作者のページに戻る

 

「どうして!? なぜ、私の“時読み”の力を用いてもユウトさんの居場所が掴めないの!?」

 

ある世界で、神木神社と言われるご神木の傍に一人の美しい巫女が一振りの鋒を胸に抱き、嘆いていた。

時刻は夜明け。遠くの空は青々しい早天になりつつも、彼女の心の中はいまだに晴れない暗雲で覆われていた。

 

「あの<門>は一体誰が…? 強い力を感じましたが、今まで感じたことのない気配なんて……。

くっ、追跡をしようにもこんなときに限って『法』からの邪魔が入るなんて、もう…!!」 

 

その時、彼女の抱く短剣から淡い光がにじり照り。優しそうな声が聞こえた。

 

【時深さん、慌ててはダメ。焦りは時に、大切なものを見落としますよ?】

「『時果』……そうですね。こういう時こそ、落ち着かないと……」

 

巫女は交わされた言葉を素直に聞きいれ、目を閉じて己の中の能力を再起動していく。

『時果』との信頼度は高く、自分の理想とも取れる相手だからこそ……巫女――倉橋時深は素直に『時果』の言葉を聞き入れたのだ。

 

【私や『時詠』も協力しますから……時深さん、余り一人で担ぎ込まないでくださいね】

「えぇ、ありがとう……『時果』」

【ふふふ】

 

巫女は顔を上げ、天に向って手を仰ぐ。その様子は先ほどまでの落ち着きのない雰囲気とは違い、とても大人びた表情をしていた。

 

 

「私が、必ず見つけてあげますから……どうか、どうかそれまでご無事で……ユウトさん―――!」

 

 


 

永遠のアセリアinサモンナイトV

−導かれし来訪者−

第一章 始まりの鐘

第三話 融機人と看護人形 

 


 

 

「どうぞ」

「サン――あ、ありがとう…」

 

意識を取り戻した悠人はベッドの上でボーッと考え事をしていると、そこにクノンが部屋に訪れた。

再び悠人の体の具合を聞き、大丈夫、と答えるとコーヒーを入れてくれる。手馴れた様子だったものもあり、味のほうは問題なかった。

 

「それでは、失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「へっ? あ、あぁ。俺は悠人、高嶺……悠人だ」

「ユウト様ですね? わかりました。私、看護医療用機械人形(フラーゲン)のクノンと申します」

 

こく淡々と会話を進めるクノンとは逆に、悠人は先ほどクノンの言った言葉に目を丸め、理解できなかった。

 

「看護医療用……機械人形? って、え、えっと……それで、クノンでいいのかな…?」

「はい。構いません」

 

とりあえず詳しいことを聞くのは後にして、会話を進める。元々表情の乏しい子だとは思っていたが、まさか、機械人形だったとは驚きだ。

なまじ信じられないことではあったが、部屋の施設や医療器具から見ても、ここはハイ・ぺリアやファンタズマゴリアとはずばぬけて発達していた。

 

「じゃあ…俺も“ユウト”でいいよ」

 

しかし、だからと言って悠人は彼女を軽視するつもりは微塵もなかった。

敬語など使わずに、もっと気楽に話せてもらえたら、と思ってそう言ったのだが……。

 

「わかりました。ユウト

 

あっさりと悠人の意見はスルーされた。

 

「…………」

 

悠人がクノンの様付けについて悩んでいると、なにか? とクノンは首を傾げて尋ねてくる。 

天然だろうか? それともワザとか……。表情が一行に変わらないクノンを見て、悠人は向こうの世界のレッドスピリットを思い出す。

 

(なんだかクノンって、ナナルゥに似てるかな……)

 

雰囲気と言うか、何と言うか……。

草笛を吹いて静かに佇むナナルの姿がふと脳裏に浮かび、消える。

 

「ただいま。ごめんない、ちょっと遅くなってしまったわね。ファルゼンと少し話を……あら? 目が覚めたようね、彼の具合はどうかしら?」

「おかえりなさいませ、アルディラ様。ユウト様の容態は順調に回復している模様です」

「“ユウト様”? あぁ、彼の名前?」

「はい」

 

二人が話し終えると、メガネを掛けた女性――アルディラが悠人の方に向いて、手を差し伸べながら話しかけてきた。

 

「はじめまして、かしらね。あの時はドタバタとしていたものだから覚えてないかもしれないけれど。

私はアルディラ。見ての通り融機人(ベイガー)よ。ここ“ラトリスク”の護人をやっているわ」

「あっ、はい。俺は高嶺悠人…です。はじめまして…」

 

(?? なんだ? 看護医療用機械人形とか融機人って…?)

 

知らない単語に戸惑いながらも、悠人は差し出された手を握って握手をする。

 

「ところで、“ラトリスク”って―――えっ…?」

 

だが、悠人が手を離そうとすると……アルディラは握り締めた手を更に強く握り、何故か手を離そうとしなかった。

それはまるで、獲物を逃がさないかのように悠人の手を“掴んで”いるのだ。

 

「あの、えっと―――」

「一つ聞くけど、いいかしら?」

 

真剣な、そしてどこか睨むような表情でアルディラは悠人の手を握ったまま、尋ねる。

まるで取り調べの犯人のような雰囲気だ。悠人が頷くと、アルディラはベッドの横に静かに座った。

 

そして――

 

 

「貴方……もしかして帝国軍人?」

 

 

その言葉の意味がどれほど深いことなのかは悠人にはわからないが、傍にいるクノンの様子から見てもわかるように……多分、相性の悪い相手には間違いないだろう。

 

(そう言えば、『護人』とか言っていたな。俺が不審者の可能性があるのはわかるけど、敵対する相手は『帝国軍』と言うのか……?)

 

この土地の管理下を収める人としても、どちらにせよ誤解はさっさと解くに限るな。

 

「いいや、違う。俺はその『帝国軍』とやらとは無関係だよ。俺は…………ん? ああ!? あ、いや、ええっと―――」 

「「………?」」

 

(ま、まずい……。なんて言えばいいんだ? まさか、違う世界から来ました、なんて言える訳がないし……しまった、どうすれば……)

 

悠人がそうやって頭を悩ましていると、彼女達の表情が次第に悠人に対して怪訝なものになっていく。

焦る悠人。すると突然アルディラが前のめりになって悠人の目をジーと見つめだした。傍にいるクノンも悠人の腕と取って何やら脈を計り始めている。

 

「嘘を……付いているようには見えないわね……」

「はい。心拍数において僅かな乱れはありますが、そのあたり、彼は『帝国軍』とは無関係なようです。

……彼もまた、アティ様がお助けになった隣の患者のように、船の漂流者なのでは?」

(んっ? 漂流者…?)

 

そういえば、『求め』がここはどこかの島だとか言っていたな。

剣……『求め』は今、どこにあるのだろうか。少なくともこの部屋には見当たらなかった。

 

「そうね……その可能性もあるかもしれないけれど……」

「? どうかなされましたか、アルディラ様?」

 

クノンがアルディラの歯切れの悪い返事に疑問を持つ。

それからアルディラがもう一度悠人をジッと見つめては、まさか…、と呟き、顎に手を当てたまま数秒間考え……やがて顔を上げて悠人に尋ねる。

 

「実はね……貴方が運ばれた時に身体検査及び、血液検査も行おうとしたの。ほら、輸血するためにも必要でしょ? でも―――」

「あ……」

 

なにか言いづらそうに話すアルディラに、悠人は瞬時に言いたいことを悟った。

『求め』のお蔭で大部分の傷は癒えたとは言え、この世界に来て倒れていた時には、ずいぶんと酷い怪我を負うっていたはずだ。

その時の現状を この世界の人間 ( 何も知らない第三者 ) が見ていたら、さぞ不思議に思うことだろう。なぜなら―――

 

「でも、それはできなかったわ……。採血しようにも、貴方の傷から滲み出る血液は全て金色の霧となって消えていくからよ……。

一応ね、私としても独自に過去のデータを調べたわ。けれど、結果は無駄だった。まるで、サプレスの召還獣―――いえ、確かに、彼らも体の構成の『殆ど』をマナで構成されてはいるけれども、貴方のように『全て』ではないし……それほど強い構成度でもない。

……信じられないけれど、如いて言うならば、貴方はマナ“そのもの”よ。だから、『この世界』では貴方のような人はありえないのよ……」

 

「…………」

 

存在を否定され、言葉が見つからず俯く悠人に……やがてアルディラとクノンは顔を見合わせてから、なにやらコクリと頷くと――――

 

 

「だからね、ユート。貴方もしかして……召還されたんじゃないかしら?」

 

 

「…………へっ?」

 

アルディラから、今までの苦悩をまるで水の泡に流すかのような言葉が発せられた。

 

「え? ええ?? え、えぇぇええええええっ!?!? そ、それってどういう―――」

 

困惑する悠人に、アルディラは、やっぱり、といった表情でクスクスと笑う。一方、後ろに控えるクノンもそんな悠人を見て安心し、どこか緊張がほぐれたようだ。

 

「貴方が驚くのはわかるわ。でもね? この島には他にも貴方のように別の世界から来た住人がいるのよ」

「なっ?! ほ、他にも同じような人が…!?」

「ええ。ここにはいないけれど『名も無き世界』……なんでも“チキュウ”って所から来たそうよ?」

「!!? …地、球…」

「そう。チキュウ。ふふ…その様子から見て、やはり貴方も『名も無き世界』から来たようね?」

 

 

「……地球……」

 

 

懐かしい、響きだった……。

思い出すとつい、目じりに涙が浮かぶほどに。

地球で住んでいた日々がとうの昔のように思えるほどに……あの日常が幸せと、感じれるほどになっていた。

だが、アセリアと共に戻ったあの時……置いてきた小鳥の事が脳裏に浮かび、不甲斐ない思いと共に―――途端に、不安になった。

 

(まさかアイツら……追って来ていないだろうな―――?)

 

もしまた、ハイ・ぺリアのようにこの世界にもあの二人が来ていたとすれば、今度こそ完璧に殺されるだろう。悔しいがそれが現実なのだ。

万全の状態でも勝ち目はないと言うのに、今の状態ならば目もくれぬ間に消滅させられるかもしれない。だとしたら、いつまでもここにいるのは危険だった。

 

「アルディラ…さん。俺がここに来てから……どのくらいの時間が経ちましたか?」

「えっ…? そう、ね……大体二十時間前後って所かしら……」

「…二十時間、前後…か…」

 

アルディラは悠人の表情に深刻な想いを感じ、理由は聞かずに素直に答える。悠人は視線を正面に見据え、最悪の事態を脳裏に掠めてゆく。

 

(くっ…! もしあいつらもこの世界にいるとすれば、俺がここにいると彼女達も小鳥のように危害を加えてしまうかもしれない。

なら俺は、一刻も早くココを離れたほうがいい。……でも、離れた所で俺は……俺は、一体どうすればいいんだ……)

 

やがて、握っていた手がやや強くなり、悠人が微かに震えていることにアルディラは気づいた。

 

(この子……怯えてる……?)

 

悠人の横顔を見てみると、何か必死に感情を抑える様子を見て……どこか、昔の想い人の面影と重なる。

あの人も、人には言わずに一人で耐えていた。私達に心配かけないように、と。しかし、逆にそんなあの人を見ている私達は心配するというのに……。

見ていて、こちらまで辛くなるような表情。そんな悠人を見て、アルディラは無意識の内に――――

 

「―――え?」

 

悠人を優しく、抱きしめていた。怖がる子供をあやすようにそっと丁寧に……。

顔を赤くして驚いたように慌てふためく悠人だが、アルディラは抱きしめる力を強め、真剣な表情で、しかし、どこか優しさを込めて話しかけた。

 

「何を悩んでいるかは知らないけれど、私で良ければ相談にのるわ。深刻な様子、みたいだしね……」

「あ……」

 

悠人は慌てる力を緩め、何か気まずそうに目線を外すと、やや横を向いて俯く。

触れられたくない気持ちなのはアルディラにもわかっている。しかし、口が自然と、開いていった。

 

「コトはね、一人で悩むよりも、二人や三人で悩んだ方が解決策も見つかりやすいのよ。効率もいいし、話すことで不安も少しは解消されるわ。

それは人でも召還獣でも変らない。感情の理解は奥が深いけれど、わかり合えることだって、きっとあると思うから……」

「…………」

 

目を逸らして黙考する悠人に、口を開く様子はない。

当然、そう簡単にわかってもらえるとは思っていない。しかし、心配されているということだけは、知って欲しかった。一人じゃない、と、わかって欲しかった。

まるで、誰かのように私もずいぶんとおせっかいさんになったものね、と、心の中で苦笑して。

 

「私も――いえ、私達も……最初は拒絶していたわ。色々と、ね……」

「……?」

 

アルディラは懐かしむように目を閉じて、次に上を向いて話を続ける。

 

「だけど、それは間違いだった……。あの子が来てからというもの、この各々の集落では交流を盛んに行うようになったわ。まるで、以前のように、ね。

 勿論、事態が事態だから協力を求める状態だったのは分るけれど……きっと、それだけではここまで協力することはできなかった。ここまで……元には、戻れなかったわ。

最悪、各集落に入って来た敵はその集落だけの問題として扱われ、違う区域の私達は手を差し伸べなかったかもね。それぐらい、私達は荒み、関わりを絶っていたのよ」

 

辛そうに語るアルディラに、悠人はふいにアルディラの方を上目使いで見て、話しかける。

 

「“あの子”って……?」

「あら? ふふ……やっと、こっちを向いてくれたわね?」

 

アルディラも振り向き、悠人と目が合うと微笑みを返す。

悠人はその表情に一瞬見惚れ、頬を赤く染めて目を逸らした。

 

「アティは……いえ、私があれこれ話すよりも、自分の目で確かめたほうがいいと思うわ。こういうことは人に言われると、自ずと決め付けて、評価してしまうから……自分の目で確かめて決めるべきだと思うわね。それに……あの子のことだから、きっと放っておいても見舞いに来るわよ? 隣の子のことも、あるしね」

 

アルディラは悠人から離れると、ふふ、と笑った。そういう子なのよ、と言うと話を続ける。

 

「まぁ、今はゲンジさんの影響で、勉強を村の子供達に教えているから来られないだろうけれども……」

「えっ? げ、んじ……?」

 

あ、いや、まさか、そんな、な……。

悠人が驚いた表情をしていたので、アルディラが不思議そうに小首を傾げる。

 

「? 心当たりがあるのかしら?」

「あー、いや……昔そんな名前の爺さんが近所にいたんだよ。でも……まさか、な……」

 

小・中学校の頃だ。よく佳織を連れて、光陰と今日子でそのげんじ爺さんの家の塀に見える柿を落として食べたっけなぁ…。

見つかったらそのたびに、馬鹿者! とか言われて怒られたもんだ。しかも俺達の学校の教師をやっていたものだから、逃げても次の日に学校で捕まるオチだったし。

途中で教師を止めたと聞くけれど、それから先の事は知らない。俺達も成長して柿取りをしに行く事もなくなったし、それ以来会うこともなかった。

一部の風の噂では、この世を去ったとか、行方不明になったとか小耳に挟んだが――――

 

(どちらにせよ、今の俺には顔合わせできないな……。俺はあの時とはもう……違いすぎる……)

 

自分の手は、血で汚れている。身も、心も。

教え子がそのようになったのを、恩師に見せたくはない。伝えたくもない。

雷爺さんのような人だったが、家の事情を知っていても、げんじ爺さんは他の子と自分を差別したりはしなかった。影で支えもしてくれた。

 

そんな人に、願わくは……この想いが勘違いであることを――――

 

 

・ 

 

 

それからアルディラに、会ってみる? と聞かれたがもしもの事を考え、首を横に振って断った。

悠人の表情を見て、アルディラも会いたくはないのだと感じると、無理に進めることはなかった。

その後、悠人はこの世界のことについて出来る限り詳しく聞くと、そろそろ休息を取るべきです、とクノンに言われ、眠りにつくことにした。

 

が、

 

「な、なぁ、アルディラ…?」

「ん? 何かしらユート? まだ他に聞きたいことでもあるの?」

 

話し合いの末、アルディラには敬語は使わなくていいから、と言われ、さん付けをすることもなく対等に話すことにした。

クノンに至っては、敬語が地であるらしく、無理なんだそうで……まぁ、今はそれよりも―――っていうか、アルディラ、まさか気付いてない?

 

「いや、その……そろそろ手を……」

「手?」

 

アルディラが目線をゆっくりと悠人の手に向けていくと、そこには……今だに悠人の手を握ったまま離さない、自分の手が繋がっていた。

最初に尋問確認をするときに逃げられないよう強く握って、それから―――そのまま、だったのだ……。

 

「〜〜〜!!? ご、ごめんなさい!! 私ったら、その、何だか懐かしくって――じゃなくて! え、ええっと―――」

「アルディラ様!? 心拍数が上昇しているうえ、熱もあるようです! 表情もお赤いですし―――体温も上昇!? い、今すぐ検査を!」

「えぇっ!? ちょ、クノン!? 大丈夫だから! 私はどこも異常はないから! 心配しなくとも大丈――クーノーンー!?

 

二人は慌しく――強引にクノンがアルディラを引きずって――出て行く。悠人はその光景を苦笑しながら眺めていた。

 

(ネリーとシアーも何か悪戯しては――おもにネリーがだが――セリアに引きずられていたものだな……)

 

思考を巡らせ、次に思い浮かべるば夢での『求め』の言葉。

……やはり俺には無理だ。あの二人は殺せない。

他に対象方法を探すしか、ないのか。

 

(あきらめよう……信じても叶わないことも、あるさ)

 

感慨そうに息を吐き、やがて悠人はもう一度眠りに付くことにする。

体を休めるためにも……そして、早くこの場から立ち去るために――――

 

 


 

後書き

サモンナイトの主人公は一体いつになったら出てくるんでしょうねぇ?(笑

まぁ、場面的にもうすぐ出てくると思いますが、まだ少し先ですね。

げんじさんについては、嘗ての悠人の学校の担任と言う設定にさせていただきました。ええ、本人です。

薄々悠人自身もわかっているため、風雷の里にはあまり行かない?でしょう。いやはや、どうなることか……。

では、また次の後書きで会いましょう。

 

 

作者のページに戻る