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 デオドガンン商業組合。ダスカトロン大砂漠のオアシス、ミライド湖のある街。砂漠のキャラバン隊をつとめ、南部と北部、西部と東部を結ぶ重要なパイプラインとして存在していた街である。今は人の気配はしない。しないが、声が聞こえる。周りには誰もいないのにその人物は誰かと会話しているかのようだった。

 「・・・そうか。そっちは任せる。それより気をつけろよ。『あれ』はやっかいだ。俺達を簡単に殺せる・・・ああ。こっちは急ぐ必要もない。危険なら俺を呼べばいい。・・・ん? ここは暑いが、オアシスのおかげでそれほどでもない」

 その人物はオアシスの湖面に体を浮かばせながら空を見て呟いた。日が高いこの時間帯に周りには誰もいなかった。独り言は空を漂うかのように吸い込まれていく。

 「この世界はつまらんな・・・人間は殺せば残るのに妖精は残らない。・・・あれは芸術なんだよ。命と言う芸術さ。そうは思わないか?・・・ふう、お前はつまらない奴だな。わかってる。仕事はちゃんとするさ」

 表情でだけ、了解したと目を細める。

 「『奴ら』の言いなりにはならない。破滅など認めない」

 その呟きも空へ吸い込まれた。








五本目の神剣〜魔物〜








 「さて、どう攻めたもんか・・・」

 デオドガンからそれほど遠くない場所で光陰は呟いた。もともとデオドガンはマロリガンにとってはさほど重要な拠点ではない。ではないが、敵国に奪われた事を考えれば無視できるものでもない。

ラキオスが落ちたとはいえ、最近イースペリア、サルドバルト、バーンライトで停戦条約と一緒に同盟が結ばれた事を考えれば、北方の戦力は侮れない。

 そして不気味な事にデオドガンからは神剣反応がたったの一つだけ。それが光陰の判断を迷わせていた。

 (罠・・・って考えるのが普通だよな・・・)

 無駄だと思いながらも隣にいる今日子――今は『空虚』だが――にたずねる。

 「罠だと思うか?」

 『・・・さあな』

 『空虚』がいつも通り短く答えた後、

 『だが、嫌な感じがする』

 「? どんな」

 聞くが、『空虚』は小さくかぶりを振って答える。

 『・・・わからない』

 『空虚』はそう言うと口を閉ざした。これ以上喋る気はないらしい。

 (とりあえず、待つしかないか)

 砂丘の影で休ませてあったスピリット隊の所に戻り、どかっと胡坐をかいた。街の様子を見に行かせた斥候が戻るのを待った。

 『空虚』もそれに習って日陰に入る。

 『・・・ついに来たか』

 その呟きに光陰は気づかなかった。








 やがて斥候が帰ってきて、光陰はその斥候から報告を聞く。それはにわかに信じられないものだった。

 「どこにもいない・・・!?」

 「はい。街の周囲に罠を張った形跡もありませんでした」

 うめく光陰に斥候がそう答えた。

 「・・・わかった。ご苦労だったな、戻っていい」

 敬礼をして斥候が遠ざかる。後方に控えている本隊に戻っていったのだ。

 「ここで止まってても仕方ない。向こうはこっちが来るのを待っているようだし」

 進軍――そう考えた時、

 『待て、『因果』の主。・・・何か来る』

 『空虚』が目つきを鋭くして言う。光陰もその後を追う。やがて、それは目視できるほどの距離に来ると、そこで立ち止まった。

 (さっきの神剣の気配か・・・やはり一人だけ)

 そう思っていると視界の端で何かが動く、『空虚』が『空虚』をスピリットに向けていた。

 既に今日子の体は『空虚』が発する雷をまとっている。

 『・・・消えろ』

 瞬間、視界が白んで何も見えなくなる。極大の紫電がスピリットの頭上から降り注いだ。激震が空気を振るわせる。轟音とともに衝撃が雷電をまとい周囲に放たれる。

 ごうっ!

 轟音というより衝撃に顔を押され光陰は腕を上げて顔を庇う。薄目を開けて状況を確認する。『空虚』が放った雷撃はスピリットを完全に包み込んだ。

 「くっ・・・!」

 爆圧で押し返されそうになるのを姿勢を低くして耐える。神剣反応は消えた。

 「・・・やったのか」

 砂塵の向こうを見つめながら言う。

 『分からない・・・だが、油断は――』

 ――ひゅん。

 『空虚』が言い終える前に、風を切るような音が耳についた。何かがものすごい勢いで伸びていった。自分の後ろに。

 「なっ!」

 後ろに振り返る。何か長い物がスピリットの眼球をえぐっていた。鋭い絶叫を上げてスピリットが倒れる。それはさらに眼球の奥に侵入し中をかき回し続けようだった。スピリットの体がびくんと跳ねあがり、のけぞる。奇怪なアーチを作っている。やがて動きを止める。もう、動かない。マナへとかえっていく。

 「なぜ妖精だけがこのように消えるのだろうな」

 「!」

 声のするほうに振り返る。先ほど落ちた雷撃の中心に先ほどと変らない姿で立っているスピリットがいた。

 違うのは、神剣反応が無い事と何かが腕の先から伸びていた。それはよく見ると指だった。その指がスピリットを殺していた。

 見送る事しかできなかった。光陰は虚を突かれてスピリットを見つめていた。

 いや、もう既にスピリットではない。伸びた指はそのままで外形が変化していく。小柄な体が一回り大きくなり、骨格も頬張った大人の無骨な男のもになる。

 『・・・やはり、魔物・・・!』

 『空虚』がうめく。

 「魔物?」

 その問いに答えたのは『空虚』ではなく、目の前の男だった。

 「私を知ってるのか? それはおかしい。私たちは見た者を必ず殺す。もし、見逃した者がいるのならそれは私たちの恥だ」

 ――魔物。

 その単語を光陰は思い浮かべた。よくゲームなどに出てくるような拙劣なものだ。少なくとも目の前にある明確な死ではない。

 それが静かに後を続ける。

 「だが、今は構わない。私はいつも仕事を優先する。殺すのはその後でも構わない」

 すっと音も無く、指が伸びる。はっとして光陰は叫んでいた。

 「やめろっ!」

 知覚出来ないほどの速度で伸びた指は奥にいた二体のスピリットの首をはねた。ぶつり、と神経をちぎるような不快な音を残して、首が落ちる。

 (そうか・・・)

 光陰ははっきりと理解した。今自分は滅びに瀕しているのだと。








 以前にケムセラウトとヒエムナを結ぶ分岐点を占拠した志貴は本隊と合流し、ヒエムナへ向かったが、すぐにおかしいことに気づいた。神剣反応が無いだけでなく、人間もいなかったからだ。街全体がゴーストタウンになっていた。仕方なく複数のグループに別れて、街の中を調べることになった。

 「何で誰もいないんだ?」

 別に聞いたわけではなかったのだがエリが答えた。

 「うーん・・・ユリわかる?」

 「わからない」

 ユリがじっと、隣のジュリに視線を移す。

 「わかりません・・・」

 (ま、普通はわからないよな。街一つがいきなりゴーストタウンになったんだから)

 三人のやり取りを見ながら思う。街の様子を観察する。

 (戦闘があった気配はない・・・突然ヒエムナがゴーストタウンになった・・・生活の空気は感じられるのに住民がいない)

 そこでまで考えてわかった事といえば、

 「わからん」

 結局のところわからないという事がわかっただけである。

 考えるのをやめて歩く。気配で三人がついて来ているかを確認する。







来た道を戻っているとそれは突然やってきた。

 「止まれ」

 後ろ手で制して警戒を促す。

 (空気が変わった・・・?)

 『・・・気をつけて、いる』

 『欲望』が警告してくる。唐突に道の真ん中に黒いずんぐりとした人影が現れる。

 黒い帽子を目深にかぶっている。他は黒い。その存在自体が闇であるかのように黒かった。手に何か持っている。

 「君が、それの使い手か」

 低い、ぼそりとした声でその男が喋りだした。

 「なるほど、それを持つという事は、君が後継者か・・・生きている人間を全て殺せばそれでいいいと思っていたが、手間が省けた」

 と、手に持っていた物を放る。足元に中年の男が落ちた。原型が何であったか想像しても仕方ないが、痩身であろう。胸が陥没していた。目を見開き、のどと舌が口からあふれている。着ている服に何かの紋章が施されている。

 「こ、この人・・・サーギオスの」

 ジュリが声を上げる。悲鳴は無かったが、声が震えていた。

 (死んでる・・・)

 見下ろしながらうめく。

 死んでいた。どうしようもないぐらいに、それは、死んでいた。

 ぎりっ、と歯を食いしばり、『欲望』を構える。黒服の男は自然体で構えている。

 視線は黒服の男に向けたまま静かに言う。

 「フォローを頼む・・・あれは普通じゃない」

 「あれの後継者か・・・力を、見せろ!」

 刹那――

 志貴は横に跳んだ。知覚したわけではない。ただの感だったが、視界のぎりぎりのところに腕を大きく振り下ろし、黒服の男が通り過ぎる。

 (拳、だと・・・!)

 ただの素手の一撃。それがあの死体を築いたというのだ。

 「くっ・・・!」

 真正面に見据えた敵が膨れ上がる。それは錯覚だったかもしれないが黒服の男が自分の胴の中心に拳を突き出してくる。とっさに防御を取ろうとする。

 死体を思い出す。あれは、防げない。

 身をよじってかわす。完全に避ける事はできないが、少しでも威力を逸らさなければそこに転がっている。死体と同じになってしまう。

 敵の拳が服の上を軽くこする程度に触れる。

 たったそれだけで、内臓に鋭い衝撃が走った。衝撃に吹き飛ばされ、近くの民家に激突する。痛みにあえぎながら壁から離れると、黒服の男がまた構えている。

 認めるしかなかった。

 目の前の男は滅びそのものだと。








 イースペリア領、首都イースペリア。専守防衛に優れたこの都市は難攻不落の要塞としてこれまで生き残る事ができた。だが、突如として所属不明の敵に襲われていた。この国に渡ったラキオスのエトランジェ、悠人もその所属不明の敵を倒すため街の中を回っていた。人気の少ない路地裏で足を止める。

 「戦闘が起こってあまり時間がたってないな」

 最初の死体をそこで発見した。

 武装した人間の兵士が道の上に横たわっている。生死は確認するまでも無かった。

 「ハリオン。敵はどこから来ると思う」

 ハリオンと呼ばれたグリーンスピリットが辺りを見回してからか答える。

 「そうですね〜。たぶん、ここにはいないと思います〜」

 緊張感の無いその声を聞いて一瞬自分の任務を忘れかけてしまう。そこは思いとどまり嘆息して言う。

 「仕方ない・・・一旦戻ろう。どこにいのるかわからないんじゃ、どこにいたって同じだろし」

 路地裏を出て大通りに出る。日の高いこの時間帯に誰もいないというのは何か変な気分だった。今はアズマリアが戒厳令を出してくれたおかげで民間人は外出禁止になっている。もっとも、それがどの程度の効果を持つかはわからなかったが。

 静けさが不快だった。誰もいない。無人のごとく静まり返っていた。

 あるいは、

 (本当に、無人になったか・・・)

 最悪のケースを考える。今この街には自分達しかいないのではないかと。

 慎重に、辺りに視線を送る。どこに潜んでいるかわからない敵に。

 ふいに、腰に差したままの『求め』を見やる。自分は変わってしまった。エスペリア、アセリア、オルファの三人を失ってから。強くは、なった。『求め』の力は格段に上がったし、今ならその全てを自分の意志で制御する事だって出来る。『求め』の強制力も今では感じないほどだ。

 だが、それと引き換えてなお、得るものだったかはどうかはわからなかった。

 (皆から見放された時、ハリオンだけが傍にいてくれたんだ・・・)

 今、この力は大切なものを守るためにある。そう確信できる。

 (瞬・・・あいつもそうだったのかな。今思えば、あいつだって俺と同じだったんだ)

 ちらっと隣を歩くハリオンを盗み見る。自分にとって彼女が大切なように瞬にとっては香織が大事だったと言う事なのだろう。








 単調な警戒が続く。そろそろ疲れを感じ始めたころだった。視界に一瞬影が差したように暗くなる。

 民家の屋根から飛び降りてきた人影が、拳を突き出し、こちらの胸を殴りつける。その勢いに後退させられたところで、ようやく攻撃された事を理解する。敵の姿を捉える。いつの間に持っていたのか白刃が閃く。

 「ユートさま〜。大丈夫ですか!」

 ハリオンだった。彼女が自分の前に出て攻撃を防いでくれていた。

 「やるね」

 男が後ろに跳んで後退する。どこか気取った風なイントネーション。軽薄そうな笑みを浮かべてそう言った。

 「一応、名乗っておく事にしようかな。僕の名前は『魔物』。君が持つその剣なら知ってるんじゃないかな?」

 「オーラフォトンビーム!」

 一瞬で構成し放った純白の光芒が敵を包む。それを見届ける前に悠人は叫んだ。

 「逃げるぞ!」

 ハリオンの手を引いて駆け出す。困惑する彼女に構わず走り続ける。

 「ユ、ユートさま? どうかしましたか〜?」

 「『求め』がおびえてる。あれは普通じゃないんだ」

 「逃げられませんよ」

 背後から声がする。同時にハリオンを突き飛ばす形で横に跳ぶ。さっきまで自分達がいた場所に魔物が剣を振り下ろす。

 「くそっ!」

 『求め』を構える。

 「なかなか、感がいいですね」

 「オーラフォトンビーム!」

 再び同じ神剣魔法を放つ。純白の光芒が一直線に突き進む。その光芒が放たれるよりも速く、魔物が動き出す。神剣魔法をかわし、こちらに突進してくる。

 (避けた・・・だと!)

 驚愕していると、魔物が剣を振り下ろす。ぎりぎりでよけたが、肩を斬られた。今すぐ命にかかわるものではなかったが、長い間ほっとけるようなものではない。

 「大丈夫ですか〜!」

 「ハリオン、下がれ! こいつは俺が相手をする!」

 ハリオンを制して『求め』から力を引き出す。

 (出し惜しみは出来ない)

 「なるほど・・・それが君の力か。確かにそれなら・・・僕を殺せるねぇっ!!」

 同時に二人が駆け出す。つま先が触れ合うほどの至近距離で真横に振られる剣を上体を前に倒しかわす。剣風が肌に触れるのを感じながら、下段から渾身の力を込めて『求め』を切り上げる。それは相手が体ごと、一回転してきた剣とぶつかり合う。

 「ははは! 楽しいじゃないか!」

 「ぐっ・・・!」

 上から押さえつけられるような格好で切り結ぶ。気を抜けばそのまま両断されそうだった。膝の力を抜き、勢いに従う。支えを失って相手がバランスを崩した隙に体制を立て直す。

 「何て身体能力なんだ・・・」

 「言ったでしょう。僕は魔物だって・・・君に殺されるために来たんだよ。だから・・・早く僕を殺しなよぉ!!」

 悠人はその言葉を聞くよりも早く後ろに跳躍していた。

 さっきまでいた地点に魔物が剣を振り下ろす。

 (神剣魔法じゃ駄目だ・・・接近するしかない)

 着地したところで構成を編み上げる。

 「コンセントレーション!」

 集中のオーラが体を包み込む。そこに魔物が剣を振り下ろしてくるが、

 (見える)

 半歩にも満たない跳躍。それでかわすと、眼前を一センチにも満たない距離で剣が通り過ぎる。その一瞬で悠人が地面を踏み抜くほどの力で懐に飛び込む。上段からオーラフォトンを上乗せした『求め』を振り下ろす。その体に無骨な『求め』の刃を喰い込ませながら『求め』から放たれる蒼い衝撃が地面をえぐり、残像を残しながら魔物の体を引き裂いた。

 その一撃に魔物が倒れ、そのまま動かなくなった。

 「ひひ、ひ・・・ははは。それでいい・・・それでいいのです」

 倒れながらもその魔物は何かを呟いていた。

 「最後にいいことを教えてあげましょう・・・この魔剣『ソウルイータ』は使い手の魂を喰って一つだけ願いを叶えるものなんです。僕が死ねば強制的に魂は喰われます。僕の願いは唯一つ、『再生』の消滅」

 血だらけの歯を見せて、力ない笑みを浮かべる。

 「これで、いい。満足だ。とても満足です――」

 「・・・」

 悠人は黙ってそれを聞いていた。既に息はない。魔物と名乗った男は死んでいた。

 「ユートさま・・・」

 振り向く。ハリオンが自分の神剣を胸の前で抱くように持っていた。

 「『声』が・・・聞こえないんです」









 「フレイムシャワー!」

 無数の火球が雨のように降り注ぐ。たった一人の相手に使うような神剣魔法ではないが、広範囲に攻撃すると言う事はそれだけ向こうの行動を制限する事が出来る。ともかく、光陰はその隙に後ろにとんだ。だん、だんっ。と後ろ向きにジャンプして砂丘の陰に隠れる。

 「はぁはぁ・・・あと、どれぐらいだ・・・」

 肩で息遣いをしながら隣にいるレッドスピリットに尋ねる。

 「あとは、コウイン様とキョウコ様だけです」

 「わかった」

 そう言って砂丘の陰から飛び出す。まだ『空虚』が戦っていた。

 飛び出した瞬間横に跳ぶ。額を何かが掠めていく。あの触手のような指だ。

 「『空虚』! 退くぞ!」

 その声に反応した『空虚』が一瞬こちらに視線を向ける。だが、そのせいで、目の前の敵から注意がそれた。無数の触手が真っ直ぐに『空虚』の体を貫いた。

 『ぐぁっ!』

 『空虚』が倒れる。傷口から血を流し、砂漠の砂に僅かな潤いを染み渡らせる。

 「急所を外したか。なかなか懸命な判断だったが、膝をつぶしたからもう立てないだろうな」

 「うおおおおおお!」

『因果』を縦に振る。魔物の腕が肉厚な刃に切り落とされる。間髪いれず刃を返して横に薙ぐ。わき腹に『因果』が深々と突き刺さる。魔物が驚愕に目を見開いて倒れる。

 『空虚』に駆け寄る。

 「『空虚』! しっかりしろ!」

 『油断・・・するな・・・あいつは、あれぐらいでは・・・死なない』

 「その通りだ。残念ながらな」

 「!」

 振り返ると、そこには無傷の魔物がいた。

 「私の能力、とでも言うのかな。いくら切られても私の体は再生するし、痛覚も無い。まあ、傷が酷ければ再生するのにも時間がかかるだろうが・・・唯一の弱点といればここかな」

 と、頭を指先でこつこつ叩くしぐさをする。

 ぞっとしながらも、冷静な部分が告げる。この敵には勝てないと。

 魔物がこちらに腕を伸ばす。弾丸のようなスピードで指が伸びて来る。それは自分の体を貫き、引き裂き、粉々にする――

 「・・・」

 突然それの動きが止まる。圧倒的な力の差を見せつけ、絶体絶命でしかない状況でそれの動きは突然止まった。

 「ん? どうやら奴が死んだようだな。これ以上は無駄か・・・よかったな。死ななくて」

 そう言って音もなく消えた。

 『ぐっ・・・『因果』の主よ・・・』

 一番酷い傷を負っていた『空虚』を見ると膝を突いた格好で苦しそうにあえいでいた。

 「大丈夫か」

 『どうやら・・・『再生』が消え、私もその影響を受けたようだ・・・もう意識を保てない・・・』

 そこまで言うと突然糸が切れたかのように倒れる。それを抱き起こす。

 「お、おい! しっかりしろ」

 「ぅ・・・」

 「今日子?」

 薄目を開けてこちらを見つめる少女の名前を呼ぶ。それに反応したのか声が返ってくる。

 「こ・・・いん」








 「ダークデストラクション!」

 黒服の男よりさらに黒い闇が男を飲み込もうとするが男は一瞬で抜け出し、こちらに突進してくる。

 「オァァァァァ!」

 黒服の男の奇声が響いた。

 直進であるかのように思えるが決して直進ではない。体を左右に振っている。奇怪な足捌きが視界に幻惑を創りだし、その腕力の力を増す。

 相手の間合いに入れば剣は邪魔だった。志貴は覚悟を決め前に駆け出す。巨木のような男の腕を、身を沈め掻い潜る。すれ違いざま、通り過ぎずに肩と背を使って相手の体を突き上げる。こちらが逃げないのを悟った黒服の男が接近するのを嫌って身を引と志貴は相手のくるぶしを狙って『欲望』を凪いだ。が、これは黒服の男が身を踊らせるように反転させてかわす。

 弾かれたかのように二人の間合いが遠ざかる。そまま反転して向き直る。黒服の男が構わず右腕を打ち込んでくる。それを体捌きでかわしながら『欲望』を相手のひじをにあわせようとするが男が腕を引くほうが速い。

 (速さでは勝負にならない――タイミングを合わせるんだ)

 自分に言い聞かせ、一歩踏み込む。

 互いが正面に向き直る。相手の出方伺うのはおろかな事だが、どうしてもそうなってしまう。

 (一撃を掻い潜り、最大威力で『欲望』を叩き込む)

 そう決意した時、

 衝撃が訪れた。

 (やられた!)

 体が放り投げだされる。痛みが五感の全てを支配し、他に何も感じられなくなる。意識を手放す感覚が襲う。動け、かわせ、ひねれ、奴が止めを刺しに来る。

 「!」

 願いがかなったのかどうかわからないが一瞬痛みが引く。その隙に立ち上がると目の前に黒服の男が迫ってきていた。『欲望』が手元に無い。どこかに落としたのだろう。全力で後退しようとするがダメージが大きすぎる。かわせない。

 志貴は目を閉じた。ダメージを負った反射神経では避けられない。拳に力を込める。今の自分にはこれしか武器が無い。『欲望』を通してバルガ・ロアーから力を引き出す。

 自分の戦闘経験の全てを引き出し体をひねる。顔面をすれすれに突風が通り過ぎていく。目を開き、腰だめに構えた拳を黒服の男の左胸へ突き出す。

 そこで、動きを止めた。そこには既に自分の神剣が深々と突き刺さっていたからだ。『欲望』の柄をつたって血があふれている。

 「勝負はすでについていた」

 よろよろと腕をこちらに伸ばしてくる。先ほどまでの速さは微塵にも感じられずそれを後ろに後退してかわす。腕が空を切り、黒服の男が倒れる。

 (無意識のうちに、突き立てたのか・・・)

 「かわせない・・・あれをかわせるものはいない・・・これが、あれの『後継者』か」

 「そうだ・・・だが、彼は全てを後継したわけではない」

 その声に振り返る。フェイだった。

 「何であんたがここにいる」

 「いやなに、キロノキロの様子を見てきた。その帰りだ・・・あそこもここと同じような雰囲気だったよ。誰も生きてはいなかった」

 いつの間に――と思うがやめた。いまさらこの人物を疑うのは意味が無い。今まで不自然なところはいくつもあった。

 「ふ、・・・ふふ」

 くぐもった笑い声がする。黒服の男だ。驚いた事にまだ息があった。

 「なるほど・・・神の使いか・・・なら私たちに勝ち目は初めから無かったのかもな・・・来るがいい世界が絶望する場所に!」

 そして黒服の男は絶命した。フェイがそれを一瞥してこちらに向き直る。

 「志貴君、これと同じような敵がデオドガン、イースペリアに確認されている。イースペリアのほうは『求め』の使い手が倒してくれたが、そのせいで『再生』の剣が消滅した。その時に大陸にある神剣の殆どが精神を『再生』に飲み込まれた。時間はもう無い・・・いや、まだ数日はあるが逆を言えばその間まで何もできないと言う事だ」

 まくし立てるフェイの話を聞いて、

 「? ちょ、ちょっと待ってくれ。何がなんだか・・・」

 「バルガ・ロアー。この大陸では絶望の象徴だそうだ。そこで全てが終わる・・・数百年にわたる大陸解放の詩が」








あとがき
 どうも作者です。なんていうか、いきなりマロリガンでいきなり魔物ですか・・・展開速すぎて作者がついて行けないです。
 この作品もそろそろクライマックスっぽいですね・・・長かったような、短かったような。
 まだ完結してないのに何を言っているんだかと、自分に突っ込んでしまう辺りあとがきは寂しいですね・・・
 いっそ次回予告なんてのもやってみようかなぁ。なんて思ったり、シーンタイトルをつけてみたりとか、考えたりしていたりするのですけど、話の途中でいきなり変わったりするのも変な感じがするのでやめておきます。
 では、次回作に会いましょう。

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