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〜僕と剣〜










第三話 奉げるべき者がいない鎮魂歌










第一章・折れた牙の行方










 夕方の第二詰め所。太陽がそろそろ沈むころ。

 ラキオスは先日のバーンライトとの戦闘においてバーンライトのスピリットの殲滅に成功した。事実上ラキオスはバーンライトとの戦争に勝ったことになる。

 和也達は一度ラキオスに戻っていた。エルスサーオにいた部隊も今はラキオスに戻ってきている。サモドアの守りにはオルファ、ヒミカ、ハリオン、ナナルゥ、へリオンが残っている。かなりの数のスピリットが置かれていた。

 なぜなら、バーンライトを制圧してすぐにダーツィ大公国がラキオスに対して宣戦布告を行ったからだ。ダーツィはすぐに攻めてくるようなことはせずに、今は国境付近で睨みを利かせている程度にとどまっているが、いつ何が起きてもおかしくなかった。

 そんな中、ラキオス第二詰め所のリビングで、

 「カズヤ」

 青い髪に青い瞳、髪は頭頂部で一つに纏めた少しきつい印象のスピリット、セリアに声をかけられた。

 「はい?」

 「何をしているの」

 そう言いながら和也の手元を除く。

 「戦後処理の書類ですよ。エスペリアさんがやってた物なんですけど、あの人他にもやらないといけないことがたくさんあるらしくて」

 「なるほどね」

 みなまで言わなくても分かる。そんな感じでセリアが口を開く。

 「つまり、和也は副隊長でもないのに隊長の尻拭いをされているのね」

 隊長。その言葉だけ妙にアクセントを付けて言う。

 「あ、いえ・・・そういうわけじゃないですけど」

 本来ならこれらの処理は隊長である悠人がすることになっている。だが、悠人はこの世界の文字が読めなかった。和也は以前ラキオスの街の方で暮らしてたことがあり、生活するために否応なく覚えなくてはならなかった。そのために少しなら文字が読めた。

 「こういうのは出来る人やればいいんです」

 少しためらった後和也はそう言った。

 「そう。なら私も手伝うわ。あんまりはかどってないようだし」

 和也の対面にセリアが座って書類を一山取る。

 「悪いですよ」

 「いいのよ。こういうのは出来る人がやるべきだわ」

 そう言って彼女はくすりと笑った。

 (セリアさんって本当にいい人だな)

 他のスピリット隊のメンバーの半分くらいはセリアが怖いとか、苦手とか、きついなどの否定的な印象を持っているらしいが和也はそういった感想は持ったことがない。確かに訓練や戦闘などの直接命に関わる事になると彼女は一生懸命になるが、それは彼女がみんなの事を本当に想っているからで悪意があるわけではない。普段の日常的な事には彼女はとても穏やかな人だった。口下手だが、優しい人だと和也は思っている。

 「分からないな・・・」

 彼女を恐れる必要はどこにも無いのに。

 「どこ?」

 セリアが視線をこっちの手元に移す。慌てて訂正した。

 「あっ! 違うんです。ただの独り言で・・・」

 「そう、なら集中しなさい。この書類提出期限が今日になっているから」

 「え! じゃ、じゃあ急ぎましょう!」

 和也は慌てて作業に取り掛かった。

 まだ半分も終わっていなかった書類の束だったが、以外にもセリアは器用にそれらを次々にこなしていった。正直な話、和也が手伝う必要はなかったかもしれない。

 「ねえ、カズヤ?」

 「何ですか」

 やり終えた書類を纏めながら聞く。

 「無理してるんじゃない?」

 一瞬だけ作業の手が止まった。が、何事もないように言う。

 「何の事ですか? 別に無理なんかしてませんよ」

 「エスペリアから聞いたわ・・・バーンライトであなたがとった行動」

 「あれは・・・勝手な事してすみませんでした」

 「そうじゃなくて・・・」

 セリアが何か言おうとするが和也は頭を振って否定する。

 「シエル――スピリットの名前ですけど、彼女は僕が殺したんです。助けようとしたんですけど・・・無理でした。僕に力がないから・・・誰も守れなかったんです」

 心配させたくなかったから笑いかけながらいったが、どこかぎこちなかったかもしれない。

 「シエルは・・・最後にありがとうって言ったんです」

 笑った顔が素敵だと思った。もしかしたら戦争なんてなかったらあんな風に笑って生きていたのかもしれないと思うと怖くなった。体の芯から冷えていった。彼女を殺したのは自分だ。

 守るなんて所詮は絵空事、果てしもない夢想でしかないのか。戦争をしているんだ。そんな事は当たり前だ。向こうも、こちらも命を懸けてるのに馬鹿な事だと思う。もうやめた方がいいのかもしれない。はじめから無理だったんだ。力の無い奴がどんなに奇麗事を並べたって意味が無かったんだ。

 じゃあ、僕は何が出来るんだろう?

 ふと、小鳥の囀りのような声が歌う。

 「暖かく、清らかな光、母なる光・・・

  全ては再生の剣より生まれ、マナへと帰る

  たとえどんな暗い道を歩むとしても・・・

  精霊光は必ず私達の足元を照らしてくれる。

  清らかな水、温かな大地、命の炎、闇夜を照らす月・・・

  全ては再生の剣より生まれ、マナへと帰る

  どうか私達を導きますよう・・・

  マナの光が私達を導きますよう・・・・・・」










 「きっと、そのスピリットはカズヤにあえて幸せだったと思うわ。だから、いいのよ。カズヤは今のままで」

 (・・・それでも、僕はもっと強い力が欲しい)

 それは羨望、憧れといった感情だったが、それは今は口にしないでおいた。代わりに違うことを聞いた。

 「あの、今の歌は?」

 「ただの歌よ。私達スピリットが歌う。たった一つの歌」

 不思議な心地だった。それが歌のせいかどうかは確信するまでにはいたらなかったが。

 「大丈夫よ。あなたは強いから」

 和也は黙って聞いていた。セリアは続けて言った。

 「あなたはあなたのままでいいのよ。みんな自分の信じたもののために戦ってるんだから。もっと自信を持って。あなたなら出来るから」

 出来る。彼女に言われると本当にそれが真実になるような気がした。










 「じゃあ、第一詰め所に行ってきますね」

 書類の山を抱えるが以外に重くよろめいてしまった。

 「手伝うわ」

 横からセリアがいくらか取る。それでだいぶ楽になった。

 「ありがとうございます」

 「これくらい大した事じゃないわよ」

 二人で第一詰め所に行くと中のほうからいい匂いが漂ってきた。夕食の準備をしているのが分かる。匂いに誘われるように玄関に来るとノックをした。

 「はい」

 暫くすると悠人が玄関のドアを開けて出てきた。

 「これ、エスペリアさんに頼まれていた書類です」

 と、悠人に書類の束を渡す。その上にセリアが容赦なく残った書類を乗せた。不躾なその態度に悠人が戸惑う。

 「あ、ああ。わざわざすまない」

 「まったくです。今後はご自分の仕事はご自分で出来るようにして欲しいです。あなたのせいでみんなが迷惑しているんですから」

 セリアの容赦ない言い方に和也は不安を覚えた。

 「セ、セリアさん。いいんですよ・・・先輩だって慣れない事ばかりやらされて大変なんです」

 悠人が視線を地面に向けている。ショックを受けているのは明らかだった。

 「・・・」

 悠人を一瞥するとセリアは背を向けて立ち去った。

 「あっ、セリアさん! 先輩・・・失礼します」

 軽く会釈して和也はセリアを追いかけることにした。

 悠人は動けなかった。

 「ユート、どうした?」

 たまたま玄関の方に来たアセリアがじっとして動かない悠人に声をかけた。

 「何でもない」

 「ん。そうか」

 そう言うとアセリアはリビングに入っていった。後に残された悠人はエスペリアに呼ばれるまでそこに立ち尽くしていた。










 和也は先に行ってしまったセリアに追いつくと彼女を呼び止めた。

 「セリアさん! どうしたんですか!? 先輩にあんなこと言うなんて・・・」

 「・・・私が、あの人を信用してないからよ」

 立ち止まる事はしなかったが、歩調を緩めて言った。

 「でも、いままで一緒に戦って来たんでしょう? だったら――」

 「だったらどうだって言うの? 過ごした時間が多ければいいわけじゃないでしょ?」

 確かにそうだが、それでは自分と悠人のこの扱いの違いがわからなかった。過ごした時間でないというのなら何が違うのだろう。

 「じゃあ・・・何で僕には優しくしてくれるんです」

 「信頼しているからよ」

 即答と言ってもいいぐらいの速さでセリアが言った。一瞬だけ思考が停止した。

 「で、でも、僕は弱いし、足手まといで、先輩よりお荷物で・・・」

 「関系ないわ。人には向き不向きがあるから。たまたま、あなたはそういうのが苦手だっただけよ。私がね、あなたを信頼しているのはあなたが自分を犠牲にしても誰かのために一生懸命になれるからよ」

 「僕が?」

 そこで考える。自分を犠牲にした記憶なんてない。彼女が何か勘違いを起こしているのではないかとついまじまじと顔を見てしまう。

 「ええ。初めて会った時、あなたは女の子を守ってスピリットと戦ってた。普通はそんな危ない事に関わり合いになんかなりたくないのにね」

 合点がいった。セリアはラキオスにスピリットが進入した時に戦った時のことを言っているのだ。

 (でも、女の子? あそこに誰か逃げ遅れた子供がいたのかな?・・・あれ? でも確か・・・いや、でも・・・)

 記憶が曖昧だった。最近こういった事が多い気がする。だが、違和感はほんの一瞬で、すぐに元に戻る。

 「でも、それなら先輩だってそうですよ。あそこまで嫌わなくても・・・」

 「あら? いつ私があの人の事が嫌いだなんて言った?」

 「え!? だって・・・」

 セリアの態度を思い出す。あれは嫌いのレベルを超えていた気がする。

 「私は信用してないだけよ。別にあの人個人が嫌いなわけではないわ。どちらかと言うと、ああ言う真っ直ぐな人は好きな部類よ」

 「じゃあ、僕の取り越し苦労って事ですか!?」

 「そう言う事ね」

 さらりと言う。

 「はあ・・・何だ先輩がかわいそうです」

 心底同情しつつ和也はため息をついた。










第二章・癒えぬ傷痕の行方










 翌日、和也は食材の買出しのために第二詰め所の人たちと街に出かけていた。明日は和也たちがサモドアに交代で行かなければならない。第二詰め所に他の人たちが帰ってきた時のために買いだめしようと考えたのである。

 だが、スピリットが買い物をするというのは非常に手間がかかる。まず、スピリットは現金を持っていないという事に和也は最初驚いた。スピリットは買い物をする際に署名が必要らしい。店の人はその後に城に行って、そこで現金を受け取るという。

 そんな手間がかかるものだから、どこの店でもスピリットに売りたくないという雰囲気が伝わってきた。

 街に住んでたときは感じなかったがとても不便だった。

 「さて、これで最後ね」

 ようやくといった感じでセリアが言う。既に一時間以上も買い物をしていた。

 「ネリー疲れたー」

 「シアーもー」

 ぐったりといった感じで言う。それは和也も同じだった。

 「はいはい。もうすぐ終わるから我慢しなさい」

 セリアが慣れた様子で買い物を済ませる。 

 「この先にちょっとした広場があるから少し休んでいきましょう」

 「うん。ネリーは賛成!」

 「シアーも〜」

 二人の様子に和也は苦笑しながら、

 「僕も構いません」

 「それじゃあ、行きましょう」

 歩き出すセリアについて行くと、確かにそこは休憩するにはぴったりの場所だった。

 ただ、少しだけ寂しい場所だった。

 「何にもないんですね」

 そこはただのさびれた空き地だった。人の手が入っていなかった。

 「戦争の名残でね、どこの街にもはこういう所がいくつかあるのよ」

 セリアがそこに置いてあった木製のベンチに座る。それに習って和也たちも座る。

 「はい。これみんなで食べようと思ってさっき買って来たの」

 そう言ってセリアが差出したのは良く熟れてそうなネネの実だった。ネリーとシアーが歓声をあげる。

 「おいしそうですね」

 和也もネネの実を受け取り、一口食べる。甘い果汁と香りが口の中に広がる。素直においしいと思えた。

 「おいしいです」

 その様子を見てセリアも口にする。

 彼女の頬が緩む。どうやらおいしかったようだ。

 そのままゆったりとした時間が流れた。和也は時々ネリーとシアーの会話に相槌を打ち、話をちゃんと聞いていなかった事がばれると、二人がむくれて和也はただそれに平謝りする。セリアはそんな様子を見て優しく、静かに見守っていた。










 「さて、それじゃあ帰りましょう」

 セリアが言った。和也もそれに頷く。

 街の通りに戻る。やはりこちらは人通りが多かった。

 「あっ!」

 突然和也が驚く。みんなの視線が和也に向く。

 「どうしたの?」

 「すみません。さっきのところに買い物したやつ忘れてきてしまって・・・」

 「じゃあ、私達はここで待ってるから急いで取ってきなさい」

 「あ、大丈夫です。先に行ってて下さい。すぐに追いつきますから」

 言って和也は走った。

 「カズヤおにいちゃん?」

 少し離れた所で少女は偶然にもその様子を見ていた。










 買い物袋はベンチの上にそのまま置いてあった。 

 「よかった。まだあった」

 これで無くなってたらまた買い物の手間がかかる所だった。正直なところそれは嫌だった。

 「まったく・・・何もこんな所まで悪い癖がでなくったっていいのに・・・」

 ぶつぶつと呟きながら広場を出る。追いつくと言った以上急がなければいけない。

 広場の出入口に小さな女の子がいた。人形に着せるようなドレスの服を着て、流れような黒髪で幼さ独特の愛らしい顔立ちをしている。

 「?」

 こんな所にどうしたのだろうと思いながら少女の横を通り過ぎようとして背中に軽い衝撃。少女に後ろから抱き止められた。

 「・・・どうして行っちゃうの?」

 「え・・・?」

 突然の事に対応が遅れるが、腕を解こうにもその場の雰囲気からそれが憚れた。首を回して後ろを見ようとするが少女の頭しか見えなかった。

 「おにいちゃんも私もずっと待ってたんだよ。お仕事のみんなも近所の人もみんな待ってたんだよ。カズヤおにいちゃんがいい人だって分かってるから」

 (何だ?・・・この子は何を言ってるんだ)

 自分が街で暮らしていた事は覚えている。だが、少女も、少女が言うような人物も知らない。忘れているのだ。

 (忘れてる? 僕は今確かに忘れてるって・・・)

 そういえば、と思う。街で暮らしていた時の事が思い出せなかった。街で暮らしていた事は確かだ。だが、どこで、どんな風にと聞かれれば答えられそうになかった。おかしな事である。これではまるで記憶喪失者である。だが、それも変だった。自分がエトランジェだという事も、こちらの世界に来る前の事も和也は覚えている。どう言うわけか、ここ最近の記憶だけがあやふやなのだ。大雑把にそんな気がする程度にしか思い出せない。

 「ぼ、僕は・・・」

 今までも何となくそんな気配はあった。何かが違う。そう言えば、以前第二詰め所で似たような事が起きたばかりである。

 「何が・・・何だか・・・」

 思わず言えたのはそんな意味のない言葉だった。

 「帰ってきて・・・もう一度みんなと暮らそう」

 少女の願い。それは哀願のようにも思えた。どうして彼女がそこまでして自分を引き止めるのか和也には分からなかった。

 ただ、和也は懐かしさを感じていた。初めて会った他人に変かもしれないが、それ以外の言葉が思いつかなかった。少女の手に自分の手をそっと合わせる。

 「ごめん。何も覚えてないんだ・・・街で暮らしてた事は何となく分かるんだけど、自分が何をしてたのか分からないんだ」

 口から言葉が流れるように出てくる。今日はいつになく饒舌だった。

 「君に言われるまで、何でだろ? 思い出せない事を全然気にしなかったんだ。最近はもっとおかしくてね。何かがあった気がするんだけど、それも思い出せなくなって・・・何だか、自分じゃないみたいなんだ」

 「どうして忘れちゃったの?」

 少女は驚く様子も無くそう言った。まるでそう言うのが初めから決められていたようだ。

 「・・・わからない。本当に何でだろうね」

 「今は何してるの?」

 少女が今度はまったく違う事を言い出した。

 「戦争かな。エトランジェは戦わないといけないらしいから」

 「そんな事・・・ないよ。カズヤおにいちゃん、戦争なんて嫌いだって言ってた・・・」

 「そっか・・・君が知ってる僕も戦うのが嫌なんだね」

 でも、と付け足す。

 「でもさ、僕は守りたいんだ。はは、実は何でだか全然覚えてないんだけどね・・・・・・だから、さ。もう行かないと」

 「・・・うん」

 そこで少女の手を解く、彼女はあっさりと引いてくれた。それが何故かは分からなかった。ただ、声の調子が落ちていた。本当は行ってほしくないのだろう。

 「ごめん。本当ならもっと話していたいんだけど、帰らないと、行けないから」

 「・・・うん」

 和也は少女に背を向けて歩いた。が少し離れた所で立ち止まり振り替える。

 「そう言えば名前聞いてなかった」

 失礼かと思ったが、忘れたままのほうが失礼な気がして聞く。

 「レイチェルだよ。カズヤおにいちゃん」

 「僕は宮元和也」

 「知ってるよ。カズヤおにいちゃんはレイチェルのおにいちゃんだもん」

 自然と笑みがこぼれる。暗い表情が陰を潜める。誰だって笑っているほうがいい。レイチェルも笑顔がとても似合っていた。

 「そう言えばそうだったね・・・それじゃ」

 今度こそ背を向けて走り出す。










第三章・責任の行方










 和也たちが守備隊と交代でサモドアに入ってから翌日の事だった。

 「えっ、先輩達だけラキオスに戻るんですか!?」

 サモドアには詰め所が一つしかないので、第一詰め所の人たちとも自然と顔を合わせることになる。そんな中、悠人、アセリア、エスペリアの三人だけに帰還命令が来ていた。

 「はい。龍の魂同盟が正式にダーツィに宣戦を布告するそうです。その発表をラキオスで行うため、帰還せよとの命令です」

 「でも、だからって何でラキオスに戻る必要があるんですか?」

 「宣戦布告は一種の儀式みたいなものですから、その・・・見栄えを整えるためかと・・・」

 エトランジェでありスピリット隊隊長の悠人、副隊長のエスペリアそれにラキオスの青い牙と呼ばれ恐れられているアセリア。面子だけ見れば確かに栄える。こちらが本気であるという事を向こうに知らしめるつもりなのだろう。その他にも今ラキオスにいるスピリット隊のメンバーがその場に立ち会うらしい。ちなみにそれ以外はサモドアで防衛、監視を継続。宣戦布告と同時に戦闘状態に入れ。ということらしい。

 「何だか貧乏くじを引かされた気分ですね」

 隣にいたセリアに話しかける。セリアは頷いて、

 「それに、私達だけにここを守らせるのもどうかと思うわ。ダーツィの戦力がラキオスを上回っている事ぐらい軍の上層部だってわかっているはずよ」

 このまま悠人達がラキオスに戻ってしまえばサモドアの守りは和也、セリア、ネリー、シアーのたった四人である。この戦力ではいくらサモドアの防衛力を持ってしてもダーツィが本気で攻めてきたら守りきる事は不可能に近い。

 「はい。ですから、上層部はエトランジェであるカズヤ様にここに残るようにしたのです」

 どうやらエトランジェである和也に期待されているらしい。

 「まったく・・・どうせ何を言っても無駄なんだろうな」

 深いため息をつく。軍の上層部がこちらの都合を考えてくれた事など一度もない。それを和也はここ数日のうちに何となく肌に感じていた。元々人間はスピリットの事を一方的に嫌っている節があった。それを考えれば当たり前といえば当たり前だ。

 (だけど・・・それでもいいか。借りを作っとけばあとあとやりやすくなる。それに負の感情を植えつけとけばこの体を掌握しやすくなる・・・)

 「和也? どうかしたのか?」

 「!?」

 いつの間にか皆の視線が集まっていた。

 「えと、僕何かしました?」

 「何かって・・・ずっとぼんやりしてたから」

 「だ、大丈夫ですよ! みんな心配性ですね」

 無理に笑顔を作る。

 「そうか、ならいいが・・・」

 悠人はまだ信じられないという感じだったが、一応引いてくれた。

 「ちょっと、これからどうしようかなって考えてただけですよ」

 「宣戦布告と同時に戦闘状態に入れって言ってるけど、具体的にはどうするつもりなの? まさかこの戦力で戦えっていわないでしょうね?」

 セリアがエスペリアに言う。あまり悠人と視線をあわせようとしない。どちらかというと無視する形だ。悠人もセリアがいるせいで落ち着かないのかそわそわしている。

 (本当に嫌ってないのかな?)

 「その辺りは全てカズヤ様の判断に任せるようにと言われています」

 その一言に和也は驚いた。自分の身を守る事すらままならない奴に何故そんな重大な事を任せるのか理解できなかった。はっきり言ってセリアのほうが適任だった。

 「ちょっ、ちょっとそれって本当なんですか!? 何だって隊長でも副隊長でもない僕に指揮権が回ってくるんですか!?」

 「恐らく、カズヤ様がエトランジェ・・・だからだと思います」

 エスペリアが遠慮がちに言う。彼女だって和也が適任でない事くらい分かっているのだ。だが、これは既に「決定事項」。つまり、エトランジェである自分にはどうにも出来ないのである。何を言っても無駄なのだ。

 「ったく・・・! 分かりました。やります。やればいいんでしょう!? その代わり、早く戻ってきてくださいよ!」

 和也は半ばやけになって承諾したのだった。悠人たちはそれからすぐにラキオスに戻って、サモドアには和也、セリア、ネリー、シアーの四人だけが残された。

 その日の翌日、ラキオスがダーツィに宣戦布告をしたとの伝令が詰め所に来た。











 「あーあ。いるよいるよ。スピリットがいっぱいいるよ」

 和也はサモドアの街を囲う外壁から頭を少しだけ覗かせて街道を眺めていた。ラキオスが宣戦を布告した事もあって向こうも本気になったのだろう。目と鼻の先に陣を張り、今か今かと攻撃の合図を待っているのが分かる。数もそれなりにいる。さながら美人コンテストのようだった。

 『ふっふっふ・・・やっと俺様の出番ってわけだな。最近は実戦がなくて退屈していたのだ』

 (『煌』はいつも気楽でいいな。僕なんか初指揮になるかもしれないのに・・・)

 ぶつぶつとまるで呪詛を口にするかのように呟く。まわりに黒いオーラがにじみ出てきそうだ。胃がきりきりと痛み出す。このままどこかに逃げ出したくなった。

 「どうかしましたか?」

 あまり感情のこもっていないそれに振り返る。ナナルゥがそこにいた。ラキオスからとんぼ返りで援軍に駆けつけてくれたのだ。他にもハリオンとヘリオンがサモドアに来ている。

 「いや・・・別にどうこうってわけじゃないんだけど」

 「そうですか」

 さっきとまったく同じ調子で言う。どういうわけかナナルゥは必要以上の事は口にしない傾向が強かった。自然と会話もなくなる。間が持たなくなったのは和也が先だった。

 「あのさ、ナナルゥさんには戦う理由ってあるの?」

 「理由・・・ですか?」

 一瞬だけ、逡巡するように言葉が止まる。

 「それは必要なのですか?」

 逆に問われてどう言えばいいのか戸惑う。

 「必要、なんじゃないかな・・・たぶん」

 理由は分からないが、そんな気がした。というより、理由もなく何かをするという事が和也には考えられなかった。

 (そう言えば、神剣に精神が呑まれると感情とか意思とかなくなっていくって聞いた事があるな)

 ナナルゥの様子はそれに近かった。ハイロウの色は黒くはないが、感情を表に出すことがなく、言葉からも彼女自身の意思を感じない。

 何とかしてあげたいと思うが、どうすればいいのか分からない。だが、放っておけば近い将来ナナルゥの心は神剣に呑まれてしまう。それは嫌だった。

 「ナナルゥさんは今まで何で戦ってきたんですか?」

 それは和也自身にも問いかける質問だった。守るために戦うといった自分にまだ迷いがあったからだ。バーンライトでの戦闘が尾を引いていた。

 「戦う事を命令されました」

 迷いもなくナナルゥは言った。軍人なんだからそれは当たり前で、正しい答え方なのかもしれない。

 (命令、か・・・)

 和也は命令されたわけではない。スピリット隊に入った時も殆ど志願兵みたいなものだった。その後も軍と一緒に行動してきたつもりだが、どこかでそれを拒否してきたのかもしれない。それは何故か、和也はまだ純粋に人殺しが出来ないからだった。

 「・・・ナナルゥさんは、命令だったら誰でも殺せるの?」

 「それが命令でしたら」

 「そう・・・」

 やはりナナルゥには迷いがなかった。そこは見習うべきなのかもしれないが、同時に怖くもあった。

 ただ言われるままにするのは楽なようで実際はすごく大変な事だし、実行できるのは、それだけの力があるという事だ。だけど・・・

 「ナナルゥさんはそれでいいの? もっと何かやりたい事とかないの?」

 そして、自分にも同じ事を問う。お前は本当は何がしたいのか。

 だが、いくら考えても何も思いつかない。この状況に落ち着いてしまった自分がいるだけだった。何をしても変わらない自分。何もしなければそこから動けない自分。

 目の前のナナルゥの表情は微動だにしない。感情の読めない赤の双眸が自分を映し出している。彼女が何を思っているのか知りたかった。彼女の答えがもしかしたら自分に答えをくれるのではないかと思った。

 ふと、彼女の瞳に何か浮かんだような気がした。

 そして――

 爆発と轟音が響いた。










 「つぅ・・・ナナルゥさん大丈夫ですか?」

 「はい。どうやら敵の神剣魔法で攻撃されたようです」

 直撃ではなかったが、衝撃からして近くに当たったようだ。街道を見るとダーツィのスピリットが外壁に接近しつつあった。

 襲撃を知らせる警鐘が鳴り響く。

 和也は戦闘の指揮をたらなければいけなかった。

 「ナナルゥさんは外壁にとりついて神剣魔法で援護してください!」

 「分かりました。・・・カズヤ様はどうされるのですか」

 「ここから飛び降ります」

 目算して地面から十メートルから二十メートルぐらいはありそうだったが、神剣の力を解放すればこれくらいの落下エネルギーは耐えられるはずだ。

 『大雑把過ぎやしないか?』

 (いいんだよ。どうせたいした距離じゃないだろ?)

 外壁を飛び降りる。落下の衝撃を膝で殺して着地する。

 「問題ないな・・・」

 同時に敵スピリットがいる辺りに火柱が上がり、数体がマナに帰る。ナナルゥが神剣魔法を使ったのだろう。

 「カズヤ!」

 それと同じ頃に他のメンバーが到着する。

 「敵が来ました! ハリオンさんは後方で援護を! ネリーとシアーはナナルゥさんに向かう敵を抑えて! セリアさんとヘリオンは僕に続いてください!」

 和也が指示を下すと、それぞれが行動を開始する。それを視界に見届けて『煌』を鞘から抜く。

 「全力だ! 一気に決めます!!」

 魔方陣が広がり、セリア、ヘリオンを捕らえる。

 「魔方陣の内側にいれば神剣の力を自動に限界まで引き出せるはずです。あまり長く持たないので一気に勝負を決めましょう・・・行きます!」

 和也が駆け出す。それに追従する形でセリアとヘリオンがついてくる。

 「はぁっ!」

 先頭にいる青スピリットに袈裟懸けに『煌き』を振り下ろす。

 受け止めようとして敵が神剣を構えるが、それをいとも簡単に押し返す。返した刃でスピリットに一撃を与える。致命傷ではないが、すぐに動けるような傷でもないはずだ。

 「まずは一人!」

 敵の陣に向かってさらに突き進む。攻撃してくる敵に限り相手をするが、止めだけは絶対に刺さない。

 振り下ろされる神剣を裏から弾いて脇胴を裂く。それだけで戦闘力を奪う。

 (これだけの力があるなら・・・!)

 いくら全開で戦っているからとはいえ、第九位の力しか持たない神剣とは思えなかった。同じ第九位の神剣を持つヘリオンも自分ほど相手を圧倒できているわけではなかったし、セリアも和也に近いものはあったが、根本的な神剣の力の総量が全開状態の『煌』とは全然違う。だが、その力強さを今は素直に受け入れることが出来た。

 守る事を考えないでひたすら奥に突き進んでいくから和也たちはあっという間に包囲される。ただ、和也の並外れた戦闘力に怯み、戦意を失っているスピリットがちらほらと出始めた。

次の瞬間、視界が赤く塗りつぶされる。ナナルゥの神剣魔法によって目の前の敵が一掃された。

 「前に出るから・・・」

 敵の包囲に穴が開き、そこからさらに敵の陣に向けて走る。

 「・・・いた!」

 指揮官らしき人間の男がいた。表情は今にも泣きそうなくらいに歪んでいた。何かわめき散らして自分を守らせていた緑スピリットをこちらに向かわせる。

 「どいてくれ!」

 展開されたシールドハイロウを一撃で砕く、それでも戦意を失わずに神剣を繰り出してくる。同時にマナが急激にスピリットに集中する。

 「何で・・・何であんな奴なんかのために戦うんだ!」

 スピリットの瞳には光が宿っていなかった。神剣に飲まれているのだろう。和也の声が聞こえるはずもない。

 体勢を低くして下段から神剣を跳ね上げると同時に袈裟懸けに斬った。呻きながらスピリットが膝を突く。

 「抵抗しないで、そうすれば殺さないから」

 スピリットの横を通り過ぎる。目的の人間はすぐそこだ。指揮官が撤退命令を出せばそれで終わる。少なくともこの戦闘においてはだが。それでも血が流れないのならそれでいいと思える。

それが油断だった。

スピリットが何か呟いた。それが神剣魔法の詠唱だと気づくのに一瞬だけ時間を要した。

 「カズヤ!」

 誰かが危険を知らせるが、それは遅すぎた。緑スピリットが一息に言う。

 「エレメンタルブラストォッ!」

 荒れ狂う大気の嵐が衝撃となって放たれる。至近距離で放たれたそれはスピリットと和也の中心に一気に膨れ上がり爆発した。










 「ぐっ・・・あぁ、この・・・馬鹿野郎!!」

 緑スピリットが放った神剣魔法は絶大な威力だった。満身創痍と言ってもいい。必死の形相で歯を食いしばりながら立っているのは奇跡に近いものがあったが、今はそんな事を考えている余裕は無かった。全身から血を噴出し、その血もやがてマナに帰っていく。足元に血だまりが出来て、大量の血が滴り、ばしゃばしゃと音をたてる。

 「お前らが!!」

 緑スピリットは無傷だった。ただ一度に力を使いすぎたのと、神剣魔法の衝撃で気を失っていた。和也がとっさに魔方陣を使って緑スピリットを庇ったのだ。そのせいで自分を守る手段を失ったわけだが。

 緑スピリットには目もくれず、一歩、また一歩と近づく。その先には完全におびえきった人間がいた。

 「お前らが、お前らみたいないつも身勝手な人間がいるから! みんな死んじゃうんじゃないか!! 残された奴らがどんなに寂しい思いをするのかお前に分かるか!」

 「エ、エトランジェのふ、風情が・・・」

 人間が言えたのはそれだけだった。こちらの剣幕におびえ、震えて、それでも自分の権威だけを知らしめようとする。浅はかで、どうしようもないくらいに愚かだった。和也はこの時初めて明確な殺意が芽生えた。それが心の中を満たしていく。初めて味わうその感情に流されるままに幽鬼のようにふらふらとさらに近づく。

 「殺す・・・殺してやる・・・それで全部だ、何もかも終わらせてやる」

 「ひっ・・・!」

 容赦なく『煌』を人間の体に突き立てた。

 「ぐぅえっ!」

 「死ね! 死ね、死ね死ね!」

 何度も、何度もなんどもそれに『煌』を突き立てた。その度に鮮血が舞った。真っ赤な真っ赤な血が全部を赤く染めていく。何も感じられない。『煌』を突き立てることを機械的に繰り返す。思考は既になくなっている。真っ赤に塗り染められていく。

 「ひぃ・・・あ、ぎぃあ・・・ああ! た、だずげ、ぎぃ・・・ぐ、ゃああああああっ!」

 肺から最後の空気が抜け、それがただの肉塊になっても『煌』を突き立てることをやめなかった。それが死んだということも分かってないのかもしれない。

 だが、その動きもやがて止まる。自分から止まる事は出来なかった。誰かが後ろから羽交い絞めにして体を拘束する。

 「もうやめて! カズヤのそんな姿見てられない!」

 「あ・・・」

 すうっと、頭の中から何かが離れていく。何だ? 何が起こった? 自分は何をした?

 「僕、は・・・何を・・・」

 目の前の凄惨な現場を目の辺りにする。その衝撃に手から『煌』が抜け落ちた。そうだ。これは全部自分がやった。全部自分が・・・

 「ぼ、僕、僕・・・!」

 膝が笑って力が入らない。そのままその場に膝をついて座る。腕はだらりと下がり、頭は力なく下がる。ただ視線だけはそれから外れる事は無かった。

 頭痛がした。それが段々激しい痛みをともなってきた。その痛みですらどこか遠いもののように感じられる。だが、痛みが絶頂を迎えた瞬間、意識がとんだ。

 最後に視界いっぱいに赤を広げて。










第四章・夢の行方










 もう嫌だ。こんな事ばっかり・・・

 何で、どうして殺しあわなければいけないの?

 僕はただ誰にも死んでほしくないだけなのに。

 それだけのはずだった・・・

 『それだけ? 違うだろ。お前はいつだって望んでいたじゃないか、力を、さ。だから俺はお前の背中を押してやったんだぜ? それを否定するのか? そいつはちょっと俺に対してよろしくないだろ』

 違う・・・こんな事は望んでなかった!

 『ははは! じゃあ何か? お前は世界が自分を中心に回っているとでも言うのか? おめでたい奴だな。望もうが、望まないが世界はお前の思惑とは関係なく動くのよ!』

 そんな事言われなくても――

 『分かってるってか? じゃあ、何でお前は今そんなに苦しんでるのさ? 結局お前は分かってるつもりだったんだよ。何も分かってないぼんぼんなのさ』

 ・・・

 『疲れただろ? 俺が代わってみんなを守ってやるさ。気に入らない人間どもも皆殺しにしてやる。楽になれるぜ? お前はただ黙ってここでじっとしているだけでいいんだからよ・・・それに、そんなに赤くなったらもうみんなの前に出られないだろ?』

 !

 『手も、顔も、体も全部真っ赤だ。本当に綺麗なくらいな・・・お前はもう終わりなんだよ・・・』

 そうだね。僕はもう一線を越えてしまった。後戻りはもう出来ない。それでも、君に全て任せるよりはいい。

 『ふん。俺は別に構わないがな・・・だが、今回だけだぜ? 次、お前の意思が揺らぐような事があったら、その時は容赦なくお前の体を頂くからな』










 いつ意識が蘇ったのかは定かではないが――部屋の窓から見える景色が暗かったから恐らく夜だと思う――目を開けるとそこに誰かがいた。女性だった。長く伸びた青い髪、青い瞳に整った顔立ち。どこかで見た事のあるような気もするが、残念ながら記憶になかった。そもそもこんな美人は忘れようがない。

 「ここは、どこ、ですか?」

 だが、口から出てくる言葉も他人行儀だった。結局は自分は彼女のことを知らないのだ。

 「サモドアよ」

 女性は驚いた様子もなく静かにそう告げた。

 「サモドア?」

 聞きなれない単語に思考をめぐらせる。会話の流れからどこかの場所を言っているのは分かった。ただ、それだけだった。そもそも何故自分がここにいるのかも分からない。

 「どうかしたの?」

 女性が聞く。だが、何と言っていいのかわからずにいると再び女性が語りかけた。

 「カズヤ大丈夫なの?」

 カズヤ――それが自分の名前なのだろう――と呼ばれても何もぴんと来なかった。ぼうっとしていると、今度は体を揺さぶられた。

 「カズヤ? ねえ、本当にどうしたかしたの!?」

 「大丈夫、です」

 女性の名前が分からなかったので、簡潔に言うと、女性は何か安心したようだった。頬が緩む。

 「まったく・・・心配させないでよね。とりあえず、大丈夫そうだから安心したわ。お腹空いてない? 何か食べるもの持って来るから休んでて」

 「あ、はい・・・」

 そう返事をする頃には女性はもう部屋を出ていた。仕方がないのでおとなしく待つ事にする。

 部屋の中は綺麗に片付いていた。というより物が少なすぎる気がした。だからという分けでもないのだろうが、「それ」はすぐに自分の目についた。一振りの刀が鞘に納まって壁に立てかけてあった。それを手に取り、その質感を確かめた。柄の部分を握ると不思議な事にとてもよく手に馴染んだ。その感触をゆっくり味わう。

 「不思議だ・・・まるで初めてじゃないみたいだ。すごく安心できる。誰かに見守られているような・・・」

 鞘を撫でる。この刀が愛おしく感じられた。また、逆に恐ろしくもあった。

 ふと、撫でる手を止める。この感覚は危険だと感じたからだ。

 この刀は自分の大切なものを奪ってしまう。何故だか分からないが、そう思ってしまった。結局、元の場所に戻してそれきり見ないようにした。だが、気づくといつの間にか視界の中にその刀があった。そんな事を何回かして、部屋のドアが開いた。さっきの女性だ。

 「これ、急いで用意したからあんまりおいしくないと思うけど」

 と、部屋の中央に置かれたテーブルの上に器に盛られたスープのような物を置く。女性が席に着くので、対面に座るような格好で自分も席に着く。

 「それじゃあ、いただきます」

 スプーンでスープをすくって口の中に含む。塩辛さがちょうどよく、わりと好きな味かもしれない。

 「おいしい?」

 やはり心配なのか女性が聞く。

 「おいしいですよ」

 素直にそう答えると、女性は頬を緩ませた。後は黙って自分が食べ続けるのを見ていた。

 あまり量が多かったわけではなかったので、食べ終わるのにそれほど時間はかからなかった。

 「ご馳走さまでした」

 「おそまつさま」

 僕がそう言うと、女性がそう返す。そして食器を片付けて部屋を出て行った。それから暫くまたぼうっとしていた。それ以外にする事がなかったからだ。

 「ここは、どこなんだろう?」

 ようやく出た言葉がそれだった。だが、一人で考えても意味はなく、結局は寝る事しか今の自分に出来る事はなかった。と、思う。










 朝だった。夜寝て、次に目覚めた時が朝だというのなら、これは朝だろう。幸いにも窓の外の景色が明るい事からそれは容易に想像できた。

 ただ、自分がいる部屋が昨日と違っていた。石造りの豪奢な部屋には高価な調度品らしきものが飾ってあり、いかにも金持ちな家を醸し出していた。これもまた高価そうな真っ赤な絨毯が部屋の床に敷いてあった。それどころか壁にも天井にも赤がさしていた。

 ぼうっとする思考の中でたった一つだけ分かった事がある。

 また人を―――しまった。

 意識が溶けていった。それはあまりにも心地よく、抗いがたく、僕は素直にそれに従った。










 まただ。あれから彼はいつの間にかいなくなり、いつの間にか戻ってくる。ただし、戻ってくるときはいつも決まって血だらけだった。そして、彼は何も話さない。まるで、何事もなかったかのように振る舞うだけだ。本当に何もなかったのかもしれない。ただふらっと出かけた時に酷い怪我をしただけなのかもしれない。でも、それはありえないことだった。彼の血は残るはずがないのだ。どんな事があってもだ。だから、彼はきっとまた・・・










 第一詰め所のメンバーが戻ったことでラキオスはダーツィ大公国との戦争に早期決着を付ける事が出来た。かなりの強行軍のせいもあってラキオス側も相当の被害を被ったが、幸いにも欠員は出ていない。みんな生き残ることが出来た。

 だが、問題というのは次から次へと起こるもので、ラキオス軍がダーツィ大公国の本隊と戦闘を開始して間も無く同盟国であるイースペリアが同じ同盟国であるサルドバルトに攻撃を受けていた。ラキオス軍はイースペリアに救援に向けてスピリット隊を派遣する事を決定した。

 そして、もう一つ、スピリット隊の中に不穏な動きを見せている人物がいた。










第五章・彼の行方










 「ふう・・・もう少しだな」

 悠人は遠くに見えるイースペリアを見ながらそうつぶやいた。目視できるところにスピリットの姿は見えない。つまりここからイースペリアまで一直線だという事だ。

周りに敵がいないのを確認して『求め』を鞘に収める。このまま一気イースペリアまで行きたいがまだ距離があったので歩く事にする。

 適当に皆に指示を出し、先を急がせる。

 (足手まとい・・・じゃないよな)

 歩きながらそんな事を思う。エスペリアに大分まだ助けられているから隊長としてはあまり期待されてないかもしれないが、自分の身を守るくらいには成長しているはずだった。訓練でもそれなりの成果は出てきているし、最近はアセリアの動きも見えてくるようになってきた。ただ、体のほうが追いつかないので彼女にはいつも負かされているが・・・

 「俺もまだまだってことかな」

 もっとも、そんな事は重々承知だった。自惚れた事など一度もない。何時だって戦いは一瞬で決まる。それを生き抜いてきたというだけだ。

 「あの・・・」

 「セリア? どうかしたのか」

 いつもは事務的な事しか話さない彼女が自分からこちらに話しかけてくるのは珍しい。いつものどこか怒ったような雰囲気はなく、今は誰かが支えてやらないと倒れるのではないかというくらいに弱々しかった。

 「ユ・・・隊長はカズヤと顔なじみなんですよね。その・・・カズヤは前からあんな感じだったんですか?」

 ふと、セリアの視線が違う方を向く。それを追いかけると、そこには楽しそうにオルファ達と話す和也がいた。

 「なじみって程じゃないけど、戦いを喜んでするような奴じゃないと思う」

 先ほどの戦闘を思い出す。戦う前までは以前と変わらないように思えたのだが、戦いになったとたんに和也は人が変わったように戦いを楽しんでいた。以前、バーンライト戦の時に一度だけ一緒に戦ったが、あの時の和也は敵のスピリットでも殺そうとはしなかった。あの時の和也を思い出すと痛々しくて胸が締め付けられる思いだった。だが、今ではそんな素振りは一度も見せていない。そして、人間の指揮官は必ず一番最初に殺すのだ。

 「俺よりセリアの方が一緒にいる時間は長いと思うんだけど、何か心あたりはないのか?」

 「私にも何が何だか・・・本当にいきなりだったから」

 セリアが地面に視線を落とす。

 「傍にいたのに、何も気づけなかったなんて・・・」

 「セリア・・・」

 こういう時、何もかける言葉が思い浮かばないのは悠人自身つらいものがあった。

 『契約者よ、あの者には気をつけよ。何か強い意志のようなものを感じる』

 (『求め』? 強い意志って、いったい何なんだよ)

 『わからぬ。ただ、解せぬ。あれの気配は我のを遥かに上回っている』

 『求め』の言う事は要領を得ていなかったが、今の和也が危険だという事が改めて認識する事が出来た。

 「もしかしたら神剣が心を侵食しているのかもしれないな」

 それは自分にも覚えのある経験だった。今ではそんな事ないが、もし誰にも支えられる事なくいたら自分は今ここにいなかったかもしれない。

 「でも、あの剣は第九位ですよ。いくらなんでもこんな短期間で・・・」

 「だけど、あの剣はちゃんとした自我を持っているんだ。何が起きても不思議じゃ、ない」

 強い自我を持つという事は、それだけで契約者に干渉する力が強いという事だ。それは、次第に契約者の神経をすり減らしていく。

 「そんな!」

 「ごめん。俺もわからないんだ。でも、なるべく注意は払って置くから、俺の方で何かわかったらセリアにも知らせる」

 「は、い・・・」

 一応は納得してくれたのだろう。セリアは失礼しますとだけ言って少し離れた位置を歩いている。寂しそうなその視線の先には和也がいた。

 そしてその先にはイースペリアがある。

 悠人は気を引き締めてそれらを見つめていた。










 イースペリアの街は既にイースペリアのスピリット隊とサルドバルトのスピリット隊が入れ乱れて市街戦を展開していたが、サルドバルトの奇襲にイースペリア側は浮き足立ってまともに戦えていなかった。エスペリアの指示でまとまって行動していては効率が悪いので、班を二人制に細かく分けて散らばった。イースペリアのスピリット隊を援護すると同時に別任務事で行動する悠人達を援護するためだ。

 セリアは和也と組みたかったが、人数の関係でそうはならなかった。和也だけが一人の編成だった。幸い、今の和也の力はエトランジェとしての働きが期待できるほど上がっている。

 だから、今の和也は一人だった。

 「はっ・・・こんなもんかよ。サルドバルトは」

 短くはき捨てると目の前のスピリットはマナに帰って消えてしまった。

 「す、すまない。助かった」

 負傷したイースペリアのスピリットが礼を言うが、和也はそれをつまらないものを見るかのように見ていた。

 「勘違いすんな。俺が助けたんじゃねえ、『あいつ』がそうしてほしがってたからそうしただけだ」

 「?」

 スピリットは何を言ってるのか理解できなかったようで、顔に疑問符を作っていたが、和也にはそんな事はどうでもよかった。

 (・・・つっても、力抑えながら戦うのは少しきついな。まあ、しゃーないか。あいつの頼みだからな。それに、俺もあいつは苦手だし・・・)

 そう思った矢先、マナが急激に高まっていくの感じた。その先にはイースペリアの城があった。

 (確かユートたちが行っているはずだったな。エーテル変換施設をどうとかって言ってたっけ・・・)

 嫌な感じは続いていたが、今は目の前の事に集中するべきだと判断し考えを頭の隅に追いやる。

 「次の敵は・・・」

 後は自分で何とかするだろうと判断し、負傷したスピリットをその場に残して新たな敵を探す。その中で、一際強い神剣の反応があった。たぶんこの戦場にいる誰よりも強い。それが幸いにも向こうからこっちのほうに一直線に向かってきている。

 「来いよ・・・一撃で仕留めてやるよ」

 そして黒い影が目視できる位置まで迫ってきた。銀の髪に黒装束、褐色の肌。黒スピリットだ。戦う気がないのか、避けて通るように道からそれていく。

 「あっ! 逃げんな、この野郎!」

 慌てて追いかけるが遅かった。ウイングハイロウを広げてスピリットは飛んでいってしまった。

 「ちくしょー、空飛ぶなんて卑怯だぞ!」

 スピリットが飛んでいったほうに叫ぶが、届くはずもなく、寂しく空中に消えた。

 どくん――

 「!」

 刹那――軽い衝撃。同時に意識が揺らぐ。限界が来たようだ。

 「く・・・こんな時に、もう時間切れか・・・まあ、いいか。後は自分でやり、な・・・」










意識がはっきりしてくると立ち上がる。何故か全身がだるく、重い頭を抱えて聞く。

 「うぅ・・・ここは?」

 また身に覚えのないところで目覚めた。というよりどこから気を失っていたのか思い出せない。思い出そうとするがその度に激しい頭痛に襲われる。仕方なく街の中を歩く。

 「?」

 ふと、何かを聞いたような気がしてそちらに足を向ける。

 暫く歩くと誰かがそこにいた。黒のロングコートで長身の男。切れ長の目が和也を捕らえていた。

 「ようやく会えたな」

 「面会の約束はした覚えがありませんけど?」

 男の問いにそう答える。何か違和感を感じる。さっきまで空気がびりびりと神経を逆撫でていたのに今は妙な安心感さえ感じられる。

 「そうだな。俺も今の君に会いに来たわけではない。それはもっと先の事だ。ただ、それまで君が存在してくれていたらの話だが・・・」

 そう言って男が何か考えるようなしぐさを見せる。

 「そうか・・・なら今君に会いに行く必要はなかったのか?」

 「何で僕に聞くんですか?」

 「こちらの質問を疑問系で返されるとはな、なかなかやるようだな?」

 何がなかなかやるのかのは分からないが、とりあえず男が話を続けた。

 「まあ、とりあえず死ぬな。次、俺が君を迎えに行く時まで絶対に死ぬな。君が死ぬと『姫』が泣く事になる。それは、俺も嫌だからな。だから何としても生き残るんだ。その剣と一緒に」

 すぅっと男の体が消えかかる。それを慌てて引き止める。

 「ちょ、ちょっと勝手にそんな事決めないで下さいよ! こっちだって何が何だか分からないっていうのに・・・!」

 だが、男の体はもう殆ど輪郭がぼやけて見えるくらいしか写っていない。

 「ああ。忘れるところだった。もうすぐマナ消失が起こるから、君も早く逃げるといい。まあ、その剣があれば何が起ころうが平気だろうがな。とりあえず自分が助かる事だけを考えるんだ。それがその剣の力なる(かも)」

 そう言って男は完全に消えてしまった。後に残された和也はただ唖然とするだけだった。

 「なんだったんだ? あの人」

 『それよか早く逃げようぜ。もう時間ぎりぎりのはずだからよ』

 『煌』に催促されて僕は全速力でイースペリアから逃げた。そして僕は感じてしまった。マナ消失が引き起こされた事でたくさんの生き物が断末魔の叫びを上げながら死んでいくのを・・・

 後で知った事だが、この事件はラキオス王が画策したということだった。だけど、僕はラキオス王を責める事は出来なかった。

 僕も、もう人殺しだから・・・










エピローグ










 「門」をくぐり、自分のテリトリーに帰ると早速声がかかってきた

 「彼を見てきた感想は?」

 そう尋ねられた男は口元に微笑を浮かべた。

 「期待通りだった。おまえが創ったあの剣なら何の問題もない。それに、素材もいい。まさかあんな要素があったとは私も正直驚いた」

 「待った甲斐があっただろ?」

 「そうだな。あとはいくつか不確定要素はあるが・・・」

 と、そこで男が言葉を止める。ただ一点虚空を見つめる。

 「どうした?」

 「どうやら聞かれていたようだ。俺のテリトリーに入ってくるとはなかなか強い奴だな」

 「追うのか?」

 「いや、いい。どうせ聞かれたかといってどうこうなる問題でもない」

 コートのポケットに手を突っ込んで虚空を見上げる。何もない自分だけの世界。自分でそういう風にしたのだが、やはり殺風景だった。

 「ここは本当に何もないな」

 やがて彼の言葉も無に帰る。










第三話 奉げるものがいない鎮魂歌 終わり










あとがき

 第三話終了しました! だから何だって事なんですけどね・・・
 
 さて、次の話に移る前に、この作品の将来が怪しくなってきました。
 
 ぶっ壊れ続けるキャラクター達、すっ飛ばされ続けるストーリー、出番がまったくない人間達・・・せめて、せめて原型だけは何とかとどめておきたいという作者の願いは果たして・・・
 
 さて、和也の話でもしておきますか。作者もあまり彼のことわかってないので整理しないと←オイ!
 
 『煌』は今第六位くらいですね。「くらい」っていうのは作者自身いつ和也が成長したかわかってないんですよ・・・駄目じゃん。ああどうなる和也! このまま全てを忘れてしまうのか! 誰とも結ばれずに一人寂しくマナの塵と消えてしまうのか! 次回、多分和也の本音が爆発! 彼はこの絶望の大地で一体何を見つけることが出来るのか!
 
 ますますスローペースで執筆される「僕と剣」。作者的には何だかだらだらと長く書いているだけのような気もしないではなくない。そこら辺の感想をくれると今後の執筆に助かりますので感想下さい。

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