失われていく鼓動、流れ逝く鮮紅
震える身体
見ている事しか出来なかった自分
怯えているだけの自分
絶望はあの時に十分に味わった
だから・・・
追憶が刻む協騒曲 「龍の叫びが響く空 後」
かなりの時間を必要としたが
何とか事情が呑み込めた
この娘・・・ルーシュというらしい・・・はダーツィから逃げてきたらしい
この前の戦闘の混乱に乗じて
帝国の偉い訓練師に・・おそらくはあの変態に・・差し出されるのが嫌で
他にも逃げようとした者はいたが
皆、捕まるか殺されてしまった・・・・・と
それを話しきると疲れたのか
再び、眠ってしまった
安心した顔で、人の膝の上で
何故にわざわざ?
「はぁ・・・・」
『どうするんですか? この娘。・・・・随分懐かれたみたいですが』
棘のある声が響く
何故だろう【無為】が怖い
妙に平淡な声で訊いて来る。
とりあえず視線を上げて
「さあ?・・どうしたものかね。・・・・・・なぁ? そこのあんた」
『へ?』
「どうしたもん・・・・っかな?」
前後挙動無しで
服の内からダガーを投げつける
投
放たれた刃は木陰に突き刺さる
琴
澄んだ音が響き
刃が弾かれ地に堕ちた・・・
やはり誰か居る・・
「おい!! 起きろ」
「・・ふえ?」
膝の上で寝てるスピリットをたたき起こし
即座に立ち上がる
「いきなりですね。全く」
落ち着いた声と共にスピリットを数人従えた男が現れた
あの変態かと思ったが違ったようだ
フードで顔が隠れているが背格好が違う
「・・・・ひっ!!」
ルーシュが服の裾を掴み俺の背後に隠れる
どうやらあれが追っ手らしい
「盗み見なんて趣味が悪いんじゃないか?」
「それは失礼。貴方は・・・イースペリアのエトランジェ殿ですか。彼から話は聞いていますよ?」
「なら、さっさと失せてくれるかな?・・・しばらくはその紋章を見たくないのでね」
「いえ、名も名乗らず逃げ帰ったとあれば皇帝に叱られてしまいますからね」
芝居がかった動きでフードを上げる
現れたのは錆びた褐色の髪
(・・・永・・も生きてみ・・もので・・すね・・・)
(っ、・・・なんだ?)
「バリアス・アウリートと申します。帝国で神剣の研究と部隊の運用を任されております。以後お見知りおきを」
一瞬の自失の後、相手の名乗りが鼓膜を揺らす
涼しげに響く声、その外見も感嘆に値するほど整っていた
敵でなければ
「そうか・・バリアスか、気が向いたら覚えておこう」
『マスター、敵数6・・いえ7。そんな・・ここに来るまで気づかないなんて』
(ちっ、感覚まで鈍ってるのかね?)
どうやら結構な数がいるらしい。今の状態で何処までやれるか?
とりあえず・・
「行け!! ルーシュ!!」
自失している少女に発破を掛け送り出す
半瞬遅れて走り出す少女・・
追撃を阻む位置に立ち敵と相対する
対する相手は・・・
「優しいのですね。敵の為に命を掛けるのですか?」
「・・・・・」
「・・・ふふ、敵対者には語る言葉も無い・・・ですか。・・・・・いいでしょう」
奴が手を上げると同時に6人のスピリット・・姿の見えない7人目以外が俺を囲む
敵は皆、黒いハイロゥを纏い無感情な瞳でこちらを見据えている
「ふふふ、そんな身体でお仲間が来るまで耐えられますか?」
街から此処まではそれなりには遠い・・・あまり期待は出来ないだろう・・
そんな思考を他所に嗤いながらその手は振り下ろされた・・・
・
撃
「くっ」
舞うように剣戟が襲い掛かる
速度の乗った一撃を受け止めた
「・・っ」
蹴
そのまま相手を蹴り
前へと押し出す
次の瞬間・・
閃
体があった空間を刃が抜けていく
息を着く暇さえ無く
次のスピリットが前から・・・・・
爆
「がぁっ!!」
背後で焔弾が咲いた
衝撃と熱が背中を焼いてゆく
目の前には・・
刃が
「っ!!」
撃
「う・・くっ」
辛うじて追撃は受け止めた
焼け付く痛みを捻じ伏せ相手を押し切る
刀を止められた黒スピリットは漆黒の翼で空を撃ち後ろへと下がっていく
「・・・ぜぇ・・ぜぇ・・・くそっ・・・が・・・」
“ 《存在強化》 Lv2 残り・・・・”
頭を振りメッセージをかき消す
無様にも肩で息をする
(くそっ・・力が入らない)
全身いたる所に傷ができ留まること無く身体を紅く染めていく
身体は重く、気を抜けば崩れ落ちてしまいそうだ
回復しきっていない身体は思うように動かず
帝国の紋様を持つ妖精・・それを束ねるあの男に完全に遊ばれている
止めを刺すこと事など造作もないだろうに
「ふふふ、存外しぶといですね? 流石はエトランジェと言った所でしょうか」
「っ、・・・ざけ・・・やがって」
ひどく楽しげに男、バリアスが笑う
屈辱と怒りで意識が焼ける
『マスター、危険です。早く逃げてください。このままでは・・』
「・・うるさい」
『あの子も敵なんですよ? こんな事をしても・・・』
(っ・・・だからって放っておけないんだよ・・)
「“フレイムシャワー”」
劫
「・・っ!!」
目の前に炎の雨が降り注いだ
「っち!!」
『駄目です!! マスター!!!』
灼ける体に鞭を打ち炎弾の雨を駆け抜ける
地を蹴り、炎を弾き飛ばし
相手に一撃を・・・
「・・・インパルスブロウ」
「っ!!!」
撃
「っつ・・・く」
フレイムシャワーを抜けた先には
待ち受ける様に青スピリットの一撃が待っていた
受けきれずにまともに地面に叩きつけられる
“ 《存在強化》強制終了 ”
あまりの衝撃に一瞬意識が飛んだ
同時に加護の力も消えてしまう
「・・・・っは・・・・・かふっ・・」
「おっと、危ない危ない。まだ立ち向かう余裕があるのですね・・・・・ですが」
嘲笑うように声が鼓膜を揺らす
無理を続けた身体は首を動かすことさえ困難になっている
「ですが・・・此処までようですね。ふむ、なかなか善戦でしたよ?」
そして・・・奴の背後には
外套を纏う妖精・・・姿の無かった7人目に掴まりぐったりと倒れるルーシュが・・
「っ!! しまっ・・」
「そろそろ幕としましょうか? あの娘も飽きたようですから」
何も考えずに前へと飛び出す
奴の横を瞬時に駆け抜けあの子の所に
『駄目です!! 冷静に・・マスター!!!』
もう、失いたくなど無い
目の前で・・・誰かを
斬
その身を外套で包んだ妖精が容赦なく俺を斬り捨てた・・・
・
アカに染まった世界
いつか観たアクム・・・
消えてしまう少女・・
無表情に並ぶニンギョウ。俺の前でワラッテいる・・・・・・
「・・・ほう、よかった。まだ息があるのですか」
目の前のカオが楽しげにユガム
玩具を手にはしゃぐコドモのように・・・
「あの程度で終わってもらっては面白味に欠けますからね」
歪んでいく視界
途切れていく意識
冷えていく身体
蹴
「・・・っか」
「人の話は最後まで聞きましょう。何、これで終わりです」
胸を踏みつける靴
もう痛みは感じない
ただ熱が流れて冷えていく
「では・・・・蒼夜君、今よりももっと強く。強くなって下さい」
・・な・・・・に?・・・・・
男は遥か高みから俺を見下ろしている
「今の貴方には壊す価値さえない」
オレを見下ろし嗤っている・・・
・・・ふざ・・・け・・・・るな・・・・・
「話はこれだけです。また会えることを心待ちにしていますよ」
・・・・ま・・・て・・・
「永遠に等しい時を待ったのです。次はもっと愉しませて下さい」
連れて行かれてしまう・・
また・・護れない
また・・何もできない
腕は重く持ち上げる事さえままならない
永遠を・・・・
悠然と去っていく姿を見ているしか出来ない
待ってみるものですねぇ
俺は・・・オレは・・・・・・
「―――――――――――――!!!!!」
叫ぶ声は音にならず
誰の耳を震わせることも無い
『マスター・・・どうして・・・』
敗北を刻まれた心は闇に呑まれて消えていった
ただその身に消えない傷を増やして・・
・
同刻
ラキオス西方にてサードガラハムの門番が堕ちた
扉は開け放たれ
戦乱の狼煙が上がる
北方より世界を燃やす戦火の狼煙が・・・
運命はとうとう巡り始める
時は残酷に、そして平等に廻り続ける
狂いもがく歯車たちを巻き込んで
今は、まだその先を誰も知らない・・・・