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Bloodstained Hand
第十四章 陽気な悪魔

「アセリア、大丈夫か!?」

「うん………、何とか」

 言葉とは裏腹に、戻ってきたアセリアの傷は浅くなかった。

 それに加えて、『永遠』からムリに力を引き出したせいで、精神力の消耗も激しい。

 事実、アセリアの足取りは重く、見るからに危なっかしい歩き方をしている。

「よく………頑張ったな」

 そんなアセリアを、悠人は優しく抱きとめてやった。アセリアも、悠人の胸に顔をうずめ、

「うん………」

 ぎゅっ、と抱きしめ返す。

 戦場にもかかわらず、そうしているだけで、二人の心は安らいだ。気のせいか、アセリアの苦痛の表情も和らいだように見える。

「アセリア………お疲れ様でした。後は私と悠人さんに任せてください」

「………すまない、トキミ」

 タキオスとの戦いを、あくまで冷静に見守り続けた時深だが、やはりアセリアのことが心配だったのだろう、言葉の端々に安堵の色が伺える。ねぎらいの意をこめて、優しく声をかけた。

「じゃあ、時深。次は俺が行く。………アセリアを頼む」

「分かりました、悠人さん。お気をつけて」

「ああ!………じゃあな、アセリア」

 悠人は、そっ、とアセリアを抱く腕を緩めた。

「うん………絶対、生き残って」

「任せとけって」

 心配をかけまいと、あくまでも明るく、軽く答える悠人であった。




 さて、一方のロウ陣営はというと。

 敗北を喫したというのに、何故かテムオリンの表情は満足げであった。無論、タキオスを悼むような素振りはない。

「………さてと、ここまでは予定通りですわね。ハーシュ、今の戦い、しかと見届けましたね?」

「うん。多分、大丈夫だよ♪」

「うふふ………結構ですわ」

タキオスがやられることも計画のうちだったのかどうかは分からないが、とにかく自分の思惑通りに事が運んでいるのだろう。テムオリンの言葉の端々には余裕が見え隠れしていた。

「では、ハーシュ。次は任せますわ………。存分に遊んできなさい」

「は〜い♪」

 バサッ、と純白のハイロゥを広げ、ハーシュもまた悠人の待つ戦場に飛び去った。




(………来た)

 上空を、ゆったりと旋回しながら近づいてくる白い影。

 それを見た悠人の気も、自然と引き締まる。思わず、『聖賢』を握る手にも力がこもった。

「お待たせぇ〜。さ、始めよっか」

 が、対峙するハーシュには緊張感のかけらも感じられない。とてもこれから命のやり取りをするような雰囲気ではなかった。

 おかげで、悠人も毒気を抜かれてしまった。

(何か、調子狂うな………)

「どしたの?そんな、ぽへ〜っとした顔して」

「いや、別に………」

「ふ〜ん。あ、でもね、バカ顔してたらホントに馬鹿になっちゃうんだって。ほら、あんな風に」

「は??」

 突然のことで状況を把握しきれない悠人。

 が、とりあえずハーシュの指差す方向に視線を移してみれば――――

「んだと、テメェッ!!」

 そう、ロウ陣営最大にして最悪の問題児こと、ゼクである。

「わ〜い、の〜たりんが怒った〜♪」

「このクソガキが………!あんまり調子に乗ってると後で後悔すんぞ!」

 怒鳴るゼクの様子が、ますますハーシュを面白がらせ、再びハーシュがゼクをからかい………の悪循環。

 悠人には、そのやり取りを呆然と眺めることしか出来ない。

(なあ、『聖賢』。これって何かの心理作戦………なのか?)

(………分からん)

(俺としては、これがハーシュの素だという説を推したい)

(しかし、何かの策だという可能性は捨てきれまい。もう少し様子を見たほうが………)

(けどさ、どう見てもありゃ素だろ)

(そうやってすぐ結論を急ぐのが、お主の悪い癖だ。やはりここは慎重に………)

(いやいや)

(いやいやいや)

(いやいやいやいや)

 ………

 ……

 …

 以下略。

 などと、二人で妙な会議を始める始末である。

 ―――その時間、約30分―――

 そして、ついに悠人が『聖賢』の意見を押し切ろうとしたとき、ようやくテムオリンが仲裁に動いた。

 いや、仲裁というよりは、一方的な警察権行使というべきか。

 ハーシュに罵詈雑言を浴びせるのに夢中になっているゼクの背後に、ゆっくりと歩み寄る。

 テムオリンは、その華奢な右手を高々と掲げ―――

 ぼぐっ

 妙に鈍い音を発し、『秩序』がゼクの後頭部にめり込む。

「ぐおっ………」

 さすがのゼクも、まともにこんなものを食らってはたまらない。うめき声をあげながらズルズルと崩れ落ちてしまった。

「まったく………この男の精神年齢は幼児並ですわね………」

 その声はゼクに聞こえたのだろうか―――?

 空をつかむような格好のまま、ゼクの意識は闇に溶けていった。

「あ〜あ、の〜たりんが沈んじゃった………。面白かったのに」

「ハーシュ、バカをやってないでさっさと始めなさい!!それに聖賢者ユウト、あなたもじっと見てるんじゃありません!見世物じゃありませんわ! 」

「「は、はい!」」

 見事に二人の返事がハモる。

 後を任せたハーシュがこんな調子では、タキオスも浮かばれないだろう。

「えっと………じゃあ、行くよ?」

「お、おう」

 なにやらぎこちない話を交わす二人だが、ようやく戦場らしい雰囲気になってきた。

 悠人も気を取り直して、いつも通りの中段に『聖賢』を構える。

 が、ハーシュと向かい合った悠人は、どことなく彼女の姿に違和感を覚えた。

 その理由はすぐに分かったが。

「………なぁ、ハーシュも『種子』って神剣持ってるんだろ。出さないのか?」

 そう、ハーシュは武器と呼べるものを身に着けていなかった。

 少なくとも、見た目の上では。

 だが、ハーシュはそんな悠人の問いに、不思議そうに首をかしげる。

「え、さっきから持ってるよ?ほら、コレ」

 と、ハーシュが差し出した手のひらの上には――――

 何の変哲もない、一粒の小石。

「は?」

 悠人も、思わず間の抜けた声をあげてしまった。

「だから、これがあたしの神剣」

「………へぇ」

「あーっ、なによその目!疑ってるでしょ!?」

「いや、そんなことないけど」

「ウソばっかり!その「こいつアタマおかしいんじゃないか?」って顔が何よりの証拠!!」

「………」

(よく分かったな)

 あえて口に出さないのは、悠人なりの優しさとでも言うべきか。

 が、それが余計にハーシュの神経を逆なですることになった。

「いいよーだ!!『種子』の本当の力、見せてやるんだから!!」

 その言葉に反応したのか、ハーシュの言う、自称『種子』がぼんやりと光り始める。大気中のマナを吸収しているのだ。

 それが徐々に形を変え、次第に巨大化してゆく―――

「わが神剣『種子』よ、ここにッ!」

 カッ!!

 閃光に包まれたまま、一気に成長する『種子』。

 気付いた時には、ハーシュの手に、スラリとした一本の白い剣が握られていた。

「さあ、馬鹿にしてくれたお礼、たっぷりしてあげる!!」

「な、何だよ、あの神剣!?」

(ふむ、不定形の神剣というのは聞いたことはあったが………我も見るのは初めてだ。ユウト、抜かるなよ)

(分かってる!)
 
 が、ハーシュは悠人に状況を判断するヒマを与える間もなく、詠唱を開始した。

「マナよ、光の渦となりて敵を滅せよ、ライトバーストッ!!」

(イオと………同じ技!?)

 頭でそう理解したときには、悠人は無意識のうちに右にとんでいた。

 幾重にも重なった光の渦は衝撃波となって、悠人のわずか数センチというギリギリの距離をかすめていく。

「ふぅーっ………危機一髪………」

(ユウト、気を抜くな!)

「え?」

 『聖賢』に意識を呼び戻された悠人が見たのは、猛スピードで迫るハーシュの姿だった。

「それっ!エレクトロンブレードッ!!」

 白く光る『種子』が、悠人を切り裂こうと真正面から振り下ろされる。

(バリアは………間に合わないか!)

 とっさの判断で、『種子』を『聖賢』で受け止める。

 ガギインッ!!

 二本の神剣がぶつかり合った瞬間、その接触面から激しい火花が飛んだ。

「ぐっ………効くなぁ………!」

 ハーシュの、その華奢な体つきからは想像できないくらい重い一撃に、思わず顔をしかめる悠人。

 ガッ、ガッ、ガッ!

 二度、三度と剣をぶつけ合う二人。その度に、腕にすさまじい負荷がかかり、骨を通じて脳まで揺さぶられるような錯覚に陥る。

 腕の筋肉が悲鳴をあげる中、悠人は辛うじて口を開いた。

「さっきの神剣魔法といい、これといい………やっぱりお前はホワイトスピリットなのか………?」

「さあ、それはどうかな?」

「何?」

「これを見てもそんなことが言えるのかなってこと!!」

 ゾワッ

 その瞬間、ハーシュの髪と瞳が燃えるような赤色に染まり、彼女のまとうオーラフォトンの色も変わった。

 さらに、『種子』はどこか見覚えのあるダブルセイバーへとその姿を変え――――

(何だ………この妙な感覚は?)

 自分の直感が、明らかにヤバいと告げている。

 ――こういうときは、理性より感覚を信じろ――

 『聖賢』に何度も聞かされた鉄則、悠人はそれにしたがって距離を取り直した。

 そして、一歩身を引いたその瞬間――

「モードチェンジ、『理念』発動!それっ、ファイアボールッ!」

 ハーシュの言葉とともに、特大の火球が現れた。

「当たってたまるかッ!!」

 容赦なく自分に迫る火球を、『聖賢』の一薙ぎで切り払う。

 真っ二つに割れたソレは、悠人を挟んで、はるか彼方へと飛んでいった。

 後一瞬、判断が遅れていたら、悠人は今頃、消し炭になっていたのは間違いない。

 その攻撃を見切られたことに少なからず動揺したのか、ハーシュに一瞬の隙が生じる。

(ユウト、今だ!!)

 『聖賢』の声を聞くまでもなく、一気に地を蹴る悠人。

 分が悪いと見たのか、ハーシュは、それをムリに受けようとはせずに、軽くバックステップで距離を取り直した。

 一瞬で攻守が逆転してしまった。

「こら、逃げるなっ!」

「う〜ん………そんなこと言われても、『理念』で接近戦はまずいからなぁ………」

 ひょい、ひょい、とハイロゥの飛行能力を活かしつつ、悠人との距離を広げていくハーシュ。

 悠人もまた、『聖賢』の力で動きは俊敏になっているはずなのだが、いかんせんウイングハイロゥほどの加速力を得ることは出来ない。

 みるみるうちに、100メートルくらい離されてしまった。

「よ〜し、これくらい離れれば………」

 距離を取り直したことで、ハーシュは詠唱する余裕を得た。

 そのまま、特大の神剣魔法をお見舞いすべく、詠唱を開始したのだが――

「オーラフォトンビームッ!!」

 ハーシュの行動は、悠人の予測の範囲内だった。

 『聖賢』から放たれた一条の光が、ハーシュに襲い掛かる。

「………え?きゃああああああ!!?」

 ドゴオッ!!

「よし、命中!!」

 気持ちいいくらいのクリーンヒットに、ぐっ、とこぶしを握り締める悠人。

 たった今までハーシュがいた場所からは、もくもくと砂塵が舞い上がり、遠目にはどうなっているかは分からない。

 それでも、悠人は今の一撃に確かな手ごたえを感じていた。

 だが、

(ユウト、まだだ!!)

「え?」

 『聖賢』の言葉に弾かれるように、前方に視線を移すと―――

「ウソ………だろ?」

 その光景は、悠人の肝を冷やすには十分だった。

 立ち上る粉塵から現れたのは………傷一つ負っていないハーシュ。

 彼女の周りには、肉眼でもはっきり分かるほどの分厚い、球状のオーラフォトンが張り巡らされていた。

「も〜、不意打ちなんて卑怯だよ?」

 その手には、『理念』よりはるかに厚ぼったい、鉄板を貼り付けたような剣が握られていた。

「どう、『因果』の防御力は?………って、そんなことはあなたが一番良く知ってるよね」

 くるくると、バトンのように『種子』を弄ぶハーシュ。

 さっきの焦った様子は、まるで演技だったと言わんばかりに余裕を見せつけている。

「………なぁ、『聖賢』。あんな神剣、反則だよな?」

(………愚痴を言っても始まるまい)

「ちぇ………」

 悠人も『聖賢』の言葉に、思わず苦笑を浮かべてしまう。

 笑っている場合でないとは分かっていたけれど。

「さってと………ここからのシナリオは、あたしの反撃だけの予定だから、そのつもりでヨロシク〜♪」

 ハーシュは陽気な声を上げ、スッ、と前傾姿勢に構える。

 再び『種子』はその姿を変え始め、今度は日本刀そっくりに、そして彼女自身は黒いオーラフォトンをまとい、その髪の毛も漆黒に染まった。

「モードチェンジ、『冥加』!…………では、参ろうか、なんちゃって♪」

 ヒュッ、と風を切る音だけを残し、ハーシュはその姿を消した。

 残像すら残さない、すばやい動き。

 ヒュンヒュン、タタッ、タタッ

 高速で空気を裂く音と、地面を蹴る音が入れ違いに耳に届く。

「くっ、早いな………」

(ユウトよ、音に惑わされるな)

 的確な『聖賢』の助言、それを受けた悠人は音を無視し、殺気だけに神経を集中する。

 ――――落ち着け、俺――――

 そして。

 ピタッ

 一瞬、気配が止まった。

「そこかっ!!」

 即座に『聖賢』を突き出す。

 おそらく、悠人に出来る最速の一撃だったはず。

 にもかかわらず、『聖賢』は宙を泳ぐだけだった。

(ヤバい、しくじった!)

 そう思ったのと、背後に気配を感じたのは同時だった。

 音もなく、その姿を現すハーシュ。

 そして、『種子』の鞘に左手を添え―――

「それっ、居合いの太刀!!」

「ちいっ!!」

 ガキィンキィンキィンガキィンガキィン………!

 とっさに振り返り、ハーシュの初太刀を受け止めた悠人。だが、ハーシュはお構いなしに、すさまじいスピードで居合いを繰り出し続ける。

 ガキ、ガキガキガキィン!!

(早い………こりゃあ、ウルカどころの話じゃないな………!)

「さあ、もっともっとスピード上げていくよ〜♪」

 あまりの速さに、ハーシュの腕から先だけがぼやけて見える。

 そんな攻撃を受け続ければ、体力に自信のある悠人といえども、すぐに息が上がってしまうのは避けられない。

 ましてや、一撃でも食らおうものなら致命傷は免れない。おかげで精神にかかる負担も並々ならぬものがある。

 全身から汗が吹き出るのを感じた。

(くそっ………手が痺れてきやがった………!!)

「それそれそれそれえっ!!」

「なら、これで………………レジストッ!!」

 グワアッ!!

 悠人を中心に、円を描くようにオーラフォトンの障壁が形作られていく。

 バリアがその領域を拡大するにつれて、徐々にハーシュをも押し返していった。

「あらら………これはちょっと予定外だな〜〜」

 悠人がバリアを張り終えるのを見届けると、あっさりとハーシュは引き下がった。

「う〜ん、『冥加』の一撃は軽いからなぁ………。ソレを突破するのは、少しキツイかな」

「はあっ、はあっ………よく、わかってるじゃないか………」

 息を荒げながらも、あくまで不敵につぶやく悠人。

 悠人をすっぽりと包むように、球状のオーラフォトンバリアが鈍く光っている。

 だが、あくまでもハーシュに動じる様子はない。

「でも、ものは試しって言うからね。もうちょっと付き合ってもらうよ♪」

「いいさ………破れるもんなら、破ってみろよ」

「じゃ、お言葉に甘えて〜〜♪」

 その言葉を残し、再びハーシュは姿を消した。

 相変わらずすさまじいスピードで、悠人にはその位置を捉えることはできない。

 影すら見えないというのだから、その速さは推して知るべき、である。

 ヒュンヒュン、タタッ、タタッ………

(ちぇ………バリアを張りっ放しってのも、何か癪だけどな)

(仕方あるまい。あの速さは本来の『冥加』の主を凌駕している。残念だが、今のお主に捉えるのは無理だろう)

 ガッ!ギンッ!ガ、ガ、ガ、ガギィン!!

 悠人と『聖賢』がそんな会話をしている最中も、360°ありとあらゆる方向からハーシュの太刀が襲い掛かる。

 ガガガ、ズッ、ドガガガガ………!!

 が、やはりバリアが破られることはない。

 それどころか、傷一つついてはいなかった。

「おい、そろそろあきらめたらどうだ?いくら頑張ったって、それじゃ無駄なのは分かっただろ」

 悠人は、姿も見えず、どこにいるのかさえ分からないハーシュに向かって、とりあえず声をかけてみた。

「そうだねぇ………」

 すさまじい速さのため、ハーシュの声にまでドップラー効果がかかる。

 高低入り混じって聞こえる声というのは、実に滑稽なものだが、あいにく、悠人にはそんなことを意識する余裕がない。

 バリアを維持するために、『聖賢』のすべての力を集中しているのだ。

「ブラックスピリットは確かに動きは早いけど、一撃にたいした威力はないのは知ってるだろ?」

「そんなの当然だよ〜〜」

「なら何………」

 悠人が言葉を継ごうとした瞬間、ハーシュの気配………いや、一気に増幅した殺気が、瞬時に彼の背後に迫った。

 背筋に悪寒が走る。

 そう感じたときには、すでにハーシュの間合いだった。

「なら、こうすればいいでしょ!!」

 ハーシュの言葉とともに、瞬時に『種子』は姿を変える。

 悠人が見たことのある神剣、その中でも五指に入るくらい見覚えのあるソレに―――

「モードチェンジ『存在』、発動!!食らえッ、ヘヴンズスウォード!!」

「やべっ………!!」

 ハーシュは、ニッ、と笑ったまま『種子』を叩きつけた。

 サクリ

 妙に乾いた音とともに、オーラフォトンバリアは一枚の紙のごとく切り裂かれた。

 それでも『種子』の勢いは止まることなく、そのまま悠人の肩先をも割り付けた。

 悠人は苦痛に顔をゆがめながらも、転がるようにハーシュから離れた。

「ふっふ〜ん♪油断大敵、ってヤツだね」

「くっ………」

 肩をおさえる右手は、真っ赤に染まっていた。

 指の隙間から滴り落ちる血が、地面に黒々としたシミをつくってゆく。

「バリアを張って安心してたんでしょ?けどね、『種子』の前には安全地帯なんて存在しないんだよね♪」

 言いながら、ハーシュは自慢げに『種子』を突き出してみせた。

(何てこった………スピードも、パワーも、おまけに神剣魔法も得意ときちゃあ、どこにも隙がないじゃないか………)

 久々に感じる危機感、しかもソイツは特上と来た。

 さすがの悠人も、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 それを見透かしたような、いかにも楽しげなハーシュの言葉が響く。

「さてと、そろそろ終わりにしちゃおうか?」

「冗談じゃない………俺はアセリアと約束したんだ。絶対生きて戻るってな」

「むぅ〜………あきらめてくれると楽なんだけど………やっぱりダメ?」

「………当然だ。ここであきらめるくらいなら、俺は初めからエターナルになんてなってない」

「………仕方ないなぁ」

 そう言うと、ハーシュは面倒くさそうに『種子』を頭上にかざした。
 
 再びハーシュの周りのマナが変化し始める。ぐるぐると、トグロを巻くように彼女の頭上に集中し始めたマナは、その姿を暗雲に変え、すさまじい雷撃音を発し始める。

 そして、雷雲から一条の稲妻がハーシュに向かって降り注いだ―――

 ハーシュはそれを『種子』で受け止める。黄色い閃光に包まれながら『種子』はその姿を変えてゆき―――

「……ッ!?」

 あまりのまぶしさに、思わず目を閉じてしまう悠人。

 次の瞬間、彼が目にしたのは―――

 鋭いレイピアに姿を変えた『種子』だった。刀身からは雷を発している。

 ハーシュ自身は、元のホワイトスピリットそっくりの外見に戻っている。

「モードチェンジ、『空虚』!!………う〜ん、この電撃の、バリバリ、っていう音、いつ聞いてもいいよね〜〜♪」

「うふふ……これで一人消滅、と……」

 テムオリンのつぶやきは、悠人にも聞こえたのだろうか――――?

「さあ、黒焦げになっちゃえ♪サンダーストームッ!!」

 ズギャアッ!!ズガアッ!!ドゴォッ!!

 ハーシュの声に従って、数え切れないほどの稲妻が大地に降り注ぐ。

「当たれるかよ………!」

 すんでのところで雷撃をかわした悠人だが、狙いすましたように二撃目が襲い掛かる。

 それを今度は、転がりながら避ける。

 ドガアッ!!

 たった今まで悠人がいた場所は、雷に伴うすさまじい熱によって見事なまでに炭化してしまい、もうもうと黒煙を吐き出している。

 その間にも、稲妻という名の槍は悠人を襲い続ける。

 ドゴオッ!!ゴギャアッ!!バゴオッ!!

(くっ……キリがない……!)

「ほらほら、逃げてばかりじゃ意味ないよ!!」

 悠人にしてみれば、それどころではない。

 左肩の傷が次第に熱を帯び始めた上、出血のせいで意識が遠のきかけることもある。

 避けるのでさえ、精一杯なのだ。

 だが、そんな状態でいつまでも逃げ切れるはずは無く―――

「ぐあっ!!」

 ついに、悠人の左足を稲妻が貫いた。

 当然、ハーシュもその隙を見逃さない。

 最速のタイミングで、最速の神剣魔法を発動した。

「バイバイ、楽しかったよ♪………………イグニッション!!」

 四方から湧き上がる熱感。

 みるみるうちに温度が上昇し、岩がマグマに変わり始める。

 悠人は、数秒後に黒焦げになっているであろう自分の姿が容易に想像できた。

 この瞬間、悠人は本気で自分の死を意識した。

(まだ………俺にはやることがあるってのに!!)

 その思いもむなしく、やはり貫かれた左足は言うことを聞かなかった。

「ふふ………チェックメイト、ですわ」

 冷酷なテムオリンのつぶやきは、誰に向けられたものだったのだろうか。

 だが、まさにその瞬間、悠人は見た。

 自分の前に立ちはだかる影を。

 それは青い髪をたなびかせ、純白の翼をひろげたまま、悠人の前に降り立った。

 もう、見慣れたというもおろかなほど、彼が見続けたシルエットだった。

「ユートは………やらせない!!アイスバニッシャーッ!!」

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