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僕と剣





第七話 ミラージュ・ミラー





 サーギオスへと侵攻を始めたラキオスの勢いはサーギオス軍の難所を打ち破っていく。最初の難関で、難攻不落と思われていた法王の壁も、サーギオスへ潜入していた和也の情報によって突破することができた。エトランジェである光陰の協力もありその勢いは止まることはなかった。そしてゼィギオス、サレ・スニル、ユウソカの三都市を陥落。最後の防衛線である秩序の壁を破ったのだった。





第一章・前兆





 サーギオス領内のリーソカ。周囲にはラキオス軍で溢れ返っていた。大軍だった。恐らくラキオスが現状で最前線に派遣できる最大の規模だろう。部隊長らしい人たちが何か話をしているが、和也の任務は彼らを敵から守ることで、それ以外は関係なかったし、これ以上仕事を増やして欲しくないという気持ちもあったので、いまこうやって彼らを遠くから眺めているだけの状況は願ったり叶ったりだった。

 空は青空が見えるほど快晴だった。

 いや、そんなことはどうでもよかった。だが、意味がなければ見てはいけないものというわけではない。むしろ意味がない行為だからこそ、そこに何か意味を見つけたいと思うのだろうか――それこそどうでもいいことだった。

 空はどこまでも続いていた。ラキオスからずっと見て来たが、一度として途切れた事なんてなかった。きっとこの大陸の外、そのまた向こうにも、どこまでも続いているのだろう。それを確かめる術はないが、そうであって欲しい。

 『んなとこに突っ立ってないでさっさと行こうぜ』

 「はいはい、すみませんね……ん?」

 『煌』に促されて和也が歩を進めると、2〜30メートルほど前方で難しい顔をして話す二人の男がいるのに気がついた。何を隠そう和也は目と耳が異常に良いのだ。

 「ゼィギオス、サレ・スニル、ユウソカの三都市は制圧したし、これで秩序の壁を越えられる…」

 「そうだな。後は首都の防衛部隊と秋月だけか…防衛部隊は何とかなるとして、問題は秋月だな」

 悠人と光陰が次の戦いについて話していた。二人しかいないことから作戦会議という感じではないようだ。だが、そんなことよりも、二人は一度補給やら報告やらでラキオスに戻っていたはずだった。和也がサーギオスに残ったのはリーソカの制圧のためだった。ここを一時的な拠点とし、首都サーギオスに攻める手筈になっていたのだ。

 「先輩、いつこっちについたんですか?」

 「おう、和也か! ついさっきだ。そっちもお疲れ」

 「いえ、僕はほとんど何もしてませんよ」

 実際敵のスピリットは一人もいなかった。和也はラキオス軍を町の中に誘導しただけだった。

 「それで、いつ出るんですか?」

 「明日。と、いいたいところだが、ラキオス軍の到着を待たなければいけない今日の夜に着くから、明日一日は休みにあてて、出るのは明後日だな」

 「明後日……じゃあ少しだけ暇がもらえたんですね」

 「いやいや、そういうわけにもいかないだろ? いきなり力が落ちるってことはないけど、仮にも敵の目の前なんだ。訓練と警戒は怠らないようにってちゃんと念を押されてきたよ」

 「あ、やっぱりそうですか…はあ……」

 喜びも束の間光陰にあっさりと言われて和也はため息を付いた。

 「何かあったのか?」

 「いえ、何もないからっていうのも変ですけど、僕はずっとここで来るか来ないかも判らない敵を警戒していたから疲れてるんです。先輩達は十分休んでいるからいいですよね」

 「ははは、そいつは悪いな。じゃあちょっとそこで体動かさないか?」

 「は?」

 光陰が何を言っているのか判らなく一瞬目が点になる。

 「ストレス解散だよ。体を動かせば気分も少しはよくなる」

 「え、いや、だから僕は疲れて…」

 「お前のは精神的に疲れてるんだろ? そういのは体を動かして発散させるんだよ。昔はそうしてたんだろ?」

 「…よく知ってますね」

 昔というのはこの世界に来る前のことで、あの時はただ走っているだけで嫌なことは全部忘れられた。それぐらい走ることに夢中になって――

 「いいですよ。その代わり、手加減できませんからね」

 「ふっ、いいぜ。実を言うと前から和也とは戦ってみたかったんだ」

 悠人と別れて、光陰と一緒に町の外に向かう。





 街の郊外に出てお互いに距離をとる。

 (4、5メートルか…少し離れすぎたかな)

 実際はもう少しあるだろうが、大体はそんな感じだった。

 (先輩の『因果』は防御力に特化した神剣だって話だから、練習相手にはちょうどいい)

 じっと真剣な表情で神剣を構えた光陰を見ながら和也も『煌』を構える。

 (問題なのは僕がどれだけ先輩についていけるか、ということだけど――)

 『ふふん。俺様を信じなさい!』

 (こいつはどこからそんな自信が……まあ、いいか。なら、信じさせてもらう!)



 互いに構えをとって暫くにらみ合う。と、光陰はタン。と、軽い跳躍音を聞いた気がした。それくらい自然で、まるで呼吸をするのと同じくらいに静かな違和感を覚えていた。半瞬後、目の前には誰もいない。定石通り背後に対して防御のオーラを展開させる。それで和也の攻撃は防いだ。

 振り向きざまに切りつけるが、それはかわされた。逆にそこを逆襲されるが神剣を手元に引き寄せて受け止める。

 (予想以上だ――!)

 和也は男子の中でも小柄な部類に入る。身長はスピリット隊の中でも後ろから数えた方が早いくらいだった。対して光陰は身長はもちろん、体格も和也とは比べ物にもならないくらいがっしりしている。和也はそこに活路を見出した。常に光陰にまとわり着くように動き、決して離されようとはしない。常に相手の死角に回り込もうとする。

 (こいつスピリット隊の中で一番弱いって、本当かよ!?)

 だが、光陰も最小限の動きだけで和也の攻撃を受け止め、そこから反撃に転じようとしている。だが、当たらない。ただの一度も届かないのだ。和也は強い。自惚れではないが、光陰は自分の力が大陸の中でもトップクラスだと自負している。その自分についてこれる和也は恐らくトップクラスの実力を持っているはずだ。
 そこに違和感があった。――これだけの動きができるのに、誰よりも弱いなんて事が本当にあるのだろうかと。

 光陰は自分がマロリガンでスピリット隊の訓練を行っていたが、始めは誰も使いものにならなかった。戦力という観点から見れば確かに戦力にはなりさえする。だが、それだけだ。戦いは力任せにやればいいというものではない。刻々と変化していく状況の中で常に自分で考え、判断する必要がある。そうして初めて敵というものがわかり、戦うことができる。百戦錬磨のラキオスのスピリット隊ですら光陰からしてみれば殆どが戦力とでしかありえない。その中でこれだけ戦うことが出来る和也が未だにスピリット隊の中で弱いなどと認識されていることが判らなかった。

 (そういえば、ウルカが和也のことを変だって言っていたな――!)

 考えに没頭していた時だった、和也が目の前に現れたのは。

 「くっ!?」

 神剣を振り下ろす。和也がそれを誘っていたのは判る。だが、そう反応せざるを得なかった。それまで執拗に死角を移動していた和也を目前に捕らえて好機と思ったのだ。だが、それは失敗だった。この一撃をかわして次の瞬間には光陰は自分が負けた姿を想像した。

 「!」

 変化は一瞬だった。和也の動きが一瞬止まって、まるでこちらが相手の動きを読んでいたかのようにそこにいる。慌てたのは和也だった。神剣で受け止めるが、防ぎきれず、逆に力を利用して後ろに下がる。



 光陰が追撃してこなかったで、和也は十分な距離をとるのに苦労はしなかった。

 (今のは危なかった…)

 途中までは自分がペースを掴んでいたのだが、石につまづいてしまい、光陰の目の前に無防備をさらしてしまったのだ。

 (少し反応が遅れてたら怪我どころじゃすまないってのに……)

 『全く、だからお前はアホなのだ!』

 「………返す言葉も無い」

 『よく聞け、パワーがないのにスピードでかく乱しても駄目だ。相手のいいところを出させる前に一発で決めるんだ!』

 (一撃……か)

 光陰は防御力に特化していたと和也は思っていたが、実際はそうではない事を思い知った。戦い方に関してなら光陰は間違いなくスピリット隊の中では一番上手い。悠人が光陰に勝てるのは正にさっき『煌』が言った通りで、悠人は光陰のいいところを出させる前に勝負をつけることが出来るのだ。それもたったの一撃で。

 「変に考えるな…自分のペースでやればきっと……」

 和也が神剣を構えると同時に今度は光陰が迫る。それほど速いとは思わない。

 だっと、和也も踏み込む。光陰が神剣を振り上げたところで更に加速をかけて後ろに回りこむ。だが、これを光陰は読んでいた。振り返りきりつけてくるが、和也もそれは判っていたことだった――光陰のカウンターを跳んで避け、そのまま頭上から神剣を振り下ろす。

 光陰はオーラフォトンを展開させてそれを受け止めた。

 「同じ手は――」通用しない。光陰はそう言おうとした。だが、和也が手にしていた神剣を手放た。

 拳をつくりそれを鳩尾へ突き刺す。が、思ったよりも手ごたえが無い。やはり素手は無謀だったかと思う。

 光陰の体勢がぐらつくが、両足はしっかりと立っている。

 神剣を短く振るのを後ろに倒れることで避けると、腕の反動を利用してを蹴り上げる。

 『煌』を掴み、宙に浮いたままの光陰を追いかけるために跳ぶ。互いに打ち合うことで押し合い、距離が開く。

 (すごい、先輩についていけてる。これなら――!)

 和也が再び走り出そうとした時、異変が起きた。

 ギヂギヂギヂギヂ――

 「がぁっ……!」

 今まで感じたことのないような痛みが胸の辺りに突き刺さる。

 「はあ…はあ…はあ……ぐぅっ!」

 次第に痛みは全身に広がり、立っていることすら出来なくなる。

 (何だ…これ?)

 指一本動かすどころか、瞬きすらできない。

 「和也!? どこか怪我したのか!?」

 「――!」

 そして、和也は意識を失った。





第二章・矛盾





 風の音がする。

 他にも荒い息遣い、心臓の脈動、石畳を靴で蹴る音――走っていた。薄暗い入り組んだ路地の中をひたすら、自分が疲れていることすら忘れて走っていた。

 風はふいていない。それぐらい速く走っているのか、それともただの勘違いなのか、どちらでもいい。この永遠ともしれない時間が終わるのなら、神でも悪魔でもどちらでもいい。僕を助けてくれ。

 「はあ、はあ、はあ、はあ、………何で、こんなことに」

 壁に背中を預けて立ち止る。労働基準法を全く無視し続けた体は既に限界だった。

 「僕が、僕が………」

 頭を抱えて蹲り念仏のように唱える。奥歯ががちがちと音を立てる。それが、やけに大きく聞こえる。

 じくじくと右の腕が痛む。もう少しでこの腕もなくなっていたのかと思うとぞっとする。

 体は氷のように冷たくなっていく。走り続けて、汗で着ている服もかなり濡れていた。しかも今は夜。気温は下がり、余計に体温は奪われていく。いつまでもこうしているわけにいはいかない。すぐに全身の筋肉が硬直してしまう。そうなったらもう逃げ切れない。立って、歩かなければ。

 「つぅ…」

 立ってみた。関節が痛みを訴える。だけど、それらにいちいち耳を貸している暇はなかった。

 その場を去ろうと一歩踏み出す。

 かつん。足音は一つだったが、後ろから自分のものじゃない音が一つ混じっていた。

 「……見つけたわ」

 その声にぎくりとして立ち止まる。あれだけ冷たくなっていた体が、更に冷たくなっていく。

 「もう逃げられないわよ…カズヤ」

 「何で……?」

 緊張で声が震えている。

 「あなたは危険なのよ……だから――殺す」

 瞬間、殺気が膨れ上がった。

 「うわああああああああ!!」

 神剣を抜き放ちながら後ろに振り返る。

 ガチイッ!

 全力で受け止めたのにもかかわらず、僅かに押される。力負けする前に後ろに逃げる。

 「逃がさない、ハイロゥ!」

 ハイロゥが展開され、純白の羽がはばたく。

 「ぐあっ!」

 銀光一閃、避けたつもりだったが左肩が大きく裂けていた。骨までいってるらしく、左腕が言う事をきかない。

 「………本気なのか」

 神剣にマナが集中しているせいでうっすらと蒼く光っている。

 「随分落ち着いてるのね、傷つけられれば少しは驚くかと思ったんだけど…」

 顔を上げる。そこには青い瞳、青い髪の美しい少女がいた。純白の羽は月の光を受けて輝きを増し、月光が長い髪をの上を砂金のようにこぼれていく――それは、まさに天使が舞い降りたのかと思うほどに幻想的だった。

 少女の名はセリア。天使ではなく、家族と思っていた人だった。

 「これで終わらせる……!」

 「!」

 鋼鉄の刃がぶつかり合い、甲高い激突音が響き渡る。火花が暗い夜道を照らす。

 衝撃で肩に激痛が走る。歯を食いしばって耐えるが、そう何度も続くものではないことは分かっていた。

 気付いたら神剣はどこかに飛ばされ、壁際に追い込まれていた。

 そして、セリアの神剣が和也の左胸を貫いた。

 「あ、ああ……」

 「さようなら」

 きらり。彼女が流した涙が月光に輝いていた。





第三章・欠片





 「っはあ!」

 跳ね起きた。勢いあまって布団を蹴っ飛ばしてしまった。

 急いで左胸に手を当てる。穴は開いていない。左肩も怪我していなかった。腕は相変わらずなかったが、夢の中では確かにあった。

 とりあえず顔を洗いたかった。きっと酷い顔をしているに違いない。



 水を手ですくい、乱暴に顔にかける。雫かぽたぽたと落ちるが暫くそのままでいた。

 (あれは………)

 不思議な夢、とでも言えばいいのか。内容は最悪だった。

 まるで本当にあった出来事のようにリアルだった。

 (だけど、僕はここにいる。あれは夢だ……)

 乾いたタオルで顔を拭う。気分はだいぶよくなった。



 誰もいないのか屋内は静かだった。ふと窓の外を見ると今が夜だというのに気がついた。

 「皆、寝てるのか」

 自分がどれだけ眠っていたのか判らない。もしかしたら丸一日寝ていたのかもしれない。だとすれば朝日が昇ればそれが決戦の日だ。

 足は自然と外に向かっていた。今夜は月が綺麗だった。満月でないのが残念だ。

 ひゅっ、手に持った模造刀を軽く振る。そのままいくつか型を試すように流す。自分でも驚くほどに体が動く。

 (先輩とやってからだ、まるで自分じゃないみたいに体が動いてくれる)

 今度は敵を思い浮かべながら型を繰り返す。思い浮かべるのはあの漆黒の剣士。今までたった二回だけだが剣を交えた事があった敵。

 風を切り裂く音ともに剣線が舞う。何度も、何度も軌跡は仮想の敵に対して振るわれる。だが、届かない。全て阻まれてしまう。

 (何が足りない? 僕とあいつの絶対的な差は何だ……)

 その先にどうしても行けない。それ以上行ってはいけない気がする。もう二度と戻れない気がした。

 結局、何をしても無駄なら無駄なのだろうという結論に達するのにさほど時間はかからなかった。

 「せめて後一太刀速く振れれば」

 本当にそうだろうか。たった一回分速く振れたとして、それだけであの敵を倒せるのだろうか。

 「………」

 全然足りない。むしろあいつは自分が傷付けれらることに喜ぶ、そんな気がする。

 生まれながらの戦士なのだろう。強い敵と戦うことに喜びを感じる。正直、そういうのが一番鬱陶しい。

 「もっと、力があれば………」

 皆を守れる。敵もみ方も――全てを守れる。誰も悲しませることはなくなるはずだ。



 ――力が、欲しいか?



 「え?」

 全身を衝撃が襲った。あまりに唐突で、そんな風にしか感じられなかった。

 何かが左肩の辺りから突き出した。肉を裂き、骨を砕きながら「それ」はいくつもいくつも体を突き破ってくる。

 ぐちぐちゃぶち。そんなワケもワカラナイ音がする。

 何だ? これは何だ? 

 ぎちぎちぎち………。

 やめろ。

 ぎちぎちぎち………。

 やめろよ。

 「あ、ああ……!」

 ようやく脳が異常を察知したが、だからどうしろというのだ。

 永遠神剣、スピリット、エトランジェ、戦争、マナ、世界、エーテル技術、四神剣、エターナル、ロウ、カオス………

 「ああああああ!!」

 絶叫。知っていること、知らないことがごちゃ混ぜになって、頭の中をかき乱される感覚。膨大な量の情報にとうに意識は流されてしまった。ただ、それを観ていることだけは自覚できた。





 始まりは本当に偶然でしかなかった。ひょんな事からエターナルと呼ばれる存在達が争う事になった。世界をあるがままにするというカオスと、世界を元の一つに戻すというロウ、二つの陣営が命を懸けて――不死である彼らが命を懸けるなんて本当におかしな話だ――戦争をはじめた。

 世界を一つに戻す。すなわち、全てのマナを一つの永遠神剣に集約すること。そんなことに何か意味があるのかわからないが、ロウはそれを本気でやろうとしている。

 世界が一つだった頃、世界を支える神の剣があったとされている。始まりの一振りと呼ばれたその剣が何らかの理由で砕け、あちこちに散った。砕けた欠片はそろぞれが自我を持つようになり、自らの世界を生み出した。世界を生み出すほどの力を持たない欠片は新しい大地に降り注ぎ長い年月を経て剣となった。これが後に永遠神剣と呼ばれるようになる。

 だが、自我を持った欠片達は元に戻ろうとするもの達と、今のまでよしとする考えを持つもの達に別れる。それぞれの世界は自分の世界に生きるもの達に永遠神剣を与え、自らの尖兵として戦わせることにした。それがエターナルの起源である。





 ゆさゆさゆさ………

 「………?」

 体が揺れている。心地いい揺れ具合に意識はまたどこかに行ってしまいそうだった。

 が、それをしてしまうとここから先の展開が怖いので素直に起きることにした。

 「起きてるよ」

 ベッドから起き上がり、しょぼしょぼする目をこする。起しに来てくれたのはネリーとシアーだった。やはりちゃんと起きて正解だった。いい加減、鳩尾に肘はやめて欲しいと思う。

 「おはよう。ネリー、シアー」

 何かとんでもない夢を見た気がするが、起きた時には忘れてしまった。まあ、夢なんてそんなもんだろう。特に気にすることもない。

 「うん。おはよう」

 「おはよう」

 挨拶を済ませて部屋から出る。

 「二人はいつこっちについたの?」

 「昨日の夜だよ」

 「他の皆も来てるんだよ」

 つまり、久しぶりに全員が顔を合わせる日が来た、ということだ。

 リビングにつくまで二人のトークをBGMにする。適当に相槌を打ってリビングに入るとスピリット隊の殆どがそこにいた。中には本当に久しぶりな人もいた。

 「あ、おはよう」

 例えば今挨拶をしてくれたニムントールなんかはその筆頭だろう。前はろくに会話もしてくれなかったと思ったのだが、時間というのはそういう壁も越えさせてくれるものらしい。

 「おはよう、ニムントール」

 朝食をとっている最中だが、意外にリビングは手狭で、この数にもなると座っている人のほうが少ない。

 自分も適当にパンにジャムを塗ると口に入れる。それをひょいひょいと、三個ほど続けて食べて、飲み物で喉に詰まる前に流し込む。我ながら実に不健康な食べ方だ。

 「………」

 それをぽかんと見ているニムントールの視線に気づいた。

 「どうしたの?」

 「ううん、器用だなって…」

 手のことを言ってるのだろう。確かに片手だと色々不便ではあるが、

 「ま、慣れの問題だからね」

 「そう、なんだ………」

 少しばつの悪そうな顔で小さく言う二ムントールに「気にしてないよ」と言って外に出る。あのまま中にいても邪魔になるだけだし、前日までの習慣がそうさせていた。

 外に出てまず一番最初に光陰を探した。だけど、どこにいるのかわからないので適当に歩くことにした。

 「おーい和也!!」

 すると、一分もしないうちに向こうから見つけてくれた。

 「目が覚めたのか? 昨日は驚いたぜ? 突然倒れるんだからな。大丈夫なのか?」

 「ええ。特に体に異常はないみたいです」

 「そっか、だけど無理するなよ。戦っている最中に倒られでもしたらたまんないからな」

 「ええ。気をつけます」

 話はそれだけだったらしく、光陰とはすぐに別れた。





第四章・報復





 そして、ラキオスとサーギオスの最後の戦いが始まった。現存戦力の内、つぎ込めるだけつぎ込んだラキオス。他国を吸収して勢力を伸ばしてきたラキオスが負けてしまえば他にサーギオスに抵抗できる組織はない。嫌でも全軍の士気は高まる。

 だが、サーギオスは初めからこの戦いで全て決するつもりだったのか、思った以上に戦力が温存されていた。

 両者一歩も引かず、被害だけが広がっていく。



 「はあっ!」

 漆黒のウィング・ハイロウを展開したサーギオスのスピリットが迫る。

 さっきまで切り結んでいたスピリットを力任せに払って、すぐそこまで迫っている敵に相対する。

 「っ……!」

 それを何とか受け止めるが、完全に足が止まってしまった。

 「炎よ疾く走れ、爆炎となりて敵を包め――イグニッション!!」

 次の瞬間には敵に神剣魔法が発動した。一瞬のうちに視界が灼熱の炎に包まれる。

 熱に焼かれる感覚に肌が泡立つ。肺が締め付けられるような圧迫感を感じた。

 味方を犠牲にしての特攻だった。一人を犠牲にして一人を確実に倒す。

 だが、炎は現れた時と同じく一瞬で掻き消える。後方に待機していた青スピリットによる“アイスバニッシャー”で瞬時に無力化された。視界はを揺らめかせたまま炎が消える。

 当然敵も助かったわけだが、視界を一瞬でもなくしたせいで状況判断に手間取る。その隙に和也はさっきの神剣魔法を使った赤スピリットに接近してきり伏せた。後ろから敵が迫る気配。最初に相手していた奴だ。

 振り下ろされた剣を受け流す。

 (無理に相手をするな)

 自分に言い聞かせて援護を受けられる場所まで下がる。敵が飛びかかろうとしたその時、火柱があがり、敵を一瞬で焼き尽くした。

 残り一人、特攻をかけてきた敵が残っている。敵が来ると予想される方に視線を向けるが、そこには誰もいない。

 「逃げた、か」

 一対三では勝てないと踏んだのだろう。よく訓練されていると思う。普通なら、仲間が殺されれば逆上して襲ってくるものだ。

 「そもそも仲間意識すらないか…」

 「カズヤ」

 自分を呼ぶ声に振り返る。ヒミカとセリアだった。

 「セリアさん、さっきは助かりました。ヒミカさんも」

 「とりあえず一度退がりましょう。すこし先行しすぎたみたいだし、ここにはあんまり敵はいないようだから、他のところに援護に行った方がいいと思うわ」

 「そうですね」

 「カズヤは本陣まで下がって怪我の手当てをして来なさい」

 「…はい」

 ここまで都合七戦してきた。怪我のほうよりも集中力が散漫になりつつあった。

 二人と別れる。同じだけ戦っているのに二人の集中力には呆れるものがあった。

 (敵わないな)



 本陣まで戻るとそこには人間の兵士、ラキオス軍がいた。多くは物資の護衛と運搬、管理だが、中には医療班などもいて簡単な治療ならこれで足りる。さながら野戦病院の様相をしていた。

 「ごめん。少し頼む」

 近くにいた軍医に話しかけ怪我の治療をする。かすり傷ばかりと思っていたが、そこかしこに大きな傷も見られた。

 (まあ、エトランジェならこれくらいは平気だし)

 治療はそこそこにしてもらって離れる。入れ違いに重傷の兵が担ぎこまれた。

 場が一気に慌しくなる。和也を診ていた医者もそっちに走っていった。

 (休んでばかりはいられないな)

 和也は走って戦場に戻った。



 「うひゃあ!」

 彼女――ヘリオンは慌てて横跳びで神剣魔法をかわす。何本かの炎の熱線を掻い潜り避けていく。

 避けた先には敵が待ち構えていた。

 「くっ!」

 何とか応じて見せるが絶妙なコンビネーションに防戦一方だった。

 「マナよ炎の雨となり――」

 ナナルゥが何とか隙を見つけて詠唱を開始すると、それより速く敵の“アイスバニッシャー”がそれを阻む。

 「ぅ…」

 僅かにだが、ナナルゥの表情にかげりがさす。

 ナナルゥへの敵の接近はハリオンが防いでくれているから何とかなっているものの、これではヘリオンの負担が増える一方だった。

 「きゃああ!」

 そして、ついに敵の神剣魔法がヘリオンを捕らえた。足を打ちぬかれたせいで踏ん張れないのだろう。その場に倒れてしまう。

 「あ――」

 敵が振り下ろした攻撃はハリオンが防いだ。

 だが、ヘリオンがそこから動けないせいでハリオンはその場に釘つけにされてしまう。

 敵の神剣魔法が迫る。 

 「伏せて!」

 目の前に飛び出してきた黒い影――和也は二人を守るように前に立つと、右手を突き出した。

 ばちばちと何かが爆ぜる音と肉がこげるような匂い。フラッシュのような閃光が閃いたかと思うと敵の神剣魔法が弾かれた。

 代わりに和也の手が焼け爛れていたが、それだけで、神剣魔法が本来の威力を発揮できたとはいえない。

 腕の痛みを――遮断――不可能――できる限り無視して神剣を抜き、青スピリットに切りかかる。

 ハリオンがその隙にヘリオンの怪我を治し、ヘリオンも戦列に加わる。ナナルゥの神剣魔法の援護もあり、敵の殲滅は速かった。

 「痛ぅッ!」

 こらえきれなくなって腕を抱くように胸元に引き寄せる。

 「カズヤさん! 大丈夫ですか!!」

 辺りに敵がいないのを確認したヘリオンが気遣う。既にハリオンが治療をはじめている。

 怪我は程なくして治った。痛みもない。だが、腕の違和感は残った。

 それは錯覚のはずだが、ショックが強かったせいか、忘れそうも無い

 「ありがとう。ハリオンがいなかったら危なかったかもしれない」

 「いえいえ〜。助けていただいたお礼ですから。でも、今度からはああいうことはしないで下さいね?」

 助けてもらったという事もあり、ハリオンはそれ以上しつこくすることはなかった。

 「今どんな状況ですか?」

 「本隊は城内に突入を開始しました。我々はしんがりとしてここに残っています」

 ナナルゥが手短に報せてくれる。

 「じゃあ僕達も行こう。きっと中にも敵はいる――」

 「敵です」

 ナナルゥが遮り、神剣を構えて詠唱をする。

 「アークフレア!」

 放たれた灼熱は地面をなめるように、周囲の瓦礫を巻き込んで敵がいると思われる方向にはしる。

 (容赦ないなぁ……)

 いきなりの先制攻撃。恐らく敵は一瞬でマナの塵と化したであろう。だが、ナナルゥは警戒を解いていなかった。

 「ナナルゥ?」

 「はい。敵はまだいます。警戒を――」

 僅かに視線をこちらに向けた瞬間。弾丸のように黒い影――黒スピリットが飛び出した。ナナルゥとすれ違い、ぱっ、花開いたかのように鮮血が舞う。

 「くっ!」

 ナナルゥが倒れた。僅かに神剣の柄が弾いて、致命傷は免れたが、傷は深い。大量の血が流れ赤い水たまりを作った。同時に大量のマナが流れていく。

 「ハリオン!」

 「はい!」

 「囲まれてます!」

 神剣の気配で数は判る。全部で五人。ヘリオンと二人でハリオンとナナルゥを守りながら戦うには多すぎる。

 蛇に睨まれた蛙ではないが、動く事が出来ない。

 三人に聞こえるぐらいの声で話す。

 「ハリオン、ナナルゥはどうだ?」

 「傷口は、なんとかふさがりました〜」

 よほど消耗しているのかハリオンは肩で息をしていたが、まだ元気そうだった。

 ナナルゥも神剣を杖にして立ち上がるが、病人のような青い顔をしていた。戦闘には耐えられないだろう。

 「さすが、それじゃあ三人は急いで先輩達と合流するんだ」

 「カズヤさんはどうするんですか!?」

 ヘリオンがぎょっとして聞いてくる。

 「どうするって、残るしかないじゃないか。ここで足止めしておくから」

 「そ、そんな…!」

 「先輩達は今も戦っている。少しでも戦力が欲しいはずだよ。何たって相手はエトランジェなんだ。数は大いに越した事はない」

 「でも……」

 ヘリオンの言いたい事は判る。彼女は自分達が残って、僕が行くべきだと言いたいのだろう。スピリットよりもエトランジェのほうが戦力にはなる。だが、それは聞けなかった。

 「それに、僕も一応はエトランジェなんだ。この中で一番生き残る可能性が高い」

 そう言うとそれ以上は食いついてこなかった。正直有り難い。包囲の方も大分狭まってきている。

 「それじゃあ、ハリオンさん。タイミング任せます」

 「任せてください〜」

 そして、じりじりと狭まれた包囲が一気につめられる。

 「――エレメンタルブラスト!」

 タイミング同じくしてハリオンが神剣魔法を放つ。指向性を持たせずに放ったそれはハリオンを中心に放射状に衝撃波が放たれた。

 同時にヘリオン、ナナルゥ、ハリオンと、ナナルゥをはさむように三人が離脱する。

 それを衝撃波から逃れた一人が追いかけるが、和也がそこに割り込む。

 「行かせるわけないだろ!」

 ぱっと、羽織っていた外套を顔に投げる。古典的な目くらましだが、上手くいき、視界を奪う事が出来た。そこを切りつけるが、向こうもわかっていたことで、あっさりと避けられてしまった。

 ざ――黒スピリットが三人、こちらを囲んでいる。構わず、目の前にいる敵に向かっていく。繰り出される居合いを跳んで避ける。着地と同時に後ろから二人が追いかけてくるのが気配でわかる。構わず逃げる。

 相手を包囲することの利点は相手の足を止める事が出来、なおかつ楽に死角をつけるということだ互いにフォローしあえるので被害も抑えられる。だが、一旦包囲から抜け出せれば、どうという事はない。しかも包囲を仕掛ける側よりも足が速ければ、再び包囲される心配もない。

 だが、そうそう上手くいくものではない。向こうは五人。逃げた先には、立ちふさがるように二人いる。青と赤スピリットだ。青スピリットが前に飛び出して来る。

 (落ち着け、活路はあるはずだ。今は守りに徹して…)

 青スピリットの攻撃を受け止める。おかげで再び囲まれた。左右からさっきから追いかけてきた黒スピリットが迫る。

 膝を殺して倒れる。青スピリットがバランスと崩して前かがみになった所を襟首を掴む。腹に足を当てて思いっきり後ろに投げる。

 起き上がり、右からの攻撃を神剣で受け止めたが、左からの攻撃は肩で受けるしかなかった。。

 「…ぐ…う…!」

 肩口に刃が食い込む。血が流れ、服を赤く染める。

 覚悟はしていたが、その痛みは予想を遥かに超えるものだった。がちっと奥歯が嫌な音を発した。

 ――ギチギチギチ………

 だが、何かに引っかかっているのか、刃は思ったより深くは入らなかった。

 少なくともすぐに死ぬような傷ではない。だが、放っておいたら確実に失血多量で死ぬ。

 戸惑ったのか、一瞬だが敵の動きが止まる。右側の敵の神剣を跳ね上げて、無防備になったところを神剣で突き刺す。すかさず左にいた方には回し蹴りを見舞う。

 (これで包囲は解けた)

 前にはまだ赤スピリットがいるが、神剣魔法は間に合わない。接近戦をせず、逃げるのに徹すれば追いつかれることはない。
 走りだそうとした時、視界の隅で何かが動いた気がして体をのけぞらせる。

 風を切る音と一緒に目の前を投擲用のナイフが過ぎていく。

 「ぐっ! 新手か!?」

 一瞬躊躇して視線だけで見る。そして驚愕した。そこにいたのはスピリットではなく、人間の男だった。

 ――ぎちぎちぎち。

 「あれをよけるとさすがですね」

 嫌な笑いを浮かべながらそう言った男が羽織っているものにはサーギオスの軍人の証である刺繍が施されていた。和也は直感的にそれが誰であるのか知った。

 「ソーマ」

 「ええ、いかにも」

 男――ソーマは否定しなかった。

 「そういうあなたは以前ここら辺をうろちょろしていた鼠ですか」

 和也は答えなかったが、別にソーマのマネをしたわけではない。

 かまわずソーマは続けて言った。

 「中々の手際ですね。ラキオス軍は、こうも簡単にサーギオスのスピリット隊をやすやすと蹴散らしてしまうんですから。これもそれも全てあなたという存在を軽んじた我が方の勇者殿の至らないところですか……」

 すっと、ソーマが手をかざすとさっきまで戦っていたスピリットたちがソーマの傍に控える。

 「戦いはそろそろ決着が付いてもいてもおかしくないでしょう。そこで、提案なのですが……」

 「お前は危険だ、ここで殺す」

 直感でそう言った。ソーマという人物はスピリットを自分の道具としか思っていない。そんな奴の頼みごとを聞くなど、何があっても断るつもりだった。そして、こういう輩は必ず生かしておいてはいけない。

 「くっくっく。そうですか、そもそも選択の余地はなかったというわけですね」

 何がおかしいのか、ソーマはけたけたと笑う。

 「お前はスピリットを戦いの道具にしてきた。その報いを受けてもらう!」

 「残念ですね。あなたは私には勝てない! なぜなら、最後に勝つの私なのですからね!!」

 こちらが飛び出すのと同時にソーマのスピリットがソーマを守るように立ちふさがる。

 「邪魔だ!」

 一人が飛び出してくる。二人が回りこむ、残った赤スピリットがソーマの側から動こうとしない。

 上段から振り下ろされた攻撃を滑るような動きで横に避ける。回り込みに入っていたスピリットが引き返すがタッチの差で遅い。そして、最後の赤スピリットが爆炎を巻き上げる。

 「!」

 その中に飛び込む。網膜が焼かれた。髪の毛がちりちりする。肌がじりじりと焼け、肉が焦げる。そして、一瞬で炎の壁を突き抜ける。

 「何だと!」

 ソーマの目が驚愕で見開かれる。遮るものが無くなり、和也が神剣を振り上げ、横合いからの衝撃にあっさりと手から神剣は弾き飛ばされた。

 「!」

 腕は痺れたままだ。それ以上に全身が麻痺したかのように動かない。

 (やられた!)

 視線をめぐらせると、さっきまでいなかった緑スピリットがいた。自分の槍型の神剣を投擲でぶつけてきたのだ。

 敵が殺到する。転ばされ、両方のふくらはぎにそれぞれ神剣を突き立てられ、地面に縫い付けられる。そして、残った右腕が切り落とされた。

 噴水のように鮮血が噴出す。

 「ぐ、あああああああああああ!!」

 痛みは一瞬の間をおいて現れた。

 「は、はは。どうだ! やはり最後に勝つのは私なのだ!!」

 「あ、あああああ…!!」

 倒れそうになった所を、後ろから髪を捕まれて顔を持ち上げられる。

 「うぐ、あああ……」





 ああ、何かこれってとってもピンチ?

 体中痛いし、怪我してるし、早く治さないとマジで死ぬ。

 ああ、でも死んじゃったらどうでもいいか。

 ヘリオン達が無事に先輩の所まで行けたんなら、僕の役割も終わりでいいよね?

 だって、こんな状況でどうしろっていんだよ。僕、絶体絶命じゃん。

 ――ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち。



 

 「………」

 「ふ、無駄と判って大人しくなりましたか」

 ソーマは和也が突然に動かなくなったことに不安を覚えたが、今自分が絶対的優位な立場であるということが勝って余裕を取り戻していた。

 「………」

 「こいつ、なんとか言ったらどうなんだ!」

 何も言わない和也に痺れを切らして手に持った剣を叩きつけるように振るった。

 しかし、それが和也に当たることは無かった。切ったのは残像だけだった。

 「どこに!?」

 慌てて和也の姿を探す。

 和也は緑スピリットの後ろに立っていた。そして、ばくっ、と口を開くとその喉を食いちぎった。

 「ふう…ふう…」

 スピリットが倒れる。ソーマ達はその音を聞いてようやく和也の姿を見つけた。

 「!!」

 だが、すぐに後悔した。知らなければ恐れることも無かっただろう。

 そして、惨劇を見た。





第五章・ただ一つ誰も知らない真実





 激しい振動がサーギオス皇帝の間に響く。室内は戦いの影響でぼろぼろだった。とてもここが皇帝の間だったとは思えない。だが、そこで戦いはまだ続いていた。ラキオスのエトランジェ高嶺悠人とサーギオスのエトランジェ秋月瞬の戦いは拮抗している。

 瞬がオーラフォトンを収束させていく。次に来る攻撃に備えて悠人もオーラフォトンを収束させる。

 「オーラフォトンレイ!」

 いくつもの光の奔流が意思を持ったかのように波打ちながら迫る。それは目標を誤らず、正確無比な弾道で悠人に襲い掛かる。

 「レジスト!」

 オーラを展開させながら走る。互いの技がぶつかりあい、相殺される。

 「コンセントレーション!」

 自身に集中のオーラを纏わせる。今なら目を閉じたままでも周囲の状況が分かる。瞬が次に何をしようとしているのか分かる程に、悠人の集中力は鋭さを増していた。

 右に、回りこむ。

 「ちぃ!」

 そう見せかけて左に回り、瞬の攻撃を避ける。僅か数センチ目の前を瞬の『誓い』が過ぎていく。がら空きになった胴に『求め』で――

 「!」

 とっさに正眼に構え直す。衝撃が腕に伝わる。瞬はそのまま回転して攻撃に転じたのだ。あのまま決めに行っていたら共倒れになっていた。

 「瞬!」

 「悠人!」

 互いに切り結び、視線が合う。神剣からは力が溢れる。まだ戦える。

 見えるのは目の前の敵ただ一人、倒すべき敵もただ一人。

 動悸は激しかったが、焦りはなかった。瞬に勝てる確信があった。

 瞬は強い。『誓い』も『求め』より力は上だろう。だが、無敵ではない。力を使えば消耗するし、怪我をすれば血だってでる。どんなに強くても無敵ではないのだ

 (いける! 勝てる!)

 さらに踏み込もうとしたところで、後ろから呼び止められる。

 「ユート様! カオリ様が!」

 はっとして気づいた。瞬の後ろ、佳織がこちらを心配そうに見ていた。気づかないうちに近づきすぎていたようだ。

 「ちっ!」

 神剣を払い、距離をとる。

 「遅い、遅いぞ悠人!」

 「ぐう……!」

 瞬が悠人より速くその距離を詰め、一閃する。受け止めるが、弾かれる。

 更に踏み込んでくる。悠人も同時に前に飛び出す。

 「つああっ!!」

 「うおお!!」

 互いに放った技、オーラフォトンの壁に阻まれ、流され、衝撃が広がる。

 悠人が突きを繰り出す。それはやはりオーラフォトンの壁に受け止められる。

 (ここを貫く!)

 僅か一瞬、回転運動させていたオーラフォトンの壁に『求め』を打ち込む。異物を確認した瞬のオーラフォトンが乱れた。そこに『求め』の力を加え、瞬のオーラフォトンを破壊した。

 「なあ!?」

 「これで――!」



 グオオオオオオオオオオオ!!



 決定的な瞬間。だが、その先を許さない咆哮が――衝撃がサーギオス全土を揺るがした。

 「な、なんだ!?」

 戦いの途中であるにもかかわらず、辺りを見回す。

 空気が変わった。一言でいうならそういうことなのだろう。『求め』が震えていた。それは次第に強い強制力となって悠人を苦しめた。
 
 『逃げろ! 契約者よ逃げるのだ! 早くここから逃げるのだ!!』

 「も、『求め』? ぐうぁ…!」

 激しい頭痛に襲われる。それが瞬に付け入る隙を与えた。

 「隙があるぞ、悠人おおお!!」

 そこに決定的な瞬間が訪れた。苦し紛れに受け止めようとした『求め』は、瞬が繰り出した苦し紛れの、そして最大級の一撃に耐え切れず、半ばから折れた。

 「ま、さか…『求め』!?」

 どくん――急速に力が抜けていく。だが、まだ『求め』から力を感じる。

 『まだだ…、契約者よ、……まだだ!』

 力強い『求め』の声、だが、それに反して殆ど力は感じられない。武器としても半端で戦える状態ではなかった。

 それよりも気がかりなのはこの肌に突き刺さるような殺意だった。あまりにも強大過ぎてどこから向けられているものなのか判別がつかない。自分に向けられているものなのか、それとも自分じゃない誰かに向けられているものなのか。

 「ぐおおおお! どうした!? 『誓い』ぃぃぃっ! ぐああああ!!」

 「瞬!?」

 目の前の瞬が苦しみだす。その苦しみ方は神剣の強制力に似ている。

 『気をつけろ…『誓い』は、我の力の殆どを吸収している…『誓い』とは別物だ。もはや、我が太刀打ちできるものではない』

 『求め』の言うとおり、先ほどまでに瞬から感じていたオーラの質が明らかに変わり始めていた。折れた『求め』が『誓い』に吸収され、その形状も変わっていく。神剣の気配が膨れ上がり、呑み込まれてしまうような感覚、それに負けじと、だが足は瞬から遠ざかっていた。

 『気をつけろ、契約者よ…まだ他にいるあやつよりも恐ろしい者が……』

 これ以上何か来ると言うのだ。そう思った。

 「ユート様!」

 エスペリアだった。いつの間にか彼女の隣まで下がっていたらしい。

 「エスペリア、油断するな! まだ、……何かいる」

 「はい、私たちもそれは感じていました。それよりも、ユート様はお下がりください。あれは私たちが相手をします」

 エスペリアが『求め』を見て言う。自分が今足手まといなのは十分理解していた。

 「すまない、頼む。出来る限りサポートはする」

 「はい。では、いざと言うときは頼りにしています」

 エスペリアを始め、スピリット隊の面々が前に出る。

 先頭は光陰だった。悠人は一番後ろに構える。瞬の方は既に準備が出来たようで、新たな神剣を手に自然体で構えていた。そして、口を開いた。

 「…なかなか、この体の持ち主はいい具合だ。同類の貴様なら分かるんじゃないか?」

 瞬だったものは、はっきりと悠人を見て言った。

 「俺が、瞬と同類?」

 確かにそうかもしれないと思う。瞬と悠人、二人はやり方は違ったが、求めたもの、願ったものは同じだったはずだ。沢山のすれ違いがあって、互いに憎しみ合うことしかできなくなったが、それはもしからした近親憎悪だったのかかもしれない。もしくはそれに近い感情があった。それは否定しない。

 だが、違う。

 「俺は瞬と同類じゃない」

 確かにそう言った。瞬はたった一つのものを求め続けた。全てを犠牲にして、だが、自分は、そうできなかった。佳織は確かに悠人にとって大きな部分を占めている。だが、絶対ではなくなっていた。

 大切なものが増えた。守りたいものが増えた。それらは確実に悠人を強くし、弱くした。瞬とは違う。たった一つのものために強くなることは出来なかったのだ。

 だから、違う。瞬の生き方を否定はしない。ただ、瞬と同じだと言うことは違うと思った。それは、互いの存在を認めているからだと思う。少なくとも悠人はそうだった。

 「だから、違うんだ」

 「……そうか」

 まるで始めからどうでも良かったのかように言う。

 「さて、貴様らには悪いが、この世界でどれくらい力を出せるか、試させてもらうぞ。これから色々とやることがあるからな」

 「へっ、何をするつもりかは知らないが、残念だったな。お前はここで俺たちが倒させてもらうぜ!」

 光陰が前に出て挑発する。瞬はそれを聞いて面白そうに冷笑を浮かべた。

 「……おもしろい。手加減してやる。持ちこたえて見せろ」

 ゆら、と一瞬陽炎のように瞬の体が動いた。光陰にはそう見えていた。

 「………ぐうっ!」

 呻き声、光陰が膝を着く。傍らには瞬が光陰を見下ろしてた。神剣を持たない方の手が硬く握られている。何も出来ずに、素手の一撃に倒れたのだ。

 「この程度か?」

 視線を他のスピリット達に向ける。

 「どうした? こないのか? 来ないなら、これで終わらせてもらおうか!」

 瞬が空高くに手のひらを向ける。そこに膨大なオーラフォトンが収束していく。荒れ狂う暴風のようだったが、風はおろか、埃一つ立たない。まるで、それが神聖な儀式であるかのように、ただ、圧倒されていた。

 「では、さようならだ――なっ!」

 瞬がその力を解き放とうとした時、城全体を揺るがす音と共に、何かが皇帝の間の壁を突き破った。煙の巻き上がって、それが何かは分からなかった。

 「オオオオオオオオオッッ!!」

 獣のような咆哮を上げて、瞬に向かって猛進する。

 「ち!」

 瞬がそれに向けてオーラフォトンを放つ。高濃度に圧縮された力は触れたものは全て破壊する。それに、例外はない。

 対して、それは腕を振り上げた。いくつもの剣が無秩序に束になったような腕。振り上げただけで纏わり着いたオーラフォトンが強風を巻き起こしす。

 振り下ろし、収束したオーラフォトンとぶつかり合う。互いの力がせめぎあい、両者一歩も引かない。

 「グオオオオオオオオッッ!」

 咆哮がそれを打ち破った。次第にオーラフォトンは勢いをなくし、最後には打ち砕かれた。

 激震にひざを突く。だが、目はずっと離れなかった。

 「あれは……和也、なのか……!?」

 顔を見間違えることなんてない。だが、あれは何だ。疑問が頭をもたげる。

 『あれは…我らの同属、永遠神剣』

 (永遠神剣? 和也じゃないのか?)

 『ようやく理解した。我があれに感じていた違和感の正体……こんなことがあろうとは』

 『求め』は何か理解しているらしいが、悠人には理解できなかった。

 『汝らが言う和也というものは、それ自体が永遠神剣なのだ。我らがさまざまな姿かたちを持ち、意思を持つように、あれも、人の姿をもち、意思を持つのだろう』

 「そうか、だけど、それだけなのか? あいつは何のために戦ってるんだよ! 永遠神剣は代償を求めるんだろ!?」

 「ユート様?」

 『我にもそこまでは判らぬ。だが、あれが永遠神剣であるのは間違いない』

 今も想像を絶する戦いを続ける二人。とてもその中に割って入ることなどできるとは思えない。

 「ガアアアッ!!」

 圧倒的な強さで瞬を押していた和也だったが、その戦い方は力任せで、遂に瞬の攻撃が和也を捕らえた。切られた箇所からは鮮血の代わりに、新たな剣が突き出す。その度に和也は苦痛に吼える。そして、さらに怒りに任せて無謀な戦いを続けていく。

 「何で、あんな戦いを続けるんだ……?」

 「私たちを守っているんだわ」

 即答と言える反応でセリアが答えた。

 「和也……」

 そんなことをしている間にも戦いは和也にとって不利な方向に向かっていく。

 「少しは、楽しめたが、所詮この程度か……これで、終わりだ!」

 振り下ろされた腕をすり抜け、背後に回る。掌に溜めたオーラフォトンを背中に叩き込み、押しつぶす。その勢いについに床が抜ける。床はきれいに円形状に抜けて、そのまま階下に落下した。穴の下では気絶したのか、ピクリととも動かない和也が倒れていた。

 「……ふう、中々、思った以上に力を消費したな」

 疲労をにじませ、呟く瞬。

 「だが、なるほど、慣らしにはもう少し時間をかける必要があるな」

 「ならば退きなさない」

 「なに?」 

 突然、どこからともなく女性の声が聞こえた。次に目の前の空間が揺らぎ、歪む。その歪みの中から外へ割って入るように亀裂が入る。ガラスが砕ける音と共に、戦巫女がその姿を現した。

 凛としたその姿を悠人と光陰は知っていた。以前神木神社で出会い、こちらの世界にくる原因となった人、倉橋時深。

 「倉橋の戦巫女か……」

 「それとも、ここで戦いその命無駄にしますか?」  

 「戯言を……今は貴様とやりあうつもりはない。だが、いずれは貴様も殺してやる」

 そう言うと、瞬の体が空気にとけるように消えていく。同時に神剣の気配も弱くなっていき、感じ取れなくなった。

 同時に脅威が去ったことでの安堵と、自分の理解の範疇を超えた何かに対する不安が訪れた。

 「説明、してくれるんだよな?」

 「ええ。ですが、その前に……出てきたらどうですか? 私の影に隠れて門を抜けてきたことは分かっています」

 時深が視線を鋭くして言い放つ。だが、そこには誰もいない。

 その時、すぐ近くで声がした。

 「はいは〜い。そんなに怖い目をしないでよ」

 「まあ、そういうことだ」

 いつからそこにいたのか、すぐ近くまでに二人の人間が立っていた。片方は背の低い少年、もう一人は対照的に背の高い男だった。

 「いつの間に?」

 「認識阻害をかけていた。気づかなくて当然だろう」

 背の高い方が静かに、だがよく通る声で言った。

 「二人だけですか? 四人いた気がしましたけど」

 「二人なら下にいるよ」

 「下?」

 背の低い方が瞬が開けた大穴を指して言う。

 覗いてみると確かに誰かいた。

 「それで、お前たちは一体何なんだ?」

 悠人は話しやすそうな背の高い男の向き直った。表向きは冷静を装っていたが、内心は穏やかじゃなかった。

 自分の知らないところで何かが起きている。それは面白くなかったが、この状況を理解しなければ不満をぶちまけるのも無理だった。

 背の高い男が顎に手を当てて考え込むしぐさをする。本人は考えているつもりなのだろうが、そうは見えない。既に言うことは決まっているのにあえてそうしているように見える。

 「我らはエターナルと呼ばれている」

 そう、はっきりと言った。





第七話 ミラージュ・ミラー 終

あとがき

 お話は遂にクライマックスモードに突入した雰囲気をかもし出しています。だけど、終わりがいつになるのか検討がつけられないのが、現状でして……七話を書くのにいったいどれだけの時間を費やしたことか……

 次回は第八話。当初は十話で終わるように調整していたから、ちょうどいい感じです。

 最近になって昔の話を読み返してたりして驚いています。最初は重要な伏線だと思って書いていたアレやコレが今になって蛇足気味になりつつあること、既に後悔が……

 でも、やっぱり使いたかった設定だし、使わないといけなかったものだし、執筆しない期間が長すぎてすっかり忘れていたりで、忘れたまま書き続けたわけで、反省。

 とりあえず、最終話に向けて調整してちゃんとしたモノにするつもりなので、次回に御期待していただくとして、今回はこれにて失礼〜。

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