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バーンライトが宣戦布告をしてから、既に一週間。

小競り合いが続いていたが、ついにスピリットを投入した本格的な衝突に発展。

それに従い、俺や悠人達も戦線に送られる事となった。

「……」

何も言わず、黙って服を着る。

黒いハイネックのシャツと、同色のズボン。

そして黒い皮鎧を着込み、その上からエーテルで編まれた紅いロングコートを羽織って準備完了。

なんだか某弓兵を髣髴とさせる格好だが、そこは気にしない。

最後に壁に立て掛けてあった《月蝕》を手に取るが、

「……重いな」

もう一ヶ月以上も振るってきた《月蝕》が、この日だけは、やけに重かった。










永遠のアセリ ア〜Another visitors〜

第五話 禁忌と決意










覚悟はしていたつもりだった。

これは戦争。

これは殺し合い。

ルールなんて無い、安全なんて無い、手加減なんて無い。

殺さなければ殺される、殺される前に殺す、死にたくなければ敵を斬れ。

それが唯一のルールであり生き残る方法。 

分かっていたつもりだった、覚悟していたつもりだった。



でも、所詮“つもり”は“つもり”だったって事だ。



だって、ほら。

「はぁあああああっ!」

剣を掲げて斬り掛かって来る、俺よりもずっと年下の少女が、こんなにも恐ろしく感じるのだから。






ガキィッ、キィィンッ、―――ッィィィイイイン……!


絶え間なく振り下ろされる剣を捌き、防ぎ続ける。

その間に横目で戦況を見ると、ラキオス側が押しているようだ。

「おぉおおおおおっ!」

悠人が叫びながら《求め》を振り下ろし、それがスピリットを脳天から真っ二つにする。

絶命した少女は金色の霧となり、その場に霧散していく。

―――俺も、死んだらああなるのか……?

そう思うと、対峙している少女がより一層恐ろしくなる。

【主、いかんっ!】

脳に響く《月蝕》の言葉に我に返ったが、もう遅かった。

恐怖で身体の動きが鈍ったのか、捌き損ねた少女の剣に押され、体勢が崩れる。

「っ!?」

慌てて重心を下げて立て直すが、その一瞬が仇となった。

目の前では、少女が剣を上段に構えながら鬼気迫る表情で踏み込み、剣を振り下ろした。

「やぁあああああっ!」

掛け声と共に振り下ろされる神剣。

俺の脳天を目指して突き進む剣を見て―――


―――カチリ―――


俺の中で、何かが切り替わった。

それまでの自分が消え、代わりに柊流古武術を叩き込まれた、戦闘者としての自分が表層に浮き上がる。


―――不要情報排除、戦闘に支障をきたす感情を排斥、同時に思考を戦闘用に再構 築。
―――現在の状況、敵攻撃の予想到達時間を算出。
―――最適な行動を選択、行動決定、予想到達時間までに決定した行動は施行可能。
―――彼我の戦力差の計算終了、結果……柊 冬真単体での殲滅が可能。
―――速やかに敵の排除を実行せよ。


頭の中がクリアになり、同時に敵の行動が酷く遅く感じる。

これなら、間に合う。

子供の頃から叩き込まれた動作を思い出し、今の状況に最適な物を選び、それに従って身体を動かす。

正眼から上段へと構えを移し、相手の手の甲を自分の手首から肘まで滑らせる事で剣の軌道を逸らせ、自分は相手の懐へと入る。

「あ……」

気が付けば、自分の眼下に少女の顔があり、恐怖と絶望が入り混じった眼で俺を見ている。

右肘は俺の脇に当たっていて、この状態からでは剣も振れない。

「……」

何も感じない、余計な事は考えない。

ただ敵を排除する事だけを考え、上段に構えた《月蝕》を袈裟懸けに振り下ろす。

鍔元が肩に触れ、反りに従い滑らせた刃が肉を裂き骨を断ち、《月蝕》が少女の脇から抜け、少女だったモノは崩れ落ちた。

赤く生温かいものが顔を染め上げ、神剣が地面に落ちた音と共に少女の遺骸は金色の光と消える。

返り血も既に消えた。

だが、同時に戦闘者としての自分が消え、柊 冬真としての意識が浮上する。

「……あ」

手には斬り殺した感触、耳には少女の断末魔の声。

「……俺が……殺した?」



殺した。


―――殺シタナ?


殺した。


―――オマエガ。


殺した。


―――明確ナ殺意ノ下、事故デハナク故意ニ、己ガ意思デ。


殺した。

……殺してしまった……いや、俺が、自分の意思で……。



―――オマエガ、アノ少女ヲ、ソノ手ニ持ッタ刀デ、自分ノ意思デ、殺シタン ダ!



「―――っ!? うぇっ……!」

人を殺したと自覚した途端、殺人という禁忌を犯したと実感した途端、平衡感覚が無くなり視界がグラグラと揺れる。

胃の中をかき回されたような感覚と共に、胃の中の物が出口を求めて駆け上がって来る。

吐けばいい。

吐いて泣いて剣を捨ててしまえば楽になる。

恥も外聞も無く逃げてしまえば、もうこんな思いをしなくてすむ……っ!?


「はっ―――無様だな……」

自然と口をついて出た嘲笑。

それは今の、吐きそうな自分に対するものじゃない。

一瞬とは言え、逃げるだなんて事を考えてしまった俺に対する侮蔑だ。



なぁ、柊 冬真。

お前は何故ここにいる? お前は何故《月蝕》と契約した?

目の前にいる人を、仲間を護る為だろう?

ならば逃げるな。

吐きそうなら飲み込んで胃の中に送り返せ。

お前は祖父から、柊流古武術師範から、先代裏柊当主から何を教わった?

師範は、お前に何を言っていた?

思い出せ、剣を習った時に言われた言葉を!





守りたい者が出来て、その時に血を被る必要があるのなら、戸惑うな。
人を殺めた事を悔やむのは構わん。だが……護り切れずに悔やむような事が無いようにな……。





「……そうだ。今の俺には、守りたい人がいるんだ。仲間を護る為に、俺は剣を振っているんだ……!」

悠人、アセリア、エスペリア、オルファ、ネリー、シアー、ヘリオン、ヒミカ、ハリオン……。

同じように神剣を持ち、同じように戦っている皆を護る為に、俺は戦っているんだ。

その為なら、躊躇はしない!

仕方ないとは言わないが、戸惑って、逃げて、それで誰かが死ぬよりはよっぽどマシだ!


―――人殺シ。


ああ、そうだ。

俺は紛れもない人殺しだ、それは否定出来ない事実だし否定するつもりも無い。

俺は殺したスピリット達の命を背負う。

その上で前を見る、振り返らないし目も背けない。


―――ナラ、セイゼイ頑張レヤ……。


ああ、お前に、戦闘者としての俺自身に言われるまでもない。

俺は……逃げないっ!





《月蝕》の柄を握り締め、前を見据える。

そこには怒りの形相で俺を見るレッドスピリットの少女が一人。

神剣を掲げて斬り込んでくるが、怒りのせいか動きが鈍い。

真下から掬い上げるような一撃を冷静に見ながら避け、すかさず《月蝕》を振り上げ、一閃。

それは少女の手首を斬り飛ばし、同時に神剣も宙を舞う。

「ぐぅっ!」

苦悶の表情と共に斬られた手首を押さえる少女を一瞥し、後ろ回し蹴りで側頭部を狙う。

だが咄嗟に首を傾けた事で直撃は避けたようだが、初撃はあくまで囮。

かわされた右足の軌道を変え、踵落としのようにして少女の左肩に叩き込む。


ミシッ!


折れはしなかったが、右足首は少女の肩に食い込んだ。

そこを支えとして左足を振り上げ、ほぼ真下から顎を跳ね上げる!

「……っ!」

気付いたようだが、もう遅い。


――柊流表壱式 旋斧――


放たれた一撃は確実に少女の顎を捉え、


ゴキュリッ!


形容し難い音と共に少女は首をへし折られ、絶命した。

足を振り抜いた勢いのまま身体を宙で後転させ、着地と同時に《月蝕》で薙ぎ払う。

それは俺に迫っていたグリーンピリットの足首を斬り裂き、少しだけ体勢が崩れる。

その間に《月蝕》を顔の横に構え、峰に左手を添えて突き出して彼女の首を貫いた。

「かはっ!」

首を貫いてすぐに左手で峰を押し、首を斬り裂く。

血が噴き出すが、すぐに絶命してマナに還る。

その様子を見てから、苦戦気味のシアーの下に駆け出した。










ガキィィイイインッ!


「きゃぅっ!?」

敵レッドスピリットに《孤独》を弾き上げられ、無防備となったシアーの胴に神剣が迫る。

「ひっ……!」

恐怖に眼を閉じたシアーの胴を斬る直前、


ガキィイッ!


何とか間に合い、《月蝕》で敵の刃を受け止める。

「と、トウマ様ぁ……」

「大丈夫だったか?」

「は、はぃい……」

泣きそうなシアーの頭を一撫でして、敵スピリットを思い切り蹴る。

「―――っ、か……はぁっ……!?」

鉄板入り安全靴の先が水月、すなわち鳩尾に突き刺さる。

苦痛に顔を歪め、敵が身体をくの字に折った隙に《月蝕》を構え、肋骨の間を通すようにして脇腹を貫く。

「ぐっ!?」

鍔元近くまで突き立て、更に身体を沈ませながら引き斬って脇腹を裂き、同時に身体を回転させる。

体重移動と円を描くような移動法を使って敵の体側へと入り、遠心力を付加した《月蝕》を思い切り振り抜いた。


――柊流裏参式 旋風――


弧を描くようにして放たれた高速の斬撃は、狙い通りに敵の首を刎ね飛ばす。

噴き出した血が顔を濡らすが、目を背けはしない。

たった今殺した少女が崩れ落ち、マナの霧に還る光景を眼に焼き付ける。

「……汝らの来世に、幸多からん事を……」

口から出たのは、仕事の終わりにいつも送っていた詞。

彼女達スピリットに、そしてこの世界に来世と言う概念があるのかは分からない。

(……それでも)

「トウマ様?」

シアーに服の裾を引かれ、冬真は苦笑しながら頷いた。

見れば、もう戦闘は終わったようだ。

ラキオス側の勝利、戦死者は無し。

何人か負傷したようだが、神剣魔法による治癒で後遺症などの心配も無い。

「トウマ様ー! シアー!」

ネリーがブンブンと手を振っている。

その隣にはヒミカ、ヘリオン、ハリオンといった第二詰め所の皆もいる。

「……行こうか?」

「はいっ!」

笑顔で頷き彼女達の元に駆け出すシアーを見ながら、ふと戦場を振り返った。

死体は無い。

ただ、赤く染まった空に立ち昇る金色のマナだけが、多くのスピリットの少女達が死んだのだと言う事実を伝えている。

掌を見れば、一瞬だが赤く染まって見えた。

「……血に濡れた、もう、後戻りは出来そうにない、な……」

「? トウマ様ー?」

苦笑していると、随分と先に行っていたシアーが訝しそうに振り返る。

「ああ、すまない。今行くよ」

シアーに答えながら歩き出し、もう一度だけ振り返り、立ち昇るマナの光を眼に焼き付けた。


(それでも……この金色の光が彼女達の御魂であり、行く先が来世であるのなら……)






「……どうか、来世は戦の無い世界でありますように……」




















後書き


はい、短めでしたが第五話をお送り致しました。
今回殺人という禁忌を犯した主人公でしたが、如何だったでしょうか。
躊躇すれば自分が死ぬという状況の中で、人を殺めた冬真。
今回の彼は、みっともなかったかもしれません。
でも、一応の決意はしました。
これから先、どう現実と折り合いを付けていくのか。
その辺りを中心に置きつつ話を進めていく予定ですので、どうぞお楽しみに。

それでは。

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