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永遠のアセリ
ア 〜Another visiters〜
第七話 信用と信頼
バーンライトと開戦してから、もう一週間になる。
リーザリオ、リモドアと順調に攻略し、首都であるサモドア制圧に乗り出そうとしていた矢先、前線に送られてきた知らせ。
それは、バーンライトの工兵達がサモドアとラセリオ――ラキオス領の都市だ――を繋ぐ道を開こうとしているという物だった。
「……やられたな。俺達の戦力を首都に引き付け、その隙に背後からラキオス本土を攻める。中々にいい手だ」
「ああ。今現在、ラキオス国内に戦えるスピリットは少ししかいない。その少しも、辛うじて戦える程度だ」
俺の言葉に、悠人が苦い表情で返す。
元々、ラキオスの戦力―――即ちスピリットの数は、他国に比べるとかなり少ない。
今こうしておっさんが強気に出ているのも、俺と悠人と言う二人のエトランジェを手に入れたおかげだ。
そして、バーンライト攻略に出向いているのは、そのエトランジェ二人とスピリット隊。
つまり、ラキオスが有する戦力の八割以上を投入している状態だ。
言い換えれば、本国の防衛戦力はほぼ無きに等しい。
ここで一気に襲撃されれば、大した抵抗も出来ないままラキオスは陥落するだろう。
「どうする?」
「……向こうが道を開く前にラセリオに戻って、そこで迎撃だな。もう、工兵達を抑えるには遅すぎる」
「だけど、こっちでの戦闘もあるからな……」
「ああ。……エスペリア、ラセリオにはスピリットが待機しているんだったよな?」
「はい。セリア・ブルースピリットとナナルゥ・レッドスピリットの二名がいます」
「練度は?」
「スピリット隊の中でも年長の部類に入りますし、実力もラキオス有数です」
エスペリアの言葉に、しばし考え込む。
神剣魔法を打ち消せるブルーと神剣魔法に長けたレッド、そして両者のレベルは高い。
「なら、後は接近戦とサポートに長けた者……よし、悠人達はここで戦闘を続けてくれ。俺はハリオンとヒミカを連れてラセリオに向かう」
「分かった。そっちは頼むぞ、冬真」
「トウマ様、御武運を」
悠人とエスペリア、二人の言葉に頷き、俺は野営地を出てスピリット隊の皆の所に向かった。
「……で、だ。ヒミカとハリオンは俺と一緒にラセリオに行く。いいな?」
「はい〜」
「分かりました」
ハリオンはいつも通りのんびりと、ヒミカははっきりと頷く。
「他の三人は、悠人達と一緒に行動してくれ」
「え〜?」
「う、うん……」
「はいっ、分かりました」
一方で年少組――主にネリーだが――はどこか不満そうだが、そこは納得してもらおう。
そもそも、この子達はまだ練度が低い、本来ならば実戦投入は早すぎるくらいなのだ。
「それじゃあ、しばしのお別れだが……無理はするなよ? 特にネリー」
「むぅ! 大丈夫だもんっ!」
「なら良し。じゃあ行くぞ、ヒミカ、ハリオン」
「はい〜」
「了解!」
二人の返事に頷くと、《月蝕》を持ちリモドアを後にした。
リモドアを出てから二日。
ほぼ休み無しの強行軍によって、ラセリオまでは相当早く着く事が出来た。
「到着っと……。二人とも大丈夫か?」
「ハアッ、ハアッ……は、はい、大丈夫です」
「平気ですよ〜」
ヒミカは少し息があがってる……が、ハリオンはいつも通りだ。
マイペースなのか、見かけによらずタフなのか。
まぁ、本人が平気と言うのならそうなのだろう。
「道の解放は予想通りだけど、向こうはまだサモドアを出た様子は無い。今の内に休んでおいてくれ」
「分かりました」
息を整えたのか、ヒミカが何時ものようにはっきりと言う。
「うん。で、ここに待機してるスピリットの二人は?」
「セリアとナナルゥですか? それならもうすぐ来ると思います……あ、来ました」
ヒミカの言葉と共に、《月蝕》が微かに震える。
神剣の気配が二つ……近付いてるな。
やがて姿を現したのは、ウェーブのかかった青い髪をポニーテールにした少女と、赤い髪をストレートに下ろした少女。
「君達が?」
「はじめまして。《熱病》のセリア・ブルースピリットです」
「《消沈》のナナルゥです」
セリアは簡素に、微かに敵意らしき物を含んだ声で、ナナルゥは感情を感じさせない声で言う。
中々個性的な娘達……なのか?
「ああ、こちらこそはじめまして。スピリット隊副隊長、《月蝕》の冬真だ。よろしく頼む」
そう言って手を差し出す…………が、セリアはそれを眺めた後、あからさまに目を逸らした。
ナナルゥに至っては、無表情のまま首を傾げていらっしゃる。
あれ?
「失礼ですが……」
そう言うと、セリアは俺を見る。
少し釣り目気味の青い両眼は、真っ直ぐに俺を貫く。
「私は貴方を信用していませんので」
「セリアッ!」
ヒミカが鋭い声で叱咤するが、俺はそれを手で制した。
「トウマ様っ、ですが……!」
「いいよ。流石に初対面の奴を信用しろって方が図々しいさ」
まぁ、考えてみりゃ当たり前だよな。
エトランジェとは言え、俺は“人間”だ。
そして、この世界の人間達は数少ない常識人を除き、彼女達スピリットを道具、奴隷として扱っている。
そんな彼女達が、初対面の、ましてや人間である俺に対していい感情を抱かないのは当然だ。
「とにかく、今はラセリオの防衛が任務だ。俺が信じるに値するか否かは、戦いの中で見極めてくれればいい」
「……分かりました。くれぐれも、足を引っ張らないで下さい?」
「ああ、君らの信用を得られるように頑張るよ」
翌朝、解放された道からバーンライトのスピリット達が攻め込んで来た。
「来たな……。《月蝕》、接触まで後どれくらいだ?」
【そう長くはない。向こうの速度も速いしな】
その間にも敵は進軍し、神剣で強化された視力でそれを捉えた。
数は……約二十って所か。
「どうします?」
相変わらず素っ気なくセリアが聞いてくる。
「まずは勢いを潰した方がいいな……」
そう言いながら、ざっと戦場を見渡す。
木々が多く、天候の良さも手伝い影が豊富。
これなら……。
(どうだ《月蝕》、いけそうか?)
【うむ。今現在の主の技量からすれば、一発限りだろうがな】
(十分だ)
「よし、いいか……」
大まかな作戦を説明し、全員が頷くのを確認してから敵に視線を戻す。
結構距離を詰めて来たな。
(よし、行くぞ《月蝕》!)
【諾】
相棒の返事に頷き、敵軍の姿がはっきりと見えたと同時に《月蝕》を地面―――正確には、戦場一帯を覆う影に突き刺す。
「永遠神剣第四位《月蝕》が主たる我が命ずる。闇の眷属よ、我が命に従い己が主を貫けッ!」
急激にマナを吸い取られる感覚。
同時に、《月蝕》の刀身を伝いオーラフォトンが地面へと吸い込まれ、影に同化する。
そして、
「穿ち貫け……シャドウランスッ!」
―――ヒュ……ッ!!
軽い音と共に敵スピリット達の付近にある影が盛り上がり、
―――ドンッ!!
突如として生えた漆黒の槍が、先頭を走っていた五人のスピリットを真下から突き刺した。
シャドウランス……文字通り影の槍で敵を貫く、つい最近修得したばかりの神剣魔法。
影が無ければ使えない技だが、なんとかなったな。
「なっ!?」
その光景に、後続のスピリット達が慌てて足を止める。
と、同時に、
「はぁあああああっ!」
「やああああっ!」
突如として現れたセリアとヒミカが、それぞれの神剣を掲げて勢いよく斬り掛かった。
「なにぃっ!?」
「しまっ……あぐぅ!?」
突然の奇襲に態勢を立て直す暇も無いまま、敵スピリット―――特に青スピリット達が次々に斬られ、マナへと還元されて行く。
なんとか奇襲から逃れた数名は、セリアとヒミカに斬り掛かろうとするが、
「あらあら〜、よそ見してたら駄目ですよぉ〜?」
「その通りだな」
「―――ッ!?」
やはり蜃気楼のように現れたハリオンの《大樹》によって心臓を貫かれ、それを避けた者も俺が斬り捨てる。
そうして青スピリットを全員消した時点で一旦下がり、すっと腕を上げる。
その直後、
「マナよ、業火となりて降り注げ―――フレイムシャワー」
静かな、酷く落ち着いた声と共に死刑宣告がなされ、詠唱破綻の青スピリットを失った敵部隊は、避ける間も無いまま劫火の雨に身を焼かれる。
そうして炎が消える頃には、もう動けるスピリットは片手で数えるほどしかいなかった。
俺が立てた作戦は、至って簡単。
《月蝕》特有のスキルである『夜陰』――正確にはその応用であり、気配を限りなくゼロに近付ける『陽炎』と呼ばれる技だが――を使い、俺以外の全員の姿を
消しておく。
そうすれば、唯一この場で認識出来る俺に向かって敵が殺到するだろう。
後は、俺が神剣魔法で敵の勢いを潰し、浮き足立ったらセリアとヒミカが『陽炎』を解除して両翼から奇襲を仕掛け、次にハリオンと俺でそのサポートに回る。
そうして青スピリットを消しつつ敵を一箇所に追いやり、最後にナナルゥの神剣魔法で止めを刺す。
まさか、ここまで上手く行くとは思わなかったが。
「……じゃあな」
生き残っていた最後の敵を斬り、その身体がマナへと還り霧散する。
立ち昇る金色の霧を眺め、溜息を一つ吐いてからセリア達に向き直る。
敵陣に突っ込み過ぎたのかヒミカが軽い傷を負っていたが、それはハリオンが治しているようだ。
「あらあら〜、また怪我をして〜」
「う、悪かったわよ……」
「いいですよ〜、何時もの事ですからぁ」
「……ごめん」
付き合いが長いのか、ハリオンの手当ては慣れたものだ。
ふと背後に気配を感じて振り向くと、そこにはナナルゥが。
「ん、ナナルゥか。どうした、怪我でもしたのか?」
「いえ、問題ありません。多少の疲労はありますが、行動に支障をきたすほどでもありません」
「……そうか」
「何か?」
「いや、少し言葉が硬いと思ってな。もう少し力を抜いてもいいんだぞ?」
「……分かりました。検討してみます」
そう言うと少し離れた所に移動し、顎に手を当てながら宙を見るナナルゥ。
(なんて言うか、個性的な子……なのかな?)
【ふむ……あの妖精、どうも神剣に呑まれているようだな】
《月蝕》の言葉に、思わず息を呑んだ。
心を呑まれる―――それは、神剣との同調率が高くなりすぎたスピリットの末路と言ってもいい。
通常のスピリットと比べて遥かに強い力を引き出せるが、個人としての自我は限りなく無に近くなる。
成る程、感情の揺らぎが少ないのはそのせいか。
だが……、
(完全に呑まれた……という訳じゃないみたいだな)
【うむ。恐らく生まれた時から同調率が高かったのだろう。あの妖精の神剣も、完全に取り込む気は無さそうだ】
(へぇ……そんな事も分かるのか)
【流石に五位以上の神剣では、その内を読む事は出来ん。下位神剣であっても、読めるのは漠然とした敵意、悪意のみだ】
(で、ナナルゥの持つ《消沈》からは、持ち主への害意は感じられないと)
【然り】
ふむ……なら、必要以上に神剣の力を引き出さないようにすれば問題無いか。
腕を組んで、今後の戦術なんかを考える。
やれやれ、副隊長ってのも色々と苦労が多そうだな。
「ふぅ……」
「どうかしましたか?」
掛けられた言葉に背後を見ると、セリアが相変わらずの、友好をあまり感じない表情で立っていた。
「いや、少し今後の事をね。それで、どう見る?」
「どう、とは?」
怪訝そうな顔になるセリア。
ま、説明が足りなかったかな。
「戦闘前に言っただろう? 俺が信じるに足るか否かを判断してくれって。それで、君の意見は?」
「……力量だけなら、問題はないかと。ですが」
「信用出来るか、って点では別だと?」
「はい」
「ははっ、手厳しいな」
まぁ仕方ないな。
こういうのは時間を掛けて築くもの、まだ会ったばかりで「さぁ信頼しろ」ってのは無理な話か。
「ま、それでもいいさ。俺の力量に関しては信じられるんだろ?」
「はい」
「なら、今はそれで十分だよ。俺の力が信じられる物なら、戦いに勝ち、生き残る為にそれを用いればいい」
【……それを信用と言うのではないか、主よ?】
《月蝕》の呆れたような声は無視だ。
ふっ、こういう時、異世界の言葉―――特に日本語や漢字って便利だよな。
「……あの、何か?」
「ん? いや、何でもないよ」
訝しそうなセリアの視線に、苦笑しながら首を振る。
そう、今はまだこれで―――信じてもらった力を利用されるだけでいい。
それでこの子達を、仲間を守れるのなら、いくらでも利用してくれて構わない。
「じゃあ改めて……」
手を差し出すと、セリアは少しだけ戸惑ったような顔で俺の顔と手に視線を行き来させる。
でも、すぐに気持ちを切り替えたのか、ほんの少しだけ柔らかい微笑を浮かべて俺の手を取り、握り返した。
いつか、俺という個人を認めてくれて―――
「ラキオススピリット隊副隊長、《月蝕》の冬真だ」
「ラキオススピリット隊所属、《熱病》のセリアです」
―――互いを信じ、互いに頼り合うように。
俺を信頼してくれるようになるのなら。
「これから、よろしくな?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
今はまだ、これでいい。
後書き
はい、第七話をお送り致しました。
今回はセリアとナナルゥ初登場の回でしたが、どうだったでしょうか。
いや、正直セリアは書きにくいのですよ、ホントに。
好きなキャラなんですが…………ぬふぅ。
まだまだ要精進ですね。
では、最後に冬真の神剣魔法について、簡単な解説を。
シャドウランス
自身のオーラフォトンを影に染み込ませ、相手の影を槍に変えて突き刺す技。
奇襲としては効果的だが、
『自分と相手が影で繋がっている』
というのが発動条件な為、場所と時間、天候等にやたらと左右される。
例えば、発動寸前で日が翳って影が薄くなると効果も半減するなど、使い勝手は余り良いとは言えない。
陽炎
《月蝕》特有のスキル『夜陰』の応用。
神剣と自身の気配を限りなくゼロに近くし、認識の阻害を行う技術。
ただし逆に気配を殺し過ぎると、風景に穴が開いたような違和感を感じ見破る可能性もある。
その為、小石が落ちている程度の気配を残すのが重要な所だ。
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