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「カケルさん、どうしてさっきあの人を逃がしたんですか?」
 
 どうして。
 むう……半分以上が気紛れだった行動に、理由を求められても困る。
「そうだな……うん、だって戦うのは嫌だろう?」
 あれ以上戦えば血が流れる。
 自分の血、仲間の血、敵の血、あるいはひょっとしたら……無関係な血さえも。
 剣道のようなスポーツではなく、真剣を――神剣を振るっている以上、それは当たり前。
 なら、原因を消すことで結果を変えようとするのは当然。
「それは、そうなんですけど……でも、私は怖いです」
 殺すのも、殺されるのも怖い。
「戦いが、怖い……か。そう言えば、昼間も言ってたよな」
 あれは青スピリットの剣を受けた直後だったか。
 『戦うのが怖いんだから、戦わせないで下さい』。
「はい……。私はスピリットなのに、いくら弱くても、戦わなくちゃいけないのに……」
 なのに、怖い。
 戦うことが怖いから、実力も全力も出せない。

「――別に、いいと思うけどな」
「え?」
「怖い物は怖い。オレだって、怖くないわけじゃないし」
 だから。
 殺したくはないから、敵でも。
 将来的に自分の害になるかも知れなくても逃がしてしまうし。
 それに、それ以上に。
 殺されたくは無いから、どんなことをしてでも生き延びようとする。
「で、でも……」
「怖がることは悪いことじゃない。怖がっているから、見えてくるものだってある」
 戦うまでは同じでも、勝つことは必要でも。
 その手段は無限とは言わない。
 でも、1つじゃないだろう?
「……ええ、ありがとうございます。私――頑張ってみます」
 オレでよければ、いつでも相談くらいには乗るさ。
 この世界でオレができることは、これくらいしかないからな。
「じゃ、お休み」
「おやすみなさい、カケルさん」
 ふぁああぁ。
 欠伸をしつつ、寝袋にもう一度潜り込む。
「――フラグ立て、もとい……話は終わりましたかな、カケル殿」
 ……オレの周囲にいる人物の中で、オレをそう呼ぶ人物には心当たりが無いこともない、
けど。
「まさか、きみがそんなメタな台詞を言うキャラだとは思わなかったよ……て言うか、別に
オレはそんなつもりはなかったんだけどね」
「『そんなつもりは』なくとも、そうとしか思えませんが……いえ、いいでしょう。手前は
シュン殿からの指令を伝えに来ました故」
 ……。
 そっすか。
 いや、別にね?立ち聞きしてたのか、とかそんな野暮なことは言わないけど。
「で、その命令は何かな?」
「はい。『ラキオス軍はサモドアを陥とし、ダーツィ大公国首都であるキロノキロを目指し
進軍中。ダーツィ大公国の重要拠点、ケムセラウトを守れ。ただし、軽く交戦したらすぐに
拠点を捨てて転進、イースペリアのスピリットと交戦せよ』とのことです」

 ウルカが飛び去った後。
 ユーシルに描いてもらった大陸の地図を頭の中で広げる。
 ラキオスは戦略上、キロノキロを攻める前に後顧の憂いを絶つべくケムセラウトを攻める
だろう。少なくともオレならそうする。
 しかしこの町。戦術拠点として、というより……サーギオス帝国にとっての北への進軍路
としての価値の方が高いだろう。
 つまりラキオス側からすれば、サーギオスの援軍を封殺するために。
 一方サーギオス側からすれば、進軍路の確保のために。
 重要な拠点のはずなのに。
 そうも簡単に切り捨てることができる原因は、何だろう。
 サーギオス軍は動かずに、オレたちを使ったゲリラ戦でラキオスの同盟国から枯らす作戦
なのか?
「……いや、そんな非効率的なことをする理由は無い」
 個々の能力も物量も、サーギオス軍が圧倒的に有利。
 正面からぶつかればラキオス軍なんてひとたまりも無いはずだけど。
「秋月瞬、いや……シュン・アキヅキ。お前は、何を考えてる?」




 ※補足
  拙作に毎度お付き合い頂きありがとうございます。
  月泉鴇音です。
  さて、今回はフィアナと戦略眼がメインです。
  戦略眼に関して。
  私としては、何故サーギオスはあの時援軍を送らなかったのかが今でも不思議ですが。
  まあ、全ては秋月君の意志ということで(逃)
  ちなみに、翔の戦術、戦略能力は作者が投影されていると思って頂いて結構です。
  
  今回は私が非常に好きな戦略面の話ができて満足でした。
  未練があるとすれば。メインヒロインの1人であるフィアナ嬢の話が、若干ですが影が
 薄くなってしまった事くらいです(泣)

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