聖ヨト暦329年シーレの月 赤三つの日 夜
神聖サーギオス帝国 帝都サーギオス




エトランジェが帝都へと戻ってより、半月ほどの時間が流れた。
暦の上では、10月の半ばほど。
夜気をもたらす風も冷たさを増し、日が落ちてからは外套を纏う人々も目立ち始めている。
台地の上に存在する帝都は、マナの動きを差し引いても冬の訪れが早い。
こんな日は、早く家へと戻り、暖かな空気と食事。そして少しばかりの酒を飲みたくなるものである。
だが、そのような中でも環境に関係なく働く者達は多い。
イースペリアの諜報部隊である“蒼い双月”も、その一つである。


「…変わらず情報に関する首尾は思うようには進まぬか…」
「警備そのものは問題ではありませんが、機密に類する情報はサッパリですね」
「先日も、得た書類のほぼ全てが巧妙に偽装されていたな…」


黒羊亭の地下。
隠された部屋の一室で、数名の男達が談議を行っている。
話の流れから見ても、彼らが密偵の類である事が窺い知れる。


「エトランジェ本人はよく酒場に顔を出しているようだがな」
「ドーン様が接触されてはいるが、流石に軍に関わる話は出ないらしい」
「喰えぬ輩よ…」


一様に嘆息する。
それも無理はなかろう。
今までは容易では無いものの少なからず諜報活動に意味はあったのだ。
ところが、エトランジェが帝国に仕えだしてからは空振りの連続。
果ては、巧妙な偽情報を掴まされ、危うく一斉摘発されかける始末。
これならば、いっそ諜報そのものを止めたほうが、まだ安全である。
…が、そうする訳にもいかないのが国仕えの悲しさ。
日夜、ストレスと戦いながら、彼らは活動を続けている。


「そう言えば、聞いたか?」
「ふむ、貴様もか?」
「ダーツィが密かに軍備を整えているというアレですか?」
「うむ」


彼らにしてみれば物騒な話ではあった。
ダーツィの隣国は、サーギオスとバーンライト。そして、イースペリアである。
このうち、ダーツィにとって敵性国家と言えるのはイースペリア。
この両国は、以前にもマナ資源を掛けて緊張を高めていたという歴史がある。


「という事は…ランサ狙いか…」
「現状のダーツィの物資状況を考えればランサ以遠は狙えまい」
「……“漆黒の悪夢”は、出るのでしょうか……」
「分からん……が、件の噂を考えると可能性は捨てられまい」
「………」


“漆黒の悪夢”…即ち、帝国のエトランジェの存在は、彼らにとって頭の痛い存在である。
現在、唯一のエトランジェであり伝説に負けず劣らずの存在。
絶対的優勢であったラキオス軍の侵攻を、僅かに数名の手勢で退けた一騎当千の実力。
純粋な戦力だけでなく、権謀術数にも長けているという理不尽なまでの存在。
単純な力では除去不能。
冷徹…いっそ冷酷なまでの判断力と行動力の前には人質すら通用せず(以前、それを行った帝国貴族は惨殺された)
毒殺などの暗殺すらも全く通用しない。
それは、正に鬼札(ジョーカー)
戦場に投入されただけで、物資の続く限り勝利を重ねていく恐怖の化身。
長くに渡る大陸の常識を打ち砕く不条理そのもの。


「……まあ、本人が戦の血を好まぬだけが救いか……」
「思考の方向性は我が国に近い…せめて彼がイースペリアへと来ていればな…」
「残念ですが、現状でそれは期待できませんね…せめて、国元に警告だけは送っておきましょう」
「うむ。無用な被害を広げれば、この後の防衛力にも影響しかねん…頼むぞ」


言葉と共に、数名の影が消える。
見事な隠形。
それは、真に影となって部屋から消える。
後に残るのは、仄明るいランプの灯りのみ。


後に跡るのは、薄い戦の予兆のみ…
















永遠のアセリア
The Spirit of Eternity Sword

〜人と剣の幻想詩〜

第二章
“Oath and Emperor”
ACT-7

【ランサ制圧戦】
- Lansa “Conquest of the War” -





聖ヨト暦329年スフの月 青一つの日 昼
ダーツィ大公国 ヒエムナ側国境




「……とまあ、そういう訳で出張してきたのだが」


何処か明後日の方向を向いてアキラが呟く。
この世界にカメラというものが存在しているのなら、彼の目線はカメラ目線というやつなのだろう。


「何が、そういう訳なの?」


キョトンとした表情で、ルーテシアが聞いた。
他の数名は、見なかった事にして国境線の辺りに注意を傾けている。
そんな純真(?)な彼女に、「何でもない」と微笑を向けると、彼も国境に眼を向けた。


「感じる限りでも…青4。赤6。緑8。黒3…総勢21名様か…あからさまに防衛主眼の態勢だな」


感心したように口笛を吹く。
イースペリアのスピリット達は練度が高い。
そして、神剣に呑まれていない。
それは、とても厄介な事だ。
特に人間と妖精が近い目線で協調しているのが拙い。
一軍が有機的に連携し、働いている。
彼の思いを感じたのか、セラが隣に立って口を開く。


「そうね…イースペリアの部隊は精強だわ。護る事に関してなら大陸でも有数と言ってもいい。強敵よ?」


強敵と口にしながらも、その眼はどこか優しい。
人間と妖精が共に手を取って国の守りに当たる姿…それは、普通に見れるものではない。
今でこそ、帝国のエトランジェ隊近くの者達は変わったが、殆どは同じだ。
スピリットは、破壊の妖精。死の導き手。汚らわしき者。忌まわしき者。卑しき戦争奴隷。
それらの認識は、未だ拭われるには遠い。
現に、ダーツィの人間部隊の半数は連携が取れるのかと疑わしくなるほどの距離を保っている。
いや、半数でも連携が取れるだけマシなのだろう。
もし、彼が一度でもダーツィに訪れていなければ、残る半数も動かなかったに違いないのだから。


「それにしても…あのダーツィの大公殿…中々の狸でありましたな」


『拘束』の柄を触りながら、今度はウルカが言った。
瞑目したままに、何を思い出しているのか頻りに鯉口の感触を確かめている。
いわんや、いつ抜刀してもおかしくないように見えた。


「ははは。ウルカにしては珍しいな。よっぽど腹に据えかねたか?」
「…いくら手前らが戦の道具にして外れた者共とは言え…それでも戦人の矜持というものがあるゆえに…
 あの大公殿、最初からアキラ殿を引っ張り出すつもりだったに違いありませぬ」
「ま、そうだろうね。少ない資源。限りある兵力。出しうる取引材料。それら全ての札を上手いように切ったものだ。
 やり方は褒められたものじゃないが、為政者としてはそれなりの選択をしているよ」
「しかし…」


珍しく不満を前面に出しているウルカの髪をアキラの指が優しく梳いた。
途端に、大人しくなる。
戦場にもかかわらず、ほのぼのとした空気が流れ始める。
髪の毛を手櫛で梳かれて、陽だまりの猫のように気持ちよさそう目を細める。
それを見て、彼女があの“漆黒の翼”だと信じられる者はいまい。


「何にしても、アホらしい話さ。他力を当てにして自国の領土…そして資源を増やそうとは。
 なに、約束はランサ攻略までの話だ。陛下も、無為な侵攻は控えろとの御言いつけだしな。
 あのオッサンには短い間でも良い夢を見せてやればいい」


優しげに。傲慢に。酷薄に。
アキラは口元を歪める。


「でも、マスター? 大公と言う事は、アルティールさんの親ですよね。良いんですか?」
「良いんだよ。政治と肉親の情は別物さ。彼女の親だからと言って不必要に肩入れする心算は無い。
 そんな事してみろ。今の俺の影響力から考えれば
…それこそ大陸中から娘を貢物にする馬鹿が沸いてくるぞ


苦笑してサラの問いに答える。
半分は冗談だったが、半分ほどはありえる。
その事に思い当たって、サラは空恐ろしいモノを感じたりしていた。


「さて、冗談はさておき…どうしたものかな? こんな茶番劇で、無駄に戦力を減らしたくは無いのだが…」
「手前にも夢というものがありますので…このような茶番で倒れたくはありませぬ」
「ウルカ姉様に賛成〜」
「右に同じ…ね」
「マスターの望む通りに♪」


彼女達の答えに笑みを浮かべるアキラ。
スピリットにして、このような会話をする辺り、もはや完全に毒されている。
他の国であれば、即刻処分されそうなノリである。
だが、それが許されるのも彼らの特性と強さゆえ。


「では、連中に見せるとしようか。理不尽かつ不条理な悪夢というやつをな…」
「マスターが、また卑怯な手段を思いつきましたね…」
「卑怯かはともかく、ボクとしては絶対にろくでもない事だと思うな」
「…お前らな…」


がっくりと脱力しながらも、アキラは準備を整え始める。


イースペリアと漆黒の悪夢はこうして最初の接触を迎える…




聖ヨト暦329年スフの月 青一つの日 昼
イースペリア王国 ランサ側国境




ダーツィとイースペリアの国境線にして両国を分ける境界の戦場。
そこに、陽光を受け、秋風に戯れるかのように黒衣をはためかせる一人の男が立っていた。
両軍のどちらからも均等な距離。
あと数歩も踏み込めば、レッドスピリットによる飽和魔法攻撃によりマナの塵と化すであろう距離。
デッドゾーンとも言える、そこに彼は飄々と立っている。
その在り方は、余りにも自然であり、それゆえに怖ろしいほどに不自然であった。


「…まさか…あれが、あの“漆黒の悪夢”なのか?」


イースペリア軍人の一人が呟く。
その呟きは次々と伝播していき、独り佇む男を、より得体の知れない存在として印象付けた。


「連隊長。どうしましょうか?」


レッドスピリット隊を預かる、赤い妖精が困惑しつつも連隊長と呼ばれた精悍な男に問い掛ける。
男も同じように困惑してはいたが、任務を放棄する訳にもいかない。
すぐに幾つかの考えを纏め始める。


「………一応、威嚇射撃はしておけ。目的が何であれ国境を抜かせる訳にはいかんのだ」
「了解しました」


赤い妖精は、頷くと一歩だけ前へと踏み出す。
彼女が自らの神剣に呼びかけると、刃にマナの輝きが集まり、精霊光の魔法陣が浮かび上がる。
陣は複雑に絡み合い燃え上がり、炎の奇跡を紡ぎだす。


「……アークフレア!」


─轟ッ!


放たれた炎が柱となって男に迫る。
直撃すれば、神剣の加護を受けた存在ですら炭化するであろう劫炎。
射程からは、やや外れているとはいえ心胆寒からしめる事は確実。
だが、男は揺るがない。
笑みすら浮かべたままに、炎の威嚇をやり過ごす。


「動じないか…豪胆だな…しかし…ん?」


連隊長が、彼が何かを喋っているのに気付く。
しかし、距離が離れているために何を言っているのかまでは分からない。
が…次の瞬間、威嚇射撃を行った赤き少女が突然蹲った。


「……っ!? 身体が動かない? くっ…『赤雷』?」
「…どうしたディア! 何が起こっている?」
「身体が……神剣が…私を縛っている? どうして?」
「何だ…奴が何かをしたのか!?」


突然の怪現象に薄気味悪さを感じる。
彼は知るべくも無かったが、これは神剣による干渉だった。
基本的に永遠神剣は自らより上位の永遠神剣に逆らう事が出来ない。
担い手が強靭で純化された精神力を持っていれば、その限りでは無いが、それでも4位の神剣の強制力は凄まじい。
特に彼のエトランジェは完全に永遠神剣のポテンシャルを引き出せる。
それによる呪縛を跳ね除けるだけの精神力を、残念ながら彼女は持っていなかった。
そして…エトランジェは三日月の如き微笑を浮かべながら、混乱を眺めている。
まるで、最初から「相手にならぬ」と言われているようで彼女達は、少なからず矜持を傷付けられた。


「……目標に攻撃します。エル、リューネ、タイミングを合わせなさい」
「はい! アルル様!」
「分かったわ!」


すぐに3名1組の隊形を作り、青・緑・黒のスピリットが動き出す。
素晴らしい練度であり、確かな実力を感じさせる動作。
帝国の最精鋭部隊たる第3旅団には劣るものの、並みのスピリットでは彼女達は止められまい。
これまで、ダーツィ軍が迂闊に侵攻できなかったのも頷ける。
だが、流石に相手が悪かった。


「『静流』、『風花』、『黒曜』……我、『神薙』が告げる。汝らが主を束縛せよ」


呟くように、囁くように、エトランジェが言霊を放つ。
同時に、神剣同士が共鳴する高い金属音を、彼女達が聞いた瞬間…


「うっ……」
「くう…」
「あぅっ…」


それぞれに短い悲鳴を上げると、彼女達はエトランジェに近づくことも許されずに地に崩折れていた。
次々と呪縛され、動きを鈍らせていく妖精達を見て、聡明な連隊長は悟る。
原因はエトランジェにある。
そして、彼とは正面から戦ってはならない。
あれは、この大陸の戦争概念を根底から崩壊させる存在だと。


「くっ…連隊の総員は各々のバディを回収しろ! ランサまで防衛線を下げる! 急げ!!」


連隊長の一喝に、騎士達がスピリット達を抱き上げて後方へと下がる。
同時に、動けぬスピリットに代わり、連隊長と数名の部下だけが殿へとつく。
その様を、エトランジェは高い蒼天を仰ぎながら気だるげに眺めていた。




………

……






(…共振現象を利用して、剣名を取得…そして上位権限で担い手を呪縛…か。馬鹿らしくなってくる)


苦笑と共に、思う。


(逆を返せば、俺も油断すれば連中に縛られうる…か。厄介だな…対策を考えねば…)


戦場ともいえぬ戦場。
街道の只中で、アキラはイースペリアの国境守備隊が退いていくのを見つめている。
元より追撃する気など無い。
帝国挙げての戦争でもなく、礎を作るための戦争でもない。
単なる同盟国からの要請による限定された戦術支援に過ぎない。
いずれ来る、永遠者の事を考えるのを一時止め、今の事に思考を向ける。


(どの道、制圧したとしても維持するだけの物資や戦力はあるまいに…)


そう。帝国の援助を受けている状況の国が無為に国力を拡大しようとして何の意味がある?
現状で一時的にマナ限界を増やしたとしても何の価値があろうか?
初めからイースペリア全土を制圧することを考えての戦略ならば、まだいい。
だが、それを行うには決定的にダーツィ単体の国力では不足している。
帝国の意思が現状維持を望んでいる以上、ダーツィが版図を広げられうる可能性は限りなく少ない。
今回の遠征は、そんな中で唯一確かにダーツィが国力を高めるチャンスではあるのだが…


(…焦って、札を切り過ぎたな…大公殿。これは正しく茶番の戦だよ…)


黒衣を翻して自陣のほうへと歩く。
戦わずして敵を敗走させたエトランジェの神通力に、人々は熱狂する。
それが己の力では無いという事にも気付かず。
それが何を意味するかにも気付かず。


(……いい気なものだ。ま、知らぬ事こそ幸福ということか……)


エトランジェは一人、果てに思いを巡らせる。




聖ヨト暦329年スフの月 青三つの日 朝
イースペリア王国 ランサ




─ドンッ!


拳が机を叩く音と共に、男の怒鳴り声が朝の清気を吹き飛ばした。
ここが軍の施設ではなく、民間の宿であれば間違いなく苦情と共に追い出されるであろう。


「一時的に、ランサを放棄する!? それはどういう事なのだ!!」


イースペリア王国妖精騎士団所属ランサ方面隊。通称、ロウリス連隊。
その連隊長である、ウル・エィル・ロウリスは己に告げられた指示内容に激昂していた。


「貴卿は、俺にランサの守護者である事を放棄せよと言われるかッ! 巫戯けないで戴きたいッッ!!」
「寧ろ貴卿こそ落ち着いて戴きたい。この指示は女王陛下の御采配なのですぞ?」


激昂するウルに対し、命令書を持ってきた男は何処までも冷静だった。
根気強く、彼の説得にあたる。


「…彼のエトランジェに与えられた任務は、ランサ制圧の支援までだと言う話です。
 この情報は信頼できる筋からのものであり、女王陛下は内容を御承知の上で、ランサ放棄の命令を下しました。
 “漆黒の悪夢”の存在を考えれば、引いておくだけで我々は戦力を温存できるのです。
 守りきれぬのであれば、最初から流れる血を減らし、いずれ来る奪還に備えればよい。
 それとも、貴卿はアレと戦って勝てるとでも仰られるのか?
 また、勝てるとしてどれだけのスピリット達が失われるとお思いですか!」


根拠と理詰めで説得する彼の言葉に、ウルは徐々に落ち着いていく。
ウルの目に、理性の輝きが戻ってきたのを見て、彼は漸く安心した。


「…承知した。女王陛下の命ならば、スピリット及び一般の騎士達は退かせましょう」
「結構です。連中が来る前に、迅速な行動をお願いします」


一礼して、部屋を辞そうとする彼にウルは続けて言った。
その言葉に彼は驚く事になる。


「……だが、俺を含め護剣騎士だけは残らせてもらう。何があっても俺は妻の眠る地を護らねばならん……
 帝国のエトランジェ殿は、ドーン殿が認める程の人格者だと聞くが、ダーツィの兵士達までがそうとは思えぬからな」
「…正気ですか? ヘタをすれば投獄されるか処刑されるかも知れませんよ?」
「先代の頃に予め、そういう約束を取り付けている。女王陛下なら納得して下さるだろう」
「………そうですか。分かりました。……ウル殿、決して早まった真似だけは致しませぬよう…」
「分かっている。ネス殿こそ、無理をし過ぎぬようにな…細君を悲しませるような事だけはするなよ?」


男達は別れの挨拶代わりに視線だけを交わした。
もう、掛ける言葉は無い。
それぞれの男はそれぞれの戦場へと還るのみ。




聖ヨト暦329年スフの月 青三つの日 夕刻
ダーツィ大公国 ランサ




「……どうやら予定通りに事は進んでいるようだな」



独り言を呟きながらランサの街門を見上げるアキラ。
防衛用の尖塔と小さな砦がありながら、抵抗するスピリットの姿は全く無い。
そもそも達人級の剣術師でもない限りスピリットに対抗できる存在は無いし、それらが単独で動くとは考え難い。
ゆえに彼にとっては、予定通りの出来事となっている。


「軍規の厳守を事前に指示してはおいたが…さて、どこまで守られることか…」


アキラの呟きに、傍らに控える黄金律の美女が答える。
わざわざ考えるポーズをとったりする辺り、割とお茶目であることは否めない。


「マスターに傾倒している方々は厳守すると思いますよ? ですけど残りの半数…そのうち10%は暴走するかも知れません。
 もし、暴走する兵士が20%を超過したら後は一気に全体に飛び火する可能性がありますね」
「いざと言う時には、手前らで押さえに廻る必要があるやも知れませぬ」
「そうね…でも何度見ても嫌になるわよね…その光景は…なるべく早めの対処を心掛けましょ」
「うん。もうボクみたいな体験をする人達は出て欲しくないし…頑張らなきゃね」


第3旅団のスピリット達が互いに頷きあう。
エトランジェを含め、僅かに5名という支援戦力だが、その実力は折り紙つき。
何か問題が起こっても迅速に対応できるだろう。




………

……






「閣下、技術班よりエーテル変換施設の接収及び設定変更が済んだとの連絡が入りました!」
「ご苦労。技術班には休息を取らせろ。警衛隊は交代で治安維持に廻れ。妖精隊は4分隊に分けて警備に当たらせろ」
「はっ!」


あちらこちらから矢継ぎ早に入ってくる報告をアキラは慌しく分析し適切な指示を飛ばす。
民間人は思ったより素直に支配を受け入れている。
この世界の戦争形態のためであろうが、現代世界からの来訪者であるアキラには、やはり違和感が付きまとっているようだ。
蔑視の対象としてスピリットという存在がいるゆえか、自らが戦いに関わらぬゆえか…
人間が最も恐るべき略奪者となる現代の制圧戦では考えられぬ程のスムーズさである。
散発的に自らの欲望を満たそうとする不逞の輩も居たが、殆どが事が最悪の事態に及ぶ前に取り押さえられていた。
ちなみにアキラを含む、スピリット達には様々な負の思念やら視線やらが向けられていたが…
…元々、その程度の事では毛程も動じないアキラにとっては全くカウントされていなかったりする。


「………前の時も思ったが…やはり、俺の常識が物騒なのだろうか………」
「マスター。今更です。物凄く」


自分の常識が空回りし続けているアキラにサラは生暖かい視線を容赦なく浴びせ、セラは苦笑している。
その近くではルーテシアが微妙に落ち込んでいたりする。


「どちらかというと…助けてあげた人に嫌な目で見られるほうが、ボクとしては堪えるんだよね…」
「今はまだ、仕方がありませぬ。いずれはアキラ殿と共に手前らも人として認められる世の中になってゆきましょう」


やはり、イースペリアと言えども完全にスピリットに対する意識は変わらないものらしい。
救助にあたったものの、その民間人から恐怖と嫌悪の視線を向けられたのである。
多感な彼女には、それは傷付く事だったのだろう。
それを感じて、ウルカはルーテシアを慰める。
そんな、色々な意味で混沌とした天幕に新たな来客が訪れる。


「失礼。エトランジェ殿はおられるか?」


力を感じさせる低く渋い声が掛けられる。
それを聞いてアキラは、手で静かにしろとスピリット達を促すと、声の人物に応対した。
そして入ってきたのは、精悍な貌に無精髭を生やした壮年の男であった。




聖ヨト暦329年スフの月 青三つの日 夜
ダーツィ大公国 ランサ 司令部天幕




「元イースペリア王国ランサ方面軍。通称ロウリス連隊。連隊長、ウル・エィル・ロウリスだ。噂は聞いている」
「神聖サーギオス帝国第3旅団所属。黒龍将軍、アキラ・カンナギだ。碌な噂じゃないだろう?」


ウルの敬礼に、これまた完璧な敬礼で答礼する。
互いに、値踏みするような視線を交わしあい、期せずしてか同時に笑みを浮かべた。


「なに、噂と言ってもな…まあ、最近は…その…何だ。色々と盛んらしいな?」


ニヤリと笑う。
それにアキラは肩を竦めて苦笑を浮かべ…


「概ねの部分において否定はしないぞ? ただ、誤解はあるな…むしろ俺が手篭めにされかけた」


いけしゃあしゃあと言ってのける。
本人が大真面目にそれを言っているのに気付き、一瞬ポカン…とするウル。
そして次の瞬間には爆笑していた。
彼の親友でもあるドーン・アルマイトが「色々な意味で大人物であり、色々な意味で人格者」と評していた理由が今、分かった。
涙が出るほど笑ってから、彼は姿勢を正し深々と礼をする。


「まずは感謝させてもらう。無駄な血を流さずに済んだことも。我々を自警団として扱ってくれたことも含めて」


余りに真摯に言ってきたので、今度はアキラのほうが面食らう番だった。
普段の彼を知っているものなら驚愕するであろう。何とアキラの目が見事に泳いでいる。
それを見たスピリット達がウルの事を心の中で傑物と位置付けたのは、しごく当然の事だったかも知れない。


「……あー、何だ。そう、帝命もあったからな。うん、俺は自分の任務を果たしただけに過ぎん」


どこか照れたように言うが、気を引き締め、すぐにいつもの落ち着きを取り戻した。


「まあ、打算と都合が働いただけさ。本来なら俺は、目的の為に流される血と犠牲を厭わない。
 今回にしても偶さか、そのほうが都合がいいと考えたからだ。気になるなら貸しにしておいてやるよ」
「…偽悪が似合わない奴だな。かといって偽善でもない…か」
「ほっとけ!」


憮然とした表情で言うアキラの姿に一時、天幕の中は笑いに包まれるのであった。




………

……






こうして、敵味方に一兵の損失も無くランサは陥ちた。


聖ヨト暦329年スフの月の事である。


ダーツィ大公国は、この日よりランサを支配する事になる。


しかし、支配を維持するだけの物資・兵力には最初から限界があった。


支配より僅かに1月後、ラキオス軍の支援を受けたイースペリアは易々とランサを取り戻すのであった。


このことによりダーツィ大公こと、アーサミは政治的無気力の状態になってしまったという。


運命という名の川面で、歴史という名の魚が僅かに跳ねた。


ただ、それだけの事。




聖ヨト暦329年スリハの月 赤一つの日 夕刻
イースペリア王国 首都イースペリア




「…そうですか。ランサは無事に取り戻せましたか」


落ち着いた色の絨毯に、華美でない程の調度品。
居室であり、同時に書斎の趣をも備える、その場所。
即ち、自らが政務を行う部屋のソファに腰掛けたまま、女王アズマリア・セイラス・イースペリアは言った。
部屋の中には子飼いの諜報部員である、ネスと呼ばれる男だけがいる。
報告を受けながら、うら若き女王は一つ一つの情報を吟味し、明晰な頭脳で処理し続けている。
時折、かきあげる艶やかな黒髪が、その度に芳しい花の香りを振り撒いた。


「ランサ内部に、無傷の状態で護剣騎士団が残っていたのも結果的に上手く働いたようです」


若さと妖艶さを併せ持つ女王の仕草に、微妙な動悸を感じながら、それでも顔色一つ変えず淡々とネスは報告する。
彼は知っている。
女王が、わざとそういう態度を見せて報告に来る人間をからかっている事を。
政治の表にも裏にも深く関わっている彼女の、ちょっとしたストレス解消なのであろうが…


「……つまらないわね…ネス君。貴方だけは何時も動揺してくれないんだけど…私には魅力が無い?」
「ご冗談を。陛下は何時でも美しく、可憐で、輝いておりますよ?」


不機嫌そうな顔をして見せながら聞いてくる女王を、ネスはさらりと避わす。
その間も浮かべる笑みだけは変わらない。
何とも見事なポーカーフェイス。


「やはり、結婚してると違うのかしら……ふむ、今後の課題としましょう」
「陛下も、素敵な殿方と御結婚なされば理解できますよ」


ふむ…と、頷く。
そして、テーブルの上に置かれている珈琲で口を軽く湿らせた。


「それにしても、帝国と関連国の情報は常に集めてましたけど…まさか、こんなものが来ちゃうなんてね」
「ああ…アレですか…確かに私も驚きました」


苦笑と共に、女王が取り出したのは一通の書簡。
上質な紙に、開けられた封蝋の跡と、帝国の印章が残っている。
彼女の指先が、なぞるのは最後の部分。
そこには、剣を喰らう竜の紋章と、走り書きされた一文があった。


「…“近日、ランサまで観光に訪れます。数日程滞在致しますのでご了承下さい”…あっははは、いい度胸よね?」
「しかも、送ってきたのがドーン殿ですからね…なんというか、呆れれば良いのか疑えば良いのか…」


可笑しそうにクスクスと笑う、女王に対しネスは困ったような表情を浮かべる。
何しろ、ありえないのだ。
わざわざ、向こうから情報を渡してくるなど常軌を逸している。
この手紙のせいで、イースペリア情報部と諜報部は大騒ぎになったものだ。
その騒ぎを思い出すと、ネスは今でも胃痛を起こしそうになる。


「結局、陛下の言ったとおりになりましたしね…それにしても、何故この手紙をお信じに?」
「そうね……勘……かしら」
「は? 勘ですか!?」
「失礼ね…女の勘は当たるのですよ?」


重要な選択を勘で決めたという彼女に、思わず胃が痛くなるネス。
だが、勘というものも割りと馬鹿にならないのは事実。
結果的に彼女は、今まで間違った選択をしてきてないのだ。
まあ、それだけにネスの胃痛の元ともなるのだが…


「…何にしても、あのエトランジェ殿とは戦いたくありませんね…怖ろしくてたまりません」
「そうですね…でも、是非に一度は会ってみたいものです。とても面白そうですもの♪」
「……陛下…お願いですから、これ以上の苦労は増やさせないで下さいね?」


こうして、ネスは今日もストレスと戦い続けるのであった。









































聖ヨト暦329年スリハの月 ???
何処とも知れぬ場所




「…そろそろ、邪魔になってきましたわね」


何処とも知れぬ場所にて、純白の声が響く。


「……では?」


何処とも知れぬ場所にて、漆黒の声が返す。


「始末するんなら、あたしが出させてもらおうか…ククッ…暇を持て余していた所だしねぇ」


何処とも知れぬ場所にて、妖艶なる声が謳う。


「ふふ…素敵な悲鳴を聞ければ良いのですが…もちろん僕も行かせてもらいますよ?」


何処とも知れぬ場所にて、深遠なる声が哂う。


「…ンシュア! グシュフフッ」


何処とも知れぬ場所にて、異界なる声が叫ぶ。





「…少しばかり、気になることもありますわ。それに、あなた達に舞台と駒を台無しにされるのも困りますから」


「ふ…僕たちも信用ないものですね」


「ふん……まあ、いいさ。なら、この前のオモチャでも虐めて遊んでおくとするさね」


(……所詮は、戦士たりえぬ連中か……下らん)


黒い影が、白い影に付き従う。
堂々と…僅かながらの喜悦を滲ませて…


(待ち遠しいぞ…アキラよ! やはり、俺の渇きを癒せるものは貴様しかおらぬ…)


「では、いきますわ」


─シャラン


鳴り響く鈴の音。


そして、世界は閃光に包まれる。


後に残るのは、哄笑。







刻は……近い。










To be Continued...





後書(妄想チケット売り場)


読者の皆様始めまして。前の話からの方は、また会いましたね。
まいど御馴染み、Wilpha-Rangでございます。


ひゃほー(謎)
戦争といえる戦いにもならず、ランサ編は終了です(ぉぃ
当初の予定では、ランサで激闘、大被害な感じでしたが…


某親娘関連のせいで、誰かさんが黒幕しちゃいました♪


ぬおう!? 石は投げないで!
おおお! 石はダメだからって銃やら爆弾テロは余計にぃぃぃぃ!
序に、本編からお越しのアセリアさん達までっ?


「うん、馬鹿は死なないと治らない…だから、斬る。うん。問題ない」


も、問題あるわーーーー!!


─ズシャリ!


後は任せたーーー(ガクッ)




「…ユートの言うとおりに斬ったぞ。これで馬鹿は治るか?」
「あ、ああ…多分。なんとか?」
「わーい。オルファもやるやるぅ〜」
「まさに自業自得だな。そして人生は儚い…だから、俺は儚い人生を充実したものとして過ごしたいんだ…ハァハァ」
「光陰……それが遺言?」
「ハッ…ま、待て今日子! 俺はまだ、何もしていないぞ!?」
「─問答無用ぉぉぉ!!!」




…じ、次回。多分、第二章最終話…………
カハッ!(血





独自設定資料

World_DATA
蒼い双月

イースペリア諜報部、サーギオス方面班の通称。
サーギオス城下で普通に生活しながら諜報活動を行っている。
イースペリアでも有数の腕利きたちが所属している。
帝国にアキラが仕官してからは、毎日がストレスとの戦い(笑)


鬼札(ジョーカー)
トランプのジョーカーと同じ。
所謂、ワイルドカードであり万能の決め札。
組織用語の隠語としては、関わってはいけないモノ。
某、国教騎士団の吸血鬼しかり。
某、世界最凶の宗教団体の神父しかり。
某、破壊しか能の無い魔法使いしかり。
概ね人格破綻者が多いような……気のせいか?


束縛/呪縛
永遠神剣の力による縛りの事。
上位神剣の権限を利用して、担い手の動きを支配する事ができる。
剣名を知っていれば、複数を呪縛することも可能。
一対一で近距離にいる場合は、剣名を知らなくても呪縛できる。
神剣と同調しているほどに拘束力が高くなるので、マインドが高ければ抵抗できる場合もある。
ゆえに、元々神剣と同じ存在であるスピリットには効果絶大。
ちなみに、永遠神剣の支配力より強い精神力を持っている相手には通用しない。
また、対立属性の神剣同士でもやはり通用しない。
原作のイービル・ルートでは頻繁にお世話になる機能(笑)


イースペリア妖精騎士団
イースペリア王国のスピリット運用騎士団。
日常からの厳しい訓練のため、人間の軍事戦力としては大陸最高レベル。
通常は、騎士:1 妖精:1のエレメントで活動する。
軍事行動時は、騎士:3 妖精:3のデルタ編成で隊が構成される。
この世界にしては珍しく、人と妖精の間における信頼醸成が成されており、拠点防衛では無類の強さを誇る。
過去、ダーツィ大公国はエトランジェ参戦時を除き、一度たりともランサ防衛線を超えることが出来なかった。
なお、同騎士団のランサ方面隊は“ロウリス連隊”と呼ばれている。


俺の常識
我々から見ても非常識の世界からの来訪者である彼の常識は決して普通ではない。
仮に悠人達の“ハイペリア”へ彼が行ったら、即日銃刀法違反で捕まりかねない。
転じて、当てにならない物の代名詞(爆)


護剣騎士団
ウル・エィル・ロウリス率いる、剣術師による騎士団。総勢5名。
ミュラー・セフィスから、一貫・護剣の皆伝を受けているウルを始め、全員が<氣>を扱える。
魔法能力を除けば、スピリットに対抗可能である大陸唯一の騎士団。
名誉顧問としてミュラーの名が記されていることは言うまでも無い。




Skill_DATA





Personaly_DATA
※Nothing




SubChara_DATA
ウル・エィル・ロウリス/Ur Eyle Lawllis
身長:185cm 体重:74kg 人間。黒髪黒瞳。浅黒い肌の武人。
知的能力:並以上 精神性:感情的外向型 性格:武人・快活 容貌:精悍
性別:男性
神剣:無し
年齢:56(外見:37)
職業:護剣騎士/剣術師
解説:
イースペリア妖精騎士団ランサ方面隊の連隊長。
また、護剣騎士団の団長でもある。
30年前に、イースペリアの食客となっていたミュラーに弟子入りし、薫陶を受けている。
剣術師、氣術師としても高い才覚の持ち主であり、武神とも呼ばれているが本人は否定している。
10年前に結婚。妻の故郷であるランサで暮らし始める。
この頃、自分の弟子達を護剣騎士として鍛え始めている。
2年前に、流行病で妻を亡くして以来、妻の眠る地を護り続ける事を誓う。
ドーン・アルマイトとは30年来の友人。


「…俺は何があろうと、この地を護り続ける。それが妻との誓いだからだ」
「どこの者が相手だろうとも、この街を荒らすならば容赦はせんっ!」


アーネスト・ウィルバー/Arnest Wilber
身長:174cm 体重:65kg 人間。金髪碧眼。糸のような細目。
知的能力:並外れて高い 精神性:理性的外向型 性格:策士・丁寧 容貌:美形
性別:男性
神剣:無し
年齢:31(外見:24)
職業:情報士官
解説:
イースペリア情報部所属の情報士官。
何処か茫洋としている昼行灯的存在だが、内実は切れ者。
アズマリア女王の懐刀として活動している。
既に結婚しており、一般的には愛妻家としても知られている。
任務で他の街に出張するときは常に妻への御土産を探している姿が見られるとか…
ウルやドーンのように規格外な強さは全く無い。
だが、罠や奇策、無音殺に関しては熟練している。
愛称はネス。


「困りましたね…早く帰らないと妻に嫌われてしまいます」
「…戦に勝つには何も相手を倒すだけが能ではありません」




Eternity Sword_DATA
※Nothing