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〜僕と剣〜










第二話 低迷する心










第一章・スタートアップ










 いつもと同じ朝。窓から部屋の中に日差しが入り込み、ほのかな暖かさが部屋の中にあった。毛布を頭から被り、和也は夢心地の中でその暖かさを受けていた。心なしか、いつもより毛布の質がよく感じられる。

 だが、幸せの時間はそう長くは続かなかった。

 ダンダンダン、という足音。それもかなり大きい。朝っぱらから迷惑なほどに。だが、それもすぐにやむ。

 がちゃ――小さな、聞こえるか聞こえないかの本当に小さな音がして部屋の扉が開かれた。

 (レイチェル?)

 頭の中に朝いつも自分を起こしに来てくれる少女が浮かぶ。

 だが、彼女はあんな風に大きな足音を立てて歩かないし、部屋に入るときは必ずノックをする。

 「そーっと」

 「そーっと」

 これも聞こえるかどうか分からないくらい微妙に声を殺している――が聞こえた。

 声からして二人いるようだった。もしかしたらケイトもと思った矢先、

 「とりゃー」

 「りゃ〜」

 ぼす。

 「おふっ!」

 突然、毛布の上から圧し掛かられる。ていうか鳩尾に入ってる。

 「な、何だ!?」

 ばたばたともがき、毛布をめくる。もはや夢心地どころではなかった。

 「カズヤおはよう」

 「おはよう」

 目があった。

 そこには、笑顔で挨拶をする女の子。

 「・・・」

 一瞬目が点になる。頭の中も真っ白になったような気がした。

 「うあわ! あぁぁああ?」

 次の瞬間。意味不明な叫び声を発しながら毛布を女の子ごと跳ね除け、部屋を飛び出す。廊下に出たところでリビングに向かおうと足を前に踏み出すと、そこには廊下はなかった。いや、正確には廊下の先が階段になっていただけなのだが、とにかく階段がそこにあった。

 「!」

 慌てた事もあって、咄嗟にどこかに手をつくことも出来ず足を踏み外す。息を呑み、腕で頭を守る。悲鳴を上げる暇もなく、和也は今日一番の迷惑な騒音をたてながら階段を転がった。

 「う・・・つぅ・・・」

 体のあちこちを打ったようで、階段の下で逆さまの格好で仰向けに転がっていた。痛さですぐには起き上がれそうに無かった。

 ようやく和也も理解し始めた。 

 「どうしたの!」

 騒ぎを聞きつけたのだろう。セリアだった。寝起きで髪をおろしているから分かりづらいかもしれないが、彼女だった。きつい印象を持つ彼女も今だけは目を見開いて驚いた顔でこちらを見ている。

 「ちょ、ちょっと寝ぼけてて」

 痛さで顔をしかめつつも苦笑しながら答える。セリアがますます困ったような顔をしている。

 そう、僕はスピリット隊に入ったんだ。










 朝食時、皆の話題は今日の朝の出来事だった。

 「なるほど、朝のあれはそういうことだったのね」

 ヒミカがそう言う。

 和也は口に入れかけていたパンを戻し、頭を下げる。

 「すみませんでした」

 「ああ、別に怒ってるわけじゃないから気にしないで」

 「それにしても階段から落ちるなんて随分慌てていらっしゃったんですね」

 ヘリオンに言われて苦笑する。階段から落ちるなんてよっぽど慌てていたのだろう。

 「はは・・・まあ自分でもそう思うよ」

 今更ながら情けなかった。

 「ネリーたち起しに行っただけなのにねー」

 「ねー」

 ネリーとシアーは楽しそうだった。

 「あなた達もちゃんと反省しなさい。急にそんな事されたら誰だって驚くわよ」

 そこにセリアが釘を刺す。ネリーとシアーがしゅんとうなだれる。

 「あ、ハリオンさんもありがとうございました」

 「いえいえ〜」

 あの後ハリオンが回復魔法を使ってくれたおかげで痛みはすぐに引いた。

 「ご馳走様でした」

 それまでずっと黙っていたナナルゥが席をたった。

 「ナナルゥさん、もう食べたんですか!?」

 食事が始まってまだ五分程度しかたっていない。ずっと食事に集中していたせいだろう。

 「はい。十分な栄養の摂取をしましたので、これから訓練に行きます」

 言うことはもう無いといわんばかりにそれだけ言うとナナルゥは行ってしまった。

 後には玄関の扉が、がちゃりと寂しそうな音を立てた。

 「そう言えばカズヤにも訓練に出るように言われてたわね」

 ナナルゥがいなくなって口を開いたのはセリアだった。

 「僕もですか?」

 「ええ。でも、今日はカズヤは様子見ってところだから無理なことはさせないと思うけど」

 「わかりました」










 食事が終わったところでヘリオンに話しかける。別に誰でもよかったのだが、彼女が一番近くにいたし、それになんとなく一番話しやすそうだった。

 「ヘリオンさん。訓練棟まで行きたいんだけど案内してもらえないかな」

 「今からですか? かまいませんよ。私もこれから行くところでしたから」

 笑顔で答えてくれる。うん。やっぱり頼んでよかった。

 「それじゃあ、すぐに支度するんで少しだけ待ってて下さい」

 ヘリオンはぱっと行ってきてぱっと戻ってきた。

 「それでは行きましょう」

 ヘリオンにつれられて和也は訓練棟に行った。










 訓練棟。そこは行ってみればなんて事はなかった。周囲をぐるっと石の壁に囲まれたちょっとした運動場のようなものだった。

 「何か、思ったよりも何も無いんだね」

 訓練というからにはもっとちゃんとした施設があるのかと思っていたがそういうわけではないようだ。

 「はい。訓練といっても基本的なことしかやりませんから。実際の戦闘では状況に応じて隊長が指示するんです」

 「基本的?」

 疑問符を浮かべるとヘリオンが人差し指を立てて何か自慢するように言う。

 「えっとですね。私達スピリットが訓練士から受ける訓練は剣術や戦術、あとそのための教育とかなんです。この広場では実戦を想定しての対抗戦をしたりなんかしてます。奥の方に建物があるんですけど、あちらでは剣術の訓練とか組み手をしたり、個人的な訓練に使われるんです」

 と、奥の建物を指差しそう言う。自然に足もそちらに向く。

 石で出来た建物は昔からあるのだろう。あちこちに補修の後が見える。

 中に入るとすぐそこが訓練できるところになっていた。ここもかなりの広さがあるが、第二詰め所の全員が訓練に使うためには少し狭い気がした。

 「スピリット隊の皆がここで訓練するの?」

 「いえ、さすがに全員は入らないのでローテーションを組んで交代で外組みと中組みに分かれてます」

 ヘリオンがそこまで説明すると、奥のほうから金属がぶつかり合うような音が響く。まるで誰かと戦っているような。

 (そっか、ナナルゥさんだ)

 さっき訓練に行くといって言っていたからきっと彼女だろう。ではもう一人は誰か、第二詰め所の人たちはまだ来ていないから第一詰め所の人だということはなんとなく想像がついた。

 「誰かいるんですかね?」

 同じように思ったヘリオンが聞いてくる。とりあえずもう少し奥に行くとちょうど物影に隠れていた人陰が見えた。ナナルゥが思ってたように誰かと組み手で訓練していた。だが、そんなことは和也はどうでもいいと思っていた。問題なのはその相手だ。

 一度だけ、神木神社で見たことがある人物がそこにいた。高嶺悠人。高嶺佳織の兄。

 「先輩!」

 思わず大声で呼んでしまったがそれがよくなかった。悠人の注意が一瞬こちらに向く。その瞬間をナナルゥの神剣が悠人の横顔に深々とめり込んだ。

 ぽて。

 悲鳴もなく乾いた音と一緒に悠人が倒れた。

 「あ・・・」

 その一言を除いて訓練棟は静寂に包まれた。










第二章・戦力外通告










 幸いにも神剣には防刃カバーがついていたので悠人の怪我はたいしたこと無かった。顎の骨が外れたくらいだ。

 「それにしても先輩が魔龍を倒した勇者だったなんて驚きました」

 以前街で聞いたエトランジェが悠人だったとは可能性としては思っていたが、まさか本当にそうだとは夢にも思っていなかった。

 「俺も新しいエトランジェがスピリット隊に入ったって聞いてたけどまさか君だったなんて・・・確か佳織と同じクラスだったよな?」

 「はい。あの、先輩はこっちに来てからずっとこんなことやってたんですか?」

 「ん?・・・まあ、そうだな。君は・・・和也は今まで何をしてたんだ」

 「僕はえっと、こっち来たときにアセリアさんに助けられたんですけど、怖くなって逃げたんです。街の明かりが見えたからそこに潜り込んで、それで、街に入ったのはよかったんですけど、お金が無くて路地裏で行き倒れていたところを、ケイトって言う少年に助けられたんです。で、この前ラキオスにスピリットが侵入した時に戦って、でも結局セリアさんに助けられて・・・こんな感じです」

 一気にまくし立てる

 「な、なかなかハードな人生だったな」

 「そうなんですよ。ケイトが時々くれる食べ物だけが頼りだったんですから・・・なのに先輩はこっちで三食昼寝付きおまけに美人に囲まれているなんて僕とは全っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜然境遇が違うなんてずるいです!」

 「うっ、俺だっていろいろあったんだ」

 ぐいっ、と詰め寄られて後ずさる悠人。

 「まあ、それは別にいいんですけどね。先輩って結構戦いなれてますか?」

 さっきのナナルゥと打ちあってたところ見ると随分動けていたと思った。

 「いや、俺はまだ弱い方だよ」

 「え? だってあんなに動けてたのに」

 「はは。みんなもっと強いよ。さっきのナナルゥも結構手加減してくれてたしさ」

 苦笑する悠人を見ながら和也はその理由をおもいっきり知ることになる。










 「いっくよ〜。必殺オルファキ〜ック!」

 次の瞬間。赤髪の少女が体をひねりながら跳んだ。遠心力で勢いをつけることで彼女の華奢な体では想像も出来ないような力を出す事が出来る。彼女の身長より大きく見えるダブルセイバー型の神剣は、受けに入った悠人の神剣を上から叩き落す。想像以上の力だったのだろう。顔に驚愕の色が浮かんでいる。オルファは着地と同時に、足のばねを全開にしたとび蹴りをがら空きになった悠人の胴に決めた。吹っ飛ばされた悠人が、多少壁にめり込んで石造りの床に落ちてそのまま動かない。気絶したようだ。

 「オルファ強〜い♪」

 高らかに勝利宣言をするオルファはどうみたって低く見積もってもまだ小学生の中学年くらいだ。

 (どうすれば、あんなギネス級の馬鹿力が出るんだろう)

 正直あの蹴りだけは受けたくない。いや、出来れば他のも遠慮したい。明らかに彼女は手加減というものを知らな過ぎる。

 「それじゃあ、もう一度お願いできますか」

 哀れな悠人から視線を外し、立ち上がって『煌』を構える。目の前にいる緑スピリット――エスペリアがうなずく。

 「それではどこからでも来てください」

 エスペリアが槍型の神剣を構るが、手元が僅かに浮いていた。思わず打ち込みたくなるが、それがこちらを誘っているという事は、これまで何度も転ばされているのでそろそろ分かってきたところだ。

 じりじりと剣先で触れるか触れないかのところで攻めあいをはじめる。だが、何度繰り返してみてもエスペリアの守りを崩すことは出来ない。それが次第に和也に焦り募らせる。

 『おいおい。いつまでこんなじれったいことしてるつもりだよ。はっきり言ってレベルが違いすぎるぜ。だったら自分から攻め込まなきゃはじまらんだろうが?』

 (それは、分かってるけど・・・)

 相手が攻め込んで来るときの気迫、鋭い攻撃は訓練とは言っても恐ろしいものがある。そこに迷いが表れて判断が鈍る。

 だが、ここでこうしていても始まらないのは和也にも分かっていることだった。呼吸を整えてから自分の間合いに詰めていく。

 (ここなら・・・!)

 緩慢な動きから一転、全身を爆発させるかのように鋭く前に踏み込む。同時に『煌』を使ってエスペリアの神剣を左に弾いた。そのまま体の勢いに任せて『煌』を振り下ろすが、エスペリアが上体を仰け反らすと僅かのところで空振る。標的を失って前につんのめるようにエスペリアの横を通り過ぎると、つっかえ棒のように差し出されたエスペリアの神剣に足をとられて和也は無様に転んだ。

 「ぐえっ!」

 『ぷぷぷ。いい格好だな』

 『煌』にまで笑われてしまう。

 「大丈夫ですか?」

 「あ、はい。全然大丈夫ですけど、なんか僕ってすごく弱いですね」

 立ち上がって服を払いながら、「ははは」と乾いた笑いをしながら何ともないという風に装う。

 「そんな事ありません。動きも初めてのときよりも格段によくなって来てますし、もう少し訓練をすれば戦えるようにはなります」

 「大丈夫です」とエスペリアは言ってくれた。それから暫く休憩することになった。

 エスペリアが倒れた悠人の怪我の具合を見ている。少し離れたところではネリーとシアーとオルファが何やら楽しそうに話をしていた。自然と和也は手持ち無沙汰になった。

 みんな楽しそうだった。戦争をしているというのに笑っている。でもそれは、そうしてないと不安で自分が押しつぶされるから。そんな笑顔にも見えるような気がした。そして、自分はやはりここにいてもみんなとは何か違っていた。こんなに近くにいるのに自分だけがこんなにもみんなと離れている。何故自分だけがみんなと違うのか、どうして同じように出来ないのか、何が欲しいのか、答えが見つからない。ここに来る前、レイチェル達と暮らしてた時は感じなかった疎外感がまた胸の中に蘇っていた。

 『けっ、お前は本当に馬鹿だな』

 (うん。ごめん。でも心配しないで、大丈夫だから)

 『煌』には僕の感じている事が全て伝わってしまう。だから僕は謝った。

 思えば、『煌』が僕の本当の家族なのかもしれない。










 休憩が終わってから訓練を再開した僕は。悠人、オルファ、ネリー、シアー、ヘリオンと組み手をやらされたが、全敗だった。特に一番ひどかったのがオルファとやったときで、あの凶悪なとび蹴りを顔にくらって顎の骨が砕けてしまった。エスペリアがすぐに回復の魔法で治してくれたがいまだに嫌な感触が残っていた。しかも僕が相手をした人たちは訓練が始まってあまり日が経ってない人たちばかりなのだ。これで気落ちしないほうがおかしい。

 肩を落としながら使った道具――といっても防刃カバーぐらいだが――を片付けようと奥の道具入れがある部屋に向かう。

 「なあ、エスペリア。和也のことだけどどうだった?」

 「!」

 聞こえた声に足を止める。僕が、なんだって?

 「はい・・・今のラキオスを考えると現状では好ましくありません。戦う事自体に恐怖があります。神剣の力も殆ど感じられないくらいに微弱でした。訓練を重ねても戦場では足手まといにしかならないと思います」

 「そっか・・・わかった。一応訓練不足って事でまだ隊には加えないでおいてくれ。俺達は予定通り明日からエルスサーオの守備隊とラセリオの攻撃隊に分かれて行こう。」

 「はい。わかりました。もしものときはカズヤ様は守備隊に配属させるように頼んでみます」

 「ああ。そうしてくれって言っても、ラキオス王なら和也は攻撃隊にするだろうな・・・」

 会話はそれだけだった。僕はその場から離れた。

 (僕は、いらない?)

 その事実はあまりにもショックだった。











第三章・まほろば










 頭の中は訓練棟の中で聞こえた会話がぐるぐると回っていた。

 重い足取りでとぼとぼと歩く。当てもなく足を動かしていた。第二詰め所に帰る気になれなかった。

 城門を通って城下町に入った。門番の兵士が怪訝な顔でこちらを見るが止めなかった。僕がエトランジェだから、かかわりあいたくないのだろう。きっと弱い僕が怖いんだ。まったく、おかしくて泣けてくる。

 脅かしてやろうか? いや、やめよう。そんな度胸もないくせに虚勢を張るんじゃない。みっともないだけだ。










 さすがに昼時になると街中は混雑していた。特に 市場は酷かった。人の洪水となってる。

 だが、和也の周りには誰もいない。そこだけ世界が変わったかのように静かそのものだった。

 (そう言えばレイチェルと買い物した事があったな)

 ついこの前の事だったのに、もうずっと昔の事のように感じるのは何故だろう。

 ホームシックとは少し違っていたが、あの家が僕が帰る家なのかもしれない。

 でも、だからと言ってあそこにはもう帰れない。

 (僕はどこに行けばいいんだろう)

 周囲の人の目が痛かった。自分がエトランジェだからだ。よく見るとどこかで見たことがあるような顔の人もいる。

 人目を避けて道を進むと自然と路地裏に入っていった。

 「ここは」

 どこをどう歩いたか覚えていないが、そこは以前自分がいた場所だった。日も届かないような暗いそこはまるで自分そのもののような気がした。

 ぽつ。

 冷たい雫が頬を打った。そしてまた、今度は服の肩にかかる。やがて雨が降り出した。

 雨を遮るものが無いからすぐに服は濡れてしまった。濡れた髪が顔に張り付く。暫く呆然として立っていると、壁に背を預けて座った。どうせ濡れているのだから座っても平気だと思う。

 結局はここに帰ってきてしまった。誰にも必要とされないこの場所に。

 雨の勢いが次第に強くなる。それでも動く気にはなれなかった。

 








 どれくらいたったのだろうか。時間の感覚はなくなっていた。手足の感覚はもうずっと無い。感だが半日くらいはたったと思う。

 (寒い・・・)

 雨に当たり続ければそれは当たり前だった。しかも訓練で体は既に疲れきっている。昼食をとっていないこともあって体力は一気に奪われていった。

 もしかしたら自分は待ってるのかもしれない。自分がここにいる事に気づいてほしいのかもしれない。

 じゃあ、誰を?

 僕は誰に気づいてもらいたかったの?

 必要とされないのに誰に気づいてもらえるの?

 朦朧とする思考の中で以前にも似たようなことがあった事を思い出していた。

 (あれは・・・いつの日だったかな)

 そまま気が遠くなっていった。もしかしたらここで死ぬのかと思いながら。










 和也の両親は共働きで海外にいる事のほうが多かった。だから和也を育ててくれたのは親戚の人だった。ある日、家族というものを小さいながらに覚えた和也は両親というものに会いたくなった。幼稚園の帰り、皆が帰ったのに一人だけ残り両親が迎えに来てくれるのを待った事がある。ずっと、ずっと来るはずのない人たちを待ち続けた。結局、困り果てた園長が事情を親戚に話し、連れて帰られたのだ。裏切られたと思った。自分には家族と呼べるものがいないと知ったのはその時だった。










 その日も今日のような雨の日だった。









 誰か、助けて。僕はここにいるんだ。ここにいるんだよ・・・










 かつ。

 舗装された地面に足音が響いた。その音に意識が少しだけ蘇る。どうやらまだ死んでいないようだった。

 硬い地面の感触が伝わる。視界がぼやけているが誰かがそこにいるのだけが分かる。足が見えていた。いつの間にか倒れていたらしい。

 (誰?)

 声に出したつもりだったが上手く喋れない。

 今がいつなのか分からなかったが、雨はまだ降っていた。視線だけを上に向けてみるがやはり視界がぼやけて誰か分からなかった。ただ、女性だということは分かった。

 彼女が僕の体を抱き起こして何か言っている。言っているが理解できなかった。僕はおかしくなってしまったんだろうか。

 それから抱きしめてくれた。雨で冷えきった体に人の温もりが伝わる。その感覚に僕は驚いていた。

 (暖かい・・・この人は何でこんなに優しいんだろう)

 ああ、そうか。これが家族なんだ。

 彼女の優しさは家族を想う優しさなんだ。だから僕にとって暖かいものなんだ。

 やっと帰れる。僕の家に、家族の所に。

 張り詰めていたものが無くなって気が緩む。そのまま、気を失ってしまった。










第四章・不明










 パタン。

 木製のドアが小さな音を立てて閉じる。そのまま暫くそこに立つ。ため息が漏れる。それはあのエトランジェのせいだった。

 「セリア。どんな様子だった?」

 ヒミカだった。彼女も心配なのか不安な顔をしている。

 「多分大丈夫よ。後はハリオンが診てくれているから・・・」

 「そう・・・でも、見つかってよかったわ。よく居場所が分かったわね」

 深夜、路地裏で雨に打たれながら倒れている和也を見つけたのはセリアだった。

 「何となく・・・ね。呼ばれてる気がしたのよ」

 本当は違う。和也の声ははっきりと聞こえていた。それがなぜかは分からないが、神剣が教えてくれたのかもしれない。

 「ああいうことするような子には見えなかったのにね・・・何かあったのかしら?」

 「わからないわ。でも、何もなかったはずない」

 知り合ってからほんの僅かしか言葉を交わしたことがなかったが、どこか陰があるような気がしてた。それが何なのかは分からないが、きっと関係はあると思った。

 「・・・ここにいる。か」

 呟く。確かにそう聞こえた。だから見つけることが出来た。

 「ん? 何か言った?」

 「何でもないわ。私はもう寝るから。あなたも明日は早いんだからもう寝なさい」

 自分の部屋に戻り、ベッドに入る。立てかけてある『熱病』が自然と視界に写った。

 あの時、和也の声は確かに聞こえていた。ここにいると言っていた。あの声は自分にしか聞こえていなかったようだ。

 (他にも助けてって・・・一体何から?)

 『熱病』は答えてくれない。それは分かっている。初めて手に取った時からこの剣は何も話してくれない。もちろん戦闘の時にもなれば話しは別だが、それ以外では何も反応してくれない。何度声をかけてもだ。

 (それでも、あの時は教えてくれたじゃない)

 だが、『熱病』は何も言わなかった。いくら呼びかけても何も反応しない神剣に自分がまるで独り言を言っているようでばかばかしくなってきた。

 『熱病』を一瞥し、ため息をつくと、彼女はそのまま眠ってしまった。










 朝、だと思う。すがすがしい日の光が部屋の中に入り込んでいた。

 目が覚めると、まず天井が見えた。これを和也は知っている。最近ここに住み始めたのだから。

 「第二詰め所?」

 それは当たり前だった。自分はスピリット隊にいるのだからここにいるのは当たり前なのだ。だけど、何かが足りなかった。

 『おう! やっとお目覚めか。待ちくたびれたぜ』

 「あ、ごめん」

 何を待ったのかは分からないが一応謝っておく。

 体を起こした。いつもより何だか調子がいい気がする。それはいいのだが、何でこんなにもすっきるしているんだろう。

 「おかしいな・・・僕は昨日何をしてたんだっけ?」
 
 思い出そうとするが何も思い出せない。変わりに頭痛がして考えるのやめる。

 『おいおい。ボケるにはまだ早いだろうが・・・昨日はお前、あのオルファって奴に一発KOされたんだよ』

 「そう・・・なんだ。やっぱり何だかはっきりしないな」

 ベッドから出ると体を伸ばす。縮こまった節々が伸びて気持ちがいい。ちょうどその時、腹の虫が空腹を訴えた。

 「たはは・・・何だかすごくお腹がすいてるよ。まるで一日中何も食べてないみたいだ」

 そのまま部屋を出て一階のリビングに向かう。人はいなかったが、台所のほうからいい香りがただよって来る。朝食の準備をしているのだろう。

 (確か今日はハリオンさんだっけ)

 台所を覗くと想像してたとおりハリオンがいた。隠れる必要もなかったのでそのまま声を掛けることにした。

 「おはようございます。いつもより早いんですね」

 いつもならもっと遅くまで寝ているはずなのにと思いながら言う。

 「おはようございます〜。実は、殆ど寝てないだけなんですけどね」

 いつものように笑顔で答えるが、どこか眠そうだった。

 「何かしてたんですか?」

 「それはですね〜。先ほどまで、カズヤさんの看病をしてたからなんです〜」

 「ふぁ」と、あくびをしそうになったところでかみ殺す。そう言えば『煌』が一発KOって言っていた。

 「それはすみませんでした。あ、でももう大丈夫です。すっかり体の調子も元通り・・・っていうかいつもよりいい感じです」

 「それは〜、よかったです。もう少し待っててくださいね〜。あと少しで朝食の準備が出来ますので」

 ハリオンに言われた通りリビングで待つことにした。

 「あれ? カズヤだ」

 「本当だ」

 「いつ戻ってたんですか?」

 次にリビングに入ってきたのはネリー、シアー、ヘリオンだった。

 「おはよう。僕がどうしたの?」

 「えーっとね。昨日カズヤがいなくなったから皆で探したんだよ」

 ネリーが言っていることが理解できなかった。探した? 僕は昨日からずっとここにいたのに?

 「探したって、僕はずっとここにいたよ」

 記憶の中を探る。気絶する前、確かにオルファと訓練をしていた。オルファにやられたこともちゃんと記憶にある。

 「そ、そんな事ありません! だって、私達は昨日ちゃんとカズヤさんを探しに行ったんですから!」

 ヘリオンが必死に言う。だが、そんな事なかったはずだし、記憶違いだということもにわかに信じられなかった。

 「あ、わかった。皆で僕のこと引っ掛けようとしてるんだろ? 残念だけどその手には乗らないよ」

 ネリー達は互いの顔を見て複雑そうな顔をしたが、やがてハリオンが朝食を運んでくると自分達も席に着いた。

 「本当に覚えてないの?」

 シアーが心配そうに聞く。が、やはり皆が心配するような事は身に覚えがない。

 「大丈夫だよシアー。本当にどこにも行ってなかったんだから」

 それでも納得してないのかちらちらと何度もこちらの様子を伺おうとする。

 「あらあら〜。一体何のお話ですか?」

 「あのね。カズヤが昨日の事覚えてないんだって」

 「あら〜、そうなんですか?」

 と、こちらを向く。

 「何度も言うようですけど、僕は昨日どこにも行ってません。一体皆どうしたって言うんですか?」

 今度はハリオンを含めて皆で顔を見合す始末だった。

 気まずい空気の中で食事を進めていると、セリア、ヒミカ、ナナルゥがリビングに入ってきた。

 「おはようございます」

 「おはよう」

 「おはよう。カズヤ、体はもう平気なの?」

 セリアが気遣う。彼女も自分が昨日どこかに行っていると思っているのだろうか。

 「はい。体の方は大丈夫です」

 「無理しちゃ駄目よ。肝心な時に倒れられたら大変なんだから」

 「それはあなたもね。ヒミカ」

 「う、それは、分かってるんだけど・・・つい」

 三人が来たことで場の空気が和んだ。結局三人は昨日の事には触れてこなかった。正直それはありがたかった。あまり同じ事を何度も言わなければならないのは手間だった。










 朝食がすむと、セリアが不意に話しかけてきた。

 「カズヤ、ちょっといいかしら」

 「? 何ですか」

 「いきなりで本当に申し訳ないんだけど、今日出撃命令が出ているのよ。それで、あなたはラセリオからリモドアへ直接攻撃を仕掛ける班に編成されたわ」

 「リモドアって確かバーンライトでしたよね。この前ラキオスに侵入してきたスピリットもバーンライトのスピリットでしたね」

 という事はラキオスはついにバーンライトと決着を付ける気なのだろう。だが、もう一つのことが気になった。

 「他の班はどうなっているんですか」

 自分が攻撃班なら、他にも違う役割を持った班が存在するのだろうと和也は思ったのだ。

 「もう一つの班はエルスサーオに行って、敵が攻めて来れないようにするのよ。こっちは保険ね」

 「分かりました。荷物は・・・いらないですね。今日中に決めるんでしょう?」

 セリアがうなずく。

 「そうね。でも一応軽装はしておいて、戦場では何が起こるかわからないから。じゃあ、準備が済んだら出撃するからそのつもりで」

 「はい」

 そのままリビングを出て、部屋に向かう。

 言われた通りに準備を進めた。もともと物が少ないうえに、何をもって行けばいいか分からなかったので、適当に携帯用の食料を詰めた。あと、

 「こいつを忘れちゃいけないな」

 『当たり前だ』

 『煌』を剣帯に下げる。動くたびに金属がこすれてかちゃかちゃと音を立てる。 

 その音を聞くと何だか気分が高揚した。

 「やっと僕も戦えるんだ。これで皆を守れる」

 『戦うのが怖かったんじゃないのか?』

 『煌』が茶化すように言う。何で『煌』がそんな事を言うのか分からなかった。

 「怖い分けないだろ? 僕は早く戦いたくてしょうがないんだから」

 あれ? いつからそんな事を思うようになったんだっけ。これは本当に自分が思った事? 何かが抜けてる気がする。でも、何でだろう。それが分からない。

 どこかでこれと同じような感覚に襲われた気がする。だけど、それが思い出せない。ついさっきの事だと思ったんだけど・・・

 『・・・ならいい』

 (あれ、また)

 『煌』の声を聞くと、何故自分がそんな事を疑問に思ってたのか分からなくなった。昔から自分はこうだったじゃないか。

 何もおかしくなんてない。

 これでいい。早く行こう。

 こんなところで立ち止まっていると間に合わなくなる。

 さあ、早く次の段階に・・・

 「よし、じゃあ行こう。皆が待ってる」

 今一瞬だけ自分の意思とは違うものが混じった気がしたが和也はそれは気のせいだろうと無視する事に決めた。










第五章・欠落する心










 ラセリオに向かう班は第一詰め所のメンバーと、ナナルゥ、ヘリオン、自分の第二詰め所のメンバーだった。

 今、ラセリオとサモドアを結ぶ山道のを歩いていた。以前はこの山道も通れなくなっていたのだが、バーンライトの工兵がこの道を開通させたのだ。以前ラキオスが攻められた時、エルスサーオから進軍してきたラキオス軍に対してバーンライトはここの道を通ったらしい。ぎりぎりまで本隊が引き付けられていた事もあってこの奇襲は効果的だった。あの時のラセリオの防衛に出ていたセリアとナナルゥが奮戦したおかげでラキオスに入ってきたスピリットは極僅かだったが、それでも首都に侵入を許してしまった。

 (あの時は本当に危なかったな)

 成り行きでスピリットと戦った和也だったが、スピリットとの力の差は歴然でもう一歩のところでセリアに助けられたのだ。

 今は前を悠人、アセリア、オルファ、ヘリオンが歩いていて、後ろにエスペリア、ナナルゥが歩いている。それにはさまれる形で自分がいる。

 「そう言えば、バーンライトってどれくらいの戦力を持ってるんですか?」

 後ろを振り返ってエスペリアに聞く。

 「そうですね。前回の時にかなり戦力を使ったはずですから今はそんなにいないかと思います。スピリットの訓練もあまり進んでいないようでしたので戦力的に見ても今のラキオスの方が上です。ですが油断は禁物です」

 「そうですね。用心に越した事はありません」

 素直に頷く、既に山道の中腹に差し掛かろうとしていた。ここで襲われてもおかしくなかった。

 「敵だ! みんな気合を入れろ!」

 ちょうどいいというか、なんと言うか。どうやら敵も考える事は一緒らしい。

 悠人がこっちを見て叫ぶ。同時に神剣から力が引き出される。スピリットのみんながハイロゥを展開して前に出る。戦闘を経験した事もあってみんなの動きは迅速なものだった。和也だけが半瞬ほど遅れていた。

 「『煌』行くよ!」

 『見せ付けろ!』

 足元に紅の魔方陣が浮かぶ。そこから力が伝わってくるが、これでは足りないという事は既にわかりきっている。必要な力を得る。

 「強く、挫けない心を・・・ブレイブハート!」

 半径五メートルに自分を中心に魔方陣が広がる。湧き上がる高揚感に戦場での恐怖は微塵にも感じられない。

 敵の数は十。黒スピリットが多く目立つ。スピードで撹乱しながらじりじりと削っていくつもりだ。

 案の定、悠人が既に敵の罠にはまりかけていた。防戦で手一杯だった。傷つく事を恐れていた。

 「先輩!」

 横から無造作に打ち下ろした『煌』は敵スピリットにあっさり受け止められてしまうが動きが止まる。悠人がその隙に『求め』で切り伏せる。

 「大丈夫ですか。一人で突っ込まないで下さいよ」

 「ああ、悪い。少し油断してた」

 会話はそこで打ち切り、次の敵に向かう。

 青スピリットがこちらに向かってきた。ウイングハイロゥを展開して高速で迫る。

 (速い!)

 沈み込むように深く鋭く踏み込むと同時に神剣を横に一閃させる。斬られるよりも早く和也は真上に跳んだ。

 『馬鹿たれが! 跳んだらかわせないだろうが!』

 『煌』が悲痛な声を上げるが、もう遅い。青スピリットが飛んで神剣を下段から斬り上げた。

 『煌』を敵の神剣に対して垂直に構える。腕が大きく跳ね上げられ、痺れが走った。

 「く、あぁっ!」

 バランスを崩して地面に倒れる。『煌』をどこかに落としてしまった。

 『こっちだ! こっち!』

 『煌』が自分の位置を知らせる。すぐそこにあった。手を伸ばせば届く距離だ。

 青スピリットが迫ってくる。

 『煌』を掴む。

 青スピリットが神剣を振り下ろす。

 駄目だ、間になわない。

 (死ぬ・・・!)

 『・・・駄目か』

 何度目かの死の覚悟。刹那――

 「てやあぁぁぁぁぁぁっ!」

 「・・・!」

 和也の目の前を一陣の風が吹いた。青スピリットが悲鳴を上げるまもなく目の前で黄金のマナへとかえっていく。何が起きたのかわからず呆然とする。

 「今のは・・・アセリアさん?」

 風が吹いたほうを見る。そこには確かにアセリアがいた。息をつき、肩の力を抜いて空を見上げている。その様子から戦闘が終わった事に気づく。

 風が吹いてアセリアの髪が揺れる。汚れ一つない彼女の白い服が凄惨な戦場にはとても幻想的だった。

 「?」

 こちらがじっと見つめているのに気づいたアセリアがとことこと近づく。

 「どうした?」

 「ああ、いや、アセリアさんって強いんだね」

 戦闘が始まってから殆ど時間がたってない。アセリアが殆どの敵を倒し、オルファとナナルゥがアセリアが撃ちもらした敵を神剣魔法で倒す。さらには他の人たちがきっちり敵を倒す。強いなんてものじゃなかった。

 「強い?」

 彼女は顔に疑問符を浮かべた。

 「私はただ戦っているだけ。それしか出来ないから・・・」

 戦うだけ。そう言う彼女の顔は少し寂しそうに見えた。

 「そんな事ないよ。アセリアさんはさっき僕を助けてくれました。それってただ戦っているだけじゃなくて、アセリアさんがしたい戦い何だと思います」

 「私がしたい戦い?」

 彼女はまだわかってないのかまた顔に疑問符を浮べた。

 「つまり、誰かを守りたいから、そのために戦うって事です」

 目の前の少女が何か考え込むように地面を見つめる。

 「やっぱり私には分からない。でも、カズヤが言ってる事は私も何だか好きだ」

 アセリアが顔を上げて言う。その表情は僅かにだが笑っているようにも見えた。

 優しい笑顔が似合う人。和也は正直そう思った。彼女にはもっと沢山笑って欲しかった。

 『あーあ。あんな奴俺様がちょちょいのちょいって、やっつけてやろうと思ってた所だったのによ』

 (はいはい)

 『煌』ももう少し素直になればいいのにと和也は思った。











 あの後何度か敵の部隊と遭遇したが、オルファ、ナナルゥの神剣魔法とアセリアの剣の前に和也が出る幕はなかった。やがてリモドアの周辺を守っていた部隊を倒した。後は街の中にいる敵部隊を倒すだけだった。

 勝敗は既に決まったも同然だった。なのに敵は降伏する気配は無い。

 「先輩、何で向こうは降伏しないんですか? 勝負はもうついたはずです」

 だが、それに答えたのはエスペリアだった。

 「私達スピリットは戦うための道具です。主人が望めば例え最後の一人になっても戦わなければいけません。それがこの世界の常識なのです」

 「常識・・・って、そんなの、そんなのいいいわないじゃないですか! 何わけの分からない事言ってるんですか! あなたは!!」

 エスペリの言っている事は死刑宣告と同じだった。何故スピリットが人間のためにそこまでしなければならないのか和也には理解できなかった。

 「私達スピリットにはそうするしか道がないのです。戦うことでしか必要とされないのですから」

 まるで、自らに言い含めるような響きをもったそれは彼女の本心ではないような気がした。本当は自分を見て欲しい。気づいて欲しい。必要として欲しい。だけど、それを言うだけの勇気が持てない。和也はそんな気がした。

 会話もそこで打ち切れてしまった。重い空気の中、和也達は街の中に入った。

 「誰もいない」

 『そりゃ、そうだろう』

 当たり前だが、街の中には人の姿が見当たらない。みんなも和也の声に答えることはしなかった。『煌』だけが当然とばかりに言ってくる。

 「みんな、気をつけろ。数は少ないが強い神剣の気配がする」

 悠人が警戒を促す。敵はまだ見えなかったが、神剣の気配は確かに感じた。

 「前方に敵確認。青、緑、赤、黒のスピリットが一体ずつです」

 そんな中、ナナルゥだけが敵を見つけていた。言われた通りに目を凝らして前を見るがリモドアの街はかなりの広さがあって何も見えない。他の人も同じように前を見ている。様子からして見えているとは思えない。

 「本当にいるんですか? 僕には見えませんけど」

 「はい。真っ直ぐこちらに向かってきます」

 暫くすると遠目にだが確かに敵の姿が見えた。

 「・・・本当だ」

 「ん、行く!」

 敵を発見したとたんにウイングハイロウを展開して突っ込んでいこうするアセリアを悠人が引き止める。

 「アセリア! 一人で行こうとするな!」

 「大丈夫だ。私はみんなを守る。そのために戦う」

 次の瞬間。ウイングハイロウが風を切った。

 「オルファだって敵さん殺しちゃうんだから!」

 アセリアに続くように今度はオルファが駆けていく。

 「先輩!」

 一気に離れていく二人を見て不安が募る。それは悠人も同じだった。

 「わかってる。ナナルゥは離れた所から神剣魔法で援護してくれ。行くぞ!」

 悠人が駆け出し、それについて行く。既にアセリアが緑スピリットと戦っていた。アセリアは確かに強いが、守りを得意とする緑スピリットに対してはまだ決定打を打てないでいる。だが、確実に押している。放っておいてもアセリアが敵を倒すのは時間の問題だった。

 和也は標的を青スピリットにした。黒スピリットは悠人とエスペリアが向かっていたし、赤スピリットはオルファが戦っていた。自然と、残った敵と戦う事になる。

 「お前は!」

 和也を確認した青スピリットが何か驚く。肩に担ぐように構えた『煌』を力任せに振り下ろした。

 がちっと、鈍い金属音を響かせながらつばぜり合いになる。

 「っ! あの時のスピリット!?」

 青スピリットが力任せに押し返すのを利用して後ろに下がる。目の前にいる青スピリットはこの世界に来たときに初めて会ったスピリットだった。

 「やはり、ラキオスに加わっていたか」

 「生きていたなんて・・・」

 和也はラキオスでアセリアと再開した時から、このスピリットが既にアセリアに倒されていたのだと思っていた。

 「死にかけたけどねっ・・・!」

 繰り出される攻撃を後ろに跳んでかわす。

 「あの時より多少動けるようにはなったってとこかしら?」

 二撃、三撃とかわしていく。だが、相手がウイングハイロウを使っている以上逃げ続けるのにも限度がある。

 「そこ!」

 「まだっ!」

 大きく横に振り抜かれた一撃に『煌』をつき立てた。衝撃に体を僅かに押されるが踏みとどまる。

 『いってーーーーーー! やばい! 折れる!!』

 「!」

 『煌』の刀身が衝撃に耐え切れずひびが入る。とても次の攻撃に耐えられそうにない。

 「くそっ! もうやめて下さい! 大局は決したはずです。降伏して下さい!」

 「それは出来ない!」

 斬られそうになる直前に和也の周りに風が集まる。圧縮された空気の壁が青スピリットの攻撃を阻む。次の瞬間にはエスペリアが間に割って入った。

 「ちぃっ!」

 「エスペリアさん!」

 「やあぁぁぁっ!」

 空中から加速をつけたアセリアの斬撃が敵を縦に切り裂いた。ぱっと、鮮血が宙を舞って金色のマナにかえっていく。敵スピリットは直前で後ろに跳ぶ事で致命傷は避けたようだった。だが痛みのせいか苦しそうに膝を突いていた。それでも神剣だけは手放さなかった。

 「ん。とどめ!」

 「待って!」

 アセリアに静止をかけて前に出る。

 「何であなたはそこまでして戦おうとするんですか!?」

 「何、を・・・」

 「こんな、死ぬために戦うようなことして意味があるんですか! 何で生きようとしないんですか!」

 すっと、手を差し出す。それを怪訝に見つめてスピリットが口を開く。

 「何の・・・マネだ」

 「一緒に来てください」

 「カズヤ様!」

 エスペリアが悲鳴をあげるが構わない。さらに呼びかける。

 「戦うために生きて死ぬだけなんて悲しいじゃないか。だから、探すんだ!自分が本当にやりたいことを!」

 「お前・・・」

 気持ちが伝わったのかスピリットの瞳から敵意が消えていく。それを見て和也は安堵してさらに近づく。

 「だけどな、それは無理なんだよ」

 「えっ・・・!」

 一瞬だけほんの一瞬だけ彼女は笑うと、すぐにその表情は険しいものに変わった。

 神剣を握る手に力を込めて突きの体勢で飛び込み、

 神剣の刃が柔らかな肉の抵抗を突き破り、体を貫いた。

 「ぐっ!」

 地面に押した倒され、背中に痛みが走る。

 だが、それだけだった。

 「は、ぁぁっ!・・・お前、・・・言ってたよ、な? 何で、戦うのかって」

 苦しそうに、うめくような声がすぐ耳元でささやかれた。

 彼女の体を『煌』が貫いていた。

 「わざと? 何で・・・」

 「スピリットだから・・・私達には、戦う・・・こと、しかないから」

 問いには答えない。彼女の体全体から金色のマナが漏れていく。

 「そんな事ないだろ!」

 「誰も・・・守って、くれない・・・から。こうするしか、なかった・・・どこにいても、私達は・・・邪魔者だったから」

 「そんなのって・・・!」

 「あの時、お前が来てくれてたら・・・もう少し、違ってたかもしれないな」

 体から重さが消える。彼女を構成してたものが急速に崩れ始めた。

 「・・・シエルだ。私の名前・・・お前には覚えていてほしい・・・これでやっと私もみんなの所にかえれる・・・ありがとう」

 金色のマナが和也の目の前で空高く昇り、やがて空気に溶けるように消えてしまった。

 彼女――シエルが飛び掛ってきた時、とっさに『煌』を構えた所に彼女は飛び込んできた。彼女の神剣は和也の脇を通り抜け、かすりもしなかった。

 和也が彼女を殺した。

 自分が殺した。そう思うと、胸の中に何かが押し寄せてきた。

 (何だ。これ?)

 自分が泣いている事に気づいた。

 助けられるはずだった。

 自分がそうするはずだった。

 だけど、それを自分が殺してしまった。

 「はは・・・」

 乾いた笑いが出てくる。それがとめられなかった。

 「はは、はははははは」

 天を仰ぎ、笑いながら涙する。

 虚しさだけが彼を包んでいた。

 そして、彼の心は乾いていく。










エピローグ










 夕日がリモドアの大地を紅く染めていた。それはまるでここで流された血のようだった。

 「これで、いいかな?」

 人気の少ない林の中、人の手がかかってない事からここに人が来ることがないのが分かる。そこにあった大きめの石に名前を刻んだ。石には和也の世界の言葉で彫られていた。名前を彫るのに使ったナイフを石の下の方に埋める。遺体はなかった。

 それがこの作業を滑稽に見せている。

 それでも、ここには確かに彼女が眠っている。

 彼女の私物はあのナイフ以外には何もなかった。そのナイフは古いものに見えたが、一度も使われた形跡はなかった。それが何故なのかは和也には分からなかった。

 彼女は幸せだったと思う。最後に仲間のところに帰れたのだから。あのまま生きているほうが彼女にはつらかったかもしれない。

 やるせない思いが和也を責め立てる。助けたかった。だけど、結局は殺してしまった。

 「さようなら」

 小さな墓石に背を向ける。日が傾くに連れて伸びた影がいつまで名残惜しそうにゆらゆらと揺れていた。










第二話 低迷する心 終わり










あとがき

 どうも、第二話です。第一話ではあとがき書き忘れました。

 新学期が始まって、最近は執筆の速度がかなーり遅くなってます。

 この作品もやっとこの回で方向性が決まりました。

 話し変わりますが、和也の神剣『煌』は最初第九位の神剣だったのですが、現在では第八位になってます。

 これはですね、裏設定で和也の心のレベルが上がると『煌』の位も上がるっていうものがあったからです。という事は、第三位まで心を成長させれば和也もエターナルになれるわけです。でも、神剣の力は変わらないので『煌』は弱っちいままなんですけどね。

 だけど、『煌』はこのことを和也には黙ってます。それは実は『煌』が・・・おっと、あまりネタをばらすといけませんね。

 『煌』の能力ですけど、なんじゃこりゃ? と思った人がいるかもしれないので一応説明。

 『煌』には神剣としての能力は殆どありませんが、足元に出現する魔方陣。「護方陣」って言うんですけど、この中は『煌』の自分ルールが形成されて、どんなことよりも(世界の基本的ルール以外で)最優先されます。そのルールを形成するのが契約者、つまり和也になるわけですね。

 ということで、次回は第三話。執筆速度がどんどん遅くなるので気長に待ってください。

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