作者のページに戻る

 暗い部屋、といっても室内には明かりが灯されている。ただ、光量が足りないのだろう。夜の帳が辺りを包んでいた。そこに誰かがいた。

「ふむ。『彼』は消えたか」

 年のころ二十歳かそこらだろう。部屋に一人髪の長い麗人がそうつぶやく。言葉以上に意味は無い。ただ事実を口にしただけだった。

 だが、言葉を発するのも久しぶりだった。

 「やはり私の見る目は確かだったな。彼は確実に私の「眼」に映らない未来を進んでいる」

 そしてまた黙る。まるで誰かに見つからないまいとするかのように。

 (だが、このままでは恐らく彼は死ぬだろう。そうしてしまえば全ては意味の無い時系列に戻されてしまう・・・)

 そこまで考えて音も無く立ち上がる。

 「ふふ。やはり旧知の友の頼みとあっては放って置くわけにはいかないな。それに、私もそろそろ隠居は飽きた」

 そこまで言ってはっと息を呑む。何かを思い出したのだろう形の整った眉根をよせ、ううむ。とうなる。

 「恐らく彼らも黙ってはいるまい。彼らは嫌いだが・・・まあ、いいだろう。私が加われば秩序と混沌が来たところでどうにでもなるまいよ」

 麗人はそういうと何かをぶつぶつとつぶやき始める。やがて部屋の闇を食い尽くすように眩しいくらいの光が射す。



5本目の神剣〜突然の訪問者〜



 日が高く昇り、そろそろ昼時になり食事処では厨房が騒がしくなり始めていた。そんな時分に一人の麗人がとある場所で食事をしていた。

 「ほお。これはまた珍妙な・・・だが、やはり美味いな」

 そう絶賛する。実際はそれほどのものではないが、そう言っておく。だが、不味くは無い。むしろ美味いほうに部類する。既にテーブルの上には数え切れないほどの料理が並び、その全てが空になっていた。

 「しっかし、そんな小さいなりしてお前さんもよく食うねえ」

 と、新しい皿を持ってきながら店主がそう言う。

 「私もそう思うよ。店主殿」

 実際身長は自分のほうがぱっと見高かったが、店主の場合は大柄でがっちりとした体躯をしていた。そんな店主からしてみればたいていの客は小さいのだろう。

 「さて、私はそろそろ失礼しようかな。寄らなければいけない所があるのでね」

 そう言って立ち上がり、勘定を払おうと懐に手を入れるが、そこではたと手を止める。

大仰に手を打ち頷く。

 「そう言えば私はこの国の通貨を持っていなかったな」



 「は? 食い逃げ?」

 前の戦闘で撤退した後、志貴たちはリモドアに戻っていた。傷のほうもほとんど完治し、これからどうやってラキオスと戦っていくか考えていたところに突然の伝令だった。ただ事ではないのだろう。伝令の兵士はひどく慌てていた。

 「は、はい! それがもう何だかものすごい強い奴でして、スピリットに応援を頼んだところそのスピリットまで倒してしまって・・・と、とにかくすぐ来てください!」

 「お、おい!?」

状況を理解できないまま志貴は慌てる伝令に引っ張られるような形で館を後にした。



 「くっそ〜! 何なのよあいつ! 全然攻撃が当たんないじゃないの!」

 と、地団駄を踏むエリ。その隣で、

 「そ、そうですね〜。何だか流れるような動きでかわされてます〜」

 と、ジュリ。その隣に、

 「・・・痛い」

 と、頭をさするユリがいた。実際三人が受けた傷は打撲程度のもので命にかかわるようなものではなかった。

 「ふっ・・・もう終わりかな? 肩慣らしにもならなかったが?」

 と、麗人がわざとらしく肩をすくめて見せる。やはり一番反応を示したのはエリだった。

 「ぐぐぐ・・・こうなったら神剣魔法を使ってでも!」

 「わ、わわわ! 駄目ですよ! そんなことしたら怒られちゃいます!」

 「それだけで済めばいいけど」

 ユリがぼそりと呟く。実際スピリットが人間を殺したら大問題である。それを理解しているからこそエリも抑えているのだが・・・

 「ふっ」

と、遠くからでも分かるくらいにあからさまに笑われてしまった。

 ――ぴしと、空気が凍るような音がした気がした。

 わなわなと肩を震わせるエリの周りにマナが集まっていく。既にハイロゥが展開し、戦闘状態に入っていた。

 「エ、エリちゃん早まらないで下さい!」

 と言いつつ物陰に隠れるジュリ。隣には同じような格好でユリがいた。

 「マナよ! 一時の静穏と言わず永遠の死の淵へとあいつを竜の爪跡まで持って行けーーーーー! エーテルシンクゥーーーー!」

 拳を突き出すと同時に破壊的な規模のエーテルシンクが魔方陣から放射される。とんでもないくらい巨大な氷の塊が麗人へと放たれる。スピリットですら危険なそれが当たれば人間などひとたまりも無いだろう。だが、麗人は慌てることなく手に持った鉄扇を構える。

 「猛虎十絶斬!(今考えた)」

 叫びながら手に持った鉄扇を十字に斬る。どういう理屈なのか氷塊は十字にぱっくりと切れ、麗人の横を通り過ぎ、近くの屋台を数件巻き添えにしながら落ち着いた。ぱちぱちと何人かの野次馬が拍手するのが聞こえる。

 「ま・・・負けた・・・あんな名前だけのちゃっちい攻撃に」

 がくっと両手と膝を地面に突き、うなだれるエリ。

 「ちょっと、これどうなってるのよ!」

 「あ、リュミエールさん」

 騒ぎを聞きつけたリュミエールが野次馬の中から現れてきて辺りの惨状をを見て愕然とする。ジュリが適当にいきさつを説明する。

 「神剣魔法を退けるなんてただものじゃないわね・・・」

 それ以前にスピリットを退ける時点で普通ではなかった。という事に誰も気がついていない。

 「話はすんだかね? 私も暇ではないんでね。そろそろお暇したいんだが・・・」

 そういう麗人を改めて観察する。髪が背中の中ほどまであるが、男とも女ともつかない容姿にすその長いスカートのような服装だが、どちらか判別がつかない。喉仏を見れば早いのだが、襟が高く見えなかった。ただ、容姿端麗という言葉がそのまま当てはまる気がした。異国人・・・と言う言葉も思いつく。手に持った扇子のようなものが武器なのだろうか、金属の光沢を放ちその質感を物語っている。

 (でも、あれは神剣じゃない・・・何なの)

 判然としないまま神剣を構える。どっちにしろ不振人物には変わりない。それを見かねたのか麗人がぼやく。

 「やれやれ、しょうがない。君達を相手にしながらここで待つとしよう」

 ゆったりとした動作で鉄扇を構えながら言う。

 「鉄扇で殴られたことはあるかな? 痛いぞ」

 それを言い終える前にリュミエールは動いていた。神剣を地面に突き立て詠唱を始める。

 「マナよ 炎となりて舞い踊れ! ヒートフロア!」

 周囲の赤マナを活性化させ身体能力を高める。神剣を構え集中すると炎が刀身に宿る。周囲の気温が一気に上昇する。野次馬達が慌てて我先にと逃げ出した。

 「ほう。なかなかのものじゃないか」

 この暑さの中でも涼しそうに麗人がそう言う。その言葉を聞き流しリュミエールは地面を蹴った。


 振り下ろされる神剣を麗人はあまり速いとはいえないが、無駄なの無い動きで鉄扇を使ってはじき返す。そのままは神剣を弾いた鉄扇が翻り、リュミエールの手首を打つがかまわず神剣の一撃を加えようと一閃させる。それは相手が後ろに跳んでかわされるが距離が開いたところにリュミエールが詠唱を始める。

 「マナよ。炎となりて敵を討て! ファイアーボール!」

 前方に掲げた魔方陣から炎が飛び出す。威力は抑えているが当たればただではすまないはずだった。炎は麗人が着地するのを見計らったように狙われていたが――

 「!」

 麗人が炎を一瞥しただけで音も無く炎は消えた。驚愕していると突然後ろから声がする。

 「相手の力を見誤ったな。本来なら君はここで死んでいる」

 首に冷たい金属の感触がする。刃物ではない。さっきの鉄扇だった。

 「――が、獲物がこれでは死ぬこともないだろうがな」

 そう言って鉄扇を自分の懐にしまう。

 「君の手だが・・・治療の必要は無い。いずれ痛みも引く」

 「は?」

 「迎えが来たようなので私は失礼するよ」

 そのまま背を向けて立ち去ろうとする麗人を慌てて引き止める。

 「ちょ、ちょっとあなた食い逃げする気なの!?」

 そこで振り返る表情からすると今まで忘れていたらしい。

 「そうか、私を追っていた理由はそれだったのだな。なら安心したまえ金なら後で返す。それに――」

 そこで麗人の顔が笑う。何かいたずらを思いついたようなそんな顔で言う。

 「近いうちに会うことになるだろうからな」

 そう言って今度は本当に立ち去ってしまった。追いかけようにもどうなっているのかいくら走っても追いつけないのである。肩で息をしながら追いかけるのをあきらめた。向こうが会うといっているのだからいずれ会うことになるだろう。なんとなくだがあの麗人は自分が言ったことだけは確実に実践しそうだった。

 「リュミエール、この騒ぎは何なんだ」

 現場にはすぐ戻れた。理由は分からないが疲労のわりにはさほど離れていなかったからだ。自分の姿を確認してエトランジェが近づきながら言う。

 「さあ。私にも何が何だか・・・とりあえず食い逃げを捕まえられなかったって事だけは事実です」

 「・・・食い逃げね」

 近くの屋台だろうか、もうほとんどガラクタの山のようになっている。何か高温なものに焼かれたのだろうか石造りの地面が融解していた。他にも大小さまざまな穴が壁といわず地面といわず出来ていた。近くのどの民家にも壁に亀裂が入っていた。

 「・・・はい。食い逃げです」

 リュミエールは頭が痛くなる思いでそうつぶやいた。

 (はあ・・・これじゃ始末書だけじゃすまないかも・・・)

 嘆息し胸中で愚痴る。



あとがき

 何だか次回に持越ししたような感じになってしまいました(実はそうなのだが・・・)。次回作は彼の正体が明らかに!?
ならなかったらそれはそれでまずい気がするので作者は頑張らなければならないのです。いい加減ラキオスから離れないと終われそうも無いのでちゃちゃっとやろうと新たに気持ちを改める作者でした。では、次回作に。

作者のページに戻る