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Bloodstained Hand

第十章 ひと時の静穏

 

―ここは門と門とを結ぶ空間―

 いわゆる次元の狭間、とでも言おうか。

 紫や青に揺らめく空間は、見るものに何やら幻想的な感じを与える。

 が、ここにはそんな光景をぶち壊しにするような罵声が響いていた。

「痛ッ!……もうちっと優しくできねえのかよ、このデカブツ!!」

「このくらい我慢しろ…まったく」

 と言いつつ、思いっきりキツく包帯を巻くタキオス。

(この馬鹿力が……っ!)

 さすがのゼクも苦痛に表情がゆがむ。何と言っても、包帯が肉にめり込むほどの力で締め付けているのだ。これでは逆効果な気がするのだが….

が、彼が苦い顔をしている理由はそれだけではない。大体この男、傷の一つや二つで文句を言うようなタマではない。

早い話がボーナスをフイにしたことに対する、単なる八つ当たりだ。

 しかし、よくよく考えてみれば『聖光』が身を張って引き起こしたマナ嵐と、その後の大爆発はゼクとテムオリンの体力をごっそり削り取っていた。あのままとどまっていたら実際、命に関わっていたかもしれない。

 幸い、爆発の衝撃によって『聖光』が張った結界まで破れたため、急行したタキオスが二人を保護した、というわけだ。

「よし、これで大丈夫だろう。次はテムオリン様を…」

「い、いえ、私は遠慮しておきますわ…」

 目の前で繰り広げられる治療(?)を見て、この男に傷を任せることに危険を感じたテムオリンはわれ知らずのうちに、一歩足を引っ込めていた。

(この男に手当てなんてさせたら殺されかねませんわ…。まったく、面倒見はいいのですけれど、この不器用さはどうにかして欲しいですわね)

 ファンタズマゴリアの時といい、何故か自分の代わりが務まるような優秀な部下には恵まれないテムオリンである。

 まあ、あの時は部下の選び方を間違っていた気もするが(女王様とか奇形の物体とか)。

で、仕方なく自分で薬を塗り始めた。

…エターナルに効く薬なんかあるのか、というのはここではナイショだ。

「…んで、どう落とし前つけてくれんだ?」

「は?…何のことですの?」

 薬を塗るのに夢中になっているテムオリンは顔も向けずに答える。

だが、そんな様子を見れば当然ゼクは腹を立てる。

「は?じゃねえッ!!俺のボーナスはどうなるんだって聞いてんだよッ!吹っ飛んじまった分、全部パァじゃねえか!」

「ああ、そのことですか…。心配しなくても大丈夫ですわ。あそこが消し飛んだ後……まあ、あなたは気絶してましたけど、『聖光』が放出したマナはたっぷりと『修羅』に吸わせてやりましたから」

 ビシッ

 その言葉を聞いたとたん硬直してしまうゼク。しばしの間をおいて口を開く。

「…おい、今何て言った?」

「ですから『修羅』に…」

「バ、バカヤロウ!あいつは俺が見てねえと全部自分に吸収しやがるんだぞ?俺が使えねえマナなんて何の役にも立ちゃしねえじゃねえか…」

 へなへなとへたり込んでしまった。……何か哀愁を誘われる姿である。

 まあ、その気持ちはわかる。ゼクは集めたマナを自分の強化に使うか、あるいは結晶にして売るのだが、『修羅』が吸収した分は使うことができない。

 早い話が、あれだけ苦労したにも関わらず今回の収入はゼロ、ということだ。

 これではゼクでなくともヘコむだろう。

「ふふ…、そう悲観しなくてもいいですわよ?仕事が終わったらその分のマナは別に支給してあげますわ」

「マ、マジか?けど、ドケチのてめえが何で…」

 しばし考え込む。が、テムオリンが気前のいい時はたいてい厄介ごとを持ち込むのがお約束。そもそも今回のボーナスの件だってそうである。

(…さては、また余計なことを考えてやがるな)

 さすがに二度も同じハメになってはたまらないので少々警戒を強める。すると案の定、

「ドケチは余計ですわ………まあ、いいでしょう。確かに、今回わざと『修羅』の能力で吸収させたのには意味がありますから。坊やを消せなかったのは予定外でしたけど、私の面子にかけて転んでもただで起きるわけには行きませんわ。嫌がらせもかねて『聖光』のマナはしっかり活用させてもらいます」

「…何に使うんだよ?あんな不良債権みてえなマナを…」

「ふぅ、これだから馬鹿は…。坊やほど頭が切れるのも厄介ですけど、これだけニブいのも困りものですわ」

と、ため息ひとつ。

「……うるせえ。いらんこと言ってねえでさっさと言え」

「口の聞き方には気をつけなさい、まったく……」

 と、テムオリンが取り出したのはこぶし大のマナ結晶体。

ただ、普通の結晶と違うのはその色だった。一般的に見られるものは青や緑の中間色なのだが、これは乳白色。

「この結晶自体にはたいしたマナは含まれていないのですけれど、私が今まで蓄えたあらゆる神剣の情報が詰め込まれていますの。まあ、一種のメモリーと考えていいですわ」

 言ってみればCD-Rのようなものか。確かに浮きマナのままでは情報の保持は不可能だが、テムオリンほどの腕があれば結晶化したものに対しての書き込みは可能なはずだ。

「もともと趣味で集めていたものですし、その内容も神剣の能力の走り書きみたいなもので何の役にも立たないと思ってましたけど…」

 思わせぶりに言うテムオリン。だが、そんなことはゼクにとってどうでもいい。

「…で?」

 と、さっさと先を促す。

 あしらわれたテムオリンは当然、ムッとした表情に変わる。自分の作品を自慢したがるあたりは、陰謀か発明かの違いだけでヨーティアと変わらない。

 が、ここで言い争っても仕方ないので、話を先に進めることにする。

「さて、そこで『修羅』の出番ですわ。『修羅』は自分に取り込んだマナの概念情報を消去できない……こう言うとデメリットにしか聞こえませんけど、逆に言えばもとのカタチを再生できる、ということでもありますわ」

「…」

 淡々と説明するテムオリンの話を、ゼクも珍しく神妙に聞いているようだ。

「つまり、『修羅』から最適な情報を取り出せば「器」を作れますの」

「…」

「その器にこのマナ結晶体を組み込めば、あらゆる神剣の情報を網羅した生命を生み出せる、ということです」

「…」

 が、あまりにも沈黙が長すぎる。いつもならこのあたりで茶々を入れてくるはずのゼクが、今回に限ってこれほどの沈黙を保っているのは妙だ。さすがにテムオリンも不信感を覚える。

よくみれば、彼の額にはうっすらと汗がにじんでいるではないか。

(……もしや)

「……あなた、私の言ってることが理解できてますか?」

ドキィッ!!

「お、おう!」

 なにやら呆けたような、気合の入ったような声を上げるゼク。が、その口調が答えを裏切っていた。

「はあ、絶対分かってませんわね…」

(…んなこといわれてもなあ)

 昔から理解力にはこれっぽっちも自信がない。その点に関してはかの有名な「の○太君」と互角の勝負ができる、というのだからもはや一種の伝説と言ってもいい。

 もともと身体で覚えるタイプなので、頭を使う作業は苦手中の苦手なのだ。

「いいですこと?サルでも分かるように噛み砕いて言いますわよ………早い話が『修羅』と結晶を使えば強力なミニオンを作れるということですわ」

「んだよ、そういうことならさっさとそう言えばいいのによ」

 と、開き直るゼク。

そのセリフが自分の知能指数の低さをどれだけ際立たせるかを分かっていないあたりは、実におめでたいと言うべきか…。

(…この調子では日が暮れてしまいますわ)

 さすがに、これ以上同じレベルにたって話す気力は無かった。

「それにしても……よくもまあ、そんなに悪知恵ばっか働くもんだ」

 と、感心したような呆れたような声を上げる彼に対し、

「ここの出来が違いますわ」

 すまし顔で自分の頭を指差してみせる。

「…確かにテメエの頭とか髪型はヤバイと思ってたけどなぁ、それがどうかしたか?」

 先ほどからバカ呼ばわりされて微妙に腹が立っていたゼクは、ここぞとばかりに反撃にでる。

「な……!」

当のテムオリンはと言えば、怒りで頬を赤く染めていた。

(これだけ見れば、ちっとはかわいいのによ)

その狼狽ぶりに、ゼクもどこと無く満足げだ。

 が、従業員は上役に絶対服従ということを忘れてはならない。

「……報酬は30パーセント減ですわね」

「ちょ、ちょっと待て!んなことされたらホントに収入が…」

「問答無用ですわ」

「…」

 あえなく撃沈。

(…チクショウ。こんな調子じゃ、いつかタダ働きになっちまうぞ…)

 まあ、口は災いの元、ということで。

 この調子では、この男が定職にありつくことは未来永劫無い。すぐ上司に逆らうだろうし。

 が、そんなヘコみ気味のゼクなどお構いなしに

「さあ、『修羅』を貸しなさい」

「…ほらよ」

 しょげたまま『修羅』を手渡す。

……強気に見えて、案外尻に敷かれるタイプなのかもしれない。

 一方、『修羅』を受け取ったテムオリンは、目を閉じて意識を集中している。『秩序』の波長を合わせ、器となるべき素体を検索しているのだ。

 が…

「あなた、今までロクなことしてませんわね…」

 調べ始めて30秒もたたないうちに発せられた言葉がこれである。

 そう、『修羅』の持つ情報を探ると言うことは、言ってみればゼクと『修羅』の過去の所業を見ているようなものなのだ。

 そこは他人から見ればめくるめく幻想の世界(笑)。本人はたまったものではないが。

「あら、三十円のパンを万引きして店員に追いかけられてますわ」

「お、おいコラ!何見てやがる!」

 突然、嫌なことを暴露され慌てだすゼク。

「おやおや……今度はノゾキですか」

「お前というやつは……」

 はたから聞いているタキオスも呆れ顔だ。

「やかましいッ!さっさと用を済ませやがれ!!」

「ぷッ…あははははは!挙句の果てにピンポンダッシュ!?こんなの今時、子供でもしませんわよ?………しかも失敗して怒鳴られてますわ、ほら、タキオスも御覧なさい!」

「どれどれ……ふむ、これはなかなか見ていて飽きぬものですな」

(こ、コイツら……あとで絶対ぶっ殺す……!)

 ふるふると怒りと恥ずかしさに燃えるゼクをよそに、しばしの間、二人は笑いの世界にのめりこむのだった。

………

……

「ふう、面白かったですわ…。こんなに笑えたのは何周期ぶりでしょうか?」

「オイ……いい加減用事を済ませろ」

 今にも爆発しそうな怒りを懸命に押さえ込むゼク。だが、意識してはいないにせよ声のトーンが下がってしまっているのは否めない。

「何を寝ぼけたことを……もうとっくに見つけてますわ」

「なっ!じゃあテメエ、今まで何してやがったッ!」

「もちろん、あなたの一人漫才を見てましたが、それが何か?」

 唖然とする彼にとどめの一言を投げつける。

「聞きたいですか?私が見た一部始終を……」

「…もういい」

 ぐっとこらえているものの、何だか泣きたくなるような雰囲気ではある。

 が、それは置いておこう。話が進まなくなる。

「……で、どれにしたんだ?」

「ええ、ひとつひとつは大して面白くありませんから、いくつか組み合わせることにしましたわ。まず、あなたがかつて斬ったミニオンに優秀なものがいたのでそれをひとつ」

「ほお、組み合わせなんてできんのか?」

「スピリットを作り出したのは私ですのよ?それに比べればこの程度の操作、どうと言うこともありませんわ……。次に力はたいしたことがありませんでしたけど、アタマはなかなか使えそうなエターナル。これももちろんあなたが消した相手ですけど」

「……ふん、それで?」

「最後に、それらと結晶をつなぐ糊として『聖光』から得られた大量のマナ」

「ちょっと待て、よく考えたら何で俺がマナを出してやらなきゃなんねえんだ?テメエが出すのが筋だろ?」

「いいでしょう?どうせ『修羅』が吸ったマナはあなたには役に立たないのですから……。それに手当ては出すと言ったはずですわ」

「…なら、いいけどよ」

 しぶしぶといった感じで引き下がる。

「では、『修羅』を結晶に触れさせなさい。あとは私がやりますわ」

「…こうか?」

 ひょいっ、と刃先を結晶に接触させる。それを確認すると、何やら詠唱を開始するテムオリン。

「………マナよ、集いて我に忠実なる僕をここに。リジェネレーション!!」

 カッ!!!!

「うおっ!」

 突然、強烈な光とともに白煙が舞い上がる。ゼクも思わず声を上げてしまっていた。

 そして煙幕が晴れ、次第に姿が見えてきた。

 現れたのは一体のエターナルミニオン。

 ただ、不思議なことにその姿はホワイトスピリットにそっくりな上、ハイロゥも純白だった。

 目にも光が宿り、一見して今までとはまったく別次元のミニオンであることがうかがえる。

(ほお、コイツはなかなか……)

 さすがに、これにはゼクも感心した様子だ。

「成功したようですわね」

 と、どこか誇らしげに胸を張って見せるテムオリン。が……

「う〜ん、よく寝た〜♪さてっ、今日も一日がんばろ〜!」

 が、第一声がこれだ。場違いもはなはだしい。

 外見は17,8に見えるが声が幼いため、ますます激しいギャップを感じてしまう。

「おい……アレなのか?」

「ええ、アレみたいですわね…」

 外見から想像したものと大分かけ離れていたせいで、二人は呆気に取られてしまった。

「あ♪あなたたちがあたしの主人ね?あたしハーシュ。よろしく〜♪」

「「………」」

 二人そろって沈黙。が、

(おい、どこが成功だ?絶対、テメエがつまんねえなんて言っていろいろ混ぜたせいだろ)

(そんなことはありませんわ、今まであんなのが生まれたことはありませんッ!)

 と、ボソボソ小声で言い合いをはじめてしまった。

見かねたタキオスが代わりに話を聞くことにした。

「お前は……その、何だ、一応エターナルミニオンなのだな?」

「うん、そーだよ」

 屈託なく答える様子は見るものの心に平穏をもたらす……が、ここにいる連中は別にそんなものが欲しいわけではない。

「と、申しておりますが……。テムオリン様、いかがしますか?」

 一瞬ためらうテムオリンだが、

「……出てきてしまったものは仕方ないでしょう。ハーシュ、と言いましたか?私は法皇テムオリン、以後、見知りおくように」

「うん、よろしく。テムちゃん♪」

「て、テムちゃん!?」

 もう、誕生の瞬間から相手のペースに飲まれっぱなしである。

 そんなテムオリンをおいてくるりと振り向くハーシュ。その視線の先にいたのはゼクとタキオス。

「あなたたちの名前はなんてゆーの?」

 ギクッ、と肩を震わす二人。妙なニックネームなどつけられてはたまったものではない。

 一瞬の沈黙。まるで間合いを計るかのように。

「……おう、こいつはな、タキオスってんだ」

 すかさず、先制攻撃で矛先をそらすゼク。

(き、貴様ッ!!)

 視線で訴えるタキオスだがもう遅い。

「ふ〜ん、じゃあ「タキやん」だね♪」

「んが……」

「へっ、さっき散々笑った罰だ」

(……にしても、ずいぶんと性格が破綻したやつができちまったもんだ)

 と、改めて思うゼクだった。

 「お前が言うな」という声があちこちから聞こえてきそうだがそれは気にしないでおこう。

 が、嵐はまだ過ぎ去っていない…。

「で、最後にあなたは?」

 ビクゥッ!

 ゆっくりと振り返ると、そこにはハーシュの満面の笑み。

「い、いや…俺は…」

「…ゼク、一人だけ逃げようとしても、そうは問屋がおろしませんわ」

 今にも逃げようとするゼクの肩をタキオスががっしりとつかみ、亡霊のような表情のテムオリンが歩み寄ってくる。

「あ、バカ!名前を呼ぶんじゃねえ!」

「ふ〜ん、ゼク、かあ……」

「あ……」

 この時ばかりは無神主義のゼクも、思わず祈りをささげていた。窮地に追い込まれると人間、地が出るものである。

 だが、祈りが天に通じていたのか、

「う〜ん、二文字じゃ仕方ないなあ…。つまんないの……」

 残念そうな顔のハーシュ。

(た、助かった……)

 安心のあまり、どっと力が抜けてしまった。が、ここで終わらせるほどハーシュは甘くない。

「じゃあ……バカっぽいから「の〜たりん」にしよっと♪」

「おい、ちょっと待て!テメエ、仮にも主に向かって「の〜たりん」とは何だ!」

が、そのやり取りを聞いているテムオリンは、にま〜っ、と笑みを浮かべる。

「いいですわよ、ハーシュ。私が許します」

「て、てめえ!何の権利があって……」

「だってあなた、バカでしょう?」

「……」

 反論の余地なし。

「じゃ、決定!!」

 と、嬉しそうな声を上げるハーシュ。

「まあ、の〜たりんに比べれば私たちの場合、かわいいものですわ」

「…まったくですな」

 と、微妙な感想を述べ合う二人。

(……)

 悲しいかな、自分だけ逃れたと思ったら実は一番大きな穴にはまってしまった男。がっくしとひざを突いてしまっている。

 それを見て、てててっ、と心配げに駆け寄るハーシュだが、

「どしたの、の〜たりん?」

 心配してる者のセリフには、とてもじゃないが聞こえない。当然原因が自分であることなど気づくはずも無い。

「うるせえっ!俺に話しかけんなっ!!」

「わっ、の〜たりんが怒った〜」

「まだ言うか、テメエッ!!」

 ブンブンと『修羅』を振り回して追いかけっこを始める始末だ。

「わ〜い、ここまでおいで〜♪」

「殺すッ!!!」

 テムオリンとタキオスはといえば、その様子を呆然と見つめることしかできなかった。

「先が思いやられますわね……」

「ごもっとも……」

 延々、五時間追いかけっこは続いたと言う………。

 

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