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遠野志貴という人物はまず人を殺したことがない。だが、人が死ぬということを理解している人間でもある。

 この世界に伝わる永遠神剣。それは相手を殺し、自らの一部とし、それを繰り返し最後には一つになることを望むと言う。だが、自分の神剣『閃光』からはそんなことは微塵にも感じられなかった。だが、別の、もっと大きな憎悪を感じることがある。そしてそれは、これから向かうところ、リーザリオに近づくにつれ大きくなっていった。

 リーザリオでは既に戦闘が始まっていた。立ち上る煙と聞こえてくる轟音でそれはすぐに分かった。

 「リュミ、アルエットは守備隊と合流して戦線を立て直せ! エリ、ユリ、ジュリは俺と一緒に敵を確固撃破する。遅れるなよ!」

 走りながらそう言うと、剣の力をさらに解放し、一気に駆け出していく。皆が追いついてこれないのは分かっていた。だが、ゆっくりするわけには行かなかった。敵の気配を探り、一番近い敵に向けてさらに加速させる。



5本目の神剣〜闇の胎動〜



―リーザリオ 街道―



 街は既に多くの建物が破壊され、瓦礫が散乱していた―恐らく神剣魔法によるものだろう―それらを掻き分けながら前へ進む。街の中心では神剣の気配が二つ。サラとサーギオスから来たスピリットだろうと見当をつける。どうやら二人のスピリットを相手にしていたようだが、既にリュミ、アルエットの気配が近くにあるのでこちらは大丈夫だろうと志貴は判断した。

 (こっちは守備隊に向かう敵を抑えればいいんだ・・・チビどもが敵に遭遇しないように・・・割り出せるか)

 と最後に『閃光』に訪ねる。すぐに現在の敵の位置関係から最適な進行ルートが頭の中に入ってくる。その中に・・・

 (! 三つ・・・近づいて来る)

 神剣の気配からしてユリ同じぐらいの強さだった。負けるとは思わないが、油断は出来ない。

 『閃光』を構え戦闘状態に入る。訓練の時とは違う緊張感が全身を包んだ。そして、曲がり角を曲がったところで出くわす。

 「! 敵だね。それなら手加減しないよ!」

 「ネ、ネリィ〜。ま、前に出すぎだよ〜」

 「で、でも。三人なら何とかなるかもしれません。ユート様もこっちに向かっていますし・・・」

 (敵の構成は青二人、黒一人か・・・攻撃力重視の編成なら誰がとどめ役に出るか分からない。ならまずは黒の機動力を殺すか・・・)

 何やら話し込んでいる向こうを尻目に志貴は冷静に分析を進めていった。そして、方針が決まれば後は悩むことはなかった。敵の出方を伺い、それから反撃に出る。こちらは向こうの情報を知らない。向こうもこちらの情報を知らない。この状況なら手の内を見せながら戦うよりも、必殺の一撃で瞬時に戦闘を終わらせるのが効果的だと志貴は判断した。

 「マナよ。恐怖にて、かの者を包み込め! テラー!」

 先制攻撃とばかりにブラック・スピリットが神剣魔法を発動させる。その効果は志貴には分からなかったが、「それ」はすぐにやってきた。

 「!」

 自分の影から黒い手が現れ、自分を捕まえようと伸び上がってくる。飛んでかわそうとするが、手は自分の影から際限なく現れて逃れることは出来なかった。空中で捕まり、そのまま地面に激突する。

 「ぐぅっ!」

 衝撃の痛みを訴えるが、役には立たなかった。次の危険が迫ってい―確かネリーと呼ばれていたスピリットが迫ってきている。黒い手はまだ消えない。恐慌状態に陥りそうになるのを自制し、意識を集中させる。防御の構成を編み、オーラフォトンを周囲に展開させようとするがうまくいかない。いつもと違う感覚に、これがさっきの神剣魔法の効果だと理解する。心を恐怖で支配し、恐怖で相手の戦意を削ぐ。

 「これで、決まり!」

 「まだだぁぁ!」

 ぎりぎりのところでオーラフォトンによる光りの網が自分の周囲に展開される。スピリットの攻撃を受け止め弾いた。スピリットが何メートルか後ろに飛んでいくのを見て、スピリットの攻撃力が高かったこと実感する。

 もう一人のブルー・スピリットが入れ替わるようにして来ていた。だるさのようなものは残っていたが、黒い手は既に消えていた。志貴は袈裟懸けに振り下ろされた剣を受け止めようとはせずにぎりぎりまで引き付けてからかわした。

 ざしゅ―

 「!」

 肩口を軽くだが斬られた。そこから軽い出血。普通ならありえないことに少しだけ戸惑う。

(剣の軌道は完全に読みきっていたはずだ。なら、なぜ・・・)

 そこまで考えたところで、志貴はある一つの可能性に思い当たった。

 「オーラフォトン・・・」

 声に出したつもりではないがポツリとつぶやく。どうせ相手には聞こえなかっただろう。オーラフォトンを高密度に剣に集中させればそういった事が可能であることは、オーラフォトンを自在に操るこの出来るエトランジェである志貴自身分かっていたことだった。ただ、それをすると体内のマナを大きく消費するのでエトランジェであっても容易に出来ることではない。それをこのスピリットは平然と使っている。もっともエトランジェの使うそれとは威力は異なっていが。

 再び繰り出される攻撃を今度は余裕を持って大きくかわす。

 (だが、攻撃が雑だ!)

 スピリットが空振りしたところに反撃をする。

 「ひっ!」

 短い悲鳴をあげながらもスピリットの周りに水の膜が覆い、攻撃を防ごうとした。

 ばしゅっ、と音を立てて神剣を受け止めようとするが、わずかに緩衝材になっただけだが、こちらも二の腕を軽く斬った程度にとどまった。

 『後ろだ!』

 言われてはじめて気づく。舌打ちしながらブルースピリットを前に蹴っ飛ばし後ろを振り向く。今まで神剣魔法の反動で行動不能になっていたブラック・スピリットがすごい勢いで背後から迫っていた。が、こちらが気づくと、急にあわてだしその勢いは一気に弱まり、元々一撃の軽いブラック・スピリットの攻撃力がさらに落ちる。それを難なく神剣で受け止め、追撃しようとするが、

 「なっ!」

 そのスピリットはもう既にいなかった。後方を見るとさっき蹴っ飛ばしたスピリットを抱えて後退していた。その側ではネリーがよろよろ立ち上がろうとしている。全てが終わるのに一分もかかっていなかった。この間に致命傷となるものはどちらにも無かったが、

 (これが、実戦・・・)

 肩で息をしながら胸中でつぶやく。自分がたとえようの無い焦燥と疲労感を感じている事が分かった。手に汗が浮かんでくる。

 『契約者よ』

 (? 何だ)

 戦闘中に『閃光』が話しかけてくるのは珍しかった―訓練の時でさえ危険な時しか話しかけてこなかったのだから。

 『この程度の妖精に何をためらう。急がねば奴が来るぞ。今の奴ならば倒すのは容易い。が、万全を期すため、邪魔なものは排除するべきだ』

 奴、とは誰かは分からなかったが、『閃光』の言うとおり、こんな所で立ち止まっているわけには行かなかった。

 (・・・分かってる・・・次で、決める!)

 剣に意識を集中させる。空気を震わせながら大気中のマナが活性化されていく。それを取り込み、さらに力を増していく。異変に気づいたのだろう。スピリット達が警戒をするがそれは遅すぎた。

 志貴は地面を強く踏み出した。ブラック・スピリットに向けてまっすぐに。だが、恐らく向こうは何も見えていないだろう。これはそういう力なのだから。手加減の出来ない力なのだから。

 どがっ!

 瞬きする時間もない間にかなりの距離を突き進んだ後、『閃光』の先が近くの瓦礫に突き刺さる。そこで時間が凍りついた。いや、実際には止まってはいない。ただ、自分の何かが急速に冷たくなっていく。目の前にスピリットがいる。黒い長い髪をツインテールにした娘だった。名前は知らない。向こうもこちらの名前など知らないだろう。まだあどけなさの残る少女だった。大きく人懐っこそうな瞳は今は何が起きたのか分からないとばかりに大きく見開かれ、こちらを見つめている。その瞳がやがてゆっくりと下の方へ向く。恐る恐ると。

 少女の腹部には根元まで『閃光』が深々と突き刺さっていた。グリーン・スピリットのいない現状では明らかに致命傷だった。

 「ごふっ!」

 少女が吐血し、そして―

 少女の体から黄金色に輝くマナが放たれていく。体の輪郭が崩れ、次第に重さも感じなくなる。そして、完全にマナの塵となって空に向かって伸びていった。

 あっけない最後だった。

 (後・・・二人)

 涙を拭いもせず、志貴は残りの二人に向かった。



 その後の戦闘はすぐに終わった。敵がいないか神剣の気配を探る。そのころには涙はもう流れていなかった。涙の後も残らないようにちゃんと拭いた。神剣の気配を探ると、よく知った気配が近づいてきた。付近には敵はいない。

 「やったねシキ♪」

 「・・・強かった」

 「さ、三人も相手にしてたのに、すごいです!」

 神剣の気配を頼りに戦闘を間接的に見ていたのだろう。三人が近くに来るなりそう言って来た。

 「そんな事ないさ・・・」

 そう呟くと、三人はそれぞれ顔に疑問符を浮かべたが、志貴はそれを無視した。

 「近くに敵はいない。中央広場の方も敵は撤退したようだ。たぶんスピリットが三人も倒されたからだろうな。とにかく一度合流しよう」

 そう言って歩き出す。



―その日の夜 詰め所 風呂―



 「ふう・・・今日は疲れた・・・」

 と言い、湯を手ですくい、顔にかける。程よく熱い湯が疲れきった体を刺激し、気持ちよかった。

 「・・・」

 風呂には自分以外いない。もう皆寝ているだろう。今日は何となく一人になりたい気分だった。だから、街の巡回も自分ひとりでしたし、交代をすることも無かった。守備隊のスピリットに軽く挨拶を済ませてすぐに出かけたから体力、精神力共にくたくただった。

 考えることは沢山あった。だが、どこから手をつけたらいいのか分からないのも事実であった。それでも一番気になることは、

 「・・・スピリットが言っていたユート、『閃光』の言う奴って言葉がユートならそいつはエトランジェか・・・偶然なのか・・・ユートと枯木悠人。お前もここに来てるのか? そしたら敵どうしか・・・」

 ふう。と嘆息する。顔が熱くなり、ぼーっとしてきた。浸かりすぎたなと自覚して風呂から上がろうとすると、脱衣所から声が聞こえてきた。

 「あれ? 明かりがついてるって事は誰か入ってるってことだけど・・・この服はエトランジェさんの?」

 「・・・」

 (聞かない声だな・・・守備隊のスピリットか?)

 「ま、いいか。エトランジェさーん入っちゃうよー」

 こちらが思案に暮れていると、何のためらいも無く浴場の入り口の戸が開かれる。

 「あー、エメラダちゃんもそんなかっこして突っ立ってると風引くよ」

 話の内容からしてどうやら二人らしい。湯煙のせいで顔がよく見えなかった。そうこうしている内にスピリットはこちらを見つけて近づいてくる。

 「ああ。エトランジェさんそんなとこにいたの? 私らも入るけど別に構わないでしょ」

 と言って、こちらが何か言おうとするのを拒否するかのようにざぶざぶと音を立ててこっちに近づいてくる。そしてすぐ隣まで来るとちょこんとすわり、じっとこちらの顔を覗き込む。その剣幕に多少押され気味になる。

 「な、なんだ・・・よ」

 スピリットの顔には覚えがあった。確かサラ・ブルースピリットという名前で、『氷結』のサラと呼ばれている。リュミエール、アルエットに続いてバーンライトでも重宝されている存在だった。バーンライトのスピリット隊はリュミエールが一期、アルエット、サラが二期、他の幼少組みが三期であること志貴は思い出していた。

 「うーん・・・やっぱり、覚えてないんだ・・・」

 そう言うと何故かうつむいてしまった。

 「何を?」

 「べっつに〜」

 訪ねるが、サラは取り付くしまもないような雰囲気だったので志貴はとりあえずそっとしておくことにして、もう一人のスピリットに向き直った。

 こちらも見覚えがあった。サ−ギオスからの補充戦力としてバーンライトに送られたスピリット。名前は聞いていなかったが、サラが言うにはエメラダというらしい。

 「えっと、エメラダ、だっけ? 今日よくやってくれた。大変だったろ」

 エメラダはこくりと小さくうなずくだけだった。彼女の反応はあまりにも淡白だった。正直なところ話を聞いていたのかさえも怪しい。

 「エメラダちゃんなんだか今日はご機嫌がいいみたいね」

 隣でサラがそういう。

 「えっ!?」

 普段は一体どんなだったのだろうと思いながらエメラダを観察する。感情が伺えないその表情からは何も読み取れなかった。

 「あらあら。エトランジェさんがじろじろ見るから、今度は照れてる」

 と、隣ではサラがエメラダの表情を読み取っている。よく見ると確かにわずかだが、顔に朱が入っているようにも見えるが、それだけだった。顔の表情が変わるわけではなかったので、何を思っているかは全然分からない。

 「・・・あ」

 「あ?」

 「あまり・・・見ないで下さい」

 「あ、ああ。そうか、エメラダすまなかった」

 エメラダはぶんぶんと顔を横に振る。だぶん謝るほどのことではないと言いたかったのだろうと勝手に思うことにした。

 そして再び思案に暮れる。恐らくエメラダはああやってしか意思疎通が出来ないのだろう。不便であるがそれは仕方ない。戦場では彼女の行動に常に気を配ってやらなくてはならなくなった。

 そこまで考えて、ふと気になる事があった。

 「ん? そう言えば。お前ら何でこんな時間に風呂なんだ? とっくにあがったのかと思ってたのに」

 「ああ。それは、さっきまでエリちゃん達と遊んであげていたからです」

 そのあまりのも楽天的なサラの物言いに肩がこける。

 「あのなあ・・・このくそ忙しいときにそんなことしなくても」

 「大丈夫ですよ。私、そういうのなれてますから。それに、」

 「それに?」

 「エトランジェさんと、お話がしたかったですから」

 視界の隅ではエメラダが大きく首を上下に振っている。

 志貴は嘆息し、これからのことを思う。目の前は暗い闇の壁。どこまで行けばいいのか、どこに行けばいいのか分からない闇の中。することは山ほどある。

 だけど、あせることは何もないのかもしれない。こんなに楽しい連中がそばにいるのだから。とりあえずのぼせる前に、ここから逃げ出す算段をするのが先だと志貴は思った。



あとがき
 ぐっはー! 全然しまらない展開でした! 申し訳ないです! だが! ここまでやって途中下車はしませんよ! というわけであとがきです。
 今回の話は志貴の初めての戦闘ということで書いてみたんですけど、ラキオス勢には早々に退場してもらったスピリットが・・・エトランジェとスピリットの力の差を出すための演出でしたんですけど、やはりマロリガンのエトランジェの視線がさっきから痛いです。リーザリオを防衛しているグリーン・スピリットを生き残らせるにはどうすればいいかなって考えた結果が、こうなったんですよね。臆病な奴ほど戦場では生き残れる。というように、ネリーは臆病ではなかったので、おまけで力の弱い年少組みと組み合わせることで戦闘を盛り上げてみました。この結果が後の悠人にどのような結果を及ぼすことになるのだろうか・・・では! 次回作に会いましょう!

新規キャラクター
・サラ・ブルースピリット
 バーンライトで最高の戦闘力を有するスピリット。神剣『氷結』の使い手。『氷結』は僅かだが氷を操ることが出来る神剣で、このような特殊な能力を持つ神剣をスピリットが持つ事は珍しいことから、『氷結』のサラという二つ名持っている。バルガ・ロアーの近くに倒れていた志貴を発見し、バーンライトに連れてきたのがサラであったのだが、任務でリモドアに向かうこととなる。

・エメラダ・グリーンスピリット
 サーギオス帝国からの補充戦力。リーザリオを守っていたスピリットで、戦闘能力はサーギオスのスピリットにしては高いとはいえない。バーンライトに回ってきたのもそういった理由から。だが、バーンライトのスピリット隊では現在のところ彼女に敵う者はいなく、戦力としては申し分ない。サーギオス帝国では訓練途中だったため、神剣に完全に取り込まれていない。神剣『無縁』の使い手。

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