3手後にチェックを掛けられそうですが…さてさて)


上品な髭を指で擦ると、男は盤面の状況を再度、見直す。
お互いの戦況は正に拮抗しており、一手の打ち損じが敗北を決めるだろう…
若者と男の遊戯の技量は、同等。
ならば、どちらが思惑と読みを超えるか…


「ストラロ(10)・ストラロ(10)のブラックスピリットをキトラ(8)・キトラ(8)へ…これで、残りのレッドスピリットとチェインですな。
 更に、残った1枚のコマンドカードの使用を宣言。連続行動の権利を使わせて頂きます」


同じスクエア内で、駒同士を隣接させフフン…と笑う。
駒同士は同一のスクエアに配置させる事でチェイン状態となり、お互いの特色の利点を反映させることができる。
これは、最大で3つの駒までチェインさせることが可能であるが、得なことばかりでは無い。
チェインしたグループの駒は、1マスずつしか動けなくなるのである。
使い方によっては自らの首を絞めることになる場合もあるのだが、この場合のそれは状況を持ち直す唯一の手ではあった。
更に、男の手元に残っていたコマンドカードが大きい。
一回の試合の中、三回だけ使用できるコマンドカードは、使いどころ次第では戦局を変えうる。
見事な返しに、若者の顔が難しげに歪んだ。


「…むう、これでは攻められぬか…しかし、遊撃は潰したぞ?」
「…そうですな。このままでは互いの防衛を越えられません…これは、引き分けですかな」


幾つかある攻め筋を検証しながら、互いの手の成功・失敗を評価しあう。
その上で、新たな切り口を模索していく。
彼らはそれを延々と続けていたのである。
ある意味では子供の夜遊びのような光景に、もう一人の部屋の人間が声を掛けた。


「陛下、それにガレオン殿も…いい加減にお休み下さいませ。何時だとお思いですか」


呆れたような諦めたような声で、メイド兼工作員という奇特な業を持つ女性ことラハーチィが言う。
溜まりに溜まったストレスが頭痛を呼ぶのか、しきりに目頭や米噛の辺りを摩っている。
だれしもが目を惹きつけられる怜悧な美貌も、今は疲労の色が濃い。
流石の彼女も、ストレスという大敵には敵わないようだ。
ちなみに、今の時間は深夜2時を廻ったあたりか…
草木も眠る丑三つ時というやつである。


「う、うむ…分かった。そろそろ寝るゆえ、お前も気にせず休んでくれ」


恨みがましそうな彼女の視線にたじろぐように皇帝ウィルハルトは声を絞り出す。
怒らせると怖いということは既に身にしみて理解している。
そんな彼女は、ギロリと音を立てそうな視線で遊戯に興じる二人を射殺しつつ…


「陛下? 警護の任も受けている私が、陛下を差し置いて休めるとでも?」


素晴らしい笑顔で、スッと一歩だけ近づいた。
完璧なスマイルなのにも関わらず目は全然笑っていなかったのだが。


「いや、なに。うむ、すぐに終わるゆえ、苦労を掛けるな。わはははは」


最早、カラ笑いしか出ない。
相席のガレオンも平静を装っているが、額に流れる一筋の汗が虚勢であることを示すかのよう。
されど彼女は止まらない。
笑顔のままに迫り来る。
そして…


「……夜更かしとストレスのせいで美容を損なったら……覚悟してくださいね。色々と♪」


ぼそりと確認にして宣告をした。
更には、「ふふふ…世界のオシオキ100選…フルコースですね…ふふふ」とか。
「……人間って、どの辺りまで苦痛に耐えられるんでしょうね…」とか。
色々と理解してはならなさそうな呟きと共に、黒々としたオーラを発散していた。


(が、ガレオン殿。今日のところは早急に…)
(う、うむ。某も急に用件を思い出し申したっ)


突然に見事な連携を見せて、男二人は片付けを開始する。
そう、それは己が命を守らんとする原初の本能に突き動かされるかのように。




ぶっちゃけ、怖かっただけである(笑)




なお、この晩の事で後に彼らがオシオキをされたかどうかは謎のままである。
恐るべし、ラハーチィ。
黒いぞ、ラハーチィ。
今夜も笑顔で見ているぞ(?)











永遠のアセリア
The Spirit of Eternity Sword

〜人と剣の幻想詩〜

第二章
“Oath and Emperor”
ACT-8

【最後の日常】
- La Etranger “Last Days” -





聖ヨト暦329年スリハの月 赤四つの日 昼
神聖サーギオス帝国 帝都




「でりゃあああああ!」


燦々と太陽が、冷えた空気を暖め続けているさなか、帝都の空き地に少年の気合の声が響き渡る。
空き地は、以前に妖精館があった場所で、現在は何の予定も無く空き地のままに放置されている場所だ。
そんな、広々とした場所にも関わらず辺りには一般人の姿は見当たらない。
それもそうか。
この地は、妖精に関わりのある地であり、とある事件のあった場所でもあるのだから。
“良識ある一般人”が関わり合いを避けるのも無理は無い。


「ふふん、あっま〜い!」


─ぱっかぁぁぁんッ!


「痛ってぇぇぇ!?」


今度は、うら若い女性の声が響くと同時に小気味いい打撃音が聞こえた。
…ついでに少年の痛そうな悲鳴も。
近所迷惑だ…と言いたい所だが、近所は閑静な住宅街という訳でもないため問題は無い。


「はい一本。それまで〜」


近くの石材に腰掛けたまま、刃金の躰を黒衣に包んだ男が暢気な声で告げる。
それと同時に、女性と少年は互いに礼を行うと男の前へと近づいてきた。
二人が前まで来たのを確認すると、男は軽く瞑目して口を開く。


「まずはご苦労。……しかし、エシュリィ。お前も懲りん奴だな…実力差がある相手に真正面から突っ込んで勝てる訳が無かろう」


男の呆れたような口調に、落ち込んだような顔を見せる少年─エシュリィ。
だが、次の瞬間には不思議そうな表情となり、自らの疑問をぶつけてくる。


「うーん…最後にアル姉ちゃんが隙を見せたと思ったんだけど…兄貴みたく鬼のように打ち込んでくるんだもんな〜」
「ちょっと! 鬼ってなによ。鬼って。美しく、可憐な姉弟子に対する態度がなってないわよ?」
「ひててててっ! 肉がもげるっ!? 千切れるっ! すいませんでしたっ! 俺が悪かったですっ? あげげげ…」


エシュリィの鬼発言に、正しく鬼のオシオキを行使するアルティール。
黝い艶やかな髪を陽光に煌かせ、同じく雪のような肌の繊手が発する攻撃能力は見た目とは違い人外のソレ。
そんなパワーでオシオキされれば人間、堪ったものではないのだがエシュリィも来訪者の弟子。
我が弟子になったからには半端は許さん! これでもかッ!これでもかッ!! とばかりに鍛えられたので、無問題である。


「こらこら。師匠を無視して遊んでいるとは余裕だな? 久々に操竜師の特訓するか? 特訓。ん?」
「「申し訳ありませんでしたっ! 以後気をつけます師匠殿ッッ!!」」


楽しそうに嬉しそうにメモ帳(特訓手帳)を取り出した男─アキラの特訓発言に瞬時に反応する二人。
何だかんだで連携(?)が取れている。
しかし、それ程までに“特訓”が怖ろしいのであろうか?
ここで、少しばかり彼女らの話を聞いてみたい。




………

……






★★ ダーツィ大公国出身のア○ティール公女の場合 ★★


「…操竜師の修行? …ごめんなさい。アレだけは思い出したくないわ」


─そこを何とか。少しでもコメントを頂けませんでしょうか? お願いします。


「そうね…何も知らない人が興味本位でやるものじゃない事は確かね」


─と、いいますと?


「人一倍ならぬ、人百倍ぐらいの運や心技体が必要ってこと。先生ですらキツそうだったのが唯一の救いね」


─先生?


「ああ、流派一貫の先生。剣聖ミュラーって言えば分かるでしょ?」


─あの剣聖ですら…キツい…ですか?


「それでも表現が生温いけどね。もう一度、アレをするぐらいならスピリットの中隊と殺り合ったほうがマシね」


─ど、どんな内容なんでしょうか


「…………世の中には知らないほうが幸せな事も沢山あるのよ? だから、貴方は幸せを掴んでね……」


─え? は、はあ…ありがとうございました?




★★ サーギオス下層街出身のエ○ュリィ少年の場合 ★★


「えー、アレについて聞きたいの?」


─ええ、是非お願いします。


「ん〜、でもなあ…知らないほうがいいと思うよ?」


─そこを何とか。


「一言で言えば…死んだほうがマシってやつかな」


─それ程の修行なんですね?


「アレが修行で済んだら世の中に修行なんて言葉は存在しないよ。アレは、限りなく苦行とか臨死行だって!」


─はあ…よく分かったような分からないような…


「兄貴に言えば体験させてくれると思うよ? 命の保障は無いけどね。あははは」


─い、いえ。遠慮しておきます。


「あー、そう? じゃ、もういいよね? じゃあね〜♪」




………

……






以上。アレは相当の荒行であるという結論が導き出された。
そこまでのモノであるのなら、この二人が“特訓”を怖れるのも無理はなかろうと思われる。
そんな弟子二人を目に、残念そうに手帳を仕舞うアキラ。
目下、ミュラーと共謀して弟子最強化計画に手を出しているらしい。
腰に手を当て、軽く咳払いで場を整えると、先程の模擬戦の注意点を話し出す。


「…話を戻すぞ? エシュリィ。さっきアティがお前に見せた隙は誘いだ」
「誘い?」


エシュリィが、「ナニソレ美味いの?」という表情になる。
その少年に、アキラは人差し指を立てながら解説する。


「誘いというのは、一定以上の技量を持つ者同士で有効に働くフェイントの一種だ。
 要するに、わざと隙を見せて相手の攻撃の方向性を誘導するんだよ」
「うーん。騙しのテクニックってこと? スる時とかに相手の注意を逸らすみたいな?」
「…例えが悪いが意図するものは似ている。誘導された行動は読みやすいだろ? だからさっき簡単に打ち込まれたんだ。
 まあ、エシュリィとアティじゃ技量そのものにも大差があったんだけどな」
「それは分かっているんだけど…一本取れそうだったんだよな〜ちっくしょお…」


残念そうに項垂れる。
だが、そこまで落ち込んではいない。
最初から格上とは分かっているし、師匠のような相対するだけで押し寄せてくる絶望感がないだけマシである。
姉弟子相手なら、まだ何とか戦えるし、近づけるとも思っていた。
だから、彼は諦めないし堪えない。


「うっし、こうなったら今月が終わるまでに絶対にアル姉から一本取ってやる!」
「ふっふ〜ん。そう簡単には取らせないわよ? あたしだって強くなっていくんだからね」


お互いに切磋琢磨できる環境…
それこそが今の二人に必要なものなのであろう。
楽しそうな弟子二人を、アキラはどこか眩しそうに羨ましそうに見つめ続けていた。




聖ヨト暦329年スリハの月 赤四つの日 昼下がり
神聖サーギオス帝国 帝都 黒羊亭




「んで、どうよ? あんたの弟子二人は? ものになりそうか?」


黒羊亭のカウンター席で、自分の作った料理を摘みながら、見た目も性格も豪快なるドーン・アルマイトが聞いてくる。
同じくカウンターに座って、昼間からアカスク片手に燻製肉のスライスを摘んでいるのはアキラである。
アルティールは帝大で午後の授業を受けており、エシュリィは街のどこかで遊んでいるのであろう。
酒場でもある黒羊亭は、流石に昼は客も少ない。
店内は、アキラの貸切のような状態になっていた。


「アティもエシュリィも筋が良い。俺みたいに借り物の才能を磨いているのとは違うな。数年もしたら大陸に名を残せるだろう」


どこか自嘲が混ざるようなアキラに、ドーンは何時もの如くガハハハと陽気な笑い声を店内に響かせる。
自嘲だろうが自慢だろうが、あらゆる一切のしがらみを吹き飛ばしてしまうかのような笑声は、彼の特徴でもある。


「借り物だろうが何だろうが実際に磨いて形にしてんのは、おまえだろうがよ? 似合わねぇんだよ。がーーーっはっは♪」


爆笑である。
流石のアキラも毒気を抜かれて苦笑を浮かべる。
無数の可能性。
自らでない自らの経験や知識、技術を駆使し、時にはアカシャから引き出した情報を閲覧する。
そんな、自分の力とも言えないようなものを以って帝国の守護神と呼ばれても何の感慨も無い。
らしくもなく、そのようなコンプレックスに悩まされていたのが馬鹿らしくなってくる。


「…やれやれ、旦那には敵わんな。悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるじゃないか」
「おう! おまえが馬鹿なことは前から分かっとるわい。何せ、あんな手紙を送らせるぐらいの馬鹿だからな!」
「あの時はあれが最善だと思ったからにすぎん」
「そうよ! それだよ。それが馬鹿だって言うんだ。ガハハハハハ!」


手紙…言うまでも無く、イースペリア女王に届けられた例のアレである。
仮にも敵性国家である国に対し、塩を送るかのようなやり方。
それも、自分がイースペリアの関係者だということを理解していながら変わらぬ態度。
よりにもよって、その自分に手紙を送らせるという大胆さ。
その全てを、ドーンは気に入っていた。
ゆえに、そのお気に入りが不必要なことで自分を貶めるのを彼は認めない。
だから、こうして今日も爆笑と共に、彼の悩みを吹き飛ばすのである。


「ま、そうだな。初めがどうあれ、今は俺そのものだ。いかんな…どうも若干ながら鬱が入っていたらしい」
「詳しい事は知らん。だがよ…一つだけ言えることがある」
「……何だ?」
「借り物の力ってのはよ…どうしても使いこなせねーし、手に余るもんだ。何しろ術理が、根底が理解できてねーんだからな。
 だが、おまえは何処からの借り物だろうが何だろうが、それを完全に活用して自分の理や血肉に変えているだろう?
 あの坊主や嬢ちゃんに色々と教え、体験を交えて語れるってのが、その証拠だ。
 だからよ、おまえの才覚ってのは極まった天賦でも、無から何かを生み出す異才ってやつでも何でもねえ。
 万物様々を自らの血肉として吸収し、最善の結果を導き出す柔軟さってやつなんだろうよ」


逞しい無骨な指で顎髭を摩りながら、ドーンは言い切った。
その堂々たる言い様に、アキラのほうも爆笑する。
ここ暫く無かった、心からの快笑であった。


「ははっ…いや、本当に驚いた……そうか…そういう考え方もあるんだな…旦那にしてやられたよ」
「がははははっ! 伊達に長生きはしとらんぞ? どうだ! ソーンリームの主教にも負けとらんだろう!」
「くっくくっ! ああ、そうだな。明日から店をたたんで代わりに教会でも開いてみたらどうだ?」
「馬鹿抜かしやがれ! 酒が飲めなくなったら三日で死んじまうわい!」


笑いには笑いで返す。
昼の酒場には漢達の快笑だけが響き続けていた。




聖ヨト暦329年スリハの月 赤四つの日 夕刻
神聖サーギオス帝国 帝都




冬。明確な四季の概念の無いサーギオスではあるが、この時期は確かに冬の様相を見せる。
特に、この夕刻といえる時間は少なく、まるで駆け足の如く過ぎ去っていく。
暖炉の中で燃えるかのような赤々とした夕日に背中を押されながら、数名の人影が城の方角へと向かっている。


「…もうすぐ、貴方が来てから一年が過ぎるのね」


女性ならば誰しもが羨むスタイルに美しい銀の髪を持つ黒の妖精─セラが、懐かしい過去を振り返るように言った。
あの時と比べて、あまりにも変化してしまった心と数奇な環境に自然と笑みが浮かぶ。
以前の自分からは想像も出来ない自分が、今ここにいる事を彼女は心から喜べている。
今年よりは来年…少しずつ自分も世界も変わっていくのだろう。
共に歩む、奇妙なエトランジェ…そしてウルカを初めとする第3旅団、名君の片鱗を見せ始めた皇帝陛下…
…皆がいれば、きっと変わっていける。
時と共に、彼女が求めた世界は実現へと近づいていく。
そう思うからこそ、彼女は憂いの無い笑みを浮かべることができる。
そのようなことを考えながら、セラは隣を歩くアキラを見る。


「そうだな…割と早いもんだ。一年ってのは…今から考えると本当にそう思うよ」


セラの視線の先。両の手に一杯の荷物を抱えたアキラは苦笑しながらも彼女に答えた。
人類の限界に挑戦するかのような荷物を危なげなく持ち運ぶ様は、どこか滑稽でもある…
…あるのだが、帝都では割と普通に見れる日常なので誰も気にしない。
そんな、日常の光景を見ながら申し訳無さそうな目でアキラを見る少女も、そこにいた。
元バーンライト王国のスピリット、『泉水』のセシルである。
何かと彼に懐いている彼女だが、生来の気の弱さが影響してか、未だに夜の力関係は下位に位置している。
ちなみに最上位はルーテシアであるが、今は特に関係は無い(笑)


「あ、あの〜アキラ様? やっぱりお手伝いしたほうが…」


まるで小動物のような感じだが、それが彼女のチャームポイントであると言えばそうかもしれない。
だが、彼女のお手伝い宣言に悪戯っぽい笑みで答える存在が、ここに居た。
ウルカ隊の姉御こと、クレリアである。
クレリアは、蒼い瞳をニンマリと煌かせながらセシルに抱きついた。


「ん〜っふっふ。ダメダメよん、セシルちゃん。ここはアキラが漢を見せると・こ・ろ♪」
「ひゃわーーっ!? 耳に息を吹きかけないで下さい!? それから背中に何かが当たって
…なんだか惨めな気分にぃぃ…ふぇぇ
「やれやれ…何をやってるんだか」
「もう、クレリアが絡むと何時もこうなんだから…」


クレリアの悪戯に、あたあたと慌てるセシル。
それを穏やかに見守りながら、アキラとセラはクスリとお互いに微笑み合う。
家路へとつきながら、密やかに、穏やかに。
何時までも、こんな時間が流れてくれればいいと心に願いながら…




聖ヨト暦329年スリハの月 赤四つの日 夜
神聖サーギオス帝国 サーギオス城 アキラの居室




「……そうか、じゃあまた旅に出るのか?」


残念そうな声音で、アキラは言った。
事実、彼にとって彼女…ミュラーが旅に戻るということは残念である。
何故なら、一月ほどの短期ではあったが、彼女の協力によりアキラの訓練士としての労力は激減していたのだから。
そんな彼の珍しい表情を、いいモノを見れた…とばかりに受け止めながら、ミュラーは頷く。


「ちょうど、帝国の様子を見たかったこともあって長々と居たけど、そろそろ他の弟子の様子も見てみたいからね。
 それに、アルティールのことは君に任せておけば安心だし…ね」


何時ものように艶然と微笑みながら彼女は答える。
それを確認して、アキラは腕を組むとソファに深く腰を下ろした。
残念ではあるが、別に引き止めようという気は無い。
元々、その場の流れでの付き合いだったのだ。
色々あったが、互いを拘束しあう仲でも無いし、お互いにそんな不自由な関係は望んでもいない。
だから、アキラは世間話でも持ちかけるような口調で確認する。


「で、今度は何処に?」
「そうだね…まずはマロリガンへ行ってみようと思う。その後は北方を巡るつもりだよ」
「自由に気ままに…か。今の俺の立場からしてみると少しばかり羨ましいね」
「あはは。そうでもないよ。君はその分だけ、大切な人達が沢山いるだろう?」
「目の前にもね」
「ふふ…上手い事を言うね」


気軽に、受け答えをする。
場所が場所なら口説き文句にも聞こえるが、彼らには特にそんな意志は無い。
別れの前のひと時を楽しく過ごそうとしているだけ。
軽く、沈黙が場を包んだとき、今まで瞑目しながら黙していたウルカが口を開いた。
なお、先程のアキラのリップサービスに、少しだけ感情の漣(さざなみ)が立ったのは彼女だけの秘密だ。


「それにしても残念です。手前も、もう暫くはミュラー殿の教えを受けていたかったのですが…」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、君は既に自分の型が完成されているよ。後は、それを昇華させていくだけでいい」
「いえ、決して剣に関することだけではありませぬ。戦士としての哲学。心得。戦いの経験則…どれもが貴重なもの」


ウルカの真剣な褒め言葉に、若干照れたような表情を見せる。
熱心に、想いを語るウルカは気付いて無いが、アキラのほうは眼福とばかりにバッチリと見ていた。
次第に熱を帯びていくウルカの説得(?)に、遂にミュラーは視線でアキラに助けを求める。
これも珍しい光景である。
アキラは笑いながら、ウルカを止めるべく口を開いた。


「ウルカ。もう良いだろう? 彼女にも都合というものがあるんだ。彼女は帝国に仕えている訳じゃない」
「……っ、お恥ずかしい…つい、力が入ってしまいました」


浅黒い肌を朱に染めて、ウルカが恥じ入る。
どこか安心したかのような表情でミュラーは、改めてソファに腰掛けなおす。
百戦錬磨の剣聖を圧倒するとは、ある意味では凄いものである。


「それで、出発はいつだ? 出る前に一度は、皆で宴席を設けたいんだが」


アキラの言葉に、驚きの表情を浮かべる両者。
高々、一個人のために宴席を設けるなど、なかなかに無い事だ。
それに、彼の言う事だから本当に彼女のために第3旅団全員を参加させるだろう事は明白。


「おやおや…いいのかい? 私のために、そんなにしてもらって」
「なに、大した手間でもない。それに戦争中でも無いんだ。時間は十分に取れるさ」


本当に何でもないかのように明るく告げるアキラに、流石のミュラーもそれを受けることにする。
そして、スリハの月が終わる頃には帝都を出る事を説明すると、ミュラーはそのまま部屋を辞した。
部屋に残ったのは、ウルカとアキラのみである。
暫時の沈黙を経て、ウルカは口を開く。


「…アキラ殿、ありがとうございます」
「いいさ。多分、全員同じ気持ちだろうしな」


軽く頭を下げる、ウルカにアキラは何時もの調子で答える。
彼としても、ここ一月の訓練を常に指導してくれていたミュラーに礼をしたかったのであろう。
ウルカが何を言わずとも、アキラはその意図を掴んでいたのである。
こうして、帝国を去る前にミュラーの壮行会のようなものが開かれることとなった。




聖ヨト暦329年スリハの月 緑一つの日 昼前
神聖サーギオス帝国 サーギオス城 第3旅団特殊観測室




「…時空振動値+0.44。因果歪曲率+1.12。根源素流出率+2.28。……近いな」


サーギオス城の中でも、限られた者しか入る事を許されない部屋の中に、アキラの呟きが響いた。
その部屋は、変換施設からのエーテルが常に流入しており、妙な駆動音が低く…静かに鳴り続けている。
周囲に存在しているのは、この世界においては余りにも異質な機械や得体の知れない術具の数々。
それらが渾然と…或いは整然と配置され、一つの機能を作り出している。
見方によっては、魔術師の工房か錬金術師の工廠かにも見えるそこは幾つかの計器類から発せられる光に満ちている。
異質。余りにも異質。
エーテル変換施設内部のそれよりも確実に、ここはこの世界では在り得ない。


「マスター、事象境界面の変動が確認されました。虚数空間からのアイテール位相変換が始まっています。
 干渉値は48〜72時間以内に最大値に達すると予測されます。92.74%の確立でエターナルの侵入と思われます」

「こちらも同様の反応を捉えましたわ。フェンリルの予測通りの反応ですわね。クラス7に匹敵する力でしてよ?」


黄金の美女…サラと深紅の美女…ルージュの声が、それぞれの観測結果を告げる。
法の計画…そしてシナリオから逸脱する行動を続ければ、彼の存在達が干渉してくることは最初から承知している。
だが、それを逆手に取れば誘き出す事すら可能だと彼は考えていた。
かなりの危険を冒すことになるが、それでも見返りは大きい。
こちらの策が失敗したとしても、最悪…神剣共振による世界転移で再起を図るという手もある。
何にしてもリスクはそれぞれにあるが、リスクを許容せずして彼の者達に対抗できるとは思えなかった。


「2〜3日が勝負と言う訳だな…連中の事を知って以来、準備していた甲斐はあったか…
 こちらに現界する時点で、世界律により実際能力はクラス5〜クラス6程度に落ちるとは思うが…」


鷹の如き眼光でモニターを見つめ、来るべき戦いに備える。
相手は、少なくともクラス7に該当する存在。それが二人。
対して、こちらの戦力は限られている。
アキラ自身が、クラス5。サラと共振すれば一時的にクラス6。
ルージュとガレオンもクラス5相当だが、最大能力を発揮すればクラス6には匹敵するだろう。
第3旅団の中で、クラス4に達しているのはウルカとセラぐらい。
もし、相手がクラス7のままで現界したなら手の打ちようは無い。
自らより位階が二つも上の存在には何をどうしても勝つ事は出来ない。
一般人にミサイルを素手で防御しろというのと同じレベルで不可能だ。
ゆえに、ここで出来るのは世界律による永遠者達の再構成を妨害する事。
そのためには、永遠者達が現界する瞬間、その地点のマナを限りなく空疎化しなければならない。
世界律とマナ限界の拘束を同時に仕掛ければ…上手くいけば連中の力を、同程度にまで押さえ込めるだろう。
これが、彼の考えた作戦であった。


「マスター? もし、相手がクラス7のままで出現したら、どうされるんですか?」


どこか不安そうな表情で問い掛けてくるサラ。
それに、ニヤリと言わんばかりの表情を浮かべたのはルージュだった。


「決まっているじゃない…そういう時は……」


同じくニヤリと笑みを浮かべてアキラが振り返る。


「「尻をまくって逃げる(のですわ)!」」


見事に意見が一致していた。
唖然というか呆然というか…とにかくサラは呆気に取られていた。
次いで、思わず叫んでしまう。


「に、逃げるんですかーー!?」
「当たり前だろうが? 決して勝てない相手に死ぬまで挑むのは自殺と言うんだ」


アキラの答えに満足そうに、うんうんと頷くルージュ。
同じ世界で同じような苦労を背負ってきただけはあり、考える事も近い。
そう、勝てない相手に無理矢理どうにかはできるものではない。
百戦百勝なども在り得ないし、例外的な…自らの及ばない力というものは厳然として存在する。
そのような場合には逃げを打つことすらも戦術なのである。


「で、ですが…逃げちゃったりしたら、他の方達が危険になりませんか?」
「可能性はあるが…低いな。連中が何があっても排除したいのは俺だ。スピリット達は駒として残したいだろうしな…
 一応、念のための手段も考えてあるが…どうだろうな」
「足止めでもしておいたらどう? 最初から来なければ危険もないでしょ」
「……確かに。今回の相手は危険過ぎる…そう、だな。それが一番の手段かも知れんな…」
「でしょ? そうしてしまいまさい。貴方達は私とガレオンで援護してあげるから」
「ああ、そのときは頼む」




聖ヨト暦329年スリハの月 緑三つの日 夕刻
神聖サーギオス帝国 サーギオス城 スピリットの館(第3旅団詰所)




その日、新しく完成した第3旅団詰所は、パーティーの準備で大忙しだった。
本来は、黒羊亭での宴席を考えていたアキラではあったが、一般大衆を締め出しての宴席─それもスピリットが多数集まっての─
は拙かろうと思い、当初の予定には無かった新館の落成式を兼ねたパーティーを行うことにしたのだ。
そういう訳で、いま第3旅団のスピリット達は全員が公休扱いで準備に奔走しているのである。


「ねえ、フレイアちゃん〜? これはどこにおけば良いのかしら〜?」


何時も通りにノンビリとした声で、フェリスが観葉植物らしきものを持ち上げて言った。
普通、この大きさのモノを女の子が軽々と持ち上げられる訳は無いのだが、そこはそれ。スピリットの面目躍如といった感じか。


「ああ、私の部屋にあったネナファエの鉢植えですわね? そちらの角に置いてちょうだい」
「は〜い」
「フレイア。こちらの飾り付けは終わりました。他にする事はありますか?」
「ノエルは、クレリアを手伝って外のお掃除をして下さいな」
「了解しました」
「おーい、フレイア。こっちの食器が足りねーぞ? どこやったっけ?」
「それは、まだ官舎の中に残っている筈ですわ。ライカ、取ってきてもらえるかしら」
「あいよ!」


…とまあ、このようにフレイア麾下の戦士達が働き通しなのである。
流石のフレイアも、いつもの悪戯をする暇も無く、次々と指示を出している。
パーティーの準備は着々と進められていた。




………

……






「あー、それじゃミュラーの壮行会兼新しい詰所の落成式って事で、陛下。挨拶よろしく♪」
「うむ。任せよ………面倒な事は言わん、皆楽しむが良い! では乾杯!」
「「かんぱ〜い!」」


僅かに数秒という怖ろしい速度で挨拶を終えたウィルハルトが音頭を取る。
歴代スピーチ記録(?)を大幅に塗り替える、その行為を末恐ろしく感じながらアキラも合わせる。
そして、すぐに宴は始まった。




─ 1時間経過 ─




「あははは〜。ねー陛下ぁ〜もっと飲みなさいよ〜ほらぁ〜♪」
「さっすが、陛下! ほらほら〜お姉さんもあ・げ・ちゃ・う♪」
「今日は一杯楽しんでいって下さいね?」
「う、うむ……(あ、あやつはーー!)」


絡み酒だと判明したフェリスに、ウィルハルトは拘束されていた。
この世界には、未成年に酒を飲ませてはダメなどという法律なぞ、存在しない。
よって、このような状況が成り立っているわけだが…はたから見れば犯罪一歩手前に見えないことも無い。
それに便乗して、クレリアとフレイアが追撃する。
もちろん、この二人は確信犯である。


「ミュラー殿、此度は本当にありがとうございました…手前は…手前はっ!」
「ミュラーの姉御…本当に行くんですか? 俺は…俺はまだ教えて欲しい事がっ!」
「先生…あたしだって…あたしだって先生の事がっ!」


ミュラーは既に約3名程の人員にロックオンされている。
ウルカ。ライカ。アルティールである。
特にミュラーに懐いていた(?)ためか、この一時間ほど離れようとしない。
流石のミュラーも困り顔で、三人を先に潰してしまおうとアカスク片手に奮闘中だ。
『完全』の能力を密かに起動して、片っ端からアルコール成分を分解しているのは言うまでもない。


「アキラ、アキラ。ほら、これ美味しいよ? ボクが食べさせてあげるね♪ え? 口移し? ん〜〜♪」
「ふにゃあ〜、ますたぁ〜。こっちも…ね?」
「アキラ? このエスリムのパイなんてどうかしら。私の自信作よ?」
「いや待て! 俺の口は一つしかないから一気になんて無理! ってこら、ルー! 無理だって言ってるモガーーー!?」


食べさせてもらってるんだか捕食してるんだか分からない空間を形成している我らがエロランジェ様。
その身辺は、いつもの三人娘がガッチリとガードし、他の侵入を許さない。
しかし、この桃色の結界にも滅げる事無く突貫する猛者がここには居た。
行動は小動物。心は一途。でも、酒の力で黒くなる!
そう、影が薄いと評判のセシルであった。


「あっ、アキラ様〜お召し物が滲みになってしまいますぅ!」


ルーテシアの攻撃をチャンスに変えて、即座にインターセプトを行ってくる。
何時もの小動物ぶりはどこへやら、怖ろしい速度でアキラを確保する。
俯き気味に隠された目がキラリと光り、口元に邪悪な笑みが浮かんでいたのは気のせいであろうか?


「いま、綺麗にしますので…暫くじっとしていてくださいね?」


言葉と共に、潤んだ目で唇を寄せていく。
手や動きが死角になる部分で、危険な所に伸びていたが…


「セシル? まだ、給仕は貴女の当番じゃなくって?」


…そこには輝かんばかりの笑顔に満ちた鬼が居ました。
折角の楽しみに乱入されたセラ。久々に
キシャー!発動。
こうして場は更なる混沌へと導かれてゆく…




〜一方その頃〜




「ふむ…これは…ふむふむ…流石はセラ。味付けに隙がありません…」


ノエルが給仕服に身を包みながら料理を摘み食いしていた。
ふむふむ、こくこくと頷きながら美味を噛み締める彼女は誰よりも幸せそうだったという…




聖ヨト暦329年スリハの月 緑三つの日 深夜
神聖サーギオス帝国 サーギオス城 第3旅団特殊戦技訓練場




「準備はできましてよ。フェンリル」
「お嬢様共々、万全の態勢にございます」


深夜、空に広がる暗雲により周囲に明るさは無い。
だが、この訓練場だけにはエーテルの灯りが満ちている。
ここは、アキラが選択した決戦場。
目には見えないが、既に門が開く予兆が現れている。


「上手く誘導できたようだな…二人とも…ありがとう。良くやってくれた」
「私とフェンリルの仲でしょう。水臭いですわよ」
「最後まで上手く進んだら、そのときには旨い酒でも奢って頂ければ十分」


頭を下げるアキラに、ルージュとガレオンはそれぞれ笑みを浮かべて答える。
二人とも既に準備を終え、ガレオンはD'VAとしての姿を晒している。
アキラも、『七鍵』を手に。『神音』をホルスターに納め万全の態勢だ。


「それで…他の娘達は?」
「相手が相手だったからな…今は遅効性の薬で寝ているよ。剣達にも言い聞かせておいた。問題は無い」
「そう…それで良かったの?」
「何を言いたいかは判る。だが、これだけは認める訳にはいかん…今回の相手…戦えるのは俺達だけだ」


アキラにもルージュの言いたい事は判っていた。
確かに、彼女達をおいて事を解決される事を彼女達は決して望まないだろう。
例え、絶望的な戦いでも彼女達は彼と共に戦う事を選ぶ。間違いなく。
だからこそアキラは彼女達に、それを気付かれる訳にはいかなかった。
今回の戦力差は、直接的に命に関わってくる。
生贄を望まない以上、少人数のみでの対峙というリスクは許容せねばならないのだから。
何かを得て、何かを失う。
何かを拾うために、何かを捨てる。
今回は、生かしたい者達のために、自分達の危険を取っただけのこと。
最初から、それを考えなければ何も得られずに全てを失うだろう事は明白。
それに、この作戦において、
この場にスピリット達が居てもらっては困るのだ。


【時空震感知。マナ密度増大。神剣によるローカル・ゲートの固定を確認。マスター、来ます!!】
「よし…既に実体化されていたらアウトだったが…くくくっ…連中嘗め切ってるな。エーテル・リアクター起動!!」


煌く刃を実体化させた『七鍵』が地面に配置された隙間に差し込まれる。
同時に、展開されるオーラフォトンの魔法陣。
自らの神剣を利用したマナ変換…更に並列に分散された帝都のマナ・コンバーターとリンクしていく。
そして、ブゥン…という低周波と共に、周囲の空間からマナが汐を引くように吸い上げられ始める!
門が開かれる位置から急にマナが失われるとどうなるか?
その一つの答えが、今明らかになる。


─コオオオオォォォォォォ!!


黄金の燐光を巻き上げ、マナが『七鍵』に吸い込まれていく。
吸い上げられたマナは一部がオーラフォトンへと変換され、魔法陣の維持に廻される。
オーラフォトンの蒼白い燐光が激しく舞い散る。
それでも飽き足らず、次々とマナが強制的に変換され紫電と共に高まっていく。
水が高き所から低き所へと流れるように。
気圧の高低が風を生み出すように。
次から次へとマナが流れ込んでくる。


【ローカル・ゲートより大量のマナが流れ込んでいます。物凄い量です! 変換が追いつきません!】
「できるだけ吸い上げちまえッ!! 何しろ元手は相手持ちだ。追いつかない分は、帝都のエーテル備蓄に廻せ!」
【イエス・マイ・マスター♪】


それは正しく強奪とも呼べるものだった。
別世界から虚数空間を渡り、現世界に実体化する場合、エターナルは現地のマナで実体を都合する。
さて、ではその場にマナが足りない場合…ゲートのシステムはどうするのであろうか?
答えが、これである。
足りない分を、エターナル自体のマナで補う。
その場に実体化しようとし続ける限り、それは行われる。
本来なら、実体化不能と判断した時点で、ゲートを開くのを諦めるか別地点に一度ゲート位置を切り替えるべきである。
だが、2位の奇跡力で開かれた門は、例えマナが足りなくとも力業で実体化しうる余力がある。
その中でも特に<門>を開く力に優れた『秩序』で在るが故に、逆にキャンセルを掛けずとも実体化可能と判断してしまったのだ。
アキラにとっては、実体化前に少しでも力を殺ぐだけの作戦だったが、このことにより予測外の収益となる。


【マナ密度上昇、帝都備蓄率400%を超過。剣位復元所要量を達成。パラダイム・シフト完了。第4位階に到達!】
「第3位階まではどの位だ!?」
【私自身の精神力が不足しています。概念子密度も足りません。上位神剣へのシフトは現時点では事実上不可能です】
「概念子の不足量は?」
【四神剣クラスであれば2本程度で可能。少なくともマスターぐらいの概念子が必須です】


瞬時にアキラは思考する。
『神薙』を犠牲にして『七鍵』を3位に押し上げるか?
それとも4位同士の共振励起による瞬発的な戦力強化を取るか?
リスクは同程度。


(俺が、自我境界線の防御を外し、統合覚醒に踏み切れば……いや、それは最後の手段だ。サラが悲しむ…)


メイルシュトロームに潜む、大意識と統合すれば確実に今の“アキラ”は失われる。
完全に別の…新しい意識構造と自我を持った存在がどうなるのか予測がつかない。
現時点で、“アキラ”を維持したまま統合に踏み切れる自信と確証を彼は持っていない。
神でも仏でも無い彼には窺い知れぬがゆえに、無為な危険は選択しない事にする。


「……余剰分を『神薙』に廻せ。出来る限り有利な状況で挑むぞ!」
【イエス・マスター!】


アキラが決断を終える。
空疎化していた部屋にマナが満ち、再び黄金と蒼…即ちマナとオーラフォトンによる輝きが爆発する。
門が開き、異界の風が一同に吹きつけると同時に、聞き覚えのある音が耳朶を打った。


─シャラァァァァン!


錫杖の軽やかな鈴音が響き渡る。
ようやく開いた門を通じ、あの日見た白と黒が再び彼の目の前に姿を現すのであった…
最後の…或いは最初の決戦が、始まる。





















To be Continued...





後書(妄想チケット売り場)


読者の皆様始めまして。前の話からの方は、また会いましたね。
まいど御馴染み、Wilpha-Rangでございます。


最終話の心算で書いていたら長くなってきたので、あと1話…ついちゃいました(爆)
いや、一応努力はしたんですよ?(ぉぃ
さて冗談はともかく…
次回、本当に最終話です。
強大な相手を見事に引っ掛け、ちゃっかりとマナ補充とパワーアップを果たしたアキラ…
それでも尚、強大過ぎる壁が立ち塞がる。
そして、今回の決戦から遠ざけられた彼女達は…?


次回、人と剣の幻想詩。シーン9…【失われる悪夢】…お楽しみに♪






独自設定資料

World_DATA
遊戯(トォカ・ユウラス)
各色のスピリットとエトランジェの駒を使ったチェスのようなゲーム。
青:3 赤:3 緑:3 黒:3 無:1の13×2セットの駒で行う。
遊戯盤のスクェア数は0(ガロ)〜10(ストラロ)の11×11…121マス。
駒毎に、移動力や能力が決まっており、単純に駒を進めるだけでは勝利できない知的ゲーム。
更には3枚のみ使用可能なコマンドカードは、詰みとなった戦局すら変えうる場合がある。
ファンタズマゴリアにおいて、民間レベルでは将棋やチェスのようなものも存在している。
トォカ・ユウラスは、どちらかと言えばレアであり知る人ぞ知る…といった感じ。
今、ウィルハルトとガレオンのマイブームとなっている。


世界のオシオキ100選
そんな本があるのかと疑問だが…厳選された100種のオシオキが載っているらしい。
どんな人が購入しているのかは不明だが、売れ行きは上々とのこと。
世の中の旦那方は、妻の本棚にこれが置かれていないか戦々恐々としているとかどうとか。


良識ある一般人
知識人とか一般人とか、良識を語る者は概ね良識が欠如している事は周知の通り。
自分の知識が正しいと自己洗脳するための免罪符にして道具。
良識や常識に凝り固まって柔軟性を失ってはいけませんぞ〜
まあ、この解説すら一方的な見解ではあるのだが(笑)


特訓
スポ根とかでは良く見られるシチュエーションの一つ。
ここでは“操竜師”の特別訓練の事である。
流派“東○不敗”の修行か、どこぞの仙道闘技の修練並みに猛烈であることは間違いない。
何も知らぬものが行き成り挑戦すれば死亡確定。
師匠にとっては楽しみであり、弟子にとっては地獄そのもの。


天賦と異才
才能の種類…といった所か。
天賦と言うのは何らかの系統に属した天性の才能を保有しているという事。
何かを極められるかどうかは、これの有無に直結することも多い。
天賦のある者は、無い者に比べ10倍近い成長速度を持つ。
人間の寿命を考えると、これの在る無しは生涯越えられない壁という形でぶつかることが多い。
異才というのは、何らかの能力や技術に特化された才能。
ヨーティアなどは知的分野の異才とも言える。
人間、レベルの差はあれ、何か一つはこれらの才能を保有していると言われている。


教会
ファンタズマゴリアの宗教は数少ない。
その中でも唯一有名なのは、始原の精霊を敬う「真教」と呼ばれるソーンリーム教会である。
有名な教義として、「万物はマナより生まれマナへと還る」がある。
ラキオスのスピリットがよく歌っている再生の歌も、教会の教義から生まれたもの。
真教徒は、ファンタズマゴリアで唯一スピリットの存在を厭わず、むしろ大切にする。
何故なら、スピリット達はマナの加護を大きく受けていると考えられているからである。
そういう訳で、大陸において教会の殆どはソーンリームに存在し、真教の聖地たるキハノレを守護している。
ガロ・リキュアの理想には肯定的で、統一後は国教として1000年余りに渡り栄えることになる。
解放されたスピリットの娘達は、キハノレの大聖堂で結婚式を挙げる事を夢見る。


アイテール(Aether)
ファンタズマゴリアのエーテルとは違い、隠秘学におけるエーテルの事。
元々の分野では、光の伝達物質として考えられていた。
アイテールは物質界の裏側、虚数空間に満ちており、その影が不可知物質として宇宙を支えている。
虚数領域のアイテールを特定の魔術式により相乗変換することで、現実側にマナとして引き出すことも可能。
虚数領域に満ちる膨大なアイテールは純粋な光であり、アカシック・レコードの流れに従う事で物理現象を反映させる。
所謂、神の創生における御業がそれであり、「光在れ」なのである。
人間からしてみれば使用不可能な概念的存在に過ぎないのだが…
永遠神剣やエターナルにしてみれば、身近な存在。
回廊や渡りを行う際に、幾らでも観測できる。


世界律
ワールド・オーダー。即ち、世界の法則。
我々の世界で言えば、物理法則やら何やらが其れに当たる。
世界律は複数の項目で構成されており、大きなものでは存在法則。
小さなものでは、細々とした決まりなどがある。
例えば、我々の世界で魔術を目に見える形で行使できないのは、我々の世界にそれを許容する世界律(魔力など)が無いから。
逆に、物理因果律が存在しておらず、精神と魂だけで構成された世界もあるかも知れない。
なお、異なる世界律を無理に別世界に持ち込む事は不可能であり、なんらかの変質によってそれが行われる。
これはエターナルであっても例外ではない。
魔法の無い我々の世界で神剣魔法を使おうとすれば、それは物理法則の制限を受けることになるのである。
事によっては、普通にミサイルを撃ったほうが効率的なほどに…
ファンタズマゴリアの世界律は、エターナルの好みに近いが、やはりエターナルのフルパワーに耐えられる程ではない。
ゆえに、そこではエターナルは超強力なエトランジェ程度(クラス5〜クラス6)にまで能力を落とす事になる。
最も、マナ量の差があり過ぎるために通常の手段では抗いようが無いであろうが…


尻をまくって逃げる
36計の最終手段。
逃げる事も戦術の一つであり、勝てない敵に無理に挑む必要は無いのである。
目的のための礎として死ぬならともかく、無駄死にでは人は浮かばれない。
と、言う訳で……逃げろーーーーーー!!


ネナファエの鉢植え
正式名称は、クォナ・ネナファエ。現代世界で言えば、モントレイ・クプレッススの事である。
日本ではゴールドクレストと言った方が通りがよい場合がある。
本来は庭木であり、20m近くにも生育するが、鉢植えにして屋内で育てれば小型の観葉植物となる。
葉には、山椒に似た独特な香りがある。
針葉樹系の観葉植物としては、代表的であり人気もある。
余談ではあるが、筆者の自宅にも存在している(笑)


歴代スピーチ記録
誰が計っているのかは不明。
偉いと言われる人になるほど長くなる傾向がある。
聞かされるほうにとっては迷惑なもの。
夏のクソ暑い時期に、ハゲた校長のスピーチを聞かされ殺意を覚える学生は数限りない。
ところで、同じ長いスピーチでも若くて美しい女王様だと苦痛を感じないのはどうしてだろうか?


エスリム
カボチャとリンゴの中間にあるような不思議な果物。
食感は滑らかな舌触りのジャガイモ。
強い甘味があり、デザートの食材として好まれる。
その割に糖質とカロリーは控えめという、女性の味方。
でも食べ過ぎると中毒のせいで腹を下すので要注意。


第3旅団専用特殊施設
特殊観測室と特殊戦技訓練場の二つが存在している。
特殊観測室は、アキラ専用の工房であり研究施設でもある。
特殊戦技訓練場は、主に通常の訓練場では危険を伴うレベルの訓練を行うために使用される。
特に、訓練場のほうはエターナルとの戦闘に使われる事になる。


パラダイム・シフト
ここでは、神剣の格が進化する事を意味する。
パラダイム・シフトを起こすには、神剣自体の精神力。保有する概念子。一定以上のマナの三つが必要不可欠。
よって、7位以上の自我を殆ど持たない神剣がパラダイム・シフトを起こす事は、殆ど無い。
『七鍵』の場合は、むしろ元々の剣格を取り戻し始めたというべきか…
今回の事件により、図らずもアキラは『七鍵(サラ)』の求めていた契約を一通り果たした事になる。
剣位吸収型である『求め』なども、四神剣を取り込むことでパラダイム・シフトを行える事は、最早言うまでもない。




Skill_DATA
※Nothing




Personaly_DATA
※Nothing




SubChara_DATA
※Nothing




Eternity Sword_DATA
※Nothing