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Bloodstained Hand
第十二章 翼よ、よみがえれ



「たあああああっ!!」

「ぬうんっ!!」

 ハイロゥの加速力を十二分に活かした、鋭い斬撃。

 とても常人に捉えられるスピードではない。

 だが、黒い大男はそれを見切り、振り下ろされる『永遠』を軽々となぎ払った。

「どうした、その程度では俺には傷ひとつつけられはせんぞ?」

「くっ、負けない……!」

 それでも、タキオスの鉄壁ともいえる防御にひるむことなく、アセリアは攻撃を繰り返していた。

「そうだ、もっと俺を楽しませてみろ!!………………いいぞ、その調子だ。所詮は元スピリット、だが、なかなかの太刀筋を身につけている」

 今のところ、もっぱらアセリアが攻勢に出ている。タキオスはそれを捌くことに終始していた。

 どうやらアセリアが消耗するのを待っているらしい。

 絶え間ない攻撃を通じて、タキオスに『永遠』の刃が届いたのは二度や三度ではない。

 いかにタキオスが戦士として優れていようとも、アセリアの繰り出す攻撃を全ていなすことは不可能だった。

 だが、たとえ当ったとしてもタキオスを包む極厚のオーラフォトンに阻まれ、彼を傷つけることはなかった。

 当然、疲労はアセリアの方が大きい。

 このペースでいけば、タキオスより先にアセリアの集中力が切れるのは間違いない。そこを狙われれば一発でアウトだ。

 かといって逆に待ちの戦法を採ろうにも、アセリアはそれほど防御に長けているわけではない。何と言っても彼女の持ち味は攻めにある。

(このままじゃダメ……。でも、きっと……)

 次第にアセリアの息づかいも荒くなってきていた。

 

 10分ばかり前にさかのぼる。

「では、始めましょうか……。タキオス、行ってきなさい」

「はっ……」

 振り向いて、テムオリンに一礼するタキオス。

「で、そちらは誰が一番手ですの?」

「よし、じゃあ俺が……」

 が、歩みだそうとする悠人をアセリアがさえぎった。

「ユート、私が行く」

「え?けど……」

「心配ない。……前に戦ったことがあるから」

「で、でもあの時はエスペリアやオルファ……みんながいてくれたじゃないか!今度は一人っきりなんだぜ?」

「それはユートが行っても同じ」

 それでも首を縦には振らない悠人。できれば、アセリアを戦わせたくはなかった。

が、それまで二人のやり取りを見守るだけで沈黙を守っていた時深が、ここに来て初めて口を挟んだ。

「……そうですね。悠人さん、アセリアに任せましょう」

「何でだよ?俺じゃ心配だってのか?」

 不満そうに言う悠人だが、黙して時深は首を振った。

「いいえ、ただ……」

「ただ、何だよ?」

「ええ。タキオスの守りの堅さはご存知でしょう?……では、どうやってそれを突破しますか?」

 少し考え込むが、すぐにかつての戦いを思い出した。

「そりゃ、神剣魔法で直接攻めるなり、気をそらすなり……」

 が、自分で言ってすぐにそれが不可能なことに気づいた。

「あ…」

「……でしょう?こちらには攻撃型の神剣魔法を得意とするものがいないのです。それに回復もできませんから、あのときのように遮二無二攻めかかって、持久戦に持ち込むこともできません」

「じゃあ、どうするんだよッ!」

 作戦会議のときから、悲観的な話ばかり時深に聞かされていたものだから、つい苛立った声を上げてしまった。

「……」

 それに対し、時深は困ったような顔をするばかり。

 悠人もすぐにその意味を悟り、自分の非に気づいた。

「あ……ごめん」

「いえ、気にしないでください。気持ちは分かりますから……」

 優しく諭すように言うと、言葉を継いだ。

「で、どうするかですが………守りに徹したタキオスは、甲羅にこもった亀と同じ。無駄に消耗するだけですから、下手に手を出さない方がマシです。かといって彼の一撃は相当重いですから、長く耐え続けるのも無理。……結局、相手の攻めの隙をつく。それも一撃で決める必要があります」

「それで、アセリアってことか」

「ええ……。防がれさえしなければ、私たちの中でアセリアが最強の攻撃力を持ってますから。幸い、『永遠』の力をすべて引き出したエタニティリムーバーなら、それで片がつくはずです」

 その威力はライアス戦で実証済みである。

「まあ、消耗したふりをするなり、わざと隙を見せるなりして、向こうに手を出させる必要はありますけど………アセリアなら上手くやれるはずです。こう言ってはなんですけど、悠人さんよりアセリアの方が太刀さばきも上手いですし」

「ぐ……」

 痛いところをつく時深。もちろん悠人に反論の余地はない。

「………わかった。『ラキオスの青い牙』が伊達じゃないって見せてやれよ」

 ようやく納得した悠人は、ぽん、とアセリアの肩をたたいてやった。

「……うん。行ってくる!!」



「はあっ、はあっ……」

 30分も剣を振り続ければ、さすがに疲労の色が表に出てしまうのはやむをえない。

 額に浮かぶ汗は流れて、じっとりと首筋を伝い、髪を振り乱すたびに透明なしずくが宙を舞う。

それでも諦めないアセリア。

いずれ見出せるはずの活路を信じて。

「な、なあ時深……。大丈夫なのか?」

 心配で仕方ない悠人は、幾度となく飛び出しそうになるのを必死でこらえていた。

 それを少しでも和らげようと、時深に問いかける。

「ふふ、大丈夫。アセリアはよくやってますよ。…………ほら、そろそろタキオスも攻めに出たくなっているはず。その気配を感じてからは、アセリアは徐々に大振りに変えているでしょう?あれは誘っているのですよ、攻めてこいと」

 悠人がよく観察してみると、確かにアセリアは多少疲れてはいるものの、疲労困憊というわけではないようだった。

「まったく巧いものです。タキオスから見れば、アセリアが消耗しきったから、太刀捌きが鈍くなったようにしか見えないでしょう」

 そして、時深がその言葉を発すると同時に大きく振りかぶるアセリア。

「たあっ!!」

 が、虚しく『永遠』は空を切った。

「ふん、目測すら誤るほどの限界に達したか………。消えろッ!!!」

 その隙を突き『無我』を勢いよく薙ぐタキオス。
 
 その瞬間、タキオスを守るオーラフォトンが消えた。今、それは全て攻撃のために『無我』の刀身に集中している。

 が、それこそがアセリアが待ちに待った瞬間。

(今!!)

 タキオスの横なぎをバックステップでかわす。

 当然、攻撃をかわされたタキオスは、大きく姿勢を崩してしまった。

 アセリアがそれを見逃すはずもなく、片足をつくや否や、地を蹴って一気に間合いをつめる。

「やあああっ!!エタニティー……」

 『永遠』の刀身から青い光が放たれる。

(決まった!!)

 思わずこぶしを握り締める悠人。

 しかし…

「甘い!!」

 空振りしてしまった『無我』だが、タキオスは無理に体勢を立て直そうとはしなかった。

 その流れに逆らうことなく、右足を軸にそのまま一回転すると、『無我』はその重量ゆえ大きな遠心力を生じた。

 ちょうどハンマー投げと同じ要領だ。

 ブンッ!

 唸りを上げて、再び『無我』はもどってきた。しかも、もとより勢いを増してアセリアの胴めがけて迫る。

「喰らえええっ!!」

「!!」

 一旦スピードに乗ってしまったアセリアは、防御を取ることさえままならない。

 気づいたときには、無我夢中でハイロゥを目の前に広げていた。

 バサアッ!!

 切り裂かれる純白の翼。ひらひらと羽が宙を舞う。

 が、シールドハイロゥほどではないにせよ防御能力はあるので、『無我』がアセリアに届くことはなかった。

「……!?」

 一瞬何が起こったのかわからず、動きを止めてしまうアセリア。

 が、ここではそれが命取りにつながった。

 両断されたハイロゥの隙間から迫る黒い影。

 それが、タキオスの巨大な手のひらだと気づいたときには、すでにがっしりと顔を鷲づかみにされていた。

「ふ、ふふ……楽しませてくれる………!だが、これまでだな……」

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべたタキオスは渾身の力を籠める。

「う、あああっ……」

 ギリギリと骨がきしむ音。

 タキオスの手をつかんで必死にもがくアセリアだが、どうしてもそれを振り払うことができない。

「頭が………割れ、るっ…!」

 苦悶の声を上げるアセリア。

「そうか、苦しいか…。ならばすぐ楽にしてやろう」

 その言葉とともに、軽々とアセリアを頭上に持ち上げる。

「………さらばだ!!!」

 言うや否や、ものすごい勢いで地面にたたきつけた。

 ドオオオオオオオオオォン!!

 爆音とともに土ぼこりが立ち上り、まったく視界がなくなってしまう。

「アセリアーーーーーーーーーッ!!!!!」

 怒号する悠人。

 だが、期待を裏切るかのように噴煙から一人の男が現れた。

「ふふ、なかなか良かったぞ……。さあ、次はどちらが俺を楽しませてくれる?」

 タキオスの背後にはポッカリと、底が見えないくらい深い穴が開いていた。

「タキオス!!うおおおおっ!!」

 悠人はといえば、他には目もくれず、タキオスめがけて一直線に飛び掛っていた。

「ほう、次は貴様か。どれくらいウデを上げたのか………俺に見せてみろ」

 100メートル……

 50メートル……

 30メートル……

 10メートル……

 そして両者がぶつかる、まさにその瞬間。

 ギュオオオオオオオオオオッ!!

 タキオスの背後から強烈な光が放たれる。

 そして、隼のような勢いでひとつの影が飛び出した。

「あ、あれ……!!」

 その場にいた全員が、呆然として空を見上げる。

 そこにいたのは…………傷ついた翼をひろげ、瞳に強い意思を宿した妖精。

「アセリアッ!!」

 悠人の表情が、一気に歓喜に染まる。

 それとは対照的に顔を引きつらせ、身構えようとするタキオス。

 だが、それすらもアセリアは許さなかった。

「『永遠』よ、私にあなたの本当の力を……………」

 瞳を閉じ、詠唱を開始するアセリア。

 『永遠』からは、ひときわまぶしい光が発せられ、その刃が一回り大きくなったようにも見える。

 光を浴びたハイロゥは、みるみる元の美しい姿を取り戻し……………大天使を思わせる、六枚の巨大な翼へと変わった。

「すべての根源たるマナよ、あらゆる動を静に転じよ…………サイレントフィールドッ!!」

 その言葉ともに急激に温度が下がり………

 ビシィッ!!

「ぬう………!」

 そこに在る、いっさいの存在が動きを止めた。

 ただ、アセリアを除いて。

 そして、そのまま姿が見えなくなるほど高く舞い上がり――――――

 ドギュウッ!!

 超高高度から一気に落下。

 その瞳は狩をする鷹のように、タキオス一点を捉えていた。

 空気抵抗を減らすべく、垂直に加速するアセリア。

「私の命のすべて……。光になって、『永遠』とひとつに!」

 『永遠』が、真っ白の光に包まれ――――

「エタニティリムーバァァァァァ!!!」

 高らかに響く美しい声。

 そして黒い影は―――――――光に還った。
 



 ガシャン

「あ」

 食器を落としたのはこれで二度目。

「す、すみませんユーフィ。すぐに片付けますから……」

 二人は今、夕食の後片付けの真っ最中だった。

 だが、いつになくライアスの動作がぎこちない。というより、心ここにあらず、といった感じだ。

 普段は一人でテキパキと済ませるので、ユーフォリアが手伝うことはめったにない。

 仮に手伝うことがあっても、二人で談笑しているのが常なのだが、今日に限ってどことなく沈んだ雰囲気であった。

「いいよ、お兄ちゃん、無理しないで。まだ身体治ったわけじゃないんだし……。先に休んでてよ?」

「しかし……」

「いいからいいから。病人は無理しちゃダメなんだよ?」

「……わかりました。では、後をお願いします……」

 ゆっくりと自室に足を向けるライアス。

 だが、その足取りは重く、普段の彼を見知るものには別人のようにしか見えなかった。

 パタン

 この重い雰囲気の中、扉が閉まる音だけが軽かった。

「…ねえ、ゆーくん」

 ライアスが部屋に入ったのを確認して、『悠久』に語りかける。

(何、ユーフィ?)

「お兄ちゃん、何であんなに元気ないのかなあ?怪我してるだけであんなになるとは思えないんだけど……」

(そうだね、そもそも怪我自体たいしたことないはずだし。理由は別にあると思う)

「……『聖光』さんがいないから?」

(それはあるだろうね。けど、一番重くのしかかってるのは、あの世界が消されちゃったからじゃない?ユーフィは知らないと思うけど、あそこはライアスさんの生まれ故郷なんだ)

「え!?」

 驚きで目を見開くユーフォリア。

「じゃあ、私がお兄ちゃんの後を追ったせいで……」

 テムオリンとの戦いを思い出す。

 意気揚々とライアスの応援に駆けつけたのだが、テムオリンに圧倒的な力の差を見せ付けられ、何も出来なかった。

 結局、ただの足手まといになったのかもしれない。

 それでも、ライアスを貫こうとした一撃を防ぎ得たことだけが、唯一の慰めだと言えようか。

(いや、それはないと思うけど。ユーフィが行かなかったら危なかったのは確かだし……。口には出さなかったけどライアスさん、ユーフィが駆けつけたとき嬉しそうだったよ?)

「なら……いいんだけど」

(僕が思うに、すごく責任感が強い人だから、自分が助かって他の人が犠牲になることに耐えられないんじゃないかな?『聖光』と最後までモメてたのはそのせいだと思う)

「そっか。それで『聖光』さん、私に……」

(主が目覚めたら支えになってやってくれぬか?放っておけば全て一人で背負いこむタチだからな)

 『聖光』の残した言葉が、頭の中で再現される。

「そういう意味だったんだ……」

 はぁ〜っ、とため息を漏らすユーフォリア。

 結局、ライアスのために何も出来ていないのがもどかしかった。

 思わず天井を見上げる。が、その瞬間

 つるっ

「あ」

 ガシャン

「あ゛〜〜〜〜〜!!!!」

 物思いにふけっていたせいで、手元から注意がそれてしまっていた。

 しかも落としたのは、よりによってライアスお気に入りのティーカップ。

「ど、ど〜しよ〜……」

(謝るしかないんじゃない?)

 何とも投げやりなセリフ。が、いくら主人とはいえ、手取り足取り面倒を見る義務もないワケで……

「…ゆーくんの意地悪。他人ごとだと思って……」

(そんなことないよ。第一、ライアスさんの性格を考えてみたら?隠したら、後ですっごく怒られると思うよ〜。逆に、正直に話した方がいいと思うけど)

 どこかおどけたように言う『悠久』だが、言っていること自体は間違っていない。

「……わかった」

 肩をすくめて、ライアスの部屋に向かう。だが一歩足を踏み出した瞬間、何を思ったのか

「あ!いいこと思いついた!」

 と、ダッシュで自室に駆け戻るのだった。




 ベッドに横たわるライアス。

 だが、どうしても眠ることが出来ずにいた。

 身体は休息を求めていても、精神の圧迫がそれを凌駕していたのだ。

 今、彼の心を支配しているのは得体の知れない焦燥感。そして、それと相反する、共存し得ないはずの虚無感。

 同じ姿勢をとり続けるのが苦痛になり、ごろりと寝返りを打つ。

 視線の先には…………一本の剣。

 それは部屋の片隅に立てかけられていた。見れば赤サビだらけで、あちこち刃こぼれまでしている。一見してナマクラの類だということはすぐ分かる。

 そんな二束三文の剣を持っていたところで仕方ないのだが、捨てることは出来なかった。

 そう、それはかつて名刀の一本として、繊細さの中にも力強さを秘めた美しい姿を誇ったものだった。

 名を『聖光』という。

 数多の戦陣をともに駆け抜け、いくつもの神剣を砕いてきた。それが『約束』だったから。

 だが、その見返りとして無数の生命を救うことが出来た。

 天災、人災………ありとあらゆる苦難から。

 ひどいときには、いくばくも寿命のない世界にマナを分け与えることで、生きながらえさせようとした。

 さすがの『聖光』もこれには閉口し、マナを出し渋ったのだが、その時も彼は拝み倒した。

 人は「ライアスはカオスにいるべきだ」と言う。

 もちろん、それは正しいかもしれないが、一面間違ってもいる。

 カオスは「世界をありのままの姿に」という理念の下に活動している。つまり、それがどんな行為であれ、世界に干渉してはならないということ。

 早い話が、ライアスのような行いすら否定しているのだ。

 かつて悠人は、レスティーナのファンタズマゴリア再建に手を貸したい、と『聖賢』に頼んだのだが、同じ理由で拒絶された。

 ライアスとてカオスに行きたい、と思ったことがないわけではない。だが、それは『聖光』を一位神剣に戻すという目的に反するし、何よりほかの命を救うことが出来なくなる。

 秩序側にいるからこそ、できることもあるのだ。

 当然、テムオリンを筆頭に仲間からは煙たがられるのだが、そこは割り切ることができた。

 そんなライアスを常に見守っていた『聖光』。

 そばにいるのが当たり前だった。

 だが、人間とは愚かなもの。大切なものをなくしてからでないと、そのありがたみが分からない。

「『聖光』………勝手なことを………」

 ポツリと呟くライアス。だが、言葉に反して、その口調は相手を責めているようには聞こえなかった。

 むしろ、寂しさが感じ取れる。

「あれで……私が喜ぶとでも思ったのですか?」

 『聖光』が答えることはない。

 ライアスを守るため、マナを放出しきった『聖光』に意識はない。消滅こそしておらず、多少語弊はあるものの、死んだも同然である。

 その時。

 トントン

「……どうぞ」

 カチャリ、と音を立てて入ってくる人影。当然、ユーフォリアである。

 ふと見れば、何やらユーフォリアが後ろ手のままモジモジしている。

「あ、あのねお兄ちゃん……」

「………どうしました?」

 まだ言いよどんでいるが、意を決したように腕を突き出す。

「ごめんなさい!!これっ!!」

 のどに引っかかっていたセリフを一息に吐き出し、割れたティーカップを見せる。

「………」

 ライアスは無言のまま。

 どんな雷が落ちるのかと、恐る恐るライアスの顔を見るユーフォリア。

 だが、そこにあったのはユーフォリアが予想していた怒りでも、悲しみでもなかった。

 まったくの無表情。

 それでもよく見れば、悲しそうに見えないこともないか………しかし、それはティーカップが割れたことによるものではないらしい。

「……そう、ですか。……わかりました」

「え……?」

「構いませんよ。………すみませんがユーフィ、疲れたので一人にしてもらえませんか?」

 さっさと話を切り上げようとするライアスにあわてて、

「じゃ、じゃあせめてコレ……。私の宝物なんだけど、お詫びに……受け取って?」

 と、ユーフォリアが差し出したのはひとつの宝石。彼女の瞳を写し取ったかのような、美しい青色をしていた。

「……そうですか。では」

 抑揚のない声で受け取るライアス。

 さすがにこれ以上は、その場にいづらくなったユーフォリアは退散するしかなかった。

「じゃあ……お大事に」

「ええ……」


 パタン

 扉の閉まる、乾いた音。

(……ゆーくん)

(どうしたの?そんな深刻そうな声で……)

(『聖光』さんを元に戻す方法ってないの?)

(あるよ)

「ほんとっ!?」

 あっさりと答える『悠久』。期待は出来ないと思っていただけに、思わず声に出してしまった。

(う、うん……。あるにはあるんだけど、ユーフィにはちょっとなあ……)

(何よぉ、そんなもったいぶった言い方しないで教えてよ)

 言い渋る『悠久』だが、主のたっての頼みとあらば聞かないわけにもいかない。

(……方法は簡単。もう一度『聖光』にマナを戻してやればいい)

(それだけ?)

 あまりに単純な方法だったため、呆気にとられるユーフォリア。だが、「方法が単純」=「達成できる」の方程式は成り立たない。

(あのねぇ……『聖光』がどれだけのマナを放出したと思ってるの?仮に僕のマナを全部注ぎ込んでも、全然足りないんだよ?)

(ウソ……そんなに?)

(つまり、戻すならもう一度、あの場所に行ってマナを回収するほかないんだけど、多分テムオリンに先を越されちゃってるからね。彼女、死んでないみたいだし)

(……じゃあ、無理なの?)

(お勧めはしない。でも方法が無いわけじゃない)

(……まさか、テムオリンから奪い返すとか?)

 冗談交じりに答えるユーフォリアだが、

(お、よく分かったね。ご名答〜♪)

「む、無茶言わないでよ!!」

 ……それにしても大きな声だ(笑)。こういう点は、アセリアとは対照的である。

(ちょ、ちょっと。そんな大声出したらライアスさんに聞こえちゃうよ)

(あ、ごめん……って、ゆーくんのせいでしょ!?)

(わかったわかった、僕が悪かったよ。まあ、それはおいといて。…………諦めがついた?)

(……)

 しばしの沈黙。が、次の瞬間ユーフォリアの発した言葉は、『悠久』の期待を180度裏切っていた。

(やっぱり私………行ってくる!!)

(え?)

(『聖光』さんがいなきゃ、お兄ちゃんはダメなら………私は行きたい!!)

(ちょ………勝てっこないのは、自分でもわかってるでしょ!?)

(でも、私だってお兄ちゃんに助けられた。今度は私が役に立ちたい!)

 一度言い出したらテコでも動かないのがユーフォリアだ。そのことは、生まれて以来ずっと一緒にいる『悠久』はイヤというほど知っている。

 なんといっても、無茶はこの一家のお家芸である。

(………本気、だね)

(当然!お願いゆーくん、行かせて!)

(はぁ、止めても聞かないくせに「行かせて」も何も、ないもんだよ)

(じゃあ、いいんだね!?)

(はいはい…………でも、絶対死んじゃダメだからね?危なくなったら引き返すこと)

(分かってるって!)

 瞳にこめられた強い意志。

 それこそがアセリアの娘であることの証明かもしれない。

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