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闇の中で蠢く影が見える。

 それはあまりに大きく、暗い憎しみの炎だった。

 自分の中のもう一つの『自分』が持つ憎しみ、だが、自分はそれを知らない。自分は後に創られた擬似人格に過ぎないのだから。

 ふと思う。この憎しみの炎に契約者は耐えることが出来るのだろうかと、出来なければどうなるのだろうと・・・

 (いや、違う)

 自分が思ったのではない。自分は自分であるが、そこにあるものは偽りの心。自分で在れるわけがない。自分は傍観者に過ぎない。誰がどうなろうとも何も変わらない。そう。何も変わらないという事実だけが起こる。

 (だが・・・)

 再び黒い炎を見る。そこには熱を持たないただ暗く冷たいだけの揺らめきを放っていた。



5本目の神剣〜憎しみ〜



 いつもと変わらない朝。いつもと変わらない日差しが部屋の中に射す。それは過去の終わりを告げ、今の訪れを実感させる。

 いや。過去の上に今があるのなら、過去は終わってはいないだろう。

 部屋には一人の男がいる。黒髪、黒目着ているものも黒を基調としているため、ぱっと見地味だ。それでも男が羽織っている臙脂色のコートはこの国ではたった一人しか切ることの許されない物だ。

 遠野志貴。バーンライト王国のエトランジェであり、スピリット隊の隊長。それが彼の肩書きである。

 今は窓の外を眺めているが、景色を堪能していたわけではなかった。もともとそういう趣味もない。ふう、と短い嘆息をし、先ほど伝令が届けた命令書を頭の中で簡潔にで反芻させる。

 (現在エルスサーオに駐留中のラキオス軍を追撃せよ。ラキオス軍には『求め』のエトランジェの存在が確認されており、これには『閃光』のエトランジェ――つまり俺に、討伐を命ずる。出撃は今日の朝・・・)

 これを聞いたとき志貴はじぶんでも驚くくらい冷静だった。少なくとも年少組みのスピリットたちよりはだが。自分の親友と戦うのかもしれないというのに何故だか嫌だとか、怖いとか思わなかった。もう既に誰かを殺してしまったからなんだなと気づくのに時間も要らなかった。それとも信じているのだろうか。そんなはずは無いと・・・

 『閃光』を握る。いつになく緊張している自分の神剣に語りかけるように頷く。再び窓に視線を向けたとき、

 ――こんこん。

ドアを、控えめにだがはっきりと聞こえるようにノックする音がした。

 「シキ様。出撃の準備が整いました」

 声からしてアルエットだろう。彼女らしいというかドア越しのその声はくすぐったくなるほど丁寧だった。

 「ああ。分かった」

 そう返事をして志貴はもう一度窓の外に視線を向けた。今度ははるか遠くを見るように。





 『契約者よ。あの気配・・・間違いない。あの神剣を砕くのだ! 『誓い』などそれからでも遅くはない! 早く! 早く! 奴を滅ぼすのだ!』

 ギィィィィィン!

 「ぐっ、あぁぁあ!」

 何度目かになる『求め』が発する強制力を必死に耐えながら悠人は昨日のことを思い起こしていた。龍のマナを得て、バーンライト王国に宣戦を布告し、リーザリオを防衛するスピリットを排除するために向かったのだが、敵の増援によってリーザリオを突破できないばかりかネリー、シアー、へリオンの三人も死なせてしまった。そして『求め』がその瞬間に感じた恐怖が悠人にも伝わっていた。

 何より、スピリットを失ってしまったという事がラキオス王を激怒させ、そのせいで佳織の境遇が危うくなってしまっている。これ以上の敗北は許されなかった。

 苦痛に顔を歪めながら耐えていると次第に『求め』の強制力は弱まっていく。肩で息をしながらその場にうずくまる。汗が気持ち悪かったが、そんなことはどうでもよかった。

 (くっ、こんな痛みが何だ! あいつらに比べたら、こんなことぐらいで!)

 自分を叱咤し、よろよろと立ち上がり、詰め所を出る。今、この場所に自分の居場所はなかった。

 (皆・・・ごめん)

 気持ちがまた暗くなるのを何とか抑える。彼女達の事も心配ではあったが、彼女達のためにも次は負けられなかった。『求め』を強く握る。そこからは今までとは比べ物にもならないとてつもなく強い力を感じる。それを確かめてから悠人は次の戦いに向けての準備を始めた。



 キィン――

「っ!」

 既にエルスサーオでは戦闘が始まっていた。ユリが持つ神剣『黙許』は弱い神剣の力なら気配を隠すことが出来る。志貴、リュミエール、アルエット、サラ、エメラダは戦闘が始まる少し前に進行を開始していた――その時『閃光』が何か感じとり、話しかけてきた。

 『契約者よ、妙だ。奴の力を以前より強く感じる』

 (どういうことだ?)

 『恐らく、妖精からマナを得たのだろう・・・油断するな』

 初めから答えはわかっているというように『閃光』が答える。

 (分かってる)

 そう言うと『閃光』は黙ってしまった。

 奴――『求め』というらしい神剣の気配を追って志貴は駆け出した。





 「うおぉぉぉぉ!」

 どごぉぉ!――激しい衝撃音と共に石造りの地面が大きくえぐれる。

 振り下ろされる一撃を何とか紙一重でかわすと、すかさず次の一撃が来る。避けることが出来ないと判断して防御にマナを集中させる。空気中の水分を急速に冷やして氷の壁が現れる。それがエトランジェの放った一撃を受け止める。が、それも一瞬だった。すぐにひびが入り、割れてしまう。

 「はぁ、はぁ」

 僅かに出来た時間で距離を開ける。体勢を立て直そうとすると、少し離れた場所から声がかかる。

 「サラ! 大丈夫!?」

 リュミエールだった。彼女も自分と同じように疲労の色は隠せていなかった。

 「ええ。でも、ちょっとだけまずいかも・・・」

 リュミエールの声に軽く答え、神剣に意識を集中させる。

 「『氷結』の主が命ずる! マナよ凍てつく刃となれ!」

 声に応えるようにサラの周囲の温度が急激に下がる。そして空気が凍り始める――

 「アイシクル・エッジ!」

 周囲の冷気を巻き込みながら、ぴきぱきと水分が凍る音を発しながら『氷結』が氷を纏っていく。さらに、サラが神剣から力を引き出す。ウイングハイロウが現れ、サラは一気に加速した。

 「はあぁぁぁ!」

 上段から一気に振り下ろす。激しい音を響かせ刃と刃がぶつかる。その勢いを殺さずハイロウを使って、相手の頭上を飛び越え背後を取り、すかさず切りつける。

 「ぐっ!」

 オーラフォトンの壁に大分阻まれたが、傷を負い、エトランジェがうめく、サラは反撃の隙を与えず攻撃を繰り返す。ほとんどがオーラフォトンの壁に阻まれるが、間断なく急所を狙い続ける。その度にエトランジェの周りに冷気が立ち込めていく。

 「ぐっ! 舐めるなぁー!」

 振り向きざまに放たれた一撃を剣で受け止め、勢いに逆らわずに後ろに飛びながら神剣魔法の構成に意識を傾ける。

 「『氷結』の主が命ず! マナよ大地を凍てつかせよ!」

 魔方陣がエトランジェの足元に浮かぶ。そしてたちこめていた冷気が一気に増す。

 「フリージング・ゾーン!」

 ひゅご――音にすればこんな感じだろう。立ち込めていた冷気が一瞬にして凍結し始める。ダイヤモンドダストが起こり、その景観は美しかった。そして、なおも冷気は強まっていく。

 「な、に!」

 エトランジェの体が凍り始め、次第に動きを奪っていく。それでも、完全に封じることは出来ないようだったが、

 「リュミちゃん!」

 サラがリュミエールに合図を送る。

 「任せて!」

 リュミエールが前にかざした掌の先に魔方陣が浮かんでいた。構成は既に完成しているようで、後は放つだけだった。そして、リュミエールが――

 「これで・・・フレイムレーザー!」

 魔方陣から数本の熱線がまっすぐにエトランジェに向かって延びていく。回避は不可能だ。

 だが――

 『うおおおお!』

 熱線が当たる少し手前でそれは起こった。リュミエールが放った熱線は全て標的に届くことなく消滅してしまった。まるで何か不可視の壁に守られているように。

 同時に神剣の気配だけが異様に高まっていく。

 『くくく・・・妖精がここまでやるとは』

 ――ぞくり。

 背筋が凍りつくような感覚。目の前にいるのは『求め』のエトランジェだが、そこから感じられるのは『求め』そのものだった。汗が頬を伝う。

 『だが、これで終わりだ!』

 「なっ! これは、」

 「サ、サラ!」

 びしっと、空気に亀裂が入ったような感覚の後に体が急に言うことを聞かなくなった。そのまま地面に倒れる。立ち上がろうにも出来ず、地面にはいつくばっているのでさえつらい。必死で視線を動かしてみると、リュミエールも自分と同じような格好をしていた。神剣に意識を集中しても剣の声すら聞こえず、ただ恐怖しているのだけが分かった。

 「何が・・・」

 うめくが、どうすることも出来ない。やがて『求め』が口を開く。

 『我が脅してやれば低位の神剣など、どうということはない』

 ゆらっと、空気が揺れているような気がした。よく見るとエトランジェの足元から魔方陣が浮かんでいる。

 (くっ、ご丁寧に最大威力で止めをさしてくれるってわけね)

 声に出すことすら億劫で胸中で愚痴る。やがて準備が終わったのだろう『求め』が先ほどより声を大きくして言う。

 『消えろ・・・妖精がー!』

 拳大ぐらいの光球を魔方陣の中央に叩きつけると、それが爆発したかのように広がる。そして、無数の光芒が獲物を見つけたかのように鋭角的に折り曲がりながら自分に向かってものすごい速さで突き進む。

 「っ!」

 目をきつく閉じ、次の衝撃に備える。だが、恐らく意味のないことではある。あの一撃を受ければ間違いなく死ぬ。仮に生きていたとしても神剣が使えない状態では勝ち目はない。

 「・・・」

 だが、一向にその時は来なかった。びくびくしながら――目を開けた瞬間死んでしまうのではないかと思いながら――目を開く。

 「大丈夫か?」

 「? い、きてる?」

 隣では同じような格好でリュミエールが誰かの小脇に抱えられていた。

 「え!? エトランジェさん?」

 顔を上げようとしたが、それはまだ出来なかった。恐らく『求め』の拘束が続いているせいだろう――だが、その服には見覚えがあった。臙脂色のコートが鮮やかだった。

 「ああ。間に合ってよかった」

 地面に下ろされると、志貴が神剣を構えた。

 「マナよ。歪められし力をあるべき姿に戻せ! キープ・コンディション!」

 詠唱と共に神剣魔法が発動する。ぱっ、と光りに照らされたと思うとさっきまで動かせなかった体が自由になった。体を起こし、サラは志貴に向きなった。

 「エトランジェさん助かりました。」

 「私も、助かりました」

 「ああ。遅くなってすまない」

 そう言って志貴は『求め』を持つエトランジェに向き直った。『求め』の意識は今はそれほど強くはなかった。

 そして、硬直してしまう。まるで頭を鈍器で殴られたような感覚さえした。目の前にいる者、それは突然だった。

ありえないことだった。

いや、これが現実である以上は、それを認めるしかなかった。

そして、自分が明らかに動揺しているのだけははっきりと理解していた。

それは向こうも同じだったらしく、わけが分からないというような顔をしていた。

口が開き、何かを言おうとする。ありえないと思いつつも、目の前の人間はあまりにも
自分の知っている人物にそっくりだった。

 「枯木・・・」

 「お前、遠野なの、か・・・」

 剣戟が響く中、静音が二人を包んだ。

 「・・・」

「・・・」

 「何で・・・」

 どれくらい黙っていただろう。先に口を開いたのは悠人だった。

 「何でお前なんだよ!」

 「枯木・・・」

 言いかけるが、聞こえていないのか悠人はさらに声を上げる。

 「お前が、お前があいつらを殺したなんて! どうして今更俺の前に出てくるんだよ!」

 志貴は言葉を失う。分かっていたことなのに、やはりどこかで否定していたのだろう。目の前の現実に胸が締め付けられる。

 「佳織だって・・・お前のせいで、俺の家族を・・・何にかえても守らなければいけないのに・・・沢山、犠牲にした・・・エスペリアもアセリアもオルファだって・・・」

 ――ゆらっと、『求め』から蒼い炎が揺れたような気がした。悠人が顔を上げる。その瞳は志貴の記憶にあるものとはまったく違っていた。

 「・・・お前が、いけないんだ・・・お前が俺の敵になったりするから・・・」

 それは憎しみの瞳。全てを否定し、自分以外の全てを悪とする暗い炎。それが志貴に向けられていた。



あとがき
 悠人の暗い怒りが次回爆発! どうなる志貴!

 「どうなる! じゃないわよ! この馬鹿作者! 私達の出番が最近少ないじゃない!」

 「・・・というより、無い」

 「そ、そういえば無いですね。やっぱり脇役だからでしょうか(ぐすっ)」

 あ〜泣かない泣かない。最近、新キャラが多いから読者様に覚えてもらおうという作者の親心なんだから我慢しなさい。

 「えー! エリの活躍だって皆期待してるよ!」

 その根拠はいったい何処から出てくるのやら・・・

 「・・・活躍したい」

 「わ、私もです!」

 ああ・・・一体どうすれば・・・これじゃ、あとがきになってないし(圧死)。

スキル

・アイシクル・エッジ
 簡単に言えばファイアエンチャントの青版。神剣に氷を纏わせるが攻撃力が上がるわけではない。アイスバニッシャーの効果を負荷しているので、この状態で斬られると、マナの循環が悪くなり、戦闘を満足に行えなくなる。また、同時に周囲の冷気を高めてくれる。サラの十八番。

・フリージング・ゾーン
 間違ってもヒートフロアの青版ではない。周囲の冷気を高め範囲内の敵を凍結させて動きを封じることが出来る。力の弱いスピリットならそのまま凍死することもある。ただ、自分の消費が激しいのと、周囲の冷気が弱いと効果も弱くなるのでアイシクル・エッジとの併用が条件である。サラの切り札である。

・キープ・コンディション
 志貴のサポート用スキル。体に生じた様々な状態変化を元に戻してくれる。ただ、上昇効果も打ち消してしまうので、使い時が肝心な神剣魔法。発動が早いのが『閃光』らしい。

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