???


少女がまだ少女と呼ぶには早い姿であった頃…
彼女は“暖気の大平原”でただ一人、発見された。
その髪の色…瞳の色からスピリットだと判断されはしたが…彼女は神剣を持っていなかった…


…本来、スピリットと言うものは神剣と対になって発見される。
外見もまちまちで、幼女の姿で見つけられる者から少女というには発育し過ぎた姿で見つかるものもいる。
ちなみにスピリットと人間を大まかに区別するものは、その色彩的特徴と神剣の有無である。
それゆえにスピリット達は簡単に区別され、直ぐに国家へと引き渡される。


スピリットを発見し国家へと引き渡したものには報奨金が出るため、見つけたものは喜んで彼女達を持ち帰る。
そう、彼女達は人間達にとってはただの道具。
しかも戦争に使われる死と破壊の妖精なのである。
いかに美しく可憐な姿をしていても、道具に劣情を抱くものは数少ない。
道具に余分なモノを期待するものもいない。


ただでさえ、スピリットは国家の重要資産と決められているのだ。
一般人が手を付ければ、待つのは極刑・死罪のみ。
だから彼らはスピリット達を下賎な道具…あるいは拾うべき献上物として扱う。


だが、神剣を持たないスピリットは戦いに使えない出来損ないである。
仮に物好きが帝国へと献上しても褒賞は知れている。
むしろ道中の費用が褒賞を上回るかも知れない。
いずれにしても神剣を持たぬ彼女に待つのは死。喰われて死ぬか…飢えて死ぬか…処刑されて死ぬか…
……彼女は生まれた時から<役立たず>として扱われた……



そんな彼女を見つけたものは、成年というには年寄りで中年と言うにはまだ若い商人の男である。
彼は帝国でも有名な大商人であり…
…同じぐらい有名な悪癖で知られている。


曰く、妖精趣味 ─スピリットを人として扱う者。
曰く、妖精館の主 ─スピリットを娼婦として働かせる者。


『…ふむ…まさか神剣を持たないスピリットとはね……』
『………』


男は一糸すら身に纏わず…ただ道端に座り込む彼女に声を掛けた。
…しかし少女は何も答えず、ただ茫洋と視線を彷徨わせるのみ…


『……どうした? まさか言葉も分からんというのか?』
『………』


やはり沈黙で答える少女。
男は溜息をつくと、おもむろに来ていた外套で少女を包んだ。
そこで初めて少女は男へと視線を向ける。


『………?』


不思議そうな顔で男を見つめる少女。
男は、その目を見て…まるで紅玉のような瞳だ…と感心した。
よく見れば、顔立ちも…その姿も並みのスピリットより美しい。
言葉が通じないのは問題だが…例の商売には使えそうだ…との結論に辿り着く。
彼女は最初から神剣を持っていない…帝国に献上しても処刑されるだけ。褒賞も期待できない。
ならば無駄にするよりも…いつもの様に公爵に金をつかませて払い下げにしてもらえば問題なく事も運ぶだろう…


『では、まず名前から名付けるとしようかね…』
『………?』


暫し、無精髭を擦りながら考え込む男。
どうやら直ぐに考えは纏まったらしく、破顔する。


『よし…お前の名は…ルーテシア。ルーテシア・リューンダイクにしようか!』
『………?』


やはり不思議そうな顔で見つめる少女…ルーテシア。


『ルーテシア。お前の名だよ…ルーテシア』
『……るー、てしあ?』
『そう。お前のことだ。遠くサルドバルドで産出される…紅く燃えるような宝石の名だ』
『…ルーテシア?』


少女は何度も繰り返す。
男は笑って、くしゃくしゃと彼女の髪を撫で回す。
そして、くすぐったそうな顔をする少女の手を引きながら歩き出した。

















それは、彼女が掴んだ最初の幸福。


















彼女が感じた最初の温もり。















永遠のアセリア
The Spirit of Eternity Sword

〜人と剣の幻想詩〜

第一章
ACT-4
【醒めない悪夢】
- The Lurtecia “Dance in Nightmare” -




聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 日没
帝都サーギオス スピリットの官舎 セラの私室



─ガチャ…


木で作られた簡素な扉を開けて、アキラが入ってくる。
急いできたのか、額には汗を浮かべていたが呼吸は全く乱していない。


「…待たせたな……で、様子はどうだ?」


直ぐに用件へと入るアキラにセラが答える。


「…そうね。正直お手上げね…何しろ原因が分からないの。少なくとも私の知る限りではどうにも…」
「残念ですけど私も……記憶を全て検索してみましたが…具体的な回答は何も得られませんでした…」


続いてサラも答えた。
役に立てないのが残念で堪らないのかその顔は俯き加減で悲しそうに見える。


「…し…じゃなくてサラ…99人分の知識とやらには何もなかったのか?」
「うぅ…ごめんなさい…ある程度の知識はありますけど…あくまで契約前の表層部分しか……」
「……中途半端だな……まあ、俺も人の事は言えないが…」
「………一応、契約時にマスターから流入したものも探してみたんですけど…残念ながら……」


その言葉に憮然とした表情になるアキラ。
それも当然か…自分の記憶を勝手に知られている…ということになるのだから。


「あのな……それじゃ、俺を呼ぶ意味が無いだろうが。そこまで分かっているんだったら」
「……サラ……貴女…ひょっとしてバカなの?」
「ふにゅぅぅ……セラさんまでマスターと一緒になっていぢめる………くすん…」


…わざとらしい奴だ…と思いながらもアキラは考える。
あの時流れ込んだ…無数の自分……その存在に……彼女は気付いていないのか…と。
あの永劫とも思える刹那の中には…確かに全てがあった。
自分の知らないあらゆる感情が知識が経験が…全ての汚濁と清浄が無秩序に流れ込む感覚……
……思い出すだけでも、アキラの背筋には悪寒が走り…全身に冷や汗が浮かぶ。


(自分が無限に分割され…無限に人生を生き…許容量を超えて一つの「殻」に収束される…)


自分が偏在し…それら全てがアキラという媒体に詰め込まれる。
それはつまり一種の……
……思考と感情の湖面が無尽蔵に荒れ猛る………その前に…慌ててアキラは明鏡止水を取り戻した。


─この湖面は無限に荒れる。上限と言うものは存在しない。
─ソレを決壊させないために周囲に<アキラ>という名の堤防を築き…
─ソレを暴れさせないために<明鏡止水>という名の制御システムを水位を維持する。



それが、彼がアキラとして居続けられる理由。
虚無いう名の属性であったがゆえの奇跡。


「……ふう…ま、しかし大丈夫だ。俺の中には無数の俺がいる…そのうちの誰かぐらいは対処を知っているだろうさ」


アキラは殊更に明るく言った。
そう、そのように…明確にしていなければ自分に呑まれてしまいそうで…とても恐ろしい。


「……誰かって…妙な表現ね……大丈夫なの?」
「な〜に。問題ないって♪ いざとなったらアカシャを使うという手もあるし♪」
「…マスター…接続には私を忘れちゃダメですよ? 一人で接続したら…まず確実に死んじゃいますから…ね?」
「…わかってるって。だから、それは最後の手段。無理はしないさ」


軽口を叩くアキラ…それを見ながらセラは思っていた…


(……アキラとサラ……彼らには思っている以上の謎がありそうね…信じたいけど…過信は禁物かしら…)


それは当然の疑念。
新参者は疑われ…謎多き者もやはり疑われる。
自分という視点・世界を守るために人は境界を築き…他者と自己を区別するのだから。
疑心というのは個我を持つ者に必ず存在する自己の防衛機構なのである。


(…一度…信頼してみようと思ったものを簡単に疑うなんて……簡単には変わらないものね…)


当然である。
長い時間をかけて形成されてきた個我は、そう簡単には変化しない。
強固に形成された個我を無理に変化・破壊すれば……その時は「心」すらも共に崩壊する。
だから、本来…その程度のことで悩む必要はまるで無い。
本質的に自分を変えたいのなら、少しずつ変化させていけばいいのだから。
無理に自分を完全に変えるという事………それは単なる仮面舞踏に過ぎない。
仮面が剥がれれば、たちまち本来の自分へと戻るだけ。
後に残るは…せいぜい虚無感と自己嫌悪程度のものである。


「………という訳で…つまりは……ってセラ? おーい?」
「…………あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたの」


突然、声を掛けられセラは正気に戻る。
気がつけば、随分と時間は先に進んでいたようである。


「まあいい。それじゃ、もう一回説明するぞ?」
「ええ。お願いするわ」


そう言って、アキラは説明を開始する。
その内容を要約するとこうなる。



彼女が目覚めないのは、彼女自身の心が目覚めるのを拒否しているからだ。
彼女の神剣は彼女を呑んではいない…が、彼女の目覚めたくないという願いを補助している。
神剣を利用した想念界に引き篭もっているため、外部から彼女を目覚めさせるのは不可能。
よって神剣同士を同調させ、彼女自身の世界へ侵入。彼女自身に目覚めてもらう。




「………流石ね…まさか、こんなに短い時間で対処を考えるなんて…」


セラは純粋に尊敬の目でアキラを見たが…アキラは自嘲するかのように、それを否定する。


「…違う。これはあくまで俺であって俺でない者の知識だ。だから…これは俺自身の成果じゃない」
「……そう…でも、私だけは認めてあげるわ。それが何であれ貴方は自分の意志でこの娘を助けた。そして今も…」


自嘲するアキラを否定するかのように、セラはアキラの手を…そっと握り締める。


「…だから…自信を持ちなさい。こんなのは貴方らしくないから…」
「…………セラ……」


二人の距離が自然に近づいて………


「はい。そこまでです♪ マスターが、どう思っていても…セラさんも私も…マスターの事を信頼していますから♪」


…見事なタイミングでサラが後ろから抱きついた。


「それにセラさん…抜け駆けは禁止って約束したじゃないですか」
「は?」


サラの爆弾発言にアキラは目を点にする。
セラは慌てたように飛び退く。


「って…ちょ…アキラ…か、勘違いしないでよね! べっ別に私は特にそんなっ…ち、違うんだからッ! 信じなさいっ!」


いつもの冷静さもどこへやら…頬を染めながら弁解する。
そこにサラが極上の笑顔で追い討ちをかける。


「…………明け方までマスターと一緒の毛布で寝ていましたよね? 私から見ても羨ましいほど…し…」
「きゃあぁぁぁ! きゃああぁぁぁぁ!?」


神速の勢いでサラの口を塞ぐセラ。
神剣の加護を使わない純粋なパワーでは敵う筈もなく…暫くするとサラも静かになった。
いい加減アキラも頭を抱えていたが、彼の立ち直りは何時でも早い。
決意したかのように口を開いた。


「…まあ、その辺りの話は後で追求させてもらうとして…だ。そろそろやるぞ?」
「は、はい!」
「む、むぐぅぐむ〜っ!」


「…俺が神剣に直接アクセスする。サラは随時様子をモニターしろ。セラ…君は、もしもの場合に備えてくれ」
「……分かったわ。気をつけて…」
「…っぷは! りょ、了解ですマスター」


少女の神剣を握り、アキラは集中を始める。
調弦を行うかの如く、アキラ自身の「剣音」と少女の「剣音」が近づく。


その波長が完全に一致した瞬間…アキラは軽い見当識の消失と共に、精神の奥深い場所へと潜った。





???





運命の日から6日後…
男に拾われたあと…彼女は早速、彼の屋敷へと「払い下げ」られた。
公爵としても帝国としても出来損ないのスピリットにエーテルを割くのは嫌だったのだろう…
「払い下げ」のための交渉は簡単に終わり、彼女は正式に妖精館の備品となった。



































最初の三年間はまず言葉の教育とスピリットとしての基礎教育に充てられた。
彼女は驚異的な速度でそれを吸収し、館主を驚かせた。
驚いた彼は、様々な知識を彼女に与え…後の糧となるように慎重に教育した。
また、彼女の先輩達でもある“姉”達と会わせ、屋敷の雑用を行わせた。
彼女は美しく優しい“姉”達と、館主に可愛がられ…多くの愛情を注がれる。
彼女の中で妖精館という場所が家族という形に定義されるのに多くの時間は必要なかった。
少ない感情…何も無い心に少しずつ…色付いた…大切な思い出が刻まれていく…



































次の一年は、“姉”達の仕事である娼婦としての基礎知識を学ぶことに充てられた。
礼儀作法。笑顔の作り方。客の要望に答える為の様々な知識。男を悦ばせる様々な手管。
彼女はまだ、“姉”達ほどには成育してなかったが、憬れる“姉”達に近づこうと一生懸命に努力する。
彼女が一つの事を覚える度に、“姉”達や館主は喜んで彼女を褒めた。
それが嬉しくて彼女はまた一生懸命に努力した。
“姉”達から貰った化粧品や、館主から貰った輝皇紅玉(ルーティ・ルビー)の首飾りは彼女の宝物になった。



































その次の一年は、彼女にとっての初めての年となった。
可憐に成長し、男を受け入れることが可能だと判断されたその年の初めに彼女は館主の部屋に呼ばれる。
そして、“姉”の一人と館主の手で大切に大切に彼女の純潔は散らされた。
館主と“姉”が彼女の技術を褒め、「今日から一人前になったね」と言うと…嬉しくなった彼女は涙を流して喜んだ。
館主はそんな彼女を優しく撫でて、「今日はルーのために御祝いをしなくちゃな」と言った。
“姉”も、「それじゃ、今日は私が腕を振るわせてもらいますね」と微笑んでいた。
彼女の全ては温かなもので満たされていた……


































月が明けて、妖精館に新しく並んだ彼女は、その特徴から多くの客に選ばれる。
客の殆どは横暴で、口汚く罵りながら彼女の全身を何度も何度も汚しては帰って行く。暴力を受けることも珍しくは無い。
最初のうちは、“姉”達や館主に泣きついてばかりだった。
仕事が終わるたびに悲しくなって消え去りたくなった。
それでも、妖精館という家族に支えられながら、彼女は仕事に慣れていく。
“姉”の一人に胸のことを揶揄されては落ち込み、館主に「ルーが本当に好きな男と会えたら大きくなるかもな」と言われて元気になる。
「ボクが好きなのは父様だよ」と何度も言うのだが、館主は穏やかに笑って誤魔化すだけだった。
それが彼女としては不満で残念ではあったが、それでも彼女は彼が大好きだった。



































彼女が妖精館のスピリットとなって7年が過ぎた。
もう、仕事も卒なくこなせるようになっており、彼女達を蹂躙する客達のあしらい方も手馴れていた。
館主は新しい事業を考えており、彼女達に高等教育を施す様になっていた。
帝国大学で学ぶような沢山の知識は、彼女達にとって新鮮であり楽しくもあった。
彼女達は仕事が終わると喜んで館主の下に集まり、多くのことを学んでいく。
文才に目覚め、本を書きたいと言ったグリーンスピリットの姉。
本格的にエーテル技術を研究したいと漏らしたレッドスピリットの姉。
いつかは各地に残る遺跡を巡って歴史を研究したいと夢を語るブラックスピリットの姉。
帝国の天才であるヨーティア・リカリオンについて、新しい技術を切り開きたいと願ったブルースピリットの姉。
彼女の後に、新しく連れてこられたブラックスピリットの妹などは、いつか剣聖と呼ばれる剣術士になりたいと息巻いたり…
誰もが、恐らく来ないであろう未来に期待して、夢を持っていた。
それは、この館の正に黄金時代とも言える輝きに満ちていた…



































彼女が妖精館のスピリットになって10年目…その年は彼女にとって絶望と悪夢の日となった。
店もまだ開かない昼下がり…帝国の兵士達がやってきて館主を出せと威圧的に告げた。
館主が出てきて「何事か?」と尋ねると、兵士達は命令書を見せてこう言った…


『帝国臣民…ジェスタール・リューンダイク…貴様に国家反逆罪の嫌疑が掛けられている。即刻、出頭せよ!』


彼女も共に様子を見に来ていた姉や妹も館主を心配そうに見つめる。
彼は、彼女達を下がらせると兵士に「帝命とあらば出頭致しましょう」と答えた。
兵士達は一瞬鼻白んだが…直ぐに平静を取り戻すと、彼を馬車に押し込み…城へと連行して行った。
彼女は不安に苛まれながら…彼がいつ帰って来てもいいように屋敷の家事を続ける。
実質的に彼の片腕であったグリーンスピリットの姉は、店を休みにした。
期せずして訪れた…欲しくも無い休暇を落ち着かなく過ごし続ける…


そして二日後…彼は城下へと帰ってきた。
……首だけの姿になって……


─この者、皇帝より特に温情を持って下賜されたる妖精を私事に扱う罪人なり。
─妖精法の範疇を逸脱する知識を与え、更には再三の返還命令を退けたる咎によりて死罪とする。
─なお、リューンダイク家の資産は全て没収の上、帝国の管理下に置かれるものとする。



『…ジェスタール・リューンダイクは反逆罪により死罪となった。貴様ら役立たずはマナへ換えろとの仰せだ』


その日…やってきた騎士は一方的に告げると、従えているスピリット達に「やれ!」と命令を下した。
漆黒のハイロゥを持つスピリット達が何の感動も無く動き出す…


書を愛し…館主の事をジェスと呼び、愛した…一番上の姉が始めに斬られマナの霧と化す。
返す刃で切り裂かれ、技術者を目指した姉も血を金色の霧と変えながら…力なく倒れた。
彼女は目の前の光景が信じられず…呆然としていた…
その彼女に向かい迫る兇刃…彼女が、それに貫かれる一瞬…剣聖に憬れた妹が彼女の盾となった。

『……お、お姉…ちゃん……逃げ……て…………』

それが、妹の最後の言葉。
彼女はマナと散っていく妹を押しとどめようと…抱きしめようと手を伸ばし…その瞬間、妹はマナと散った。
手を伸ばしたまま滂沱と涙を零す彼女…声にならない慟哭が響く…


そのような光景を見ても、帝国の妖精達は揺るがない。
失敗に終わった攻撃を再度行うべく彼女を狙う。
が、それより数瞬だけ早く…虚空に伸ばされたその手を引いて、残った姉達が彼女を邸宅の中へと引き込んだ。


『…フィー……ルーの事……お願いね…』


客間に置かれていた装飾剣を手に、賢者を目指した姉が言う。
歴史を愛した姉は無言で頷き、彼女を連れて隠し通路へと走った。


…扉が閉まる。


背後では剣戟の音。それも直ぐに静寂と化す。


『…ルー…よく聞きなさい。逃げて黒羊亭へ向かってドーン様を頼りなさい。暫く匿ってもらうの。
 その後は、ドーン様の助けを借りてイースペリアへ向かいなさい。向こうの女王は私達にも…きっと良くしてくれるから』

フィーと呼ばれた姉は、どこか遠い目をして彼女に語りかける。
その目には、何かを決意したもの特有の強い光が宿っていた。

『……フィーア姉様……姉様は?』

彼女は震える手で姉の手を握る。
それを、やんわりと外し…彼女の姉は儚く笑った。

『私は…ここを抑える。あなたが逃げるまでは持たせてみせるわ。さあ、早くお行きなさい! ルー!!』
『…嫌! 嫌だよ! フィーア姉様も一緒じゃないとボクは逃げない!』


姉の言葉を激しく拒絶する彼女。
彼女はもう誰も失いたくは無かった。
父と呼んだ男が死に。目の前で姉や妹も死んだ。
温かかった家は…もう二度と還らない。
楽しかった日常はもう二度と帰らない。


『…ダメよ…愛しいルー…あなたは私達が一番愛した自慢の妹よ。だから…せめてあなただけでも生き延びて欲しいの』
『………お願い……お願いだから……姉様……そんなこと言わないで…もう…もうボク達しか家族は居ないんだよ!?』


─ドン!

─ガタッ!

─バキバキッ!


激しい音が近づいてくる。
邪魔なものは全て破壊しながら、それは迫る。
その名はスピリット。永遠神剣の妖精。戦争と死と破壊の権化。


『………思ったより早かったわね……ごめんね……結局、ルーは助けられそうにない……』
『……姉様……ううん……そんなこと無いよ……』


─バンッ!


最後の壁があっけなく破壊される。
飛び込んでくる破壊の意志。


『ッ! でも……ルーだけは…やらせないッ!!』


ブラックスピリット特有の速さで…最後の姉は、兇刃を蹴り飛ばす。
そのまま空中で捻り込むようにニ撃目を放った。
…が、それも無力…
いかに常人より高い力を持っていようと…神剣の加護を最大限に受けている者には及ばない。
ましてや彼女は剣聖と呼ばれるほどの腕がある訳でも、超人的な因子を持っている訳でもない。
ニ撃目は出現した水の盾に遮られ、あっさりと止められる。


『……あ…』


それが遺言となった。
漆黒のハイロゥを展開する青い妖精の刃で…その身体は永遠に頭部を失った……


『………姉……様?』



…最後の姉が金色の霧へと変わる…



…霧はそれでも彼女を守ろうと周囲を舞いながら薄れていく……



『───────────────────!!!』



その瞬間……彼女の中で……何かが……爆ぜた……








































次に彼女が心を取り戻したとき……

彼女の愛した館は城下町から消え去っていた。

彼女達を襲ったスピリットも、あの騎士も…全て消え去っていた。

彼女は喪ったものの重さを思って涙を零す。

焦土となった跡地…その手に永遠神剣を携えて……

その後…倒れた彼女は城へと運ばれネツァーの手に渡される事となる。

愛する家を失い…温もりも失い…それでも彼女は生き続ける。

生きることこそが愛する家族達の願いだったがゆえに。




































聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 夜
ルーテシアの内面世界



「………これは……想像以上だな……」


アキラはルーテシアの内面深く潜りながら呟く。
潜りながら、時折過ぎ去っていく記憶の泡はどれもが輝きに満ち…
…どれもが絶望の色に染まっていた。

特に、彼女が帝国のスピリットとなってからの記憶は最悪だ。
どれもが灰色に塗りつぶされ…温かな輝きは一片も無い。

近くにいるスピリット達と、気軽に話し合うことも許されず…
ただ、毎日毎日…優秀な兵器となるための訓練を課せられる。

彼女は、訓練を受ける中でも最弱といえる存在だった。
何しろ神剣との同調率が圧倒的に悪い。
同調率が悪いということは全力を発揮できないということ。
同格…そして同じエーテルを与えられている彼女の同僚達よりも圧倒的に弱い。
彼女はレッドスピリット。神剣魔法を得意とする妖精。
なのに彼女が顕現するのは翼のハイロゥ…
螺旋状に力を循環させ増幅させ、爆発的に放出するレッドスピリットが持つべきハイロゥでは無い。
それもまた彼女の弱さの一因であった。

それでも、彼女は努力を重ね…技術を研鑽し…ある程度の魔法も習得した。
与えられ、費やされたエーテルや時間からは微々たる成果ではあったのだが…それでも彼女は諦めない。



─数年の歳月が流れる。



唐突な皇帝の崩御…そしてウィルハルト皇太子の即位。
即位するや否や、新皇帝は帝国近辺の小国を次々と侵略し版図を広げ始めた。
長い歴史を持つ帝国のスピリット隊は強力で、その数も多い。
特に、新しく配属されたウルカ・ブラックスピリットの力は強大で、次々と容赦なく敵を殲滅していく。
帝国に来た当初から、ほぼ神剣に呑まれていた彼女は重宝され『漆黒の翼』という異名すらつけられた。
そして、1年とたたずに帝国はダーツィ以南の国々を滅亡させる事となる。

戦いで帝国が失ったスピリットも少なからずいたが、成果から考えれば微々たるものだった。
彼女は戦力としては期待されてなかったため後方に残されたまま終戦を迎える。
こうして、彼女もサーギオスの中では古株のスピリットとなっていった。



─2年後…



費やされたエーテルの割りに未だ安定した力を発揮できない彼女に対し、ネツァーは業を煮やしていた。
ネツァーは自らの訓練技術に自信を持っている。
もちろんそれは、根拠無き自信ではない。現に彼の訓練したスピリットの殆どは、様々な部隊の中核を担っている。
それが彼女にだけは当てはまらないとは何たる事か!
彼女の至らなさが彼の時間を無駄にしていたなどとはあってはならない事だ!
少なくともネツァーは常にそう思っていた。
それに、このままでは新参者であるソーマに自らの地位を脅かされかねない。
自尊心の高いネツァーにとって、それは決して認められないことだった。


そして…ネツァーは決心する。
このスピリットには大した能力が元々無かったのだ。これ以上、時間もエーテルも無駄にはしたくない…と。
思い立ったら即座に行動する…それが彼の美点であり欠点。
ネツァーは直ぐに、皇帝に対し彼女の処刑を申し立てた。
彼の言は正しく現実を突いており、皇帝としても異論を挟む部分は無かったため…3日も立たずに処刑は受理された。


ついに彼女は、その最後の存在意義すらも否定され、マナに変わるだけの運命となった。





































「………そろそろ境界線の筈なんだが…む…あれか………」


アキラはついに彼女の心の深層…意識と無意識の境界線に辿り着く。
境界から少し離れたところには、揺らめく鏡のようなものがあった。
周囲は静寂……いや……静寂というよりは無……何も無い。
それは即ち、彼女の深層には何も確かなものが存在していないということ。

…いや、何も無いということはあるまい。
これは単に自分の大切なモノを集めて自分の世界に引き篭もっているからこその無常さなのだ。


「……揺らめく鏡……ね。向こうが入り口だな……さて、さっさと嬢ちゃんを迎えに行くとしますかね」


アキラはそう呟くと、迷い無く鏡の中へと飛び込んだ。





聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 夜
ルーテシアの内面世界 妖精館



「父様、父様ぁ〜♪ 今日はボクが料理をしたんだよっ♪」

ルーテシアは満面の笑みを浮かべて、父と呼ぶ男……ジェスに抱きついた。
ジェスは、ルーテシアの突撃振りに多少面食らったものの、優しく抱きとめる。

「へぇ…ルーの料理も少しは上達したのかな? セルマやフィーとまでは言わないが…楽しみだね」

ルーテシアの髪の毛をくしゃっと撫でるジェス。
ジェスに撫でられるのがルーテシアはとても好きだった。

「こ〜ら! ルー! 配膳までしっかりとやりなさいって何度も言っているでしょう? …あ、ジェス……」

ジェスの顔を見た瞬間、セルマ・グリーンスピリットの顔が軽く上気した。

「ほら。セルマもそう言っているだろ? ちゃんと手伝いなさい」
「ちぇ……は〜い。…ごめんなさいセルマ姉様。すぐに手伝うから」

残念そうにジェスから離れるルーテシア。
素直に配膳の準備を開始する。
椅子に座り、ジェスはその様子を微笑みながら眺めている。
それはどこにでもある家庭の姿。
もう帰らない幻想の名残。


………

……




「って! すんげぇ入り辛いんですけどッ! 俺!?」


アキラはその様子を空(?)から俯瞰しながら自分自身に突っ込みを入れる。
流石のアキラもこの光景には気後れするものらしい。
眼下の屋敷の中ではルーテシアとセルマとジェスが温かい団欒を続けている。
裏手にある妖精館という名の娼館では、ここに居ない彼女の姉達が客と一戦やらかしている最中のようだ。


「………おお…グレイト! まさかあんな事まで!? ……良いなぁ…次はやらせてみようかなぁ…いやむしろさせよう…」


もはや、完全に覗きと化している我らが主人公殿……
だが彼は直ぐに正気を取り戻した。


「………ハッ!? だから何をしてるかな俺は!! 目的がおかしくなってるぞ! 俺!」


またも自己突っ込みが入る。
アキラは自分の頭を自分で殴りまくった。


【…マスター? 脳波が著しく乱れていますが……何かあったのですか?】


外界で彼の様子をモニターしていたサラが思念を飛ばしてくる。


【大丈夫だ。ちょっと想定外の出来事で混乱しただけだ。全く問題ないから気にするな!】


慌てて思念を返すアキラ。こんな事を知られるのだけは避けたいのだろう。
必死で自分を落ち着けている。


【……そうですか。あまり無理をなさらないで下さいね】


そう言って、彼女の思念が遠ざかる。
優しげな彼女の思念に、彼が少しばかり罪悪感を覚えたことは言うまでも無い。


………

……




暫く待つ。
待っている間にアキラは精神世界の様子を探る。
周囲の街並みから雑踏。空の星々までを見る。
それはあまりにも詳細なディティールで再現された世界。
彼女の幸せだった日々だけが再現された世界。


「……神剣の力か……詳細過ぎる。危険だな……」


アキラは深刻そうに呟く。
それも当然か…。極度に精細な幻想に居続けると、人間は現実を見失う。
彼ですら、ここに長居をすれば…精神がこの世界に取り込まれ…幻想の住人となってしまうだろう。
ルーテシアの場合は、それを望んでここにいる。
それは…とても危険なことだった。


「……助けた借りも…まだ返してもらってないしな…そのまま眠り姫にさせてたまるかよ…」


自分自身に言い聞かせるように…また呟く。
彼女の精神を強制的に連れ出すことは無理だ。
無理やり制御権を奪って、目覚めさせるのは可能。アキラは彼女の神剣よりも格上なのだから。
…が、それをやると彼女の精神は完全に崩壊してしまうだろう。


「……将を射んとすれば、まず馬を射よ…か。ま、それが妥当かな…おい、聞こえているんだろ?」


アキラは虚空に向かって声をかける。
果たして応えはあった。



【……誰…? …………同族……?】
「…そうだ。俺は永遠神剣第4位『神薙』…お前に用がある」
【…『緋翼』は……ルーテシア…護る…………帰れ……】


アキラに対し『緋翼』は茫洋と答える。
いや、茫洋と感じるのは『緋翼』の自我が薄いせいか…
…ともかく、アキラの話をにべも無く撥ね付けた。
だが、それでもアキラは動じない。
すぐに次の言葉を続ける。


「やれやれ……いいか? よく聞け『緋翼』…このままだとお前の主は直ぐに死ぬぞ?」


主が死ぬ…という言葉に『緋翼』が敏感に反応する。


【……何故? ルーテシア………望んでる……ルーテシア…嬉しい……『緋翼』も……嬉しい】


単純な疑問を返す『緋翼』。
『緋翼』はルーテシアの望むことを為したいだけ。
ルーテシアが喜んでいるのに何故ルーテシアが死ぬのか『緋翼』には分からない。


「…彼女は、体力もマナも限界だというのは分かっているだろう? あの後から丸一日…食事もしてなければ…マナも得ていまい!」
【………マナ……『緋翼』が…分けてる……】
「それも何時まで持つ? お前は8位だろう? 自分を削るのにも限界があると分からんのか?」
【……………………どう…すれば良い?】
「彼女には現実と向き合ってもらう。俺に協力しろ。我が名に誓って必ず彼女を助けてやる」


必ず助ける…と強調する。


【………ルーテシア………助かる?】


どこか心配そうな『緋翼』の思念。
希薄な自我で、ルーテシアの身を案ずる。
それにアキラは自信を持って答えた。


「ああ…お前が協力するのならな」
【……なら………『緋翼』は……『神薙』に………協力する…】
「よし…では、後は俺の指示通りに状況を変えていってもらう。頼むぞ」
【………分かった】


そして、ついに『緋翼』はアキラに協力することを約束した。




………

……






幸せな団欒は過ぎ去り、ルーテシアは一人自室へと戻る。
自分のベッドに寝転がり、目を閉じる。
閉じた眦から一筋の涙が零れ落ちた…


「……あれ? どうして……どうして…ボク……泣いてるの?」


考えてみても理由が分からない。
愛する父や姉との晩餐。久しぶりの団欒は彼女の心を温かくしてくれる。


(……なのに…どうして…こんなに悲しいんだろう……)


愛用の枕に顔を埋める。
理由はやはり分からない。
分からないので思い出そうとする……が、彼女はそれをすぐにやめた。


「…気のせいだよね……ボク…昔から良く泣いてたし……」


褒められては泣き。客に虐められては泣き。
彼女はとかく、よく泣いていた。
そして、それと同じぐらいによく笑っていた。
それを思い出して、少しおかしくなる。
彼女は起き上がり窓のそばから輝く月を見上げる。
月光は優しくマナの光を投げかけ…彼女の心を軽くしてくれた。


「うん。はやく休まなきゃ…明日はボクの仕事だし。たくさん働いて父様を喜ばせてあげないと♪」


クルッと軽快に振り向き、ベッドに戻ろうとしたその瞬間…彼女に声が掛けらる。


「……本当に、それが今の君の仕事なのかい?」
「だ…誰? 誰かいるの?」


慌てて見回すルーテシア。
その前で、ゆっくりと世界は姿を変えていく……
彼女の目の前で彼女の愛した場所が霧と化していく…


「……え…うそ……やめて…やめてよ!」


消えていく幻想をルーテシアは一生懸命にとどめようとする…
…だがしかし…それは叶わなかった……
すぐに幻想は元の欠片へと転じ…無数の光となって去っていく…


「ルーテシア……君が、ここで過去に縋り続けて死んでいくのが…彼らが望んだことだと思っているのか?」


アキラが姿をあらわす…その身に輝くマナを纏いながら…


「そんなの知らない! ボクの姉様達を返してよ! ボクの居場所を返してよ! ボクから温もりを奪わないでよ!!」


激しく拒絶し…否定するルーテシア。
その様相は、どこか狂気的で…どこか悲しい。
その目は全てを理解しているのに…今を否定し続ける。


「……ルーテシア…君の父様も姉も妹も…もう居ない。分かっているんだろ?」


優しく…それでも痛烈に現実を突きつけるアキラ。
心が痛んでも…決してそれを表に出さず…峻厳たる態度でそこに立つ。


「…嘘だよ……だって、こうして今までそばに居たんだよ…父様に撫でてもらって…姉様とお話して……」


力なく虚ろに笑うルーテシア…
近づいて抱きしめて慰めてやりたかったが…アキラはそれを抑えきる。
彼はまだ…彼女に残酷な現実を突きつけねばならないのだから…


「嘘じゃない。君自身の事だ……君の姉達や妹は最後に何といっていた? 何と願っていた? 君が無様に死ぬことか?」
「…姉様達は…ここに居る……さっきまで居たじゃないか! どうして、そんな酷いことを言うのよ!」


ルーテシアは激昂してアキラに詰め寄ってくる。
…アキラはその場から動かない。微動だにしない。


「現実を見ろ……どうして俺がここにいると思う? 君の言うことが正しければ…俺はここには居ないはずだぞ」


アキラの言葉にビクン…と立ち止まるルーテシア。
その瞳が揺らめく。


「……嫌だよ…信じたくない。現実なんて…また、あの場所で目覚めて…ぬか喜びするなんて嫌なの!」


絶望に染まった現実の否定。
家族を失い…よりによって…その仇である国に使われ…そこですら役立たずと断じられ死ぬという現実。
処刑寸前で助けられるなどという夢が叶うはずも無い。
戻れば…戻ればその瞬間にも死が待っているかもしれないのだ…
なら、生きる最後の瞬間ぐらい…温かな気持ちのままで居させてくれてもいいじゃないか!
ルーテシアは思う。心から思っている。


(……よし…現実を認め始めている……)


ルーテシアの反応からアキラは冷静に状況を判断する。
もう少しだ。後一押し。そのための仕掛けをアキラは『緋翼』に命じた。
あの時の光景が…世界となって広がった。



『お前か? 俺を呼び続けていたのは…』



もう一人のアキラが聞く。
それに、もう一人のルーテシアは必死で頷いていた。



「……これ……は?」


ルーテシアが呆然とその光景を見る。
そこで、初めてアキラはルーテシアに近づいた。


─ファサッ


アキラのお気に入りのコートがルーテシアに掛けられる。
ルーテシアはビクッ…と震えたが…逃げたりはしなかった。
掛けたコートの上からアキラは優しく抱きしめる。


「大丈夫…夢じゃない。君は助かった…この国の誰にも殺されはしない……」


優しく…本当に優しく囁く。


「………嘘……ボクを…騙すつもりなんでしょ……」


否定の言葉も弱く…


「……でも…君がここに居れば…君は2日もせずに死ぬ……それは君の『緋翼』も嫌がっている」
【……うん……ルーテシア………死ぬ………『緋翼』は……嫌……】


アキラの言葉を『緋翼』も肯定する。


「…でも…でも…例え助かっても……もう、ボクには誰も居ない。もうあの場所は帰ってこないんだ…それなのに……あ…」


それでも否定し続ける彼女を今度は強く抱きしめる。
そして、ゆっくりと彼女の髪を撫ぜた。


「……失ったものは帰ってこない……だが、新しく得られるものもある。安心しろ…少なくとも俺はルーの味方だ」
(…………あ…なんだか……とても温かくて…安心できる……父様みたい…)


全身から力を抜き…身体を任せるルーテシアを優しく撫で続ける。


「それに…新しい家族だってできるさ。サラも…セラも…きっと、ルーを受け入れてくれる…」
「……………うん……」
「さあ、帰ろう。まずは食事して…湯浴みもしないとな。あのままじゃ、せっかくの美人が台無しだぞ?」
「うそっ! ボク…あのままなの!?」


一瞬で跳ね上がるルーテシア。
さっきまでの虚無が嘘のように消え去っていた。
アキラはカラカラと笑いながらそれを見る。


「あの後ずっと寝続けていたからな…ルーは♪」
「うぅ……って、そうだ! ボク…まだキミの名前…聞いてないよ! それになんでボクの名前を知ってるのさ!」


憮然となって聞いてくるルーテシアにアキラは笑顔で名乗った。


「…俺はアキラ。エトランジェ『七鍵』のアキラだ。宜しくなルーテシア」
「うん♪ アキラだね…ボクずっと…ずっとアキラに付いていくよ! だから…これからも宜しくねっ」



そう言って抱きつくルーテシアを抱きとめながら…彼らは光に包まれていく。
意識の深みからの浮上。
それはまるで闇から光に転ずるかのように…
それはまるで夢から醒める泡沫のように…




































聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 夜
帝都サーギオス スピリットの官舎 セラの私室




「……ター? マスター? 大丈夫ですか?」


サラの声にアキラはゆっくりと目を開ける。


「アキラ! ……はぁ……大丈夫だったみたいね……安心したわ」


セラも安心したかのように息を漏らした。


「む……うぅ……戻ってこれたみたいだな……二人とも…成功したぞ」


頭の鈍痛に顔を顰めながら、アキラは大丈夫だ…とばかりに親指を立てる。
アキラは安心させるつもりだったのだろうが…セラは顔を真っ赤にして後ずさった。


「ちょ…ちょっと…貴方ね! いきなり…そんなっ!? ここでなんて…恥ずかしいから嫌よ!」
「はぁ?」


アキラは何が何だかサッパリ分からない。
さもあらん…ここではサムズアップは大丈夫の証などでは断じて無い。


「………これは俺の世界では『大丈夫! 安心しなっ!』っていうゼスチャーなんだが……セラ?」
「…………この際だから教えておくけど……絶対、ぜぇぇぇったいに、それを女性の前でやったらダメよ…いい?」


物凄い剣幕で、神剣を振り回しながら捲し立てるセラだった。


「…い…いえっさ〜……」


彼が、そう答えるしかなかったぐらいの迫力だった……




「…………んぅ………く……あ………………あれ?」


その騒ぎでルーテシアも目を覚ます。
ベッドから起き上がって何かを探すように周りを見渡す。
その視線がベッドの端で止まった。


「……あ………うそ…夢じゃ……無いよね?」


ベッドにもたれているアキラに手を伸ばす。


「よう……お帰り…ルー。ここが現実だ」


アキラが肩越しに振り返って笑いかける。


「良かったですねぇ〜♪」
「…一件落着……かしら?」






─が、しかし…






「んっ……ちゅむっ……ちゅくっ………はぁっ………本当に…ここにボクは居るんだね……大好きだよっ…アキラ……んふっ…」
「〜〜〜っ! ま、まて…ルー! ちょっと落ち着け!? んっ」



ルーテシアは振り返った彼を抱き寄せるといきなり激しく…情熱的な口付けをしていた。
突然の事に目を白黒させているアキラ…そして……









「「ぜんぜん一件落着じゃなぁぁぁぁぁぁぁい!!」」










約二名の魂の叫びが夜気を振るわせたのであった…

















To be Continued...





後書(妄想特急チケット売り場)


読者の皆様始めまして。前の話からの方は、また会いましたね。
まいど御馴染み、Wilpha-Rangでございます。


いや、多くは言いません。この話はルーテシアのルーテシアによるルーテシアのためだけのお話です。
前回から私は悟りました。ええ、第2位『悟り』を体現しましたとも。
この世はなるようになる…偶さか話がラヴでコメろうが、1話に1回萌エロを入れようが知りません。
いいんだもん。最初は戦闘があまり関わらない予定なんだから!

……おっと…ちょっと興奮し過ぎて、あやうく直したばかりの頭部が落下するところでした。

ルーテシアは、ある意味で悲劇のヒロインです。
ファンタズマゴリアでもかなりのランクの悲劇っぷりです。
果たしてこれから先は幸福が巡ってくるのか…それともまたも悲劇を呼び込むのか…私としても気になります。
うん。個人的には幸せになって欲しいんですよ? 幸せになって欲しいのですが…
…まあ、それは未来の変動に賭けるとしましょう。


さて、これで本編の正ヒロインが全て登場しました。
『七鍵(サラ)』、セラ、ルーテシア……彼女達とアキラが永遠戦争を変えていく………のか?(ぁ



脳内妄想列車は今日も快進撃。



次回。永遠のアセリア外伝『人と剣の幻想詩』…ウルカ“漆黒の翼・刃の心”…乞うご期待。



「……手前の剣に…意味などありませぬ……」


独自設定資料

World_DATA
人間とスピリットの差異

人間とスピリットは比較的簡単に見分けることができる。
その最も大きな要因は神剣の有無と色彩的特徴の顕れである。
特に、青・赤・緑のスピリットは髪や瞳が象徴色になっていることが多く、見分けやすい。
逆に黒のスピリットの場合は髪や瞳が黒の場合…人間と殆ど見分けが付かない。
よって、自分の神剣を放棄して人間に紛れれば非常に気付かれにくい。
実質、人間と思われたまま育ったスピリットも存在したかも知れない。

次の差異は、身体の構成物質の違いである。
人間の場合、マナを含んだ物質から肉体が構成されているため怪我をしたり死んだりしても遺体が残る。
スピリットの場合は、マナそのものが肉体へと結晶化したものであるため、その元物質である血が体外へ流れるとマナへと気化してしまう。
生命活動が停止すると、身体構成が維持できなくなるためマナの霧になってしまうというのも大きな特徴だ。
マナ体であると言っても、物質化している間は通常の肉体と差異は殆ど無い。
肉体から分泌…排泄される物質がマナの霧にならないのは副次的に発生するそれらが、物質として安定しているからである。

また、肉体的性能でも多少の差異が出る。
純粋にマナで構成されているスピリットの肉体はマナやエーテルを呼吸することで高いパフォーマンスを発揮する。
スピリット達は我々で言う「氣功術の達人」のようなことを自然に行うことができるからだ。
仮に神剣を失っていたとしても、彼女達は瞬間的にならば成人男性の力を凌駕する。
逆に、激しくエーテルを使うスピリット達は人間に比べると疲労が溜まりやすく、持久力に欠けることがある。

年齢的な部分でも違いが出る。
スピリットはマナ構成体であるため、成長はすれど老化はしない。
エトランジェもファンタズマゴリアでは半マナ構成体であるため、殆ど老化が起こらない。
が、体内のエーテル変換限界があるらしく、現代時間にして100年ほどで寿命を迎える。
変換限界はエーテルジャンプ等による再構成でリセットすることが可能なのだが、その事実は殆ど知られていない。

ちなみにエトランジェやスピリットとの混血は、通常のファンタズマゴリア人より老化が遅くなる。
また、マナを通常より多く持っているため魔法能力を持つ。
原作でソーマが魔法を扱えるのは彼の祖父がエトランジェであったがゆえである。

蛇足となるが、ファンタズマゴリア人の成長についても記しておく。
ファンタズマゴリアの人間(スピリットを含む)は、誕生してから第一次成長までは我々より早く成長する。
よって我々の10〜12歳までは1歳240日の速度で成長する。
二次性徴が訪れてからは、その速度がやや低下し、我々と同じ程度の速度に落ち着く。
そのためファンタズマゴリア人の年齢は我々の年齢観と微妙に一致しないことが多い。

例えば、レスティーナが自分は20歳だと言ったとしよう。
我々で言えば、既に成人であり彼女の胸の自然成長は絶望的であると言わざるを得ない。
だがしかし! 彼女が13歳から二次性徴を迎えたとすればどうか?
この計算だと我々に対する彼女の肉体年齢は16〜17歳前後ということになる。
これなら希望は残されている! 頑張れレスティーナ! 夢はまだ潰えてはいn…
(ぎゃぁぁぁぁっす!?


「剣音」
剣音とは永遠神剣それぞれが持つ固有の振動数である。
剣音は永遠神剣と契約者の相性などで変化し、様々な音色を持つ。
剣音を合わせることで他者と同調したりすることができる。


妖精館
豪商ジェスタール・リューンダイクが経営している帝国が唯一公認していた妖精娼館。
神剣を失ったりなどして役に立たなくなったスピリット達が慰安用として払い下げられている。
神剣を失ったスピリットは、その殆どのマナもエーテルも失っているため処刑するメリットも少ない。
そこに目をつけたジェスが時の貴族と皇帝に進言して認めさせた。
妖精館から収められる税金はサーギオスの軍事費の多くを担っていた。
つまり…風評はどうあれ、それだけの客が常に来ていたということになる。
常連客の一人だった技術者の矮小な自尊心のために、妖精館は帝都から消えることになるのであった…


輝皇紅玉(ルーティ・ルビー)
サルドバルド近郊のミスル坑道で、稀に発掘される宝石。
ルビー内部に赤マナの純粋結晶が取り込まれているため紅く温かな光を放つ。
磨き上げるためにも高度なエーテル技術を必要とする。
ルーテシアの持つ物は、同ミスル坑道で発掘される神銀を使ってネックレスにしたもの。
高い加護魔力を持っており、無理に奪おうとすると激しい焔で略奪者を灰にしてしまう。
当初、彼女を城まで運んだ兵士がネコババしようとして灰になった。
それ以来、スピリットであるにも関わらずルーテシアはこれを持ち続けている。
…どうせならルーテシア自身も護ってやればいいのに…


「おお…グレイト!」
アキラが妖精館を覗いたときに漏らした台詞。
一体どのようなアレが中で展開されていたのかは謎。
きっとめくるめく
(ピー)な技があれやこれやと(ピピー)してたに違いない。
むしろ、私にも何があったのか教えて下さい
ハァハァ(爆)



SubChara_DATA
ジェスタール・リューンダイク/Jestarl Runedikes
身長:178cm 体重:68kg 人間。金髪黒瞳。
知的能力:高い 精神性:理性的外向型 性格:丁寧・優しい 容貌:魅力的
性別:男性
年齢:53(享年)/外見:34(享年)
職業:豪商/妖精館の館主
解説:
サーギオス帝国の豪商にして名家であるリューンダイク家の当主。
スピリットの境遇に心を痛め、また自分の持つスピリット達を心から愛している。
彼の嗜好は、この世界で言う妖精趣味からはかけ離れている。
何故なら彼はスピリットも完全に同じ人として扱っていたからだ。
世間体のため彼女達を娼婦として働かせているが、本心ではあまりそれを好んでいない。
また、何れは彼女達が人間の役に立てるようにと様々な高等教育を施した。
が…スピリットが人間を超える知識を持つことを良しとしない一人の技術者の矮小な自尊心の結果…彼はその生涯を閉じる。
最後の瞬間まで、彼は彼女達が役に立つことを皇帝に進言し続け…そして死んだ。
ガロ・リキュア建国時に彼の逸話は高く評価されスピリットの権利を認める『リューンダイク憲章』が制定された。


リューンダイクの娘達
妖精館で働いていたスピリット達。
それぞれに高い才能を持っており、もし生きていたらガロ・リキュアでは重用されたに違いない。
やはり運命というものは残酷である……誰だ! 残酷なのは作者だと言ってるのは!(笑)

現在、残っているのはルーテシアのみ。
以下に、その姉妹構成(?)を示す。

長女:セルマ・R・グリーンスピリット
次女:メリニ・R・ブルースピリット
三女:メルティア・R・レッドスピリット
四女:フィーア・R・ブラックスピリット
五女:ルーテシア・R・レッドスピリット
六女:ミーア・R・ブラックスピリット


ドーン・アルマイト/Dawn Almite
身長:185cm 体重:90kg 人間。黒髪黒瞳。
知的能力:並以上 精神性:感情的外向型 性格:豪放磊落 容貌:豪快
性別:男性
年齢:60/外見:39
職業:黒羊亭店主/イースペリア諜報員
解説:
マッチョで兄貴なオヤジ。
ガハガハと笑いながら今日も黒羊亭で酒を盛る。
こんなナリして、イースペリアの諜報部員である。
黒羊亭には多数の地下室があり、そこでイースペリアの影達は作戦を練ったり休息したりする。
本人は恐るべき剛の者であり、7位神剣までのスピリットなら素手で取り押さえることが可能。
レッドスピリットのフレイムレーザーを受けても平気な顔をしている怪物オヤジである。
でも、結局出番は無かったというお話…(爆)
…いつかは彼の逸話も出してみたいもんだ。