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Bloodstained Hand

第十六章 前哨戦

 焦げ臭い。

 見渡す限りの荒野に、もくもくと黒煙が立ち上っている。ところどころの岩間には、残り火らしい、鈍く赤い光が見られた。

 高温で溶けてしまったのか、元の形をとどめることなく、おぞましい姿に変わり果てた岩があちこちにぶちまけられている。大きくえぐられた地面からは、腐卵臭のガスがとめどなく流れ出していた。

 紅蓮地獄を思わせる光景、その中心部ともいえる場所に二人の男がいた。

 巨大な、ノコギリを思わせる幅広の刀身。男の一人は、そのおよそ剣とは呼びがたい代物を造作なく肩に乗せ、ぼそり、とつぶやく。

「………おい、もう終いか?」

「………」

 ゼクの問いに、悠人は答えない。

 うつ伏せになったまま、死んだ方がマシとも思える痛みに必死で抗っていた。

 見れば、悠人の背は一文字に裂かれ、そこからあふれる血がラキオスの白い軍用服を赤く染め上げていた。

 いや、赤では足りない。

 真紅と呼ぶほかない鮮やかな原色は、まるで炎が悠人の背で燃え盛っているように思わせた。

 かすんでゆく視界、それでも悠人は首だけを動かし、隣を見やる。

(アセリア………)

 そこに横たわっているのはアセリア。

 だが、彼女もまた満身創痍で、顔、腕、足問わず、無数の切り傷が見られた。そのどれもが火傷のようにただれているのが印象的だった。

 ハイロゥも力なくしおれ、彼女の上に覆いかぶさっていた。

「クソ弱ぇ………。テメエら、本当にやる気あるんだろうな?」

(の〜たりんって、こんなに強かったんだ………)

 あきれ果てたように言うゼクに、ハーシュは舌を巻く思いがした。

 あの後の戦いは、はっきり言ってゼクの独壇場だった。

 戦場を灼熱の炎で焼き尽くし、戦鬼のごとく荒れ狂うゼクに、悠人とアセリアはなす術もなかった。

 その間、ハーシュはほとんど手を出していない。ゼクが一人でケリをつけたと言っていい。

 無論、悠人やアセリアが疲労の極みだったことは否めない。そこに新手の、しかも『聖光』を持ったライアスに匹敵するようなエターナルが介入してきたのだから無理もないのかもしれない。

 だが、リミッターを解除したハーシュを相手にあれだけ戦えたのだ。あっさり敗れるなどとは悠人自身思っていなかっただろう。

 それでも、負けた。

 何にせよ、今回のゼクは異常だった。少なくとも、前回ライアスと戦ったときとは比較にならなかったと言える。

 だが、ゼクは気づいていただろうか。自分が普段以上の力を『修羅』から引き出せていたことに。そして、その理由に。

 つまらなそうに悠人を見下すゼクの表情から察するに、少なくとも本人は気づいていないようだ。

(くそ………不甲斐ないな………)

 『聖賢』を握る手が小刻みに震える。胃酸が逆流する時の灼けるような痛み、それを何万倍にもしたような熱感が精気を奪っていく。

 それが余計に悠人を悲観的にさせる。

(ごめん、ユーフィ………)

(ばかたれ。お主、さっきの気構えはどこへ失せた?根性を入れなおさんか、この大馬鹿者)

(はは………そうだけど。あいにく体が言うこと聞かなくて………っ、な………。足も腰もガタガタなんだよ)

(お主、年を食うにはチト早すぎはせんか?第一、エターナルに老いはないのだぞ?)

 わざとらしく、おどけたように言う『聖賢』。だが、それが悠人を気遣う気持ちからであることは明らかだった。

 悠人は真顔で答えた。

(悪い………今回は、マジで予想外だった………)

(………)

 悠人の正直な言葉に、『聖賢』も沈黙せざるを得ない。

(なぁ、『聖賢』。俺って、甘いのか?ハーシュが『種子』に飲み込まれかけたとき………あの時なら、多分あいつを殺せたと思う。そしたら、こんな負け方しなかったかもしれない………。それなのに、そうしなかったのは………間違いだと思うか?)

(………)

 『聖賢』も即答はしない。しばしの間をおいて、

(………仮にそうしていたら、我はお主を見放していただろうな)

 嘆息まじりの声で答える。悠人は、ここぞとばかりに後ろ向きの攻めに出る。

(へへ、やっぱそうじゃないか………)

(だがな………)

(もういいや………すこし眠らせてくれよ………)

 諦め半分につぶやく悠人。だが、さすがに『聖賢』も引き下がるわけにはいかない。

(ユウトよ、いいのか、それで!?命がけでテムオリンを封じている時深に申し訳ないとは思わぬのか?お主を信じてついてきたアセリアは?それに、ユーフォリアはどうする気だ!?)

 だが、すでに悠人の意識は沈みかけていた。『聖賢』の声すら遠く聞こえ、深い海の底に吸い込まれていくような感じがした。

(ュゥ………!ュ………ょ)

(ごめん、皆………)




「ククク………そろそろ終わりのようですわね」

「………くっ………………!」

 限界というのもおろかなほど、時深はふらついている。まぶたは重く、目はかすんでいた。

 地面には黒いシミが出来ていた。全て時深の汗でできたものである。普通なら、脱水症状を起こして当然なほどの異常な汗。むしろ、この状態で立っていられる方が不思議だった。

 それでも『時詠』を放そうともせずに、ただひたすら結界を維持し続ける。

 もはや意地だけが時深を支えていると言っていい。

「いい加減あきらめたらどうですの?むこうはケリがついたみたいですわよ?」

 呆れたような、見下したような声音で言うテムオリンにも屈しようとはしなかった。ほとんど聞き取れないほどの小声で反論する。

「そんなこと………は………ありま、せん………ッ。悠人さんたちは………必ず………ッ!」

「ふぅ、相変わらず頑固ですわね。ならば………」

 詠唱を開始するテムオリン。『秩序』がまばゆい、それでいてどこか悪意に満ちた光を放ち始める。

 同時に、ピシ、と結界にヒビが入り始めた。

「………!そ、そんな………!?」

 言葉を失う時深。だが、テムオリンは冷酷に告げる。

「何を驚いているのですか?いかにあなたの結界が強力だとしても、そんなにヘトヘトでこの私を封じ続けられるわけが無いでしょう………消えなさいッ!!」

 バリインッ!!

 『秩序』がより激しい光を放つ、そう思ったときには、すでに時深の結界はガラスのごとく砕け散った後だった。

「あ………!」

 時深の手から『時詠』がすべり落ちる。トス、と軽い音を立てて地面に突き刺さった。

 それに続くように、時深は力なく膝を突き………うつ伏せに倒れこんだ。

「さて、茶番は終わりにしましょうか、時深さん?」

 テムオリンは、薄笑いを浮かべながら神剣の群れを召喚する。すべて彼女のコレクションだ。

「ククク………あなたを消した後は、『時詠』も私のコレクションに加えて差し上げますわ」

(………っ)

 それでも時深は気概を失わなかった。

 地面をはって、取りこぼした『時詠』に手を伸ばそうとする。

 だが、その動きは、見ているのがじれったくなるほどに緩慢だった。ほんのわずか身体を動かすだけで、意識が吹き飛んでしまうほどの激痛が走る。

 テムオリンは、その様子をニヤつきながら見つめていた。

 気づけば、すでに時深の周りはびっしりと神剣に取り囲まれていた。さながら牢獄の様相を呈している。

「うふふ………さあ、どちらが早くゴールできるでしょうか?」

 テムオリンの言葉にしたがって、ゆっくり、ゆっくりと時深との距離を狭めていく神剣たち。

 このあたり、テムオリンはいやらしい。スピードを抑えることで、あえて時深に『時詠』に到達するチャンスを与えている。

 もっと言えば、テムオリンは時深が『時詠』を握った瞬間に刺し殺すつもりだった。早い話が、あがくだけあがかせて、苦しむ様を見ようという肚だ。

 無論、それは時深にも分かっている。が、ここであきらめるほどには彼女は物分りが良くない。

 ずり、ずり、と音を立てながら、地面に突き刺さった『時詠』ににじりよる。テムオリンは、その不様なほふく前進を眺めながら、

「ほらほら、もう少しですわよ?頑張りなさいな、うふふ………」

 相手の命を握るものだけが見せる、冷酷な笑み。だが、この笑みこそが、テムオリンの至福の表情だと時深は知っている。

(本当に、ロクな性格じゃありませんね………)

 こんなときに、何故かおかしみを感じてしまうのが不思議だった。死を目の前にして、ついにおかしくなってしまったのか、と自嘲する。

 目の前にして、といえば、今ほど自分の能力を恨めしく思ったこともなかった。「時見の目」が克明に自分の未来を見せつけてくるのだ。

 そう、無数の神剣に貫かれ、ハリネズミと化している自分。

 それが、『時詠』に一歩近づけば近づくほど、より鮮明な映像として網膜に映ってくる。近い未来ほど予見しやすいということなのだろう。

(はぁ………。やっぱり、「見えすぎる」のは考えモノですね………)

 そして、ついに『時詠』に手を伸ばす。

 時深の細く、白い指が『時詠』の柄に触れた――――

 ヒュン!!

 風を裂く音が耳に届く。時深の周りの神剣が、一斉に襲い掛かった証だった。

 同時に、時深は自分の最期を悟った。

 このとき、時深の感覚は光速すら超えていたのかもしれない。

(死の直前に、人生が走馬灯のように見えるって聞いたことはありましたが………本当らしいですね………)

 そんな下らないことを考える余裕さえあった。

「さようなら、時深おばさん」

 テムオリンの皮肉まじりの言葉。その言葉が、妙に時深の心に引っかかった。

(そういえば、ユーフィにも言われましたね………。まったく、悠人さんったらロクなこと教えないんだから………)

 心の中でため息をつく。もっとも、物理的にはそんな時間の余裕はなかったが。

 今、肺の中にためこんだ空気、これを吐き出した頃には、自分はもう消えているはずだった。

(悠人さん、ごめんなさい………)

 最後の心残りを口にし、時深は全身から力を抜いた――――

 そのときだった。

(………!?)

 「時見の目」を通じて、時深の意識に新たな映像が流れ込む。画質は荒く、ノイズも大量に入り込んでいた。

 それでも、時深には分かった。

(お帰りなさい………)

 それを最後に、時深の意識は闇に飲まれていった。




 ピチョン

 波一つない穏やかな水面。そこに一滴の雫をたらしたかのように、悠人の心に凛と響く声があった。まるで、直接心に語りかけられているようで、ひどく懐かしい感触だった。

(『聖賢』か………?)

 気だるそうに言う。心地よい眠りにつこうとしていた悠人にしてみれば、こんなときに話しかけられるのは迷惑以外の何物でもない。

 だが、悠人の気持ちを知ってかしらずか、声の主はお構いなしに言う。

(………契約者よ、汝はその程度で音を上げるほど脆弱ではなかろう?我に抗ったときの心の強さはどこへ行った?)

(何だ、バカ剣かよ………)

 ごく自然に反応する悠人。いつもと変わることの無い様子で答える。

(こっちはシャレにならないようなヤツを相手にしてるんだ。お前に何が分かるってんだよ………)

(………ふん。エターナルになって、多少は成長したのかと思えばこのザマか。やはり、汝には上位永遠神剣は荷が重いということなのだろう)

(余計なお世話だ。………ったく、『誓い』に砕かれた時に見せたしおらしさはどこに行ったんだよ………)

 そう言って、はた、と気づく。自分は何と話しているのか。

(はは、幻聴まで聞こえてくるなんて、こりゃ相当ヤバいな。………そうか、俺、夢を見てるんだ………)

 ありえない現実を無理やりこじつけ、ひとり納得する。

 するうちに、現実感の欠片もない妄想がとめどなく広がっていった。

「ユートさま、私が盾になります!早く後ろに!!」

(エスペリア………?)

 そして、それをきっかけとして、堰を切ったように次々と見覚えのある顔が浮かんできた。

「パパァ、オルファ、敵さんい〜っぱい殺したよ!」

「手前の剣、ユート殿に………」

「こぉらっ、しっかりしなさいよ、バカ悠!!」

 次々に懐かしい顔が浮かんでは消えていく。

(あ゛〜…何で今頃になってみんなの顔が浮かんで来るんだ………?ここにいるわけ無いってのに………。まったく、こんな幻覚まで見はじめるなんて、俺も末期症状かな………)

 思考に整理がつかなくなり、あらぬことを考え始める始末だった。

(はは………この調子じゃ、次は光陰あたりかな………。そうだな、あいつのセリフはマロリガンでイオと戦ってたときの………)

「助けは必要ですか?」

(そうそう、こんな具合に………)

 ………

 ……

 …

 ―――え?―――

 聞き間違いではない。その声は、確かに聞こえた。大気の微弱な振動が鼓膜に伝わる。

 その振動は眠っていた神経をたたき起こし、確かな肉体の感覚として脳を刺激した。悠人の意識を覚醒させるには十分だった。

 ゆっくりとまぶたを開く。

 悠人は、鉛でも詰まったかのように重い頭を持ち上げ、声の主の姿を求めた。

 そして、二つの人影を捉える。

(ありえねえ………。もしあれが本物なら、俺、神様信じてもいいや………)

 悠人の瞳に映ったものは、さっきの妄想並みにリアリティーに欠けていた。

(やっぱ、夢の続きを見てるのかな………?)

 だが、それに答えたのは他ならぬ本人たちだった。

「お待たせしました、ユウト君」

 ゆっくりと歩み寄る金髪の青年。その背には一人の女性が背負われていた。

 腰には二本の剣を差している。一本は無骨だが、いかにも相手を食い割りそうな凄みを持つ青い剣。それとは対照的に、もう一本は赤サビだらけで、とても切れ味は期待できそうにないシロモノだった。

「ただいま、お父さん!お母さん!」

 そして、元気いっぱいに駆け寄る少女が一人。手には杖のようなものを持っている。

 しばらくの間、悠人は呆けたように口を開いたままだった。

(俺、神様信じなきゃダメみたいだな………)

 ようやくその光景を現実と認識すると、今度は溢れ出しそうになる涙をとどめるのが一苦労だった。

「二人とも、よく頑張りましたね」

 そう言って、ライアスは背負っていた女性をそっと横たえた。

「時深………?」

「危ないところでしたが………何とか間に合いましたよ」

 時深は眠っていた。はたから見れば重病人そのもの、それくらい衰弱が激しかった。

「お、おい時深!しっかりしろ!!」

 つい声を荒げてしまう悠人。巫女服の襟をつかみ、必死で揺さぶり続ける。

 それを、やんわりとライアスが差し止めた。

「大丈夫です、ユウト君。体力こそ消耗しきっていますが、彼女ほどの人なら、じきに回復するはずです。………ですから、今はそっとしておいてあげて下さい」

「え………」

 よく見れば、時深はひどく穏やかな表情を浮かべていた。

「………ね?」

 と、ライアスは悠人を安心させるように微笑を浮かべて見せた。

 安堵のため息を漏らしながら、悠人は時深から手を離した。

(時深………本当にありがとう………)

 そっ、と悠人は時深の頬をなでる。そこには、感謝とも謝罪ともつかない複雑な感情がこめられていた。

 一方、

「………ん………っ、お帰り、ユーフィ………」

「うん、ただいま。お母さん………」

 ユーフォリアはアセリアの胸に顔をうずめ、こぼれそうになる涙を必死でこらえていた。

 アセリアも、相変わらずぐったりと横たわっていたが、ユーフォリアの背に手を回し、強く抱きしめた。

「ユーフィ………もう放さないから………」

「うん、うん………」

 胸いっぱいに吸い込んだ空気、そこに香るアセリアの匂いがユーフォリアにはとても懐かしかった。

 ライアスと悠人は、その様子をじっと見つめていた。

「さて、と。ユウト君、立てますか?」

 その言葉に、悠人は『聖賢』を杖に立ち上がろうと試みる。だが、片膝を上げた途端、再び崩れ落ちてしまった。

 申し訳なさそうに、

「悪い………ちょっと無理っぽいな………」

「………分かりました。それでは、先日の決着はまた今度、ということにしましょう。今は私にもやらなくてはならないことがありますから」

 そう言って、ライアスは腰に差した剣の一振りを悠人に見せた。

「………も、『求め』!?そ、それ本物なのか………!?」

(汝には耳がないのか?さっき我の声を聞いたであろう?)

「い、いや………てっきり夢でも見てたのかと………」

 さすがの『求め』も、その言葉には呆れてしまったらしい。

(………『聖賢』を持ったからといって、アタマの質が良くなるというわけでもないようだな。上位神剣といっても、所詮はその程度か)

 が、今度は『聖賢』が反論する。

(何だと?たかが第四位の神剣の分際で………。本能のまま生きる下位神剣ごときに言われる筋合いはない)

(………ふん。偉そうなことを言ったところで、今の汝は力を使い切ったも同然ではないか。今ならば、我が汝を取り込んでやることも可能だということを忘れるな。………『誓い』のようにな)

(下衆の分際でよく言った。よかろう、格の違いというものを存分に思い知らせて………)

 初対面でいきなりヒートアップしていく神剣二本。呆れたことに、両者とも相手を威嚇するかのようにオーラフォトンを開放し始める始末だ。

 妙に笑えない空気が充満し始める。それを見かね、

「はい、そこまで。………二人とも、一度は同じ者を主としたのですから、もう少し仲良く出来ないのですか?」

 話を打ち切るようにライアスが割って入る。それを機に『求め』も『聖賢』も不機嫌そうに黙り込んでしまった。

「お前、ほんっとに、変わってないのな………」

 苦笑混じりに言う悠人。だが、正直なところ、久々に『求め』に会えてまんざらでもない様子だった。

「でもさ、本当に何で生きてるんだ?お前、確かに『誓い』に砕かれた後、『世界』に取り込まれただろ?」

 それを聞いたライアスは、くすり、と笑いながらつぶやいた。

「………『求め』のペンダント」

「あ!!」

「ふふ、思い出したようですね」

「で、でもあれは佳織が………」

 そう言って、ふとある光景がよみがえる。

 そう、アセリアと佳織の墓参りに行ったときに見つけた『求め』のペンダント。いや、中身のないフレーム。

(まさか………)

 頭では否定しようとするものの、現実がそれを裏切っていた。そして、それを裏付けるようにライアスは言う。

「どうやら、『求め』は欠片になったからといって死んではいなかったようです。『求め』本人が言うには、マナを失って深い眠りについていたらしいですね」

「で、でも、お前どこで欠片を手に入れたんだ?」

「詳しいことは私も知りませんが、ユーフィがどこかで拾ってきたようです。………あまりいい行動とは言えませんが。ユウト君、しつけはしっかりしておかないと後が大変ですよ?」

 と、最後だけ苦笑を浮かべて見せた。

(………なんか、佳織からの贈り物みたいだな)

 考えてみれば、心配性の佳織ならやりかねない、そんな風にも思えて、自然と悠人の顔はほころんでいた。

「さて、それでは私の用事を済ませましょうか………テムオリン」

 先程までの優しげな表情が一転、目を細めながらライアスは言い放った。

「とことん邪魔をしてくれますわね、坊や………。あなた、ロウ・エターナルとしての自覚はないのですか?」

 時深にトドメを刺すのを邪魔されたためか、テムオリンの声は辛辣だった。

 ………いや、テムオリンはライアスという人間自体に嫌悪感を抱いているのだろう。考え方が180度違う二人が同じ陣営にいること自体が皮肉とも言える。

「ロウ・エターナルとは、無数に散らばる永遠神剣を第一位永遠神剣に戻す者のことです。………決して無辜の命を奪う存在ではありません」

「相変わらずお子ちゃまですわね。………あなた、私の神経を逆なですることにかけては右に出る者がありませんわよ?」

「あなたが何と言おうと、私もロウ・エターナルの一員です。………『聖光』のライアス、それが私の名なのですから」

「ふん、今は『求め』のライアス、じゃありませんの?………第一、そんな玩具を腰に下げて何のつもりですか?」

 と、『秩序』で『求め』を指し示す。その言葉に、

(何だと………)

 『求め』は不快感を露にする。が、テムオリンは構わず、

「それとも、私と遊んで欲しいのですか?それならば考えてあげなくもありませんわよ?」

「………まさか。あなたに遊んでもらうくらいなら、家でのんびりと紅茶でも飲んでいますよ」

 さらりと言い返す。ライアスも最初に比べれば、テムオリンとの会話の呼吸を掴んできたらしい。もっとも、本人に自覚はないだろうが。

 苦々しい顔で沈黙するテムオリンに続けて言う。

「………『聖光』から奪ったマナを返してもらいましょう」

「嫌だ、と言ったらどうしますの?」

「………最後まで言わせるつもりですか?」

 そう言って、『求め』を構える。『求め』もテムオリンへの敵愾心からか、普段以上のオーラフォトンをまとい始めた。

「残念ながら、落し物は拾った者勝ちですわ。あのマナは『聖光』が勝手に吐き出したものなのですからね」

 ライアスの一番痛い部分をつく。そう、あの時ライアスが決断してさえいれば、『聖光』がこうなることもなかったのだ。

「それに、今さらどの面下げて『聖光』に会うつもりですの?あなたのような者と契約しなければ、『聖光』もクズ鉄に成り果てることもなかった………さぞ、あなたを恨んでいるでしょうねえ」

 悪意をそのまま形にしたらこうなるのだろうか。その言葉に、ユーフォリアは思わず声を荒げて反論した。

「そんなことない!『聖光』さんは………」

 が、みなまで言わせずに、ライアスはユーフォリアの頭に、ポン、と手を置いた。そして、諭すように言う。

「………いいんですよ、ユーフィ」

「で、でも!」

 なおも訴えようとするユーフォリア。だが、ライアスはもう聞いていなかった。

「………テムオリン。あなたの言うことは認めましょう。確かに、私は罪を犯しました」

「お、お兄ちゃん!?」

「ようやく偽善者の仮面を外しましたわね」

 してやったり、とばかりに冷笑を浮かべるテムオリン。だが、ライアスは動じることなく続けた。

「私が不甲斐ないばかりに故郷は消え去り、あまつさえ『聖光』までこんな姿にしてしまったことは言い逃れできません。無論、その罪を償うなどという思い上がったことを言う気もありません。………ですが」

 一旦言葉を切る。そして、まぶたを閉じ、想いを確かめるように胸に手を当てた。

 忘れることの出来ない光景がよみがえってくる。

 あの夜のユーフォリアの言葉は、今でも一語一句違うことなく思い出すことが出来た。

(お兄ちゃんは優しすぎるから…………たった一人でも不幸になる人がいちゃいけない、って思ってる………。そのくせ自分ひとりはどうなってもいいって………)

(そう、私は一人で背負うつもりだった。苦しむのは自分一人だけでいい、そう思っていたから………。それでも、ユーフィは………)

 涙顔で、しかしありったけの思いをこめて叫ぶユーフォリア。それを思い出すだけで、ライアスの心は暖かい春の日差しを感じることが出来た。

(私も、『聖光』さんも………きっと臣下の人たちだって、お兄ちゃんが苦しむのを見るのは絶対にイヤ!!死んじゃうのはもっとイヤ!!私たち…………仲間に頼ってくれないのが、一番イヤッ!!!)

(………こんな私でも、そばにいて欲しいと言ってくれた。生きていて欲しいと言ってくれた。苦しみを分けて欲しいと言ってくれた。それどころか………)

(そう、仲間。お兄ちゃんが悲しむのを、誰よりも悲しむ人。お兄ちゃんの苦しさを半分持ってあげたいって思う人。お兄ちゃんが泣いてたら、一緒に泣いてあげたいって思う人。何があっても、お兄ちゃんを放っておかない人だよ!!)

(………私のことを『仲間』、とさえ言ってくれた!今の私には、隣で支えてくれる人がいるんだッ!!)

 そして、もう一人のパートナー。

(『聖光』………!)

 取り戻す。取り戻したい。取り戻さなければならない。そのために自分はここに来たのだ、と。

 ライアスはわれ知らずのうちに口を開いていた。

「………今の私は一人ではありません。ともに歩み、すべてを分かち合ってくれる人がいるのです」

「お兄ちゃん………」

「ありきたりなセリフだとは自分でも分かっています。月並みだと言われても仕方ないでしょう。………ですが、そういう当たり前のことこそが、人としての本当の幸せだと私は信じます。………違いますか、テムオリン?」

 まっすぐにテムオリンの瞳を見つめる。だが、テムオリンはせせら笑うだけだった。

「とても神剣の意思を代行するロウ・エターナルの言うこととは思えませんわね」

「何とでも言いなさい。私もたまには自分のために剣を振りたいのですよ」

「よく吠える坊やですこと………そこまで言うのなら力づくで取り戻せばいいでしょう?」

「………その言葉、後悔しますよ」

「ふん、いつまでその余裕が続くのか、楽しみですわ………」

 圧倒的な戦力差を背景にするテムオリンにとっては、もはやライアスは座興の相手に過ぎないのだろう。

 そんな彼女にしてみれば、あとは、いかにその座興を面白いものにするか、ということ以外に興味は無い。

「ゼク、ハーシュ。そこのゴミの始末は任せますわ」

「………テメエ、たまには自分で動く気はねえのか?」

 あからさまに不満の声をあげるゼク。だが、テムオリンはいたって涼しい表情のまま答える。

「あら、そんなに報酬を減らして欲しいのですか?」

「………」

(こいつ、絶対に確信犯だな………)

 テムオリンには聞こえないようにため息を漏らし、やれやれといった感じでライアスに向き直る。

「テメエもわざわざ出て来んなよ………。おとなしく引っ込んでりゃいいのによ………」

「それはこちらのセリフです。いつまでテムオリンの言うなりになっているつもりですか?」

「テメエに言われねえでも、報酬もらったらあんなガキとはおさらばだ」

「節操の無さは相変わらずですね………。まあ、あなたらしいと言えばそれまでですが」

 と、ゼクの言葉を苦笑で受けるライアス。

 だが、その目は笑っていなかった。

「ゼク………あなたも、今はそれでいいでしょう。ただ自分の生きたいように生き、思うがままに剣を振るう。その生き方を否定する気はありません。ですが………一人ではいつか限界が来ます。力だけではどうしようもなくなる、そんな時が………。そんな時、頼れる仲間がいるというのはいいものですよ。そこにいるアセリアさんとユウト君を見ればよく分かるでしょう?」

「………何が言いてえ?」

「いえ、ついこの前までの私がそうでしたからね。ちょっとした忠告ですよ」

 と、軽く笑って見せる。が、ゼクにはその意図は通じなかった。

「テメエも相変わらず説教臭えな………」

 ボリボリと頭をかきながら聞き流す。そして、横目でライアスをねめつけると、

「ゴタクは十分だ。俺がテメエを消して、報酬をもらう。俺にとって大事なのはそれだけだ」

「………わかりました。あいにくですが、私も今日ばかりは引くわけにいきませんから」

 そして、後ろに控えるユーフォリアに向き直る。

「ユーフィ、お願いします」

「うん!『悠久』よ、私の力をお兄ちゃんに………ポゼッション!!」

 サアアァァァァァ………

 高々と掲げられた『悠久』から、水色の光が放たれる。暖かな精霊光がライアスを包んでいった。

 ライアスのまとうオーラフォトンが格段に膨れ上がる。

 しかし、それでもゼクは呆れ声を上げざるを得なかった。

「………おい、その程度で俺とやりあうつもりか?『聖光』持ってた時に比べりゃ、カスもいいとこだろ………」

 が、ライアスには笑みを浮かべるだけの余裕が残っていた。

「確かに力だけを見れば、この前あなたと剣を交えた時とは比較にならないでしょうね。ですが………」

「ああん?」

「戦いは力だけで決まるものではありません。それに、さっきも言ったでしょう?」

 ゆっくりとユーフォリアに顔を向ける。

「『仲間』はいいものだ、とね」

 ライアスの微笑みに、ユーフォリアも心底嬉しそうな顔になる。

「………ふん、ほざいてろ」

 だが、そっけなく言うゼクの背を、パシーン、と勢いよく叩く者がいた。

「はいはい、の〜たりんの傍にはあたしがいてあげるから♪」

 あはは〜、とハリオン顔負けの能天気さで言うハーシュ。やはりハイロゥは黒ずんだままだったが、それでももとの陽気さを取り戻していた。

 が、その顔を見た途端、ゼクは頭を抱え込んでしまった。

「………テメエは黙ってろ」

「え〜、なんで〜!?」

 不服そうに頬を膨らせるハーシュ。だが、ゼクは犬でも追うように手を振るだけだった。

「む〜〜。の〜たりんのアホ………」

(の〜たりんの次はアホかよ………。こいつの相手してたら本気でアタマ痛くなってきたな………)

 悠人たちを一瞬で追い詰めた気迫もどこへやら、ハーシュの前ではただのの〜たりんに逆戻りのゼクであった。

(まさか、あのゼクを丸め込める人がいるとは………)

 妙なところに感心してしまうライアス。むしろハーシュ(の性格)に勝てる人間を探す方が難しい気もするが。

 しかしここは戦場。どんなときでも隙を見せた方が負けである。

 戦力的に劣勢に立たされているライアスにはなおさらだった。

「………決めます!」

 そう言うと、ライアスは『求め』を地面に叩きつけた。

 強烈な爆発音とともにオーラフォトンが炸裂し、砂塵が舞い上がる。即席の煙幕が、そのままライアスの姿をも包み込んでしまった。

 とっさにゼクも『修羅』を構えなおす。

「相変わらず、うざってえ野郎だ………!」

 機転を利かせたライアスの行動に舌打ちするゼク。それを見透かしたように、

「………こうでもしないと、今の私では敵いませんからね」

 ヒュッ、と風を切る音とともに精霊光を身にまとったライアスが現れる。

「の〜たりん、後ろっ!」

「遅いッ!」

 ガッ!

 『求め』がゼクの背に食いつく寸前、ハーシュは二人の間に割り込んで、『種子』で受け止めた。

「ぐっ………不意打ちなんてズルいよ?」

 態勢も整えず、無茶な格好で割り込んだためか、ハーシュの顔が苦痛にゆがむ。のけぞるような姿勢のまま『求め』を食い止めている。

 そのままつばぜり合いを続ける二人だったが、

「………やりますね」

 奇襲に失敗したと分かると、ライアスはあっさりと身を引いた。

「も〜、の〜たりん気付くの遅いよ?」

 安堵のため息を漏らすと、ハーシュはゼクをかばうように、『種子』の切っ先をライアスに向けたまま言った。

「うっせえ。俺はああいうセコセコしたヤツが一番ヤなんだよ」

「………やっぱり、の〜たりんだね」

 はぅ、とため息をもらすハーシュ。

「………仕方ない。あたしがサポートをするから、の〜たりんは思いっきり暴れてきていいよ」

「何エラそうなこと言ってやがる。もともとテメエ一人で戦う予定だったんだろうが」

「あはは、細かいことは言いっこなし。はいはい、行った行った♪」

(くそ………)

 あっけらかんと言い放つハーシュに半ば呆れつつも、素直に従うゼク。何だかんだ言っても、この二人の相性は悪くないのかもしれない。

 一方、ライアスにも、まともにゼクとやり合って勝てる見込みが無いことは分かっていた。

 視線は前方に向けたまま、落ち着いた口調で後ろに控えるユーフォリアに言う。

「ユーフィ、こちらも援護を頼みます」

「うん、任せといて!………ゆーくん、例のヤツをやるよ!」

(分かった。………いくよ!)

 ユーフォリアの詠唱とともに、『悠久』から青い光が放たれる。それが徐々に広がってゆき、ついにはユーフォリアの全身を包み込んだとき―――

「『悠久』の主、ユーフォリアの名において命ずる。わが分身よ、ここに………エターナル・ファミリア!」

 ヒィィィィィン………

 臨界点を超え、『悠久』から二つの光球が生まれた。生き物のように、くるくるとユーフォリアの周囲を回り始める。

「よし、大成功!」

「さすがですね、ユーフィ。まさか一日で使いこなせるようになるとは………」

「えへへ、お兄ちゃんの教え方が上手だったもん♪」

 笑顔を浮かべると、二人は、パシン、と手を打ち合わせた。

「………なんだ、ありゃ?」

「………さあ?」

 一方、ゼクとハーシュは、ユーフォリアの周りを生きているかのように動き回る光球を目のあたりにして、疑念の声をあげざるを得なかった。

 それに答えるように、ユーフォリアの声が響き渡る。

「よ〜し、行けっ!!ファミリア・アタック!!」

 すると、二つの光球は平べったい円月輪へとその姿を変えた。徐々に加速しながらゼクとハーシュに迫る。

 が、ハーシュはいたって余裕の表情のまま。『種子』を構えると、

「そんなの効かないよ!モードチェンジ『献身』、デボテッド………」

 しかし、それを見た瞬間、ゼクの表情が凍りつく。

「………バカ、避けろッ!!」

「………え?」

「チッ!!」

 何を思ったのか、ゼクはバリアごとハーシュを蹴り飛ばした。球型のバリアに包まれ、ゴロゴロと転がっていくハーシュはどこか滑稽だった。

 たった今、ハーシュがいた場所を二つのファミリアが飛び去っていく。

「〜〜〜〜〜ッ!ちょっと、何するのよ〜!?」

 何の予告も無く蹴り飛ばされたハーシュにしてみれば、ゼクの行動は当然のごとく納得がいかない。不満をそのままに抗議の声をあげる。

 が、ゼクは呆れ顔のまま答えた。

「………後ろを見てみろ」

「何でよ?まったく、の〜たりんったら………」

 と、頬を目いっぱい膨らませ、しぶしぶ振り返るハーシュ。が、今度はハーシュが固まる番だった。

 そこにあったのは、真っ二つに切り裂かれた巨岩。まるで鋭利な刃物で切り裂いたように、その切断面には乱れが無かった。

「………あのまま受け止めてたら、今頃ナマスだぞ?」

「あう………」

 ゼクの言葉に、ハーシュはそのまましょげかえってしまう。

「ゴメン………」

 そう言うと、ハーシュは素直に頭を下げた。ゼクもそれ以上言う気はないらしく、

「………もういい。テメエは後ろでサポートしてろ」

 それだけを言うと、ゼクはハーシュに背を向け、再びライアスとユーフォリアに対峙した。

「ったく、とんでもねえガキだな、そいつ………」

 と、ユーフォリアを指差す。が、ユーフォリアはゼクの言葉に敏感に反応し、

「ガキじゃないもん!!私には『悠久』のユーフォリアっていう名前があるんだから!!」

 と、反論する。しかし、ゼクはにべも無い。

「ガキはガキだ」

「ち〜が〜う〜!!」

「うるせえ、クソガキ。黙って寝んねしてろ」

「ふぇ〜ん、お兄ちゃ〜ん………」

 涙目でライアスを見上げる。こういうあたり、ユーフォリアも子供らしさが出てしまうらしい。

 さすがにライアスもいたたまれなくなり、

「………ゼク。ユーフィをいじめるのはそれくらいにしてもらえませんか?」

 半泣きでしがみつくユーフォリアをなだめつつ、言う。

「………ガキのお守りなんぞに付き合ってられるか。テメエも、そのガキ殺されたくねえなら後ろに引っ込めとけ」

「む………」

 ライアスの表情がこわばる。彼自身、ユーフォリアをガキ呼ばわりされるのは嫌っているようだ。

 結果として、ゼクのその言葉が決定打となった。

 ユーフォリアはよほど腹に据えかねたらしく、

「もう怒った!ファミリア・アタック!!」

 怒り心頭、再びファミリアを突っ込ませる。

「やれやれ、自分でまいた種ですからね、ゼク。………私も行かせてもらいましょう」

 そう言うと、ライアスも二つの光球に続いて突進を始めた。手には『求め』を握ったままだ。

(………クソ、何で俺がガキと坊やの面倒見なきゃなんねえんだよ)

 心の中でテムオリンに呪詛の言葉を投げかけつつも、肩慣らし、とでも言うように『修羅』を一振りする。

 そして、自分から踏み込んで行った。

「いくらなんでも直線的すぎんぞ………」

 飛来する二つの光球を、すれちがいざまに身をひねってかわす。目的を失ったファミリアは、そのままはるか彼方に飛び去っていった。

「あ〜〜!!」

「フン、所詮ガキの攻撃か………」

 鼻を鳴らし、ユーフォリアに一瞥をくれるゼク。そのままライアスと激突した。

「来なさい、ゼク!!」

「おおりゃあッ!!」

 『修羅』をライアスの頭めがけて振り下ろす。相変わらず大振りだが、その威力は証明済みである。

 無論、『聖光』の加護が無いライアスにこの一撃を受け止められる道理は無い。

 だが、ライアスは冷静さを欠くことなく歩を進めた。

(………こいつ、何考えてやがる?)

 その考えが、わずか一瞬の間にゼクの脳裏に去来する。だが、ゼクはためらうことなく、勢いを落とさずに『修羅』を振り抜いた。

「………大振りすぎます!」

 半歩、身をずらす。ライアスの前髪を数本裂き、額から鮮血が吹き出る。瞬間、ライアスの顔が苦痛にゆがんだ。

 しかし、致命傷を与えることなく、かすっただけで『修羅』は空を切った。

 むしろ、ダメージと引き換えに、ライアスは大きな隙を得た。

「覚悟しなさい、ゼク!!エクスプロードッ!!」

 『求め』のまとうオーラフォトンが膨れ上がる。ライアスにしては珍しく型を崩した、しかし渾身の一撃がゼクの肌に触れた瞬間。

 閃光が走った。

 オーラフォトンが炸裂し、爆風が視界を奪う。

「お兄ちゃん!」

「の、の〜たりん!?」

 二人の声も爆音にかき消された。

 ようやく爆煙がおさまり、視界が開けてくる――――

「さすがにツラいですね………」

「………チッ」

 いつの間に仕切りなおしたのか、二人は距離を取り直して、互いに剣尖を向け合っていた。

 直撃を受けたはずのゼクは、あちこちに裂傷を負っていたものの、どれも致命傷というには程遠かった。

(まさか、これほど『求め』と『修羅』に力の差があるとは………)

 今の一撃で決めるつもりだったライアスには大きな誤算だった。

 オーラフォトンが爆発した瞬間、ゼクもとっさにバリアを張った。もちろん、ろくに時間をかけずにつくったものだけに、その防御力は貧弱と言うほか無い。

 それでも、『求め』の一撃はその薄膜を破ることは出来なかった。あのタイミング、状況をもってしても。

 仮にライアスが『聖光』を持っていたら、確実に決着がついているはずだった。

(………『求め』、もう少し力を解放できませんか?)

(無茶を言うな。今のが我の限界だ。………残念だが)

 微妙にふて腐れた声で答える『求め』。やはり自分の力が及ばないことを認めるのはプライドが許さないのだろう。

(仕方ありませんね………ユーフィ、聞こえますか?)

(うん、大丈夫)

 『求め』を通じて、ユーフォリアの心に直接語りかける。ユーフォリアもすぐに反応を返してきた。

(このままでは、どうあがいてもあの二人に勝てる見込みはありません。………こうなった以上、やむを得ません。ユーフィ、「あれ」の準備をしてください)

(………え!?)

 その言葉にユーフォリアは戸惑いを隠せなかった。

(で、でも………まだ一度も成功したことないし………。それに時間がかかりすぎちゃうから無理だよ?)

 しかし、ライアスは頑として譲らない。

(しかし、今の私に彼らを倒すだけの力が無いのも事実です。ユーフィの力無しでは………。ユーフィ、あなたなら必ずやれます、自分を信じてください。時間なら私が稼ぎますから………)

(そっちの方が無茶だよ!時間を稼ぐって言っても、一体どうやって………?)

(大丈夫です。少しの間、私にファミリアを貸してくれれば)

(でも………)

 優しく諭すライアスだが、ユーフォリアはそれでも逡巡し続けた。

 さらにライアスは続ける。

(ユーフィ、こう言っては何ですが………。『仲間』を信じろ、と言ったのはユーフィですよ?)

(………)

(絶対にユーフィを悲しませるようなマネはしません。ですから………信じてください。必ずしのぎきってみせますから………)

 心の底から、しぼりだすように言う。そこには、一片の嘘偽りも無いことはユーフォリアにも伝わっていた。

(お兄ちゃんは、嘘つけないもんね………)

 ユーフォリアは、心配そうな顔をしつつも、黙ってうなずいた。

「ファミリア………お兄ちゃんに力を貸してあげて」

 その言葉で、ファミリアの主導権がライアスに移る。

 いつの間にか戻ってきた二つの光球は、ユーフォリアから離れ、ライアスの周りをふわふわと舞い始めた。

「お兄ちゃん、約束破っちゃイヤだよ?」

 心配そうに言うユーフォリアに黙って微笑を返すライアス。

「では………行きましょうか」

 まるで散歩にでも出かけるような穏やかな調子で言うと、ゼクとハーシュの元へ駆け出していった。

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