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Bloodstained Hand

第六章 宵の訪問者

 

「気がつきましたか?」

 

「うう…ん…」

 

 ユーフォリアは目を覚ますと、自分の前に見覚えがある人物がいるのに気づいた。

 

「どうぞ」

 

そう言うと、ライアスは湯気の立つティーカップをユーフォリアに手渡す。

 

「…?あ、ありがとう」

 

状況が飲み込めていないユーフォリアは、しどろもどろになりながら礼を言う。

 

 

 

 ここは、ライアスの所有する小さな世界である。

 

ロウ・エターナルの中でも強い力を持つ彼は休息所としてこの世界をあてがわれていた。

 

もっとも、上層部の本音は別にあるらしい。

 

なぜなら、彼は任務以外の時にはできるだけ本部には近づけないようにされていた。また、ほかのロウ・エターナルと組んでの仕事というのが回されることは皆無だった。

 

一度リーダーにその理由を尋ねたことがあったが、実力的に一人で十分なこと、ライアスの補佐に回す人手もないという答えが返ってきただけだった。

 

釈然としないものを感じつつも、それ以上深入りすることはできなかった。

 

ともかくそういうわけで、この世界に小さな小屋と菜園をつくって彼は暮らしている。

 

門に飲み込まれたユーフォリアを何とか助け出した彼は、アセリアから受けた傷が思いのほか深かったのでいったんここに戻ることにしたのだ。

 

 

 

「お兄さん、動物園で会った人だよね?」

 

「ふふ、そんなこともありましたね」

 

 ようやく人心地がついたユーフォリアはあたりを見回し、尋ねる。

 

「ここは…どこ?お母さんたちは?」

 

「ふむ…あなたにもやはり、言っておかなければなりませんね」

 

 そういって事情を説明するライアス。

 

 自分がロウ・エターナルであること。悠人とアセリアと闘ったこと。そして…ユーフォリアが門に吸い込まれたこと。

 

「あのときは本当に危なかったですよ。ああいう風に偶発的に開いた門はどこに通じているかわかりませんから…。下手をすると二度と見つけられなくなっていたかもしれません」

 

「あのう…どうして助けてくれたんですか?」

 

 ロウ・エターナルであることを聞いて言葉遣いが硬くなるユーフォリア。やはり瞳には多少の恐怖が浮かんでいる。

 

「私の目の前では誰も死んで欲しくありませんから…。それが、私がエターナルになった理由でもありますし」

 

「え?」

 

 思ってもみないことを聞かされて目を丸くするユーフォリア。話に聞いていたロウ・エターナルとは明らかに違っていた。

 

「まあ、安心してください。あなたを使ってどうこうしようという気はありませんから。私の傷が癒えればすぐに連れて帰ってあげますよ」

 

「…」

 

 ユーフォリアはぽかん、としている。ロウ・エターナルとは敵ではなかったのか?

 

 が、そんな風に固まっている彼女を見て

 

「おっと、話が長くなりましたね。さあ、飲んでください。疲れたときには甘い飲み物がいいですよ?」

 

 と、紅茶を勧める。

 

 やや警戒気味に水面を見つめるユーフォリアだが、

 

(いい匂い…)

 

 ゆっくりとカップに口をつける。

 

「あっ…」

 

 美味しい。

 

 のどから鼻に抜ける爽やかな感じ。

 

砂糖を多めに入れて子供にも飲みやすくしてあり、いままで飲んだことのあるどんな飲み物とも違う味だった。

 

「でしょう?」

 

微笑むライアス。

 

「この紅茶、私のとっておきなんです。ちょっともったいないかと思いましたが、こんなにかわいいお客様に出さないのは失礼ですしね。カップも私のお気に入りなんですよ?」

 

 つい釣られて笑い返すユーフォリア。

 

(不思議な人だなあ…。ホントにロウ・エターナルなのかな?)

 

 ちょっと迷ったが、思い切って聞いてみることにした。

 

「あのう…どうしてライアスさんはエターナルになったんですか?」

 

 ロウ・エターナルと言わず、敢えてただのエターナルと言ったのは彼女なりの配慮である。

 

 トン、と自分のカップを置き正面からユーフォリアを見つめる。が、すぐに視線をそらせた。

 

「あまり人に話すようなことではないのですが…」

 

 少しためらう様子を見せるライアス。、

 

 が、そんな彼をユーフォリアはまじまじと見つめる。

 

それに押し切られるような形になってしまったが、結局口を開くことにした。

 

「…これでも私は、かつてある小国の世継ぎでした。本当に小さな国でしたが、土地は肥え、民の気風は穏やかでした。領主である私の父もうまく彼らを治め、外敵の侵攻を防いでいました。賢君だった、と言ってよいと思います」

 

「そんな父は、私がまだ幼かったころ口癖のようにこう言っていました。『統治者というのは平和な時代には必要ない。それは、統治者とは民衆から税を搾るために存在するわけではないからだ。彼らを守るために必要なだけなのだ。ゆえに彼らを守れぬのならば領主たる資格はない』と」

 

 懐かしさがこみ上げたのか、窓の外へ視線を移すライアス。

 

「私はそんな父にあこがれていました。ですが…絶対に超えることのできない壁、そんな風に思ったことが何度もあります」

 

「その父も40半ばにして突然亡くなりました。それと同時に敵対していた周囲の国々は今が好機、とばかりに押し寄せてきたのです。父は決して頑強だったとは言えませんが、あのタイミングの良さは普通では考えられません。今思えば暗殺された…と見るべきでしょうね」

 

 話を区切り、紅茶を一口すする。

 

「それを私はどうしようもなかった。あっという間に町は焼き払われ、見せしめのように住民たちは殺されました。そして私の元にも当然敵は襲い掛かってきたのです」

 

「私はせめて家臣たちだけでも生き延びさせようとしました。ですが逆に、目の前で私をかばって一人、また一人と彼らは死んでゆきました。それでも皆、私を落ち延びさせようと必死で抵抗したのです…」

 

 ライアスの顔にはありありと苦悶の色が浮かんでいる。

 

「…そのおかげで、どこをどう動いたのか分かりませんが人気のない森の奥深くへと逃れることができたのです。それでも遠くからは人々の絶叫、建物の崩れ落ちる音がまだ聞こえていました」

 

「守るべき立場にあるものが逆に守られた挙句、彼らを見殺しにすることになるとは…。何度も自害しようかと思いました。が、それでは私をかばって死んでいった者は犬死になってしまいます…。このときほど自分の無力さを思い知り、自分を憎んだことはありません。その時、初めて心から力を望みました、守ることのできる力を。その思いで心が焼ききれんばかりになったとき…初めて『聖光』が語りかけてきました」

 

 

 

(そなたは…何をそんなに望むのだ?)

 

(私は…彼らを守りたい!誰も私の為に死んでほしくないんだ!)

 

(何故だ?彼らはそなたを守るために自ら死を選んだのだぞ?それだけそなたが慕われていた…ということではないか。それに干渉する権利などそなたにはあるまい)

 

(違うッ!!彼らは死ななくてよかったはずなんだ…、私が無力なせいだッ!どうせ死ぬのなら私が死ねばよかったんだッ!……私が父さんのようになれなかったせいで…)

 

 うつむくライアス。

 

 彼の頭の中では何度も父の言葉がこだましていた。

 

「守る力を持たぬ統治者は必要ない」

 

 その言葉はかつて無いほどの重圧を持ってのしかかってきた。

 

 

 

 しばしの沈黙がライアスと『聖光』の間に流れる。

 

 それを先に破ったのは『聖光』だった。

 

(……それほどまで言うのなら余と契約を結べ)

 

(…契約?)

 

(左様。余を…第一位永遠神剣へ回帰させよ。さすればそなたの望む力は与えよう)

 

(…本当に?!それならば頼む!!それができるなら…私は他には何も要らないッ!)

 

(本当によいのか?そうすればそなたは余と永遠の時を生き、契約を果たすことになるぞ。しかも、そなたにとっては確実につらい未来が待っているだろう。しばし時をかけて考えたほうがよい…。そなたがやらねばならぬことは…)

 

 言葉を続けようとする『聖光』を、さえぎるようにライアスは怒鳴る。

 

(構わないと言っているッ!今ならまだ助けられる人がいるんだ!早くッ!)

 

まだ何か言いたそうな『聖光』だったが、なぜか沈んだ声で

 

(…よかろう)

 

とだけ告げた。

 

その言葉を終えると、ライアスの目の前にまばゆい光を放つ剣が現れた。

 

……。

 

 

 

「…これが、私がエターナルになるまでのいきさつです。仲間には『一時の感情に流された馬鹿だ』とよく言われますが…ね」

 

 だが、それが感情に任せた口先だけの言葉だったなら『聖光』は彼を主として認めまい。その言葉から伝わるライアスという人間の本質を見極めたからこそ、『聖光』は契約を結ぶ気になったのだ。

 

それに、仮に激情に駆られてであってもわざわざ他人のために自分の未来を投げ出すと言える者はそうそういないだろう。

 

 そういう純粋さを持つから『聖光』はライアスに語りかけたのであり、逆にそういう者でなければ『聖光』の力は10パーセントも引き出すことはできない。

 

 だが一方で、純粋な者にしか力を引き出せない剣であるのに一位神剣に戻ろうとする本能が強いというのは『聖光』にとっても皮肉であったろう。

 

 契約者の精神をのっとれば事足りる、という他の秩序側に属する神剣の様にはいかないからだ。

 

 

 

「ライアスさん…、優しいんですね」

 

 思わずつぶやいてしまうユーフォリア。

 

「ふふ…、そういってもらえると嬉しいですよ。ですが、今では私の生きる意味だと思っていますから」

 

「生きる…意味…?」

 

自分が生きる理由――。

 

 

 

以前ユーフォリアは、アセリアに何故エターナルになったかを聞いたことがあった。

 

「……ん。私が何のために生まれたのか分かったから。それが…ユートと一緒にいることだったから」

 

 エターナルになったばかりのころを思い出し、懐かしそうに言うアセリア。

 

 そんなアセリアに目を輝かせてたずねる。

 

「じゃあ、ユーフィは?」

 

 答えを期待するユーフォリア。きっと自分のそれも、悠人やアセリアと一緒にいることだと言ってほしかったのだろう。

 

 だが、いつも自分の生きる意味を模索していたアセリアの答えはそんなに甘いものではない。

 

「それはユーフィにしかわからない。でも、探せばきっといつか見つかる…」

 

 厳しく、しかし優しさもこめてアセリアは諭すのだった…。

 

 

 

「私の生きる意味…か」

 

 何気なくつぶやくユーフォリア。それが聞こえていたのか、

 

「あなたは幼い。まだ難しいかもしれませんね…。ですが、これから多くの人に出会うことになるでしょう。私を含めて、ね。それがどんな人間であっても、出会いは人を成長させるものです。出会いを重ねるうちにあなたの生きる意味もおのずと分かってくるでしょう」

 

 とはいえ、ユーフォリアにはまだ実感がわかない話。

 

 それにライアスの生い立ちは分かったものの、それが何故彼を秩序側に走らせたのかの説明にはなっていなかった。そちらのほうが気がかりだったのだ。

 

事実、ライアスは彼女にすべてを語ってはいなかった。自分自身語るべきだと分かっていつつ、それを話すのはつらいことだった。だから敢えて伏せておいたのだ。

 

 

 

これはライアスの回想の続きである。

 

ライアスが『聖光』を取り、押し寄せた敵軍を全て追い払った後のことだ。

 

無論誰一人殺してはいない。武器を奪うだけにとどめていた。

 

「…すばらしい力だ。これなら誰も死なせなくてすむ…」

 

そうつぶやき夕日を眺めていた。生まれたときから見続けた光景である。

 

それももう見納めだった。だが、ライアスは微塵も後悔していなかった。

 

ただ彼は、自分が得た力に感動していた。これならば自分は人間であることを捨てた甲斐がある、そう心から思えた。

 

「感謝します、『聖光』」

 

「…」

 

しかし、晴れやかな表情のライアスとは対照的に何故か『聖光』は沈んでいた。そして苦しげに口を開く。

 

「さっきの話の続きを…してもよいか?」

 

「?あ、ああ…すみません、そうでしたね」

 

「そなたの仕事は余を第一位永遠神剣に戻すこと。つまり…全ての存在をマナとし余のものにするのだ。意味が分かるか?」

 

「全てを…マナに?」

 

「はっきりと言おう。すべての神剣を砕き、すべての世界を消し余のものとするのだ」

 

「…!!それではっ…!」

 

 愕然とするライアス。たった今、救う力を手に入れたと喜んだばかりではないか。

 

「私がしていることは何なのだッ!?せっかく救った者たちを自分の手で消せというのかっ!!」

 

 『聖光』も即答はしない。しばし沈黙した後、

 

「…わかっている。だが、そなたの望む力は与えたであろう?そなたも余に代償を払わねばならぬ」

 

「そんなっ…!」

 

 自分の抱える矛盾をどうすることもできないライアスは、崩れるように地にひざをつく。

 

 『聖光』は哀れみを含んだ声で続ける。

 

「…それに、何もすぐに消せというわけではない。他のすべての神剣を砕いた後でもよい。どうせそれには途方もない時間がかかるだろう…。そのころにはそなたと関わりのある者たちは、もう存在していまい」

 

「ですがっ…!」

 

 苦しげなライアスの声。自然と『聖光』も哀願口調になる。

 

「頼む、聞き分けてくれ。それまでは余の力を好きに使ってくれて構わぬ。…そうすれば助かり、天寿を全うできるものも数多かろう?」

 

苦しそうに頭を抱えるライアス。心の中では激しい葛藤が繰り広げられていた。

 

 

そのままどれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 

まだライアスは答えを出せずにうずくまっていた。

 

だが…、徐々に後には戻れないという事実を心が理解し始めていた。

 

悲しげな顔をするライアス。だが、そこには先ほどまでの苦痛の表情は無い。

 

(やらねばならない)

 

 無理に自分に言い聞かせた。

 

そして…覚悟を決めた彼の言葉に迷いは無かった。

 

「…わかりました。ですが力を貸してくれること、そして…世界を消すのはすべての神剣を砕いた後にする、この二つの約束…特に後者だけは絶対に守ってもらいますよ?」

 

「…すまぬ。礼を言う」

 

 もともと『聖光』とて好きで世界を消したいわけではない。ライアスのような穏やかな性格の神剣なのだ。そうでなければいかに彼を説得するためとはいえ、折角のマナを得る機会を棒に振るようなことは言わない。

 

それに、そんな性格だからこそライアスの苦渋も痛いくらいに分かっていた。

 

 そして自分を一位神剣に戻した後…つまり世界を消した後、ライアスは償いとして自ら命を絶つであろうことも。

 

 たとえ一人の命を救うためであっても自分の命を省みないこの若者は、世界丸ごとの命を奪う罪悪感に耐え切れるはずが無い。

 

 そういう者しか主に選ぶことができないとは…。

 

 一位神剣に戻りたい、その本能を強く持ちすぎて生まれたのが『聖光』の最大の不幸といえる。

 

 

 

それから数日間は平穏な日が続いた。

 

ライアスは傷が癒えるのを待っていたが、『永遠』につけられた傷の治りは遅かった。それでも日常生活に支障をきたすほどではなかったが。

 

その間彼は、特にユーフォリアの行動を束縛することはなかった。

 

むしろ、

 

「すみません、ユーフィ。菜園の手入れを手伝ってもらえませんか?」

 

「ユーフィ、今晩何が食べたいですか?」

 

と、積極的にコミュニケーションをとろうとしていた。別にわざとやっているわけではない。もともと人が好きなたちなのだろう。

 

 そんなライアスにユーフォリアが懐くのは自然なことだった。

 

 ロウ・エターナルであることは分かっていたけれど、話に聞いていたような連中とは程遠かったし、初対面のときに助けられてもいる。それにアセリアたちと戦っている現場を見たわけでもない。

 

 挙句の果てには、傷を押してまで敵であるはずの自分を救ってくれた。

 

どこをみても敵意を抱く要素が見当たらないのだ。

 

「ねえ、お兄ちゃん。今日の晩御飯なあに?」

 

「ううむ、そうですね……シチューはどうですか?」

 

とライアス。

 

 

いつの間にかユーフォリアはライアスを「お兄ちゃん」と呼ぶようになっていた。

 

はじめはライアスも照れくさそうにしていたが、懐いてしまったユーフォリアに強く言うこともできずに、結局そのまま落ち着いてしまった。

 

実年齢はともかく、外見上は悠人と大して年齢差のないライアスを「お兄ちゃん」呼ばわりするのはどうかと思うが…。

 

ともあれ一人っ子のユーフォリアが兄と言う存在にあこがれていたのも事実である。

 

 

ふと見ればユーフォリアがなにやらもじもじしている。

 

「…?どうしました、ユーフィ?」

 

「あのね、私もお手伝いしたいの。いい?」

 

 ライアスには何故、普段活発なユーフォリアが今回に限ってこんな仕草をするのか分からなかった。

 

 ユーフォリアにしてみれば失敗するのが怖かっただけなのだが。何しろその方面でのプロ(苦笑)が母であるから、自分が失敗したわけでなくとも一種のトラウマじみたものになっていたのだ。

 

 が、そんな事情を知るはずのないライアスは当然快諾する。

 

「もちろんですよ。では、お願いしますね」

 

「やったあ!」

 

 

 

……大丈夫、皿が割れたり異形の物体が並んだりはしてないから(笑)

 

 いや、むしろ並んでいる皿からはかぐわしい香りが立ち上っている。

 

「初めてでこれだけ上手くやれるとは…。本当に今まで料理をしたことは無いのですか、ユーフィ?」

 

 今回の料理に関しては、ライアスはほとんど手を貸していない。レシピを教えただけである。初めてだからこそ一人でやらせようと思ったのだ。それは失敗からのほうが学ぶことも多いし、ユーフォリアの性格ならかえってムキになって練習に励むと思ったからでもある。

 

当然ユーフィは失敗する、と彼は踏んでいた。

 

だが、目の前にある品々は…見た目は別として、少なくとも味の面では一流店で出しても恥ずかしくなさそうなものばかりだった。

 

「うん、今日が初めてだけど…」

 

「何か…コツを知っていたのですか?」

 

 ちょっと照れくさそうな顔をするユーフォリアだが、はにかみながら答える。

 

「大したことじゃないんだけど…お母さんと全然違う風にしただけなの。お塩とかお砂糖…あと調味料の加減を…」

 

「…え?」

 

 唖然とするライアス。心持ち口がポカンと開いている。

 

「ふふふ…、ハハハッ!」

 

 が、次の瞬間には声を上げて笑っていた。

 

「なるほど、そういうことですか…。と、いうことはさぞお母さんの料理には苦労したのでしょう?」

 

 ユーフォリアを傷つけないよう、一言も「まずい」という言葉を使わないあたりはさすがである。

 

「ううん、いつもはお父さんが一人で食べてる」

 

「ほう、それはそれは…、ユウト君も大変な奥さんを持ったものだ」

 

 苦笑交じりではあるが、心底楽しそうに言う。

 

「でね、次の日は絶対起きてこないの。一日中」

 

 しばしの沈黙。そして発せられた言葉は、

 

「……は?」

 

再び唖然とするライアス。味のまずさの話をしていたんじゃないのか?そんな顔だ。

 

「…アセリアさんは料理で人を殺す練習をしているのですか?」

 

 思わず素でたずねてしまう。

 

「…かも」

 

 娘をしてここまで言わせるアセリアの料理。機会があれば一度食ってみたいものである(本当の意味で二度目はなさそうだが)。

 

「お兄ちゃんも一回食べてみれば?意外と…食べられるかもよ?」

 

「…家族が食べられないものを私に食べさせないでください」

 

 笑っていながらも、その顔がどこと無くひきつっているのはナイショである。

 

その後も、アセリアの料理話を暴露するユーフォリア。

 

ライアスはそれを面白そうに聞いていた。

 

 

 

 夜も更け、ユーフォリアも寝付いたのでそろそろ自分も床に着こうか、とライアスが考えていたときだった。

 

コンコン

 

突如、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「……?妙ですね、この世界には他の人間はいないはずですが……」

 

小首を傾げつつも、とりあえずドアを開くライアス。

 

するとそこには白い服に身を包む少女がいた。

 

「……あなたですか、テムオリン。呼んだ覚えはありませんが」

 

「ずいぶんですわね、二周期ぶりだというのに」

 

露骨に顔をゆがめるライアス。

 

普段は穏やかな表情の彼がこんな顔をするのは珍しい。

 

彼はテムオリンの残忍で淫靡な性格が苦手だった、というよりも憎んでいた。

 

無数に散らばる神剣たちを砕き、『聖光』を第一位永遠神剣へ回帰させることが自分の役目、それまではあらゆる命を救うと誓う彼には、この様な者が同じ陣営にいることに耐えられなかった。

 

それを知ってか知らずかテムオリンは続ける。

 

「今日来たのは他でもありませんわ。あなたがおもしろい玩具を手に入れたと聞きましたから。」

 

「玩具?」

 

 いぶかしげに聞き返すライアス。

 

「そこにいるじゃありませんか」

 

とユーフォリアを指差す。

 

「ユーフィを玩具扱いする気ですか?」

 

 多少ムッとした顔で聞き返すライアス。

 

「そうでしょう?そのために年端も行かぬ娘を親から引き離してこんなところに連れ込んだのでしょう。下心が見え見えですわ」

 

「なっ……!あなたと一緒にしないでいただきたい!」

 

つい語気が荒くなる。しかしそんなことは意に介さず、

 

「そんなにいきがるなんてまだまだ坊やですわね……」

 

「くっ……」

 

唇をかみ、肩を震わせるライアス。

 

こういう人をおちょくった態度に言い返すすべを彼は知らない。

 

「…それ以上愚弄する気ならば、お引取り願いましょう。あなたごとき、私と『聖光』の敵ではないのですよ?」

 

その言葉に反応し、『聖光』も青白い光を放つ。

 

だが、テムオリンもまた、『聖光』の神々しさを疎ましく思っているし、何より彼女一人ではかなわないことは百も承知である。

 

だからとりあえず、これ以上相手の神経を逆なでするのはやめることにした。

 

あいにくタキオスは、任務で別世界に出向いていたのだ。

 

「では、本題を伝えますわ」

 

 とはいえ、先の会話からライアスにはこの女が何を言い出すかの見当はついている。

 

「ユーフォリアを私に引き渡しなさい」

 

「…一応、これだけは聞いておきましょう。何のためですか?」

 

「聖賢者たちをおびき出すエサに使いますわ。他に使い道などないでしょう?」

 

「…そんなことだと思いましたよ。それが人のすることですか?」

 

「無論ですわ。感動の親子対面じゃないですか。ああ…想像するだけでゾクゾクしますわ」

 

 あきれたような嘆息を漏らすライアス。

 

「ふざけるのも大概にしませんか?」

 

「ふふ…、この程度で腹を立てるのは、道徳なんてものにしがみつくあなたくらいですわね。」

 

 嘲笑うかのように言うテムオリン。だが、それに対してライアスは決然と告げる。

 

「お断りします。彼女は無事に送り届けるという約束ですから」

 

「敵との約束に律儀だなんて、あまりほめられたものではありませんわね…」

 

要求をかたくなに拒むライアスに業を煮やすテムオリン。腹が立つとどうしても仕返しをせずにはいられない性分である。

 

そこで、もっとも残酷な方法でそれをすることにした。

 

「…そうそう、あなたにいいことを教えて差し上げますわ」

 

「まだ何かあるのですか?」

 

ロクなことを言わないのはわかっていたので、いらだたしげに言う。

 

「ふふ…、こんな面白いことを教えるにはそれなりの舞台が要りますわね。楽しみにしててください。あなたの驚く顔を楽しみにしてますわ」

 

 酷薄な笑みがテムオリンの顔に浮かぶ。

 

「では今日のところは引き下がるとしましょう…。ごきげんよう」

 

言いたいことだけといい終わると、『秩序』を振るう。

 

 そのまま開いた門へと消えていってしまった。

 

(いったい何のことだ…?)

 

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