日常と非日常。

この二つを分けるのは、結局の所自分の主観に他ならない。

Aという人物の日常がBにとっては非日常である事もあれば、その逆も当然あるのだろう。

何を以って日常とし、何を以って非日常とするのか。

それは人によって様々であり、明確な答えなど存在しない。



そして、この俺――柊 冬真がこれから歩む日常も、他から見ればきっと非日常となるのだろう。










永遠のアセリア〜Another  visitors〜

第一話 日常と非 日常










「ありがとうございました〜」

そんな俺の声を背に受けながら、客の一人が自動ドアを潜り店の外に消えていく。

俺がこのコンビニでバイトを始めてから、幾度となく繰り返し、そして見てきた光景だ。

「大学に入ってすぐに始めたから……もう二年か。早いものだな……」

誰に言うでもなく呟きながら、店の奥へと入る。

さっきの客で俺のシフトは終わり、後は簡単な引継ぎをすればいいだけだ。

店員用の控え室に入ると、そこには既に先客がいた。

「ん、悠人か。丁度いい、今の内に引継ぎをしておくか」

「……ども、お疲れです」

言葉少なに返事をしたのは、バイト仲間である高嶺 悠人。

ほぼ毎日のようにここで働いている、勤労意欲の非常に高い少年だ。

なんでも妹さんと二人暮らしで、彼が生活費を稼いでいるとか。

まだ高校生なのに、よくやるものだ。

「働くのはいいけど、あんまり無理はするなよ? 倒れでもしたら元も子もないんだ」

「……はい、分かってますよ」

本当に分かってるのかと思うのだが、まぁ彼の人生だし彼が決意した事だ。

他人である俺がどうこう言っても仕方ない、か……。

「ま、今更か。それじゃあ、頑張ってな」

ひらひらと後ろ手を振りながら、職場を後にする。

この二年間、大学に入ってから今まで変わる事のない、俺の過ごし方。



この時俺は、少なくとも後二年は、この生活が続くのだと思っていた……。











翌日。

俺は実家の祖父からの連絡で、隣町にある一軒の廃屋に来ていた。

薄暗い家の中を歩き、着いた場所は元は和室だったと思われる部屋。

既に腐ってはいるが、一応畳と思わしきものの残骸が残っている。

その入り口に立ちながら、俺はジャケットの内側から数珠を取り出し、さっと横に一振りする。

それと共に、数珠に括り付けられていた鈴が鳴る。


シャラァァアアアアン……!


鈴の音と共に室内の空気が清められ、次第にその中心部にいるモノの姿がはっきりとしてくる。


シャラァアアン、シャランッ、シャランッ、シャランッ……シャンッ!


次第に振る間隔を狭め、最後に刀を振り下ろすように脳天から水月まで腕を振り下ろす。

直後、

『ガァァアアアアアアッ!』

この世の物とは思えない声と共に、異形が現れた。

「……出て来たか」

その異形を見据えながら、懐から数枚の札を取り出す。

「お前の居場所はここではない。大人しく、自分の在るべき場所に戻れ!」

鋭い声で告げたが、相手は聞き入れる様子がない。

むしろ、俺に対する敵意が増大している。

「……くそっ、やっぱり穏便には済まないか」

そこで溜息を一つ吐くと、俺はその異形へと駆け出した。



退魔師、という言葉を聞いた事があるだろうか。

その名の通り、魔を退ける事を生業とする者達。

俺が生まれた柊の家も、代々退魔を生業としてきた一族だった。

無論、俺自身も幼い頃から退魔の訓練を行ってきたが、当主は俺ではなく弟が継いだ。

その理由はただ一つ―――俺が、退魔師としては出来損ないだからだ。



退魔師は自身の霊力を術式にて法力へと変換し、それを以って法術と呼ばれる退魔の技を行使する。

だが俺は生まれつき霊力が弱く、攻撃用の術は全くと言っていいほど使えなかった。

俺が修得出来たのは、補助用の法術と札を使った符術、そして表の技である剣術のみ。

簡単な退魔なら遂行できるが、大掛かりな仕事や儀式では全く役に立たない。

それが、俺が俺自身を『出来損ない』と呼ぶ最大の、そしてたった一つの理由だ。



異形の懐へ潜り込み、その両腕両脚に札を貼り付け即座に離脱。

そして十分な距離を確保してから、両の掌を打ち合わせた。


パァァンッ!


「砕っ!」

それと共に符術が発動し、異形の四肢が半ばから吹き飛んだ。

『ギャァアアアアアァ!?』

耳を劈くような悲鳴を上げながら、四肢を失った異形はその場に倒れた。

その様子に苦いものを感じながら、ゆっくりと異形に近づく。

『……ガ、ギ……ギャ……グァ……』

忌々しそうに、そして幾ばくかの恐怖と共に俺を見る異形の胸に札を押し当てると、俺はゆっくりと手を合わせる。

それと同時に異形の身体が崩れ始め、札を貼った場所から粒子となって消えて行く。

やがて、異形の姿は完全に崩れ、その中から年老いた男性が現れた。

これが、異形の正体。

自縛霊等が周囲を漂う怨念や負の感情を取り込み、人としての形を失った果てに異形の怪物となる。

俺達退魔師がしているのは、そういった霊に再び人としての形を取り戻させ、成仏させるという事。

成仏の手伝い、と言えば聞こえはいいが、結局は死んだ人をもう一度傷付け、殺すだけだ。

(……胸糞悪い……)

自分の行為に顔を顰めながら、老人が完全に消え去るのを見届け、俺は立ち上がった。

「……汝の来世に、幸多からん事を……」

一言だけ囁いてその場を離れようとした、その時。

―――異変は起こった。



「な、なんだ!?」

俺の足元から突然光が出現し、俺の身体をあっという間に飲み込んだのだ。

それと同時に何か引っ張られるような感覚を感じる。

(ヤバイ、逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ……っ!)

第六感、あえて言うなら退魔師としての俺がこの場を逃げろと叫び、早鐘を鳴らす。

その叫びに従い逃げようとしたが、時既に遅し。

強引に引っ張られるような感覚と共に、俺の意識は闇に覆われた。










ピチャン……


「う……」

何か冷たいものが顔に当たる感覚に、俺は目を覚ました。

暗くひんやりとした場所。

身体を起こして周囲を見渡すと、次第に目が慣れてきたのか大まかな風景は察知できた。

「ここは……洞窟か? となると、顔に当たったのは水滴か」

恐らくは雨でも降って、その名残が天井から染み出したのだろう。

そのまま周囲を見渡し、立ち上がろうとした時、


カチャリ……


何かが足に当たり、目を凝らしながら当たった物を掴み上げる。

「……刀?」

俺の言葉通り、それは日本刀だった。

しかも、ご丁寧な事に大刀と脇差の二本セット。

暗いから拵えまでは見えないが、長さは大体把握できる。

大刀が二尺五寸、脇差が一尺七寸。

脇差が少し長めだが、まぁ典型的な日本刀だな。

「しかし、なんでこんな場所に刀が……?」

考えられるとすれば、この洞窟自体がこの刀を御神刀として祀っている祭壇、と言う所だが、ならば床に放置しておく訳がない。

何らかの原因で落ちたにしては、付近に祭壇らしき場所もないし……。

「分からんな」

そう言って首を傾げた時、どこからか声が聞こえた。

【おい……】

どこか威厳を纏った男性の声。

それは聞こえると言うよりは、俺にのみ囁きかけるような声だ。

「誰だ、どこにいる?」

【ここだ……今、お主が持っておるだろう……?】

「持っている……って、この刀か?」

俺が今持っているのはこの日本刀二振りのみ。

ならば、この声の主は自動的にこの刀と言う事になる。

「意思を持つ刀……九十九神か?」

長い年月を経た物に宿る妖怪とされるもの。

何度か祓った事もあったが、

【否。我は《月蝕》……永遠神剣が第四位、《月蝕》と申す……】

この刀――《月蝕》によれば違うそうだ。

確かに、九十九神特有の妖気なんかは感じないな。

しかし……。

「永遠神剣? 一体何の事だ?」

神剣と言うからにはかなり高位の剣なのだろうが……ここまで明確な自我を持つものなのか?

【永遠神剣が何であるかは、我にも分からぬ……。我が何時生まれ、そして何時こうして自我を持ったのか……それは定かではない】

「お前にも分からないものが、俺に分かるはずもない、か……。なら、お前の正体は置いておこう」

【ほう、中々に冷静だな……】

「これでも退魔師の端くれなんでね。今更驚いても仕方ないさ」

大仰に肩を竦めながら、改めて《月蝕》を見た。

拵えは柄糸から金具、鮫皮まで黒一色、全体的な形状は肥後拵えとよく似ている。

「……それで、何故お前は俺の近くにあったんだ?」

偶然、なのかもしれないが、俺の何処かでそれを否定している。

【うむ。率直に言おう……我と契約を交わしてくれぬか?】

「契約……?」

【そうだ。お主を我が主とし、我はお主に力を与える……。我が力は、お主のこれからに必要となるだろう……如何に?】

「……待て、幾つか聞きたい事がある」

【何だ?】

「何故俺と契約を結ぼうとする? そして、何故お前の力が必要となるんだ?」

【……そうであったな。では、簡単に説明しよう……】

そう言うと、《月蝕》は簡単な説明を始めた。



今俺がいるのは、俺が元いた場所ではなく、俗に言う異世界だそうだ。

ここには人間ともう一つ、“スピリット”と呼ばれる女性のみの種族がいるらしい。

彼女達は青、赤、緑、黒の四色に分かれており、永遠神剣と共に生まれて来る。

そして人間達は彼女達を従え、戦争の道具として使い互いに覇を競っているそうだ。

永遠神剣を使えるのはスピリットのみ、それがこの世界の常識だが、稀に例外が現れる。

それが、俺のような異世界から来た者。

これらは“エトランジェ”と呼ばれ、そのエトランジェも永遠神剣を振るう事が出来るそうだ。

その力は絶大で、スピリットを遥かに凌ぐ力を有する。

故に各国の権力者はエトランジェを捕らえ、自分達の駒とする。



【……これが、大まかな説明だ。お主の事を知れば、各国は死に物狂いでお主を捕らえようとするだろう】

「だろうな。そして今の俺では、スピリットには到底敵わず捕獲される。それが嫌なら、お前と契約するしかないか……」

【そうだ。無論、我と契約すればお主の気配は強まり、各国にも知れ渡る。だが我の力ならば、少なくとも追手を払う事は出来よう】

「……俺以外にエトランジェはいるのか?」

【我が察知した限りでは、お主の他に五名だ。内、四名は既に四神剣と契約しておる】

「……四神剣?」

【第四位《求め》、第五位《誓い》、《因果》、《空虚》の四本だ。この契約者は、聖ヨトの血に連なる者には逆らえぬ】

「何らかの術による縛りか……。お前は違うのか?」

【うむ、我に制約は効かぬ。そして強制力もないが、同位である《求め》より力は下だ。……して、如何に?】

その言葉に、俺はしばし考え込んだ。

(エトランジェがいる以上、俺の気配はじきに察知されるだろう。そして内一人は契約した俺よりも強い……なら、逃げるには《月蝕》に慣れておいた方 がいいか……)

「……分かった、契約しよう。だが、何でお前は俺を選んだ?」

【……お主の心に惹かれた。例え人ならざる者であっても、他者を思いやるお主の、な……】

「……そうか。そこまで言われたらもう断れないな。それで、契約の方法は?」

【……すまぬな。契約だが、我を一本ずつ持ち、頭上で交差させよ】

「こうか?」

言う通りに頭上に掲げ、それぞれの鞘をすり合わせる。

【うむ、それでよい。では……汝、我と契約を望む者よ。我は《月蝕》。汝我が力を欲するならば、汝が名を告げよ】

「……我が名は柊 冬真。《月蝕》との契約を望む者也……」

【なれば冬真よ。汝は我が力に何を望む? 我が力を如何に振るう? ……さぁ、答えよ!】

「……俺は、俺自身を守る為、そして目の前にいる人を護る為に力を望む。俺がお前を振るうのは破壊の為じゃない……護る為だ!」

【その言葉に偽りはないか?】

「無論。違えし時は、我が命を以ってお前を偽った事を償おう……」

【……よかろう! この時を以って汝を我が主とする! 我は永遠神剣第四位《月蝕》、闇を司りし神剣也!】

その言葉と共に《月蝕》が闇色の光を放ち、それと同時に自分の感覚が研ぎ澄まされる。

(これが、契約なのか……? 全身に力が漲る。確かに、飲まれても可笑しくない力だ……)

【……主(あるじ)よ、どうだ、気分は】

(……《月蝕》か?)

【うむ。契約は成功のようだな】

脳に直接響く声。

念話の要領で話すと、《月蝕》の声が返ってくる。

(ああ、身体に力が漲っている。確かに、これじゃあ人間では太刀打ち出来ないな)

【然り。故に人間はエトランジェやスピリットを“異物”として扱う……愚かな事よ】

(それが人間だよ。理解出来ないもの、恐れの対象となるものは隔離、排除する。……俺とてその尖兵だったからな)

【主、そう己を責めるものではない】

(……ああ、そうだな。それで、ここはどの辺りなんだ?)

【ラキオス領の近くだな。ラキオスは聖ヨトの血族が治める国。ここには《求め》の契約者がおる】

(そうか……なら、暫くはこの場に留まってお前の力の制御をする。それが済み次第、ラキオスに行くとしよう)

【いいのか? 行けば間違いなく主は捕らえられるぞ?】

(無論、大人しく従うつもりはない。だが、生憎と俺には路銀がなくてな。これでは宿を取る事も出来ん)

【ふむ、つまりは路銀を稼ぐまで、ラキオスで傭兵のような事を続ける、と……?】

(ああ。お前は闇を司るんだろう? いざとなったら、闇に紛れて逃げ出すさ)

【まぁよかろう。主よ、くれぐれも無茶はするでないぞ?】

(分かってるよ)

案外心配性らしい《月蝕》に苦笑しながら答え、俺は洞窟を出た。

光が差し込まない事から予想はしていたが、やはり夜だったらしい。

「……星空も月も変わらないのに、ここは異世界なんだよな……」

一人呟きながら、満天の星空を見上げる。





こうして俺の日常は終わりを告げ、今までの非日常、そして、新たな日常へと俺は歩き出した。










後書き


こんにちは、あちらこちらでSSを投下している駄作家、トシと申します。
今回『永遠のアセリア』二次創作を執筆、投稿した訳ですが……こんな稚拙なSSですいません。
それでも、僅かでも楽しく読んでいただけたのなら本望です。

さて、このSSはオリジナルキャラが主人公となっています。
しかも他のエトランジェとの接点は殆どなし、せいぜい悠人と顔見知りな程度です。
微妙に扱いにくい主人公視点で綴られる、もう一つの物語。
そんな主人公と相棒たる神剣の設定は、以下のようになっております。





主人公

柊 冬真(ひいらぎ とうま)

年齢:20
身長:182cm
体重:67kg

代々退魔術を伝える柊家の長男。
だが本人は攻撃用の術が使えない為、当主の座は弟が継いでいる。
そんな冬真だが、表向きの伝承技である『柊流古武術』は皆伝の腕前。
中でも剣術を得意とし、それだけなら歴代有数らしい。


永遠神剣第四位 《月蝕》

日本刀型の神剣であり、大刀と脇差の二本一組となっている。
その名が示すように、闇を司る神剣。
基本的な能力に闇との同化と気配遮断があり、併用する事で完全な隠密行動を可能とする。
一応第四位ではあるが、その力は同位である《求め》には劣るらしい。





とまぁ、こんな感じですね。
投稿速度は月に一本がいい所でしょうが、どうぞ最後までお付き合い下さい。
それでは、また次回にお会いしましょう。