灰色の日常。灰色の安寧。
日常というものは須らく退屈なものであり、何も無いが故に日々安楽に過ぎていく。
果たしてそれは神の慈悲か堕落の証か。
虚ろな人形は虚ろな日々をただ消費することに慣れていく。


─カッ…カカッ…タンッ


リズミカルな音を立て、キーボードの上を指が走る。
今日の報告書を打ち込むために走る。


─カチッ…カチカチッ


カーソルが画面を走り、目的のアイコンをダブルクリック。
無味乾燥な報告書は部隊長の端末へと無味乾燥に転送された。








『…で…今期で辞めるんだって?』


同僚の男が彼に声を掛ける。
男と彼とは入隊以来の縁で、何かとよく話をしていた。


『ああ、ケンか…そのつもりだ』


彼は振り返ってケンと呼んだ男のほうに振り返る。
ケンは頑丈では無いが軍人らしく引き締まった肉体を持ち、首から上には人好きのする笑顔を浮かべている。


『ふ〜ん…ま、お前はどちらかと言うと自分でやらんと成功しないタイプだしな』
『……そうかも知れんな……』


少し考えるそぶりを見せてケンに答える彼。
実の所、彼の内心がそのように考えていたわけでもなく、単にそう答えたほうが無難だと判断したに違いない。
確かに彼はどちらかというと個人主義だ。
個人主義の人間が軍組織を仕事の場に選ぶ…というのもある意味では皮肉なものだが。
しかも個人主義であるにも関わらず、部隊では誰より上下…そして規律というものに従順だった。
…にも拘らず、表裏合わせて結果的に犯した命令違反は部隊内でも3本の指に入る。
従順なのか反抗的なのか…それとも中庸主義なのか?
良く分からないが仕事だけは迅速に完璧にこなす変な奴。
付き合いも悪くないのに深い関係にもならない奇特者。
それが隊内における彼の評価である。


『……他に興味があることが増えた』
『おいおいマジか?』


この聞かれない限り口を開かず、かと思えば突然に軍人冗句を口にしてみたりする変人(彼)の唯一に近い友人は驚嘆する。
まさか、彼の口から“興味”などという言葉が出るとは…


『…この前にタザキから借りた本に、中々興味深い事が書いてあった。それを実際に経験してみるつもりだ』
『…それで、この歳から転職ってか? 俺には真似できねぇよ。それに田崎ってったら…あのオタッキーか?』
『む、それは知らない単語だ。ケン。“オタッキー”とは何の事だ?』
『………あのな……本当にお前は日本人か? 実は宇宙人だったりするのか?』


こいつは本当にロボットか何かみたいな奴だ…とケンは思ったが口には出さない。
基礎教育の段階から彼はそのような感じだった。
まあ、だからこそケンは面白い奴だと思い、彼とコンビを組むようになったのだが…


『…ケン。その問いは前にも回答したと思うのだが?』
『あー、もういい。もう本当にいい。気になるならネットでも辞書でも調べてくれ』


やれやれ…とかぶりを振るケン。
感心したような呆れたような口調。


『…そうか…なら後で調べてみるとしよう』
『ああ、そうしとけ』


喫煙所への扉をくぐる。
ケンは煙草を出すと、一本を彼に渡した。
彼は無言でそれを受け取り、銀色のジッポで火をつける。
ケンも追うようにして火をつけた。
しばし、紫煙だけが場の静寂を支配する…


『とりあえず、お前が成功するのを祈ってるよ』
『感謝する』
『んじゃ、最後だし…今日上がったら飲みに行こうぜ?』
『ああ…行くか』
『それからな…例の最新型デバイス用のシミュレータ。辞める前に決着をつけるぞ?』
『…了解した。だが、現在の戦歴は49戦49勝で私の圧勝なのだが…』
『それはお前の見切りが異常過ぎるんだよ! それに今回は秘策もある…』
『ほう…それは楽しみだ。最近はまともに対戦してくれるのはケンぐらいだからな…』
『…お前と訓練したら普通の奴はノイローゼになるんだよ!…見てろ…勝ち逃げだけはさせんからな?』
『期待しておこう』




そして二ヵ月後…彼は長く過ごした隊を辞め、民間人として生活を始めた。





隊時代に培った人脈や数少ない交友関係は、その後二年も持たずに無へと帰った。





─Past 2 years





『……で、そういう訳でサイトの面々を集めて会わないって話が出てるわけよ』
『ふむ…分かった。今回は余裕もあるし…参加するよ』
『やりぃ! Rainさんが来るなら今回は盛り上がること間違いなし♪』
『…あんまり期待しないでくれよ? 人付き合いは本当に苦手なんだ』
『またまたぁ…冗談が上手いんだから。それじゃ25日の13時にアルタ前集合ってことで宜しく〜』


そうして電話は切れた。
Rainというのは彼のハンドルネームだ。
…正確にはRainmanなのだが。


部隊から離れて、最初に彼がやったことはインターネット環境の導入だった。
様々な情報を得ては検索を繰り返し“日常”の証左とでも言うべき情報を集め続けた。
その過程から、様々な方面の新しい付き合いが生まれていき、彼の虚ろな空白を染め上げていく。


1年が過ぎて、彼はようやく一般的な感情表現の雛形を手に入れた。
その後、彼の変化に安心した両親が見合いをしろと言ってきたため付き合ってみたが3ヶ月と持たずに関係は終わる。
更に時が過ぎ…彼は元彼女からの最後の指摘(曰く、貴方の嫌な所だそうだ)を元に新しい雛形を作り始める。
彼女からの情報を纏め、一般的にはケンのような者が付き合いやすいらしい…という所まで、更に1ヶ月。
最近になって彼は、30年を超える人生で初めて「自分」というものを認識し始めていた。


そのような中、ネットでの付き合いから広がった友人関係の集まりの誘いを彼は受ける。
いい加減付き合いも長くなってきていたし、彼には存外に暇というものがある。
生活は並外れて裕福なわけでもなく困窮するほどの貧乏でもない。
行こうと思えば全く問題は出なかった。


そして彼は、チケットの予約を済ませ当日の準備を進めていくのであった…




>>View-Changed by His-Side


2007年12月23日…
俺は飛行機に乗って成田へと向かった。
ちなみに俺は飛行機が大好きだ。
─何故ナラ、けんガ飛行機好キダッタカラ
航路という制限。発着予定など、凄まじい数の制約に縛られていても空を飛べるというのは…とても良い。
息苦しい全てを投げ打って…遥か高空より俯瞰する悦楽はなにより素晴らしい。
─飛行機まにあノさいとニ全ク同ジ感想ガアッタヨネ?
そういう意味では…レシプロ機の免許を取るために稼いでみる…というのも悪くない。
何も無い空であれば、自分が無い事を気に病むことも無い。
─ドチラカト言ウト…自分ガ無イト思イタクテタマラナインダロ?



そう…俺はこの世界では…常に窒息し続けている。



……馬鹿らしい……何が窒息だ。現実はこうして生きていけている。
むしろ十分に問題なく成功している。好きにやっている。やれている。
もし、窒息だなんて思っているのなら…それは俺が少し弱気になっているだけに過ぎない。



(本当ニ? 本当ニ、ソウ思エテイルノカナ?)



ああ、もちろん。俺は夢想だけで生きられるほど世界は甘くないという事を知っている。
世の中には格差というものがあるのを知っている。
表と裏が存在しているのを知っている。
生きるというのは破壊することだと知っている。
何かを選べば何かを捨てることになると…知っている。
効率的に殺し壊すための訓練。相手を殺し壊し自分が生き延びるための訓練。
人間だろうとそれ以外だろうと俺はデバイスで殺し壊し撃ち穿ち蹂躙してきた…
戦場だろうと電子の世界だろうと戦いの法則は同じ。勝者には常に栄光を…敗者には死の接吻を。
結局の所…多くは有限であり力ある者だけが正義と成り得る。力無きものを踏み拉(しだ)きながら正義を名乗る。
弱肉強食を否定し人間の尊厳を謳うものこそが、より確実にその摂理に従っているのだ。
…それは世界の在り方。現実の法則。
─諸行無常。空即是色。唯我独尊。
─釈尊の教えは現実を肯定し悟りの境地と無我を唱える…考えてみれば最もだ。
─異端者に対し…世の中は厳しい。社会構造というものは茫洋と衆愚に溺れる事を強要するものなのだ。
─嗚呼…なんて真実。なんたる虚偽。悟りの境地すら現実は救われないと明言している…
─そして俺は…死んだまま生き続けている。




(情報ッテイウノモ、コレダケ集マレバ自分ヲ演ジラレル物ナンダネェ…)





だから…俺は十分に理解して生きていける。
それが俺であるがゆえに。




─それはまるで壊れた死人のマスカレード。





だが…まさか、このような結末が待っていようとは…


































翌…2007年12月24日…
俺はこの世から一切の痕跡無く消え去った。
恐らく永遠に。


















永遠のアセリア
The Spirit of Eternity Sword

〜人と剣の幻想詩〜

第一章
ACT-3
【異端者達の非日常】
- Sera and Sara “the Heretical Days” -




聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 朝
帝都サーギオス スピリットの官舎 セラの私室


どこからか入ってくる陽光で意識が覚醒していく…
むう…何やら身体がやけにダルいが…
って今日は何日だっけ?
寝ぼけ眼で時計を確認する。

……2007年12月25日…10時32分……

25日…25日…ああ、そうだ…今日はアルタ前に行かねば…


「うむぅ〜〜」


枕に頭を乗せたまま寝返りをし、俺は眼鏡を探して手を伸ばす。


─ふにん


「きゃ!?」


ありゃ? おかしいな…この位置に転がしているはずなんだが…


─ふにふにふに


「やっ…ちょっ…マスター? いき、なり…んっ…は…ぁ…」


あちこち探してみるがどうにも無い。
それに何だか手触りがおかしい。
机がふにふにしている訳が無い。

ちなみに当然の事だが机は喋らない。
机に喋る機能を持たせてもメリットは一切無い。
っていうか熱い吐息を漏らす机なんてキモ過ぎる。




………………って、おい!




驚いて一気に目が覚める。
至近距離に深紫の瞳が存在していた。




「……………………」
「……………………」




状況確認開始。
一つ。俺はどうやら『七鍵』に膝枕ならぬ腿枕をしてもらっていたらしい。
一つ。さっきまで見ていたほうが夢。こっちが現実。
一つ。眼鏡なんてとっくに存在しない。あったとしても、どっかの宇宙の隅っこだ。
一つ。俺の手が探っているのは机ではなく、『七鍵』の胸だ。
状況確認終了。
OK事情は分かった。何も問題は無い。



「………おはよう『七鍵』…ところで何時の間に実体化なんてしたのかな?」
「……マスター……その前に私に言うことは無いんですか?」



─ふにふに



「…言うことか……小振りだけど相変わらず素晴らしい胸だな…俺は好きだぞ?」
「…あふっ…あ、ありがとうございますっ……
って違います! そうじゃなくて!



─ふにふにふに…きゅっ♪



「なにッ!? 素晴らしくないのか? 実は小さいのが気になる?」
「ひぅっ…つ、摘まないで下さいぃ〜 んぅ…です、からっ」



断言しよう。もちろんワザとやっている。
契約して1日程度だが…それにしても、これ程からかい易い属性(?)のやつは初めてだ(笑)
あー…朝っぱらからこんな事やってる俺…こんな事をしてていいのか? いや、むしろ良い。



「………ところで……一体、貴方は私の部屋で何をやっているのかしら?」



背後から絶対零度の声が掛けられる…
…こ、この声は当然…
し、ししし…しまったぁぁぁぁぁぁ!!?



「……まだ疲れているだろうと思って、食事を取りにいってみてあげれば……全く貴方という人は………」
「……ま、待て…セラは誤解しているッ! 別に連れ込んだ訳ではッ!?」



素早く立ち上がり、俺は必死に打開策を考える。
セラは、既に神剣を抜いて……って抜いて!? 殺る気満々ですかッ!
いやまて、まだ大丈夫。いきなり居合いで真っ二つにされてないし、まだ挽回のチャンスはある。



「………一応、言い残したいことがあればどうぞ。聞いてあげるから…」
「………………そうだな……
愛は世界を救う……って、おわっ!?」



─ヒュンッ! バシィッ!!



「……この…往生際が悪いわよ……」
「……いや、俺はまだ往生したくないのだが……」



見事な神剣
(←誤変換ではありません)白刃取りの体勢で俺とセラは対峙する。
おかしい… 昨日のあれはどうなっている? フラグはどうした? 好感度上がってなかったか?
…いや、分かってる。皆まで言うな。状況が悪かったってことは納得しているんだ。

しかし、何だか目に涙まで浮かべている彼女を見ていると罪悪感のような気分が……
くそ…それは反則だろ…
…という訳で懐柔作戦を実行してみる。



「…あのな……一つ聞いていいか?」
「……戯言ならお断りします」



極めて冷静に事務的に言い切られる。…閣下! 作戦はいきなり頓挫しました!
いかん…拙いぞ…この状況を変えないと俺の命が危険だと直感がガンガン警告を鳴らしている。
いや、直感なぞ無くても分かる…ああ、
分かっちゃいるけどやめられないとはどこの坊主の台詞だったか…まさに人間の性。
何時の間に俺はこんなナチュラルボーン・ジゴロになってしまったのか…

…問おう…どこで運命が変わったのか?
……問うまでもなく、アホ剣の操作のせいだ。もう小粋で渋い大人の俺はどこかの宇宙の果てに消えてしまったに違いない。
グッバイ昔の俺。だがメゲるな今の俺。
ここを生き延びるためにも手は尽くさなければならない!



「……どうして泣く? まあ、なんだ…怒ってる…んだよな?」
「っ…それは貴方がっ…
その、そこの人と…あのごにょごにょ…してたから…って泣いてなんかいませんっ!



一瞬で真っ赤になるセラ。
見た目と違って、何だかとっても微笑ましい。初々しい。
今なら俺は宗旨替えしても良い。もうスレた現代女性なんて要らない(笑)
ああ…何だか無性に責めたい。もうちょっと遊んでやりたい。こいつもなんて美味しいキャラなんだ…


…………


…って! 待て俺! 違うだろ! そうじゃないだろ! 今は命が最優先だろ俺!
そう…落ち着け…集中だ…湖水のように…心を落ち着けて…



「……セラも混ざる?」



…はああぁぁぁ!? 言ってしまったぁぁぁぁ! 俺のバカバカバカ命知らず!!
ここは一発寛大な気持ちで斬られてスッキリしたほうが一番の展開になってしまったぁぁぁ!?



「…ぇ!?」



ところが、セラはパッと剣を手放してズザザザッと猫のように後ずさる。
あ…あれ? 普通ここで爆発してザクッ…と俺が斬られて、それで次の話に進むんじゃないのか?
しかも何だか女の子らしく胸を隠しちゃってまあ…
…それに…外に逃げるならともかく…隅っこに逃げられても…

なんだろう…この違和感。
あんな場面を見たら普通怒るのは分かる。
もちろん、どのような部分に怒ったかも…言わずもがなだ。
なのにセラが怒ったのは微妙にそのロジックから乖離し過ぎている気がする。
今にしても同じ。普通なら俺が超盛大に張り飛ばされるのが道理…だ。
どうも…余りにも昨日の彼女と今日の彼女に隔たりがあり過ぎる。



「………ふぅ…悪かったよ。からかい過ぎた」



気持ちが萎えたので、とりあえず俺は溜息をつき彼女の神剣をテーブルの横に立てかける。
そして、もう何もしないよ? とばかりに椅子を引いて座った。



「………貴方は…意地悪だわ……
それに…それに…、結局……



そんな事を言いながら動こうとしないセラ。
…むむぅ…ちょっと、ここと向こうの文化や接触の仕方について学ぶ必要があるかもな…
流石にさっきのことで彼女の心に深い傷を与えた…などという話になったら最高に気まずい。



「あ…あの、ごめんなさい。マスターは、ああ見えてもちゃんと色々考えていますからっ」



考え込む俺を横目に、『七鍵』が良く分からない事を言いながらセラに近づく。
セラは、そんな『七鍵』に目を向けて、先ほどから思っていたであろう疑問をぶつけた。



「……そう言えば…貴女は…何故ここに? スピリット? いえ…それにしては…」
「はい。私は永遠神剣第10位『七鍵』…マスターは私の…唯一にして永遠の契約者です♪」



…………一番肝心なことを忘れていました。
っていうか、いきなりこんな事を言われても信じるわけ無いだろ!
本当に演算能力以外はアホか? アホなのか?



「…貴女……私をバカにしてるの? 永遠神剣が…ましてや第10位が自我なんて持っている訳が無いでしょ!
 それに…それに人間と同じ姿をした永遠神剣なんて聞いたことが無い! からかうのも大概にしなさいッ!!」



ほらやっぱり。



「ぇ……でもでも第10位になったのはマスターのせいだし…なんで自我を持ってるって言われても…そんなの分からないし…」



『七鍵』…それは彼女の神経を逆撫でしている。
このままだと埒が明かないし色々と危険な事になりそうなので俺はセラに全てを理解してもらうことにした。



「セラ…すまんが『七鍵』の言うことは真実だ。よく見ていろ…」
「…………………」



疑惑に満ちた沈黙で答えるセラに何も言わず、俺は『七鍵』のたおやかな手を握る。



「…『七鍵』…最優先命令。神剣転化」
【イエス・マスター】



黄金の光を放ち、本来の姿へと戻る『七鍵』…
極美を極める彼女の身体は極美のフォルムを持った太刀の姿に。
銀月の輝きを宿す彼女の金髪は黄金のマナに彩られた純銀の刃に。
蟲惑的な深紫の瞳は太刀を艶やかに包む飾り布に。
彼女の美身に纏われていた薄絹達は黄金の鞘に。
僅か…本当に僅かな時間で『七鍵』は見るものの心を魅了する神剣へと姿を転じた。



「……う…そ?」



セラが呟く。
ああ、分かる。その気持ち。
この『七鍵』は本当に色んな意味で規格外に過ぎる神剣だからな。
まさか、本当に目の前の人物が永遠神剣そのものだったなんて青天の霹靂(へきれき)にも等しいだろう。



「そんな…それじゃあ…貴方…第10位の神剣で妖精騎士の相手を?」
「ああ…そういう事になるな」


「最初に…永遠神剣の銘と位階を名乗らなかったのは…」
「名乗るほどのものじゃないと思っていた」


「さっき…彼女がこの部屋に居たのは?」
「俺が床に寝てたんで、見かねて枕代わりになってくれたんだろうな」



次々とセラの質問に答えていく。
今、セラの脳裏では様々なことが計算されているのだろうか。
俺には、そこまでは解らないが…せめて答えられる事は真摯に答えてあげようと思う。



「………それなら…あの…彼女は、
その…貴方の…こ、こっ、恋人…じゃなくて…単なる永遠神剣?」
「…? 確かに契約して1日程度だが『七鍵』は俺の相棒で永遠神剣だ」
【はい♪ 私のマスターは私が消滅するまでマスターだけです。永遠に♪】
(お前な…どうせ聞こえて無いぞ…)
【良いんです。これは決意表明なんですから♪】
(……何の決意表明だ……まあ…勝手にしろ)



ふう…と息をついてマジマジと『七鍵』を見るセラ。
先ほどまでの顔はどこへやら。やけに晴れやかな顔になっている。



「…そう…永遠神剣…ふふっ…私の勘違い……だったんだ…」
「は? 勘違い?」
「なっ…なんでもないわよっ! 余計な勘違いはしないでっ!」



慌てて突っぱね始める。
それで思い出した。
文化とか、風習とかをある程度聞いておかないと。



「ああ、余計ついでに…どうして、凄い勢いで逃げたんだ?」
「…あ…!」
「どうしてだ? 何かこっちの風習ではダメなことでもしたんじゃないかって思ってな…」
「……………忘れて。完全に忘れて。私も無かったことにするから」


…むう…どうしても言いたく無いらしい。
しかし、俺も同じ轍は踏みたくない。
じぃ〜っと穴が開くほど見つめてみる。


「……そ、そう言えば、その『七鍵』…さん?…人前では変化させないほうがいいわよ」


セラは顔を赤らめながら、言う。
話を逸らしたくてたまらないらしい。
…が、気になることも確か。ここは話に乗ってあげるとしよう。


「…理由を聞いてもいいか?」
こほん…さっきも言ったけど…人の姿を取る神剣なんて知られていないわ。それが大きな理由」
「…ふむ。珍しいという事そのものが問題…と言うんだな?」
「そう。もし、知られたら……まず確実に研究所送りでしょうね」


さらっと怖いことを言い切る。
まあ、分からなくも無いが…
…人間と言うものは際限なく知りたがる生き物だし。


【け…研究されちゃうんですかあぁぁ!? マ、マスター…ど、どうしましょう?】
(…そうだな…取り合えず…まずは、落ち着け)


慌てる『七鍵』を取り合えず黙らせておく。
本当に想定外の事態に弱いな…こいつは…


「む…そうだな…セラ、取り合えず『七鍵』は俺専属のスピリット…ということにするのはどうだ?」
「…そうね…貴方がエトランジェであることを示した以上…彼女をエトランジェと偽るのは厳しいでしょうね。
 もしエトランジェで通用した場合でも…貴方と隔離される可能性が非常に大きくなると思うわ。
 それらのリスクと比べれば、元々連れていたスピリットである…という事にしてしまったほうが話が楽に進むんじゃないかしら」


俺が考えていたことと概ね同じ内容をセラが言う。
見事な推察だ。副官として手元におきたいタイプと言えよう。
…いや、副官としてだけでなく秘書としても有能に違いない。


「…エトランジェに二人結託されると枕を高くして寝れないだろうしな…やはりセラは頼りになる。副官か隊長としてもやっていけるぞ?」
「あら、言ってなかったかしら…一応、これでも私はウルカ様の率いる部隊の副隊長なんだけど?」


満更でもない表情で笑うセラ。
ウルカ様という単語にとても深く…温かい感情が込められている。
その表情を見ていると俺の心も何だか温かいもので満たされて……


─パァーッ!


マナの粒子を煌かせて『七鍵』が実体化した。


「…あの…マスターにセラさん? 私を無視されても…困るんですけど…」
「っ! あ、ああ…そうだったな」
「っ! あら…ごめんなさい。そう言えば話が逸れたわね」


そして、拗ねたような声で『七鍵』が割り込んできた。
思わず距離を取ってしまう俺とセラ。


「んー、そうだな…やはりスピリットということで行こうか。『七鍵』…お前の属性は?」
「はい♪ 白です♪」
「…白? 珍しいわね…この大陸でも白なんて1、2人しか居ないという話だけど」
「…ああ、何しろコイツは永遠珍剣だからな♪」
「むぅ〜! マスター! その名称は何だか恥ずかしいですっ!」
「はっはっは♪ 冗談冗談。怒るな『七鍵』」


笑いながら『七鍵』の頭を撫ぜていると、今度はセラがさり気無く割り込んできた。
今度は俺と『七鍵』の距離が微妙に遠くなる。


「…でも、シチケンのままだと…ちょっと拙いわよね…それだと関連性が丸分かりになりそうだし…」
「確かにな…そうだな…この際、偽名を使おうか…ふむ…『七鍵』…なにか希望はあるか?」
「…ごめんなさい…正直思いつきません。長い間、私はずっと『七鍵』でしたし…マスターがつけてくれますか?」


どこか寂しそうに語る『七鍵』が、どこか儚く見えてしまう。
最初は冗談の一発でもかましてから、適当に考えてやる気だったが…






>>View-Changed by Sichiken






「ふむ……………………」


マスターは自分の顎を指で撫でながら考える。
一生懸命になったり、物凄くバカな事をやったり昨日から私を飽きさせてくれないマスター。
間違いなく今までの200周期より…昨日からの新しい非日常は明るく明瞭な色となって私を変えている。

でも、今回は正直な所…ちょっと不安だったり…
だってだって…私の事を『アホ剣』だの『永遠珍剣』だの言うんですよ?
ここで変な名称をつけられたりしたら………


『よし! それじゃ、お前の名前は…
(ピー)だ♪ 何? 嫌? それじゃ(放送禁止)でどうだ? 気に入ったか? ふはははは!』


……いやあぁぁぁぁ…そんなの嫌あぁぁぁぁ!?


「マ、マスター…まさか、また変な名前を考えているんじゃ……ないですよね? ね?」


不安になってマスターの服の裾を掴んでみる。
存外に一生懸命に考えている所が逆に不安を誘うのは…私の気のせい?
…あ…でも真剣に考えているマスターの横顔も………はぅぅ…


「………………うーむ………うむむむ……」


セラさんが何処か気の毒そうな目で私を見ているけど…はぁ…やっぱりその展開になると思われてますよね…

…それにしても…本人はまだ明確に自覚してないみたいですけど…セラさんは絶対ぜ〜ったい、マスターを狙う。
そんな仮想敵国確定な彼女にまで憐れまれてしまう私……うう……



本当は…本当はマスターには私だけを見ていて欲しい。
─私にはマスターしか居ないから…
だけど…それは無理があるということも分かってる…この先、きっとマスターは多くの娘達と心を重ねてしまう。
─それでもマスターは誰一人として捨てないし誰一人として選びもしないだろう…
それが私には判ってしまう。
─あの『根源』との接触を試す時間の中…私にはそれが判ってしまった。
だから…せめて…私はマスターの全てを許容する。
それが、私に新しい希望を…形を与えてくれたマスターへの偽らざる気持ち。
…私の心。


















…でも…

















やっぱり、それとこれとは別物! そうですよね!?


















幾らなんでも名前で
(ピー)なんて私は嫌。絶対拒否。それだけは認めてはならない。
そんな乙女心を根こそぎ殺し壊し犯し絶滅させるようなことだけはっ!


「マスター? ねぇマスター? 変なのじゃありませんよね?」


一生懸命に努力する私。
お願い…まともに考えていて下さい…マスター!


「…………よし…決めたぞ」


え? 決めた?
マスターが謎は全て解けた! とでも言わんばかりの晴れやかな顔をしている…
…私は意味もなく…身震いした…


「それで…どのような名に決めたの?」
「あの…ちゃんとしたもの…ですよね?」


私とセラさんがマスターに聞く。


「…『七鍵』…お前の新しい名は『沙羅』…サラ・ホワイトスピリットだ」


…あ…意外と…まとも? ちょっと安心。
サラ…普通っぽいけど…どこか不思議な響き。


「……貴方…まさかとは思うけど……私の名から適当に付けたんじゃないでしょうね…?」


セラさんがマスターに詰め寄っていた。
…言われてみればとっても似てます…サラとセラ……まさか…マスター?


「おいおい…幾らなんでも疑いすぎだぞ? 俺がそこまで適当に見えるか?」


心外だな…とばかりに肩を竦めるマスター。


「……先日。そして今日の貴方を見る限り…明白だと思うんだけど」
「マスター…正直に言ってください!」


図らずも同時に結託してしまう私とセラさん。
あ、もしかしてこれが
「乙女パワー」というものなのかも♪


「やれやれ…正直、真面目なのは恥ずかしいんだが聞かせてやる。1回しか言わんからな?」


無言で頷く私とセラさん。
ああ…今…私達の心は一つになっている…
こうしてマスターの偽りに満ちた仮面が剥がされていくのですね♪


「…俺の住んでいた世界には沙羅双樹という木があってだな…それがサラの名の原典だ。
 沙羅双樹というのは根元から幹が二つに分かれる霊木でな。神様が、この木の下で悟りを開いたと伝わっているんだ」


マスターは、ゆっくりと語り出す。
私の知らない世界の話。
初めて聞く、マスターの世界の話に心が引き込まれる。


「…俺の国にも近いものがあってね。そう…実際に見たのは京都って街にある寺だったよ。
 梅雨の時期に白く、可憐な花を咲かすんだがな…雨に打たれて次の日には散ってしまう…そんな儚さを持つ花だ」
「…え? 散っちゃうんですか? 1日で?」
「……貴方…散ること前提の名前をつけたの?」


私の問いに合わせてセラさんも問う。
どことなくマスターに向けた目が冷たい。
うっ…でも確かに1日で散ってしまう花に例えられたらちょっと…



「このバカコンビ! 最後まで話は聞け!」



…あぅ…怒られた……


「その、沙羅双樹の下で悟ったという神さんが…釈迦ってんだけどな…こういう教えを言っている訳だ。
 
『今日、為すべき事を明日に延ばさず確かに行っていくことが善き一日を生きる道である』ってな。
 1日で散る沙羅の花は、1日の命を精一杯に咲き尽くすという事でその教えに従っているんだよ…
 だからな…この名は、お前もこれからの時間を確かに生きていけるように…という俺の気持ちが込められた名だ」


「………………………」
「………………………」


私もセラさんも思わず放心状態になってしまっている…
ああ…マスターが…マスターがこんなにも私の事を思って名前を考えていてくれたなんて…
私の中に温かい気持ちが広がっていく…


「……ん…そう言えば…そろそろ本城に戻っとかないと拙いな…んじゃ、ちょっくら行ってくる!」
「あっ…ちょっと! アキラ!」
「マスター!?」


怒涛の勢いで外に駆け出していくマスター。
…それは絶対にマスターなりの照れ隠し。


「…サラ……私の…新しい名前……」


呟いてみる。
その名は『七鍵』と言う私の本質よりも…私には好ましく思えるのでした…
白く…可憐で…儚くて…でも精一杯に生きる花……
私の事をそう思ってくれているって……そう信じても良いんですよね? マスター。






>>View-Changed by Akira


聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 昼前
帝都サーギオス 本城2階 客間


「………エトランジェ殿。陛下がお呼びです。謁見の間までご足労願います」


歳若い衛兵がやってきて開口一番、そう言った。
正門の門衛は朝も半ばを過ぎた頃から欠伸たらたらやってきた俺を嫌そうな顔で見ていたが、そんな事は知らん。
昨日の経緯の結果、俺の処遇がどうなるのか皇帝に聞きたかったが会議中だと突っ撥ねられたのでこうしていたのだが…


「了解した。済まないがこの城の構造はまだ分からん。謁見の間まで案内してくれないか?」
「はっ」


小気味良く答える衛兵。うむ、実に宜しい。
俺は彼について歩き始めた。


………
……



「随分と遠回りしているみたいだな…」
「…ええ。この城は外敵からの防衛のため直接に謁見の間や皇区に入れないようになっていますので」


俺の独り言に律儀に答えてくれる衛兵。
意外といい奴みたいだ。
この国の連中は差別根性丸出しの奴らか変態のどちらかしか居ないと思っていたが、それは偏見だったらしい。


「………君は、俺の事を怯えても嫌ってもいないみたいだな…」
「…ははっ…実は俺…エトランジェの伝説には憧れていたんですよ。それにエトランジェと言っても同じ人間でしょう?」


歩きながら衛兵は嬉しそうに話してくる。


「まあな。…だが、君の考えはこの国では異端だろう? あまり人前では出さないことを勧める」
「そうですね。実際には言えませんよ。今は誰もいないから、そう言えるんです」


衛兵の言葉はどこか寂しそうだった。
…それもそうか…このような固定観念が幅を利かせているところでは個の自由というのは通せないものだ。
とかく、独裁と帝政には密告と粛清は付きものなのだから。


………
……



「…着きました。こちらになります」


大きな両開きの扉を前にして、衛兵は事務的かつ無表情に言った。
謁見の間らしく、扉の両脇には立哨の姿も見える。
同僚なのだろう。それゆえに彼は私情を捨て帝国の兵士の姿へと戻った。
だから俺も私情を捨て、事務的にこう言った。


「案内ご苦労…感謝する」


彼はそれを受けると、そのまま立ち去る。


(……ふん…エトランジェ如きが…偉そうに)


両脇の衛兵が微かにそう漏らしたが、俺はそれを無視した。


両開きの扉が開く。
謁見の間へと足を踏み入れながら、俺はさっきの衛兵の名すら聞いていないことに思い当たるのだった…




聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 昼前
帝都サーギオス 本城3階 謁見の間



「エトランジェ…『七鍵』のアキラよ…来るがよい」
「はっ…」


若き皇帝の声に答え、俺は玉座の近くまで移動する。
玉座へと続く階段の手前で膝をつき、臣下の礼を取った。
周囲の騎士や貴族連中と思われる奴らが、微妙などよめきを漏らしたが…やはり無視する。


「む…どうやら神剣を持って来ていない様だが…神剣はどうしたのだ?」


…まあ、やはり気になるよな。


「あれはただの宝剣。我が神剣の本質は目に見えぬ刃。先日、陛下もご覧になった通りにございます」


…我ながら本当によく舌が回るものだ。
心の中で苦笑を漏らす。


「…まあよい。先ほどの会議でお前の処遇が決まった。余の名に於いて示すのでしかと聞くがよい」
「…は…」


勅令のようなものか…ならば、拘束力は絶大。
もし、これが致命的なものなら俺は決死の覚悟でここを潜り抜けねばならない。
俺にとって都合の良いものであれば更にいい。何しろ勅命には帝国の何者も逆らうことができない。
俺は緊張しつつ言葉を待つ。


「一つ…先日の処刑妨害。国家反逆の咎。これを特別に容赦する」


…よしっ…これは予定通りだ。


「一つ…『七鍵』のアキラを帝国上級騎士とし…帝国第三旅団…通称ウルカ隊の隊長に任命する」


周囲が俄かにどよめきだす。
新参者を上級騎士とすることへの反発や嫉妬…様々な感情のどよめき。
逆に失笑や苦笑が漏れたり、舌打ちのようなものも聞こえる辺り…第三旅団というのは相当な嫌われ者のようだな。
……ということは外回り…ある意味では厄介払いと見えなくも無い。


「一つ…ウルカ隊への配置に伴い『七鍵』のアキラは、同隊の専任訓練士に任命する」


…専任訓練士…要は、ウルカ隊を鍛えて上手く扱えってことか。


「…以上だ。皇帝ウィルハルト・ゼィ・サーギオスの名に於いて、この命を下す」
「帝命……しかと承りました……我が身命をかけ、陛下の期待に応えましょう…」


俺は安心する。
さし当たっての危機は完全に回避された。
帝国が避けている部隊に配属…ということは逆に考えれば俺にとっては歓迎できるものに違いない。
ならば、その部隊を俺が鍛え上げるというのもまた一興だろう。


「…これは、第一旅団のソーマと訓練士長のネツァーが余に進言したことだ。あやつらも、お前の力を評価した…ということであろう」


思わせぶりに告げる皇帝。
なるほど…そうか…そういうことか。
そりゃ、無用ということで処刑される筈のスピリットを俺が鍛えられると聞けば良い気分はしなかろう。
暗に
『お前が無能だから彼女の力を引き出せなかった』と言っている様なものだ。


「は…
偉大な先任者からの期待…我が身には過分にございますが…余すところ無く応えて見せましょう」
「うむ。お前の手で…我が国の役立たずどもを精兵へと変えてみせるがよい。期待しておるぞ…」


…離れたところで「ぐぬっ」とか「…調子に乗りおって…」とか言う声が聞こえる。
自慢だが俺は耳が非常に良い。
けけけけ…ざまを見よ♪


「…ふむ。これにてエトランジェの処遇通達を終わる…皆の者…解散せよ」
「「ははっ」」


皇帝の言葉で其々が退出する。
全員が退出するのを見届けると俺は立ち上がり、場を辞そうとした。


「…それにしてもエトランジェよ…」


誰も居なくなった謁見の間で…皇帝が話しかけてくる。
俺に何か用でもあるのだろうか?


「……ぷっ…くくっ…そ、それにしても…お前は余を笑い死にさせたかったのか? ……くくくッ…」
「へ、陛下?」
「いや、傑作であったぞ…くくっ…お前は見かけによらず毒舌家だな?」
「は、はぁ…?」


俺の肩を叩きながら必死に笑いを押し殺す皇帝。
その姿には、どことなく年齢相応の少年の顔が浮かんでいるように見える。


「あのソーマやネツァーの顔……今、思い出すだけで余は…余は…くっくはははははっ!
 お前にも見せてやりたかったぞ…最初に蒼くなってな…その後は茹で上がったテミ(蛸)の如く真っ赤になりおった!!
 はははっ…あの何時も慇懃でいけ好かぬ連中が…だ。それだけでもお前を買った価値があったというものよ」


饒舌に捲し立てる皇帝。いやウィルハルト少年。
ああ…余程にストレスが溜まっていたんだなぁ…


「恐悦至極にございます」


とりあえず社交辞令だけは言っておくとする。


「エトランジェ……いや、アキラよ…余は期待するぞ? 連中が何も言えぬ程の実績をあげてみせい!
 その時こそ、余は誰に何を言われようとお前を重用してやる」
「ふ…では陛下の御為に…まずは結果を出すと致しましょう」
「うむ…ではな。余は部屋に戻り…先ほどの連中の顔を肴にまた笑わせてもらうとしよう」





暫し、謁見の間には俺と皇帝の笑い声だけが残っていた…






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聖ヨト暦329年 ルカモの月 黒四つの日 夕刻
帝都サーギオス スピリットの官舎 セラの私室




「………おかしいわね……そろそろ目を覚ましてもいい頃なのに……」


銀髪の美女…セラ・ブラックスピリットはベッドの上の紅い少女を見つめながら、そう呟いた。


「……そうですよね……考えてみれば朝の騒ぎでも起きませんでしたし……」


金髪の美少女…『七鍵』改めサラ・ホワイトスピリットは、セラの呟きに対して応えを返した。
たおやかな手のひらが手拭を絞り…それで少女の汚れを拭き取っていく。

その光景を眺めながらセラはとりとめも無い事を思う。
それは何故に流れた血はマナと転じ消滅するのに流れる汗は消滅しないのだろうか…という素朴な疑問であったり…
先日から彼女の心をかき乱す一人の男の姿であったり…
柄にも無いことに自分のセラという名の由来がどこにあるのだろうか…などという考えであったり…
目の前の美少女に対する…ちょっとした羨望であったり嫉妬であったりもしたのだが…彼女はその一切を流していく。


「…マナの流れは正常ですけど…絶対量が危険ですね。神剣から補助は行われているようですが…意識が戻らないことには…」
「……ちょっと危険な兆候ね……このまま体力もマナも限界にきたら……彼女は消失してしまうかもしれないわ」


サラの問いに簡潔に答える。
通常、スピリットは滅多な事では死なない。
大きな力を扱うため、人間より疲労が溜まりやすい彼女達ではあるが…休息したり食事を採ることですぐに回復する。
ましてや、命が危機に晒されているのに神剣の干渉も起こっていないのは明らかに異常。
セラには彼女がまるで…自ら死を望んでいるようにも見える…
…と、際限なき思考の巡りに囚われるその前に、セラはアキラの帰りが遅いことに気がついた。


「……それにしても…アキラ…遅いわね……」
「マスターなら帰りに資料室と鍛冶師のところに寄るって連絡が来ましたよ?」
「…貴女ねぇ……って…そう言えば神剣なのよね…でも、こういうことは教えてもらえないと困るわ」
「……はにゃぁ……ごめんなさい……次からちゃんと教えますぅ〜」


素直に謝ってくるサラに苦笑するセラ。
内心、自分に教えたくなかったんでは無いか…と疑っていたセラは自分の不明を恥じた。


「…そうね…七、じゃなくてサラ? 彼と連絡が取れるのなら彼に聞いてみたらどう? 結構博識みたいだし」
「…セラさん…それです♪ さっそくマスターに聞いてみますね」


そう言うと目を閉じてしまうサラ。
彼女とアキラは心で繋がっている。
同種の存在であるがために共振作用で意思を伝え合うことも問題無かった。


【マスター…マスター? 聞こえますか?】


銀鈴を鳴らすかのような澄んだ音を響かせて…サラは思念を飛ばす。
…直ぐに応えが来る。
無数の水晶が寸分の狂い無く謳い上げるコーラスのような音…表現するなら秩序ある静謐な混沌…
…それが、サラのマスター…アキラの「剣音」であった。


【…どうした…『七鍵』? 何かあったのか?】
【ぅ〜…マスター…せっかくサラって素敵な名をくれたんですから…そっちで呼んで下さい…】


サラは拗ねたように言った。
どうして、この人は捻ているんだろう…と思いつつも…それが彼女のマスターの特徴だと分かっている。
だから、サラは常に彼に正面から飛び込んでいく。


【…分かったよ…サラ。それで…何かあったのか?】


アキラの優しい思念にサラの心拍数(?)が一気に加速した。
思考が物凄い勢いで空回りする。
主要増幅率は瞬間的にリミットを軽く突破。
一瞬で数億桁もの同時暗号解読すら行う演算能力は意味の無い数字の羅列を導き出す。
彼女の頭脳であり心臓部でもある主要演算系は既にオーバーヒート寸前であった。


【あ、ああ、あの…その…ですから…様子の彼女が変な心なんですっ!】
【………落ち着いて喋りやがれアホ剣………】
【ふ…ふぇぇぇん…ごめんなさいぃ…】


冷たい思念で強制冷却されたサラはもう一度落ち着いて目的の言葉を紡ぐ。


【…あの…マスターが助けた娘なんですけど…まだ意識が戻らなくて…様子も変だし…マスターなら何か分かるかなぁ〜って…】
【あのな…俺は神でもなけりゃ仏でも無い。いきなり理由を聞かれても答えられんわ!】
【…うぅ…でも、私も何が何だかサッパリで…セラさんもマスターなら何か知ってるかも…って言ってたし…】
【そんな過大評価をされてもなぁ……分かった。一応、急いで戻るが…あまり期待するなよ?】


期待するなと言いながら、彼の言葉にサラは安心した。


【はいっ♪ 私はマスターが居てくれるだけで安心できますので♪】
【……………共振を切る】


そのままプツンとばかりにアキラとの共振は途絶えた。


「ふう……マスターが急いで来てくれるそうです」
「そう…何か手がかりが分かると良いのだけど…それにしても…貴女達が来てからは厄介事ばかりで飽きないわね…」


クスリ…と微笑を浮かべるセラ。
その様子にサラも見る者を心から安心させる笑顔を浮かべ…
…彼女達は二人…女同士の連帯感を高めるのであった…





その後…戻ってきたアキラが期待通りに少女を目覚めさせることに成功し…
黒と白の妖精達に新たな頭痛の種を提供することになってしまうのだが…


















…それは次の話へ譲ることとしようか。













To be Continued...





後書(妄想特急チケット売り場)


読者の皆様始めまして。前の話からの方は、また会いましたね。
まいど御馴染み、Wilpha-Rangでございます。


いやいや…前回は危うく存在を抹消されかけましたが…なんとか生きてここに顔をだせております。
次回予告でセラAと銘打った、この『異端者達の非日常』…いつの間にやらセラとサラになっていました。
しかも何だか『七鍵(サラ)』さんの出番が増えちゃってるし!
いつの間にやらジャンルが
ラブコメってますよ!?


はっ…まさか…
知らぬうちに無意識ごとコントロールされている!?


何やら出だしから誰かさんの過去と思われるテキストが続き…
終わったかと思えば、こらアキラ! いきなり
乳揉みYO!!
虚無の申し子のようなオマエにそんな気概は無いはずだ!


…ん? まてよ? ってことは統合された同位体集合精神に問題アリだったのですか?


「……フ…貴様…………知りすぎたな?」


…はい?


─べキッ…ゴキゴキッ…ブチッ…ゴリュン!


「告げる……人よ…私を探求するな……」



「……あ、ありゃ? 何で俺がここに……むう…確かセラの部屋へ向かっていた筈なんだが……
 って! 誰か死んでるし! …しかも首無し死体が動いてるし! ゾンビかッ!?」


─モゾモゾモゾ…


「うんわッ…キモッ! よし、俺は何も見なかった…何も見なかったぞぉぉぉ!」



………
……




…あ、危なかった…体内にサブ脳を入れてなければ連載中止でした。
皆さん。データのバックアップというのは本当に大切ですよ♪
飛んだぁぁぁぁ! 消えたぁぁぁぁ! で再起不能というのは悲しいですからね(笑)



脳内妄想列車は今日も大爆走♪



次回。永遠のアセリア外伝『人と剣の幻想詩』…ルーテシア “醒めない悪夢”…乞うご期待。



「……この温もりを失いたくないから……」


独自設定資料

World_DATA
絶対零度の声

乙女パワー85以上で発動させることができるパニッシュスキル。
習得するためには冷静な性格かツンデレ系で無ければならない。
ターゲットの18禁空間の展開を問答無用で打ち消すことができる。
似たようなスキルに「女の涙」というのがあるとか無いとか…


乙女パワー
乙女スキルを発動させるために必要なエネルギー(
マテ
否。むしろ乙女バランスと名付けたい。
0〜100の間を上下する。50前後だと天然っぽくなるはずだ。
高いほど、より
高度で恥ずかしいサポートスキルを発動させることができる。
低いほど、より
高度で恥ずかしいアタックスキルを発動させることができる。
つまり……高いほど純情…? なのだろうか??
ちなみに乙女パワーランクはセラ>>『七鍵』>ルーテシアとなっている(爆)


属性/Attribute
@精霊属性
青(水)・赤(火)・緑(地と風)・黒(闇と破壊)・白(万能)・無(無)の6大属性がある。
スピリットや魔法とも密接に関係する。
白と無は特別な属性であり、それぞれに特徴がある。
白は全属性の力を扱えるが、それぞれの影響をダイレクトに受けてしまう。
無は精霊属性の影響を一切受けない。そしてオーラフォトンそのものを制御することに長ける。
「永遠神剣とその能力」も参照のこと。

A嗜好属性
姉系。妹系。ロリ系。ツンデレ系。メイド系など数え切れないほどの数が存在する。
主にエトランジェの趣味嗜好の類として扱われることも多い。
かの有名なエトランジェ…「碧 光陰」は自他共に認める「ロリ系」である。


神剣白刃取り
ディフェンススキル。
とにかく神剣を素手で受け止めて防御してしまう。
当然だが二刀流の使い手には全く通用しない(笑)


愛は世界を救う
セラに追い詰められたアキラが口走ってしまった辞世の句(?)
むしろ、この言葉のせいで命が危険に晒されたのだと作者は思うのだが…
ある意味では彼の気の多さを示していると言えなくも無い。
正にアクティブ型ナチュラルボーン・ジゴロである彼の迷言であろう。
近いものに
「セラも混ざる?」が存在する。
……刺されてしまえ! コンチクショウ!


永遠珍剣
その名の通り、永遠に珍しい剣。
この名で呼ばれた永遠神剣は数少ないと信じたい。


仮想敵国
冷戦時代のアメリカとソヴィエトみたいな関係。
表面上は笑顔で握手を求め、後ろ手には常にナイフを用意している。
ちなみに、セラとサラの冷戦関係は僅か30分間しか維持できない。


帝国旅団
サーギオス帝国の特殊部隊の代名詞とも言えるもの。
主に帝国領外での活動を担当し、場合によっては汚れ仕事も行う。
その特殊性からか、サーギオス同盟内の関所はフリーパスとなる。
第一旅団はソーマ・ル・ソーマ率いる妖精騎士団で構成される。
第二旅団はクレメンス・オーギュスト卿率いる黒霊騎士団で構成される。
第三旅団はウルカ・ブラックスピリット率いるウルカ隊のみで構成される。
ソーマ隊は主に同盟国へ赴き…スピリットの外部教育を担当。
クレメンス隊は後に解散、瞬の親衛隊…皇帝妖精騎士団に再編される。
ウルカ隊は、完全に汚れ仕事や前線担当。所属スピリットの殆どは戦力というよりウルカ用の人質。


軍事階級
サーギオス帝国内の軍事階級は以下の通りである。


第9位:兵士
単なる末端。兵卒。衛兵や門衛の大半はこれ。
平均給与は800ルシル/月
第8位:上級兵
兵士達の中でも特に能力に優れた者達に与えられる階級。
平均給与は1,200ルシル/月
第7位:戦士長
上級兵や兵士を纏めて指揮する立場にある者に与えられる階級。
平均給与は2,000ルシル/月
第6位:従騎士
騎士見習いの階級。準騎士について、その世話をしつつ戦闘・礼式・知識を学ぶ。
奉仕課程のため、給与は支給されない。

第5位:準騎士
正騎士の直接の部下に与えられる階級。正騎士について戦闘・儀式の全てをサポートする。
平均給与は2,500ルシル/月

第4位:正騎士/訓練士/技術者
サーギオス帝国の正騎士に与えられる階級。訓練士や技術者もこれに近い権限を持てる。いわゆる幹部である。
平均給与は5,000ルシル/月

第3位:上級騎士/訓練士長/上級技術者
騎士団長や、スピリット隊の部隊長達に与えられる階級。無能であることは決して赦されないし、その数も少ない。
ちなみにスピリットの隊長であるウルカは無給。道具には維持費は与えられても給与は出ない。
平均給与は10,000ルシル/月

第2位:将軍
第3位以下の者に対し、指揮権を有するものに与えられる階級。主に皇族や貴族が当たる。
現在、認められているのは3将軍。いずれ劣らぬ名家の者で、共通して無能。皇帝も頭を痛めている。
平均給与は30,000ルシル/月

第1位:皇帝
言わずと知れた皇帝そのもの。皇帝の命令は勅命として発動し、何者もこれに逆らうことは赦されない。
巨大な権限を有している絶対君主である故に無能者が皇帝になると内部腐敗が加速する。
帝国全ての頂点であるため給与などと言うものは出ない。むしろ国家予算全てが給与といっても過言ではない。


通貨単位(ルシル)
ファンタズマゴリアで使われている通貨単位はルシルという名称で統一されている。
ちなみに1ルシルは現代世界における100円程度に相当する。
クレジットという概念が未熟なファンタズマゴリアでは通貨自体に価値が無ければならない。
よって、通貨は金・銀・銅などの素材とマナを豊富に含む希少土類を使って鋳造される。
現在のファンタズマゴリアで一般的に流通している貨幣は以下の通り。

1ルシル銅貨(100円相当)
10ルシル銀貨(1千円相当)
100ルシル金貨(1万円相当)
1,000ルシル白金貨(10万円相当)
10,000ルシル神銀貨(100万円相当)

なお、この範疇を超える数量の取引の場合は、宝石類やエーテル結晶で取引される。
ちなみにガロ・リキュア建国騒動でエーテル結晶の価値が暴落したことは言うまでも無い…


A.M.D.(Armored.Machinery.Device.)/デバイス
特に永遠のアセリアの概念から著しく乖離しているため、無解説とする。
どうしても知りたいという方が居れば……まあ、解説するかも知れない……
もう賢明な読者諸君は気付いているかもしれませんが…アキラは実の所、ハイペリアの出身ではないということになる。
アキラの存在していた現代世界は悠人の存在している現代世界とは微妙に異なる異世界なのである。
何故か「出雲」という組織だけは同じように存在しているのだが……?



SubChara_DATA
来栖 健太郎/Kentaroh Kurusu
身長:170cm 体重:69kg 人間(日本人)。黒髪黒瞳。
知的能力:並以上 精神性:感情的外向型 性格:フランク 容貌:普通〜魅力的
性別:男性
年齢:29(当時)
職業:日本陸上自衛軍 特務曹長
解説:
アキラと同じ部隊にいた同僚。
健太郎という名前が気に入らないらしく、知り合いにはケンと呼ばせている。
引き締まった強靭な肉体と人好きのする笑顔が魅力の好漢。
訓練隊に居るときから、何かとアキラの事を気にかけていた。
レンジャー徽章を持っているため体力と戦闘能力は部隊随一。
肉体戦闘に於いてはアキラが全く敵わなかった。
ところが逆にA.M.D.(Armored.Machinery.Device.)戦闘ではアキラに最後まで勝てずじまい。
それだけが彼の軍隊生活唯一の心残り。
ちなみにアキラが部隊を辞めた後も、時折会って飲みに行ったりしていた。
隊を辞めてからのアキラの性格は多分に彼の影響を受けている。


「…一度しか言わねぇ…俺のことはケンと呼びな! いいか…ケンタロウなどと言ったらぶん殴るぞ?」
「…って、また出動かよ…ま、人間相手じゃないのは気楽でいいけどよ…」