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 知らない事は罪だと言う。だが、知らない事まで罪だと押し付けられるのはどうだろうか?

 つまりは、知らない事が多すぎるのだ。この世界に来てからはというよりは、この世界に来る前から。

 運命なんて信じたくはないが、そんなものなのだろう。

 志貴はなんとなくそう思った。







五本目の神剣〜運命の魔剣〜







 気分がいいはずの晴れた朝。こうまで悩み事が多いのはどういうことなのだろう。

 (運命かな、神剣の・・・)

 性分かもしれないとも思う。こればっかりは死んでもなおらないと思い苦笑する。

 フェイが言うにはあと五日は何もすることがないのだという。バルガ・ロアーとこの大陸は一定の周期で『門』と呼ばれるものと繋がっているらしい。それが再び開くのにあと五日かかると言うのだ。とりあえず、する事が無いと言うのは考え物だった。

 朝の心地よい風に吹かれ志貴は屋根の上に寝そべって空を眺めていた。

 広大な空。大陸のどこから見ても変わらない空。この空が無限に広がると言う者もいる。それは果てしなく夢想だが、それだけは信じてもいいと思った。

 もっとも身近な死の世界。誰も空では生きていけない。それでも、空で死ぬものはいない。

 (・・・空・・・か・・・)

 『そんな顔もするのね』

 『欲望』だった。視線は空に向けたまま答える。

 「どんな顔してる」

 『あなたらしくない顔』

 「・・・」

 志貴は体を起こして肩越しに後ろを見やった。

 「・・・どうかしたのか?」

 屋根についた四角い跳ね上げ扉にエメラダが上半身だけを除かせていた。

 「隊長はどうしたの?」

 質問を質問で返され嘆息しながら答える。

 「それがわからない・・・見つからないんだ」

 「話、しようと思って」

 「ん?」

 一瞬理解に悩むがエメラダが屋根に登って隣に座る。

 「なにか、変わったか?」

 「え?」

 「いや、なんでもない」

 どう続ければいいのかわからなくなって言葉を濁す。

 「あと五日だって」

 「ん? ああ」

 うなずく。

 「隊長は何が出来ますか? 五日で」

 「わからない・・・何がしたいかなんて」

 「あたしは・・・神剣の声が聞こえなくなって、周りが見えるようになって、五日しかないって言われて・・・やりたいこともわからなくて」

 エメラダの会話に何か違和感を覚えて訊ねる。

 「どうかしたのか?」

 「ううん・・・あたし、世間話下手ね」

 「そんなもんだろ。世間話って」

 視線だけを彼女のほうに向ける。

 「お願いがあるの」

 唐突に彼女がそんなことを言い出した。

 「俺に出来る事なら何でも言えよ」

 エメラダが寄り添うように肩を寄せる。触れる部分から彼女の温もりが伝わる。

 「死なないでね」

 志貴は一度彼女を観察した。初めて会った時から取り立てて何か変わったというところはない。あえて言うなら神剣から開放されたせいだろうか、表情が柔らかくなっている。それは彼女の隠れた魅力だったのだろう。

 「わかった。約束する」

 志貴は視線をはるか遠くの空、イースペリアへ移した。








 ダラムとイースペリアを繋ぐ街道で二つの肩を並べて歩く影があった。一つは背の高い大柄な男、もう一つは小柄だが、快活そうな女の影。

 「今日子、体は大丈夫か? マロリガンに残っててもよかったんだぞ?」

 男が少女の身を案じる。それに対して今日子と呼ばれた少女が抗議の声を上げる。

 「だって、悠と会うんでしょ? だったらあたしだけ仲間はずれにしなくたっていいじゃない」

 「まったく・・・遊びに行くわけじゃないんだぞ。俺達は大将が動けないって言うから――」

 「あー、わかってるわよ。そんな事くらい! だからこうして頑張って歩いてるんじゃない!」

 「そもそも、今日子がランサに着いたとたんに『歩いてみたい!』。何て言ったからだろ? 何のために馬車を使ったと思ってるんだ?」

 「うっ・・・あれは、わるかったわよ。観光しながら歩きたいなーって思ったから・・・だいたい、こんなに遠いんだったら教えてくれてもよかったじゃない!」

 今日子がこちらに責任転嫁をする。いつもの事とは思うがやることが雑すぎる。はあ、と嘆息する。

 だが、今日子が言ったのでなければこんな事はしないだろうとも思う。

 (まっ、俺も悠人と同じくらい甘ちゃんだったってことか)

 そのまま暫く黙って歩く。そろそろ今日子が不平を言うころだと思ったとき今日子が口を開いた。

 「ねえ光陰」

 「ん?」

 とりあえず返事だけは返す。無視すると後が怖いのは体に染み付いてしまっている。

 「あれって馬車じゃない?」

 と今日子が後ろを指しながら言う。

 「何!?」

 言われて振り返ると遠目にだが確かに馬車が走っていた。

 「乗せてってもらおうよ」

 「確かに、このままだと日が暮れちまうしな」

 合図を送ると馬車は二人の前に止まった。御者が怪訝な顔をしてこちらを見ている。御者が着ている服の紋章に目がついた。

 (ん? この紋章は)

 嫌な予感をよそに馬車の扉が開いた。中からよく見知った人物が降りてきた。着ている黒い外套にも同じ紋章が刻まれている。秋月瞬。仲が良いというわけではないが馴染みの人間だった。

 「碧に岬か、こんなところで何をしてるんだ」

 「秋月か・・・お前こそこんな所でなにしてるんだ?」

 聞く。が、それはあまり意味はないのかもしれない。今の大陸の状況を考えれば答えは一つしかない。瞬が口を開く。

 「イースペリアだ・・・どうせお前達もあのフェイとか言う奴に来るように言われているんだろう?」

 「ああ。だけどよくお前が素直に従ったな」

 「!」

 何気なく言ったつもりだったが、瞬が過剰に反応する。

 「秋月どうかしたのか?」

 「な、何でもない!」

 「瞬殿、どうさかれましたか?」

 馬車の中から声がしてもう一人出てくる。ブラックスピリットのようだ。それと目が合う。こちらを一瞥して全てを汲み取ってくれたようだった。

 「なるほど。貴殿たちはマロリガンのエトランジェでありましたか。手前はウルカ、サーギオスのスピリットです」

 「碧光陰だ」

 「岬今日子よ。よろしく」

 「はい。こちらこそよろしくお願いします。ところで瞬殿、あまりここで時間をかけるわけにはいかないのではないでしょうか? 日が暮れては街の中に入れなくなります」

 ウルカに促されて瞬が頷く。

 「そうだな。お前達も乗っていけ」

「いいの?」

 「構わない」

 そう言って瞬はウルカをともなって馬車の中に戻った。今日子が耳打ちしてくる。

 「ねえ、光陰。秋月何か感じ変わった?」

 「さあ、な」








 イースペリアの会議室には各国の代表が集まり、魔物への対処について話し合いが行われていたが、悠人は別のことを考えていた。

 (瞬・・・感じ変わったな)

 悠人は正直にそう思った。『求め』が言うには『誓い』の精神は既に『再生』と言う神剣と一緒に消滅したらしく、そのせいでもあるのかと思ったが、どうも根本的に何かがおかしかった。だが、悠人自身もそれが何なのか分からないのでそれ以上はどうしようも無かったが。

 「・・・という事は、今この大陸には二つの敵がいるというのか?」

 と、誰かが言う。確かバーンライトの王だと記憶していた。それにフェイが頷く。

 「そうだ。一つは永遠存在・・・つまりエターナルの存在なのだが、それはこの際無視してくれていい。どうせ彼らはもうこの世界に関与する意味を失う。問題なのは魔物の方だ。伝承の通りに龍の爪痕と呼ばれる底にはバルガ・ロアーが存在している。今回の攻撃は彼らによるものだ」

 それに対してアズマリアが、

 「そうですか。では、あなたは私たちにどうしろと言うのですか。魔物、に対して今の私たちはあまりにも無力です」

 「うむ。魔物は強い。単純な強さで言えばエトランジェよりも強いだろう。だが、ここで諦めてしまえばこの大陸に未来はない。五日後、確実に大陸は魔物に攻めらるが、こちらが攻めることも出来る絶好の機会でもある」

 「具体的には何をすればいいんだ?」

 と、光陰。

 「全ての魔物を『欲望』と志貴君から引き離してもらう」

 フェイの言葉に今日子が声を荒げる。

 「ちょっ、全部ってどれだけいるのよ!?」

 「数はわからない。だが、やってもらう。バルガ・ロアーにいけるのは『欲望』に選ばれた志貴君だけだからな」

 「それで僕達を呼んだのか」

 慌てた様子も無く瞬が言う。

 「うむ。既に四神剣が争う意味は無い。連携を取って対処してくれたまえ。戦闘自体は長引くことはないはずだ。無理して戦い続ける必要も無い」

 「・・・」

 結局悠人はただの一言も話すことなく会議は終わった。フェイが言っていたが、五日後までは本当に何もする事が無いようだ。

 自室に戻りそのままベッドに体を預ける。城の客室よりはスピリットの館のほうが気持ちが落ち着く。

 (変に気を使わせたくないしな)

 ラキオスの生き残ったスピリットと香織がこの屋敷を使っている。空き部屋がかなりあったので特に問題は無かった。レスティーナはさすがにここにではなく城の客室を使っているが。

 疲れのせいもあって、なんとなくうとうとしてきた時にドアを叩く音がした。次いで声がする。

 「ユートさま〜、いらっしゃいますか〜?」

 「・・・開いてるよ」

 眠気のせいもあってちゃんと聞こえたか自信は無かったがとりあえず聞こえたのだろうドアが開かれる。体を起こして声の主を確認するまでも無かったがドアの近くにハリオンが立っていた。

 「皆さんと一緒にお茶をしませんか〜?」

 「いいよ。眠気覚ましにはなるし」

 断る理由も無いので承諾する。

 「それでは〜、行きましょう〜」

 ハリオンに腕を組まれ悠人はリビングに向かった。

 「みなさーん、つれて来ましたよ〜」

 ハリオンが先にリビングに入る。続いて悠人も入るが以前腕は組んだままだ。

 (はずかしい)

 なるべく平静を装って入る。下を向いていたせいで奥にいた人物に気づかなかった。

 「よう。悠人」

 「悠!」

 「!」

 聞き覚えのある声にはっとして顔を上げると、そこには馴染みの顔があった。

 「光陰、今日子・・・それに瞬」

 奥に顔だけをこちらに向けている瞬がいた。

 「よう」

 ぶっきらぼうに、だが、以前まで感じていた悪意のようなものが感じられない。近寄ってきた光陰と今日子に耳打ちする。

 「何か瞬変じゃないか?」

 今日子がうーんと唸りながら

 「あたしも最初はそう思ったんだけど・・・」

 「悠人が香織ちゃんの家に来る前まではあんな感じだったぞ」

光陰の言葉に聞く耳を疑った。

 「そうなのか?」

 「あーそう言われてみればそんな気もするかも」

 今日子が何か納得した様子で言う。

 「内緒話はそれくらいにして〜、そろそろお茶にしましょう〜。新作のお菓子もあるんですよ」

 「あ、ああ。そうだな」

 ハリオンに促されて席に着く。ハリオンはというと台所に行ってしまった。完全に姿が消えると今日子が横をつついてくる。

 「ねえ、ちょっと悠。あんた何なのさっきのは?」

 「? さっきの?」

 「ハリオンよ。ハ・リ・オ・ン。でれでれしちゃってさ」

 「でれでれって、ハリオンはいつもあんなだし・・・香織からも何とか言ってやってくれよ」

 と、これも今気づいたのだが瞬の隣に座っていた香織に助け舟を求める。

 「うーん。ハリオンさんはいつもの事だけど、最近はお兄ちゃんの方がハリオンさんと一緒に居たがってるような気がするよ」

 少し申し訳なさそうに言う香織が言う。悠人は頭をかきながら、

 「そんなつもりじゃないんだけどな・・・」

 と言う。

 (つもり・・・じゃないか。本当の所はどうなんだろうな・・・俺はハリオンの事どう・・・)








 答えは見つからなかった。

単純なものほど考えれば考えるほどに複雑になってしまう。

それが大事な事であればあるほどに・・・

 悠人はまだ気づけなかった。答えを得た時それがどれだけ単純なものだったかと言う事に。

 何事も無く四日が過ぎ、それぞれの最後の夜が迎えられる。







あとがき

 スピたんやってたせいでかなり遅れた作者です。今回は特に書く事ないかも・・・
 とりあえず感想くれると嬉しいですね。もうちょっとで終わりそうなので最後まで見てくれると嬉しいかな。では次回作に会いましょう。

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