視線の先に遠目だが魔物の姿が見える。数だけならこちらと大差ない。それを見ながら聞きなれた声が聞こえる。
「よう、悠人。緊張してるのか?」
光陰だった。隣に立ち、同じように視線は魔物に向けられていた。
「俺なら大丈夫だよ。それより、指揮は任せたぜ」
『求め』を鞘から抜く。刀身が煌々と蒼く明滅を繰り返している。
「この戦い、勝てるさ。俺が誰も殺させないから・・・」
「お前も死ぬなよ」
ふっと、笑うのが気配で伝わる。それから光陰が肩を軽く叩く。
やがて――
眩い輝きと爆音が響き渡る。
五本目の神剣〜神剣〜
爆風で視界が閉ざされる。
刹那、
見えない脅威に対して、悠人は反射的に『求め』の刃を突き立てた。
「―――っ!」
黒く、細長い触手のようなものが波打つ。それは縦に構えた刃の前に切断されるが、同時に視界を埋め尽くすように触手が現れる。
「オーラよ皆に届け・・・コンセントレーション!」
発動したオーラが戦場を覆いつくすように展開される。同時にこちらに向かってくる数本の触手をなぎ払う。
『契約者よ、これでは長く持たないぞ』
『求め』の警告を無視し、胸中で叱咤激励をする。
(気張れよバカ剣! ここが踏ん張りどころなんだからな!)
再び来る触手を『求め』を手元に引き寄せて背で受ける。軌道をそらすが、それでも頬をかすめていく。浅く皮膚を切り裂かれる。
(体が重い、やっぱりあんまり余裕はないな・・・)
それほど離れていない場所に二つの人影があった。一つは年老いた背の低い老人の男。一つは背の高い若い女。対照的な二つの魔物を前にして『求め』を構えなおす。
老人が溶けて消える。地面に溶け込むように崩れて消える。女のほうは高く垂直に飛び上がった。見上げるほどの高度まで。
それが何か理解する前に悠人は動いていた。右腕を振り上げながら叫ぶ。
「オーラフォトンビーム!」
膨れ上がった光芒が老人がいた辺りの地面を焼き払う。
本能的に後ろに飛びのきたかったが、するわけにはいかなかった。敵を自分のほうに集中させる必要があったからだ。
爆風を肌に受けながら飛び上がった女に右腕を向ける。攻撃のために集中する。
「――!」
突如、女が足を伸ばした。伸ばした足で地面を蹴りさらに高く飛ぶ。さらに地面に着いた足が直角に折れ曲がりこちらに突き進む。
(これは・・・!)
攻撃のために集めたマナを霧散させ、急いで防御のためのマナを集中させる。
「オーラフォトンバリア!」
見えない障壁に阻まれて死角から――ありえない方向に曲った女のつま先を受け止める。
障壁が消える前に悠人は大きく後ろにとんだ。予想と言うよりは本能的な感覚。体が、記憶が警告を発していた。自分が今どういった危機にさらされているか自覚する。
足元の地面がうねり始め土砂が一斉にまき上がる。それが檻のように形作られる。上空から女が奇怪な虫のように四肢を折り曲げ、こちらを串刺しにするように伸ばす。
それを見ながら――
覚悟するしかなかった。自分が何と戦っているのか。静かに認める。
(まずは、ここから逃げる!)
『求め』を地面に突きたてる。意識を集中させ力を螺旋状に放出させる。
「オーラフォトンストーム!」
自分を中心に螺旋状にオーラがカマイタチのように檻と女の四肢を切り刻む。向こうが怯んだ隙に向けだす。
敵は人間とは違うタイミング、人間とは違う空間の使い方をする。
――敵は人間ではない。
ぼろぼろになった女のつま先が一瞬を要し再生し、再び迫る。今度は完全に体の反応が追いつかなかった。
(のまれるな・・・意識を集中して)
――ばんっ!
空間を爆発させる。鋭い音と共に空間が振動し、体が横に弾かれる。衝撃のせいで激痛が伝わるがそれは無視する。
数メートルを飛ぶと距離が開く。追撃は無かったが新たに背後に二体の気配がする。嫌な汗が背中を伝う。
「お前が手錬れだと言う事はわかった」
老人と女の方から聞こえる。だが、口は動いておらず、どちらが言ったのかは判別がつかなかった。その間にまた声がする。
「だが、関係ない」
前の二人が動き出す。気配で後ろの二人が動き出すのがわかった。
(くっ・・・このままじゃ)
展開していたオーラを切る。体が先ほどより軽くなった。
後ろを確認する間もなく悠人は前の二人に向かって走り出す。同時に右手を突き出す。
「オーラフォトンビーム!」
渦巻く光芒が老人を飲み込む。女の方は体を変形させ横に跳んだが右半身を全て飲み込む。
バランスを崩して倒れそうになる。悠人はそこを見逃さなかった。
「たあぁぁぁっ!」
『求め』を振り下ろす。無骨な刀身が魔物の頭を砕き、絶命させる。
(手間取りすぎたか)
魔物を二体倒すが、それは向こうも計算のうちなのだろう。背後から迫る敵に対してあまりにも無防備すぎた。敵は四対同時に襲い掛かってきたのだ。既に殺されていてもおかしくなかった。
(これだけの力でも足りない!)
向き直った先に魔物らしき姿は無かった。かわりに声がする。
「背中ががら空きだ。だからお前は馬鹿なんだ」
「瞬・・・」
瞬の足元には二体の魔物が倒れていた。
「お前が死んだら香織が悲しむからな。それより、少し下がった方がいい。僕達はよくてもスピリットどもは苦戦するからな」
照れているのか、顔を横に向けながらそう言う。
「わかった」
敵を自分の方に集中させるつもりがどうやらやり過ごしていたようだ。短く答えて瞬と肩を並べて走り出す。
(ハリオン、無事でいてくれ)
「ライトニングブラスト!」
――どおおん!
空気を震わせる激しい振動音。紫電が辺りに閃光と衝撃を撒き散らしながら魔物に向かって直進する。だが、魔法を発動させるよりも早くその魔物は動きだした。
「っ!」
こちらに突き進みながら体が透明化する。一撃を避けるために全力で防御を展開する。
僅かな衝撃に押される。が、そこで踏みとどまる。
(くっ・・・また『消えた』次はどこから来るの?)
はっとして飛び退る。意識したと言うよりもただの感だった。
さっきまで自分が立っていた地点に無数の鋭い物が突き刺さる。
(上!?)
反応は思ったより速かった。と思う。重力に従って落下する魔物に向かって地面を蹴る。
「はああああ!」
今日子が『空虚』で魔物を貫く瞬間、『空虚』が伸びた指に絡めとられる。
「しま――」
次の瞬間。激痛が体を貫いた。
「つっ、あぁ! こ、この・・・消えろぉぉおぉ!」
『空虚』から紫電を放射状に発生させる。
痛みをこらえて全ての力を放出する。直後、脳髄に直接電流を流されたような激痛が走る。思わずがくんと膝が崩れ落ちる。
ぶわっと髪が総毛立ち、あたりの空気が細かく振動する。放電する火花が瓦礫を砕き、余波が地面を穿つ。
(まだ、これくらいじゃあ・・・)
歯を食いしばって痛みをこらえる。
(あたしと、あんたの根競べよ!)
必死に力を制御しながら神剣の力をさらに引き出す。放電がさらに激しさをます。
そのまま数十秒が過ぎて――
ふっと、今日子が力尽きる。同時に放電がやむ。
自身もあちこち黒くなりながら、既に黒炭と化したそれに言う。
「はあ・・・はあ・・・これでも、あたしもエトランジェなのよ」
そして今度こそ本当に力尽きて倒れた。
既に戦場は敵味方が入り乱れて混乱していた。その中でもラキオス組みはその極みにあった。
「それは〜、無理ですよ〜」
言いながらハリオンは『大樹』を巧みに操って敵の攻撃をいなして行く。心なしかその顔は少し笑っているように見える。
「ユートさまは〜、ちゃんと、わたしを選んでくれたんですから〜」
「納得できないわ!」
セリアが『熱病』で敵を切り伏せる。だが、傷そのものは再生され、再び立ち上がる。
「一緒に居た時間が長いってだけで、選ばれるなんて・・・く、この!」
腕を剣のように変化させた魔物と鍔迫り合いになる。
「いや〜ん。ヒミカ〜、助けてください〜」
「う〜ん。どっちかって言うと、私もセリアに賛成かな」
声の調子は穏やかだが、魔物と激しく打ち合いながら言う。
「同感です」
神剣魔法を発動させながらナナルゥが言う。
「ナナルゥまで・・・みなさん、ひどすぎます〜」
「だいたい、この際はっきり言わせてもらうけど、あなたユート様にくっつきすぎよ! あれじゃあ、私が近づけないじゃない!」
「それは〜、言いがかりです〜。セリアだって〜、訓練の時はユートさまとばっかりじゃないですか〜!」
「セリア、あなたずるいわよ! あたしなんかユート様と一緒の時間なんて全然無いんだから!」
「訓練なんかで恋が実るわけないでしょう! ナナルゥのほうが、雰囲気はいいんだから!」
「そう言えば〜、ナナルゥは訓練のあと、いつも草笛を吹いてますよね〜」
「はい。それが何か?」
「ユートさまが、訓練のあといなくなるのって、もしかして〜」
「推測の通り、ユート様は草笛を聴きに来たことがあります」
「ずるいです〜! わたしだけ、仲間はずれにして〜、みんなでユートさまと仲良くするなんて〜!」
「普通、あんたが言う?」
会話に夢中になりながらも、訓練の賜物か、目の前の敵から注意がそれる事はない。
「いい加減死になさい!」
セリアが放った一撃が今度こそ魔物の生命を絶つ。
「ふぅ・・・どう? ユート様の隣に立つのに相応しいのはいかにユート様の役に立つかよ」
あてつけるように傲然とあごをあげ、セリアが言ってくる。
それが大破壊の合図だった。
「アポカリプス!」
無数の火柱が。
「エレメンタルブラスト〜!」
空間爆砕が。
「サイレントフィールド!」
極低温が。
「はあっ!」
たまには素手での一撃も。
そして――
恐らく、この戦いが終わっても彼女達の戦争はまだまだ熾烈を極めるのは誰の目にも明らかだった。
「やれやれ、悠人のやつも大変だな・・・おっと!」
魔物の攻撃を間一髪の所でかわす。
「だが、それくらいじゃあな!」
大きく踏み込み『因果』で両断する。再生は起こらず、そのまま動かなくなった。
「なるほど、傷が深すぎると再生する事が出来ないのか」
そこで、状況を確認するために一度辺りを見渡す。一対一で戦ってる者はいなく、一体の魔物に対して必ず二人以上で連携を取って対処している。それでも押されているのには変わりないが。
そこで一人で魔物と戦っているスピリットを見つけた。傍らには重傷を負ったスピリットが倒れていた。
「ちぃっ! いくぜぇっ、『因果』!」
神剣の力を一気に限界まで引き出し、横から魔物を切り伏せる。
「大丈夫か!」
「あ、あたしは大丈夫。でも、サラが・・・」
倒れているスピリットの事だろう。腹部に大きな傷があり、そこから大量の血と一緒に金色のマナがあふれている。
「こりゃあ・・・長く持ちそうにないな。敵は俺が抑えておくから早く癒しの魔法を」
「は、はい!・・・マナよ癒しの力となれ」
(傷の具合からして、すぐに回復するわけには行かないか・・・これじゃあ、いい的だな)
そう思っているうちに何本か触手のような指が伸びてくる。
「はああああああっ!」
障壁を自分達を囲むように展開させる。これで時間を稼ぐつもりだった。だが、攻撃を受けるたびに障壁は見る見る破壊されいていく。そして修正させるよりも、壊される方が早かった。
(くそっ! もう、持ちそうにない・・・ぐっ!)
そして完全に障壁を破壊されてしまう。再び張りなおす時間も無く、神剣を構えて迫り来る触手を払うように切り落としていく。だが、触手は切り落とされた所から再生され再び迫ってくる。一人でそれを庇う事は出来なかった。
治療しているスピリットの方へ触手が伸びていく。
「・・・駄目か」
そう呟いた時、一瞬だけ風を切るような音が聞こえた。それから半秒ほどしてから触手のように伸びた指が地面に落ちる。
ブラックスピリットとグリーンスピリットがすぐ横にいた。触手を切り落としたのはブラックスピリットの方だった。
「どうやら間に合ったようですね。私が前に出るからニムは皆を守っててね」
「うん。お姉ちゃんも気をつけてね。ニムも後でそっちに行くから」
お姉ちゃんと呼ばれたスピリットは体の向きを魔物の方に向けると、そのまま走り出した。
光陰はとりあえずそこで息をつき、グリーンスピリットに言う。
「とりあえずは助けてもらったのかな?」
「ニムは、何もやってないし・・・」
「そうかそうか。ニムちゃんって言うのか。俺は碧光陰だ。よろしくな」
じり、と光陰がニムントールに近づく。
「ニ、ニムって言うな」
近づかれたぶん後ろに下がるニムントール。
「おいおい。逃げるこたないだろ? 俺はただ君と仲良くしたいだけさ」
「ちょ、ちょっと近づかない――」
ずががががががががんんんん!!
「ぎゃあああああああああああ!」
光陰がさらに近づこうとした瞬間。何の前触れも無く雷が光陰の頭上に降り注いだ。
後には黒焦げの光陰と困惑するニムントールだけが残された。
「何だったの・・・今の・・・」
龍の爪痕の岸壁に立ちその奥を見下ろす。底は見えず、ただ暗いだけのそこは本当に地獄に繋がっていると思わせるものがあった。
「彼女が数百年前に言った言葉はその時はただの戯言だと思われていた。だから四神剣の使い手たちも、大陸の誰もが彼女を忘れ、歴史そのもから抹消された」
突然背後から声がする。もう慣れたというか、今更こいつがどこから出てきても驚きはしなかった。後ろを見ずに言う。
「先生は自分を信じていたのさ」
「ふむ。そうか・・・ここから飛び降りれば、『欲望』がバルガ・ロアーへ君を導くだろう」
「あんたは来ないのか?」
「志貴君。私にも出来る事と、出来ない事があるのだよ。世界のルールを破る事は出来ない」
「・・・そうか」
息を吸って崖から飛び降りる。
(でも、あんた自身がこの世界のルールから反しているんじゃないか)
疑問に答える声は無かった。
短い浮遊感。そのあとに足が地に着いた感触がする。バランスは崩さなかった。
「ここが・・・バルガ・ロアー」
暗い。というよりは何も見えないというほうが正しい。
『前に進んで』
『欲望』の指示に従い真っ直ぐ歩く。いや、進んでいるつもりだった。
「先生は俺に何を託したんだろうな」
『あなたは彼女の戦い方を学んだ』
「ん? まあ、そうなんだが・・・なんて言うか」
『それよりもうすぐよ』
闇しか見えないその空間に何かが見え始めた。
「これは・・・」
それは祭壇のようなものだった。それを囲むようにぽつぽつと席が点在している。何かの会議場のような気さえした。
その席の内の一つに誰かが座っていた。こちらを見ている。
「ようやく来たか・・・お前が奴を殺したのは知っている。俺には見ていたからな」
「そうか・・・俺は来た。あいつの絶望に答えるために」
「絶望か・・・お前は何故この世界が絶望しているか知っているのか?」
(何故絶望するのか、絶望とは何か・・・)
この世界に来てから何度か聞いた事のある言葉。結局はそこに行き着く。
それを自らに聞き返し、挑みように付け加える。
(どうして俺は絶望していないのか)
大陸の誰もが何かしらに絶望していた。
「いや、違う」
小さく呟く。目の前の男は顔色を変えた様子も無く黙って聞いていた。
「おれ自身も絶望していたんだ・・・だからわかるとは言わない」
「それが君の絶望か」
男がゆっくりと立ち上がる。
「だが、私は君を殺さなければならない・・・それはわかるな」
「それでも俺は死ねない」
『欲望』を構える。加減はしなくて言い。勝負は一瞬で決まるはずだった。
「・・・」
「・・・」
お互いの視線が触れるか触れないかその瞬間――
――だっ!
全力で地面を蹴る。それより早く魔物が両腕を前に差し出す。十本の指全てが伸び、そのどれもが自分を殺すために向かってくる。
だが、志貴はそれをかわそうとしなかった。ただ真っ直ぐに走り続けた。
一本目が左足を貫き、二本目が右肩を貫く。さらに三本が腹部に突き刺さる。
だが、足は止まらずひたすらに走り続けた。
「な、なぜ止まらない!」
背中を何か鋭いものがかすめる。死角から来る攻撃にすらひるむ事は無かった。
「ああああああああああ!」
喉が裂けるのを構わず限界まで声を張り上げる。そのまま肩に担いだ『欲望』を振り下ろす。
――がしっ!
残った指が『欲望』に絡みつきそのまま締め上げるように巻きつく。刀身に嫌な音が響く。
「俺は――」
俺は負けない。そう言ったかどうかはわからなかった。口を開いた瞬間に志貴は左腕を相手の口の中に突っ込んだのだから。
「砕けろおおおおおぉぉぉ!」
そのまま自分の腕を突っ込んだままの状態で口内で爆発を起こす。魔物の頭と自分の腕が吹き飛ぶ。
全てが終わるのに一瞬もかからなかった。だが、永遠ですら感じた瞬間の邂逅ですらあった。
「ぐっ――!」
そのまま崩れ落ちる。血が口からあふれて止まらない。全身が気だるく動かなかった。全身から金色のマナが溢れる。
(まだだ)
足に活を入れる。反抗期な足はどうにか動いてくれる気になったみたいだ。祭壇のところまで行く。
『いくわよ』
ゆっくりと『欲望』を通してバルガ・ロアーの力が流れてくる。
『この世界がどうなっているのかあなたに伝えるわ。そしてあなたにこの世界の力の全てを預ける。この力は無限の万能の力だから、あなたが判断して、そして決めて。世界をどうしたいか』
「お前は俺にそんなことが出来ると思うのか・・・」
『勘違いしないで、あなたの決定に特別な何かがあるわけじゃない。でも今ここにいるのはあなただから、あなたが決めなさい』
『欲望』が警告する。
『その気になれば世界そのものを作り変える事だって出来る。歴史すらあなたの好きなように書き換えることが出来る』
「だけど、それじゃあ駄目だ。絶望から開放される事は絶望を取り除くことじゃない」
『ええ』
『欲望』から世界の情報が伝わる。それを見て、答えは見つかった。
「さようなら『欲望』」
『さようなら』
別れの挨拶をし、『欲望』はぼろぼろに崩れていった。
溢れる力に触れ、志貴は目を閉じた。どこに行けばいいのかわかっている。そして望む。
目を開けるとそこは先ほどとは違う場所だった。薄暗く、明かりはないが、暗闇ではない。前の方に三つの墓標のようなものが立っている。
かなりの広さがある。ちょっとした運動場みたいなものだろう。周りに図るものが無かったので高さはわからなかった。
傷のせいで立つ事がかなわず、膝を突いた状態で待っていると、ぼんやりとした輪郭の三体の龍が姿を現した。
『人の子よ』
『ここは貴様が来るようなところではない』
『何者だ』
まるではじめからそう仕組まれていたかのように三者がそう言う。
大陸の守護者と呼ばれている三頭の龍。そのうちの――アレタス。
大陸の守護者と呼ばれている三頭の龍。そのうちの――リバイル。
そして、それらよりも一回り大きな体躯をした龍がいる――アシュギス。
それが雷のような高い声を上げる。
『ここは大陸で最も要な――』
「知っている」
志貴は告げると体を起こした。
「だから来たんだ。こんな茶番はさっさと終わらせるべきだ」
『茶番だと?』
右側の龍が呻くのが聞こえる。
『我々はこの世界に結界を張り、外敵からの脅威と戦ってきた!』
「だが、今大陸は魔物たちの脅威にさらされている」
『そうだ。サードガラハムが死んだ今となっては結界に隙間が生じた』
左側の龍が言う。それを視線だけ向けて聞く。
『だから我々はその隙間を埋めるために結界を縮小する』
『そして残った大陸を切り離す。どうしても世界が滅びるのならば、その一片だけでも残す事に意味がある・・・』
「だが――」
待ち受けて志貴は否定した。
「それは不可能だ。完璧な結界なんて作る事はできない。サードガラハムが死んだからじゃない」
これは予想外のことだったのだろう。重量のある首をもたげて真ん中の龍が聞く。
『どういう事だ?』
「世界は安全には出来ないのさ。かえって、穴があるから結界が成立する」
『それは根拠があっての事なのか?』
「いいや、だが、あんた達にそれを試させるつもりはない・・・俺もあまり長くないからな」
左腕を掲げる――右腕は既に感覚は消えていた――あまり意味は無かったかもしれないが、バルガ・ロアーの力が流れてくるのがわかる。
(先生。俺はあんたの後継者じゃない・・・これは俺が決めた事!)
誰が望んだ瞬間でもなければ、誰もが望んだ結末でもない。だが、決着はつけなければいけない。
「龍の結界は大陸を外敵から守るための意志だ! だから現存する神達はそれをこじ開けようとする! 全てはバランスなんだ。結界が安全を保とうとするから隙間が生じ、そこから破滅が訪れる! 結界が無ければわざわざ来る事はないんだ!」
『だが、結界が無ければ我々は現存する神々に無防備になる!』
三頭のうち誰かが言う。構わず志貴は続けた。
「ああ。もしかしたら偶然の神の襲撃がこの世界を滅ぼしたとしても、それが世界の本来の未来だ! 生命のリスクなんだ!」
『虚無主義か!?』
誰かが悲鳴を上げる。志貴はかぶりを振った。
「違う! どれだけ過酷な世界であっても、世界は人の意志によって進んでいくんだ! 結界は、もともと不要なものだったんだ!」
『お前は狂っている!』
「この世界を絶望に包んだのはお前達が張った結界だろうと言っているんだ!」
龍たちが半歩ほど押し戻される。力を使ったわけではない。ただ気押されただけだ。
「『欲望』が教えてくれた。マナは生命そのものであると。だが、それはもともと諸刃の刃でもあったんだ。結界を解いた時、マナサイクルの終わりが訪れる!」
悲鳴が聞こえてくる。全てが死ぬ。全てが滅びる。だが、志貴は決然と無視した。
「全てが滅びるのならそれを受け入れよう。だが、絶望の中でだって生きていける! 奇跡がないから、だけどそれと違う同じ何かがあるはずだから!」
叫び、腕を振り下ろす。
「バルガ・ロアーの力を使って結界を崩す! 内側からならこの結界は崩せる!」
一瞬の浮遊感。体を構成するマナが薄れ、黄金色のマナが寂しそうに渦を巻いた。
エピローグ〜滅び行く世界〜
「? 何だ・・・魔物が消える・・・!?」
突然目の前の魔物が霧にかかったように霧散する。他のところでも同じことが起きていた。
「おい悠人。どういう事なんだ?」
隣の瞬が聞く。だが、それに答えれるわけなかった。
「さ、さあ・・・おいバカ剣。どうなってるんだよ」
聞く。だが、『求め』からは何も感じられなかった。それどころか、
「マナが・・・感じられない」
それで全てをなんとなく悟る。もう誰も帰ってこないんだと。
(行っちまったのか・・・じゃあなバカ剣)
「う・・・ここは?」
目が覚める。天国かと思ったが、体が発する痛みが現実だと告げる。
「お、やっと気づいたか。」
目の前に一人の見慣れた男の顔があった。心なしか黒くなっている気がする
「光陰?」
意識がはっきりしてくる。どうやら膝枕してもらっていたようだ。どうりで顔が見えるわけだ。
「ああ。まったくお前はここんとこ怪我してばかりだな」
「うるさいな・・・あたしはこういうことには慣れてないんだからいいじゃない」
「はは。それくらい喋れるなら大丈夫そうだな」
軽く言葉を交わす。それだけで生きている実感が持てた。
「隊長は・・・」
離れた所、負傷者が集まっていた。キャンプでエメラダはそう呟いた。そこには志貴の姿は無かった。
「きっと帰って来る。約束したんだから」
リュミエールとアルエットが言葉を交わす。
「結局、今回も生き残っちゃったのね」
「そうね。エリたちも無事のようだし・・・でも、シキ様は帰ってこないのね」
嘆息を漏らす。
「それでも、私は待つわ。あの人が帰ってこられるように」
終わらないエピローグ〜残された人たち〜
イースペリア首都の生活はそんなに悪いものではなかった。時折局地的に雷が発生するが、いたって平和なものだった。
世界の混乱は一時的なものだった。みんなそれがどうしようもないという事をわかっているのだろう。
世界からマナが消え、マナサイクルが終わったらしい。命そのものであったマナが失われたのに、命は命として存在できることは一向に謎だったが、あまり気にしても仕方ない事だった。龍の結界が無くなり、隔絶された世界は解放された。龍の爪痕もただの巨大な崖になり、バルガ・ロアーとはもう繋がらなくなったようだった。
悠人はハリオンとお菓子屋をする事になったのだが、結局セリア、ヒミカ、ナナルゥの三人もついてくることになって毎日を騒がしく過ごしていた。
バーンライトのスピリット隊はみんな軍に残り、暫く治安活動のために各地を飛び回っていた。スピリットは今までのように神剣の力を使っていない。そもそも神剣自体が力失っているからだ。それでも彼女達の戦闘能力の高さを軍は買っているのだ。いずれ、ちゃんとした軍が整備されれば彼女達がそういったことをする必要はなくなるだろう。
香織は、瞬と一緒にサーギオスの方へ行ってしまった。なんとなく複雑な気持ちだったが、それでいいような気がした。
「俺は・・・どうしたかったんだろうな」
あれから志貴を見た者はいない。同時にフェイも消えていたが、この際それはどうでもよかった。帰ったんだろう。どこかわからないが、どこかに。
子供のころを思い出す。何て言って別れたのか覚えていない。そもそも別れの言葉など言っただろうかすら覚えていなかった。
「ユートさま〜、お茶にしませんか〜」
ハリオンだった。彼女だけは何も変わっていなかった。いや、変わったのかもしれない自分が気づかないだけで。
今日もいつもみたいに騒がしくなるのだろう。だが、それでもいい。今があるのだから、それでいい。悠人はハリオンたちのいる場所へと足を運んだ。
五本目の神剣 青春編 完
それでも続くエピローグ〜神の使い〜
意識が消える瞬間。確かに誰かの声が聞こえた。
「フェイ・・・」
「うむ。見せてもらったよ。君が望んだ世界を」
その声はとても優しかった。
「それを見れないのは少し心残りかな・・・」
「なら、見ればいい。そして生きるがいい」
諭すような声が聞こえる。
「だけど、俺はもう消えるんだ・・・無理さ」
「安心しろ。君の命は私が繋ぎとめて置いた」
そんな事が可能なのか今更に疑問に思が、フェイが言うなら可能なのだろう
「・・・なあ、最後に聞いてもいいか?」
「いいだろう」
「あんたは何者なんだ?」
「私は、神を知るただ一人の存在だよ。そして神の呪いを受けたただ一人の存在だ。私は永遠に死ねない存在になってしまった。世界に干渉してはいけないという制限を持たされてね。私が世界に干渉すれば神が私の存在を消してしまう。だから、君を助けるのも構わないのだよ。じきに私の存在は消える。」
その声には哀しさは含まれていなかった。ただ、全てをやり遂げた満足感に満たされていた。
「フェイ」
「もう、沢山の時間を過ごした。もう十分だよ」
「何であんたが先生の事を知ってたんだ?」
「彼女から一方的な声が届いてね。君の事を頼むと、助けてやってくれと・・・もう別れの時間だ」
そう言うと。フェイの体が次第に薄れていく。
「ありがとう・・・さようなら」
「さようなら志貴君」
そして、フェイは蒸発してしまった。
誰もいなくなり、そこはただ寂しいだけだった。
「帰ろう・・・みんなの所へ」
光に導かれながら、志貴は・・・
あとがき
終わった〜終わった〜終わった〜。
というわけで作者です。結局謎が沢山残ってしまったような気がする・・・
というより、まとめすぎ?
でも、これで終わり・・・本当に終わった。
次回作『五本目の神剣 憂愁編』を予定。
ですが、とりあえずはこれにて終了なので、皆さんさようなら。
そしてご愛読ありがとうございました。