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戦争とは、武力による国家間の闘争である。

だが、忘れるなかれ。

一度戦が始まれば、それは瞬く間に人と人との殺し合いとなる事を……。



幼い頃、祖父から散々聞かされた言葉。

国家間での争いであろうと、実際に戦うのは人同士。

それは何時の時代も、そしてどの世界でも変わらない。

だが―――スピリットと言う名の少女達を戦わせるこの世界の戦争は、他のどんな戦争よりも歪だ。

前に立つ少女達を見て、俺はそれ以外の感想を抱けなかった。










永遠のアセリア〜Another  visitors〜

第四話 平穏な日 々の終わりに










ラキオス王国スピリット隊副隊長に就任してから数日後、俺は第二詰め所の管理人を任される事になった。

エトランジェと言う戦力を一箇所に固めるのはよろしくない、とかいう理由だそうだが、どうせおっさんがなんか言ったんだろう。

姫さんにしても父親であり国王でもあるおっさんの意見は無下に出来ないだろうし……まぁ、仕方ないか。

まぁそんなこんなで第二詰め所へとやって来た俺は、ここの住人達との挨拶から始める事にした。

目の前にいるのは、五人のスピリットの少女達。

青が二人に、赤、緑、黒が一人ずつか。

「はじめまして、ここの管理人を任されている《月蝕》の冬真だ。一応、スピリット隊副隊長も兼任してる、よろしくな?」

少しだけ砕けた感じで挨拶をして、手元の資料を見る…………が、なんて書いてあるかさっぱり分からん。

家柄のせいか神代文字の読み書きも出来る俺ではあるが、流石に異世界の言語までは読めなかったようだ。

「それじゃあ、一人ずつ自己紹介をしてくれ」

とりあえず手元の資料は無かった事にしておこう。

それに、こういうのは本人から直接聞いた方がいいに決まってる、うん、そうに違いない。

そんな俺の思考には気付かなかったのか、各々が頷くとまず青い髪をした二人組が前に出た。

「はじめまして! 《静寂》のネリー=スピリットだよ!」

「は、はじめまして。《孤独》のシアー=ブルースピリットです……」

ふむ、ポニーテールの方がネリーで、おかっぱの方がシアーか。

「よろしくな。……所で、二人は顔立ちがよく似てるが……双子なのか?」

「うん、そうだよ!」

ネリーが元気よく頷く。

……うん、元気なのはいい事だ。

続いて、赤い髪をした少女が前に出る。

「はじめまして、《赤光》のヒミカ=レッドスピリットです。よろしくお願いします」

礼儀正しいのか、それはそれは綺麗なお辞儀をするヒミカ。

「こちらこそ、これからよろしく頼む」

つられて頭を下げると、何やら慌てているようだ。

……何か変だったか?

そんな事を考えている内に、緑色の髪をした少女が前に出た。

「はじめまして〜。《大樹》のハリオン=グリーンスピリットです〜」

なんだかおっとりした感じの子だなぁ。

こう、こっちまで力が抜けると言うか何と言うか……。

「あ、うん。よろしく」

……ちょ、調子が狂うな。

悪い子じゃないんだろうけど……あれか、天然とか言うやつか?

最後に、黒髪をツインテールにした子が前に出た。

「は、はじめまして。し、《失望》のヘリオン=ブラックスピリットですぅ……」

緊張してるのか人見知りが激しいのか、おどおどとした感じで挨拶をするヘリオン。

……なんだか家の妹みたいな子だな。

まぁ、慣れれば収まるだろう。

「あ、あの……?」

「ん? ああ、なんでもないよ。これから、よろしくな」

「は、ははは、はい。よ、よよよよよろしくお願いします!」

……なんだか最初より硬くなってるよ。



まぁ色々あったが、とりあえずはこれで全員の名前と顔は覚えたな。

あとは各自の戦力を把握するべきだが……まぁ、それは明日でいいか。

「それじゃあ、仕事の確認だな。管理人としての仕事は、この館での家事全般から君達の体調管理までと色々ある。
といっても流石に俺一人だとキツイから、役割を分担しようと思うんだけど……この中で料理が出来るのは?」

そう訊ねると、ヒミカとハリオンの年長組が手を挙げる。

「ん……となると、料理はヒミカとハリオンに暫くは任せるよ。俺も出来ない事はないけど、まだこの世界の食材や調味料なんかは覚えていないからね。 それまでは二人にだけ任せる事になるけど……いいかい?」

「はい、構いません」

「私もですよ〜」

「じゃあ頼む。それから洗濯は各自が自分で行うように。あとは掃除だけど、これは各自の部屋は自分で、それ以外は当番制にして、交代で行うようにし ようか」

「は〜い!」

「は〜い」

「わ、分かりましたぁ」

年少三人組が返事をするのを見てからヒミカとハリオンを見ると、二人とも異存は無いらしく頷いている。

「じゃあ後は部屋割りだけど……皆はもう部屋を決めてるんだっけ?」

「はい。トウマ様には、管理人用の部屋が割り当てられていますが……ご案内しますか?」

「ああ、頼む」

「じゃあネリーがする! トウマ様、こっちだよ!」

「あ、ネリーずるいよ〜。私も〜」

ヒミカに答えると、待ってましたと言わんばかりにネリーとシアーの双子姉妹に両腕をとられる。

「ほらほら、早く行こう!」

「行こ〜」

そのまま、俺は二人に引っ張られながら部屋に連れて行かれる。

その小さな手は、剣を握りこれから多くの命を奪う事になるその手は、とても温かかった。










翌日、俺は第二詰め所の全員を連れて訓練場に来ていた。

そこには、既に第一詰め所の皆が揃っている。

「すまない悠人。待たせたか?」

「いや、時間より少し早いよ」

手を上げて挨拶を交わしながら、第二詰め所の皆の方を向く。

「さて、昨日も話したけど、彼がスピリット隊隊長の悠人だ」

「高嶺 悠人だ。よろしく」

悠人が頭を下げると、それを皮切りに自己紹介を始める。

「《赤光》のヒミカ・レッドスピリットです」

「《大樹》のハリオン・グリーンスピリットです〜」

「《静寂》のネリー・ブルースピリットだよ!」

「《孤独》のシアー・ブルースピリットです」

「は、はじめまして! 《失望》のヘリオン・ブラックスピリットです!」

彼女達の挨拶を聞きながら、悠人はコクコクと頷いている。

「名前と顔は覚えたか?」

「ああ、大丈夫だ」

「よし、それじゃあ訓練を始めようか。ここにいるのは俺と悠人を含めて……十人か。二人一組だと丁度いいな」

「組み合わせはどうする?」

「そうだな……。アセリアとハリオン、ヒミカとエスペリア、シアーとオルファ、ネリーとヘリオンって所か。皆はいいかい?」

「はいっ!」(×全員)

「それじゃあ早速始めてくれ」

そう言うと、皆は決めた組み合わせに別れ、早速模擬戦を始める。

時折頷きながら悠人と共にその様子を眺めていたが、そこに一人の女性がやって来た。

「失礼致します。トウマ様はおられますか?」

「冬真は俺だが……君は?」

「申し遅れました。私、レスティーナ様御付きの侍女をしております、ファリンと申します。お見知り置きを」

そう言いながらファリンと名乗った女性は恭しく礼をする。

成る程、確かにエスペリアとよく似たメイド服らしき物を着ているな。

「ああ、こちらこそ。それで、俺に用事でも?」

「はい、姫様が御呼びでございます。付いて来て頂けますでしょうか」

「……分かった。悠人、少し席を外すから、後は任せた」

「ああ。……つっても、ただ眺めてるだけだけどな」

「違いない」

悠人の言葉に苦笑しながら同意し、俺は訓練所を後にした。










ファリンに連れられ城の中を歩き、着いた先は上層階にある一室だった。

控えめなノックの後、ファリンが扉の奥に問い掛ける。

「姫様、トウマ様をお連れ致しました。よろしいでしょうか?」

「構いません。お入りなさい」

「失礼致します。……トウマ様、どうぞ」

姫さんの確認を取った後、ファリンは扉を開いて俺を即す。

それに従って部屋の中に入ると、そこには姫さんともう一人、制服らしき物を着た赤毛の少女がいた。

「こんにちは、トウマ。突然呼び出してしまい、申し訳ありませんでした」

微笑みながら話し掛けて来る姫さんの表情はどこか優しく、雰囲気も謁見の間で会った時より柔らかい。

「いえ、構いません。それで、何か急ぎの用でも?」

「そういう訳ではありませんが……まあ、どうぞ楽にして下さい」

「はあ……」

呼び出した割には随分と気楽そうな姫さんに困惑しながら、とりあえず勧められるままソファーに座る。

ああ……ふかふかして座り心地いいなぁ。

そんな事を考えつつ《月蝕》を傍らに立て掛けていると、すっとファリンが音も無くティーカップをテーブルに並べて行く。

この匂いは……紅茶だろうか。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

ファリンに礼を述べつつ、俺の前に置かれた紅茶らしき飲み物を口に運ぶ。

……うん、やっぱり紅茶だな。

砂糖はデフォルトで入っているのか少し甘いが、まあ気になるほどじゃない。

俺の向かい側では、同じように姫さんと見知らぬ少女が紅茶を飲んでいる。

こういった穏やかな状況は嫌いではないが、そろそろ目的をはっきりさせておくのも大事だろう。

そう考えると、俺はティーカップを置いて姫さんを見据えた。

「……それで、私に何の用が? 茶会を開く為だけに呼んだ訳ではないのでしょう?」

「それはそれで魅力的ですが、今回は違います」

「はあ……。ところで姫様、そちらは……?」

そこで言葉を切って少女の方に目を向けると、姫さんは「ああ……」と頷いた。

「この娘はカオリと言います。カオリ、挨拶を」

「は、はじめまして。高嶺 佳織と言います」

「……高嶺って事は、君が悠人の妹さんか。はじめまして、柊 冬真だ」

テーブル越しに手を伸ばすと、佳織ちゃんはおずおずとだが手を握り返してくれた。

「……用と言うのはこの子の紹介ですか?」

握手を終えて姫さんに向き直ると、苦笑しながら首を振った。

「いえ、それもありますが……貴方とは、一度ちゃんと話をしたかったので」

「話、ですか?」

「ええ。色々と聞きたい事もありますから」

「まあ、私が答えられる事でしたら」

「ありがとうございます。それでは早速ですが、貴方はユートと同じ世界出身なのですよね?」

確認するような響きの問い掛けに内心首を傾げつつ、とりあえず頷く。

「そうですが……何か?」

「いえ。ただ、貴方はユートの知らない術を、神剣魔法以外の術を行使していました。聞けば、カオリもあのような術は知らないと」

成る程、つまり悠人と同じエトランジェにしては、見た事もない術を使える事から俺を怪しく思ったのか。

「そこで聞きたいのですが、ハイペリアにも神剣魔法のような物があるのですか?」

「……ハイペリアというのが俺や悠人のいた世界を指すのであれば、確かにあります。もっとも、一般には知られていませんが」

そう言うと、姫さんは不思議そうな顔で首を傾げる。

ここは神剣魔法が広く一般に知れ渡っている世界だから、違和感があるのだろうな。

「我々のいた世界では、魔法のような物は特定の一族が隠匿しながら受け継ぐ物です。といっても、昔からそうだった訳じゃありません」

「つまり、昔は広く知られていたのですか?」

「ええ。ですが時代が移り変わり、科学の発達によって魔法は次第に衰退し、人々の記憶からも消えて行きました。今となっては、一般の人にとっての魔 法とは、空想や伝説の中にしかない代物となっています」

「そうなのですか、カオリ?」

「は、はい。私も魔法なんかは伝説を題材にした小説なんかでしか知りませんでしたから」

まあそれが普通の人の反応だ。

魔法は空想の産物、実際には存在しないというのが一般人の見解。

だが、過去の英雄について記した伝説の中には、必ずと言っていいほど魔法が登場する。

伝説とは過去の事実を記した物、多少脚色されていようが、それは実際の出来事を基にして書かれた物なのだ。

ならば、魔法を在りもしない空想の産物と片付けてしまうのは早計だろう。

魔法は存在する、ただ、受け継ぐ者がいなくなり、今となっては使える者が殆どいなくなっただけだ。

「では、貴方はその魔法を受け継ぐ一族の者、と言う事ですか?」

「少し違いますね。俺は、と言うより俺の一族は、代々退魔師と呼ばれる職業に就いて来ました」

「退魔師? 魔法とは違うのですか?」

「そうですね……根本的な事は変わらないとは思いますが、魔法がそれこそ戦闘から日々の生活にまで広く使えるのに対して、退魔の技はただ一つ、魔を 退ける事に特化しているんです」

一応簡単な説明をしたが、やはり姫さんは首を傾げたままだ。

「まずは、魔という物について話した方がいいですか」

「……そうですね、お願いします」

「分かりました。無念を残して死んだ人の魂が周囲の負の感情を取り込み、それが一定の量を超えると、魂は人としての形を失い異形の怪物となります。 そうなった魂を、私達は『魔』と呼んでいます」

まあ長い年月を経て人としての形を忘れたモノは妖(あやかし)、その上で理性を無くし実体を得た場合は鬼と呼ぶのだが、それは置いておこう。

「そうした魔に人としての姿を取り戻させ、輪廻の輪を潜る手伝いをするのが、我々退魔師の仕事です」

「成る程……。トウマ、その退魔の技には攻撃用の技もあるのですか?」

「ええ、ありますよ。長い年月を過ごした魔は実体を得て人に危害を加えます。そう言った場合には、力尽くでこの世から消す事になりますので」

「では、貴方もそう言った技が使えるのですか?」

「……いえ、確かに柊にも攻撃用の術は伝わっていますが、俺は使えません」

「? ですが、エスペリアと戦った時には術を使っていたではありませんか」

「柊に伝わる退魔術は、大きく分けて拘束、補助、攻撃の三つです。拘束は前に俺が使ったような相手の動きを封じる術、補助は身体能力の強化等です」

「ふむ」

「そして攻撃とはその名の通り魔に対する攻撃用の術ですが、これを使う為には莫大な霊力、つまり特殊な力が必要になります」

「……つまり、貴方はその霊力が低く、攻撃用の術を使う為の基準値に満たない、という訳ですが?」

「その通りです」

少し考えた後で出した姫さんの答えに頷きながら、その頭の回転速度に内心感嘆する。

異世界の、それも相当特殊な術の仕組みやらなんやらをこうも簡単に理解するとは……この人、ホントにあのおっさんの娘か?

あれだ、『鳶が鷹を産む』の典型的な例だな。

「では、貴方は攻撃用の術は一切使えないと?」

「恥ずかしながら」

そのせいで、宗家と仲の悪い分家の連中には『出来損ない』等と言われ、馬鹿にされたものだ。

……まあ、その連中には半年余りの病院生活をプレゼントしてやったが。

そんな若気の至りに思いを馳せ、姫さんがなにやら考え込んでいると、その隣にいた佳織ちゃんが話し掛けてきた。

「あ、あの……」

「ん? なんだい?」

「……お兄ちゃんは、元気にしてますか?」

不安そうな顔で問い掛ける佳織ちゃんを見て、この兄妹はホントに仲が良いのだと改めて実感した。

悠人は悠人でこの子をいつも心配してるし、この子だってこうして悠人の事を心配している。

「ああ、俺が見ている限りでは元気にしてるよ」

「そうですか……よかった」

俺の言葉にほっとした笑みを浮かべる佳織ちゃんに、俺もなんとなく笑みを浮かべた。





それから半時ほど他愛ない話をしていたが、そろそろ戻った方が良いだろうと思い席を立った。

「レスティーナ姫、私はそろそろ……」

「そうですね。突然の呼び出し、申し訳ありませんでした」

「いえ。中々に有意義な時間でしたよ。……少なくとも、戦の準備で呼び出されるよりは」

「私としてもそのような件では呼びたくは無いのですが……」

言葉を濁す姫さんに、眉を顰める。

「また戦争が?」

「ええ……恐らく、近い内にバーンライトとの本格的な衝突になると思います」

成る程ね。

二人目のエトランジェを手に入れ、強気になったおっさんなら嬉々として開戦するか。

「分かりました。時が来たら、その時は全力を尽くします」

そう言って部屋を出ようとした時、背後から声を掛けられた。

「トウマ」

無言で振り向くと、複雑な表情をした姫さんと、同じような顔をした佳織ちゃんが。

「ユートの事、よろしくお願いします……」

そう言いながら頭を下げる姫さんを見ながら、《月蝕》に語り掛ける。

(どういう意味だ?)

【恐らく、《求め》の支配から助けてやれという意味だろう。《求め》の支配力は強い、戦いの中で気を許せば、瞬く間に契約者を駆り立てよう】

そうか……。

なら、ちゃんと答えておかないとな。

「ご安心を。悠人が自分を見失いかけたら、その時は……如何なる手段を用いてでも正気に戻しますから」

「……安心、していいのですか?」

「お任せを。……それと、佳織ちゃん」

「はい?」

「君も、あんまり心配するな。悠人が三途の川を無賃乗船しようとしたら、その時は首に縄付けてでも引き摺り戻すから。
その後は……そうだな、君のお説教を聞かせにここに連れて来るとしようか」

「あ……。はい、お願いしますね」

その声を聞きながら、俺は部屋を後にする。





バーンライトがラキオスに対して宣戦布告をしたのは、それから僅か一週間後の事だった。


















後書き


という訳で、第四話をお送り致しましたが如何だったでしょうか。
次回からは本格的な戦闘に入ります。
初めて体験する命の奪い合いの中で、冬真は何を考え、何を選ぶのか、
その辺りが焦点となるかと思いますので、温かく見守ってやって下されば幸いです。

それでは、今回はこの辺りで失礼させて頂きます。
感想、指摘等ありましたら、遠慮なく仰って下さい。

ではでは。

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