あれから、更に二日経ち

俺はようやくベットから出る事を許された

何処へ行くにもいちいち監視は付いてるが

それなりに自由に過ごしている

最初に訪れた街で俺は

・・・多分

多分、束の間になる平穏を過ごしていた

追憶が刻む協騒曲　　　「龍の叫びが響く空　前」

ガヤガヤ

前線の街という割にはあまりにも呑気な空気が流れる午前中

俺は何をするでもなくランサの街を散策していた

昼前の空気は暖かく

ヘリヤの道から吹く乾いた風が

髪揺らして散っていく

とても三日前に戦いがあったとは思えなかった

（まぁ、所詮は他人事ってことか・・）

『ですかねー？』

「・・・・・・・・・・・」

やはり彼らからすれば実感が無いのだろう

刃を向けられる事が無いのだから

「・・・・・で、いつまでついて来る気だ？」

「・・・・・・」

振り向き視線を下に向けて問う

半眼の先には

何を考えているかよくわからない無表情があった

首を傾げてこちらを見上げている

「チェルシー、キョトンとした顔で見上げてないで何か言ってくれないか」

「・・・・・ナニカ」

ぼそっと一言

空気が一瞬固まる

この子は

喧嘩売ってるんだろうか？

拳に自然と力が入る

『痛いイタイ痛いいたい痛い～！！！』

（すまん・・・）

拳を緩める

気付くと【無為】の鞘がミシミシいっていた

（というか・・痛覚あるのか？）

『気分の問題です。ヒビ入ったりしたら怖いじゃないですか』

（・・・・・そか）

気を取り直して

「理由を言ってくれ。着いてくる理由を」

脱力気味に問いを放つ

まともな回答を期待していないが

「・・・・キファとルティアとアリアが見てろって」

・・・・・・成程、分かり易い

あいつらも余計なことを。そんなに信用ないか

「あと・・・心配だから？」

ぼそっと

視線を逸らしながら付け加えてくださる

（・・・・・・・・・）

『・・・・・・・・・』

あれは・・・・・照れているんだろうか

無表情のままだが

非常にわかりづらい

というか・・何故に疑問系？

まぁ、いいや。どうでも・・

多分深い意味は無いだろう・・・・・多分

それまでの思考を断ち切って

「チェルシー、菓子を買ってやろう。だから・・」

「・・・一緒に遊ぼう？」

「違う・・」

やめてくれ。そういう勘違いされそうな発言は。

俺には断じてその気は無い・・・・・無い！！

なんでそんな発想するんだか

「・・・残念」

変らない無表情でこの子は言う

・・本当に何を考えてるかわからない

『・・・・抱かないんで（へし折るぞ？・・・【無為】）

ふざけたことを抜かすポンコツを最後まで言わせず握り締める

オーラを纏わせて・・

今度は本気で・・・・・

ミシミシミシミシミシミシミシミシ・・・・

『ゴメンナサイご免なさいごめんなさいぃ～・・・』

本気で泣きが入ったあたりで止めた

『あうぅ～・・・・冗談なのに～』

（・・・笑えない、却下だ）

チェルシーに向き直る

突然黙り込んだ俺のことも気にせず

相変らずに佇んでいた

きっちり服の端を掴んで・・・

逃がしてはくれないようだ

「・・・とりあえずお茶でも飲みにいこうか？」

「・・・ん」

その後、なけなしの支給金から

お菓子を各種をおごる羽目になった

無論、口止め料で

案外ちゃっかりしてやがる・・・

しかも・・・大食いと来た・・・・

これで何とか監視は巻けた

財布が随分軽くなったが・・・・・

一人で街を歩いて行く

この街のはずれに向かい。喧騒に背を向けて・・・・

・

「ふっ、無明！！」

閃

虚空を漆黒が駆け抜ける

納刀

そのまま

蹴

前の空間を蹴り飛ばす

オーラを纏う烈蹴が大気を引き裂く

「弐式　哭牙」

斬

蹴り足が地に着くと同時に

一閃

蒼銀の刃が走り抜けた

ガサッ

射線上にあった木が揺れる

漆黒の刃を収め

呼気を整える

静かに演武は終わりを告げた

・

「ふぅ、・・・・本調子には程遠いか・・・」

揺れただけで木は倒せなかった

切り裂く前に哭牙は構成を崩し霧散してしまったようだ

あまりの酷さに溜息しか出ない

これは・・もう一度

『マスター！！・・・これくらいにして下さい。』

叱られた。ちょっと意外だ・・・

『一日三分程度に抑えてください。本来ならまだ安静に・・・・』

「はいはい、わかってるよ」

『・・・本当にわかってますか？』

長くなりそうなので早めに断ち切る

何のために監視を振り切りこんな所でこっそりやってると思っているのか・・・

「最後に一撃だけ・・」

柄に手をかける

風に揺れる樹を前に自分の内に沈み込む・・・・

風が止み、音が止む・・・

その場に落ちる静寂

刹那

刃が音も無く

鞘に納められた・・・・

『いったーーーーい！！』

「つぅ！！！」

同時に二人でもがき苦しむ

樹は相変わらず風に揺れている

まだ出来なかったらしい

「っつう、ちと無謀だったか・・」

右の手首を抑えながら漏らす

目には涙が浮いてる

相当痛い、というか良く折れなかったな・・・骨

『・・・・・・ま・・・・ず・・・・だ～・・・・』

低くけれど聞き逃しようの無い声が虚ろに響いた

なんだろうこの威圧感は？

「・・・・【無為】？」

『折る気ですか！！！　馬鹿マスター！！！！』

キーーーーーーーーーーーーーン

大声と共に凄まじい頭痛が頭に走る

・・・・これが強制力というものだろうか？

「ぐ・・わるかったよ・・・・ほんとに・・・」

非は感じていたので素直に謝る

『むぅ～、全く』

不満そうな声を上げるが

それ以上は無いようだ

倒せなかった木の根元に足を投げ出して座る

乾いた風が汗をさらっていく

『大丈夫ですか？　マスター？』

「ああ、疲れただけだ・・・」

気のない返事を返す

まだ疼痛の残る頭を振る

南方にある土地の為か体温はなかなか下がらない

木陰に入り目を閉じる

『何をしたかったんです？・・さっきは』

頭のうちに声が響く

どこか気を使うように優しく

（あぁ・・・斬鉄・・・そう呼ばれてる技を再現してみたくてな）

先刻の醜態を思い出し苦い笑みが口元に浮かぶ

鈍痛を放つ右手を見ながら

「はぁ～、まだ出来ないか・・・」

五体を投げ出し樹に身を預ける

そのままガラでもなく思考へと沈み込んだ

何故、生きているのか？

槍は確かに俺を撃ち抜いたはずなのに

左手・・・そこに在る痣を見つめながらそんな事を考えてしまう

気付くとその大きさは手の甲をほとんど覆い掌を侵食するに至っていた

痛みも何もない、ただ言いようの無い違和感を放つそれが

考えを暗いほうへと運んでいく

『・・・すたー・・・』

柄でもない事を永遠と・・・・

ただ無為に・・

『マスター！！』

「・・ああ？」

「動くな！！！」

剣の切っ先が首筋に突きつけられた

何か既視感が・・・・・・

「う、動くな！！」

視線を上げる

先に居たのは青スピリット

格好から見てダーツィ公国の者だろうか

震える切っ先を必死にこちらに向けている

神剣に呑まれてはいないらしい

その顔には分かりやすい程に怯えが浮かんでいる

（言えよな～。【無為】）

『・・・・・・・・何度も何度も何度も警告しましたが？』

微妙に震えた声で返された

おお、怒ってらっしゃる

黙り込み

そして・・・・

『うぅ、そうですよね・・・わたしみたいな役立たずなんて無視して当たり前なんですよね～・・・・しくしくしくしくしく』

・・・・・・いじけやがったよ

湿気の多い声が頭に響き続ける

しくしくしくしくと

正直、ウザイ

（・・・・・・悪かったよ【無為】。頼りにしてるんだ、そんな事を言わないでくれ）

『ひっく、ほんとうですかぁ～？』

優しそうに囁く、と言っても念話だが

（ああ、期待してる。おまえには頑張って欲しいんだ）

『ま、マスタ～・・・。・・・・はい！！　頑張ります♪』

本当に単純ですこと

ある意味では美点になるんだろうが・・・・

・

「おい！！　おまえ！！！！　聞いているのか！！！」

「ああ、・・・・忘れてた」

目の前で青スピリットが叫ぶ

剣を突きつけたままこちらを睨んでいる

完全に無視されてご立腹の様子だ

この状況で暴れられると切っ先が刺さりそうで非常に危ない

どうも自分で何とかしないといけないらしい

面倒くさい事この上ないが・・・・・・しょうがないか

他に誰も居ないし

（【無為】、Ｌｖ２でいい）

『はい♪《存在強化(リミテッド・ブレイク)》Ｌｖ２起動　　制限時間　２０秒』

発動と同時に相手の神剣を掴む

マナを纏わせて手を防護し

軽く引っ張る

刃は俺の胸に向かい勢いよく飛び出す

「あ！！　えっ！！！」

突然の行動に焦ったスピリットが神剣を手前に引く

それに合わせ今度は力を抜く

「え！！！　あ、あう！！！」

突然、抵抗が無くなった事で

スピリットの身体が勢いよく後ろに流れる

「わ！！！　あ・・うっ」

相手が倒れないように踏ん張ったところで

ベクトルを変えて引っ張る

「ひゃっ！！！」

「・・・・はい、一丁上がり」

青スピリットが自分の突っ張る力で

ゴンッ

頭上で木に激突した・・・・顔面から

『カウント０　終了します』

「きゅう・・・」

座ったまま倒れてくるスピリットを受け止める

神剣はとりあえず脇に置いておいた、持たせると非常に危なっかしいので

突然の闖入者に目を向ける

何故にこんな新米スピリットがこんなところにいるのか？

偵察と言う感じではなかったが

考えながら、格好を見る

服は所々煤けていたりで妙にぼろぼろだ

まるでどこかから逃げてきたみたいに・・・・

さて、・・・・・・どうしたもんか？

・

「ん、・・・うう。ふえ？」

やっと目を覚ました

時間はもう昼過ぎあたり

疲れていたのか本当に良く眠っていた

人の膝の上で・・・

お陰で大分足が痺れている

「・・・よお、元気そうで何よりだ・・」

「！！！」

すぐ起き上がり飛び退く

神剣を抜こうと・・・・

抜こうと・・

腰に手を当てたまま硬直している

「な、ない・・「これをご所望かな？」

抜き身のままの神剣を放る

ひょいっと

「きゃあ！！　な、何をする！！」

「・・・・取れるように投げたんだがな」

慌て振りに苦笑する

今の慌て振りといい、さっきの醜態といい

本当に戦闘慣れはしてないようだ

今も無理しているのがよくわかる

「・・で？　ダーツィのスピリットが何の用だ？」

「え？・・・あう」

威圧感を篭めたこちらの質問に固まるスピリット

剣を構えるのも忘れて混乱している

「その様子だと。任務って感じでは無さそうだが」

「・・・う」

だんだん静かになってきた

目に涙が浮いてるのは気のせいでは無いだろう

多分後一押しくらいで泣き出すんだろう

「・・・悪いようにはしないから話してくれないか？」

出来る限りで優しく見えるように語り掛ける

らしくない優しげな口調で

「・・・・え？」

「・・・な？　頼む。聞かせてくれ」

「・・・あ、・・・・・・・・・・・・・ひっく・・・」

青スピリットの顔が崩れる

そして

要領を得ないがポツポツと事情を話し出した

（・・・・・・・・・・何か最近こんな事ばっかやってるよな？・・俺）

『・・・女誑し、ロリコン、変態、好色魔』

何故かひどい言われようだ

怖いので反論できないが

何かそのうちそのうち誰かに刺されそうな気がする・・