彼と別れた最後の日、彼が最後に言った言葉を今でも思い出せる――馬鹿げた妄想だった。あの時自分はまだ子供だったというのに・・・覚えているはずが無いということを覚えている。
だが、確信を持って言えた。今の自分は彼に怒りを覚えていて、その瞳で見据える世界はあまりにも美しかった。吸い込まれそうな澄んだ空、緑萌える大地、風にまぎれて聞こえる木々のざわめき、白く輝く太陽。その全てがあまりにも美しすぎた。それだけに今の自分が酷く醜く感じられた。
小さくため息をつく。最近ため息が増えたと思う。良く無い事だと何度も注意しているのだが――息をつくと言うよりは生気を吸い尽くされるように、ため息の数が増えていた。
誰の目から見ても明らかだった。自分は病んでいる。最近は睡眠時間を殆ど取っていない。自分の神剣を抱え、ベッドの隅で朝日が昇るのを待つ事が多くなった。最初は悲しんだのかもしれない。だが、自分はその感情に感謝した。悲しみは終わってないのかもしれないが、それでも構わない。祈る事ができるのなら、神に祈る事に意味があるのならそれでも構わない。
彼女達は死んだ。自分が処刑した。そのマナを全て自分の中に取り込んだ。理由など知らない。彼女達でなければいけない理由など無かったのかもしれない。だけど、気づいたらこうなっていた。彼女達と別れた最後の日、彼女達が言った言葉を今でも思い出せる――今度は馬鹿げた妄想ではない。ただ一言、本当に一言だった・・・
あの時、自分の瞳は何も映していなかった。
5本目の神剣〜覚醒〜
ぎぃんっ!――鋭い音が響き渡った。腕に伝わる衝撃も苦痛にはならない。遠野志貴はその事に感謝した。
(力は落ちているはずなのに・・・これならいけるか!?)
無言で目の前に対峙しているスピリットを見る。髪を短く整えたレッド・スピリット。それが後ろに弾かれ驚愕する。
「バーンライトのエトランジェ!」
志貴は後ろに倒れているスピリットを庇うように位置を取る。
(いや・・・確実に今の俺よりあいつは強いはずだ)
両手で神剣を構えなおす。相手は一人だが、いつ邪魔が入るかはわからない。それに早くしないと後ろで倒れているスピリットが危ない。
ちらっと、後ろを見やる。スピリットは今も苦しそうに荒い息継ぎをしていた。所々皮膚が炭化していて致命傷ではないにしろ危ないのに変わりはない。
「ネリー達はこいつに・・・」
感情を押し殺した声でレッド・スピリットが言う。
「あなた、名前は?」
「遠野・・・志貴・・・」
「そう」
あまり気にした様子もなくそう言うと先を続ける。
「あなたは自分が殺したスピリットの名前を知っているの?」
「いや、知らない。知ろうとも思わなかったし、知ったとしても関係ない・・・それはお互い様だろう?」
うめくように呟く。レッド・スピリットは軽く頷き肯定する。
「戦争だから・・・死んだのはあの娘達の責任よ。それでもね、あだ討じゃないけど、あなたはここで私と戦わなければならない。そうしなければ私はなんの迷いも無くあなたの後ろのスピリットを殺す」
「そしたら俺がお前を後ろからでも斬る」
ふっ、とレッド・スピリットは短く笑い、次の瞬間には飛び出してきた――
「始まったようね」
それを聞いた他の面々が腰を上げる。この場にいるのは自分――リュミエール、アルエット、サラ、エリ、ジュリ、ユリ、エメラダ・・・つまり志貴を除いた第一部隊のメンバーだった。
「あまり時間がない。急ぎましょ」
今自分たちはサモドアとラセリオを繋ぐ坑道の前にいる。坑道は依然封鎖されたままだが、別に坑道の中を通るわけではない。多少遠回りになるが坑道の上を通る事が出来る。自分達以外の神剣の気配も感じなかった。盲点だと言えた。
(不思議ね・・・坑道の中を通らないといってもここまで何も無いなんて)
ラキオスとサモドアはこの坑道を通じて目と鼻の先にある。途中ラセリオを挟んでだが、ラセリオ自体が強固な要塞で無い限り突破は簡単だった。そして、その先はすぐラキオスだった。彼らが守らなければいけない最大にして最後の砦。なのにそれに近づいている自分達になんの警戒も無い。
(・・・守られている? 何に?)
判然としないまま歩き続ける。
(あの人・・・フェイだったかしら? タイミングが良すぎる)
そこでふと視界が暗くなった。どうやらぼんやりし過ぎていたみたいだ。サラが不思議そうに顔を覗き込んでいる。
「リュミちゃんどうしたの?」
「えっ、あ・・・何か不気味なくらい静かだなって思って」
「?・・・そう言えばそうね。もしかしたら全員出払っちゃっているのかもね」
(・・・そういうものかしら)
内心呟くが考えても仕方の無い事だった。目的を達成してさっさと帰ろうという結論に達し、歩く足に力を込める。
斜めに振り下ろされる神剣を刀身で受ける。先ほどより強い衝撃が腕に伝わるが志貴は半歩左足を後ろにずらし耐える。残された右足を払おうとレッド・スピリットが再度神剣を翻すが、それは足を上げてかわした。反撃をしたかったが、相手の技量が高いため中々攻め手に回れなかった。反撃をしなかったので安心したのかレッド・スピリットはすぐさま三度目の攻撃を放った。真横のなぎ払いが来る。
志貴は即座に反応した。いつまでも守勢に回っているわけにも行かないし、相手の技量を考えれば出来るものでもない。
「はぁっ!」
短く息をはき、相手の打ち出すところを見極め、相手の手元を狙って神剣を振り下ろした。一瞬激しく交錯し――
「うっ!」
レッド・スピリットがうめき声を上げる。手に持っていた神剣が地面に落ちる――彼女の手と一緒に。
「ああああ!」
悲鳴を上げてうずくまる。これでこのレッド・スピリットは戦えなくなるだろう。
(うまくいった)
冷や汗を感じながら独りごちる。正面から相対していれば間違いなく負けていただろう。だが、こちらの狙ってくる部位さえ分かっていれば相手の技量など関係ない。後は正確な打ち込みと、思い切りだけだった。
技量の上の相手と戦う時は不意でも突かなきゃ勝つことなんて出来ない。以前自分に剣を教えてくれた人物が言っていた言葉を思い出す。
(まさか先生の教えがこんな所で役に立つなんて・・・さすがに同じ事はしたくないが)
レッド・スピリットに背を向け、倒れているスピリットに近寄り、膝を突く。スピリットは薄目を開け、不安そうな顔をしている。もっとも、そう感じただけで、彼女が本当にそう思っているかはわからないが・・・
傷は殆ど焼かれて塞がっていた。皮膚が焼かれているため止血の手間もかからない。問題なのは火傷のほうだった。医学の知識は無かったが、素人が見ても酷かった。とりあえずオーラフォトンをスピリットの全身を包むように展開させる。効くかどうか分からないが何もやらないよりはいい。
「うぅ・・・」
スピリットがうめくが、暫く続けるとスピリットの呼吸が安定してきた。外見はあまり回復したようには見えないが恐らく大丈夫だろう。立ち上がろうとした時後ろから、つまりレッド・スピリットのいる方から声がした。
「ヒミカ!」
「大丈夫ですか?」
血だまりの中にいるレッド・スピリット――ヒミカに仮面を被ったブラック・スピリットと以前見た事のあるグリーン・スピリットが駆け寄るのが見えた。
「ハリオン! ヒミカをお願い!」
状況を把握したブラック・スピリットがヒミカを庇うように前に出る。ちょうどさっきと反対の形になる。
「はい、任せてください!」
言われるより早くハリオンは回復の構成を展開していた。
「リヴァイヴ〜!」
柔らかな詠唱とともに神剣魔法が発動する。淡い緑色の光がヒミカを包み込み、時間を逆回しにするように失われたマナが満たされていく。同時に切り落とされた手も再構成される。
「・・・再生の魔法か・・・だが、暫くは神剣を持つ事はできないはずだ。神剣魔法じゃ、失われた血液までは補充できないからな」
「ハリオン、ヒミカを下がらせて・・・」
言われてハリオンはすぐヒミカをつれて下がった。ちらっと後ろを見やる。回復しきってないのだろう、スピリットは倒れたまま動こうとしない。また最初と同じ形に戻ってしまう。視線をグリーン・スピリットからブラック・スピリットに向ける。仮面の向こうから貫くような鋭い視線が突き刺さる。
(酷い嫌われようだな)
好かれたいとも思わないが、と胸中で付け足す。無言でブラック・スピリットが構える。志貴にも馴染みが深い独特の構えだった。鞘から刀を抜くのではなく左手で鞘を掴み親指で鉤口を押さえている。柄の部分に右手を当てたまま抜こうとはしない。居合いと呼ばれる構えだった。
「・・・始める前に君の名前を聞いておきたい」
「?」
わけが分からないと言ったようにブラック・スピリットが眉根を寄せる。だが、勝手に理解したらしい。短く答える。
「・・・ファーレーン」
そして素早く斬りかかってきた。神剣の軌跡を追い、受け止める。
上方から、左右からファーレーンの流れるような切りかえしが数度続く。それらを全て受ける事はできず、二、三回は明らかに大きく後ろに後退して避けた。
(速いっ・・・!)
神剣のせいじゃない。ファーレーンの剣技は自分のそれを上回っていた。そして相手の剣よりも見えたのは足だった。地面をこすりながら素早く這うような足裁きだった。剣裁きが見えるはずも無く感だけで受ける。
「ヒミカを退けたのがその程度の腕ですか!」
――ぎぃん!
激しく振りぬかれたその一撃を受け止めそこね倒れる。次いで誰かに圧し掛かられ肩に衝撃が走る。きな臭い血の匂い。痛い。痛い。
「がぁっ!」
目を開けると視線があった。痛みで顔をしかめる。ファーレーンはそれ以上何かをする様子も無かったが、体はしっかりと押さえ込まれていた。身じろぎも出来ず仮面の奥にある瞳だけが見える。いやな目だった。
(まただ、またその目だ)
自分を今まで支えてくれたバーンライトのスピリット達、初めて殺したスピリット達、敵同士になったかつての友人、敵討ちとばかりに殺し合いを吹っかけてくるスピリット、そして今自分の上にいるスピリット。まだ、まだもっと沢山のこれと同じものを見てきた。
(なんで・・・どうしてそんな目で俺を見るんだ)
『きっと私を超えられるのはあなただけ・・・私を継ぐ人がいるのなら、それは、きっとあなたね・・・』
昔先生が突然こんな事を言っていた。練習生が帰った後で二人の時にだ。先生は自分にとって突然だった。前触れも無く現れて自分達に剣を教えてくれた。段位はおろか級すらなかった。誰も先生の事を知らなかった。だけど、先生のあの強さには誰も勝てなかった。勝てるはずがない。
何故今になってこんな事を思い出したのか分からないが、あの時の先生の目だけは忘れられなかった。いつも何も見ていないようで全てを見透かしているようだった。遠いようで近い、絶望を知っているが決して絶望していない。寂しい人だった。だけど、あの時だけは少し違っていた。
(先生・・・あんたは俺に何をさせたかったんだ・・・!)
『それは・・・違う』
(!)
懐かしい感覚。心に直接語りかけるような感覚。
『彼女は伝えただけ、自分の後継になる者に、それをどうするかはあなたの自由』
そして気づく。自分が懐かしい場所にいた。前に一度だけ『閃光』と契約を交わした時に来た事がある。永遠神剣達の世界。
「先生を知っているのか?」
『彼女は私の最初の契約者』
「・・・」
唖然としているとまた声がする。
『全てを継承しなさい。私の全てを受け入れなさい』
声に導かれ手を伸ばす。声はまだ響く。
『私の名は『欲望』。バルガ・ロアーから生まれた階位無き永遠神剣。力の代償に私の欲をあなたに満たしてもらう』
手が触れる。力が伝わる。大きすぎる力だ。制御を必要としていた。自分という抑止力を、声がまた聞こえる。
『力を必要とするならいつでも呼びなさい。彼女の後継者』
「貴方を、殺します!」
「・・・っ!」
全ては一瞬の出来事だった。一気に現実世界に引き戻される。そのせいで視界が暗転するがそれも一瞬で終わる。知覚の拡大とともに自分が置かれている状況を瞬時に理解した。一瞬先の死の宣告。
「死ねるか!?」
瞬間。自分とファーレーンの間の空間が膨れ上がる。その勢い押され、ファーレーンが後ろに押し返された。ウイングハイロウを使って空中で体制を整えると数メートル後ろに着地した。突然の事に驚愕している。
「な、何!?」
(すごい力だ・・・これを制御しないといけないのか・・・)
意識せずとも膨大な情報が頭の中に入ってくる。味方、敵、小動物、微生物、周りの草や木などの意志無き命までも、ありとあらゆるこの大陸の情報が頭の中に入ってくる。正直、頭がおかしくなりそうだった。頭にノイズが走ったような感覚に襲われる。長くは持ちそうに無かった。
掌を前方にかざす。『欲望』のあとを追うように詠唱を始める。
『闇よ全てを飲み込む破壊のあぎととなれ』
「・・・闇よ、全てを・・・飲み込む・・・、破壊のあぎとと、なれ」
『欲望』を通して禍々しい力が全身に伝わる。あとは呪文を唱えこの力を解放するだけ、それだけでこの苦しみから逃れられる。目をきつく閉じ、体中にめぐる破壊の力を一気に解放させる。
「ダークデストラクション!」
ぬるっとした感触を残し、体から力が抜けていく。悪寒を覚えながらも苦痛はもう既に感じなくなっていた。『欲望』が語りかけてくる。
『力を必要とするならいつでも私を呼びなさい』
『欲望』の意識が遠くなるが志貴にはありがたかった。これ以上『欲望』と繋がっていたら気がおかしくなってしまう。
「・・・」
既に神剣魔法の効果は終わっていた。周りに破壊の後があるわけでもない先ほどと同じ光景が広がっていた。これもまた先ほどと同じ場所でファーレーンが倒れていた。周りには誰もいなかった。ハリオンの姿も見えない。恐らくヒミカを安全な場所まで運びに行ったのであろう。仕方なく倒れているファーレーンに近づく。
(・・・酷いな)
自分でやった事とはいえ、そう思わざるを得なかった。両手両足はあらぬ方向に折れ曲がっており、腹部を見ると異様に盛り上がっていた。恐らく内臓が破裂しているのだろう。こんな状態でもまだ息があった。
無言でオーラフォトンを展開する。異常なほどまでに強化された回復効果を持ったそれは少しずつだが、ファーレーンの顔に生気を取り戻させた。
『癒すのですか?』
「殺して、殺されてじゃいつまでも終わらないからな」
『欲望』の質問に答える。頭痛は起きなかった。どうやらバルガ・ロアーというのから力を引き出さない限りは平気らしい。
『どうするのですか?』
「・・・」
どうする・・・自分はこのスピリットをどうしたいのか。敵であるスピリットを癒してどうするのか。癒せばまた敵になってかかってくるであろう。敵であるのだから。なら、何故? こんな事に意味があるのか、無いのか――いや、違う。自分はこのスピリットを殺したくない。死なせたくない。だから癒す。敵とか味方とか関係なく、殺したくない。だから癒す・・・それでいい。
「・・・連れて行く」
自分が言った事をもう一度頭の中で繰り返す。そしてその意味をもう一度再認識した。
(連れて行く!? 俺は何を言っているんだ!? 癒したならほっとけばいいじゃないか。そのうち仲間が連れてかえるだろ!? そこまでする義理は無いだろうが!)
思考が自分の言った事を否定していた。それを思いながらもう一度考える。やはり思考は拒否してきた。
「俺は、馬鹿だな」
そこまで考えると体は動いていた。骨の状態を調べてみる。調べるといっても関節が正しく曲るかどうかといったその程度のことだった。骨が繋がっているのを確認すると上体を起こし、肩に担ぐように持ち上げる。最初に癒したスピリットがいる場所まで移動し、それも担いで一旦陣まで下がる事にした。
ラセリオの兵士詰め所でサラはつまらなそうにしていた。警戒していたラキオスのスピリットがいなかったからだ。戦闘が無いにこした事は無いが、何も無いのは彼女にとって退屈なだけだった。
「こんなんじゃ拍子抜けしちゃうわね・・・エメちゃん、そっちは片付いた?」
そう言ってサラはエメラダのほうを見た。ちょうど人間の兵士をロープで縛ったところだった。
「目標は沈黙。ただ・・・」
とそこで突然黙り込む。
「どうしたの?」
「・・・少々やりすぎたようです」
エメラダが顔を赤らめる。見ると、人間の兵士の顔が潰れていた。顔面の骨が多少砕けているせいだろう。鼻が横に曲っているし、歯も何本か折れたり抜けたりしていた。涙と鼻水のせいで顔がさらにぐちゃぐちゃになっていた。何か意味不明なことをわめき散らしていた。一言で言えば悲惨だった。
「あ〜全然大丈夫よ、それくらい。向こうではもっとすごい事になっていたから」
サラが後ろを指しながら言う。
「すごい・・・ですか?」
「うん。聞きたい?」
笑顔でそう言うサラに一瞬怪しい何かがよぎった気がして、エメラダは必死で首を横にぶんぶんと振る。
「うんうん。世の中には知らないほうが言い事もあるんだよね。さ、行こっか」
鼻歌を歌いながらサラが去っていく。その先はサラが指差した方向とは反対だった。
「ぎぃやあぁぁぁぁああぁぁあぁああ!」
「っ!」
エメラダが行きかけた時、突然後ろから悲鳴が聞こえる。突然の事に一瞬体がすくむ。見てはいけないと分かっていながらも、恐る恐る後ろを見やる。
「!!!!!!!!!」
『それ』を見た瞬間頭の中の全てが真っ白になってしまった。ただ頭の中で理解している部分があった。それを実行するのは簡単だ。後ろを見ずに足を動かせばいい。ただひたすらに動かすだけ、難しい事じゃない。次の瞬間にはエメラダは脱兎のごとくでラセリオから逃げ出した。
「ふふ・・・」
その姿をサラは指を唇にあて、まるで猫が新しい獲物見つけたような眼差しで見つめていた。
「可愛いのね」
エメラダを追うようにサラもラセリオから出ていく。ラキオスまで目と鼻の先だった。
「でえぇぇぇぇい!」
『求め』を真っ直ぐに振り下ろす。
「甘い!」
フェイが鉄線で振り下ろされる『求め』を弾く。軽い動きの割に強い衝撃を受けて狙いが外れる。溢れるようなオーラフォトンが衝撃波になって地面をえぐりながら走った。
「くっ・・・こいつ!」
「口を動かす暇が今の君にあるとは思えないが?」
「ただの人間のくせに!」
すっ、とフェイが目の前に現れる。聞こえるか聞こえないかの声で何かを呟き掌を突き出す。それが腹筋にあたった瞬間弾かれたように後ろに飛ばされた。
「同じ事を・・・!」
「口を動かす暇はないといったはずだが?」
着地したところに正面からまわし蹴りを入れられる。障壁を張ったかがその障壁ごと吹き飛ばされる。
「桜花煉獄双打蹴(今考えた)!」
技名はともかく、両手両足を使っての激しい乱舞。それは悠人が吹き飛ばされてから地面に着く僅かの間の出来事だった。障壁越しに衝撃が体を貫いた。一瞬の出来事に何が起こったのか理解できなかった。
(何が、起こったんだ!? こいつは・・・一体・・・)
理解できるはずが無い。これの存在は理解に当てはまらないのだから。そう直感した。
「あれを受けてまだ立てるとは・・・なるほど、あれだけのマナを喰えばそれも可能か・・・自らカルマを背負ってまでする事とは思えんな」
「何を・・・わけの分からない事を!」
威嚇するように『求め』を構える。
「よく考えたまえ。君は怒りに身を任せて周りが見えなくなっている。それでは――」
フェイが言い終わるよりも早く悠人が割って入る。
「俺は間違って無い!」
「・・・そうか、なら仕方ない」
ゆったりとした動作で構える。
「神剣などに運命を狂わされるとは・・・哀れだな」
「マナよ、光の奔流となれ! 彼の者を包み究極の破壊を与えよ!」
『求め』の力を全て解放する。純粋な破壊の力が一点に収束される。
悠人は歓喜していた。その構成に圧倒的な力を感じる。それを使って目の前の男を殺す事が出来る事に。だが、フェイは動じる事も無く言う。
「それでは・・・」
力が臨界点を向かえる。呪文を唱え発動させる。
「オーラフォトンノヴァ!」
「私は殺せない」
フェイがまた何かを呟く。すると編み上げた神剣魔法の構成が一気に霧散する。力として汲んだマナが空気中に放出され、再びマナへと還元される。悠人が舌打ちする。
「駄目なら・・・直接!」
だっ、と飛びし振り下ろした『求め』があっさりフェイの体に吸い込まれていく。
「やった!・・・っ!」
瞬間。フェイの体が霧散して消えた。次いで背後から人の気配がする。振り向きながら『求め』を横に振るとさっきと同じようにフェイの体に『求め』が吸い込まれ、霧散した。
(違う・・・落ち着け、こいつはただの敵じゃない・・・集中するんだ・・・)
焦る気持ちを抑え集中のオーラを展開する。今まで感じられなかった敵の動きが見えるようになった。少しはなれたところにフェイが何か唱えているのを見つける。すかさず神剣魔法を発動させる。
「見つけた! オーラフォトンビーム!」
「何!?」
光の渦がフェイを捕らえた。光は爆発し、火柱を上げてやがて霧散する。爆発の中心にフェイが体中から血を流しながら膝をついている。
「ちぃっ!・・・私としたことが・・・少し見くびっていたようだ」
そう言って立ち上がる。自分が受けた傷などものともしないといった風に立ち上がる。その様子を見て悠人は口の端が釣りあがるのを押さえられなかった。
「無理するなよ、立っているのがやっとのはずだ」
「ふっ、たかがエトランジェにそんな事を言われるとはな・・・」
そこで区切り、悠人を見る。氷のような冷たさで、突き刺すように言う。
「・・・殺すぞ」
「まったく・・・馬鹿なのにも程があるわよ」
リュミエールがたった今切り伏せた人間の兵士を見下すように言う。
「どいつもこいつもレスティーナレスティーナ、こんなことしてたら皆本当に死ぬわよ」
今さっきまで生きていた人間をまたぎ通る。城を攻めているのにスピリットが来ないと言う事は本当にいないのだろう。ただの一人も。
「まあ、楽なのに越した事は無いんだけどね・・・」
曲がり角を曲ろうとしたところに横から何か鋭いものが振り下ろされるのが見えた。上体を軽くずらして振り下ろされた剣を避ける。目の前を風が切る音がし、通り過ぎる。前につんのめった人間の兵士の首を『弘誓』でなでる。
ごとり――妙にはっきりとその音を聞いた後に体が支えを無くしたかのように崩れ落ちる。
「こっちね」
血だまりの上を気にする事も無く通る。靴が水を撥ねるようにぴちゃぴちゃと音を立てる。目的地がどこかは分からないが、馬鹿正直な人間の兵士がいちいち道の前で待ち構えてくれるので迷う事は無かった。
(サラとエメラダが王と王妃を殺して、アルエットがエーテル変換施設を破壊、エリたちが街で陽動をかける。レスティーナとタカミネカオリを私が生きたまま捕らえる・・・レスティーナは利用価値があるけど、カオリは何なの?)
レスティーナ・ダイ・ラキオスは人間、スピリット関係なく人望が厚いと大陸で知らないものはいないと言っても過言ではない。少なくとも自分の耳には届いている。政治の世界でもその手腕は大したものである。若く、聡明で美しい姫は全ての者のアイドルなのだ。
だが、タカミネカオリは何なのか? 誰にとって必要で、誰によって求められるのか。顔も知らないこの少女にリュミエールは少なからず興味を持っていた。
(・・・それにしてもなかなか見つからないわね)
もうどれぐらい同じ事を続けているか分からない。部屋に誰もいないのを確認して隣の部屋を見に行く。この時、一度明けた扉は閉じない事にしている。部屋が多すぎて何処を見たのか忘れてしまうからだ。ついでに後ろから斬りかかって来た兵士に振り向きざまに神剣を振う。兵士の体はあっさりと上と下に両断され崩れ落ちる。
「・・・馬鹿ね」
短く呟き、隣の部屋の扉を開ける。部屋はそれまでと大して変わらない客間であった。違うのはそこに生活の空気を感じたことだ。部屋の隅、扉からはちょうど死角になる所にエリ達と同じくらいか少し上のか弱そうな印象の少女がいた。それと視線が合い――
「きゃああああああああ!」
叫び声がした。
「?」
『リュミ、自分の姿をよく見ろ』
『弘誓』に言われ自分の体を見回す。
(・・・あ、なるほど)
自分の姿を見て納得した。ここまで来るのにかなりの返り血を浴びていたようだ。自分がレッドスピリットと言う事もあるが、それ以上にペンキを頭から被ったのかと思うぐらい全身が赤かった。服が血でべちゃべちゃになっている。とりあえず少女のそばに歩み寄り、目線を同じにして話をする。ただならぬ気配を感じたのだろう。少女からか弱さが消え、何か決意した様子が伺えた。
「落ち着いて聞いてね。私の名前はリュミエール・レッドスピリット。あなたは?」
「た、高嶺香織です」
「そう。カオリちゃん、今ラキオスは敵の攻撃を受けているわ。私は今からあなたとレスティーナ王女様を連れて逃げるために、隊長から命令を受けて来たんだけど何処にいるか分かる?」
「お兄ちゃんから!?」
少女が驚く。それに頷きながら答える。
「そう。だからとても急いでいるの!」
「私が案内します。こっちです!」
言うと、少女が部屋を飛び出す。悲鳴はあがらなかった。死体が見えていなかったのだろうと思ったが違うことにすぐ気づく。扉の前は既に血だまりが出来ておりすぐに目に付くはずだったからだ。カオリが近くの部屋の前に止まってドアを叩いていた。レスティーナの部屋らしく、中からレスティーナが出てきた。
(あの娘、意外と根性あるじゃない)
普通の人間だったらパニックに陥るところだろう。賞賛は胸の中に留めておく事にした。レスティーナがカオリをともなって近づく。
「なかなかの手際ですね」
厳しい目つきだった。後ろの惨状を見ながら言う。
「時間が惜しいですから」
こちらも笑顔で答える。
「予想はつきますが、何処の所属ですか」
異状を察したのだろう。カオリが信じられないといった面持ちでこちらを見る。
「バーンライト王国スピリット隊第一部隊所属、リュミエール・レッドスピリット」
「そんな!」
カオリは声を振り絞って叫んでいた。
「じゃあ、リュミエールさんは私たちを連れ出すためにこんな酷い事したんですか!?」
表情を一変させたカオリにリュミエールは肩をすくめた。彼女が何かを言う前に言う。
「それは違うわね。彼らが死んだのは彼らの意思よ。私のせいでもないし、あなたたちのせいでもないわ。そんな事思うのは傲慢だし死んだ者達への冒涜よ」
「でも・・・」
「ストップ! 時間が無いって言ったでしょ。あなた達が来てくれれば少なくともラキオスとバーンライトの戦争は終わるんだからついてきてもらうわよ」
何か言いかけたカオリを手で制して言う。
「わかりました・・・これ以上無駄な血が流れないと言うなら従いましょう」
「そ。ありがとう・・・出口はこっちしかないのかしら? 出来れば他の道を希望するんだけど」
後ろを指しながら言う。自分は平気だが、二人は耐えられないだろう。レスティーナが進み出る。
「こちらです」
リュミエールは黙ってそれに従った。暫くの沈黙の後にリュミエールがうめくように呟いた。
「・・・怨んでも・・・いいのよ」
「え?」
反応したのはカオリだけだった。レスティーナは黙ったまま歩き続ける。
「本当は殺す必要なんてなかったんだから。私たちスピリットが人間と戦えばどうなるかなんて目に見えていたわ・・・死んだのは彼らの意思だったけど、殺したのは私の意志よ。だから怨んでもいいの」
顔だけをカオリに向けて言う。自分はどんな顔をしているか分からない。きっと情けない顔だろう。
「私が受けた命令は二人を連れです事だけで殺しは入ってなかったわ。私は暴走してしまったの。自分が制御できなかった。神剣に溺れてしまった」
自嘲気味に言う。だが、
「でも、それは仕方のないことなんだと思います。リュミエールさんはいっぱい戦ってきて傷ついて、悲しい思いを沢山してきたから・・・自分を大事に出来なかったから・・・」
それをカオリが否定とも肯定ともつかない返事をする。カオリはそれ以上上手く言えずそこで黙ってしまう。リュミエールはありがとうと言って、でもねと付け足す。
「あの人はきっと泣く、涙は見せなくても自分のせいだって思いつめる。私以上に自分を傷つける。だから本当は知られたくないんだけど――」
そこで全身血まみれの体を見ておどけたように言う。
「これじゃバレちゃうわね」
「リュミエールさん・・・」
その様子をレスティーナはただ黙って聞いていた。会話もそこで終わる。と、道もそこで終わっていた。外の光が見える。
「ここが出口です」
どうやら勝手口みたいな物なのだろう。それほど大きくない扉をくぐるとそこは確かに外だった。森に囲まれて周囲の様子が伺えない。
(脱出するにはうってつけね)
「少しここで待って」
打ち合わせ通り神剣の反応を強くする。暫くするとサラとアルエットが来た。
「リュミ、この方達ですか」
アルエットが二人を見ながら言う。それに頷き、
「ええ。アルエット、サラ。二人をよろしくね」
「分かりました。リュミも早くここを離れてね。エリ達はもう撤退を始めたから」
アルエットとサラがウイング・ハイロウをひろげる。それぞれにレスティーナとカオリを抱え飛び立った。残っているのは自分だけだった。
「帰りましょう。私たちの家に・・・」
誰にともなしに言ってからリュミエールは駆け出した。
リュミエールが戻った時には戦争は終わっていた。ラキオスと言う国が無くなった以上はラキオスのスピリット隊に戦う意味は無く、バーンライトにもラキオスが責めてこないのなら戦い続ける意味は無い。結果的にはラキオスという国が無くなってバーンライトの勝利と言う形で終わったが、それを素直に喜ぶ事ができなかった。
「イースぺリアに行くんだってな」
志貴は野営地から少しはなれたところで座っている男に話しかけた。
「! お前っ、遠野!?・・・何しに来たんだよ」
「何って、お前こそこんなところで何してんだよ。隊長なんだろ。皆の所にいてやれよ」
悠人が肩越しに見やる。皆憔悴しきっていた。会話も無く、ただじっと座っていた。もし自分と同じものが見えていたらそう思うだろう。悠人が呟く。
「・・・あそこに俺の居場所はもうないからな」
嘆息する。そして悠人の隣に座る。
「イースペリアは・・・」
「ん?」
遠野が聞き返すが悠人は構わず続ける。
「イースペリアはいい所だってさ。俺は、またエトランジェとしていく事になるけど、ラキオスのような国ではないらしいから、少し安心しているんだ」
「・・・」
悠人の言葉を聞く。エトランジェとしての悠人を望むと言う事は戦うための力を欲していると言うことでもある。
(それでもラキオスよりかはまし・・・か)
暫くお互いの近況を話し、話す事も無くなると志貴は立ち上がった。元々長居をするつもりは無かった。立ち去る前に大事な事を思いだし、告げる。
「悠人」
「なんだ?」
「実はな、ファーレーンって言うスピリットを預かっているんだが・・・」
それを聞いた途端悠人が身を乗り出して聞く。
「本当か!?」
「ああ、だけど暫くは返せないと思う。彼女の傷が思ったより酷くて動かせるような状態じゃないんだ。それに・・・軍のお偉いさん方はお前達がまた敵になった時の事を考えてるんだよ」
「それって・・・人質って事なのか?」
悠人がうめくように呟く。志貴は無言で頷き、それに付け足す。
「しかも戦力としても考えている・・・傷が治ればそうなるのは避けられない」
「・・・」
悠人の表情が一気に曇る。とりあえず何か言って安心させようと言葉を捜す。
「あー、あれだ。彼女は十分強いし、傷のほうがまだ直ってないって言っておけば当分は平気だろうし・・・まぁ・・・何だ、守ってやるからさ。そんなに落ち込むなよ」
頭をかきながら言う。一応安心したのか悠人が礼を言った。
「ありがとう。ファーレーンにはニムントールっていう・・・妹みたいなのがいるんだが、生きてるってわればきっと喜ぶと思う」
「そうか・・・俺が言いたかったのはそれだけだ・・・じゃあな、死ぬなよ」
今度こそ本当にその場から立ち去った。見送りの言葉もなく。黄昏の中に溶け込むように・・・
あとがき
ラキオス編か・ん・け・つ! だーーーーーーー!
「作者殿、今回は随分と長くなりましたね」
おお! レスティーナさんではないですか。ええこれには深いわけがありまして・・・実は最近自分の文章構成が雑になってきたなーと、かんじたもんですから気合入れたらこんなに長くなってしまったんですよ。はっはっはっ!
「深いといっておきながらあまり深くないのですね」
そこ! あまり突っ込まない!
「そのわりには私の出番が少ない気がするのですけど・・・」
うーん。レスティーナは作者には絡ませにくいキャラなんで・・・というより、死んじゃっても平気な人だったんですよね。他の人に役をまわせばいいし・・・
「酷っ! あれだけ殺しておいてまだ殺すのですか!?」
作者的にはまだまだ序の口なわけで・・・
「鬼! 悪魔! 人でなし! ヨフアル食べさせろ!」
鬼でもないし、悪魔でもないし、人でなしでもない! 作者だって! ほらお金あげるからヨフアル買いに行け。
・・・まったく、作者泣かせな奴ばかりで困ってしまうよ。ホント。
実はお知らせしたい事があります。作者は最近ある大きな間違いに気づいてしまいました。キャラクターの設定がおかしかったのです。以前にも指摘があったんですけど、それよりももっと根本的な間違いをしていたので訂正を下に。
キャラ設定・訂正版
エリ・ブルースピリット・・・神剣『童蒙』
ユリ・グリーンスピリット・・・神剣『黙許』
と、言うわけでいまさらながら読者の皆様すみませんでした(ぺこり)。
スキル
・ダークデストラクション
覚醒した志貴が使えるサポート用スキル。闇のあぎとが敵を飲み込む。中がどうなっているのかは誰もわからない。バルガ・ロアーから送られる力は絶大であり、その力を純粋な破壊の力だけに向ける事は全ての消滅を意味する。ファーレーンが生き残れたのは志貴がまだ完全に使いこなせていなかったから。