「っ!!!」
自分の声に驚き、浅い眠りから放逐された
寝汗でぐっしょりと濡れたTシャツは気持ち悪く
左目の奥に響く鈍痛が身体のだるさを意識させた
「ちっ、目覚めが悪い・・」
左目を強く押さえながら毒づいた
追憶が刻む協騒曲 第一話「軋みをあげる日常」
左目を押さえながら何とか身を起こす
ここ最近よく見るようになってしまった妙な夢
内容を覚えていないのに動悸と吐き気が体を苛む
ふらふらと洗面所に向かい常備している鎮静剤を飲む
そのまま顔を洗うと幾分気分はましになった
「・・・・また、少し濃くなった・・か?」
鏡に映る濡れた左手の甲を見て独り語ちる
小指の下の辺りから中指の付け根の辺りまで黒い痣が刻まれている
何時の頃からかできた物が、最近少しづつ大きくなっている気がする
「・・・・・っと、今は何時だ?」
少し時間を掛けすぎている事に気付き鏡越しに時計を見る
時計の針は・・・・
8時を当に越していた・・・・・
「・・・・・冗談・・・・きついな」
・
「ちょっとー待ちなさい! 待てって言ってるでしょーが!!」
朝っぱらからハイテンション全開の声が後方から響く
凛とした声は流れていく街並みを追い抜いて鼓膜を揺らす
「こら!! 神名、無視してんじゃ・・・・ない・・わよっ!!」
振
不穏な風切り音の後に、何かが竦めた頭の上通過していく
あまりにもお淑やかな行動の数々に思わず溜息が漏れた
「はぁ・・・、女らしさっていう言葉を知っているか?・・・岬」
走りながら飛んできた鞄を拾い、併走している男のほうに投げ渡す
同じく走っていた男は苦も無くそれを受け取った
「なんですっ「すまんなぁ・・、蒼夜」
叫ぶ岬を抑えながら光陰が苦笑しながら謝る
そうこうしている内に学校へ着く
とりあえずは安全圏だ
不本意ながら最近はよくある朝の風景だった
速度を落とし息を整える
慣れた物で数回で呼吸は平常に戻った
「ふぅ、ほんと速いわねぇ。神名、なんで陸上部に入んないの、もったいない」
「おいおい今日子、それは前もした話だろ、いい加減に諦めろって」
だってぇと食い下がる岬を苦笑しながら光陰がなだめる
相変わらず仲の良い事だ
「そんなことより、王子様が姫を背負ってご出勤のようだぞ」
ぜぇぜぇと息を切らしながら高嶺が現れた
その背にはいつものように妹が背負われている
「お、おにいちゃん、もうここまででいいよ~。・・・大丈夫?」
小柄な少女・・・・佳織だったか、がよたよたと背から降りる
顔が少し赤い、兄の背に背負われての登校は流石に恥ずかしかったらしい
妹を降ろし、その場でうなだれる高嶺
「・・・ぜぇ、ぜぇ・・・おまえら・・・・速すぎ、ぜぇ、・・・・待つとか、はぁ、・・・・気を使うとか無いのか」
「それは単におまえの体力が無いだけだろう、光陰なら引き離されずについてくる」
「ぐぅ・・」
「うわ、ばっさり」
俺の一言で沈んだ高嶺を岬と高嶺妹が慰めているのを後ろに
苦笑する光陰とともに教室に向かう。
「相変わらず手厳しいな。蒼夜」
「野郎にくれてやる慈悲には持ち合わせが無くてな」
「・・てよ~」
聞き覚えのあるの声に立ち止まる
後ろを振り返ると知った顔が俺を呼んでいた
「待ってよ~蒼兄ぃ」
「ん、あぁ月那かどうした?」
「どうした? じゃないよ~。途中で声掛けたのに行っちゃうんだもん、ひどいよ」
頬を膨らまして怒る少女
知り合いの妹で最も付き合いの長い人間の一人に当たる
「あぁ・・すまん、気づかなかった」
「昨日一緒に行こうって約束したよね? ぜんぜん来ないんだもん。心配したんだよ?」
「そう・・・だったな。・・・悪い、忘れていた」
「・・全く、もう少し余裕を持って登校しろ蒼夜。待たされるこちらの身にもなれ」
月那の後ろから光陰と同じくらいの背の男があらわれる
飄々とした光陰とは違い、威圧的な印象受ける青年
あまり似ていないがこれでも月那の本当の兄だ
今は随分とくたびれた様子だが・・・
「・・・・・紅河、居たのか?・・別に待っていてくれと頼んでいないだろう」
むっとした顔で返す
「待たないと月が五月蝿くてな。十秒おきにまだか?まだか?と聞かれては体が持たない」
「・・だって蒼兄、最近急に寝ぼすけさんになってるんだもん。体、大丈夫なの? お爺ちゃんも、今、家にいないんでしょ?」
「・・・・問題ない。というか玄晴のジジィが居ないほうが快適な位だよ」
「そう、・・それなら良いけどホント大丈夫?」
「大丈夫と言ってるなら問題ないんだろう。蒼夜、あまり妹に心配を掛けるなよ」
素っ気なく言ってさっさと自分の教室に向かう紅河
こちらも教室に向かおうとする
「行くぞ?「心配するな、月那ちゃん!」
人の台詞に割り込んできた光陰が月那の前にでる
そして、情熱的に・・・
「大丈夫。君のお兄さんは僕がっ」
天誅が突き刺さった
愚か者が地に沈む・・・
「ぬぁーにやってんのかなぁ、光陰くん?」
鞄を投擲した鬼が笑っている
その手には何処から出したのだろう白く輝く獲物(ハリセン)が握られていた
「きょ、今日子? は、話し合おう。な、話せば・・・
とりあえず月那を連れて離れておいた
・・・わかっ「一度死んで来い。このっロリペド!!」ぎゃあーー!!」
反省しない愚か者の断末魔が響き渡った
本当に仲の良い事だ・・・
「はぁ、毎朝元気だな。岬」
「碧先輩・・・」
「光陰もあれがなければ、頼りになるんだが」
やっと復帰した高嶺が屍を見て苦笑する
岬をなだめているうちに予鈴がなり、ここで解散する
何度かこっちを見ながら高嶺妹と教室に向かう月那を見送り自分も教室に向かう
屍(光陰)を引きずりながら
・
視界が赤く染まる
いつか見たあの血の様に・・
忘れ去ったあの・・
「っ、く、・・・もう・・・・・放課後か?」
差し込む西日の色で意識が覚醒する
どうやら昼からずっと寝ていたらしい・・・
幻痛の残る左目を押さえて顔を上げる
今は革手袋で覆われたそれは少し冷たく心地よかった
周囲を見ると皆帰り支度を終え、殆んど教室に残っていなかった
「よく寝てたね、叩いても起きないから岬さんも呆れてたよ」
傾いた日を背に微笑みかけてくる
その顔は逆光になってよく視えない
「・・・・・だれ・・だ?」
ずるっと崩れ落ちる知らない誰か
「くどう、久遠舞亜!! いい加減覚えてよ。・・もうだいぶ経つんだから」
眉立て抗議する転校生、もとい久遠
ちょっと前に転校してきて、瞬く間に皆と仲良くなった少女
俺には到底真似できない
何故か俺にちょくちょくちょっかいを出しに来るのが難だが・・
「すまん、どうにも覚えられなくてな。で、何か用事でもあったか?」
「もう、・・ハイ、これ岬さんから、演劇の台本だってさ」
「演劇?・・・あぁ学祭のか。ちっ、面倒事は勘弁だと言ったんだがな」
言いながらキャストの確認をする
パラパラと台本に目を通す・・・・・が
「主人公は高嶺君でヒロインは岬さんだって。蒼夜くんにも役があるって言ってたよ。ん、どしたの?」
固まっている俺に久遠が声を掛ける
ソレを契機に
「岬は何処だ!!「きゃあ!!」
突然再起動した俺に驚く久遠
「びっくりした~。どしたの?急に、岬さんなら神木神社で練習するって。・・・ちょっと!!」
荷物も持たず教室から全力で飛び出した
俺の耳にはもう何も聞こえていなかった
「あ~あ行っちゃった。ちょっと早いけど大丈夫かな?」
・
「おい!!! 岬これはどういう事だ!!」
階段を全速力で登りきり周りも見ずに
一息で岬に詰め寄る
「五月蝿いわねぇ、そんな大声出さなくても聴こえてるわよ?」
嘲笑う様に余裕を持って返す岬。その影で申し訳なさそうに苦笑する光陰
階段あたりで高嶺が頭を抱えているのは無視して
「てめぇ、このキャストは何だ、何で俺が女の役なんだ!!」
「あんたの見た目にはピッタリじゃない男装の麗人って感じで」
「喧嘩売ってんのか?」
「あらー? 抗議する暇はあったはずよ?・・寝てた誰かさんが悪いんじゃないの?」
「くっ・・・てめぇ」
どうだと言う様に詰め寄ってくる
「ぐ、なら何で「起こそうとしても起きなかったのはあんたでしょうが!」
スパーン
食い下がる俺に岬のハリセンが吠える
「ぐっ・・っの」
「まぁ・・ちょっと落ち着けって」
さらに反論しようとする俺を光陰が抑える
そして、心から哀れむように肩に手を置いてきた
「諦めろ蒼夜、もう決定事項だ、覆らん。・・・・・手遅れだ」
「・・・・何が手遅れなんだ?」
質問する俺に光陰が後ろを指差す
何故だろう?
どうにも不吉な予感がするのは
ゆっくりと後ろ振り向く
「が、頑張って下さいね?」
「頑張ってね蒼兄。楽しみにしてるよ」
背後を確認する・・・申し訳なさそうな高嶺妹の横に
一番知られたくなかった奴が立っていた
滅茶苦茶楽しそうに・・・
は、嵌められた
もうばらしていやがる
「さぁ、そういう事だからさっさとリハーサル始めるわよ。悠も何時までも固まってない!」
スッパーーン!!
「グアああ!!!」
高らかな打撃音と悶絶する高嶺の断末魔
その音で我にかえる
深く深くため息をつき頭を冷やす
とりあえず・・諦めよう
こうなったらたしかにどうしようもない
仕方なく勝ち誇り高笑いしている岬に
「わかったから、先に荷物を取りに行かせてくれ。学校に置いてきた」
「えぇー、もう仕方ないわねぇ。逃げたら承知しないからね、ほらさっさと行きなさい。全力でよ」
「・・・誰のせいだと「あら?何か言ったかしら~?」くっ」
また全速力で階段を駆け下りる羽目になった
覚えてろ・・・
・
階段を降りきりようやく一息つく キーン
まだ練習を始めないのか上がやたらと騒がしい キキーン
「ふぅ、ったくやってられ、がっ」キキーン (・・・・・・・・・)
前触れなく凄まじい頭痛が走った
左目を強く押さえ屈み込む
キーン (m・・t・-・・・?)
握り潰される様な激痛が左目を中心に駆け巡る
あまりの痛みに意識が遠のいていく
「な、なに・・・が、ぐ、あぅ」 キキーーン (マスt - mすt -聞こ・えm・sか?)
神社の方が騒がしいがあまりの痛みで動けない
(m・すたー、m・んがヒr・きm す。g 用イを)
そして・・・意識が闇に呑まれて消えていく
背後から聞き覚えのある声が聞こえた気がした・・・