Bloodstained Hand
第十一章 決戦の火蓋
チュン、チュン、チチチ……
さえずる小鳥。
あたり一面、見渡す限りの青空から差し込む光がまぶしかった。
悠人は、近くの花屋で買った花束を供え、ある墓の前にひざまずいてた。
墓碑銘は「高峰佳織」。
そう、かつての悠人の義妹。当時の悠人にとって、生きる意味の大半を占めていた者の墓だった。
彼女はハイペリアに戻った後、大きな災いに巻き込まれることもなく、幸せな一生を終えたのだ。
彼女のそばには小鳥をはじめ、たくさんの信頼できる仲間がいた。
一生をともに過ごすべき伴侶も得、家族ができた。
そして………それらに見守られつつ、その生を終えた。
悠人が来る前にも誰かがお参りしたらしく、きれいに磨かれた墓石のそばに花が添えられていた。
よく手入れが行き届いた様は、今でも彼女を慕う者がいることを表している。
それを見た悠人にも、暖かい気持ちがじかに伝わってくるようだった。
(良かったな、佳織)
もちろん、一抹の寂しさを感じないわけではなかった。そばにいてやると約束したのに、それを果たせなかったから。
だが、それ以上に彼女が充実した人生を歩んでくれたことが嬉しかった。
しばらくの間、天国にいるであろう義妹に祈りをささげ、思いを馳せるのだった。
………
……
…
「なあ、佳織…………俺、どうしたらいいのかな…?」
姿のない佳織にこの100年のことを報告したあと、そんな呟きを悠人は漏らした。
「俺、ユーフィを守れなかった……。そのせいで、アセリアもふさぎこんじゃったし……」
むろん、答えが返って来ようはずがない。
だが、もし本人がいたならば間違いなくこう言うだろう。
(お兄ちゃん、何でも自分のせいにしないで……一人で背負おうとしないで……)
「……」
憂鬱な気分に沈む悠人。
が、それを一気に晴らしてくれたのは意外な人物だった。
「ユート、ここにいたのか。……探したぞ」
「ア、アセリア!?大丈夫なのか?」
無言でコクリとうなずく。
「うん………あのままじゃ、きっとユーフィが帰ってきた時、「しっかりして」って怒られると思った。だから…」
何とも単純な理由だが、それだけにアセリアの真摯な気持ちが伝わってくる。何より、ユーフォリアは帰ってくると疑っていないのが、悠人には嬉しかった。
「そっか。でも、何で俺がここにいるって分かったんだ?」
「……何となく。でも、きっとここだと思った。」
また時深がおせっかいを焼いたのか、と思っていた悠人には少し意外だったが。
「それに……私もカオリと話がしたかった」
そう言って、墓に向き直るアセリア。悠人と同じようにひざまずくと、目をつむって両手を合わせた。
「カオリ……約束どおり、ユートは私が守る。ずっとそばにいる。だから………心配しないで」
その言葉に胸が熱くなる悠人。思わず涙があふれそうになった。
「アセリア…」
祈りをささげる横顔は、言葉にできないくらい美しかった。
「今はいないけど………次はユーフィを連れてくる。だから待ってて」
祈りを終え、立ち上がろうとするアセリアに手を差し出す悠人。
アセリアは嬉しそうにその手をつかむと、勢いよく立ち上がった。
が、その途中に一瞬だが、彼女の目を捉えるものがあった。
「あ…」
「うわっと!!」
アセリアが突然手を離したものだから、そのまま悠人は後ろにひっくりかえってしまった。
「痛てて………どうしたんだよ?」
腰をさすりながら、恨めしげな声を上げる悠人。
が、当のアセリアは腰をかがめて、何かを掘り出している。
「ユート、これ……」
「ん?」
アセリアが差し出したのは、錆び付いたアクセサリー。が、どこか見おぼえのある形だった。
「これ、もしかして…」
「……ん。多分、『求め』のペンダント」
よくよく見れば、サビでわかりにくくなってはいたが、その精巧な形が紛れもなくアセリアが佳織に渡したものだ、と物語っていた。
(アイツは……ずっと佳織を見守ってくれたんだな)
戦友との懐かしさもあって、じっとペンダントを見つめる。が、
「あれ?でも『求め』の欠片がないぞ?」
そう、そこにあったのは鉄製のフレームだけだった。
(あの几帳面な佳織が、なくすなんて考えにくいし………もしかして、佳織が自分からどこか別の場所に移したのか?)
あるいは、佳織を見守るという役目を終えて、ついに消滅してしまったのかもしれない。欠片という「形」として残っている以上、『求め』は死んだわけではなかったからだ。
声を聞くことこそなかったが、『求め』は確かに生きていた。
(まあ、タダで佳織を見ててくれるほど、アイツはお人よしじゃなさそうだけどな)
と、恩人(?)にやや失礼な感想を抱く悠人だが、ここで思考を切り替えた。
「さてと……じゃあ、ユーフィ探しに行こうと思うけど、どこから行こうか?」
小首をかしげ、考えこむアセリア。が、すぐに答えは見つかった。
「ん、もしかしたら……もう一度、あそこに行けば何かわかるかもしれない」
と、アセリアが指差した先は近くの山麓。
悠人たちが、ライアスと戦った場所だ。
(なるほど……確かにあそこが一番、確率は高そうだな)
「よし、じゃあ向こうに行きながら、時深には連絡つけよう。何だかんだ言って、あいつが人探しは一番得意そうだしな」
「うん!」
そういって、駆け出す二人だった。
「これはまた……随分と派手にやりましたね………」
呆れ顔で、嘆息を漏らす時深。
目の前には大きくえぐられた地面や、なぎ倒された巨木がいくらもあったのだから当然、と言えばそれまでだが。
「面目ない……」
「……ん、面目ない」
二人揃って頭を垂れる。
その様子はどことなく愛嬌があって、時深もそれ以上追求する気が失せてしまった。
とにかく、戦いの余波は想像以上だった。
「まあ、おかげでマナがどんより渦巻いてますから、もしかしたら……。で、ユーフィを飲み込んだ門が開いたのはどこです?」
「あ、ああ。確か………そうだ!ここだよ、ここ」
と、ある一点を指差す。
そこだけは、何も散らかっていなかった。門がすべて吸い込んだのだ。
「わかりました。では、流れを探って見ます。うまくつかめれば、どこにつながっていたのか分かるはず…」
が、時深が意識を集中し始めたその時……
「わわわわわわっ!!」
「きゃあ!?」
ドサッ
何とも間抜けな声を上げながら、一人の少女が「門」から転げ落ちてきた。
それがちょうど、時深の頭上だったものだから、彼女も一緒につぶされてしまった。
「あいたたた……。あ、こんにちは〜♪」
現れた少女は痛がりながらも、悠人とアセリアの姿を確認すると、にこやかに挨拶してきた。
「え?ああ…こんにちは…」
「えっと、ユートさんに、アセリアさんですよね!?」
「そう……だけど」
アセリアもどこか相手のペースに飲まれているのか、ちょっと返事につまっている。
「えっと、あたしハーシュっていいます!今日はお知らせがあって来ました♪」
「いや、それはいいんだけど……そろそろ、どいてやったら?」
「え?」
悠人の指さす先へと、ゆっくり首を向ける。
そこにはハーシュの座布団と化した時深が、苦しげにもがいていた。
「んもう〜!何ですか一体!?」
怒鳴り声とともにハーシュをはねのける時深。
「あ、ごめんなさい。……痛かった?」
「……別に」
時深は、ふてくされてそっぽを向いてしまった。
そのやり取りに思わず吹き出す悠人。警戒心も一緒に吹き飛んでしまった。
「ハハハ……。あ、それで俺たちに用事って?」
「あ、そうそう。ユーフィちゃんを預かってるから、迎えに来てもらおうと思って♪」
「ホント!?」
悠人よりも先に、アセリアが声を上げていた。
「はい!道に迷ってたみたいでしたから〜♪」
「わかった、すぐ連れてってくれ!」
何とも、願ったり叶ったりな展開である。
だが、いかにありがたい話でも、ありがたいだけに普段なら多少の警戒もあるし、探りを入れたりするのだろうが、今の二人はユーフィと言う単語に過敏になっている。
そこまで気を回すゆとりがなかった。
「了解〜!」
ビシッと、軍隊式の敬礼を決めるハーシュ。……実にノリがいい。
「では、あたしの後についてきてくださ〜い」
「よし、行こう、アセリア!」
「うん!」
悠人はアセリアの手をとり、一気に門をくぐりぬけた。
「あ、ちょっと待ちなさい〜!」
やや遅れて、時深も後に続いた。
さまざまな色に揺らめく門の中、悠人はいくつかの疑問をハーシュに投げかけていた。
「君……えっと、ハーシュって言ったっけ?もしかしてスピリットなのか?」
「う〜ん、まあそんなもんですかね〜?」
何かお茶を濁されたような気もしないではないが、とりあえず質問を続ける悠人。
「…じゃあ、神剣も持ってるんだろ?」
「もちろん!『種子』って言います♪」
「へえ、変わった名前だな……」
「まだ、何かありますか〜?」
う〜ん、と頭をひねる悠人。が、ひとつ気にかかることが残っていた。
「あ、じゃあもうひとつ……。ユーフィと一緒に、ライアスってヤツがいなかったか?」
「え?ああ、あの人ですか。彼は………もう、ダメっぽいかな?」
「えっ、それってどういう……」
「気にしない気にしない♪」
それ以上はニコニコするばかりで、ハーシュは何も語らなかった。
この間の会話は、少し離れているせいもあって時深には聞こえていない。
(変だな……あいつは敵だったけど、信頼できそうな気がしたんだけどなあ。………何かあったのか?)
想像をめぐらせる悠人だが、さすがに手がかりなしではどうにもならない。
「さあ、出口が見えましたよ〜」
その声が、悠人の思考を中断させた。
その頃。
「なあ、もしかしてハーシュのヤツを作ったのって……あいつらをおびき出すためか?」
「当然でしょう?私やタキオスじゃバレバレですし、あなたみたいなのが、その面下げて「ユーフィを保護した」なんて言ってごらんなさい。逆に誘拐かと思われて、警察でも呼ばれかねませんわよ?」
「…」
ひどい言われようである。
そもそも、好きでこの顔で生まれついた訳ではないし、どちらかと言えば美形に分類してもいいくらいなのだが。ただ、無愛想な分、パッと見て「怖い人」に見えるだけである。
(そのせいで俺は「の〜たりん」かよッ……!)
「そうふて腐れなくてもいいじゃありませんか。……「あの」ニックネーム、似合ってますわよ?」
「……やかましい」
「……ふう、私たちだって我慢してるのです。あなたも少しくらい辛抱なさい」
「……それにしてもなぁ、俺に比べりゃ、テメエらなんてよっぽどマシじゃねえか…」
まだ言い足りないのか、くすぶり続けるゼク。
が、さすがにこれ以上愚痴に付き合う気も失せたのか、テムオリンも話を別の方面に変える。
「それに、なにもハーシュはタダのおとりではありませんわ。ああ見えて戦闘力はなかなか……。今回はあなたが直接手を下す必要ないくらい、のね」
「……へっ、そう願いたいもんだ」
と、そっぽを向くゼク。
が、すぐに強力なオーラフォトンをまとった集団が近づいてくるのを感じた。
「……おいでなすったか」
「な、何だココ!?」
悠人達がついたのは、何とも不安定、そして不可思議な世界だった。
生命は存在しない。見渡す限りの不毛の大地。
空は紫の、しかもおぞましいオーロラらしきものがたなびいている。地面は絶えず揺らめいて形を変え、地面がない場所は底なしの奈落につながっているようだった。
いや、奈落と言うのは間違いかもしれない。よく見れば、下の方はぼんやりと黄色い光を発し、海のように波打っていた。
それは高エネルギーのマナ。物質が安定化するにはエネルギーを放出した方が都合がいいのだが、触れたものは即座に分解してしまうほどの膨大なエネルギーを持つため不定形で、粘性の高い液体と化している。
見た目もその働きも溶鉱炉そっくりだ。
もしくは、マグマを想像してもらえば分かりやすい。
当然、大気中のマナも密度が高く、息苦しさを覚えるほどだった。
「お、おいハーシュ……こんなトコに、ホントにユーフィが……?」
もっともな疑問を投げかける悠人。
それに対し、満面の笑みを浮かべてハーシュは答える。
「まっさか〜、こんなところにいるわけないでしょ?お・バ・カ・さ・ん♪」
「なっ!!騙したのか!?」
「当ったり〜♪テムちゃ〜ん、連れてきたよ〜」
と、後ろを向いて「おいでおいで」をするハーシュ。
「……ご苦労様」
微妙に返事をしたくなさそうなテムオリンと、その一行がゆっくりと近づいてきた。
同時に、遅れてきた時深も到着した。
「まったく、悠人さんったら私の話を聞かずに先走りするから…………。それにしてもテムオリン、こう同じ展開だといい加減飽きてきませんか?」
「ええ、その意見には激しく同意しますわ。ですから、ここで終わりにしましょう………最終決戦にはふさわしい場所でしょう?」
「ええ、あなたの趣味のよさが知れますわ」
「よく言いますわ、年下の男を手篭めにするような女が……」
「あ、アレはもう昔の話でしょうっ!!」
「さあ、どうでしょうか?本当は今でも狙ってるんじゃありませんの?……ふふふ」
「……そうなのか、ユート?」
「いや……正直言って、わかんない……」
がやがやと、どうでもいい方向の話を始める一同。
「あ〜〜〜、もう!この話はおしまい!!さっさと決着つけますよ!いいですね、悠人さん、アセリア!?」
ドスの聞いた声。さすがにこの迫力の前では、悠人はうなずくことしかできない。
「お、おう…」
「……ん、分かった」
淡々とアセリアも同意する。
ついさっきまで和やか(?)だったのだが、三人が臨戦態勢に入ると同時に、一気に緊張感があたりをつつんだ。
が、今にも飛び掛らんばかりの三人を抑えるかのように、テムオリンが提案をする。
「お待ちなさい。このままでは3対4………面白みがありませんわ。どうです、ハンデとして、ひとつゲームにしませんこと?」
「ゲーム?」
いぶかしげに聞き返す悠人に、したり顔で説明する。
「そう、ルールは簡単。お互いに一人ずつ出し合っての戦い………勝ち抜き戦、と言えばいいのでしょうか?もちろん、決着はどちらかが消え去るまで……」
「ちょっと待て、何でそんなことに俺たちが……」
とっさに抗議しかける悠人だが、みなまで言い終わらぬうちに時深がさえぎった。
「いいでしょう、その話、乗りました」
「ふふ、やはりそうこなくては………。では、開始は今から二時間後。それまで、せいぜい作戦でも練っていてくださいな」
それだけを言い残すと、さっさとテムオリンは引いてしまった。
あちらも、何か相談でもするのだろうか。
ロウ側の姿が見えなくなったので、悠人は先ほどの疑問をぶつけることにした。
「なあ、時深。何で、わざわざアッチの言いなりになんか……」
「確かに向こうの意図は分かりませんけど……もしかしたら本当にただのハンデなのかもしれませんし………」
「おいおい、そりゃちょっと甘いんじゃないのか?ファンタズマゴリアの時だって、ハンデやるなんて言っときながら、四人もエターナル連れてきてたんだぜ?」
「ですが実際、一度に四人を相手にするよりは、一対一の方が有利なのは確かです。それに彼女がそういうことを言うのは、絶対の自信があるときだけです。つまり、やろうと思えば一気にこちらを圧倒できる……そんな状態で言うのですから、これは本当にハンデなのだと判断して間違いないはずです」
さすがにエターナルとしては熟練しただけあって、時深の言葉には重みがある。長い間、テムオリンを見てきたことからしても、その洞察は間違いないだろう。
「……わかった。時深がそう言うなら、信じるよ」
「ええ。では、こちらも対策を考えなくては……」
「けど、一対一じゃ作戦も何も……」
「確かに、実力のぶつかり合いになるでしょうね。ただ、相手の動きさえ把握できていれば……」
「……攻撃のパターン?」
珍しくアセリアが首を突っ込んできた。
「その通りです。二人とも、テムオリンとタキオスについては分かってますね?」
「ああ、タキオスはバリバリのパワーファイター。で、テムオリンは基本的に神剣魔法メイン」
即答する悠人。忘れようにも、あの強さは忘れられるものではなかった。
「けど、後の二人が分からない……」
悠人の話の穂を継ぐようにして、アセリアが続ける。
「そう、最大の問題がそこです。いいですか?手の内が分かるというのは、実力を超えたアドバンテージなんです。ですから、今頃向こうは私たちの戦い方を入念に、私たちと面識のない二人に教えているでしょう。ですから、この時点でこちらの不利は否めません」
「……じゃあ、どうするんだ?指をくわえて待つだけなのか?」
「残念ながら……。あの二人と戦うときは、できるだけ不用意な攻めに出ないようにするしかないでしょうね……」
「くそっ…」
もどかしさに歯噛みする悠人だが、
「ユート、大丈夫。私たちは負けない………もし負けたら、ユーフィが帰る場所がなくなる」
落ち着かせるように諭すアセリア。
「……わかってる。絶対勝って、ユーフィを迎えにいこうな」
二度と無茶をして、誰かに悲しい思いをさせるのはゴメンだった。それは、ライアスからのたった一度の戒めでもある。
あの時は、憎しみで心を満たしたゆえの無茶だった。その結果、ユーフィを救えなかった。
(あなたの憎しみが不幸にするのは自分だけではないのです………まわりの者まで巻き込むのです)
(大丈夫、忘れてないさ……)
残り一時間。
決戦のときは――――近い。