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暗く、一寸先すらも見えない闇の中。

足場があるのかどうか、自分が立っているのか浮いているのかすらも分からない空間で、俺は剣を振るっていた。

腕を振るう度に手に持った刀―――《月蝕》は空を斬り、斬り裂いた空間から噴き出す赤い液体が一瞬だけこの暗闇に彩を与える。

何十、何百、或いは何千と闇を斬り続け、勢いよく上段から袈裟懸けに振り下ろした時。


―――ザシュッ!


今までとは違い、肉を斬る感触が伝わった。

同時に、まるでTVのチャンネルを切り替えたかのように景色が変わる。

板張りの床に、漆喰の壁。

正面の壁には神棚と御神刀が、両側の壁には木刀や木槍が掛けられた場所。

「……家の、道場?」

見間違えるはずもない。

そこは、俺が十数年も過ごした柊宗家にある、俺が祖父から全てを教わった場所。

(じゃあ……俺が斬ったのは……)

未だに消えない刀が肉に食い込んだ感触に、恐る恐る対峙している相手を見る。

俺よりも随分と低い位置にある黒い髪と、血でどす黒く染まった藍色の着物。

肩から胸辺りまで斬られた少女が顔を上げ、その黒い瞳で俺を見る。

「……兄……様……なん、で……?」

ゴボリッ、と血を吐きながら俺を見る少女の顔。

それは紛れもなく、桜花―――俺の、妹の顔だった。










永遠のアセリ ア〜Another visitors〜

第六話 戦争の実感










「―――ッ!?」

声にならない悲鳴と共に身体を勢いよく起こし、荒い息と共に周囲を見る。

少しだけくたびれた感じのする部屋と、硬いベッドの感触。

枕元に立て掛けてある漆黒の拵えの日本刀に、サイドテーブルの上にある皮鎧。

ベッドから降りて窓を開けると、冷たい空気が頬に辺り霞がかっていた思考を次第にはっきりとさせてくる。

眼下に広がるまだ薄暗い外の町並みは、日本ではなく西洋のもの。

「そうか。ここは……リーザリオだったな」

その町並みを見て、ようやく今自分が何処にいるかを思い出す。

【主、どうかしたのか?】

頭に響く、深い落ち着きのある声。

その声にすっと気が晴れてくるのを感じながら、枕元にある刀―――《月蝕》に目を向けた。

「ああ……少し、夢見が悪くてね」

【昨日の戦闘か?】

「……聡いな。ああ……斬った相手の顔が、妹の顔に変わってた」

【主の罪悪感が、そういった夢を見せたのだろう。じきに、慣れる】

「……」

その言葉に苦い物を感じながら、鎧を着込みコートを羽織る。

「行くか」

【御意に】

手に持った《月蝕》は、昨日のように重く感じなかった。










この日は、朝から戦闘だった。

昨日の戦闘で陥落させたリーザリオから、一気にリモドアに攻め入った。

リモドアの街中を駆け回り、ただひたすら敵を斬り続ける。

初めて殺した時とは違い、頭の中は酷くクリアな状態だ。

「せぇえいっ!」

首を斬り裂き、その身体がマナの霧に還る前に他の敵に向けて蹴り飛ばし、怯んだ隙に接近、斬殺。

遺体を囮に使う最低な、でも心理的には非常に効果のある、効率よく戦い、殺し、殲滅する為の方法。


斬、斬、斬斬斬斬斬…………!


出来るだけ一撃で殺すようにしながら《月蝕》を振り続け、横目で他の皆を見る。

「はぁっ!」

「やぁあああああっ!」

悠人の力任せな一撃が、アセリアの洗練された技が敵を斬り、その隣でもラキオス軍の攻撃が続いていた。

こちら側が剣を振るう度、或いは神剣魔法を発動させる度、敵は一人、また一人と消えて行く。

どうも敵の数は多いが、錬度はさほど高くないようだ。

そんな事を考えていると、敵さんが現れる。

数は七人、レッドスピリットが四人とブルースピリットが三人。

「さて、どう攻めるか……」

《月蝕》を構え直していると、戦闘を終えたのかヒミカがやって来た。

「トウマ様!」

「ヒミカか。戦闘は?」

「はい。ラキオス側の優勢です。軽傷者は何人か出ましたが、既に治療済みです」

「そうか。となると、当面の敵は……」

すっと目を向けると、少女達が各々の神剣を構える。

「ヒミカ。広域の魔法は使えるか?」

「あ、はい。ブルースピリットを抑えて貰えれば」

つまり、パニッシュされなければ大丈夫、と言う事か。

「分かった。じゃあ、俺が合図したら撃ってくれ」

「分かりました」

「よし、行くぞ!」

下段に構えた《月蝕》を脇構に移行しつつ、前傾姿勢で駆け出す。

それを見て先頭にいたブルースピリットの少女が剣を掲げるが、遅い!

「しっ!」

バネを使い跳ね上がるようにしながら《月蝕》を振り抜き、少女の手首を浅く切り裂く。

致命傷は無くていい、ただ神剣を持てなくなれば、それで十分。

振り抜いた勢いのまま軸足を変え、回転しながら移動して隣にいた少女の手首を同じようにして斬る。


――柊流裏捌式 閃嵐――


一対多数を前提とした、牽制目的の技。

攻撃力と制圧能力には欠けるが、足止めなんかには効果的な技だ。

旋回しながら手首のみを斬り続け、最後の一人を斬ってすぐに離脱。

「ヒミカっ!」

叫ぶと同時に、彼女から敵に死を告げる宣告が言い渡された。

「はいっ! フレイムシャワー!」

その言葉と共に炎の雨が降り注ぎ、地に落ちた炎は劫火となって少女達を焼き尽くす。

神剣を取り落としその加護を失った彼女達に防ぐ術など無く、一瞬で身を焼かれ、マナの霧に還元される。

炎の中から立ち昇るマナを見てから戦場に視線を移すと、もう戦闘は終わったようだ。

まだ敵の本陣は叩いていないが、この調子ならあと二日前後で落とせるだろう。

「冬真!」

名前を呼ばれて振り向くと、そこには悠人が。

「悠人か。そっちはどうだ?」

「ああ、全員無事だよ。これで、この区画は落とせたか……」

「そうだな……」

悠人と話しながら、今日の戦闘を振り返る。

お世辞にも錬度が高いとは言えないような敵スピリット達。

その数も、ラキオス軍よりは多いが、報告にあった数よりは少ない。

二人のエトランジェ、そして『ラキオスの蒼い牙』の異名を持つアセリアを始めとした、精鋭揃いのラキオス軍。

だが如何に精鋭とは言え、俺達ラキオス軍は数が少ないし、体力だって無限じゃない。

物量に物を言わせて波状攻撃を仕掛ければ、ここで俺達を潰す事も出来たはずだ。

(……敵の指揮官は、何を考えているのか)

【さてな。罠を仕掛けているかもしれぬし、単に戦力を分散しただけかもしれぬ】

興味無さそうに言う《月蝕》に内心苦笑しながら、所々で建物が崩れているリモドアの街並みを眺める。

出来れば、これ以上市街地に被害を出さずに制圧してしまいたいが、どうなる事か……。










結局、その二日後にリモドアは陥落した。

ここ数日の戦闘で、リモドアに配備されていたスピリット達の八割以上を損失していたせいで、本陣を叩くのに時間は掛からなかった。

そう、すぐに終わった。

ヒミカとオルファの神剣魔法で陣を崩し、シアーとネリーに敵の魔法を打ち消させ、エスペリアとハリオンを防御に回し、俺と悠人、そしてアセリアで敵陣に切 り込む。

酷く単純な、力押しとも言えるこの戦闘方法でさえ、敵を壊滅させるのに時間は掛からなかった。

そんな事を思いながら懐紙で《月蝕》の刀身を拭う。

普段なら必要の無い行動だが、今回ばかりはそうもいかなかった。

刀身を拭った紙には、黒くなり始めている赤い血がベットリと付いている。



リモドアの指揮官は、俺が殺した。

なんて事はない。

いつも通り袈裟懸けに《月蝕》を振り下ろし、指揮官を二つに解体しただけ。

違う事があるとすれば、死体が消えず、返り血も消えたりはしないと言う事ぐらいか。





―――そう、いつも通りの事をしただけ。

だと言うのに、俺は今にも吐きそうなぐらい視界が揺れていた。

理由は分かりきっている。

今日、初めて人間を―――同族を殺したから。



スピリット達だって外見は人と同じだ。

人と同じように生活し、斬られれば苦痛に顔を歪め、首を刎ねられれば死ぬ。

―――だが、死体は残らない。

故に、殺したと言う実感が湧かない。

何故なら死体が、命を奪った結果である『魂の抜けた入れ物』が無いから。

自分が殺人を犯したという、明確な証拠が何一つ残らないから。

死体が残らない、それは自分の犯した罪の象徴が何処にもないと言う事。



その象徴をまざまざと見せ付けられ、俺は初めて自覚した。

俺は……俺たちは、戦争をしているんだと……。



「……全く、呆れるほどに愚鈍だな、俺は」

自嘲の言葉を呟きながら、治療なんかをしている第二詰め所の皆を見た。

副隊長となってから、彼女達の事は大切な仲間だと思っていた。

俺も彼女達も、何一つ変わらないと思っていた。

ところがどうだ?

今日こうして人間を殺し、初めて戦争をしているんだと自覚したんだ。

つまり、心の何処かで『人間』と『スピリット』を区別していたって事じゃないか。

にも拘らず、大切な仲間? 何一つ変わらない?

「―――ハッ、とんだ偽善者だ」

小さく吐き捨てて立ち上がり、皆の所に向かう。

すると、すぐにネリーとシアーが纏わり付いて来た。

無邪気な顔で笑う彼女達。

だが、この子達は今までずっと戦い続け、そしてこれからも“同属殺し”を続けていくのだ。

終わりの見えないこの戦争で、生き抜いていく為に……。

「……強いな、君達は」

「ん? どうしたの、トウマ様?」

「どこか怪我でもしたの?」

ポツリと溢した呟きに、ネリーとシアーが見上げてくる。

心配そうな顔。

俺よりもずっと長い間戦って、殺し続けてきたのに、この子達はこんなにも強く、優しい。

(―――情けないなぁ、俺って)

自分の情けなさと意志の弱さに苦笑し、二人の頭を撫でる。

「なんでもないよ、少し疲れただけだ。……ありがとう、二人とも」










この日、俺は初めて同属を殺し、










「さあ、悠人達と合流しようか」

「は〜い!」

「ああ、ネリー、待ってよ〜」










初めて、戦争をしているのだと、実感した……。



















後書き


第六話でした。

同属殺し―――つまり、生き物が最大の禁忌とするコレを行った事で、ようやく戦争だと、殺し合いだと実感した主人公君。

これでようやく割り切る事が出来るようになった……筈です、きっと、恐らくは。

では、今回はこの辺りで。






おまけ  柊流古武術について


柊流古武術の技は、無手での戦い方である『表拾式』と、刀を使う『裏拾式』に分かれます。

と言っても、相対してから止めを刺すまでの一連の流れを明確に伝えている型は二十個しかありません。

そんな柊流の伝承体系は、大きく分けて次のようになります。


第一灯……歩法や身体の動かし方、体術や剣術の基礎を教える『理』

第二灯……戦術や戦闘理論、策謀といった座学が主体となる『説』

第三灯……『理』と『説』を駆使し、実戦での心理戦や臨機応変な対応を培わせる『練』

第四灯……暗殺、拷問といった裏方の技術を学ぶ『鬼』


この一〜四灯で、柊流に必要な身体能力と知識、思考を身に付けさせる。

その後に第五灯『表裏』―――即ち表拾式と裏拾式を授けられ、これを会得すると皆伝となります。



以上、柊流古武術についての簡単な説明でした。



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