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朝。それは多くのものにとっては平和なひと時である。

 町の喧騒も、その日に起こるであろうあらゆる不幸ですら気にするものなどいないであろう。少なくとも、この未だに掃除などしていない埃の目立つこの部屋の住人はそう思っている。今は朝のまどろみを堪能していた。

 低血圧で、いつも朝は眠りこけているその彼のまどろみ、もとい平和はいつもと同じ時間、いつもと同じ様な展開で幕を閉じる。

 (・・・そろそろか・・・)

 そして待ち構える。

 やがて聞こえるのは小さな足音―隠しているつもりなのだろう―が聞こえてくる。それが自分の部屋の前で止まる。

 「・・・」

 しばしの沈黙。

 「!」

 ダンッ! という音と一緒に複数の影が部屋に侵入する。

 ベッドから飛び出し、傍らにおいてあった剣をつかむ。次の瞬間には何か刺すような軽い音がする。肩越しに見やると二人のスピリットがそれぞれの神剣をベッドにつきたてていた。軽くしたうちをし、次にくるであろう攻撃に備える。

 刹那―

 タンと、軽く床が鳴いた。次いで、殺気を覚える。背後から。

 「!」

 振り向きざまに鞘に入ったままの剣をほとんど勘だけで振ると、そこに最後の凶刃がかん高い金属音を立て合わさる。

 すべての動作がそこでとまる。侵入者達が口を開く。

「すっごーい!」

 「失敗しました」

 「あ、あの大丈夫ですよね?」

 最後のは自分の目の前にいるスピリットだった。

 「・・・」

 こめかみに何かうずくのを感じつつ志貴はうめいた。黒髪、黒目、一見地味だが、手に持っている剣はこの世界に伝わる永遠神剣であり。第四位『閃光』という。それだけで自分の身分を明確にあらわしていた。エトランジェであり、バーンライト王国スピリット隊隊長。それが今の志貴の肩書きだった。

 それがここ数日この時間帯に限って襲撃を受けていた。

 「ま、いつものことと言えばそれまでなんだが・・・」

 嘆息し神剣を腰のベルトに帯剣する。椅子にかけていた臙脂色のコートに袖を通し、リビングに向かう。この時間には朝食が用意されている。

 「ねーねー。シキ。今日はエリたちの剣の訓練に付き合ってくれる約束でしょう?」

 と、部屋を出ようとした志貴の前に立ち顔を覗き込むようにして―身長差でそうなってしまうのだが―エリが言った。

 「そういえば・・・そんな気もする」

 暫く虚空を見上げつぶやく。

 バーンライトは所有しているスピリットの数が多い。そのため志貴は定期的にみんなの剣の訓練を見て回り、いろいろと指導という形で助言をして回っていた。それが理由で彼女達が自分の部屋に来たわけではないだろうが。

 「じゃ、早く行こうよ!」

 腕をつかみ引っ張ろうとするエリに志貴は慌てていった。

 「今からか!? まだ飯だって食ってないのに!?」

 「あ、わ、私達はもう食べちゃいましたから平気ですよ」

 志貴の悲鳴にジュリが笑顔で答える。

 「お前らじゃなくて、俺がまだ食べてないの!」

 「では、行きましょう」

 「って! ぜんぜん聞いてないし!」

 志貴の抗議の声をあっさりと無視したユリが志貴の腕をとり、引っ張る。エリ、ユリにずるずると引きずられるようにして志貴は館を後にした。



5本目の神剣 青春編〜始まりの終わり 後響曲〜



―サモドア 訓練棟―



 「それじゃあまず、エリから素振りを始めろ」

 とりあえず訓練棟に来た志貴はそう言った。

 「は〜い」

 元気よく返事をして素振りを始める。ぶんぶんと、勢いよく上下に神剣を振る。

 「よし、もういいぞ」

 数回振ったのを見て、とりあえず静止の声をかける。

 「どうだった?」

 エリが期待のまなざしで聞いてくる。これはほめられる事を期待しているということは志貴にも分かった。

 「そうだな・・・大根振り回してるみたいだったぞ」

 「そ、そんな・・・」

 さっきまでの明るい顔は消え、神剣を抱くようにしてたじたじと、数歩下がりうめく。

 「エリって、そんなすごい才能の持ち主だったなんて・・・」

 「深刻な顔してまぎらわしい事言うなっ!」

 肩をコケさせながら叫ぶ。とりあえずうれしそうに飛び跳ねるエリを無視することにした。

 「次、ジュリ」

 「は、はい!」

 同じように素振りをさせる。ジュリの場合はエリとは違って刀型の神剣であった。それを見ながら志貴は言った。

 「肩に力が入りすぎだ。刀は相手を斬るための武器だ。そんなに力が入りすぎてると相手を斬ることは無理だ。」

 「は、はいぃ〜」

 と言って、力を抜く。どうやら力を抜くと声のほうも抜けるらしい。どうでもいいが・・・

 が、注意したところがすぐに改善されているのを見ながら志貴は胸中でつぶやく。

 (筋は・・・悪くない。むしろいいほうかもな・・・これなら・・・って!)

 「はぅ〜。もうだめですぅ〜」

 神剣を震える手で、振り続けるその姿は今にも倒れんとばかりにふらふらと揺れていた。

 「いくらなんでもそれは抜きすぎだろ!」

 「は、はい! すみませんでした!」

 すぐさましゃきっとし、素振りを始める。が、まったくの最初に戻ってしまっている。

 とりあえず素振りをやめさせて志貴は最後にユリに向かった。

 「さて、と・・・君の場合は二人と違って神剣の形状が槍だから俺には適切な助言は何も出来ない」

 「では、どうするのですか」

 わずかに首をかしげながら聞いてくる。

 「実戦でつかむしかないだろ? 俺が相手をするから全力でかかってくるんだ」

 「わかりました」

 言うが速いかそう言って槍を構える。表情に変化は無い。ただじっとこちらの様子を伺っていた。

 「・・・」

 それは小さな変化だった。槍の穂先を少しだけ下げ、重心を前に移しただけの。思わず見落としてしまいそうなほんのわずかな変化だった。

 (・・・来る!)

 相手が動き出すよりも先に後ろに跳び、間合いをとる。下段から喉を狙って突き出された槍の穂先がわずか手前で止まる。

 志貴が着地するときにはユリは既に間合いを詰め、同時に突き出された槍を縦に振り下ろしてくる。それを受け止めようとはせず、横に跳んでかわす。先ほどまで自分がいた場所にはクレーターが出来ていた。その様子を見て、志貴は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 (本気って言ったけど・・・これはやりすぎなんじゃ・・・)

 『閃光』を構えて意識を集中する。目の前の相手を意識せず、そのさらに後方に視線を置く。目に見える全てが額の中の背景のような錯覚に陥る。そして、その中に変化を持たせるその一点に全神経を傾ける。そして、変化はすぐに訪れた。



 ユリ・グリーンスピリットは目の前のエトランジェ―確かシキとか言ったか―に本気でこいと言われたから本気で攻撃をした。だが、全力で繰り出した攻撃はかすりもせず、地面にクレーターを作っただけだった。

 (強い。この敵には勝てない・・・)

 静かにそれを認める。だが、自分は死なない。生きていることが負けていないということの最低条件だとすれば、自分は負けていない。目の前のエトランジェは自分を殺したりはしないのだから。自分の『黙許』を握る手に力を込める。全身に力が張り、先ほどより好調だった。

 (よし、これなら・・・?)

 次の瞬間ユリが感じたのは言いあらわすことの出来ない不安。何かが自分を含め、この場一帯を包み込むような、それでいて全方位から見られているような。そんな感覚だった。

(大丈夫、大丈夫だから・・・動いて!)

 祈りが通じたのか分からないが、体は先ほどよりも速く飛び出していた。手に握る神剣を最短で対象と線を結ぶように繰り出す。つまり、ただの突き。だが、これが最も速く、強い攻撃の手段であった。武器の形状からカウンターを気にする必要も無い。なにより自分の最も得意な戦闘スタイルであった。

 エトランジェが神剣を振る。だが、それは振る、というにはあまりにも軽い動作。いや、振ったわけではなかった。重心を落とし、腰だめに神剣を構えたのだった。その構えからユリは相手の出方を理解した。

 (突きでのカウンター!?)

 だが、そうではないことも分かった。エトランジェは重心は落としてはいるが、前傾姿勢ではない。あれではこちらの攻撃に合わせること出来ない。

 迷うが、太刀筋を鈍らせることは無かった。自分の神剣とエトランジェの神剣が交差する。その刹那―

 カツッと短い音と一緒に自分の神剣が跳ね上がった。

 「!」

 志貴の神剣の切っ先が自分の神剣の切っ先とぶつかったのだ。槍はその力が一番強くなる場所は先端である。いや、すべての武器に共通することだ。違うのは槍はその形状から他の武器よりも与えられる力が強くなるということだ。だが、与える力が強くなるということは、受ける力も強いということである。そして、ユリの攻撃は突き。突きは突進力が強いが、横合いからの攻撃に弱く、容易に軌道をそらすことが出来る。結果、ユリの攻撃は志貴に弾かれてしまった。

 だが、飛び出した勢いは止まらず、体が触れると思った瞬間ユリの体は後方へ飛んでいた。

 地面に激突した痛みと呼吸が出来ず苦しさに体をかがめる。何が起きたのか分からなかった。意識が薄れていく中、誰かが慌てて自分の名前を呼んでいる気がしたが、朦朧とする意識ではそれが誰なのかわかるはずも無く、意識は完全に暗闇へと落ちていた。



―暗い部屋の中―



 (ここ、どこ?)

 目が覚めると辺りは暗く、視界が悪かったが、見慣れない部屋に自分がいることが分かった。そしてすぐに合点がいった。

 (エトランジェの部屋か・・・)

 部屋の埃っぽさに顔をしかめる。なぜ自分がここにいるかはすでに理解していた。朝の訓練での事・・・

 (強かった。あいつ・・・)

 体を起こして、部屋の中をキョロキョロと頭だけ動かして探す。探し物はすぐに見つかった。そいつはベッドにもたれかかるようにして眠っていた。

 ユリはそいつの顔を見た。ただ見た。何を思うでもなく、静かに寝息をたてるエトランジェを・・・

 何も感じないはずだった。ユリは自分の胸に手を当て、

 (何だろう・・・この感じ・・・)

 朝日はまだ遠かった。



あとがき
 何か色々と突っ込まれそうな感じですけど一応一件落着? てな感じで終了です。いや〜長かったな〜本当に(精神的に)今回は何か脇役のはずの人たちが目立っちゃいましたね。うーん。これからの展開が難しく・・・(ぶつぶつ)。
 「おい。作者」
 ん? 君は・・・誰だっけ?
 「うわっ! 分かってたけどいざ言われると堪えるぞ。 一応は元設定の主人公なのに」
 あ〜・・・そういえばいたな。そんなの。
 「遠い目で見るな! 最初の台詞から全然出る気配がないじゃないか。早く俺を出してくれよ。ていうか出せ」
 う〜。まだ出てくるには時期的に・・・わわっ! 分かった分かったから『求め』を下げなさいって。たく、これだから最近の若者は・・・と、言うわけでいつか近い未来にちゃんと話は進めようと思う作者でした。

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