Bloodstained Hand
最終章 勝ち得たもの
骨が、きしむ音が聞こえた。
何と言っても、ただのつばぜり合いではない。『聖光』と『修羅』、それぞれが上位永遠神剣として数えられる剣である。
放たれるオーラフォトンの量も、ハンパではない。
ライアスとゼク、剣を交えていた二人は、示し合わせたように同時に後ろに跳び下がり、距離をとった。
そして、またしても同時に地を蹴り、己の神剣を振りかぶる。
『聖光』から漏れる青白いオーラフォトンをに包まれたライアスと、赤黒い炎を身にまとったゼク。
どこまでも対照的な二人だが、今や、胸に抱いた想いは同じだった。
互いに、命を懸けてでも取り戻したいものがある、という点で。
「『聖光』は絶対に取り戻す……。そのためにも……これで、決着をつけるッ!!」
「御託は十分だ。どっちにしろ、ハーシュの馬鹿がくたばる前にケリをつけなきゃならねえことには変わりねえしな……! さっさとくたばっちまえッ!!」
再び二本の剣がぶつかった瞬間、雷光と紅蓮が二人を飲み込んだ。
「お兄ちゃん、大丈夫かな……」
ユーフォリアは、戦場から大分離れた場所にたたずんでいた。それもそのはず、ライアスたちの激戦による余波があまりにもすさまじいため、近よることができないのだ。
傍には、傷ついた悠人、アセリア、そして依然として気を失ったままの時深の姿もあった。
そのとき、それまで黙ってユーフォリアの腕に抱かれていた『求め』が、はじめて口を開いた。
(……この勝負、『聖光』の主の負けだな)
「え?」
ユーフォリアは、自分の耳を疑った。
ライアスが負けるなどとは想像したくもなかったし、何より、ライアスはゼクと互角の戦いを繰り広げている。少なくとも、ユーフォリアの目にはそう映っていた。
だが、そんなユーフォリアの心の内を読み取ったかのように、『求め』は静かに続けた。
(今のところは、五分に戦っているように見えるが……。実際はそうではあるまい)
「な、何でそんなことが分かるの?」
(分からぬか? 『聖光』と『修羅』の主……確かに、その力量にほとんど差はあるまい)
「だったら……」
(だが、それはあくまで『聖光』が万全の状態であったら、の話だ)
言いかけるユーフォリアを、『求め』は間髪いれずにさえぎった。
(何しろ、さっきまで『聖光』はほとんどマナが枯渇していた状態だ。なるほど、確かに今はそこに倒れているミニオンから、失われたマナが戻りつつあるが……それでも半分にも満たないだろう)
「……」
的確な『求め』の言葉も、幼いユーフォリアには辛辣でしかない。それでもお構いなしに、『求め』は先を続ける。
(それに、『修羅』はこの世界のマナを吸い取って、一時的とはいえ、その主にすさまじい力を与えている。どうあがいても、『聖光』の主に勝ちの目はない)
ユーフォリアには、それを論破するだけの言葉はなかった。悲しげにうつむくと、
「どうして、お兄ちゃんたちが戦わなくちゃいけないんだろ……」
確かに、ゼクは自分たちの敵である。だがそれとて、あくまでもテムオリンの命令に従っていただけのことである。それ以上、戦う理由もなければ、まして憎みあう理由もない。
それに、ゼクは最後には、ハーシュを守るためにテムオリンを斬り捨てた。
その気持ちは、立場の違いこそあれど、ユーフォリアには痛いほど理解できる。
(あの人も、お父さんやお兄ちゃんと同じ……。誰かのために命を捨てられる人なんだ)
それだけに、互いに傷つけあう二人を見ていると、胸が締め付けられるような息苦しさをおぼえた。
「どっちかが大事なものを失わなきゃいけないなんて……そんなの、悲しすぎるよ……」
「ユーフィ……」
大きな瞳に涙を浮かべるユーフォリアに、悠人もいたたまれなくなってしまった。
「なぁ、バカ剣……。要は、ハーシュのマナが全部失われる前に『聖光』が意識を取り戻せばいいんだろ? そうすればハーシュからマナが抜けていくのも止まるだろうし、『聖光』が戻ってきさえすれば、別にライアスも戦う理由はなくなるわけだし……。何とかならないのか?」
(こら、ユウト。そういうことは普通、我に聞くのが筋というものではないのか……)
何やら『聖賢』が文句を言ってきたが、あえて無視した。ふてくされる『聖賢』だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
(簡単に言うな、契約者よ。神剣にとって、マナは命と同じようなものだ。いわば、汝らで言う血のようなもの。不足すれば存在することさえできない。ミニオンからすべてのマナが戻るまで、『聖光』は目を覚ますまい)
ミニオン、すなわちハーシュのマナがすべて『聖光』に戻るというのは、意味するところはハーシュの死と変わらない。
嫌な顔をする悠人を尻目に、『求め』はこう付け加えた。
(そもそも、一度にあれだけのマナを放出した『聖光』が消滅しなかったこと自体が奇跡のようなものだ)
そのとき、傷ついた身体を引きずりながら、アセリアが悠人の服の裾を引いた。
「ユート、ちょっと」
「ん? どうした、アセリア?」
「『聖光』は、眠っているだけなのか?」
「だと思うけど……」
「だったら、起こせばいい。ユートが初めて戦いに出たとき、私と『存在』がまだ眠っていた『求め』を起こしたように。私が『存在』に飲まれたとき、ユートと『求め』が私を助けてくれたように」
アセリアらしい、率直な考えだった。
しかし、『求め』の反応は思わしくない。
(……無駄だろう。今の『聖光』の眠りは、あの時の我や汝とは比べ物にならぬほど深い。第一、上位神剣の意識に入り込めるのは上位神剣だけだ)
「それなら『聖賢』や『永遠』だって……」
(馬鹿も休み休み言え、契約者よ。今の汝らのどこに、そんな力が残っていると言うのだ)
『求め』の言うとおり、『聖賢』も『永遠』も、これまでの連戦でほとんど力を使いきってしまっていた。気を失っている時深は論外である。
(ただ話をするというならともかく、『聖光』の意識の底に入り込もうと言うのだ。それには、神剣自体の精神が酷使されることになる。そんなぼろぼろではどうしようもあるまい)
「そうなのか……」
『求め』の言葉に、悠人もアセリアも俯いてしまった。
するうちにも、ライアスとゼクの戦いは続いている。『求め』の言うとおり、いまや圧倒的に劣勢に立たされているのはライアスだった。
一方、ゼクはゼクで無事ではない。『修羅』に限界を超えてマナを吸わせたため、肉体に反動が出始めている。このまま行けば、最悪共倒れになるだろう。
「このまま、俺たちは見てるしかないのか……」
(仕方あるまい、契約者よ。それもまたひとつの運命だったのかもしれぬ)
『求め』が、断じるように言ったときだった。
「……そんなこと、ないもん」
『求め』を、否定する声があった。
「……運命だなんて、そんなの言い訳だよ」
「ユーフィ……?」
「お兄ちゃんは死なせない。ゼクさんも死なせない。『聖光』さんも、ハーシュさんも……!」
悠人は、わが目を疑った。
これが、あの幼いユーフォリアなのかと。凛然たる光を瞳にたたえたその姿は、まちがいなく一人前のエターナルのものだった。
それを見たとき、『求め』が苦笑を漏らした。
(……ふ、親子そろってこれか。よくよく契約者に似ついたものだ)
だが、それは決して侮蔑ではなかった。むしろ、何かを楽しんでいるような、そんな声音だった。
(よかろう、『悠久』の主よ。そこまで言うのなら、運命とやらに逆らってみせよ。我は近くで見物させてもらうとしよう)
「うん、やってみる。ゆーくんを通じて、私が『聖光』さんに語りかけてみる……!」
(いい目だ。……ならば、契約者よ)
と、悠人に水を向ける『求め』。が、次に発せられた言葉は、悠人を愕然とさせた。
(我を……砕け)
「え!?」
これには、悠人だけでなく、アセリアやユーフォリアも驚いた。しかし、そんな三人を尻目に『求め』は淡々と先を続ける。
(確かに、ここにある上位神剣のうち、もっとも余力を残しているのは『悠久』だ。だが、それとて消耗していることには変わりない。それでは、『聖光』の意識の底にもぐるには、力が足るまい)
ファミリアに、セイクリッドノヴァ。まだまだ力量自体は未熟なユーフォリアが、これだけ神剣魔法を連打した以上、仕方がないことではある。
「でも、だからって何でお前を砕く必要があるんだよ? 言っちゃ悪いけど、第四位のお前のマナを取り込んだくらいじゃ、上位神剣の『悠久』がそんなに回復するとは思えない」
(誰が『悠久』に取り込ませると言った。我を取り込むのは『聖光』だ)
「え? 『聖光』が?」
まだ、悠人にはわからない。
(忘れたか? 我が『誓い』に砕かれたときのことを……)
「あ……!」
(そうだ。取り込まれるといっても、すぐに我の精神が消滅するわけではない。わずかではあるが、我の意識とその剣とが共存する時間がある)
『誓い』が『求め』を砕き、『世界』に昇華したとき、確かにまだ『求め』の意識は残っていた。
もちろん、悠人もそのことははっきりと覚えている。
(その短い間、我は『聖光』と存在をひとつにしているといっていい。だから、我が『聖光』の意識を引き上げてやれば、今の『悠久』でも十分に語りかけることは可能だろう)
「なるほどなぁ……」
が、悠人が感心したのも一瞬だった。すぐに表情を曇らせると、
「でも、いいのか? せっかく欠片から元の姿に戻れたってのに……」
(ふ……もともと、我は『誓い』に砕かれて消滅したはずだった。それが何の因果か、欠片として生き残り、再び契約者とまみえる機会を得た。これもまた、ひとつの奇跡といえよう。そして、その奇跡は『悠久』の主……いや、契約者の娘が起こしたものだ)
と、いったん言葉を切った。もちろん表情が分かるわけはないのだが、悠人には、そのとき、『求め』がニヤリと笑ったように思えた。
(無償の奇跡は存在しない……そう言い続けた我が、『悠久』の主に何も報いぬというのもおかしな話だろう?)
「……お前、やっぱりバカ剣だよ。最後までさ……」
(ふ、仕方あるまい。どうやら馬鹿というのは伝染するらしいからな)
と、『求め』は今度はアセリアに水を向けると、
(幼き……と、言うのも妙だが。妖精よ。汝も、『存在』を握っていたときとはずいぶんと変わったな)
「うん。ユートのおかげ」
ファンタズマゴリアの頃のアセリアしか知らない『求め』にしてみれば、そうやって微笑するアセリアそのものが目新しい。
(いつだったか……汝が、無償で我に力を貸せと頼んだことがあったな。そう、汝が『存在』から解放されたときだ。今考えても、やはりあれは面白かったぞ)
「うん、そうだったな……」
(そして、今度は汝の娘に奇跡を見せてもらった。ふ、親子そろって楽しませてくれるやつらよ)
そこまで言って、いったん『求め』は沈黙した。ユーフォリアには、『求め』が、悠人やアセリアとすごした日々を懐かしんでいるように思えた。
と、そのとき。戦場からひときわけたたましい爆音が響いてきた。
『求め』は、静かにユーフォリアにたずねた。
(『悠久』の主よ……。機会は一度だけだ。失敗は許されぬ。……準備はいいか?)
「……うん、大丈夫」
(よし……)
満足そうな、『求め』の声だった。
(これまで幾度となく繰り返してきたことも、これで最後になろう。まさか、我がこのような感情を抱くことになろうとは、思ってもみなかったがな……。それをもって、最後の代償としよう)
『求め』の刀身から、青い光がこぼれる。そこには、かつて悠人を飲み込もうとした禍々しさなど微塵も無い。
もし、上位神剣であることの条件が――『聖光』や『聖賢』のように――契約者と互いに想い合うことであるのなら、この瞬間、『求め』は確実に上位神剣たりえた。
(我は永遠神剣第四位、『求め』。契約者の願望を叶え、その代償を求める……。『悠久』の主よ。汝に、求めはあるか?)
「うん……。あるよ。絶対に譲れない求めが……!」
(ふ……よかろう。では、汝の想い、力に変えて見せよ!)
「うんっ!」
(……では、契約者よ。後は頼む)
「……わかった」
『求め』の声を受け、悠人は傷ついた体を無理に奮い立たせると、『聖賢』を握りしめた。
(契約者よ……。汝と再びまみえることができた奇跡、悪くなかった)
「ガラにもないこと言いやがって……。でも、俺も嬉しかった」
(ふ……)
「へっ……」
ことごとしい別れの言葉など必要ない。それだけで、二人には十分だった。
悠人は、大きく『聖賢』を振りかぶった。
(さあ、やれ! 契約者よ!)
「……ああ! あばよ、バカ剣ッ!」
倒れこむように、悠人は『聖賢』を叩きつけた。
『求め』の蒼い刀身が砕け散り――
光となって、『聖光』に吸い込まれていった。
「ゆーくん、私たちも! 『求め』さんが消えちゃう前に……!」
(分かってる! 『聖光』との波長は僕が合わせるから、ユーフィは眠ってる『聖光』の意識だけに集中して……!)
「うんっ!」
『悠久』と、ユーフォリアと、『求め』の意識が溶け合い――
『聖光』の中に、沈んでいった。
「ちっ、しぶてえ野郎だ……」
「その言葉……そっくりお返ししますよ、ゼク……」
答えるライアスは、肩で息をしている。見れば、右肩から左脇腹にかけて、ばっさりと袈裟斬りにされた跡が、赤い線を描いている。それも、決して浅くはない。
普通なら、とうに気を失うか、悪ければ死んでいてもおかしくない傷だった。
なのに、ライアスは倒れない。
それどころか、瞳に宿る光はますます強くなっているようにさえ思えた。
ゼクは焦っていた。
(くそ……。やっぱ、さっきのダメージが消えてねえせいか……)
何といっても、ライアスとユーフォリアの全力をこめた
そもそも、ゼクなどとうの昔にマナの霧に還っていたはずなのだ。
ハーシュが、剣に自我を食われるのを覚悟で『種子』のリミッターを解除し、彼をかばっていなければ。
そのハーシュは、ここから少し離れたところで眠っている。相変わらず傷口からはマナの流出が続き、それが光になって『聖光』に吸い込まれてゆくのが分かる。寒気がするのか、自分の身体を抱くように縮こまっていた。
だが、その表情は穏やかだった。
多分、心配などしていないのだろう。そうでなければ、これほど柔らかい表情ができるものではない。
もっとも、それが誰に対する信頼によるのかは言うまでもない。
(ったく、世話かけやがる……)
ハーシュが生まれた瞬間から、彼女に振り回されっぱなしのゼクである。
だが、今のゼクが『修羅』を振るっている理由は、もう一度ハーシュの「のーたりん」という声を聞くためと言っていいのかもしれない。
ゼクの脳裏には、必死でバリアを張り、彼を守ろうとしたハーシュの顔が浮かんでいた。
(あのね、の〜たりん。あたし、やりたいこと見つけたんだよっ!)
(あたしがの〜たりんを守って見せる! それが一番したいこと!)
「……へっ」
(馬鹿野郎。お前が何をしたいかなんて知ったこっちゃねえけどよ……。尻拭いさせられるこっちの身になってみやがれ)
グイッ、と指先で口についた血をぬぐうと同時に、ゼクの顔に不敵な笑みが浮かんだ。
(つっても、これが最初で最後になるだろうけどな。……いろんな意味でよ)
そろそろ、反動で体がガタガタになってきている。特に、今回は限界以上に『修羅』にマナを取り込ませすぎているだけに、余計にタチが悪い。『修羅』を一振りするたびに骨にひびが入り、意識が飛びそうになったのも一度や二度ではなかった。
利口者なら、こんなマネはしないだろう。やはり、ゼクはどこまでいっても「の〜たりん」でしかないのかもしれない。
もっとも、今のゼクが聞けば、
(……へっ、の〜たりんの何が悪い。こんなに俺にピッタリのあだ名、他にありゃしねえじゃねえか)
と言うに違いない。
ちらり、と横たわるハーシュに視線をやった途端、ゼクの目が細くなった。
(もう、会うこともねえだろうが……。ちゃんと探しとけよ。お前は何を楽しみに生きてくのか、ってな。普通のミニオンなら持つはずもねえ……せっかく持って生まれた心なんだからよ。『種子』なんぞに飲まれやがったら承知しねえぞ)
そして、最後に付け加えた一言がいかにもゼクらしい。
(楽しくねえ一生なんて、びた一文の価値もねえんだからよ)
ユーフォリアは、真っ暗な闇の中にいた。外から光が差し込むことは、無い。
だが、例外がある。小さな光の玉が二つ、ユーフォリアの目の前に静かに浮かんでいた。
ひとつは、『求め』の精神である。ぼんやりと青く、淡い光を放ちながら、じっともうひとつの光を見つめているようだった。
とすると、もうひとつの光の正体は――
「……『聖光』さん」
ぽつり、とつぶやくような声で、ユーフォリアは呼びかけた。
そう、ここは『聖光』の精神の中である。『聖賢』が悠人と、『永遠』がアセリアと契約を結んだ場所と、中身は同じだ。
もちろん、神剣によってその場所の雰囲気は変わる。『聖賢』のそれが穏やかで暖かく、『永遠』のそれは水のように澄んだ空間だったように。つまるところ、ここは神剣の性質を反映しているのだろう。
もちろん、『聖光』の場合もそうである。事実、『聖光』がライアスと契約を結んだとき、ここは柔らかな光で満ちていた。
それが、今では一面の闇。そのことが何を意味するのかは、言うまでもない。
(……絶対、『聖光』さんを起こしてみせる)
ぐっ、と胸の前でこぶしを握り、深呼吸した。ユーフォリアなりの決意なのだろう。
あらためて、ユーフォリアが声をかけようとしたときである。
(……久しぶりだな、『悠久』のユーフォリアよ)
「え……!?」
ユーフォリアは、声を呑んだ。
といっても、急に声をかけられて驚いたのではない。その声そのものが、驚きの対象だったという方がいい。
何故というのも愚か、聞こえるはずの無い声だったからだ。
「『聖光』さん……!? まさか、目を覚ましたの?」
目を見開くユーフォリアに、目の前の光の玉――『聖光』は優しい声で語りかけた。
(ああ……たった今な。そなたやライアスのおかげでマナが戻り始めたおかげだ)
「そうなんだ……」
ユーフォリアもいささか驚いたようだが、嬉しいことには変わりない。にっこりと笑みをこぼすと、
「じゃあ、こんな暗い所にいないではやく帰ろう? お兄ちゃんが待ってるよ」
(すまぬ……)
「ううん、『聖光』さんにはお世話になったんだもん。これくらい……」
が、ユーフォリアが言い切る前に、『聖光』が割って入った。その言葉は、ユーフォリアを愕然とさせた。
(余は……戻れぬ)
「……え?」
(ライアスのもとには、余は戻らぬ。このまま、ここで朽ちてゆくことに決めた)
「な、なんで!?」
ワケが分からない、といった顔つきで狼狽するユーフォリアに、『聖光』は諭すように語り始めた。
(そなたも、覚えているだろう? 余がマナ嵐を引き起こし、ライアスとそなたを逃がしたときのことを……)
「う、うん……。テムオリンとゼクさんが襲ってきたときだよね? たしか、お兄ちゃんの生まれた世界で……」
そこまで言ったとき、ユーフォリアは、ハッと気づいた。『聖光』といい、ライアスといい、責任感が強すぎる点では変わらない。
とすれば、考えられる理由はひとつしかない。
「もしかして、あのマナ嵐でお兄ちゃんの故郷を消しちゃったから、それで……?」
そのとき、『聖光』が自嘲の笑みを浮かべたように思えたのは、気のせいではなかったろう。
(あの時、ライアスは反対したのだ。自分の故郷を消すくらいなら自分がここで消えたほうがいい、と。……まったくもって、あやつらしい答えだと思わぬか? 頭の中はいつも他人のことばかり、自分のことなど省みもしない。呆れた人のよさと言うほかあるまい)
「でも……だから、『聖光』さんは、お兄ちゃんを主に選んだんでしょ? そんなお兄ちゃんが、大好きだったから……」
ユーフォリアの問いに、『聖光』は黙って苦笑を浮かべるだけだった。
(……余は、ライアスに生きて欲しかった。だから強制力を働かせ、無理やりあやつを眠らせた後、余の独断でマナ嵐を起こした。余は、あやつの大切なものを奪ってしまったのだ。そんな余が、あやつに顔向けできるわけがあるまい?)
「でも、それは……!」
ユーフォリアは、知っている。『聖光』のそれが、何を思っての行動だったのかを。
『聖光』の、ライアスを生き延びさせたいという気持ちはもちろんのこと、あえて自分が手を汚すことで、ライアスを「自分の故郷を滅ぼした」という罪の意識から逃れさせようとしてのことだ。
それは、他ならぬライアス自身が、一番よく分かっていることだ。『聖光』が戻って来るのを喜びこそすれ、いまさらライアスが『聖光』を責めるなど、ユーフォリアには考えられない。
だが、言いかけるユーフォリアを、慈愛に満ちた声で『聖光』は遮った。
(わかっている。ライアスは、余を許すだろう……。だがな、余があやつを苦しめたという事実は、決して消えぬ。そう、未来永劫に……な)
寂しそうに語る『聖光』に、ユーフォリアは何も言うことができなかった。
さらに、『聖光』は続ける。
(……それにな。余は、第一位神剣に戻りたいという本能が強すぎる。そなたの持つ『悠久』や、『聖賢』と違ってな。……だから、ライアスはロウにいる)
「!」
(それも、あやつのいるべき場所としては間違っているにもかかわらずに、だ……)
ユーフォリアも、はじめて知る事実だった。
ライアスと出会って間もない頃、ユーフォリアは一度、ライアスがロウにいる理由を尋ねたことがある。無理も無かった。ユーフォリアが今まで悠人たちに聞かされていたロウ・エターナル――そう、例えばテムオリン――とは、ライアスは違いすぎていたからだ。
だが、ライアスはエターナルになるまでの経緯を語っただけで、肝心の「なぜロウにいるのか」については触れなかった。
そのときの、どこか悲しそうなライアスの表情を、今でもユーフォリアは覚えている。
そのときは分からなかったが、『聖光』の言葉を聞いた今、全てがユーフォリアの中で一本の糸につながった。
『聖光』を、第一位永遠神剣に回帰させること。それが、ライアスと『聖光』の契約の条件だった。
だが、それは言い換えてしまえば、全てを滅ぼし、マナに帰すということ。誰よりも人の不幸を悲しむライアスにとっては、生きながら地獄の責め苦を味わうのと変わらない。
(……そっか。だからお兄ちゃん、教えてくれなかったんだ。言っちゃったら、全部『聖光』さんのせいにするみたいで、それが嫌だったから……)
が、分かっただけに、ユーフォリアはますます『聖光』に何も言えなくなってしまった。
独り言をつぶやくような調子で、『聖光』は静かに話し始めた。
(もとはと言えば、余が悪いのだ。他人の幸せを踏みにじることを何よりも嫌うあやつに、ロウ・エターナルとして生きることを強いてしまった余が……。そう考えれば、今回のことは良い機会だった。余が戻らなければ、あやつがロウにいる理由も無くなるのだ)
「『聖光』さん……」
(余とライアスの精神的なつながりが切れる以上、神剣としての力は落ちるかも知れぬが……。それでも、『聖光』という神剣自体には、十分な力が残っていよう。あやつが、自分の望んだ生き方をするくらいの力ならば、な……)
「……」
(そう……たとえば、『悠久』のユーフォリアよ。そなたとともにカオスとして生きることもできるのだ)
「……」
(それは……あやつにとって、幸せではなかろうか?)
『聖光』は、自分に問うているようだった。だが、そんな『聖光』を前にして、ユーフォリアは、
(違うッ!!)
そう、怒鳴りつけてやりたかった。
なぜ、『聖光』はそんなに己の価値を低く見るのだろう。今のライアスには、『聖光』が傍にいてくれることが何よりも大切なことなのに。
自己に存在価値を見出さないと言えば、かつてのライアスがそうだった。
「私ひとりが犠牲になることで、他の誰かが幸せになれるならそれでいいんですよ……」
それが、ライアスだった。自分ひとりは、幸せの蚊帳の外。「他者の命を犠牲にして存在する自分のような人間が、幸せになる権利など無い」という思いに捕らわれていた。
それは、まだライアスがエターナルになる前、自分を逃がすために犠牲になった家臣たちへの贖罪のつもりでもあっただろう。そして、いずれ自分がロウ・エターナルとして、あらゆる世界を滅ぼす日が来るその日までは、エターナルとしての力を他人の幸せのために使うという、彼の誓いでもあった。
そんな生き方は、孤独だったに違いない。ただ、自分以外の者のために剣を振り続ける。それもこれも、ライアスが自分に価値を見出していなかったせいだ。
だが、今は違う。
ユーフォリアと出会い、ライアスははじめて「仲間」というものを知った。自分が不幸だと、悲しんでくれる人がいると知った。自分のために泣いてくれる人がいると知った。自分のためになら、命さえ投げ出してくれる人がいると知った。
そして、それはユーフォリアだけではないことも。今までは、近すぎたせいで気付かなかっただけなのだ、と。
だから、今ライアスは命を張っている。今までとは違う。誰のためでもない。自分のために、だ。
かけがえの無い「仲間」を取り戻すために、ライアスは戦っている。
(なのに……)
どうして、『聖光』は自分から溝をつくってしまうのだろう。ライアスも『聖光』も、こんなにも互いのことを想っているというのに。どうして、それがすれ違ってしまうのだろう。
いつの間にか、ユーフォリアの双眸には、涙があふれていた。
そのときである。ユーフォリアのそばに浮いていた青い光が、ぼんやりと光った。
(『聖光』よ、それが汝の出した答えか……?)
『求め』の声だった。このとき、『聖光』ははじめて『求め』が自分の中に同居しているのに気がついたらしい。そのことに、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに事態を把握した。
(……そうか。てっきり、マナが戻ったゆえに、意識を取り戻したと思っていたが……。『求め』よ、そなたが余の精神を引き上げていたのだな?)
(そうだ)
(これは、迂闊だったな。我ながら、とんでもない勘違いをしていたようだ)
真っ暗な空間、『聖光』の苦笑が白々しいほどに木霊した。
(すまぬな、『求め』よ。余を目覚めさせるため、そなたが元の姿を失ったこと、詫びても詫びきれるものではない。……しかも、それが無駄足だったとあってはなおさらだ)
(……ふん、我がここに来たのは、そんな下らぬ言い訳を聞きたかったからではない)
どうやら、拗ねているらしい。それはそうだろう。わが身を張ってこの結果では、納得がいくはずもない。
そんな『求め』を、『聖光』は暖かく見つめていた。そして、ゆっくりと、諭すように語り掛けた。
(……『求め』よ。余の身体、そなたに呉れてやろう)
(何だと……?)
(己の存在を賭けて余を連れ戻しに来たというのに、それが無駄に終わったとあれば、そなたも立つ瀬が無かろう。それに、このままそなたを消滅させるのは、余としても忍びないことだ。幸いなことに、余の精神さえ消滅すれば、余の身体……そう、『聖光』という剣は、意思を持たぬただの剣になる。だから、その身体を引き継げば、そなたは新たな神剣として生きることが出来るのだ。余の代わりに、新たな『聖光』を名乗るつもりは無いか?)
『聖光』の意外な言葉に、さしもの『求め』も言葉が出ないらしい。黙りこくってしまった『求め』に、『聖光』は懇願した。
(そして……余の代わりに、ライアスを見守ってやって欲しい。今のそなたにならば、安心してあやつを託すことが出来る。どうだ?)
(……)
やはり、『求め』は答えない。
……いや、答えないというのは違う。『聖光』の言葉を、完全に黙殺している。勃然と湧き上がる怒りを、『求め』は隠しきれていない。
そんな『求め』の反応に、『聖光』も戸惑った。不審そうな声で、
(どうした、何故答えない? 悪い話ではないだろうに……。曲がりなりにも、器自体は上位永遠神剣のものだ。そなた、あれほど上位神剣への昇華を望んでいたではないか)
(確かにな。それは、魅力的な話ではある。だがな……)
いったん、そこで言葉を切ると、『求め』は全ての意思を、この一言に込めた。
(『聖光』よ。我を見くびるのも、そこまでにしておけ)
(何……?)
『聖光』の誘いを、『求め』は敢然と突っぱねた。『聖光』にしてみれば、これほど意外なことは無い。狼狽を隠せない『聖光』に、『求め』ははっきりと言った。
(よく聞け、『聖光』。確かに我は、上位神剣への覚醒を望んでいた。だがな……我が我であることを捨ててまで、こだわるつもりは無い)
(……どういうことだ)
(ふん、簡単なことよ。あのような者、我の主としては認められぬ、ということだ)
(……ライアスのことか)
(そうだ。あのような小僧、わが主となる資格は無い。まあ、貴様のような甘い剣にはお似合いの相手だろうが……。あいにくだが、我に子守の趣味はないのでな)
(何だと……!)
ライアスを侮辱されたことに、『聖光』は憤りを隠せない。しかし、何かを言いかける『聖光』をさえぎって、『求め』はいつに無く強い口調で、言葉の穂を接いだ。
(我は、契約者以外を主とは認めぬ。……そう、『求め』のユート以外はな。それが、我が我である証だ。昔の我ならいざ知らず、今の我は契約者を捨ててまで、上位神剣となる気は無い)
(……!)
(それに、貴様を見て分かった。上位神剣だろうが下位神剣だろうが、そんなことは関係ない。貴様は弱い。少なくとも、今の我よりはな)
『求め』が、単純な神剣としての力を言っているのでないことは、『聖光』にも分かった。要は、心の強さということだろう。
決然と、『求め』は言い切った。
(いかに上位神剣とはいえ、貴様のような弱き者の名を名乗り、わが意に沿わぬ者と契約するくらいならば、ここで消え去る方がはるかにマシというものだ。たとえこの身が消滅することになろうとも、我は『求め』の名乗りを捨てぬ)
『求め』の言葉には、このまま消え去ることに対する悲壮感など欠片も無い。そこにあるのは、己のあり方に対する絶対の自信だけだった。
(……それが、我の誇りだからな)
『求め』の意志の強さに、『聖光』は言葉を失った。しばらくの沈黙の後、『聖光』は言った。
(……わかった。無理なことを言ってすまなかったな、『求め』よ。余も、悪気があって言ったのではないのだ。そなたに良かれと思った……それだけのことだったのだ)
そう語る『聖光』は、どこか弱々しかった。
(だが、『求め』よ。それほど大切な主ならば、何故そなたは己が身を投げ出してまで、ここに来たのだ? 主のことを思うなら、傍にいてやるべきではないのか?)
(貴様がそれを言うか)
(……ふ、それもそうだな。だが、それを押して聞きたい。……教えては、くれまいか?)
静かな闇の中、二つの剣の意思が交錯する。『求め』は、『聖光』の心の底を見透かすように強い視線を投げつける。『聖光』は、その視線をそらすことなく正面から受け止める。
おもむろに開かれた『求め』の口から、こんな言葉が飛び出してきた。
(我は……奇跡に魅せられたのだ)
(奇跡……?)
(そう、奇跡だ。それが、我をここまで駆り立てた)
オウム返しに問い返す『聖光』に、『求め』は強くうなずいた。当惑顔の『聖光』に、『求め』は噛んで含めるように、ゆっくりと続けた。
(奇跡とは、普通ならばありえないことを可能にする魔法のようなもの……。その奇跡を起こす力をもって、我らは契約を結び、代償を求める。奇跡とは、我ら永遠神剣にのみ許された魔法といっていいだろう)
運命すら変える、永遠神剣の力。その想像を超える力は、確かに魔法というに相応しいものだろう。
(だがな、『聖光』よ……。それは、我の勘違いであった。奇跡を起こせるのは、永遠神剣だけではないのだ。人間にも、奇跡を起こす力はある。かやつらの意思が形を持ったとき、それは奇跡になりうる……とな。契約者たちを見て、確信した)
(……)
(そして、我はこう思うようになった。奇跡とは、偶然の産物でもなければただの幸運でもない。奇跡を起こそうとする者が起こした、必然の結果なのだ……と)
『求め』の脳裏には、ファンタズマゴリアで悠人たちと過ごした日々が浮かんでいた。
何度強制力を働かせ、スピリットからマナを奪わせようとしても、決して肯んじなかった悠人。その強い意志は、彼にエターナルへの道を開き、彼自身の、そしてファンタズマゴリアの運命さえも変えた。これが奇跡でなくて、何であろうか。
アセリアもそうだ。一度は剣に飲まれ、そのまま消えるほか無かったはずの彼女を救ったのは、悠人への愛情だった。『求め』は、『存在』を乗り越えようとするアセリアの手助けをしたに過ぎない。アセリアもまた、スピリットとして定められた運命を乗り越えたのだ。
いつしか『求め』は、運命すら乗り越える力に、強く惹かれるようになっていた。
(我は、そんな奇跡に魅せられたからこそ、この身を投げ出した。ここで、またひとつの奇跡が起こると信じていたからな)
(……)
『聖光』に、言葉は無かった。
(奇跡を起こせる者は、強い。契約者も、『永遠』を持つ青き妖精も、『悠久』の主も……。そして、ライアスという名の、貴様の契約者もな。この者たちは、己に課された運命を己が手で変えてきた。かやつらは皆、強き者だ)
『求め』はそこで口を閉じると、今度はうってかわった厳しい口調で、『聖光』を問い詰めた。
(それに比べて貴様はどうだ? 己が主のためと言いながら、その実、自分の弱さから逃げているだけではないか)
(それは……)
(本当に主のことを想うのなら、一位神剣に戻らねばならないという運命くらい、変えて見せよ。貴様がここで朽ちていったところで、何も変わりはしない)
その言葉に、一瞬、『聖光』の心が揺れた。もし、第一位に回帰するという永遠神剣としての定めを、変えることができるのなら……。
そこまで考えて、『聖光』は苦笑した。そのような……それこそ奇跡のように確率の低いことが、起こるはずが無いではないか。
(『求め』よ。ライアスの元に戻ったところで、余はやはり本能に勝てぬだろう。いや、余だけではない。それは、永遠神剣に定められた運命……。変えられぬからこそ、運命なのだ。それ故、余はなすことなく、ここで朽ちてゆくことを選んだ……)
(……)
(笑いたければ笑え。だが、余は奇跡などは信じぬ。それに、そなたはさっきから奇跡奇跡と言うが、起こるかどうかわからぬからこそ、奇跡なのではないか? そのようなあやふやなものに、ライアスを巻き込むわけにはいかぬ)
(……)
(やはり、余は何もせず、ここで消えてゆくのが良いのだ。それが、ライアスにしてやれる最後のこと……。あやつも、きっと分かってくれよう)
そういって、『聖光』が自嘲の笑みを漏らした瞬間だった。
『求め』から、光がほとばしった。
憤怒、侮蔑、憎悪……そして、悲しみ。その光には、『求め』のあふれるような感情がこめられていた。それは、『聖光』をたじろがせるには十分過ぎた。
(まだ、貴様には分からぬか……!)
(……!)
『聖光』は、息を呑んだ。
これが、本当に下位神剣の意思の光だろうか。少なくとも、『聖光』はこんなに――そう、意思が――強い下位神剣を見たことが無い。
それは、上位神剣たる己の姿と比べても、一歩も引けを取らない雄々しいものだった。
『聖光』を飲みこむほどの気迫をこめ、『求め』は言った。
(さっきも言った。奇跡とは、偶然や幸運の産物ではない。起こるべくして起こった必然なのだ。逆を言えば、因があれば奇跡は起こる。必ずだ。だが、貴様のように何もしなければ、奇跡は絶対に起こらない。奇跡とはそういうものだ)
(……!)
『求め』らしくない、といえばそれまでかもしれない。こんな理屈も何も無い話し方は、かつての『求め』ならば絶対にしなかっただろう。怜悧、かつ貪欲に、上位神剣への回帰を望んでいた頃の『求め』だったなら。
だが、今ここにいるのは、あの頃の『求め』ではない。かつては大嫌いだったはずの人間臭さというものが、いつの間にか『求め』に染み付いていた。
それが、誰のせいなのかは言うまでもない。
(……馬鹿というのは、伝染するらしいからな)
『求め』は、もう二度と会うことのない、己の契約者に思いをはせた。
一方の『聖光』は、そんな『求め』らしくない言葉に、ただ戸惑っていた。
(奇跡とは、起こるものではない。起こすものだ。貴様の、主に対する想いが奇跡を起こす)
何故だろう、と『聖光』は思う。何故、自分は『求め』の言葉が否定できないのか。こんな稚拙な理屈なのに、なぜこうも自分の心は揺さぶられるのか。
その千々に乱れた心を、『求め』の言葉が解きほぐした。
(……居たいのだろう? 己が契約者のそばに……)
(……!)
当たり前すぎる『求め』の言葉。だが、それこそが、『聖光』の求めていた答えだった。『求め』は、それを見抜いていた。
(……汝は、怖かったのだろう? 自分の存在が、契約者を苦しめることになるかも知れぬ、と……。それを、ことさらに理由づけていたのは、契約者から離れねばならない自分を納得させるためだろう? 本当は、そばに居たくて居たくて仕方がないくせに……な)
今まで聞いたことの無いような、慈愛に満ちた『求め』の声だった。
(『求め』よ、余は……!)
(もう言うな。言い訳は十分したはずだ)
言いかける『聖光』を、やんわりと『求め』はさえぎった。
(それだけの想いがあれば十分だ。奇跡は起こる。汝は、永遠神剣に課された運命を乗り越えられるだろう)
(だが……。そのようなことが本当に、余にできるであろうか……?)
(その実例が、汝の目の前に居るではないか)
そのとき、『求め』らしいニヒルな笑みが浮かんだのは、気のせいではなかったろう。『聖光』は、その言葉にはっとしたが、すぐに微笑がこみ上げてきた。
(……そうか。『求め』よ、そなたが余のあるべき姿か。上位神剣への回帰を捨て、契約者との絆を取ったそなたが……)
(それは分からぬ。汝には、汝自身のあるべき姿があるだろう。我は、ただその可能性を示したに過ぎぬ。……汝が、最も望む在り方は決して不可能ではない、とな)
(……よい。それで十分だ)
静かに、『聖光』は答えた。
その時である。『求め』の光が、ぼんやりとにじみ始めた。輪郭が曖昧になり、ゆっくりと周りの空間に溶けていく。
ついに、『求め』が消滅するときが来たのだ。
(そろそろ、限界か……)
誰にともなく、『求め』はつぶやいた。その消えゆく光を、『聖光』とユーフォリアは食い入るように見つめている。
心底痛ましそうに、『聖光』は声をかけた。
(『求め』……。すまぬ。余は、そなたに何も報いてやることが出来なかった……)
(ふん、代償はすでに『悠久』の主に貰っている。我が、再び契約者とまみえることが出来たのは、あの娘のおかげだからな。礼ならその娘に言うがよい)
「ううん、違うよ。結局、私じゃ『聖光』さんを連れ戻すのは無理だった……。『求め』さんがいたから……」
瞳に涙をにじませながら、ユーフォリアは『求め』に微笑みかけた。
(……そうか。ならば、『聖光』よ。汝からも代償を貰わねばならぬな)
(ああ。余のできうる限り、何でも聞こう)
(ならば、遠慮なく言う)
『求め』は、『聖光』を見据えた。否やは言わせぬ……そんな、強い気迫をこめて。
(必ず、乗り越えて見せよ。永遠神剣に定められた運命をな。それが、ここで消えゆく我への礼儀と思え)
(……代償ではなく、礼儀か?)
(ふん、代償などというと貴様は堅苦しく考えすぎるようだからな。頭の固いやつはこれだから困る)
(……否定できぬな)
苦笑を浮かべる『聖光』だが、すぐに真顔になると、
(……分かった。出来るかどうかわからぬが、やってみよう。そなたの言う奇跡を信じて……)
(最後の最後まで疑り深いやつめ……。こういうときは、嘘でも「やり遂げてみせる」と言うものだ。まったく……だから汝は頭が固いと言うのだ)
「仕方ないよ。だって、お兄ちゃんの神剣だもんね」
ユーフォリアの言葉に、『聖光』も『求め』も笑みを誘われた。
(……よかろう、『聖光』よ。不甲斐ない汝のために、我の最後の力を使ってやる。もっとも、気休めにしかならぬかも知れぬがな)
そう言うと、もうほとんど消えかけていた『求め』の光が、まばゆい輝きを示した。辺りの闇を払うように、青い光が満ちてゆく。
だが、それが『求め』に残された最後の力だということは、『聖光』にもユーフォリアにも分かった。蝋燭は、燃え尽きる前に一番美しく輝く。だから、こんなにも今の『求め』が神々しく見えるのだろう。
静かに、『求め』は口を開いた。
(我は永遠神剣第四位、『求め』。契約者の願望を叶え、その代償を求める……。『聖光』よ、汝に求めはあるか?)
もう、何度口にしたかも分からない言葉。それが、『求め』から『聖光』への贈り物だった。
『聖光』は、胸にこみ上げる熱いものをこらえて、それに答えた。
(ああ……あるとも)
(ふ……それが何なのかは、あえて聞くまい。では、汝の想い、力に変えて見せよ!)
(……ああ!)
甲高い、ガラスが割れるような音と共に、『聖光』の想いがはじけた。
闇は、消え去った。真っ暗な空間に、白く暖かい光が戻った。
(……誓おう、『求め』よ)
芯の通った、力強い『聖光』の声だった。先ほどまでの、諦念じみた暗い影は、もうそこにはない。あるのは、強い決意に裏打ちされた希望だけだった。
(どんなに重くとも、余は耐えて見せよう。余に課せられた運命に……。その奇跡こそが、そなたへの手向けだ)
(ああ、期待している。汝の特大の「奇跡」にな)
『聖光』は暖かく、『求め』はニヒルに笑みを交し合った。
(では……さらばだ)
それが、『求め』の最期だった。はじめからそこには何も無かったかのように、本当にあっさりと消え去った。
「行っちゃったね、『求め』さん……」
(ああ……)
残された二人は、しばらく動くことが出来なかった。が、その沈黙も長くは続かない。
夢から覚めたように、ユーフォリアは語りかけた。
「……戻ろう、『聖光』さん。お兄ちゃんのところへ……」
(ああ……。戻らねばな。ライアスの……余の主のもとへ……)
もう、『聖光』に迷いは無かった。
真正面から振り下ろされた『修羅』を、ライアスは辛うじてなぎ払った。しかし、その重い一撃は確実にライアスの体力を削ぎ落としてゆく。右腕はとうの昔に言うことを聞かなくなって、いつのまにか『聖光』を左手に持ち替えていた。
利き腕でなければ、いかにライアスとて普段の技量を満足に発揮することは出来ない。不利は否めなかった。
ゼクが体勢をととのえ、『修羅』を大きく振りかぶるのを見て、ライアスは覚悟を決めた。
(……これが、本当に最後のチャンスだッ!)
ライアスは、足元でオーラフォトンを炸裂させると、その推進力を駆り、ゼクが白刃を振り下ろすより一瞬早く手元に付け入った。
そのまま、すくい上げるように『聖光』を振りぬいた。
「これで……終わりだッ!」
確かな手ごたえを、ライアスは感じていた。
だが……。
「……残念だったな、坊や?」
「な……ッ!?」
ライアスは、瞠目した。
こともあろうに、ゼクは『聖光』の刃を右手で握り締めていた。当然、その手から鮮血が吹き出る。だが、ゼクはそんな苦痛を微塵も感じさせないような不敵な笑みを浮かべると、
「肉を切らせて骨を断つ……ってな。昔の偉ぇヤツも、よく言ったもんだ」
ライアスも、『修羅』が吸収したマナが、まさかこれほどまでにゼクの肉体を強化しているとは思わなかった。
ゼクは、呆然と立ち尽くすライアスの足を苦もなく払うと、仰向けざまに倒れこんだ彼の胸に『修羅』を突きつけた。
「……終わりだ、坊や」
――決着は、着いた。
終焉を告げるように、一陣の風が吹いた。
ゼクは、ライアスを見下ろしたまま、にこりともせずに言った。
「テメエはよく戦った。そいつは認めてやる……。だからよ、もういい加減『聖光』を渡せ。『聖光』さえ砕けりゃ、黙って俺は消えてやる。テメエの命までとろうとは思わん」
「……」
ライアスは、黙って首を振った。
「……まだ終わってはいませんよ、ゼク」
「あぁ?」
「まだ私は諦めません。この身がマナに帰るまでは……」
「状況を見てものを言え。このまま俺が『修羅』を突き刺せば、即刻テメエはあの世行きだろうが。どこに逆転の可能性があるってんだ」
「それでも、です。最後の瞬間まで、私は『聖光』を信じます」
『聖光』の柄を強く握り締める。この絶望的な状況にあっても、ライアスは希望を捨てない。その顔には、微笑すら浮かんでいた。
「……どうあっても、『聖光』は渡さねえってんだな?」
「……ええ」
「そうか」
ライアスの決意を、ゼクも感じ取ったらしい。これ以上の話は無駄とばかりに、『修羅』を振り上げた。
「おい、坊や」
「……何ですか?」
「せめて、あの世では『聖光』と会えるといいな」
「ゼク……」
ライアスは、目を細めた。
以前のゼクなら、こんなことは絶対に言わなかっただろう。それが、敵であるはずの自分に、こんな感情のこもった言葉をかけるほどになった。
今のゼクには、『聖光』がライアスにとってどれほどかけがえのない存在なのかが分かっているからだ。それが誰のおかげなのかは言うまでもない。
(……変わりましたね、ゼク)
なぜか、ライアスは自分のことのように嬉しくなってしまった。
だが、現実は変わらない。
「……無駄話は、これで終わりだ。こっちものんびりしちゃいられねえんでな」
うって変わった冷たい口調で、ゼクは『修羅』の柄を握り締め……
そして、振り下ろした。
その動きが、ライアスの目にはひどく緩慢に映った。
ゆっくり、ゆっくりと、自分の心臓めがけて刃が迫ってくる。
そして、ついに刃がライアスに触れる瞬間――
――世界に、光が満ちた。
突然、すさまじい衝撃波が巻き起こり、ゼクを吹き飛ばした。
「……っ!」
不意の出来事に、ゼクは受身を取ることもできず地面に叩きつけられる。周りで見ていた悠人やアセリアも、何がおきたのか分からずに呆然としている。
その中にあってただ一人、ライアスは微笑を浮かべていた。
強く、柄を握り締める。その手に伝わってくるのは、金属の冷たさではなく、不思議なあたたかさだった。
聞こえてきたのは、聞きなれた声だった。
(待たせたな、ライアス……)
「……お帰りなさい、『聖光』」
にっこりと会心の笑みを浮かべて、ライアスは答えた。
「信じていましたよ、『聖光』。必ずあなたを取り戻せる、と……」
(……すまぬ、ライアス。余は……)
だが、何か言おうとする『聖光』を、やんわりとライアスは遮った。
「いいんですよ、『聖光』」
いとおしむように、ライアスは言った。
「全部、聞こえていました。『求め』やユーフィの言葉……そして、あなたが何を考え、何に苦しんでいたのかも……」
(ライアス……)
「いいんですよ、『聖光』。私はあなたと契約できたことを恨んだりしていません。それに……」
(ああ、『求め』のおかげで覚悟が出来た。第一位に回帰したいという本能が、我ら永遠神剣に定められた運命ならば……余は、それに抗ってみせる。他の誰でもない。汝と共にあるために)
「……ええ。たとえあなたが負けそうになったとしても、私が支えます」
一度言葉を切ると、『聖光』を撫でながらライアスは微笑んだ。
「それが、ユーフィが教えてくれたことです」
(ああ、そうだな……)
一方、ようやくゼクは身を起こした。
が、よみがえった『聖光』を見た途端、ゼクの顔から血の気が引いた。
(まさかっ!?)
あわてて振り返り、ハーシュの元に駆け寄る。
ハーシュは、消えていなかった。
いつの間にか、傷口からのマナの流出が止まっている。おそらく、『求め』が『聖光』の意識を引き上げたおかげで、『聖光』へのマナの流れが止まったおかげだろう。
ハーシュは、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
(生きてやがったか……)
安堵のため息と共に、全身から力が抜けていくのがゼクにも分かった。
ゼクはかがみこむと、そっとハーシュの頬を撫でた。あたたかくて、信じられないくらい柔らかい頬だった。
しばらくハーシュの寝顔を見つめていたが、不意に一言、
「……お前といた時間、案外楽しかったぞ」
それだけ言うと、ゼクは立ち上がり、『聖光』を抱えたままこちらを見つめているライアスに声をかけた。
もともと二人の間に憎悪はない。ただ、己の守りたいもののために戦ったに過ぎないのだ。互いにその目的を達した今、もはや争う理由はない。
「おい、坊や」
「何ですか、ゼク?」
「悪いけどよ、コイツの手当てしてやってくれねえか?」
と、横たわるハーシュを指差した。が、ライアスは当惑顔である。
「それは構いませんが……。私よりもゼク、あなたが面倒を見てあげた方が……」
「ちょっとした事情、ってヤツだ」
その一瞬、ゼクの顔が苦痛にゆがむのを、ライアスは見逃さなかった。
(まさか、ゼク……?)
だが、口には出さない。ライアスは、微笑みながら答えた。
「……分かりました。ハーシュさんの件、しかと引き受けました」
「ああ、頼む。……じゃあな」
それだけ言うと『修羅』を一振りし、ゼクは「門」に吸い込まれるようにして消えた。
そこへ、ユーフォリアが飛び込むようにして駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんっ!」
「おっと。ユーフィ、はしゃぎすぎてはダメですよ」
「えへへっ♪」
飛び込んできたユーフォリアを抱きとめ、たしなめるように言うライアスだが、ユーフォリアが気に留めた様子はない。ライアスも、苦笑してごまかすほかなかった。
ユーフォリアのあとを追うようにして、悠人とアセリア、それに意識を取り戻した時深が、傷ついた身体を引きずるようにやってきた。
にっ、と笑いながら、悠人はライアスにたずねた。
「『聖光』……戻ってきたんだな?」
それには答えずに、ライアスは頭を下げた。その律儀な態度に、悠人も苦笑しながら、
「よかったな」
「すみません、ユウト君。せっかくあなたの所に戻れたのに、『求め』を巻き込んでしまって……」
「俺に謝ることないよ。『求め』が自分で言い出したことだし。多分、アイツも満足してるんじゃないかな」
今はもういない『求め』に思いを馳せながら、感慨深げに悠人は答えた。
「そう言ってもらえると助かります、ユウト君。私も『聖光』も、ユーフィと『求め』には感謝しきれないくらいの恩がありますから……」
と、ユーフォリアの頭を撫でる。ユーフォリアは、くすぐったそうに目を細めた。
「ねぇ、お兄ちゃん。さっき、ゼクさんと何を話してたの? 何だか、ゼクさんすごく苦しそうに見えたんだけど……」
「ユーフィ……」
「……放っておいていいのかな?」
先ほどまでとは、うってかわった不安げな表情で、ユーフォリアは首をかしげた。どうやら、うすうす『修羅』の反動のことに気付いているらしかった。
ライアスは微笑を浮かべて答えた。
「ユーフィ、それは私たちの役目ではありませんよ」
「え?」
きょとん、とした表情で見つめ返すユーフォリアを、ライアスは視線で促した。その視線が指すものに気付いた途端、ユーフォリアの顔にも笑顔がよみがえった。
「……ね?」
「うんっ!」
瞬きをしてみせるライアスに、ユーフォリアも元気よくうなずき返す。
このとき、真面目一辺倒の彼には珍しく、ライアスは途方もないいたずらを思いついていた。
「アセリアさん、少し相談があるのですが……」
「……ん、何?」
「実は……」
ユーフォリアを交え、三人でなにやら小声で相談していたのだが、やがて話がまとまったのか、
「うん、それなら大丈夫。任せろ」
ぽん、と胸を叩きながら、アセリアは頼みを引き受けた。
「なぁ、一体何の相談をしてたんだ?」
「ふふっ……内緒ですよ、ユウト君」
「ちぇっ、何だよそれ」
「あははっ、お父さんがすねちゃった」
「ユーフィまで……」
苦笑いを浮かべる悠人に、アセリア、ユーフォリア、時深の三人が声を上げて笑う。
ライアスはその光景をほほえましく思いながら、いまだに眠り続けるハーシュをあたたかく見守っていた。
青や紫の光がたなびく、不思議な空間。「門」と「門」をつなぐ、いわゆる次元の狭間。
そこに、ゼクは漂っていた。
「そろそろ、終いか……」
ぽつり、とゼクはつぶやいた。
全身が焼けるように熱い。それでいて、ぞっとするような寒気もする。身体中の骨という骨が砕け、指一本動かすこともままならない。
限界を超えたマナを『修羅』に取り込ませた反動だった。
もっとも、後悔はない。『修羅』にマナを吸わせた時点で、こうなることは覚悟していたのだ。周囲のマナの流れに身を委ねて漂うゼクには、静かに死の訪れを待っているような風情すらあった。
(らしくねえなあ、相棒)
「……あぁん?」
ふと、声をかけてきた『修羅』に、面倒くさげにゼクは応じた。
(何でミニオン一匹のために、あんな無茶したんだよ。いつもの相棒なら、ほったらかしてトンズラ決め込むところじゃねえか)
「……うっせえ」
(大体さぁ、誰かのために命を賭けるなんてほざくのは馬鹿だけだ、って言ってたのは相棒だろ? どうしちまったんだよ、一体)
「……」
何故、と聞かれても答えようがない。ゼク自身、なぜあんな気持ちになったのかよく分からないのだ。
部下であるはずのハーシュを、ゴミクズのように始末させようとしたテムオリンが気に食わなかったからか?
テムオリンの命令に従い、『種子』に心を売り渡そうとしたハーシュに、生きていく楽しみを見つけさせるためか?
それとも、ハーシュが命がけで自分を守ろうとしたからか?
どれでもない気がするし、全部合っている気もする。そこまで考えて、ゼクは鼻で笑い、うそぶいた。
――へっ、どっちだっていいこった。
今、ハーシュが生きている。ゼクにとっては、それ以外のことはどうでもよかった。ハーシュの手当てはライアスに任せてあるし、ライアスなら約束を違えるようなことはないだろう。
それから先、ハーシュが何を求めて生きていくのかは、ゼクの知ったことではない。第一、それはハーシュが自分で見つけるべきものである。
もっとも、ハーシュが聞いたら怒ったろう。ここまでやっておいて「どうでもいい」はないだろう、と。
――知るか。お前がどうやって生きてくか、なんてことまで面倒見きれるかよ。
頬を膨らすハーシュを想像して、ゼクは思わず苦笑をもらした。
ゆっくりと、身体の感覚が消えてゆく。ゼクにも、自分がマナに帰り始めたのが分かった。金色のマナの霧が、少しずつ蒸発していく。
そのとき、ゼクははじめて屈託のない笑顔を浮かべた。
――死ぬときは笑って死ね、ってな。
後悔を残して死ぬな。同じ死ぬなら、満足して死ね。
ゼクが、ハーシュに言った言葉である。そしてその言葉通り、今のゼクに後悔はない。
心の中でやり残したことがないのを確認すると、静かにゼクは目を閉じ、身体が消えてゆく感覚に身をゆだねた。
だが、ゼクの意識が闇に沈みきる寸前、暖かい感触が彼を包み込んだ。背中越しに、トクンと心臓の鼓動が伝わってくる。
――ライアスの野郎、余計なお節介焼きやがって……。
自分の顔を覗き込んでくる、邪気のない陽気な笑顔に苦笑を向けたまま、今度こそゼクは目を閉じた。
「……おやすみ、の〜たりん」