〜僕と剣〜
第五話 枯れたオアシス
第一章・決意〜迷想〜
ラキオスとマロリガンの戦いは予想よりも大いに長引く事になった。その理由がマナ障壁だった。この突破不可能なマナ障壁があるせいで前線を押し進める事が難しくなっていた。そのため、ラキオス軍は砂漠を越える事が出来ず、ランサに防衛線をしく事しか出来なかった。
そして、向こうは好き放題に攻めることが出来る。未だに実害にはいったていないが、それもいつまで持つかはわからない。
通常。戦いにおいては、守りよりも攻める方が難しいとされているが、そんなもの気休めにもならなかった。なぜなら、マロリガンにもエトランジェがいるからだ。自分と同じかそれ以上の力を持つエトランジェが二人。それだけでも頭が痛くなるというのに、その人物が悠人を悩ませていた。
(光陰…それに今日子。今日子は完全に神剣に支配されていた……何で、何でこんな事になったんだ……)
「………」
それでもここ最近は忙しく、忘れたかのように振舞っていられる。だが、それは目の前の問題から逃げているだけで解決にはつながらない。
「俺は、やっぱり厄病神なのか…」
そして、この日は何事もなく無事に終わった。
「はあぁぁあ!」
突出してきたスピリットを切り伏せる。その隙に他のスピリット達に防衛ラインを突破される。
その内の一体が詠唱中のナナルゥに向かう。
「ナナルゥ! そっちに行ったぞ!」
敵の接近を確認するとナナルゥは詠唱を中断し、神剣を構えて敵を向かえ打つ。すぐに自分のほうにも敵が迫る。
(くそっ! 連戦のせいでみんなの注意が散漫になってる)
そうしている間にもナナルゥが押されていく。もともとレッドスピリットは接近戦に強いとはいえない。
(このままじゃ・・・!)
防衛ラインを突破されるなど、普段の自分ならしないはずだった。
そして、じわじわと戦場が拡大していく。ラキオスがいかに精鋭といってもマロリガンの戦力に対して防衛線が出来るほどの数はない。しかもここは砂漠のど真ん中、拠点がない以上防衛戦に向いていない。
(深入りしすぎたか)
ちら、とナナルゥの方を見る。ヘリオンが敵の背後に接近すると一刀で切り伏せていた。そのまま守りが手薄な方へ向かう。
(ヘリオン、また腕を上げたな)
初めて実戦に出たときの事を思えば彼女はもう一人前だと悠人は思った。
ナナルゥの無事を確認してから前に意識を向ける。
最前線ではアセリア、ウルカ、セリア、ファーレーンが。その脇を固めるようにグリーンスピリットの三人。
それでも現状は厳しい、そろそろ後退を考え始めた頃、ある一点に力が収束していくのを感じる。だが、周り、特に前線で戦っているメンバーにこれといった変化は無かった。
錯覚――そう思った時、『求め』が警告する。
『気をつけろ、来るぞ!』
頭の中にイメージが送られ『求め』の言いたい事はすぐに判った。他のスピリット達とは明らかに違う圧倒的な存在感。『因果』と『空虚』だった。
「判ってる……レジストォッ!!」
前線に向けて最大威力で抵抗のオーラを展開する。次の瞬間爆音が鳴り響き、『空虚』の放ったライトニングブラストが悠人のオーラの壁にぶつかる。高密度に張り巡らされた障壁はその大部分が削られたが、打ち破られる事はなかった。
(次ぎは………後ろ!?)
一瞬頭の中にイメージが浮かび上がる。感じるままに体を捻って横に飛ぶ。『因果』を打ち下ろした光陰と目が合う。意外、光陰はそんな顔をしていた。
「へえ? まさかあれをよけられるとは思わなかったな………だが、そろそろ限界じゃないのか?」
「……」
ゆっくり、だが、しっかりと『求め』を構える。確かに連戦に続いてさっきのレジストで限界が近づいてはいる。だが、負けるわけにはいかない。
再び今日子の方にマナが集まっていく。
「……消し炭になれ」
他のスピリットには目もくれずこちらにその矛先が向く。
「くっ……!」
放たれた雷撃を寸でのところで回避する。が、右腕が焼けるように熱かった。僅かにかすっただけなのに皮膚が焼け爛れている。神剣の加護が無かったら確実に使いものにならなくなっていただろう。
(足りない・・・もっと強く、速く…俺の求めを叶えて見せろ『求め』!)
踏み込む足に力が入る。その力の流れに身を任せて一気に光陰との距離を詰める。
「うおおおおおお!!」
「甘いぜ悠人!」
正面から突っ込む。そこに光陰のカウンターが迫る。これほどの加速をかければ急に止まることは出来ない。だから、さらに一歩踏み込む。滑り込むように、深く、鋭く踏み込む。上体を倒して一撃を掻い潜り、空いた懐に向かって『求め』を切り上げた。
瞬間、がつん。という鈍い衝撃が腕に伝わった。光陰は『因果』を手元に引き寄せもう片方の刃で『求め』の刃を辛うじて防いでいた。
「ぐぅっ……!」
「ちぃっ……!」
弾かれ、距離が開く。そのまま互いを牽制しあうかのように動かない。今日子もピタリと動きを止めている。妙な緊張に包まれていた。
「………」
「………ふっ」
先に構えを解いたのは光陰だった。
「やめだやめ。これ以上はこっちの損害が増えるだけだ」
光陰の動き理解したマロリガンのスピリットが侵攻を止め、光陰より後に待機する。
「逃げるのか!」
光陰を視線で射抜く。それに動じた様子も無く光陰が言う。
「今更どこに逃げるってんだよ。こっちはお前らに追われる側なんだぜ?」
肩をすくめておどけて見せたのも一瞬。
「次が最後だ」
今まで見たことも無いような真剣な顔でそういった。
暫くして、『求め』を収める。手にはじっとりと汗が浮かんでいた。決して暑さのせいではない。今にして自分がやっていた事に気づく。
殺しあったのだ、親友と。だが、それはどこか現実味が無く、ひどくあやふやで、他人事めいたもののように思えていた。
それでいて、しっかりとこの手には感触が残っていた。
第二章・再誕〜死人〜
サーギオス領内のリレルラエルの街、宿の一室。旅行者らしき人物が二人。少年と大人。二人は家族でもなければ友人でもない。ただの仕事上の都合で時々顔をあわせるくらいだ。
「左腕はもう再生出来ないのか?」
無くなった人体を再生させる。おかしな話だったが、消滅寸前のスピリットでさえ生き返らせることは可能なのだ。別段驚くことは無いが、
「ええ。『煌』も言ってましたけど、時間が経ちすぎると消失した状態で体が安定するらしいです。だから僕の腕はもう再生できません」
言って、左肩に触れる。その先は何も無い。
サーギオス領内で情報収集を始めた頃、二人組みの男女にやられたものだった。圧倒的な強さだったが、かろうじて逃げることは出来た。その時の戦いで左腕を失い、顔の左半分を引き裂かれてしまった。
(違うな・・・逃がされたんだ。あれは僕を弄んでいたんだ)
窓の外を見ながらぼんやりあの時の事を思い出す。初めはエトランジェかと思っていたが、今にしてみればもっと別の存在、例えば・・・神・・・
(まさか、な)
思いを振り払うように視線を窓の外に向ける。
外は人々が行き交いそれなりに賑わいがある。ただ、それらの行動は機械的であり、人間らしくは無いとも思えた。人間らしくないこの街で果たして自分と同じ人間がどれだけいるのかはわからないが。
もしかしたらこっちが森の中に迷い込んでしまったのかもしれない。
「そんな事より………」
話題を変えようと和也が、一枚の紙を指して言う。
「本当なんですか? マナ障壁を抜ける事が出来るって?」
「ああ。抗マナ装置が完成したらしい」
「………つまり、次の作戦には僕も参加すればいいんですね」
マナ障壁を無力化したという事は、次に障害になるのはスピリットだ。戦力は決定的にマロリガンに分がある。なら、少しでも戦力をかき集めるのは当然の判断だ。
「そういう事だ。話が速くて助かるよ」
「じゃあ、このままマロリガンに向かいます。後のことは任せました………補充要員が来るとでも言っておいて下さい」
そう言って立ち上がる。壁に立てかけていた刀を肩に担ぐ。止め具が外れない事を確認。装備に不具合が無いか点検する。点検といっても靴紐がちゃんと結んであるかとか、そういった程度のものだが。最後に小さくまとめた携行食を腰のベルトに装着しいて完了。外套を羽織り、部屋の入り口に向かう。片腕しかないと時間がかかる。
「じゃあ、行って来ます」
マロリガンの侵攻を防いだその翌日。嬉しい報せがランサに届いた。ラキオスにて抗マナ装置が完成したようだ。明日の明朝にはランサに届く手はずとなっている。
「これでマナ障壁は防げるが………」
悠人がぽつりと呟く。心配事の一つは片付いたが、問題なのはそれから先だった。マロリガンの領内に入れば戦いは避けられない。戦力差は圧倒的だった。
「それと……」
報告を行っていたエスペリアが口ごもる。普段こういう事には冷静な彼女にしてみれば珍しかった。
「どうしたんだ? 何かあったのか」
「はい……詳細は不明ですが、一人、補充要員が来るようです。ただ、いつになるかは判らないとの事です」
「………判った。エスペリア、この事は皆には黙っていてくれ。大事な作戦の前だし、いつ来るか判らないなら初めから居ないものとして考えた方がいい」
はい。そう言ってエスペリは部屋を後にした。
「ふぅ……」
自室に一人残された悠人が溜め息をつく。時刻は昼を半ば過ぎたほどだ。砂漠程ではないが、ここも十分に暑い。窓を開けると少し熱を含んだ乾いた風が室内に入る。外は晴れていた。太陽が眩しい。
夏――なんとなくそう思った。常春のラキオスでは感じる事の無い季節。戦争と平和。日常と非日常。世界は争う事が前提で成り立っている。最近そう思うこうようになった。戦争が無くなっても人は争い続ける。ただ、平和的に争っているだけで、争いが無くなる事はない。それが日常。本当の平和なんてどこにも無い。
(なら……どうしようもない……か)
いくら考えてもこればかりは仕方の無い事だ。自分は政治家でもなければ革命家でもない。理想主義でもないし、現実主義でもない。ただの人で、そういう人間は自分の事だけで手一杯なのだ。
何故今自分はこんな事を考えているのだろうか。明確な答など出るはずも無いが、あえて答を求めるなら今が『夏』だからかもしれない。
「訓練にでも行くか」
この時間ならアセリアはまだ訓練しいているはずだ。最初の頃彼女には手も足も出なかったが最近では勝率五割をキープするようになった。アセリアもこの事に気づいているらしく、訓練に余念がない。
(でも、『求め』を使って五割ってことは純粋な力はアセリアの方が上なんだよな………俺ももっと強くならないと!)
自分に活を入れて悠人は訓練に向かった。
第三章・結束〜破錠〜
翌日。報告書通り抗マナ装置を積んだ車と科学者数名がランサに届いた。例の補充されるスピリットは居なかった。悠人は当初の予定通りに作戦を実行することに決めた。
リビングにはエスペリア、ウルカ、セリア、ファーレーンが集められていた。
「まず、これを見てくれ」
机に広げられた地図を指差す。
「今俺達がいるのがここラースだ。今まではマナ障壁のせいでスレギト攻略を果せなかったが、今回はここを一気に制圧する。逃げる敵は無視して構わない。ウルカとファーレーンの部隊が前に出て敵を迎撃してくれ。エスペリアとセリアは後方で抗マナ装置を守って欲しい。何か質問はあるか?」
一泊置いてウルカが口を開く。
「ユート殿はどのような位置になるのですか?」
「俺は単独で遊撃をするつもりだ。だから一度作戦が始まれば俺は本隊から外れる事になる。大まかな指揮はエスペリアに執ってもらうが、細かい事は部隊長の判断に任せる」
スレギト攻略はその日の夜に決行された。あわよくば暗闇に紛れて強襲しようと考えていたのだが、悠人の予想に反し、スレギトの守備隊は最低限の抵抗を見せたあとあっさり撤退してしまった。恐らく、光陰が指示したのだろう。釈然としなかったが、ラキオスにとって被害がなかったのは素直に喜んだ。急いで技術班に抗マナ装置を起動するように指示を出す。装置が低い音を響かせながら起動する。
(これで本当にマナ障壁が防げるのか?)
自称天才のヨーティアを信じていない訳ではないが、どうしても『もしも』の場合を考えずにはいられなかった。
「…」
一分が経過。
「……」
二分が経過。
「………」
三分が経過。
「………終わったのか?」
念のたもう暫く待ってみたがマナ嵐が起こる気配はない。どうやら抗マナ装置がちゃんと作動していたようだ。その事に内心安堵する。
次はマロリガンを制圧してこの戦いは終わりだ。
(光陰・・・お前はどうするんだ? やっぱり俺を殺しに来るのか?)
視線を首都マロリガンがあるであろう場所に向ける。いつの間にか空に明るさが戻り始めていた。
(・・・違う・・・・・・これは、見たことがある・・・こんな!)
夕刻が近づく中、ようやくマロリガン領に差し掛かった頃、空を貫くような光の柱が立っていた。荘厳なそれはその形容からは想像もできないような禍々しさを含んでいる。あれは死への最終宣告だ。
「・・・エーテル変換施設の暴走」
全てが終わる・・・。
この光が全てのしがらみから開放してくれる。
なら、もう誰も苦しむ事は無い。
全てのものに死という平等が訪れるなら、誰も文句は言えない。誰も不幸じゃない・・・でも、
誰も幸せなんかにはなれない。
それは、いいことなのか?
判らない分からない解らないわからない。
だから、今出来る最善を考えられない。
何も・・・何も考えられなくなって・・・
意識が遠のいていくことさえ、気づかなくなって・・・
暗転とする世界の中で、僕は意識を手放した。
何か別のものに自分が満たされていくのを感じながら・・・・・・。
夢、そうこれは夢だ。だって、そこには知らないはずの人がいたから。
今もその人が何か語りかけてくるが、聞き取ることは出来なかった。
(あなたは誰なんだ。何でそんな顔をするんだ?)
だが、夢の人物は答えない。ふいに、どこかで自分を呼ぶ声がした。
『和也!』
「・・・っ!」
いつの間にか景色が変わっていた。随分と長い間某っとしていたようだ。砂漠の風景はどこにもなく、家々の街並みがあった。周りには誰もいない。自分だけがこの世界の住人のように、シン、としていた。
「何が・・・起きていた?」
体がだるかった。まるで戦った後のような疲労感に包まれている。いや、実際戦ったのだろう。そうでなければ、そう思うこともない。
『ここに来るまでにざっとスピリット二十体ってところだ。そりゃ疲れもでるさ』
どうやら、マロリガンまで来たようだ。また自分を抑えられなかった。
「そう・・・だな」
いつの間にか手に握っていた『煌』を鞘に戻す。また意識をのっとられていた。
「他の皆は・・・まだ大分離れているな」
今この場所にはラキオスのスピリット隊が進軍中のはずだった。神剣の気配が遠くに感じられる。
『ああ。大きい反応が三つ、ありゃエトランジェクラスだな』
「岬先輩と、碧先輩」
そして悠人先輩の三人。
そしてエーテル変換施設の方へ歩き出す。何となくだが、悠人なら全てを任せられる気になった。だが、時間はもう圧倒的に足りていない。なら、自分に出来ることをするだけだ。
「行こう、世界はまだ終わらせちゃいけない」
――ズキ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ胸が痛んだ。
夕刻。空が段々と暗闇に染まりつつある中、一際光輝く一画。空を貫くほど高く、マナの柱が見える。
間に合わない。一瞬、頭を過ぎる言葉に焦りが生じる。全力で走っているはずなのにそれでも遅く感じてしまう。
そして、夕日が沈む頃。丘の上によく知ったその人物がいた。
「……光陰、今日子、いや『空虚』か」
後に目配せをしてみんなを下がらせると光陰がゆっくりと起き上がる。
「遅かったな。悠人」
ふっ、と不敵な表情を浮かべる。と、『因果』を構える。『空虚』はすでに臨戦体勢に入っている。悠人も『求め』を抜く。
「どうしても引いてくれないのか……」
言ってから無駄な事だと思った。
「どうせ、もう手遅れだ。ここからじゃどんなに急いだって間に合わない」
それは、判っていたことだったが、
「・・・まだだ、まだ俺は・・・!」
『求め』が先ほどから強制力をかけてきている。それに逆らう気は無い。むしろ利用してやる。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・。
静かに『求め』の支配が広がっていく。同族に対する怒り、憎しみが二人と戦うことへの迷い、悲しみや恐怖といった感情を押し流していく。
そして駆け出した。どちらからというわけではない。それは殆ど同時だった。
『空虚』が切っ先をこちらに向ける。悠人は反射的に横に跳ぶ。さっきまでいた所を紫電が過ぎる。その一瞬を突いた光陰が最大の威力を練りだし、互いに肉薄するほどに迫る。だが、それを前にしても悠人は自分が冷静でいらることに不思議と違和感は無かった――『求め』が導いてくれている。悠人は光陰のよりも余裕をもって『求め』から力を引き出すと、刃に纏わせた――力は互角。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「はああああああああああああああ!!」
竜巻を思わせる光陰の一撃。それを真っ向から叩き伏せるために繰り出された悠人の一撃。
二つの剣がぶつかった所を中心に衝撃が波紋状に広がる。拮抗していたかに思えたのも一瞬だった。衝撃に二人の体が弾かれた。
「ぐぅ・・・!」
距離が開いた。だが、お互い手を伸ばせば届きそうなくらいの距離。
その距離で、悠人意識を集中させ、力を、解き放つ。
「エクスプロードっ!!」
二人の空隙に爆発が起こる。『求め』が悠人の体を加護のオーラで包む。光陰は・・・
「・・・・・・うぅ・・・」
爆発の影響で気を失っていた。
「次は・・・」
さっきまで後ろに控えていた『空虚』がいない。
「もらった………!」
死角に回り込んでいた『空虚』が迫る。突き出される神剣。オーラフォトンを回転運動させる事で弾く。
「くっ!」
バランスを崩したところに『求め』で横なぎに払う。辛うじて受け止めるが耐え切れずバランスを崩して倒れれた。
「まだ――」
「遅い!」
立ち上がり襲い掛かってきたところを腕を斬り落とす。
「ぐあああぁっ・・・!」
『空虚』が斬られた腕を抑えてうずくまる。
「はあ・・・はあ・・・エスペリア!」
「は、はい!」
エスペリアが慌てて近づいてくる。
「敵味方生き残っているスピリットをまとめて出来るだけ離れるんだ。・・・それと、二人を頼む。神剣は取り上げておけ。俺はエーテル変換施設に行く」
「・・・・・・はい」
それ以上はエスペリアも何も言わなかった。判っているのだろう。もう間に合わないことに。
「行ってくる! 大丈夫だ、俺はまだ死ねない!!」
だから、気休めにもならない言葉をかけるしかなかった。
第四章・真実〜虚実〜
エーテル変換施設内部で和也はすでに六体のスピリットを倒してきた。そして、
『ぼさっとすんな!』
七体めの、ブラックスピリットと交戦をしていた。
突き出された神剣が頬を掠める。即座に切り返した凶刃が首めがけて迫る。
冷たい感触が首筋に伝わる。刃が食い込み――
「――!」
細身の刃――『煌』を間に挟み辛うじて食い止める。刃と刃がガチガチと音をたて擦れる。
『まったく、世話を焼かすな!』
(『煌』? すまない)
一瞬だけ『煌』が体の支配を奪って助けてくれたのだ。
スピリットを蹴り飛ばし、綺麗に弧を描く。
体勢を立て直す前に追い討ちをかけ――視界が暗闇に覆われる。
「ぐふっ!」
そして腹部に衝撃が走り、壁に背中を強打する。
「かはっ・・・神剣、魔法? あの一瞬・・・で・・・だと?!」
詠唱もマナの高まりも感じられなかった。
『気をつけろって言ったろうが!』
(すまない。だけど、こいつはおかしい・・・・・・ここまで異常な気配は今まで感じた事は無かったのに)
そう思っているうちに敵は体勢を立て直している。こっちは腹部がまだ痛む。呻きながら壁を伝って起き上がる。
スピリットが姿勢を低くする。
(来る!?)
刹那――スピリットの姿が消えた。
知覚するよりも早く『煌』を前に突き出す。
腕に衝撃が走る。突き出した『煌』がスピリットの放った一撃に触れ、それたが、スピリットの肩口に突き刺さっていた。
だが、スピリットはそれを気にすることなく踏み込み、神剣を振るっていた。
とっさに後ろに飛んで避けたが、防刃性の高い外套が胸の辺りではらりと切れていた。
(こいつ、傷つくことを恐れてない)
肩の傷を気にした風もない。
(というより、痛みを感じていない?)
まるで自分を生物としてではなく、別のものとしているかのような。
『気をつけろ・・・こいつはオーバーロードだ。神剣を暴走させて限界を超えてやがる!』
(つまり、脳のリミッターが外れるようなものなのか?)
そんな事をしたらきっと体のほうが先に壊れるだろう。
『ああ。もう長くはないさ、もってあと数分だろうよ。 だが、ここのマナ消失の方が少しばかり早い。 こいつに時間を掛けすぎるのは無理だ』
あのスピリットはこちらより能力が上だ。しかし、
(ここを突破し、エーテル変換施設を止めなければこの大陸の皆が・・・!)
『煌』を構え、相手の敵スピリットの距離を一気に詰める。
ふっと、相手の息吹がかかる。その刹那――
「先に、行かせてもらう」
『煌』をスピリットの腕に向けて放つ。次の瞬間には肘から先がなくなっていた。
それで一瞬怯んだスピリットに返す刃を振り下ろす。首から胸に掛けて体を裂かれたスピリットが助かるはずもなく、それが致命傷になった。
(さよなら・・・)
それだけを思い、走リ去った。
エーテル変換施設の最深部は静寂に包まれていた。
まるで、初めから何もなかったかのように。
「静かだ・・・何も、誰もいないなんて」
ぽつりと和也が呟く。その声が静寂を破ることはなかった。
こつ、こつ、こつ・・・・・・
静かな室内に静かに靴が石床をたたく音が延々と響く。
『不気味だ。まるであの時みたいだな?』
『煌』がまるで面白がるように言う。
ずき、と傷が痛んだような気がした。
「やめてくれ。ただでさえ忘れられないのに・・・」
うんざりしてそう答えながら操作盤の前に到達する。
「ふふふ。そんなに私が忘れられないの、ボウヤ?」
背後から声がする。ねっとりと絡みつくような残忍極まりない、そんな声だと和也は思った。
「・・・・・・・・・」
振り返る。いつの間にかそれはいた。
白の法衣を纏った小さな少女。もう二度と会いたくないと思った矢先にまたしても向こうからやって来てくれた。
「面会には予約が必要だって知らないのか、テムオリン」
「あら、そうでしたの? 私待ちきれなくてゴミ掃除をしていたところですの」
口元に手をやりながらくすくすと小さく笑う様子は愛らしいものがあるが、彼女のもの言いはそれとは正反対だ。
「ゴミ掃除ね・・・」
施設の最深部に関わらず守りが手薄な理由を悟りつつ、この少女がとんでもない化け物だと改めて再認識した。
「一つ聞きたいんだけど、ここの暴走を止めたのは君だってことでいいのかな?」
エーテル変換施設のコアが室内を淡い、蒼い光で静かに照らしている。光のカーテンが波打ち、辺りを揺らす。テムオリンもその幻想な光景の中に照らされて白の法衣が揺れる。思わず、不覚にも見とれてしまった。
「ええ。装置を爆発寸前で止めるのは中々スリリングでしたわ」
半ば当てずっぽうに聞いてみたが、そうだったらしい。しかも彼女が止めてくれなければ暴走は止められなかった。本当なら素直に喜ぶべきだったのだが、相手が相手なだけにそうもいかない。彼女の力が強いのは判る。だが、本当の力はまだ知らない。こちらは手の内を全て見せた上でやっとのことで逃げたのだ。また同じ事をしても逃げ切る自身はなかったし、今回は逃がしてくれないだろう。
「まあ、それについては一応感謝しておくけど、本当は何しに来たんだよ。まさか、本当にただ手助けしてくれたわけじゃない――だろ!」
『煌』に手をかけ一気に何もない目の前の空間を斬りつける――
瞬間、確かな手ごたえが伝わる。まるでそこに対峙する誰かと斬り結んだような。衝撃、重み、感触。
そして、目の前に黒い巨漢が現れる。長大な、剣というのも馬鹿馬鹿しいほどの、大剣をもった大男。
「タキオス!」
「また遇ったなカズヤよ」
「会いたくないって言ってるのに・・・大体、今度は何のつもりで出てきたんだよ! まさか、俺の命が欲しいなんていうんじゃないだろうな!?」
だが、それにはかまわず、タキオスが別のことを言う。
「カズヤ、いや今はカズマか。見せてみろ、貴様等の真の力を!」
「上等おおっ!」
和也、いや、和真が絶叫する。
音もなく黒い刃が閃光となって走る。
素早く身をそらして和真が避ける。外套の一部を巻き込み、一撃が抜けていく。
技もないただの剣の一撃。ただ、そのまま振り下ろした剣が床を粉々に破壊している。まともに喰らえば、想像もしたくない。
「避けるだけか? それでは俺は、倒せないぞ!」
まるで、こちらを気遣うように言いながら和真に向かってタキオスが突進する。
素早く避けながら和真がタキオスに一撃を放つ。普通なら、龍ですら一撃で葬る必殺の剣は、激しい火花を散らして跳ね返った。
相手の攻撃を圧倒的なオーラフォトンの壁で封じる「絶対防御」である。
(こいつがなければ・・・!)
歯噛みしながら、横なぎに振られた剣を回避する。
「タキオス、あまり遊びすぎて殺してしまわないようにお願いしますわ」
が、聞いているのか聞いていないのか判らないが、さらに畳み掛けてくる。乱れるように繰り出される剣はあまりの速さに真空を巻き起こし刃となって和真に襲い掛かる。
「・・・・・・っ!」
和真がいくら攻撃をしかけてもタキオスの絶対防御の前には意味がない。堪らず距離をあける。少し離れたところから「あら、もう終わりですの?」 とテムオリンが言う。
「貴様・・・何故、本気を出さない」
タキオスが訊ねる。だが、和真には言っている意味が判らなかった。
「俺が本気じゃないってどうしてお前に判るんだよ」
思わせぶりな言動に和真は苛立ちを隠せなかった。
「・・・・・・まだ、その時ではないようですわね」
「何だって?」
すっと、動いたかと思うと瞬きをするまもなく、すぐ目の前にテムオリンが現れる。人差し指を眉間に当てて、何か呪文のようなものを呟く。
「がっ!」
ばちん! と思ったよりも小さい音が炸裂したかと思うと、視界が回る。天井が見えたかと思ったら、どん、と体を強く打った。床が見える。うつぶせに倒れていた。
「それではボウヤ、また会いましょう」
「ふっ、では、また会おう。その時は俺を満足させてみせろ」
そして二人は現れたときと同じように唐突に、消えた。
『・・・・・・・・・行っちまった』
ふいに『煌』が口を開いた。言われなくても、和真――和也もそれは判っていた。
「いてて・・・僕の体、もう少し大切に使ってほしいんだけど」
立ち上がりかけてふらつく。思っている以上にダメージが残っているらしい。
(でも、これで戦争が終わって暫くは・・・・・・・・・休暇かな?)
体を引きずるようにして和也はエーテル変換施設を後にした。
第五章・終わること始まること〜表裏一体〜
異変は突如起きた。
(マナが拡散していく!?)
『契約者よ』
「『求め』! これは一体どういうことなんだ?」
『マロリガンのエーテル変換施設からマナが急速に拡散している。このままいけばマナ消失は起きなくなる』
悠人は、マナ消失が起きないという嬉しさと、誰がやったのかという突然のことに戸惑ったが、足を止めずに全速力でエーテル変換施設に急ぐ。
数分がたった頃、入り口が見えた時、入り口付近にボロボロ黒の外套を纏った人物が現れた。
それが初めは和也だと悠人は気づかなかった。それほど彼の容姿は変わっていた。
(もしかしてマナ消失を止めたのは食い止めたのはあの少年なのか?)
そう思っていても、何が起こるかは判らない。自然と緊張感をもった。
「悠人先輩・・・?」
エーテル変換施設を出たとき、すぐに視界の中に悠人が入った。
「悠人先輩・・・?」
警戒していたが、自分がボロボロだった為か名前を呼んだからは判らないが、悠人は安心しこちらに向かって来た。
「大丈夫か!」
「見て判んなんですか? 満身創痍なんで肩貸して下さいよ」
ここに来て久しぶりに見知った顔に出会ったからつい軽口が出た。
「ああ、すまん。つい・・・」
悠人が肩を貸しに左に立ったが、
「!」
左腕がない事に気がついてうろたえていた。
「・・・気にしないで下さい。別に不自由はしていませんから」
嘘だったがこうでも言わなければいちいち気遣わせてしまう。それは嫌だった。
悠人が右に立ち、支えてくれた。暫くして和也は口をエーテル変換施設の暴走を止めた事を伝えた。もちろんテムオリン達の事は言わなかった。
「そうか・・・クェド・ギンも倒したんだな」
その言い方はまるで倒してはいけないかったと言われているようで気分は良くなかったが、別に自分がやったわけではないので気にしないことにした。
「それにしたってマナ消失をくい止めたり、スピリットと戦ったり、君は一体何者なんだ?」
「え?」
その質問に目が点になる。
「もしかして、先輩まだ判らないんですか?」
「ん?」
「僕、和也なんですけど」
「はあ!?」
今度は悠人の目が点になった。思わずのどの奥からくっく、と苦笑がもれる。どうもこういう秘密ごとは自分には苦手らしい。
「補充要員が来るって、聞いてないですか? 色々あって、サーギオスに行ってたんですけど、まあ・・・今回はこっちの戦力が足りないって事で回されて、向こうでの僕の仕事も終わったからこれからは一緒ですね」
「………後でじっくりと訳を聞かせてもらうからな」
まだ自体を理解していない先輩と歩きながら僕は笑っていたのだ。
やっと、帰って来れたという実感。
それは平和という非日常に帰ってきたということ。
そして、いつか戦争という日常に還るということだった。
エピローグ
悠人と神剣通信をしていたイオからの報告を聞いてレスティーナは安堵していた。そして、申し訳なくとも思っていた。
「そうですか…彼は戻って来てくれましたか」
「はい。詳細は戻ってきてからという事でした…心配でしたら直接話を聞いてはいかがですか?」
こちらの心中を察したかのようにイオが言う。だが、レスティーナは首を横に振った。
「あのまま一人の人間として生きていく事が出来たのにそれをしなかった……私は彼に考える時間を与えていたつもりでしたが、私はカズヤを誤解していたようですね。彼の気持ちは初めから決まっていたのですね」
ふう。と嘆息する。自分の人を見る目は確かなものがあると思っていた。だが、客観的に見ていたつもりでも先入観のそれと変わらないのだと思い知らされた。
「長い間、彼を縛り続けてしまいました…暫くカズヤには休暇を与えましょう」
そういう彼女顔は少しだけ、晴れていたようにイオは思った。
あとがき
いや、色々と突っ込みたいところがあるかと思いますが、どうぞご容赦を。
作者はこれが限界なもんで・・・特に場面の繋ぎの辺りはいきなり場面が変わったりして混乱したりもするでしょうが、そこら辺は読者様が脳内補完していただくという事で…
それにしても執筆時間が長かったせいなのか、作者の性格なのか今回「五話」を三つ書いて他の二つを没にしたという・・・
そのせいで、途中から書き方が変わったり、キャラの性格が変わったり、路線変更も何度もしたり、本当に色々ありすぎた5話でした。
では、次回作でお会いしましょう。できれば次はなごむ話を書きたいですね。