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Bloodstained Hand

第七章 『異端者』

 

「…チクショウ」

 

もぐもぐ。

 

「一週間顔見せなかったくらいで騒ぎやがって…」

 

 もぐもぐ。

 

「あ〜あ、これでまた職探しか、かったりぃな…」

 

ぶつぶつと不平をもらす男。

 

公園のベンチに寝ころびながら、空を見上げる。

 

ボサボサの長髪を無造作にかきあげ、それをまた乱暴にひもで結んでいる。

 

その髪の茶色さ、肌の浅黒さがいかにも野蛮人といった印象を与える。

 

だがよく見れば引き締まった精悍な顔つきをしている。美形、といってもいい。

 

赤いチョッキ、こげ茶色のズボンをざっくばらんに着流す姿はなかなかのものだ。

 

もぐもぐ。

 

件の男が先ほどからかじっているのはパンの耳。

 

別に好きで食べているわけではない。

 

ゴソゴソ。

 

両側のポケットに手を突っ込み、まさぐる男。

 

そして出てきたのは…銀白の硬貨一枚。男の全財産。

 

「…」

 

黙り込む男。

 

それもそのはず、その硬貨一枚にはせいぜい50円くらいの価値しかない。

 

「ったく、俺が何したってんだよ…」

 

その通り、何もしていない。

 

 この男、バイトを始めたはいいが出勤したのは採用された翌日のみ、その後はご無沙汰という強者である。

 

 で、一週間ぶりにのうのうと出向いたところ(もちろん遅刻)店長と大喧嘩、そのままクビというわけだ。

 

「全部アイツのせいだ…。くそっ!!」

 

 すっくと立ち上がる。

 

ドゴオッ!!

 

そして思いっきり地面を殴りつける。

 

はたから見ればなんとも滑稽な風景…のはずだった。

 

が、実際はそんなに笑えるものでもなかった。

 

男を中心に半径10メートルくらいのクレーターができていたからだ。

 

もし見ている者がいれば驚いて卒倒しかねない。何よりその衝撃で吹き飛びかねない。

 

事実、男が地面を殴った瞬間、近くにいた人は地震かと思ったらしい。

 

幸いなことに目撃者はいなかったが…。

 

「…しゃあねえな、これじゃ三日も持ちやしねえ。ちょろっと万引きでも…」

 

 いけしゃあしゃあととんでもないことを言うやつである。

 

 ベンチに立てかけた包みとリュックを取る。そして、ふぁ〜あ、と大きく伸びをし公園の出口に向かう。

 

そのときである。

 

「ようやく見つけたぞ。…『異端者』だな?」

 

「ああん?」

 

振り返るとそこには、そびえるような黒い大男がいた。

 

手には、これまた体格にあった巨大な出刃包丁のような剣を握っている。

 

テムオリンの腹心、『無我』のタキオスである。

 

「誰だ、テメェ…、何か用か?」

 

「主の命令でな…。貴様を連れて来い、ということだ」

 

 あからさまに嫌そうな顔をする男。そして、

 

「やなこった。誰がテメェみたいな暑苦しいのと…。テメェの主ってのもどうせならイイ女でもよこしてくれりゃいいのに…、そうすりゃ考えてやったのにな」

 

 あっさりと拒絶する。

 

 が、その答えもタキオスの予想内である。

 

「貴様に拒否権は無い。主の命は絶対だ。…嫌なら力ずくでも連れて行く」

 

 ジト目でタキオスをにらみつける男。その目には殺気が漂う。

 

「おい、あんまり調子に乗るなよ。今日の俺はものすごく機嫌が悪い。…下手にちょっかい出したら殺すぞ?」

 

「くくく…それは願っても無いことだ。ならば手合わせ願おうか?」

 

 そういって、ひょいと『無我』を構える。

 

「…この馬鹿が、後悔しても知らんぞ?」

 

 男も背負っていた平べったい包みの中身を取り出す。

 

 それは無反りで幅広の、そして黒光りのする神剣。いや、剣というよりはむしろノコギリと言った方がいいかもしれない。

 

戦闘に入っていないにもかかわらず、男から感じられる力は並大抵のものではなかった。

 

それがタキオスを狂喜させる。ニヤリ、と笑うと

 

「ふむ、貴様なら俺を満足させてくれそうだ…。ぬおおおおっ!」

 

 タキオスの周りにどす黒いオーラフォトンが集まる。それはそのまま大気を震わせ、空間すらねじ曲げる。

 

 が、男はいたって冷静。

 

「…かったりぃ、さっさと消し炭にでもしちまうか」

 

 そういって神剣を一振り。

 

 グワッ!!

 

 その瞬間、タキオス以上に黒い、深淵の闇が二人を取り巻く。

 

 と同時にあたりが異常な高温になる。

 

 まるで炎か何かに包まれているような感覚。だが、輝く炎どころかあたりは一面の闇。

 

 …闇が燃えている、としか言いようが無い。

 

「おお…!すばらしい!これが『修羅』の力か!?」

 

 歓声を上げるタキオス。この男には危機感というものが無いのだろうか?

 

「これならば俺も全力を出せるというものだ…行くぞッ!」

 

「…けっ」

 

 同時に駆け出す二人。

 

 そして互いの神剣をぶつけ合う、まさにその瞬間。

 

 

「お待ちなさいッ!!」

 

 突如割ってはいる声。

 

 その声に驚くタキオス。

 

「まさか…、テムオリン様!?」

 

 果たしてそのとおりだった。

 

 二人のちょうど間に降り立つテムオリン。

 

 そしてタキオスを睨み付けると、

 

「タキオス…、あなたには『異端者』を‘連れて来い’といったはずですが?」

 

「はっ…」

 

「見境なしに戦いを挑む癖をどうにかしてほしいですわね…。様子を見に来て正解でしたわ」

 

「…申し訳ありません」

 

 かしこまるタキオス。

 

 それに一瞥をくれるとテムオリンは男のほうへ振り向く。

 

「さて、このバカが余計なことをしてくれたたみたいですが…あなたが『異端者』ですわね?」

 

「さあな、そう呼んでる奴がいるってだけだ。俺にはゼクって名前がある。…それよりさっさとそのデカブツつれて帰ってくれ、うざくてしょうがねぇ。それにあんたみたいな幼女もあいにく俺の守備範囲外でな」

 

 そっけなく答える。

 

「つれないですわね。まあいいですわ…、今日はそんなことのために来たのではありません。…仕事の依頼ですわ」

 

 その言葉に男、いやゼクの瞳が光る。

 

「そういうことなら先にそれを言えよ」

 

 ニヤリ、と不敵に笑うゼク。

 

「…で、報酬は?」

 

「一応ランクB程度の世界を用意するつもりですわ…。自由に使うなりマナにするなりすればいいでしょう」

 

 が、ゼクはあからさまに不満そうな表情になる。

 

「…おい、そりゃあんまりだ。せめてランクAにしてくれ、Sとは言わんが」

 

「こちらにも予算というモノがありますわ。…それにあなた、贅沢を言ってられる状況ではないでしょう?」

 

 ビシッ、と指差すテムオリン。

 

 その言葉に、うっ、と固まるゼク。

 

何しろこの男、地道に働くということが苦手なのは先に述べたとおりだ。

 

無一文から脱出するにはこの依頼を引き受けるしかなかった。

 

それでゼクも仕方なく折れる。

 

「…わあったよ。けど、せめておまけぐらいつかねえか?」

 

なおもこだわるゼク。だが、

 

「ビタ一文つきませんわ」

 

 あっさりと告げるテムオリン。こうはっきり言われると何も言い返せない。

 

「……。仕事の内容は?」

 

 すっかり毒気を抜かれたゼクは気を取り直してたずねる。

 

「ええ、あるカオスの抹殺ですわ」

 

「…またか。まあ、全然構わんけどな。で、人数は?」

 

「今のところ二人ですけど…多分三人になりますわね」

 

「なんだそりゃ。ますます割に合わん仕事だな」

 

 未練がまし気な視線を向けるゼク。だが、

 

「報酬の上乗せはありませんわよ」

 

「…へいへい」

 

 ゼクも今度という今度こそあきらめた。

 

「…じゃあ、ちょっくら準備があるからここで待っててくれ」

 

 ゼクはそういい残すとさっさと歩いていく。

 

 公園にはテムオリンとタキオスの二人だけが残される。

 

「…テムオリン様。なぜ今回に限って奴を?」

 

 いぶかしげにたずねるタキオス。

 

 が、淡々とテムオリンは答える。

 

「いい加減聖賢者たちが鬱陶しくなってましたからね…。あなたと私が負けるとは思いませんけど…2対3では少々面倒ですわ。そのための保険、といったところですわね」

 

23とは?」

 

「どうせお節介の時深が今度もでしゃばるでしょうからね。坊やにかなり入れ込んでましたし…。彼女ともそろそろケリをつけてもいいでしょう」

 

「なるほど…」

 

「本当ならあの二人の娘をエサにするつもりだったのですけど…。もう一人の坊やがどうしても手放そうとしませんからね。まったく頑固というかなんと言うか……とにかくとんだ甘ちゃんですわ」

 

 忌々しげにつぶやく。自分の計画通りに行かないと無性に腹が立つらしい。

 

「奪い取る算段が無いわけではないのですけど……まあ、どうするかはその時の気分しだい、ということにしておきましょう」

 

 テムオリンはフフ、と不敵な笑みをもらすのだった。

 

 

 

「…やっぱりダメか、時深?」

 

「………ええ、すみません、悠人さん…」

 

「そうか…」

 

がっくりと肩を落とす悠人。

 

 

 

悠人一家がロウ・エターナルと遭遇したという情報はすぐにローガスの元に届いた。

 

普段ならば仕事である以上、ローガスもよほどのことが無い限り援軍は送らない。

 

だが、今回は相手が悪かった。

 

まだまだ未熟な悠人は第三位の神剣しか持たないエターナルにも苦戦するというのに、相手は第二位。その上、その相手はよりにもよって『聖光』である。

 

しかも、休暇のつもりで悠人たちを送り出していたわけだし、それを勧めたのは他ならぬローガス自身である。

 

さすがに悪いと感じないわけにはいかなかった。

 

そこでたまたま任務についていなかった時深を急遽よこした、というわけだ。

 

結局間に合わなかったものの、ユーフォリア失踪の一件があるのでローガスはそのまま時深をとどまらせることにした。

 

 

だが、「時見の目」をもってしてもユーフォリアを見つけることはできなかった。

 

「おそらく、ユーフィが生きているのならばどこか強い結界が張られた場所にいるのかもしれませんね…」

 

「そうか…」

 

 二人がそんな会話を続けていたその時。

 

 

 

「ん…」

 

「……!!アセリアッ!目が覚めたか?」

 

 ライアスとの戦いからすでに一週間たっていた。

 

 悠人を守るため、すべての力を放出しきったアセリアはあれからずっと深い眠りについていた。

 

 悠人自身の傷も浅くはなかったが何とか『聖賢』の力を借りて傷を癒しつつ、アセリアを背負って宿に戻ったのだ。

 

 無論、血まみれの姿を見られるわけには行かないので、裏口からこっそりと忍び込んだのは言うまでもない。

 

 アセリアの血に染まった服を替えて布団に寝かせた後、アセリアが目覚めることを心から祈りつつ、それでいて今はまだ目覚めないでほしいという矛盾する気持ちを悠人はどうしようもなかったのだ。

 

 時深がやってきたのは戦いの翌日だった。

 

 このとき悠人はどれほど歓喜したことか。やっとユーフィが見つかる、それだけで頭がいっぱいになった。

 

 だが、結果はご存知のとおり。

 

 再び同じ葛藤を繰り返すはめになり、寝ずの看病を続けながら今日に至る。

 

「ユート…、無事か?」

 

「ああ…、アセリアのおかげでこの通り」

 

 と立ち上がって身振りで示すものの、どことなく元気がない。

 

 が、それは寝不足の疲れだけによるものではない。

 

「…?ホントに大丈夫か、ユート?」

 

「あ、ああ…」

 

そんな悠人に不審を覚えるアセリア。と、ふと見れば見知った顔がいるのに気づく。

 

「…時深?どうしてここにいる?」

 

 ギクリ、と固まる時深。一瞬の間をおいて、

 

「ええ、ちょっと…」

 

とお茶を濁す。

 

チラ、と悠人を見る。どうします?とたずねているようにも見える。

 

そんな様子を不思議そうに見ていたアセリア。だが、自分が目を覚ましたのを聞けば真っ先に飛び込んでくるはずの者の姿が見当たらないことに気づいてしまった。

 

「ユート、ユーフィは?」

 

 その言葉にビク、と肩を震わせる悠人。それをアセリアは見逃さなかった。

 

「ユート、さっきからおかしいぞ。…何を隠してる?」

 

「…」

 

 沈黙する悠人。この瞬間が来るのは分かってはいたが、どう答えればよいかなど分かるはずもない。

 

何度も本当のことは言うまい、と思った。

 

だがアセリアの澄んだ、それでいてどこか不安げな目に出くわすと、とてもではないが嘘をつきとおせる自信はない。

 

不安げに悠人を見つめる時深。

 

悠人はそれに黙ってうなずき返した。

 

意を決して口を開く。

 

『永遠』の力で門が開き、なぜか突然やってきたユーフォリアがそれに吸いこまれ、そのまま行方不明になったことを…。

 

それを聞いた途端、アセリアの瞳は焦点を失って宙をさまよい始める。

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 黙りこむ三人。気まずい雰囲気が充満する。

 

先に口を開いたのはアセリアだった。だが…

 

「私の…私のせいでユーフィが…?」

 

うわごとのようにアセリアはつぶやく。何度も何度も。

 

その姿には生気が感じられない。

 

「違うッ!!!アセリアのせいじゃない!」

 

こみ上げる感情を抑えかねて叫ぶ悠人。

 

「俺の…せいなんだ…。俺が自分を見失わなきゃこんなことには…ッ!」

 

突然土下座する。

 

「ごめん…ッ!謝ってすむことじゃないのはわかってる…。けどっ!」

 

 だが、そんな悠人の姿もアセリアの瞳には映っていない。ただ、

 

「ユーフィ…どこ?ユーフィ…?」

 

と繰り返すだけだった。

 

「アセリアッ!!」

 

 強くアセリアを抱きしめる悠人。このままだとアセリアまで失ってしまいそうな気がしたのだ。

 

「大丈夫…。絶対ユーフィは無事だから…ッ」

 

 無論、その言葉に根拠は無い。だが、言わずにはおれなかった。

 

 悠人自身どん底にあったのだから。

 

ただ、ひとつの希望を除いて。

 

それはライアスの残した言葉。

 

 確かにあの男は「手を貸す」と言った。

 

だが、それはあくまでも敵が言った言葉でもある。どこまで信じてよいかは予断を許さない。

 

 とはいえ他に手がかりも頼るものも無い以上、悠人は祈らずにはいられなかった。

 

(なあ…、信じてもいいんだよな?)

 

 姿の無いライアスに語りかける悠人だった。

 

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