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 距離はおよそ10m。だけど、ウィングハイロゥを持ってるユーシルにはあまり関係ない
だろう。ちなみに、小学校の体育館で横幅の3分の1くらいが10mにあたるはずだ。
 オレの方は右手の中指に嵌っている指輪が唯一の武装。
 対するユーシルはやや細身で薄手の刃、どちらかと言えばスピード重視の扱いやすそうな
片手剣を下段に構えている。
「……武装、しないのですか?あるいは、魔法を詠唱しないのですか?」
 うぐっ。
 彼女の怪訝そうな口振りが、さりげなくオレの心を抉る。
 やり方が分からないのさ。
「素手での戦いの方が慣れてるからね」
「……そうですか。では、逆殺ですっ!」
 一直線に突っ込んできた所を、ギリギリで回避成功。
 危ない危ない。
 右手の剣を右肩の上に振りかぶったから縦斬りと見たのだけど、読みは当たったらしい。
 身体を起こし、再び間合いを取ったユーシルに向かい合う。
「……さすがはさすが、第五位神剣の契約者といったところですか」
 いや、あのね?
 さっきの「逆殺」発言もそうだけど、きみはどこの策師かね?
 ――と、そんな意味も無いツッコミを入れようとして気付いた。
 彼女の構えが、変わった事に。
 片手剣を両手で構え、正眼――つまり、剣道によく似た構えを取っている。
「……ちょっと、ユーシル!?何やってんのさ、それがまともに決まったら死んじまうよ!
障壁も無いってのに、本気かい!?」
 アリエスの焦ったような叫びに対してもユーシルは無反応。
 いや、全く動かなかったわけじゃない。
 ゆっくりと剣を振り上げ――そのまま、突進してきた。
 オレが何をしたかは知らないが、超絶必殺マジ切れモード、らしい。

「…………、覇あああぁぁああっ!!」

 合気道ってのは、相手の力を受け流すのが基本戦術。
 そして攻撃が空振りに近い状態になった隙に、懐に入って投げるなり固めるなり、極める
なりする。これ重要。テストにも出るから覚えるように。
 まあ、元々が確か対武器用の素手護身術だし。
 剣を上段に、それも両手で振りかぶっての突進、というこの場合。
 まずフェイントは無い上に、おそらくは渾身の一撃。
 つまり軌道は縦斬り1本。
 他の手は考えなくていいし、流し切れば特大の隙ができるのは確定事項。
 格ゲーで言えば確反、反撃確定って奴だ。
 その剣にどれだけの威力が秘められているのかは知らないけれど、そんなものは要するに
当たらなければ――どうと言うことも無い。
 さて、ではその方法だけど。
 武器が手元にあれば、なるべく平行に近い角度で受け流すのがオレのセオリー。
 力の方向さえ変えてしまえば、攻撃は無効化できるから。
 じゃあ、武器が無ければ?

「……ふっ!」
 オレの放ったハイキックのタイミングは傍目から見れば、おそらく最悪。
 ユーシルの顔面に叩き込んで迎撃するには、ほんの一瞬早すぎて。
 脚1本を犠牲にして必殺の剣から逃れる、というにはほんの一瞬遅すぎた。
 だけれど。
 これでいい。
 狙い通り、オレのハイキックは――振り下ろされつつある剣身の腹に命中し、その軌道を
逸らす。
「…………っ!」
「よし、これで勝負ありだな?」
 彼女の喉元にはオレの手刀(寸止め)。
 『氷点』のおかげで身についた動体視力と反射神経が無きゃ死んでたかもな。
 いや、多分動きを見ることもできずに死んでいた。
 危なかったなあ。

 どさっ、とすぐ傍から音が聞こえた。
 ふとユーシルの方を見ると、そこには完全に気絶していると思しき彼女。
「お、おい、どうしたユーシル!?」
 オレは確かに寸止めしたはずだけど……?




 ※補足
  勝負あり、でしたね。月泉鴇音です。
  本編中、翔はやたらと講釈を垂れていましたが。
  私自身は合気道はさっぱり知りません。一般常識の範囲内です。
  なので間違いがあるかもしれません。気付いたらこっそりと連絡して下さい。
  私の方から七野珀翠様にお願いして訂正しますので。
  一方、対戦相手のユーシルでしたが。
  台詞がパロディばっかり。分かる人は……きっとかなり居るでしょう(笑)
 「正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討ってご覧に入れましょう」、なんちゃって。
  好きなんですよ、あの作品。
  かなり影響を受けているのは、貴方と私だけの秘密です。

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