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〜僕と剣〜










第四話 サヨナラ










第一章・あと、どれだけ?










 イースペリアがマナ消失で崩壊してたから数日がたった。ラキオス王は同盟を裏切ったとしてサルドバアルドと戦争をするらしく、ラキオスはその準備に追われていた。

 事実を知らない人たちからすればラキオス王がとった行動は当然だと思われた。

 だが、その裏で蠢くのは野望。ラキオス王のその身にあまる黒い欲望だけだった。










 そして、サルドバルドとの戦争が始まった。長い長い北方での戦いがようやく、終わろうとしていた。










 「・・・疲れた」

 そう言って和也はその場に腰掛ける。

 「あ、ああ。とりあえず休んでてくれ。ここまで連戦だったからみんな疲れているだろうし」

 あれから――というより戦うたびに和也は心を失っていた。それは既に見て分かるくらいな程だ。

 今俺達はバートバルトにいた。ラースからここまでずっと連戦でみんなの疲労はピークに達しようとしていた。みんなが回復したところで、ここからサルドバルドまでは一気に攻めたいという気持ちもあった。

 「分かった。みんなに伝えておきます」

 短く答えてその場から離れていった。感情はこもっていなかったが、言葉の端端から和也らしい気遣いの感情が伝わる。そのおかげで他のみんなも和也の変容ぶりにも混乱が少なく留まっていた。

 (ただ・・・和也がいつまで自分を保っていられるか、それが問題だな)

 ここまで来てしまったら回復は難しいとエスペリアは言っていた。長い間スピリット隊にいた彼女が言う事だから、それはつまり、そう言う事なのだろう。

 和也はいずれは神剣に全てを支配されてしまう。それは死刑宣告に似たような響きを持っていた。

 さりげなく俺は和也を見た。みんな彼が心配なのだろう。彼の周りには自然と人が集まって輪が出来ていた。その中心は和也本人。ぎこちなく会話をしている彼の口元には微かな微笑。

 (大丈夫。和也はきっと帰ってこれる)

 その光景を見て悠人は確信した。だって、彼には彼を心配してくれる仲間――家族がいるのだから。










 みんなと一緒にいても心は晴れなかった。

 神剣が僕の心を侵し、その領域が広がりつつある中でみんなが心配してくれている事とは全く別の事を僕は思っていた。

 (母さん・・・今頃何してるかな)

 まさか自分の息子がこんな所で戦争をしているなんて想像出来まい。だが、違う。きっとあの人は僕という存在だって考える事は出来ないんだ。

 顔も思い出せないくらいに会ったことが無い。愛してもらった事さえ無い。

 それでも、たとえ自分の事など微塵にも思ってくれなくてもいい。嘘偽りでもいい。形だけでも良かった。

 ただ、愛して欲しかった。傍にいて欲しかった。

 たとえ、それで憎まれても無視されるよりは救いがあった。

 足掻く元気があった時は良かった。まだ希望があったから。でも、次第にそれも疲れて・・・

 (足掻くのやめて今度こそ本当に一人になったんだなきっと)

 空っぽだった。空っぽになってしまった。

 (僕は・・・またそれを繰り返そうとしている・・・?)

 このまま足掻く事をしないで諦めて、また空っぽになるつもりなのか?

 (駄目だ。そんな事・・・僕はまだ・・・)










 サルドバルドを守る最後のスピリット達。それは今までのスピリットとは明らかに異彩を放っていた。異常なほどに膨れ上がった神剣の気配だけが相手から伝わってくる。

 目の前を風が通り過ぎる。前髪が数本切れて宙を舞う。ぎりぎりのところでかわし、すかさず『煌』で迎え撃つが、青スピリットのハイロウがそれを阻んだ。お互いの距離がまた開く。

 (くそっ・・・調子が出ない)

 奥歯を噛む。ぎりっと歯が軋みをあげる。さっきから後手に回ってばかりだった。

 (くそっ・・・半端に気持ちを強く持つからこうなる! 最後まで俺に任せていればいいのによ!)

 あまり余裕はない。

 「そろそろ決めないとまずいな」

 スピリットが地を蹴って駆ける。ウイングハイロウを展開してさらに速度を増す。

 速度を生かした一撃を繰り出すと、そのまま速度を殺さずに横を通り過ぎる。

 (ハイロウを封じないと駄目か)

 あのスピードについていくには少々骨が折れる。こちらの速度を上げて対応してもいいがそれではスピリットを倒すだけの攻撃力が得られない。ハイロウを消せればその次に一撃で決められる。

 だが、一つ問題がある。それは味方への影響だった。現在混戦状態で敵味方が入り乱れているのにそんな事をしたら状況は両軍にとって泥沼化する。それだけは駄目だ。一瞬が命取りになる状況で下手な行動は控えるべきだった。

 (援護がいる・・・)

 強敵を前にして一人で何とかしようなんて自惚れはしない。こういう時こそ冷静になるべきだ。だが、あまり猶予が無いのも事実だ。スピリットが動き出す。

 「マナよ。一時の静穏、眠りの淵へ沈め・・・エーテルシンク!」

 「今更そんな攻撃で!」

 前方に無力化の障壁を作る。それで簡単に神剣魔法を相殺させる。

 はずだった。

 「なっ!?」

 障壁が寸前で消え、神剣魔法の直撃を受ける。体が引き裂かれたような激痛に見舞われた。全身から力が抜けてその場で膝を突く。

 「ぐ・・・何が」

 『こいつは・・・拒絶反応だな。和也がお前の事を否定し始めている。そのせいでお前との精神的なつながりにずれが生じているんだ。和也じゃないお前は俺を扱う事は出来ない。俺は和也と契約しているからな』

 「こんな時にか!?」

 正直自分を呪いたいが、その前にこの状況を何とかしなければいけない。だが、神剣からは力が引き出せない、加えてからだの自由は利かないではどうすることも出来ない。

 「畜生! どうにもならないのかよ!」

 スピリットが迫ってくるのがやけにゆっくりに感じられる。だが、確実に限りなく死の気配が近づいてくる。

 「くっ・・・!」

 やはり戦場は嫌いだった。死の気配いつだってそこにあるから。今度こそおしまいだろうと思いながら成り行きを見守るしかなかった。










 「しょうがないな〜。本当は君だけの力でどうにかして欲しかったんだけど」










 風が吹いたと思ったら唐突にそんな声を聞いた。

 そして唐突にスピリットの体が切り裂かれる。四肢がばらばらになったと思った瞬間、今度は関節ごとにばらばらに切り裂かれたスピリットがマナへと帰っていく。

 一瞬だった。恐らくスピリットは自分が死んだ事にも気づかなかっただろう。

 そして、そよ風が吹きぬける。

 「あ・・・」

 その中に少年の姿を見たような気がした。そして、限界に来た俺はとうとうその意識を手放した。










第二章・あと、もう少し?










 サルドバルドが落ちて北方五国がラキオスの支配下に入って一応の戦争終結になった。スピリット隊も出撃の指令が来る事は無く、メンバー全員がラキオスに留まっていた。










 一人部屋で書類の整理をしている――相変わらずこういった物は自分でやっている。どうも何かをしていないと不安で落ち着かないようだった。と、誰かが部屋のノックをした。

 「どうぞ」

 書類から目を離さずにそう言うとドアが開いた。そこで振り返って中に入って来た人物を確認した。

 セリアだった。

 「どうしたんですか」

 「カズヤに書簡が届いたから持って来たのよ」

 自分に、と思いながらセリアから受け取って中を確認する。内容を読んで頭の中が空白になる。思考能力が回復するまで深呼吸一回分くらいだろう。

 「何が書いてあったの?」

 「・・・見ますか?」

 言ってセリアに書簡を渡す。セリアみるみる表情が変わるというか青ざめていく。

 「こ、これって・・・」

 「うん・・・これってあれだと思うんだ」

 自分でもよくさらりと言えたものだ。










 「えぇぇぇぇっ! 龍退治ーーー!!」

 夕食時、みんなが集まった所でさっきの事をみんなに伝える事にした。ネリーがやっぱりというか一番最初に驚きを口にした。

 「そうみたい」

 ポトフを食べながら答える。

 「あの、随分と落ち着いていらっしゃるんですね?」

 ファアーレーン――前回のサルドバルド戦から制式にスピリット隊に配属された黒スピリット――が心配そうにこちらを伺っている。その隣では二ムントール――ファーレーンと同じ時期にスピリット隊に入った緑スピリット――が「ふーん」とだけ言ってあとはポトフを食べるのに集中している。

 「そりゃあ、最初は僕も驚きましたよ」

 「何も今じゃなくても・・・」

 珍しくヒミカが不満をあらわにしている。

 「だけど、今だから何だと僕は思うよ。今のラキオスは国土が一気に広がったからとても不安定なんだ。だから少しでも不安要素は取り除いておきたいんだよ」

 「それは・・・そうですが」

 「で、で、でも! 龍なんですよ!? いくら何でも危険過ぎます!」

 「大丈夫だよ。ラジード山脈の龍はリクディウスのサードガラハムと違って力の弱い部類に入るらしいから・・・それに、そこに暮らしている人たちのことを考えると放っておけないしね」

 ラジード山脈にはリーザリオ、エルスサーオの生命線であるラジード坑道がある。このまま山脈に棲む龍を放っておいたら大勢の難民が出るのだ。前の戦いでイースペリアの難民を引き入れたラキオスに新たな難民達を受け入れるだけの余力はそう無い。だから今回の龍討伐指令なのだった。

 空になった皿にポトフもう一度よそう。

 「それに、今回の龍退治は僕だけが行く事になってるからみんなが心配する事は何も無いよ」

 「・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「「は?」」

 長い沈黙の末にみんなが最初が最初に言ったのはそれだった。

 ただセリアだけは最初に知っていたから何も言わなかったが。

 「ど、どどどどど、どういう事ですか!? な、何でカズヤさんお一人何ですか!」

 「仕方ないよ。今すぐに動けるのが僕だけなんだから」

 「でも、ねえ・・・」

 ヒミカがみんなを見ながら呟く。それにつられたように不安が伝染していく。もう食事どころではなくみんな口々に言い合っていた。

 「そうですねぇ〜危ないですよ〜」

 「ネリー達がついて行っちゃいけないの?」

 「ああ、その事なんだけどみんなには他の任務が割り振られているらしいから、明日あたりエスペリアから連絡が来るはずだよ」












第三章・あと、必要なのは?










 翌日、和也は朝早くから第二詰め所を後にした。山の端から朝日が顔を覗かせている。まるで自分の事を祝福しているかのようだ。

 「と、感傷に浸っている場合じゃなかった」

 ずしりと重い荷物を(明らかに自分の背丈より大きい)背負う。文字通り重い足取りで歩き出す。

 (きっとユートさんみんなに絞られるんだろうな・・・でも南無三。許せ)

 『しかしよぉ、何だって俺らが行かないといけないんだよ』

 「仕方ないよ。人で不足なんだから、特にあの人のが信用している人材は少なすぎる・・・後は向こうに僕の情報が無い事だけを祈ろうか」

 『いざという時は俺が助けてやるんだから安心しな』

 「よろしくね」










 和也がラキオスを出てから早くも一週間。未だに何の音沙汰も無いまま第二詰め所のメンバーはやきもきする毎日を過ごしていた。その間怒りの矛先は駄目駄目へタレ隊長悠人に向かっていき、悠人はこの一週間何度自殺しようかと思ったくらいだった。実害にはいたってないにしろ、無言の圧力というものは次第に悠人の気力を萎えさせていた。それはまあ、余談だが。

 「にしてもなあ・・・エスペリアも知らない事だったのか?」

 第一詰め所のリビングで半ば死に掛けているとエスペリアが気を利かせて入れてくれたお茶を飲む。

 「はい。突然の事で何が何だか・・・」

 「まあそれも今日で何とかはっきりするだろうさ。今日だろ? アセリアが帰ってくるの」

 三日前、エルスサーオに行った彼女なら何か情報を掴んでいるかもしれない。

 と、思案にふけっているとちょうど玄関を開ける音が聞こえてきた。

 「・・・・・・・・・」

 アセリアが無言のままリビングに入って来た。そして自分の席に着くとおもむろに俺のコップを掴んで一気にお茶を――

 「ア、アセリア――!」

 「!」

 忠告も虚しく淹れたばかりの熱いお茶を飲み込もうとして噴出した。俺の顔に。

 「あ、あふい・・・!」

 そりゃそうだ。

 いそいそと布巾とタオルを持ってきたエスペリアからタオルをもらって顔を拭う。アセリアがあそこまで情熱的なスキンシップ? をしたのは初めてかもしれない。ビデオにとっておきたかった。きっと後にも先にもあんな顔見れないだろう。

 「で、どうしたんだよ。そんな慌ててさ」

 俺がそう言うとアセリアの顔がいつもの調子を取り戻す。重い口調と一緒に一つの刀を差し出して来た。

 「ん・・・ユート、これ」

 「・・・永遠神剣!」

 微かだが確かに神剣らしい反応がある。そして神剣の質とは神剣一つ一つに違う。間違うはずが無かった。これは――

 「和也のか・・・?」

 最悪の結果が目の前にちらつく。何度否定しても何度考えてもそれだけは必ず残る。消せない。

 アセリアが頷いた。

 その瞬間決定した。和也は龍退治に行った。ここに神剣だけがある。和也はいない。その三つだけが全てを決定し付けた。

 「・・・」

 どれだけ悔やんだところで運命は変えられない。それは誰にでも言えることだ。

 もし、運命を変えることが出来て、自分が望む運命に書き換えられたら、それは運命に逆らったといえるだろうか?

 否。それは不可能。運命を変えた結果こそが運命なのだ。それは運命が故に絶対の法則。

 まして、運命を書き換える事も出来ない自分にはこれは覆えそうにない真実だ。

 宮元和也は死んだのだ。










 話を聞くと山脈に和也が入ってから何日かして街の人たちが気になって様子を見に行ったようだ。その時に和也の神剣を見つけて詰め所のほうに持ってきてくれたらしい。

 「そうですか」

 事の次第を聞いたセリアはそれだけだった。もっと何か言われるかと身構えたのがばかばかしくなるほどあっさりしていた。第二詰め所のみんなには彼女が説明をしてくれるらしく悠人は安堵に胸を撫で下ろした。

 ただ、気になることがあった。『求め』が言うには何かがおかしいらしい。

 何の事だかさっぱりだった俺は次第にその事を忘れていくのだった。










第四章・あと、どうする?










 闇夜。だが、それよりも深い闇の色を持ち、なおかつその闇すらもかすむほどの光がそこにあった。

 褐色の肌。銀糸の髪。身に纏うは黒の装束。悠然と構えてその時が来るのを待つ。

 そして――

 「そろそろか」

 ラキオスの街のあちこちで火の手が上がる。それが合図だった。

 「手前にはシュン殿の考えは理解し難い」

 だが、これも仕事。そう割り切るしかなかった。そうしなければこんな事やっていられない。

 黒いウイングハイロウを広げ漆黒が闇を彩った。










 突然の敵襲。他のみんなとはばらばらの状態で俺は走っていた。

 「くそっ! 何だってこんな事になってるんだよ!」

 『契約者よ。気をつけろ、かなりの手練がいるようだ』

 「ちっ!」

 オーラを展開して足に込める。

 (もっと、もっと速く・・・!)

 走りながら思考を疾走させる。敵の数。敵の狙い。どこから来たのか。どこのスピリットか。

 敵の数は十前後。敵の狙いはエーテル変換施設くらいか。どこから来たのか、どこのスピリットかは知った事じゃない。今は目の前の敵を何とかしなければならない。迷わずエーテル変換施設へ向かう。あのクソ狸がどうなろうとしったこっちゃない。いまイースペリアのような事が起こればクソ狸だって死ぬのだからどちらにせよ妥当な判断だろう。

 「アセリア!」

 エーテル変換施設へ入ると、最後の敵スピリットをアセリアが倒したところだった。

 「ん。問題ない」

 だが、おかしい。アセリアがいくら強いといってもこんなにも簡単に済むものなのか。何か見落としているような気がしてならない。

 「まさか、クソ狸が狙いなのか?」

 王族にはクソ狸はもちろんレスティーナもいる。だとしら狙いはそっちか。指揮系統を潰されてしまえば相手に付け入る隙を作ってしまう。

 「アセリア! 急いで王のところに向かうぞ!」

 エーテル変換施設の部屋を後にして王の寝室へと急ぐが、依然違和感は消えなかった。

 (本当にそうなのか? 俺は何か見落としていないか?)

 謁見の間を通り過ぎる時エスペリア、オルファと合流した。こちらにも敵が侵入していたらしいが、その戦力は微々たる物だったらしい。

 「やっぱり狙いは王族・・・」

 走りながら呟く。途中で人間の兵士が殺されているのを目撃してきた事もあってその予感は確信の域に達している。それでも胸騒ぎの正体はつかめなかった。

 王の寝室の前に来ると、ドアを蹴り破いて中に入った。その光景を見て思わず口に手をやる。

 「うっ・・・これは!」

 むせ返るような血の匂いが部屋の中に充満している。喉をこみ上げてくる物を何とか飲み込む。

 (敵は目的を達した・・・のか・・・いや、まだ何か引っかかってる)

 ちらと窓の外を見た。そこからたまたま第一詰め所が見えた。

 「!」

 それを見た瞬間。脊髄に氷柱を差し込まれたかのように一瞬で体が冷たくなったような気がした。あってはならない光景だった。第一詰め所が燃えていた。あそこには佳織がいる。

 「くそ! 佳織が!」

 ここから走ったのでは間に合わない。だが、それでも追いかけなければ追いつくはずもなく、俺が部屋を出ようとした時、その手を引かれた。

 「ユート、飛ぶ!」

 「えっ! ちょっ、ちょっとーーーーー!」

 窓から飛び降りたアセリアがウイングハイロウを広げて第一詰め所に向かって飛んでいた。俺は必死に落ちまいとアセリアにしがみつく。

 「くぅ・・・まったく、無茶苦茶だよ」

 「ん、ユートもうすぐ」

 みるみるうちに第一詰め所が見えてきた。距離を測って飛び降りる。第一詰め所は轟々と燃え盛り、中に入るのもためらわれる。

 (もし、佳織がまだ中にいたら・・・)

 焦りと焦燥に駆られ、中に入ろうとした時だった。闇が詰め所の屋根を突き破って外に飛び出してきた。

 「なっ!」

 思わず目がその闇を追う。いや、違う。それは闇じゃなかった。ただし闇よりもなお深く、その闇ですらかすむほどの光を持っていた。

 銀糸の髪、褐色の肌に黒の装束。漆黒の翼を持ってそれはこちらを見ていた。俺はそいつを知っている。忘れるはずも無い。それだけ強烈に記憶に焼きついていた。

 漆黒の翼。そしてそいつが抱きかかえている人物を見た瞬間安堵と怒りが混ざりあって俺の心を満たしていく強い憎しみがそいつへと注がれた。

 「ウルカァァァッッ!」

 オーラが嵐となって大気を震わせている。だが、それでもウルカは涼しい顔をしていた。

 「ユート殿。来るのが少し遅かったな」

 「佳織を! 佳織をどうするつもりだ!」

 だが、その問いにはウルカは答えなかった。

 「・・・シュン殿からの伝言だ。佳織は僕のものだ。取り戻したかったら追って来い。這ってでも僕の場所まで辿りついてみろ」

 「なっ!」

 その言葉に高まっていた感情が一瞬で凍結した。

 (瞬だと・・・!? あいつも来ているのか)

 ウルカの腕に抱えられた佳織も驚きを隠せないのか動揺していた。

 「僕の『誓い』で貴様の『求め』を破壊してやる」

 淡々とした口調でウルカが告げる。

 『誓い』という言葉に『求め』が反応する。だが、今はそれを抑える。

 「シュン殿は我らの主。手前共は『誓い』の元に集う剣」

 「くっ!」

 足に力を入れ、ウルカがいるところまで一気に跳躍して『求め』を振るが、それよりも早くウルカが高度を高く取る。悠人はそのまま重力に引かれて地面に着地する。

 「シュン殿の言葉、確かに伝えた」

 漆黒のウイングハイロウをはためかせ、闇の中に消えていく。だが、悠人はそれを追いかけることはしなかった。今の自分には何も出来ないという事がわかっていた。それに、ウルカに攻撃して佳織が危険にさらされる可能性もあった。最初から気づかなかった自分がいけなかったのだ。悔やんでも悔やみきれない。

 「・・・行こうアセリア、街の方が心配だ」

 拳を強く握り、感情を押し殺した声でそう自分に言い聞かせる。そう、他にもやらなければいけないことは山ほどある。

 (その時まで待ってろ、瞬!)










第五章・あとは、することが無い










 時間を遡って、エルスサーオの街に和也は来ていた。そこで街の人から話を聞く。

 どうやらラジード山脈にいる龍はガリオーンと呼ばれているらしい。だが、それ以上の情報は無く、ただ、凶暴で坑道内で暴れまわっていると言う。甚だ迷惑だと怒っていた。

 それはこっちの台詞だと内心ぼやきながらあくまで顔には営業スマイル。

 『何かキャラ変わってるよお前』

 なんて『煌』に言われながらも、目撃情報が一番多いポイントへ向かっている。やがて少し開けた場所に出る。だが、ここには目的の龍がいなかった。

 「はずれ・・・か?」

 一歩踏み出して、陰りが覆う。

 『上だ!』

はっとした時には既に体が動いていた。体をひねりながら横に跳ぶ。鋭い何かが飛び出し、頬の皮一枚切り裂く。

 改めてそいつと向き合う。さっきまで自分が立っていたところに赤い鱗に覆われた全長十メートルはあろうかという巨体。龍――ガリオーンがそこにいる。振りきった腕の先には鋭い鉤爪があった。さっき飛び出してきたのはこれだろう。

 「いきなり見つかるなんて・・・!」

 獰猛な双眸に睨まれながらも冷静に思考はこいつを倒すための方法を探り続ける。

 『大丈夫なのか?』

 「大丈夫・・・『僕』でも戦える!」

 龍が腕を振り上げ襲い掛かる。それを確かめるよりも疾く動く。龍の腕をかいくぐり『煌』の刃を龍の腕にあてる。思考をめぐらせる。世界を構成する法則を捻じ曲げ、自身が望む法則をそこに送り込む。全ては一瞬にも満たない零の境地。

 「絶!」

 一気に『煌』を引く。龍の厚い鱗がまるでバターを切り裂くように刃がくい込み、両断した。すかさず刃を返して胴を斬る。何の抵抗も感じないままに深々と抉り、振り切る。鮮血が飛び散り、咆哮が坑道を揺るがす。

 「・・・・・・」

 後ろに跳び退き龍との距離を開ける。

 『止めは刺さないのか?』

 「・・・いいんだ」

 龍の咆哮は次第に弱くなり、最後には消えた。巨体が地響きをたてながら倒れる。

 「あの龍は何のために生まれたんだろうね」

 『煌』の問いには答えず、僕はそんな事を言っていた。悼むために。

 一瞬の邂逅。それでこの龍の命は終わる。あっけなかった。人々を脅かす魔龍の最後。それを見届ける。今の僕があの龍にしてやれる事はそれだけだった。

 まるで自分と同じだ。誰からも愛されず、誰からも必要とされなかった。それでも存在し続ける事でしか自分を証明できないから、忘れてほしくないから、気づいてほしいから、自分という存在を認めてほしいから、長きにわたる時を生きながらえてたどり着いた答えがそれだから、あの龍は魔龍と化したのだろうか。

 それは分からない。誰にも、きっとあの龍にだって分からない。だから僕もかける言葉が無い。

 やがて、形を失いマナに帰った龍を全て『煌』で受け止める。龍が寂しくないように。










 「じゃあ、行こうか。ここにはもう用はないし」

 『おう! さっさと終わらせて帰ろうぜ』

 荷物の中から『煌』そっくりの刀を取り出す。『煌』の力をその刀に流し込む。そうする事で微かに神剣の気配が刀にうつる。

 「うん。これならダミーにはなるね」

 坑道の入り口に『煌』の残り香を纏わせた刀を置いて坑道を出る。

 「さて、これからが本番だ」

 目指すは遥か遠く南、サーギオス神聖帝国。










 エピローグ










 「ふう・・・彼で本当に大丈夫なのでしょうか」

 そんな事をぼんやりとしながら一人愚痴る。

 恐らく、これからラキオスは大陸統一へ向けて動き出す。それは確実だろう。あの愚王がいる限りこれだけは避けられそうに無い。

 「ルーグゥ・ダイ・ラキオス・・・」

 自分の父ながら忌々しく思う。いっそ死んでくれてしまえばどれだけこの国のためになろうか。彼がいなければ自分が政治に手腕を振るう事が出来るというのに。

 だが、そんな事悔やんでも仕方ない。今は少しでも他の国の情報が欲しい。いくら北方を統一したとはいえ、未だにマロリガン、サーギオスとは正面きって戦うだけの戦力はない。そのための今回の極秘指令なのだ。

 彼を候補に選んだのは、彼があまりにも目立たない人間だからだ。実生活、訓練、戦闘。最近は戦果に目を見張るものがあったが、それでも以前と比べればの話だ。

 要するに彼は空気そのもの、風景画を飾る額なのだ。決して物語の主人公になる人物ではない。

 と、そんなふざけた理由で選んだわけだが、今は他に人材を割く余裕が無いのも事実なのだ。彼がエトランジェだというのも選んだ一つの理由だ。何かあれば最低限自分で何とかしてくれるだろうという楽観的な考えでの元で。

 戦乱はどこまで広がるのだろうか、そして自分がとるべき道はどこにあるのか。

 「こんなにも私は身勝手だったのですね」

 それは誰かに向けた懺悔なのか、それとも自らに向けた後悔の念なのか。それは誰も分からない。

ただ、去り行く者の身を案じるだけだった。










 それかすぐにラキオスは帝国の襲撃にあい、ルーグゥ・ダイ・ラキオスは死に、娘のレスティーナが王位につく事になった。

 そして、戦乱は広がる。大陸統一という夢を見て・・・










第四話 サヨナラ 終わり










あとがき

 どうも。毎度おなじみ作者です。何だか微妙な仕上がりです。それに関しては作者の力不足が起因しているが故すみません。

 今回は特に何もないですね。ユートとウルカの言い合いが少し変わったぐらいです。

 ではでは〜今回はこれで終わりです。どうも最後まで読んでくれてありがとうございます。

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