振
空気を割る音が耳朶打つよりも早く
刃が目の前を駆け抜ける
振りぬかれた一閃
油断なく見据えた先には
追撃を放とうと迫る蒼い髪の妖精・・
追憶が刻む協騒曲 「この世界を識る為に」
撃
勢いのある一撃を模擬刀で弾く
いくら刃が引かれていないとはいえ
あんな速度で叩き込まれては堪ったものではない
畳み掛けられる前に一撃を受けた勢いでそのまま後退する
「ちょっと!! 防御してばっかじゃボクの訓練になんないでしょ!!」
勝手なことを言ってくれる
人を無理やりに訓練所に引き込んだ張本人、ルティアが悪びれもせず文句を言ってくる
「ちゃんと本気でやってよ。こんなものじゃないんでしょ!?」
同じ隊だからと無理矢理に付き合わせておいて文句の多いことだ
こっちは慣れない環境に冷徹女の小言で頭が痛いのに・・・
「訓練中に・・・・ボサっとしない!!」
撃
引き絞られた一撃が防御ごと身体を吹き飛ばす
模擬刀から響く衝撃が腕へと伝わり思わず顔が歪んだ
「っ・・・。馬鹿力」
「へっへーん、ボケ~っとしてるからだよ♪」
顔を顰めながら手を振る俺にしてやったりとばかりに声が掛かる
流石に頭に来るものがある・・・
「・・・・・いいだろう」
「・・ん?」
「望みどおりしっかりと戦ってやるよ・・・」
「・・・え?・・・・・・・っ!?」
閃
瞬きよりも速く、疾駆する一閃が空間を薙ぐ
通り過ぎた後には幾筋か蒼い髪の毛が舞う
更にそれを斬り裂くように・・・
撃
「っっ!!」
振るわれた連閃が鋼とぶつかり火花を散らす
・
「むぅ~、もう一回。もう一回だよ!!」
「・・・・懲りないね、あんた」
模擬戦は俺の勝ちで幕を閉じた
納得がいかないと文句を言うアホを黙らせるのに
後、二勝ほど必要だったが
「うぅ・・・なんでぇ~。何で蒼くんに勝てないの~」
「・・・・攻撃が単調すぎだ。馬鹿の一つ覚えじゃないんだから、ちっとは考えろ」
「むぅ・・・」
「ふぅ・・・・・・せっかくいい動きが出来るんだ。それ直せば今よりも強くなるだろうよ」
そういい残して訓練場を後にした
壁に立て掛けておいた【無為】を手にとって
・
『マスター、大丈夫です~?』
「・・・んー?・・大丈夫だ・・」
着替えの服を持って部屋から出る
廊下に出て風呂場へと向かう。
思ったよりも汗をかいたらしく蒸れた服が少し気持ち悪い
廊下を抜け更衣室に入る
「・・・・・へ?」
どうやら先客が居たようだ
「・・・・・・・・・・・」
時が凍りつく
更衣室には・・・おそらく風呂上りのルティアがいた
あの後すぐに風呂に入ったのだろう湯気が上がる肢体を晒している
メリハリに欠ける身体にタオルだけを巻いて・・・・・
(せんたくいた?・・・・)
これで完璧に目が覚めた
(・・・・まずいよな。非常に・・)
ルティアは状況が掴めないのか、まだ呆然としている
「・・え?「すまん。手違いだ」・・あ」
とりあえず速攻でこの場から離脱する
全力で・・・
直後
「マテーーーーー!!! 誰が洗濯板だーーー!!」
風呂場から神剣を携えた青い鬼がそのままの格好で飛び出してきた
「口に出してないぞ!! って、・・・なんで神剣持ってんだ!!」
神剣は・・抜き身だ!!
振
下げた頭のスレスレの所を剣が振り抜かれて行く
髪が何筋か斬られて飛んでいった
(つ、本気で殺す気か? あれ)
さっきより何倍も鋭くなった一撃を辛うじてかわす
ルティアと目が合った
怒気ではなく殺意を宿す瞳に背筋が寒くなる
・・・真剣に命の危険を感じた
【無為】は・・・・無い。部屋に置いてきた
(・・ヤバイ)
青い鬼が追いすがる
背後でルティアがもう一度振りかぶる
(まずっ・・)
全力で廊下を走り抜ける
「ルティア待て、落ち着け!!・・・・と言うか服着て来い!!」
「問答無用!! 痴漢滅殺―!!」
ドガス
振るわれる一撃は空を切り裂き、床に大きな穴が開けた
それでもルティアに諦める様子は無い
朝っぱらから館中を追い掛け回される羽目になった
・
「はぁー、なんで俺がこんな目に」
青い鬼もとい、ルティアの猛追から逃げ切り居間で一息つく
とりあえず汗も流し終わって、朝飯を待つ
訓練後の全力疾走はかなり応えた
ルティアの方は
「全く貴方はどうしてそう、恥じらいとか、お淑やかと言う言葉を知らないの!!」
「ご、ごめんなさい~」
さっきからキファの説教を喰らっている最中のようだ
おお、怖い
「うぅ、何でボクだけぇ」
だいぶ泣きが入っているが被害者としてはいまいち同情できない
よく冷えた水を飲みながら傍観していると
「ソウヤ様、貴方もです。他人事じゃないんですが?」
ちっ、こっちに矛先が向いた
「そうだ、そうだ、蒼くんが覗いたのが悪い!」
味方を得てルティアが復活する
反省はしてないようだ
(仕方ないか、こちらにも非が有るしな)
ここで反発してもしょうがない
大人な対応を心掛けるとしよう・・・多分無駄だが
「悪かったよ。入ってるかどうか解らなかったんだ」
「・・・・表記してあるはずですが?」
即、半眼で二人に睨まれた
言い訳にしか聞こえてないようだ
そんなもの無かったと思うんだが・・・
「そんなの何処にあったんだ?」
「これだよ、ちゃんと〈ルティア入浴中〉ってあるでしょ」
と、記号にしか見えないモノが書かれた板を突き出す
何処に持ってたんだろう?
疑問は置いておいて板を覗き込む
・・・・・・・・・わからない
変な記号が並んでいるようにしか見えない
「・・・・・・これは・・・文字・・・なのか?」
「読めないんですか?」「読めないの?」
意外そうに何故か嬉しそうに訊いてくる
「・・・・・・・く」
微妙に屈辱・・・
「読めないんですね?」「読めないんだぁ」
「ぐ・ぅ・・・」
二人がそれぞれ呆れ、馬鹿にしたような眼でみてくる
何故だろうか・・・すごい敗北感
「・・・・・ごはん」
「朝ごはんできましたよ、・・・ってどうしたんですか?」
敗北感に打ちのめされた所で台所からアリアとチェルシーが出てきた
沈んでいる俺にアリアが困惑している
「・・・・・・・・・・・・ごはん」
チェルシーは相変わらず何を考えているか分からない
とりあえず朝食の席に着いてさっきの続きが始まった
・
「聖ヨト語が読めない、ですか?」
「ああ、俺が喋れるのは神剣の加護による物らしいからな。文字まではカバーしてないらしい」
足元にある神剣を睨みつけながら状況を説明する
『わ、わたしの所為ですか?』
(・・・・・・)
『何とか言って下さい~』
ポンコツは無視して
『うぅー』
はぁ、とこれ見よがしに溜息をつくキファ、いや冷血女
「でもそれだと困りますね。ソウヤ様には目を通してもらわないといけない書類があるのですが」
困りますねと冷たい目でこちらを見る冷血女
相変わらずムカつく
「だったらおまえが教えてくれればいいだろう? 隊長殿」
「本当に残念ですが、私はそれほど暇ではないので。何処かの誰かの所為で仕事が増えまして」
嫌味っぽく続ける。視線は完全に上から
(この女・・・・)
『抑えてマスター、抑えて』
隊長殿とにらみ合いを開始する
もう一度、今度は徹底的に戦りあうべきだろうか?
「じゃ、じゃあボクが教えるよ。得意だよ? そういうの」
険悪になりつつある空気に引き攣りながらルティアが提案する
何故か突然アリアの顔も引き攣る
「え、ル、ルティアさんがですか? が、頑張ってください」
何かすごく狼狽している。
理由は判らないでもないが・・・
「駄目よアリア、この子は・・馬鹿だから。間違った事を教えられちゃ困るもの、貴方が教えなさい」
黙っていたキファが、様子を見かね口を出す
・・・やっぱり
「むぅ、キファ姉ひどいー!!」
「でも、そうでしょう?」
「ぐ・・・むぅー」
思い当たる節があるらしく黙り込むルティア
とりあえず逸れた話題を戻して
「迷惑かもしれないが、頼めないか? ルティアには悪いんだが」
「え、でも・・・」
随分と嫌がっている。これは駄目かな。
諦めて他に頼めそうな相手を考える
ルティアは除外して・・・
「いつまでもそんな調子じゃ駄目でしょ。蒼くんで慣らしてみたら?」
微妙に拗ねた様子のルティアが口を挟む
慣らす?
「ボクも一緒に居てあげるから」
・・・やっぱりついて来る気らしい
それはともかく
『諦めましたね?』
(・・・黙れ)
気になった事を訊いてみる
「何に慣らすんだ?」
「ん? 男の人にだよ。アリィも苦手なんだよ」
あっけらかんと、答えるルティア
いいんだろうか。そんな事ばらして
「ちょ、ちょっとルティア!」
「あ゛・・・ご、ゴメン」
流石にアリアも声を荒げる
頭と同じで口も軽いらしい、この馬鹿は
しかし・・・
「誰の影響かね?」
席を立った隊長殿に目を向ける
無視してやがったが・・・
「その点、蒼くんなら大丈夫。男の子っぽくないから」
その後ろでルティアが聞き捨てなら無い言葉を吐いて下さる
口元が引き攣る
「・・・・喧嘩売ってんのかな? ルティア」
「あははは。気のせいだよ、気のせい」
たくっ、こいつは
一度話しをつける必要があるな・・
物騒な思考が入った所で
黙り込んでいたアリアが顔をあげた
・・是か、・・非か・・・
「・・・・・わかりました。よろしくお願いします。ソウヤさん」
どうやら受けてくれるようだ
有難い・・
「いや、こちらこそ頼む」
「はい。あ、でも、この子も一緒になりますけど良かったですか?」
左、朝食を黙々と食べていたチェルシーを指していった
ずっと黙って食べていた、チェルシーが顔を上げた
「・・・・よろしく頼む、ソウヤ」
突然の発言に場が一瞬固まる
普段全く喋らないだけあって突然喋られるとかなり驚く
実際ここ数日、聞いた言葉は最低限の挨拶くらいだった
「・・・ああ・・よろしく・・な」
コクッとうなずきまた食事に戻るチェルシー
この子の事は未だによく分からない
「・・・・チェルが・・・自分から喋った」
何故か周囲も驚いている
とにかく・・・、これから忙しくなりそうだ
・
よく晴れた空の下・・・
とても立派な図書館の中で・・・・・
机の上に突っ伏す
「・・・・・・・おわった。やっと・・・終わった・・・」
精根尽き果て真っ白な灰になる
ポフポフ
気づくとチェルシーが頭をなでている
「・・・・・悪い。止めてくれるか?」
コクッと頷き手を止めてくれる
手は頭の上に乗ったままだが・・・・
グシャグシャ
「えらい、えらい」
ルティアが髪を掻き回す
「・・・・・・・」
グシャッ グシャッ
黙って突っ伏しているのを良い事にどんどん力が強くなる
・・・強く・・なる
ブチッ
「止めんか!!」
髪と共に血管も切れた
図書館に叫びが響き渡る・・・
・・・・・思いっきり司書の人に怒られた
聖ヨト語の書き取り、十往復はさすがに応えた
この馬鹿の妨害も・・・
いくら反復が大切とはいえこの量は辛い
「すごいですね、もう終わったんですか?」
アリアもとい、アリア先生も驚いている
最初に比べると表情が随分と柔らかい
始まった時は、とりあえずこれをやって下さい。と書き取り帳を渡され
子一時間、目も合わせてくれなかった
その間ずっと文字を書き続けて
お陰で腕の感覚がかなり怪しい・・・・
途中からルティアがフォローに入ってくれて
何度か手直しやアドバイスを頼んでいる内に大分慣れてくれたようだ
「ちゃんと覚わりました?」
「ご心配なく、あれだけやれば嫌でも頭に入る。今日中に全部覚えておきたいからな」
意地でも・・
二度とあの敗北感は味わいたくない
「じゃあ・・・、次はこれを読んでみてください」
その言葉で顔を上げる
メモが置いてある
書いてあるのは・・・・
「・・・・・・これを・・やるのか?」
「ちゃんと読めたみたいですね。じゃあ頑張ってください♪」
笑顔で言ってくださる・・
「どれどれ」
・・・・メモの内容はこれからの予定で
「うわー、すごいねこれ」
内容は・・・・
「た、単語の暗記って、これを・・・やれと?」
目の前には人を殴り殺せそうな厚さの本が置いてあった
目の前が一気に暗くなる
確かに頑張るとは言ったが
「ガンバ♪」
勘弁してくれ・・・
ルティアは妙に楽しそうだ
「帰りに覚えられたかどうかテストしますから、ちゃんとやってくださいね?」
「あ、それいいね。おもしろそう」
先生方は楽しそうだ。片方遊んでいるだけだが・・
「罰ゲームは何にする?」
「そうですね・・・、ちゃんとやれてなかったら・・・」
「・・・・ちゃんとやれてなかったら?」
「そうですね・・・・。それ・・・複写して下さい♪」
鬼だ、・・・・鬼が笑ってやがる
慣れてくれたのは良いが、思ったよりもかなりスパルタなようだ・・
ポフポフ
またチェルシーが頭を撫でる
「・・・がんばれ、ソウヤ」
「・・・・・・・・・・・・ありがとう」
気を取り直す
とりあえず・・突っ伏したまま本を手に取る
重みがそのままやる気を引き下げてくる
・・・・・・・・・とりあえず表紙を開こう
・
「じゃあ、これは?」
「・・・エヒグゥだ」
「正解です」
少し日が傾いた頃
図書館からの帰り道、四人で看板やビラを使ってのテストが行われた
「・・・・あのチラシ」
「・・・ハクゥテがお買い得」
「・・正解」
二人交互に出して今のところ全問正解
苦労した甲斐があった・・・
「じゃあー、次はあの看板」
「・・・・・ラキオスの銘菓ヨフアル。か?」
「すごい!! よくわかったね」
・・・・・そりゃ、あんな本の複写なんて勘弁願いたい、読みきるだけでも半日掛かったのに
人間追い詰められると限界を超えられるもんだ。・・・二度とそんな機会はいらんが
後で確認したんだがタイトルは 「大天才による凡人の為の一夜漬けあいうえお」
・・・著者は誰だ、著者は・・・・
「これで最後です。あの店は?」
「・・・・・・・イースペリア城御用達ハーブ専門店」
アリア先生が満面の笑みを浮かべて
「百点満点です。大変よくできました。花丸ですよ?」
手を取って太鼓判を押してくれる
その姿に思わず笑ってしまう
「どうしました? 何か変でしたか?」
アリアが焦っている
その姿に笑みがまた深くなる
「・・意外と平気みたいだな」
「え? 何がです?」
「普通に接してるじゃないか。俺と」
「へ?・・・・!!」
手を取っていることに気が付いたようで真っ赤になって手を離した
「ご、御免なさい」
「謝ることは無いんじゃない?」
「・・・あ・・そうですね」
ルティアが宥めてすぐに落ち着いてくれた
初めて会ったときのように慌てて貰っては困る
「でも不思議です。ソウヤさんだと何故か隣に居ても抵抗が無いんですよね」
「それは俺が女顔だからか?」
意地悪く訊いてみると、慌てて弁解する
「そ、そういうわけじゃ」
「「「・・・・・・」」」
「・・・御免なさい」
結局、俺とチェルシー視線の圧力に負けて白状する
そんな事をしながら今日が終わっていく・・・・・・
平和な本当に平和な一日が
どうしてだろうか
それがあまりにも儚いと感じてしまうのは・・・・